読切小説
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冬の寒い日
ドサドサと屋根から落ちる雪の音で彼は目を覚ました。
薄暗い部屋の中で、寝ぼけ眼を必死に開いて時計を見るとまだ6時半だった。
もう少しだけゆっくりと、彼女と一緒にベッドの中で寝ぼけていたい。
それでも彼女の為に少しでも部屋を暖かくするため、のそのそと身体を動かしていく。
彼女がつられて起きぬように、ゆっくりとした動きでベッドから出ると、彼女へと振り向き優しく声をかける。
彼女が起きてしまわぬよう、小さく囁くように。

「おはよう…今日も雪…結構積もったみたいだよ。……寒いから暖炉に火を焚べてくるね」

彼女から離れるときは、必ずこうして彼女へと何をするかを伝えてからにしている。
別に彼女がそうしろと彼に言ったわけではないが、彼女が【眠っている】ときは必ずこうしている。
暖炉に焚べていた火は夜の間に消え、部屋の中は随分と寒くなっている。
部屋の隅に重ねてある薪の中から、大きめのモノ、小さく細めのモノを選び、暖炉の中で積み上げる。
組み上げた薪に火を灯すと、ものの数分で火はみるみる大きくなり、部屋を温め始める。
暖炉に火を焚べるのも、昔に比べれば随分と上手くなったものだと自賛する。
熱くなりすぎない程度に薪を入れ、大よそ十分だろうと判断できるところで暖炉から離れ、彼女の元へと戻る。

「暖炉…火を付けたよ。すぐに暖かくなるからね」

先程と同じように、小さく囁く様な声で彼女へと告げる。
しかし、その声は彼女の耳には届いていないようで、スヤスヤ穏やかに寝る彼女に思わず微笑む。
そんな愛おしい彼女の頭を優しく撫でる。
彼女が、彼女の心を最もよく表す彼女の頭の蛇が、起きてしまわないように優しく、丁寧に。

「ん……ご飯作ってくるね」

暫く彼女の頭を撫でている内に、部屋も大分暖まってきた。
ゆっくりと、名残惜しそうに彼女の元を離れると、台所で朝食の準備をする。
カチコチになったパンを温め、それに合うスープ、凍らないように特殊な保冷室に入れていた野菜でサラダを準備する。
だが、彼が作ったのは1人分だけ。鍋を見るとスープだけは少しだけ多目に作ってあるが。
スープとパン、サラダをトレイに載せると、ベッドの淵に腰を掛け、自分の太ももの上にトレイを載せる。
目を覚まさない彼女の隣で、両手を合わせる。

「…いただきます」

パンをスープに浸し、口へと運ぶ。
咀嚼している間、自分の背後で寝ている彼女の頭をゆっくりと何度も撫でる。
優しく、彼女が起きてしまわないように。
パンを飲み込み、次はサラダを。
同じように咀嚼している間は、優しく彼女の頭を撫でていた。

「…今日も美味しく作れたよ。君に教わったからかな?」

スヤスヤと眠る彼女に、優しく語りかける。
食べ終わるまでの間、彼女の頭を撫でては、ポツリ、ポツリと独り言のように呟く。

「…ごちそうさまでした」

食べ始める前と同じように、両手を合わせる。
何故こうするかはよく分かっていない。けど彼女がそうしていたから、いつの間にか自然とこうするようになっていた。
ゆっくりと立ち上がると、流しで食器を洗う。
冷たい水は、脳天まで響くような鋭い痛みを手に与えてくる。
洗い物が終わり、冷え切った手を暖炉で暖めると、再び彼女の元へ向かう。

「…屋根の雪下ろしをしてくるね。そろそろまた降ろさないと家が潰れちゃうかも」

ゆっくりと立ち上がると、防寒着に着替え、スコップとハシゴを準備する。
家を出ようとした時、大切なことを忘れていたと、慌てて彼女の元へと戻る。

「…行ってきます」

そう言って、彼女の唇に優しく自分の唇を重ねる。
それでも、スヤスヤと眠る彼女は起きる気配はない。
だが、彼は何処か満足そうな表情を見せると、ゆっくりと外へと向かった。

− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −

初めて彼女と出会ったのは6年前の初夏の頃だった。
彼――名をギルベルトといった――は野草や魔力を帯びた魔草を煎じ、薬として人々に処方する、いわゆる製薬師と呼ばれる者だった。
1つの場所には長く留まることはしない、旅の製薬師として彼は在った。
世界中で己のことを待っている人々がいる、等と大それた考えを持っているわけではなく、単純に世界を見て廻りたかっただけだ。
病や怪我に倒れる人と出会っては、薬を作り、処方し、そして時には薬の作り方そのものを教えながら、彼は世界を回っていた。

