思いを込めて
「あぁ、そっか今日はバレンタインデーだったんだなぁ…」
「バレ…タイ?でー?」
「そうそう、バレンタインデー」
テレビを見ていた彼が小さく呟いた言葉は、彼女の耳にも届いていました。
バレンタインデーが何であるかを理解できない彼女は、首を傾げていました。
ゾンビとして目覚めてからまだ間もない彼女は、あらゆる事が新鮮で、そして未知のものでした。
そんな彼女を、愛おしそうに微笑みながら優しく彼が頭を撫でています。
「好きな人へチョコレートを贈る日だよ」
「ちょ…こ…?」
「そう、チョコレート。甘くて美味しいお菓子だよ」
「お菓子…甘いの…えへぇ♥」
「ふふ、リナは甘いの好きだよねー」
子供のような無邪気な笑顔を浮かべる彼女はとても嬉しそうです。
そんな彼女をみて、彼も嬉しそうな笑みを浮かべます。
「んー僕もたまにはチョコでも買ってこようかなぁ…」
「こーた…ちょこ…好き?」
「んーリナ程じゃないけどね、好きだよー」
「すきぃ…一緒…えへぇ♥」
彼と同じものが好きだったことが嬉しかったのか、彼女はまた嬉しそうな笑みを浮かべました。
そんな彼女を飽きること無く撫でていた彼ですが、ふと時計を見上げると出かける時間になっていました。
「あ、いけない。そろそろバイトに行く時間だ」
「あぅ…こーたぁ…」
「ごめんね…終わったらすぐ帰ってくるからね」
「ぁぅ…気をつけ…て」
「ん、ありがと。リナも何にかあったら、すぐにこれを鳴らすんだよ?」
「あぃ…こーた、いって…らしゃ♥」
「ふふ…行ってきます」
彼が彼女の首に掛けたものは、防犯ブザーに似たものでした。
それは偶にフラフラと何処かへ行って帰れなくなってしまう彼女を見つけるための目印となるものでした。
鳴らせば彼女の位置を、彼の携帯へすぐに教えてくれるものです。
彼を玄関まで見送った彼女はトコトコと居間へと戻ると、先程のバレンタイン特集が流れているテレビを夢中で見ていました。
色とりどりの、甘くて美味しそうなチョコレートに釘付けです。
そんな中、テレビのパーソナリティのお姉さんが発した言葉が彼女の耳に届きました。
―――――大好きな彼へのプレゼント
その言葉と、彼の言葉を彼女は思い出します。
「こーた…ちょこ好き…プレゼ、ト…渡す…えへぇ♥」
嬉しそうな笑みを浮かべた彼女はゆっくりと立ち上がると、洋服ダンスへと向かいました。
引き出しを開けてごそごそと何かを探しているようです。
しばらくすると、彼女は目的のものを見つけたようで、とても嬉しそうな笑みを浮かべています。
彼に買ってもらったお気に入りの洋服に着替えると、彼女はくるくると嬉しそうに回っていました。
しばらく嬉しそうに回っていた彼女ですが、満足したのかゆっくりと玄関へと向かっていきます。
プレゼントを受け取った彼がどんな笑顔を見せてくれるのかを想像しながら、彼女は嬉しそうに外へと出ていきました。
財布も持たず、そしてチョコがどこに売っているのかも知らないままに……
寒い風が吹く中、彼女はとても楽しそうな笑みを浮かべながら歩いていました。
街の中はどことなく甘い匂いが漂い、彼女のように笑みを浮かべて歩いている人が沢山いました。
そんな中、ふと彼女が歩みを止めました。
彼女がじっと見つめた先は、チョコレートのような色をしたお店がありました。
にへらと嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、その店へと入っていきます。
「オーダーメイド アラクネハウス」と書かれたそのお店へと。
「えへぇ…ちょこぉ……ぁう?」
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。随分嬉しそうだな」
嬉しそうな笑みを浮かべて入ったお店は、彼女が思っていたものとは全く違いました。
先程テレビで見た色とりどりのチョコに負けないくらい、綺羅びやかな洋服がいくつもありました。
ですが、今彼女が欲しいものは、洋服ではなく愛しの彼へ渡すためのチョコレート。
嬉しそうな笑みは徐々に悲しそうな顔へと変わってしまいました。
「おっと…どうした嬢ちゃん?お気に召したものがなかったかい?」
「ぁぅ…」
「もし良けりゃカミさん呼んでくるぞ?嬢ちゃんにぴったりの服を作ってくれるぜ!」
「ぅー…ごめな…さい」
「……どうした?」
「ぅぅ…ちょこ…プレゼト…」
「…あー…ん?嬢ちゃんもしかしてウチでチョコでも買いたかったのか?」
「ぁぅ…う…」
「あー…そのなんだ、申し訳ねぇがウチじゃチョコは売ってねぇなぁ…」
「ぅ…ごめな…さい」
「…チョコは彼氏へのプレゼントかい?」
「ぅん…こーた…あげるの…」
「そうかい……ふむ、ちょっと待ってな」