彼が此の街にきたのは、本当に偶然だったのだろう。
たまたま訪れたこの山間の街でも、彼は必要とされていた。
怪我やちょっとした体調不良等、簡易な症状であれば彼の薬で忽ち改善していった。
しかし、彼の持つ薬も無限にあるわけではなく材料が必要になる。
足りないのならば取りに行くしか無い。
そうやって彼は、"いつものように"街から離れ、山の中へ薬草を、魔草を取りにいった。

必要な薬草は揃ったものの、魔草は幾分心細かった。
あまり山の奥に行けばそれだけ危険は増えるが、足りないのであれば仕方ないと、山の奥へと足を伸ばす。
街の人の中にも、野生動物に襲われ怪我をした人がいた事を覚えている。
必要分だけ取ったならば早急に帰ろう、自分が怪我をしてしまえば町の人に合わす顔も無いと胸中で呟く。
幸いにも暫く進んだところで、求めていた魔草が群生しているのを見つけた。
予定よりも少しだけ多く摘む事ができ、早々に帰ろうとしたその時だった。
小さく、だけど確かにガサガサと音が鳴る、そして声。

「………人間?」

慌てて振り向いた先には、彼女がいた。
ヒトとは異なる姿をした、魔物と呼ばれる存在。
下半身は巨大な蛇の胴体のようになっていながらも、上半身はヒトの女性となんら変わりのない姿。
髪の毛は毛先へと向かうにつれ束ねられ、それらは1つ1つが蛇となっていた。
その瞳に捉えたものを石へと変える魔力を持つ、メデューサと呼ばれる魔物だった。
そんな彼女は、どこか怪訝な顔をしながらジッと彼を見つめていた。
うねうねとうねる頭の蛇も、シャーっと威嚇するように、彼のことを警戒していた。

「…物好きもいたものね。碌な物も持たずこんな山奥まで入ってくるなんて。」

明らかに彼を不審がる様子と声で彼女は声をかける。

「こんなところまできて……熊にでも襲われたらあなた死ぬわよ?」

さっさと帰んなさい、と言いながら、払うような手の動きで帰るように促す彼女。
だが、そんな彼女の言葉が届かないかのように、まるで固まってしまったかのように彼は動かなかった。
ぼーっとただ一点を見つめたまま、まるで石化してしまったかのように。

「ちょっと…人の話聞いてんの?!」
「…え!?え、あぁ、あの…」
「まったくもう…魔物を見るのも初めてなのかしら?石化もさせてないのに石みたいに固まって…」

呆れた表情を浮かべながらそう言った彼女は彼に背を向けると、もう一度だけ彼へと声をかける。

「いい?もう一度言うわよ?最近ここらへんでも熊を結構見るの。襲われない内にさっさと帰りなさい」

そういうと彼女は、山の奥へと消えていった。
ひらひらと手を振りながら、振り返ることもなく。
一方で彼はまだ動けずにいた。
己の頭蓋からつま先までを雷で打たれたような衝撃に包まれていたせいで。
それから、彼は自分がどうやって街に帰ったかは覚えていなかった。
気がつくと自分が借りている部屋に戻っていた。
ただ覚えているのは、彼女の姿、顔そして声。
思い出す度に、胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。
これが、彼女との初めての出会いだった。


翌日、眠れぬ夜を過ごした彼は、再び山の奥へと来ていた。
もう薬草も魔草も十分に集めたはずなのに、彼の足は再びこの場所へと伸びていた。
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く姿は、明らかにいつもとは様子が違う。
製薬に使えるはずの薬草に気づかずに踏みつけてしまうほどに。

「(どこだろう……もっと奥…かな?)」

気がつけば、昨日よりもさらに山の奥へと入ってしまっていた。
木々もさらに生い茂り、晴れた昼間にも関わらず、どこか薄暗い森。
流石の彼も、辺りの不気味さに暴走気味だった心が徐々に落ち着きを取り戻す。
落ち着いた心で見渡すと、何処からともなく視線を感じるような、そんな寒気にも似たものを感じた。
流石にそろそろ帰ったほうがいい、そう思った矢先だった。
薄暗い森の先で、黒い何かが蠢いたのが見えた。
彼の顔が綻んだのも束の間、一瞬にして血の気が引いた顔へと変わる。
ゴフッコフッと鼻を鳴らすような音と共に現れたのは、間違いなく熊だった。
黒毛が特徴の、人を襲う種の熊。
こちらに気がついた熊と目が会い、思わず逃げ出しそうになったが、今までの旅の経験がそれを抑止した。
熊と出会ったならば、脱兎の如く逃げようにも人の足では逃げ切ることなど出来ない。
かと言って、死んだフリなどすれば、フリでなく本当に死んでしまうことになる。
全力でその場を逃げようとする己を殺し、こちらの動きを伺っている熊の瞳に目線を合わせ、そのままゆっくりと後ずさりをする。
必要なのは逃げる速さではなく、落ち着いて行動をすること。
そう己に言い聞かせながら、ゆっくりと距離を取る。
このまま熊の視界から消えれればおそらくに助かるだろう。
大丈夫、きっと此のまま落ち着いていれば、とそう思っていたときだった。
後ろに出した足が、木の根に引っかかりそのまま尻もちを付く形で倒れ込んでしまった。
突然のことに半ばパニックになりながら、それでも後付さりをする。
だが、獲物から倒れてくれたのだから、当然熊は彼の方へ一目散にやってくる。
大地を揺らすかのように、その巨体をフルに使い、瞬く間に彼の元へと向かってくる。

「(逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げ…!)」

必死に尻もちを付いたままで後退りするも、行く手を阻む壁が彼の退路を塞ぐ。
全身に浮かぶ冷や汗と、頭に浮かぶ後悔の二文字。

「(壁…!?そんな…)」

全てを諦めかけたその時、彼の頭上から声が聞こえた。

「まったく、呆れたものね」

瞬間、眼前にまで迫っていた熊が見えない壁にぶつかったかのように突然動きを止める。
ガ…ゴァ…と呻き声に似た声と、少し甲高い、ガラスにヒビが入るような音が繰り返し耳に届く。
四肢から始まったその変化は、やがて身体全体へ広がり、瞬く間に眼前には熊の"石像"が出来上がった。
目まぐるしく変化する目の前の光景を前に何が起こったのか理解できず、彼に出来ることはただただ目の前で起きた変化を見つめることだけだった。

「もう大丈夫よ…まったくもう」

混乱の中にいる彼に対し、再び頭上から声が聞こえる。
ゆっくりと視線を頭上へと向けると、腕組みをし、呆れと怒りを混ぜた表情の彼女がそこにはいた。

「人の忠告も聞かないで、こんな山奥にまで来て…自殺願望でもあるのかしら?」

彼の頭上からジッとこちらを覗き込むように、彼女の説教が始まった。
ただ、今の彼には眼前で起きた事を理解することよりも、命が助かったことを喜ぶよりも、再び彼女に逢えたことの喜びでいっぱいだった。
彼女のありがたい説教など耳に入ること無く、ただただ彼女の顔を、髪の蛇を、身体を、全てを見ていた。
そんな彼の視線に気がついたのか、。

「そんなんだから…………どこ見てるのよこの変態!」
「ち、違!」
「命の恩人だというのに…仇で返すなんていい度胸ね!」

まったくもう!と少し顔を紅くした彼女だが、すぐに落ち着きを取り戻すとジッと彼のことを見つめる。
そんな彼女の視線を少しでも緩めようと、必死に言い訳を言おうとしている彼だが、突然何かが己の身体を締め付けてくる

「…え?」

一瞬何が起きたのか理解することができなかったが、すぐにそれは判明する。
彼女の下半身、すなわち蛇の部分が、彼の首より下に巻き付き彼の動きの全てを封じていた。

「あ、あの…これ…」
「ふふ……いい眺めね、人の説教も聞かずいやらしい目で見てくるヤツには丁度いいわね」

痛みを感じるほどの締め付けではない。
ただ腕も足も、身体をひねることすらも出来ないくらいには、きつく締め上げられている。
そのまま、為す術無く彼女と対峙するような形で持ち上げられる。

「少しお仕置きが必要かしら、うふふ」

ニィっと笑うその表情は、警告をくれた彼女とも、命を救ってくれて説教をしていた彼女とも違う。
どこかゾッとするような、それでいて艶かしい"魔物"の顔だった。
彼女のその表情に吸い込まれるような感覚の中で、彼が出来ることは何一つ無かった。
文字通り蛇に睨まれた、いや捕まった蛙と化した彼の右頬を、優しく撫でながら彼女は言葉を紡いでいく。