そういうと、店主はごそごそと何かを探し始めました。
首をかしげながらそれを見ていた彼女ですが、しばらくすると店主は満足げな顔を彼女に向けます。
その手には、綺麗な赤いリボンが握られていました。
「残念ながらチョコは売ってやれねぇけどよ、包装用のモンなら用意してやれっからよ」
「ふぁぁ…きれー…」
店主は、目を輝かせてそれを見つめる彼女に、どこか誇らしげな顔でそれを渡しました。
「こいつで包んでやりゃ彼氏も大喜びってもんだ、どうだ?いいもんだろ?」
「えへぇ…きれぇ…こーた…喜ぶ…えへぇ♥」
「いい笑顔浮かべるじゃねぇか!よっしゃ!嬢ちゃん、特別サービスしてやるよ」
「ぅー?」
「お代はいらんからよ…その変わり今度また来たら結果を聞かせてくれや」
「けっか…?」
「おう!嬢ちゃんの彼氏が喜んでくれたかどうか、教えてくれりゃそれでいい」
「ぅん……また来る…えへぇ、ありがと♥」
「いいってもんよ!」
こうして彼女は、気前のいい店主のおかげでリボンを手に入れることができました。
素敵な笑顔を浮かべる店主に見送られながら、彼女は嬉しそうに再びチョコを探しに街を歩き始めました。
店主に貰った素敵なリボンを大事そうにしながら。
「アンタ、今誰か来てたの?」
「あぁ、可愛げな…恋の迷路を彷徨うお嬢ちゃんが一人、な」
「(何言ってんのかしらこの人…)」
トコトコと歩く彼女ですが、中々目的のお店は見つかりません。
キョロキョロと辺りを見渡しては、フラフラと気の向くまま風の向くままに歩みを進めていました。
そんな中、ふと見つめた先にあったお店。
甘い匂いが漂うお店に、彼女はにへらと嬉しそうな笑みを浮かべて近づきます。
そのお店は彼女の求めるチョコレートではなく、ケーキを扱うお店でした。
しかし、そのことに気がつかない彼女は嬉しそうにそのお店へと入ろうとしました。
その瞬間でした。
「ちょ、ちょっとまって君君!」
「ぅ…?」
「困るよ!君みたいな娘がウチの店に入られたら!」
「ぁぅ…ごめ…なさ…」
「うちの品物が不味くなったらどうしてくれるんだ!ほらほら帰った帰った!」
「ひぅ…ごめな…さ…」
突然怒られたせいで、彼女はすっかり怯えてしまいました。
自分がどうして怒られているかも分からないまま、彼女は逃げるようにそこから離れていきました。
しょんぼりとした彼女は別のお店を探すことにしました。
ですが、彼女を受け入れてくれるお店は見つかることはありませんでした。
「ごめんねぇ…いれてあげたいのは山々なんだけどねぇ…」
「そのなんだ…ほら、やっぱ食品扱ってるからさ…」
「申し訳ないが帰ってもらえるかね」
向かう店向かう店に尽く入店を拒否され、彼女の顔からはすっかり笑顔は消えていました。
今にも泣き出してしまいそうな、悲しそうな表情で、トコトコと見知らぬ街を歩いていました。
時間だけが過ぎていき、愛おしい彼に渡すチョコレートは未だ手に入りません。
気がつけば辺りにお店はなくなり、人の流れもずいぶんと少なくなってきました。
「こーたぁ…」
寂しくなってしまったのか、彼女の口からは愛おしい彼の名前が零れ落ちました。
そんな時でした。
再び香る甘い香りに彼女はキョロキョロと辺りを見渡します。
匂いに釣られるように、彼女は匂いのする方へとトコトコと歩いていきました。
辿り着いた先は、紛れもなく彼女が探し求めていたチョコレートを扱うお店でした。
ショーウィンドウに飾られた美味しそうな様々な形をしたチョコレートに思わず笑みが溢れます。
ですが、彼女の表情はすぐに暗くなってしまいました。
何度も断られたせいか、すっかり気弱になってしまった彼女は、お店に入ることが出来ませんでした。
何度も何度もお店の前をウロウロとしながら、ショーウィンドウの中にあるチョコレートを見つめていました。
諦めきれなかった彼女ですが、とうとう諦めてしまったのかお店に背中を向けて離れようと歩き始めたその時でした。
カランコロンと音を立てながらお店の扉が開きました。
扉をの向こうには、優しそうなお姉さんが立っていました。
「どうしたの?さっきからずっと悩んでたみたいだけど」
「ぁぅ…ごめな‥さ」
「あらあら……なんか怖がられちゃったのかしら?」
「ぅー…お姉さ…」
「…ふふ、大丈夫よ。そんなに怖がらないで。お姉さんは怒ったりしないから、ね?」
「ぁぅ…ちょこ…」
「あら、やっぱりチョコ買いに来たのね、うふふ。ほらほら寒い外にいないで中においで」
「…いい、の?」
「勿論よ。ふふ、ほらおいで♪」
「……ふへぇ♥」
お姉さんは角や尻尾が生えた、サキュバスと呼ばれる魔物のお姉さんでした。
優しく迎えてくれたお姉さんは、彼女の先程まで遭ったことを全部聞いてくれました。
「まったく、ひどい人たちねぇ、後でそいつらにデビルバグ派遣してやろうかしら…」
「ぁぅ…だめぇ」
「ふふ、冗談よ。…確かに貴方はゾンビだからどうしてもそう言った目で見られてしまうかもしれないわ」
「ぅー…」
「でもね」
お姉さんは優しく彼女のことを抱きしめました。
驚いた彼女の頭を何度も優しく撫でながら、優しい声で彼女に語りかけます。
「私にはちゃんと分かるわ。貴方からはとってもいい匂いがするもの」
「ぅー…?にお、い?」
「そう、とってもいい匂い。大切な人に心から愛されている素敵な匂いがするわ」
「ぁぅ…こーた…」
「そう、こーたさんって言うのね。ふふ、貴方からはこーたさんの愛が溢れてるわ。とても素敵な愛がね」
「ぁ…えへぇ♥」
「ふふ、いい笑顔ね。きっとこーたさんもその笑顔に惹かれたのね」
「お姉さ…ありがと…♪」
「ふふ、どういたしまして。さ、それじゃあそろそろ渡すチョコレートを決めちゃいましょうか!」
「うん…えへぇ♥」
お姉さんと彼女は嬉しそうな笑みを浮かべながらお店の中のチョコレートを見て回りました。
小さなチョコレート、大きなチョコレート、素敵な形をしたチョコレート、キラキラ輝くチョコレート。
見て回るほどにもっと色々と見たくなってしまうような、まるで宝石箱のようなお店でした。
そんな中、彼女が手に取ったのは白、茶、赤のハート型のチョコレートが2個ずつ入ったものでした。
「それが良いのかしら?」
「ぅん…はーと…好きぃ…えへぇ♥」
「あらあら、ふふ…それじゃあ、綺麗にラッピングしましょうか」
その時、彼女は気前の良い店主から貰ったリボンのことを思い出しました。
ポケットに入れておいたそれを取り出すと、お姉さんへと渡します。
「あら?素敵なリボンを持ってるわね」
「これぇ…包むの…使ぅ…」
「ふふ…じゃあそれを使いましょうか」
お姉さんは優しく彼女に包み方を教えてくれました。
少しぎこちない、歪な形になってしまいましたが、彼女はとても満足そうな顔をしていました。
最後に彼女が持っていたリボンを巻き、彼へのチョコレートが遂に出来ました。
「ふふ、上手にできたわね。きっとこーたさんも喜ぶわ」
「えへぇ♥」
「そうだ!せっかくだからメッセージカードも付けましょうか」
「メッセ…カド??
「ふふ、チョコと一緒に貴方の気持ちを書いた手紙を渡すの。素敵でしょう?」
「てがみ…書くぅ…♪」
お姉さんは引き出しから薄いピンク色のメッセージカードとペンを出すと、彼女へと渡しました。
彼女は嬉しそうな笑みを浮かべながら、少し歪な文字で彼への気持ちを書きました。
「できたぁ…♪」
「ふふ、じゃあ最後にそれをリボンで挟んで…ふふ、完成ね」
「えへぇ…お姉さ…あいがとぉ♪」
「ふふ、どういたしまして♪」
嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、何度もお姉さんへとお礼を言いました。
そしてチョコを持ってお店を出ようとした時でした。
「あー…えっとね言いにくいんだけど、お代…忘れてないかなーってお姉さん思ったんだけど…」
「ぅー…?ぁぅ…お金…お金…んぅ?」
「…あら?」
ポケットを何度も叩いた彼女ですが、ぽふぽふと空の音がなるだけでお財布は見当たりませんでした。
それもそのはず、彼女のお財布は家に置いたままだったからです。
「…お財布忘れちゃったのかしら?」
「ぁぅ…ごめな…さ」
「あら…困ったわねぇ」
「ぅー…ちょこ…」
せっかく手に入れたチョコレートでしたが、彼女には代金を払うすべがありませんでした。
泣きそうな顔を浮かべる彼女を見たお姉さんは、ポンポンと彼女の頭を優しく触れました。
「もーしょうがない娘ね」
「ごめなさぃ…お姉さ…」
「…ふふ、そんな顔しないの。…特別よ?」
「ぅ…?」
「お代はいらないわ…その代わり、こーたさんに貴方の気持ちを伝えて、一緒にそれを食べること!」
「お姉さ…」
「それさえ守ってくれれば、お代はいらないわ」
「えへぇ…ありがと…♪」
「ふふ♪」
嬉しそうな笑みを浮かべた二人は、指切りげんまんをして、そして外へと出ました。
手を振るお姉さんに、何度も何度も手を振り返しながら、お店からゆっくりと離れていきました。
「ふぅ…まぁたまにはこんなことも良いのかもね…ところであの娘ちゃんと帰れるかしら…?」
知らない街に来てしまった彼女は、辺りを何度もキョロキョロと見渡します。
全く見覚えのない道を、なんとなく進んでいる内に彼女は迷子になってしまいました。
陽も傾き始め、辺りが暗くなり始めてくると、途端に寂しさが彼女を襲いました。
「こーたぁ…どこぉ…」
今にも彼女は泣き出してしまいそうでした。
寒くて寂しくて、一人ぼっちの彼女は、彼に会いたくて会いたくて仕方ありません。
そんな中、ふと首にぶら下がっているものに気が付きました。
彼が持たせてくれた、何か合った時に鳴らすもの。
これを鳴らせばきっと彼が来てくれる。
彼女は迷うこと無くブザーのボタンを押しました。
「こーたぁ…来てぇ…」
アルバイト中の彼の携帯が、激しく鳴り響きました。
マナーモードにしていようが、彼女がボタンを押せば容赦なく鳴り響く設定になっていました。
その瞬間、彼の顔が接客用の顔から、深刻そうな顔へと豹変します。
「リナ!?…え?なんでこんな場所に!?」
「ちょ、ちょっと孝太君、お客様の前で携帯は…」
「すみません、店長!!早退します!!!」
「え、ちょ…」
「今度穴埋めしますから!失礼します!!」
「ま、待って待って!ちょっと!孝太君!?」
店長の叫びも聞かず、彼は即座に着替えるとお店から飛び出しました。
携帯の画面には、彼女のいる場所が示された地図が表示されています。
自宅からは随分と離れた位置に彼女が居ることに驚きながらも、全力で自転車を漕いで行きました。
やがて辺りが夜の闇に包まれる頃、漸く彼の視界に彼女の姿が映りました。
「リナ!!!」
「ぁ…こーたぁ♥」
自転車から飛び降りた彼は、そのまま彼女のことをぎゅっと抱きしめます。
大好きな彼に抱きしめられた彼女は、とても嬉しそうな笑みを浮かべて彼を抱き返しました。
ですが、彼はちょっと怒っています。
「もう!なんでこんな遠くまで一人で!」
「ぁぅ…ごめな…さい」
「……心配したんだから、もう…」
「こーたぁ…めんねぇ…」
「…なんでこんなところまで一人できちゃったの?」
ぎゅっと彼女を抱きしめていた彼は、そっと彼女を離すと、出歩いた理由を問いました。
心の底から心配していた彼に対し、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべています。
そんな彼女の笑みを見ている内に、次第に彼の顔にも思わず笑みが浮かんできました。
「えへぇ…こーたぁ…」
「…一応怒ってるんだからね…もう!」
「これぇ…あげぅ♥」
「…え?」
笑みを浮かべた彼女が差し出したもの。
赤いリボンが巻かれた、少し歪な包装がされた小さな箱でした。
リボンと包装紙の間には、手紙のような物が挟まっているのが見えます。
「これ…まさか」
「えへぇ…ちょこ…こーたに…あげぅ♥」
「もしかして…僕に渡すために?」
「ぅん♪」
「もう…もう!こんなもの渡されたら…怒れないじゃないか」
彼の顔にはもはや怒りや心配の表情はありませんでした。
その顔には、隠しきれない喜びの笑みが浮かんでいました。
挟まれていた手紙を取ると、広げる前に彼女へと視線を向けました。
嬉しそうに頷く彼女を見た後、ゆっくりとその手紙を広げました。
そこに書かれていたのは、歪で、大きく、彼女の心からの気持ちを表したものでした。
―――――こーた、だいすき ずっといっしょ♥
手紙を読んだ彼は、強く強く彼女を抱きしめました。
ぎゅっと抱きしめられ、嬉しそうな、蕩けた笑みを浮かべる彼女と、嬉し涙を流しながら彼女を抱きしめる彼。
「ありがとう…素敵な贈り物をありがとう。僕も、僕もリナのこと大好きだよ」
「えへぇ…こーたぁ…すきぃ♥」
優しく彼女のことを撫でながら、何度も何度も彼女への気持ちを口にしました。
彼女もまた、彼に負けないように、嬉しそうな笑みを浮かべながら何度も彼への気持ちを伝えました。
互いの気持ちが治まるまで、ずっと二人は抱きしめあったままでした。
嬉しそうに小さなメッセージカードを見つめる男性の背後から、子供のワイトが覗き込んでいました。
「ねぇねぇ?パパ、なにそれ?」
「んー?これかい?ラブレターかな」
「えー!?誰からの!?」
「ふふ、ママ以外の人からのラブレターなんて持ってたら怒られちゃうよ」
「ええー!ママからのラブレター!?見せて見せて!……字汚い!短い!なにこれ!」
「はは、たしかにそうだね…でもね、大切なのは文字の綺麗さでも、量でもないんだよ」
「じゃあ…何が大切なの?」
「相手を思う気持ち…それが一番大事なんだ。この手紙にはね、その気持が沢山込められてるんだよ」
「ふーん…よくわかんないけど、パパがそう言うならそうなのかしら」
「あら?貴方達何見てるの?……ちょっと!?なんでそれを!」
「あはっ♪ほんとにママが書いたんだ」
「ちょっと!こーた!なんでそんなもの出してるのよ!」
「この時期になると懐かしくてね、どうしても見たくなるんだよ」
「そんな昔のもの…もうとっくに無くしたものだと思ってたのに」
「無くすわけないじゃないか、君からの手紙は全部ちゃんととってあるよ」
「ねぇねぇパパ!他にもあるの!?」
「あぁ、勿論さ。見るかい?」
「見る見るー♪」
「止めて!」
「バレ…タイ?でー?」
「そうそう、バレンタインデー」
テレビを見ていた彼が小さく呟いた言葉は、彼女の耳にも届いていました。
バレンタインデーが何であるかを理解できない彼女は、首を傾げていました。
ゾンビとして目覚めてからまだ間もない彼女は、あらゆる事が新鮮で、そして未知のものでした。
そんな彼女を、愛おしそうに微笑みながら優しく彼が頭を撫でています。
「好きな人へチョコレートを贈る日だよ」
「ちょ…こ…?」
「そう、チョコレート。甘くて美味しいお菓子だよ」
「お菓子…甘いの…えへぇ♥」
「ふふ、リナは甘いの好きだよねー」
子供のような無邪気な笑顔を浮かべる彼女はとても嬉しそうです。
そんな彼女をみて、彼も嬉しそうな笑みを浮かべます。
「んー僕もたまにはチョコでも買ってこようかなぁ…」
「こーた…ちょこ…好き?」
「んーリナ程じゃないけどね、好きだよー」
「すきぃ…一緒…えへぇ♥」
彼と同じものが好きだったことが嬉しかったのか、彼女はまた嬉しそうな笑みを浮かべました。
そんな彼女を飽きること無く撫でていた彼ですが、ふと時計を見上げると出かける時間になっていました。
「あ、いけない。そろそろバイトに行く時間だ」
「あぅ…こーたぁ…」
「ごめんね…終わったらすぐ帰ってくるからね」
「ぁぅ…気をつけ…て」
「ん、ありがと。リナも何にかあったら、すぐにこれを鳴らすんだよ?」
「あぃ…こーた、いって…らしゃ♥」
「ふふ…行ってきます」
彼が彼女の首に掛けたものは、防犯ブザーに似たものでした。
それは偶にフラフラと何処かへ行って帰れなくなってしまう彼女を見つけるための目印となるものでした。
鳴らせば彼女の位置を、彼の携帯へすぐに教えてくれるものです。
彼を玄関まで見送った彼女はトコトコと居間へと戻ると、先程のバレンタイン特集が流れているテレビを夢中で見ていました。
色とりどりの、甘くて美味しそうなチョコレートに釘付けです。
そんな中、テレビのパーソナリティのお姉さんが発した言葉が彼女の耳に届きました。
―――――大好きな彼へのプレゼント
その言葉と、彼の言葉を彼女は思い出します。
「こーた…ちょこ好き…プレゼ、ト…渡す…えへぇ♥」
嬉しそうな笑みを浮かべた彼女はゆっくりと立ち上がると、洋服ダンスへと向かいました。
引き出しを開けてごそごそと何かを探しているようです。
しばらくすると、彼女は目的のものを見つけたようで、とても嬉しそうな笑みを浮かべています。
彼に買ってもらったお気に入りの洋服に着替えると、彼女はくるくると嬉しそうに回っていました。
しばらく嬉しそうに回っていた彼女ですが、満足したのかゆっくりと玄関へと向かっていきます。
プレゼントを受け取った彼がどんな笑顔を見せてくれるのかを想像しながら、彼女は嬉しそうに外へと出ていきました。
財布も持たず、そしてチョコがどこに売っているのかも知らないままに……
寒い風が吹く中、彼女はとても楽しそうな笑みを浮かべながら歩いていました。
街の中はどことなく甘い匂いが漂い、彼女のように笑みを浮かべて歩いている人が沢山いました。
そんな中、ふと彼女が歩みを止めました。
彼女がじっと見つめた先は、チョコレートのような色をしたお店がありました。
にへらと嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、その店へと入っていきます。
「オーダーメイド アラクネハウス」と書かれたそのお店へと。
「えへぇ…ちょこぉ……ぁう?」
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。随分嬉しそうだな」
嬉しそうな笑みを浮かべて入ったお店は、彼女が思っていたものとは全く違いました。
先程テレビで見た色とりどりのチョコに負けないくらい、綺羅びやかな洋服がいくつもありました。
ですが、今彼女が欲しいものは、洋服ではなく愛しの彼へ渡すためのチョコレート。
嬉しそうな笑みは徐々に悲しそうな顔へと変わってしまいました。
「おっと…どうした嬢ちゃん?お気に召したものがなかったかい?」
「ぁぅ…」
「もし良けりゃカミさん呼んでくるぞ?嬢ちゃんにぴったりの服を作ってくれるぜ!」
「ぅー…ごめな…さい」
「……どうした?」
「ぅぅ…ちょこ…プレゼト…」
「…あー…ん?嬢ちゃんもしかしてウチでチョコでも買いたかったのか?」
「ぁぅ…う…」
「あー…そのなんだ、申し訳ねぇがウチじゃチョコは売ってねぇなぁ…」
「ぅ…ごめな…さい」
「…チョコは彼氏へのプレゼントかい?」
「ぅん…こーた…あげるの…」
「そうかい……ふむ、ちょっと待ってな」
そういうと、店主はごそごそと何かを探し始めました。
首をかしげながらそれを見ていた彼女ですが、しばらくすると店主は満足げな顔を彼女に向けます。
その手には、綺麗な赤いリボンが握られていました。
「残念ながらチョコは売ってやれねぇけどよ、包装用のモンなら用意してやれっからよ」
「ふぁぁ…きれー…」
店主は、目を輝かせてそれを見つめる彼女に、どこか誇らしげな顔でそれを渡しました。
「こいつで包んでやりゃ彼氏も大喜びってもんだ、どうだ?いいもんだろ?」
「えへぇ…きれぇ…こーた…喜ぶ…えへぇ♥」
「いい笑顔浮かべるじゃねぇか!よっしゃ!嬢ちゃん、特別サービスしてやるよ」
「ぅー?」
「お代はいらんからよ…その変わり今度また来たら結果を聞かせてくれや」
「けっか…?」
「おう!嬢ちゃんの彼氏が喜んでくれたかどうか、教えてくれりゃそれでいい」
「ぅん……また来る…えへぇ、ありがと♥」
「いいってもんよ!」
こうして彼女は、気前のいい店主のおかげでリボンを手に入れることができました。
素敵な笑顔を浮かべる店主に見送られながら、彼女は嬉しそうに再びチョコを探しに街を歩き始めました。
店主に貰った素敵なリボンを大事そうにしながら。
「アンタ、今誰か来てたの?」
「あぁ、可愛げな…恋の迷路を彷徨うお嬢ちゃんが一人、な」
「(何言ってんのかしらこの人…)」
トコトコと歩く彼女ですが、中々目的のお店は見つかりません。
キョロキョロと辺りを見渡しては、フラフラと気の向くまま風の向くままに歩みを進めていました。
そんな中、ふと見つめた先にあったお店。
甘い匂いが漂うお店に、彼女はにへらと嬉しそうな笑みを浮かべて近づきます。
そのお店は彼女の求めるチョコレートではなく、ケーキを扱うお店でした。
しかし、そのことに気がつかない彼女は嬉しそうにそのお店へと入ろうとしました。
その瞬間でした。
「ちょ、ちょっとまって君君!」
「ぅ…?」
「困るよ!君みたいな娘がウチの店に入られたら!」
「ぁぅ…ごめ…なさ…」
「うちの品物が不味くなったらどうしてくれるんだ!ほらほら帰った帰った!」
「ひぅ…ごめな…さ…」
突然怒られたせいで、彼女はすっかり怯えてしまいました。
自分がどうして怒られているかも分からないまま、彼女は逃げるようにそこから離れていきました。
しょんぼりとした彼女は別のお店を探すことにしました。
ですが、彼女を受け入れてくれるお店は見つかることはありませんでした。
「ごめんねぇ…いれてあげたいのは山々なんだけどねぇ…」
「そのなんだ…ほら、やっぱ食品扱ってるからさ…」
「申し訳ないが帰ってもらえるかね」
向かう店向かう店に尽く入店を拒否され、彼女の顔からはすっかり笑顔は消えていました。
今にも泣き出してしまいそうな、悲しそうな表情で、トコトコと見知らぬ街を歩いていました。
時間だけが過ぎていき、愛おしい彼に渡すチョコレートは未だ手に入りません。
気がつけば辺りにお店はなくなり、人の流れもずいぶんと少なくなってきました。
「こーたぁ…」
寂しくなってしまったのか、彼女の口からは愛おしい彼の名前が零れ落ちました。
そんな時でした。
再び香る甘い香りに彼女はキョロキョロと辺りを見渡します。
匂いに釣られるように、彼女は匂いのする方へとトコトコと歩いていきました。
辿り着いた先は、紛れもなく彼女が探し求めていたチョコレートを扱うお店でした。
ショーウィンドウに飾られた美味しそうな様々な形をしたチョコレートに思わず笑みが溢れます。
ですが、彼女の表情はすぐに暗くなってしまいました。
何度も断られたせいか、すっかり気弱になってしまった彼女は、お店に入ることが出来ませんでした。
何度も何度もお店の前をウロウロとしながら、ショーウィンドウの中にあるチョコレートを見つめていました。
諦めきれなかった彼女ですが、とうとう諦めてしまったのかお店に背中を向けて離れようと歩き始めたその時でした。
カランコロンと音を立てながらお店の扉が開きました。
扉をの向こうには、優しそうなお姉さんが立っていました。
「どうしたの?さっきからずっと悩んでたみたいだけど」
「ぁぅ…ごめな‥さ」
「あらあら……なんか怖がられちゃったのかしら?」
「ぅー…お姉さ…」
「…ふふ、大丈夫よ。そんなに怖がらないで。お姉さんは怒ったりしないから、ね?」
「ぁぅ…ちょこ…」
「あら、やっぱりチョコ買いに来たのね、うふふ。ほらほら寒い外にいないで中においで」
「…いい、の?」
「勿論よ。ふふ、ほらおいで♪」
「……ふへぇ♥」
お姉さんは角や尻尾が生えた、サキュバスと呼ばれる魔物のお姉さんでした。
優しく迎えてくれたお姉さんは、彼女の先程まで遭ったことを全部聞いてくれました。
「まったく、ひどい人たちねぇ、後でそいつらにデビルバグ派遣してやろうかしら…」
「ぁぅ…だめぇ」
「ふふ、冗談よ。…確かに貴方はゾンビだからどうしてもそう言った目で見られてしまうかもしれないわ」
「ぅー…」
「でもね」
お姉さんは優しく彼女のことを抱きしめました。
驚いた彼女の頭を何度も優しく撫でながら、優しい声で彼女に語りかけます。
「私にはちゃんと分かるわ。貴方からはとってもいい匂いがするもの」
「ぅー…?にお、い?」
「そう、とってもいい匂い。大切な人に心から愛されている素敵な匂いがするわ」
「ぁぅ…こーた…」
「そう、こーたさんって言うのね。ふふ、貴方からはこーたさんの愛が溢れてるわ。とても素敵な愛がね」
「ぁ…えへぇ♥」
「ふふ、いい笑顔ね。きっとこーたさんもその笑顔に惹かれたのね」
「お姉さ…ありがと…♪」
「ふふ、どういたしまして。さ、それじゃあそろそろ渡すチョコレートを決めちゃいましょうか!」
「うん…えへぇ♥」
お姉さんと彼女は嬉しそうな笑みを浮かべながらお店の中のチョコレートを見て回りました。
小さなチョコレート、大きなチョコレート、素敵な形をしたチョコレート、キラキラ輝くチョコレート。
見て回るほどにもっと色々と見たくなってしまうような、まるで宝石箱のようなお店でした。
そんな中、彼女が手に取ったのは白、茶、赤のハート型のチョコレートが2個ずつ入ったものでした。
「それが良いのかしら?」
「ぅん…はーと…好きぃ…えへぇ♥」
「あらあら、ふふ…それじゃあ、綺麗にラッピングしましょうか」
その時、彼女は気前の良い店主から貰ったリボンのことを思い出しました。
ポケットに入れておいたそれを取り出すと、お姉さんへと渡します。
「あら?素敵なリボンを持ってるわね」
「これぇ…包むの…使ぅ…」
「ふふ…じゃあそれを使いましょうか」
お姉さんは優しく彼女に包み方を教えてくれました。
少しぎこちない、歪な形になってしまいましたが、彼女はとても満足そうな顔をしていました。
最後に彼女が持っていたリボンを巻き、彼へのチョコレートが遂に出来ました。
「ふふ、上手にできたわね。きっとこーたさんも喜ぶわ」
「えへぇ♥」
「そうだ!せっかくだからメッセージカードも付けましょうか」
「メッセ…カド??
「ふふ、チョコと一緒に貴方の気持ちを書いた手紙を渡すの。素敵でしょう?」
「てがみ…書くぅ…♪」
お姉さんは引き出しから薄いピンク色のメッセージカードとペンを出すと、彼女へと渡しました。
彼女は嬉しそうな笑みを浮かべながら、少し歪な文字で彼への気持ちを書きました。
「できたぁ…♪」
「ふふ、じゃあ最後にそれをリボンで挟んで…ふふ、完成ね」
「えへぇ…お姉さ…あいがとぉ♪」
「ふふ、どういたしまして♪」
嬉しそうな笑みを浮かべた彼女は、何度もお姉さんへとお礼を言いました。
そしてチョコを持ってお店を出ようとした時でした。
「あー…えっとね言いにくいんだけど、お代…忘れてないかなーってお姉さん思ったんだけど…」
「ぅー…?ぁぅ…お金…お金…んぅ?」
「…あら?」
ポケットを何度も叩いた彼女ですが、ぽふぽふと空の音がなるだけでお財布は見当たりませんでした。
それもそのはず、彼女のお財布は家に置いたままだったからです。
「…お財布忘れちゃったのかしら?」
「ぁぅ…ごめな…さ」
「あら…困ったわねぇ」
「ぅー…ちょこ…」
せっかく手に入れたチョコレートでしたが、彼女には代金を払うすべがありませんでした。
泣きそうな顔を浮かべる彼女を見たお姉さんは、ポンポンと彼女の頭を優しく触れました。
「もーしょうがない娘ね」
「ごめなさぃ…お姉さ…」
「…ふふ、そんな顔しないの。…特別よ?」
「ぅ…?」
「お代はいらないわ…その代わり、こーたさんに貴方の気持ちを伝えて、一緒にそれを食べること!」
「お姉さ…」
「それさえ守ってくれれば、お代はいらないわ」
「えへぇ…ありがと…♪」
「ふふ♪」
嬉しそうな笑みを浮かべた二人は、指切りげんまんをして、そして外へと出ました。
手を振るお姉さんに、何度も何度も手を振り返しながら、お店からゆっくりと離れていきました。
「ふぅ…まぁたまにはこんなことも良いのかもね…ところであの娘ちゃんと帰れるかしら…?」
知らない街に来てしまった彼女は、辺りを何度もキョロキョロと見渡します。
全く見覚えのない道を、なんとなく進んでいる内に彼女は迷子になってしまいました。
陽も傾き始め、辺りが暗くなり始めてくると、途端に寂しさが彼女を襲いました。
「こーたぁ…どこぉ…」
今にも彼女は泣き出してしまいそうでした。
寒くて寂しくて、一人ぼっちの彼女は、彼に会いたくて会いたくて仕方ありません。
そんな中、ふと首にぶら下がっているものに気が付きました。
彼が持たせてくれた、何か合った時に鳴らすもの。
これを鳴らせばきっと彼が来てくれる。
彼女は迷うこと無くブザーのボタンを押しました。
「こーたぁ…来てぇ…」
アルバイト中の彼の携帯が、激しく鳴り響きました。
マナーモードにしていようが、彼女がボタンを押せば容赦なく鳴り響く設定になっていました。
その瞬間、彼の顔が接客用の顔から、深刻そうな顔へと豹変します。
「リナ!?…え?なんでこんな場所に!?」
「ちょ、ちょっと孝太君、お客様の前で携帯は…」
「すみません、店長!!早退します!!!」
「え、ちょ…」
「今度穴埋めしますから!失礼します!!」
「ま、待って待って!ちょっと!孝太君!?」
店長の叫びも聞かず、彼は即座に着替えるとお店から飛び出しました。
携帯の画面には、彼女のいる場所が示された地図が表示されています。
自宅からは随分と離れた位置に彼女が居ることに驚きながらも、全力で自転車を漕いで行きました。
やがて辺りが夜の闇に包まれる頃、漸く彼の視界に彼女の姿が映りました。
「リナ!!!」
「ぁ…こーたぁ♥」
自転車から飛び降りた彼は、そのまま彼女のことをぎゅっと抱きしめます。
大好きな彼に抱きしめられた彼女は、とても嬉しそうな笑みを浮かべて彼を抱き返しました。
ですが、彼はちょっと怒っています。
「もう!なんでこんな遠くまで一人で!」
「ぁぅ…ごめな…さい」
「……心配したんだから、もう…」
「こーたぁ…めんねぇ…」
「…なんでこんなところまで一人できちゃったの?」
ぎゅっと彼女を抱きしめていた彼は、そっと彼女を離すと、出歩いた理由を問いました。
心の底から心配していた彼に対し、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべています。
そんな彼女の笑みを見ている内に、次第に彼の顔にも思わず笑みが浮かんできました。
「えへぇ…こーたぁ…」
「…一応怒ってるんだからね…もう!」
「これぇ…あげぅ♥」
「…え?」
笑みを浮かべた彼女が差し出したもの。
赤いリボンが巻かれた、少し歪な包装がされた小さな箱でした。
リボンと包装紙の間には、手紙のような物が挟まっているのが見えます。
「これ…まさか」
「えへぇ…ちょこ…こーたに…あげぅ♥」
「もしかして…僕に渡すために?」
「ぅん♪」
「もう…もう!こんなもの渡されたら…怒れないじゃないか」
彼の顔にはもはや怒りや心配の表情はありませんでした。
その顔には、隠しきれない喜びの笑みが浮かんでいました。
挟まれていた手紙を取ると、広げる前に彼女へと視線を向けました。
嬉しそうに頷く彼女を見た後、ゆっくりとその手紙を広げました。
そこに書かれていたのは、歪で、大きく、彼女の心からの気持ちを表したものでした。
―――――こーた、だいすき ずっといっしょ♥
手紙を読んだ彼は、強く強く彼女を抱きしめました。
ぎゅっと抱きしめられ、嬉しそうな、蕩けた笑みを浮かべる彼女と、嬉し涙を流しながら彼女を抱きしめる彼。
「ありがとう…素敵な贈り物をありがとう。僕も、僕もリナのこと大好きだよ」
「えへぇ…こーたぁ…すきぃ♥」
優しく彼女のことを撫でながら、何度も何度も彼女への気持ちを口にしました。
彼女もまた、彼に負けないように、嬉しそうな笑みを浮かべながら何度も彼への気持ちを伝えました。
互いの気持ちが治まるまで、ずっと二人は抱きしめあったままでした。
嬉しそうに小さなメッセージカードを見つめる男性の背後から、子供のワイトが覗き込んでいました。
「ねぇねぇ?パパ、なにそれ?」
「んー?これかい?ラブレターかな」
「えー!?誰からの!?」
「ふふ、ママ以外の人からのラブレターなんて持ってたら怒られちゃうよ」
「ええー!ママからのラブレター!?見せて見せて!……字汚い!短い!なにこれ!」
「はは、たしかにそうだね…でもね、大切なのは文字の綺麗さでも、量でもないんだよ」
「じゃあ…何が大切なの?」
「相手を思う気持ち…それが一番大事なんだ。この手紙にはね、その気持が沢山込められてるんだよ」
「ふーん…よくわかんないけど、パパがそう言うならそうなのかしら」
「あら?貴方達何見てるの?……ちょっと!?なんでそれを!」
「あはっ♪ほんとにママが書いたんだ」
「ちょっと!こーた!なんでそんなもの出してるのよ!」
「この時期になると懐かしくてね、どうしても見たくなるんだよ」
「そんな昔のもの…もうとっくに無くしたものだと思ってたのに」
「無くすわけないじゃないか、君からの手紙は全部ちゃんととってあるよ」
「ねぇねぇパパ!他にもあるの!?」
「あぁ、勿論さ。見るかい?」
「見る見るー♪」
「止めて!」
18/02/15 22:00更新 / クヴァロス