「クスクス、いい表情じゃない。ねえ、あなたのすぐ後ろにあるもの覚えてるかしら?…そうよさっきまであなたを襲おうとしていた熊よ。今は私の力で石になっちゃってるけどね」

そう、すぐ後ろには突然石化した熊がいた。今すぐにでもそのまま動き出しそうな、あまりにもリアルな形で。

「ふふ、あなたもそうしてあげる。まずは両手、両足を石化して一切動くことが出来なくしてあげる。想像出来るかしら?自分の両手足の感覚がなくなってくその絶望感」

クスクスと笑いながら"お仕置き"の内容を述べていく彼女。

「その後は分かるかしら?動くことも出来ないあなたを犯してアゲル。あはは、ただ犯すだけじゃないんだから。あなたがイク度に少しずつ石化する範囲を増やしてあげる。ゆっくりと全身が石化して最後には熊と同じ石像にしてあげるわ!」

彼女の口上も、ノッてきたのかどんどん饒舌になっていく。

「クスクス、どう?恐ろしいでしょう?完全に石像になったら私の家に飾ってあげるわ!あはは、そうしたら私が好きなときに石化を解いてまた犯してアゲル。……ふふ、どう恐ろしいでしょう?」

それはいわば、彼女の玩具として扱われることを意味していた。
彼女の気まぐれで、彼女の好きなように犯され、そして石像にされる。
それがどれだけ恐ろしいことかは、もはや想像するまでもない。
誰もが許しを乞い、そうならないためにならば何でもすることだろう。

「ふふ……まあ、冗だ」
「…いいよ…君の好きにしてくれて」
「………へ?」

無論彼女も本気で彼をそんな扱いにするつもりはなかった。
精々怖がって、必死に謝る姿を見て笑い、そして二度とこんな山の奥深くまで入らなくするようにする程度だった。
まさかの回答に、締め付けも緩まり彼を落としてしまう。
ついでに、髪の蛇も目をぱちくりとし、唖然とした表情を浮かべていた。

「あいたた…あれ…」
「な…あ、あなた何言ってんのよ!まさか本当に変態なの!?」

顔を真っ赤にして、後ずさる彼女。
髪の蛇も目をぱちくりとしたまま彼女と同じ様に顔を赤く染めていた。

「ち、違!変態なんかじゃ、ないよ!ただ…その…」
「その、なによ!」
「えっとえっと、あわわ…」

互いにアワアワと、顔を赤くしながらもはや何を言えば良いのか分からなくなってしまう。
色々な思いが頭の中を駆け巡り、上手く言葉を繋ぐことが出来ない。
ただ、この機会を逃してしまえば、もしかしたらもう彼女に合うことが出来ないかもしれないその一心で、彼は必死に言葉を紡ぐ。

「き、君に!一目惚れ!です!!」

自分が持ちうる全ての勇気と思いをその一言に乗せて告げる。
ただ、場所が場所なら山彦が聞こえる程に大声。
自分でもなぜこんな大声で告白したのか分からないが、そのせいで互いの動きすらも止まってしまった。
ただ先程よりも、互いに更に顔を真っ赤にした状態で見つめ合う。
互いの動きが止まってどれ程の時間が流れたのか、もはや分からなくなってしまう位止まっていた。
傍から見れば、今にも動き出しそうな熊の石像の目の前で、互いに顔を真っ赤にした人間と魔物がまるで石のように動かなくなっているという不思議な光景の中、沈黙を破ったのは彼の方だった。

「あの…嘘、とかじゃない、です!昨日、会った時から!」
「………もう…いいわ」
「あの!」

くるりと振り返った彼女が小さく呟く。
やれやれといった風に、両手を上に向けた状態で肩を竦める。

「……街の近くまでは連れてってあげる……その後は知らないわ」

振り返った彼女の表情はもはやどうなっているかは分からない。
声も少し震えているような気がしたが、今これ以上何か言うのは彼女の心象を悪くする、そんな気がした。
無言のまま進む彼女に、黙って付き従う。
ただ、彼女の頭の蛇達だけはこちらを向いていた。
良くは分からないが、嬉しそうに2匹がペアになってスリスリと互いの顔を擦り合わせていた。
やがて深い森を抜け、薄暗かった視界が随分と明るく開けてきた頃、漸くどことなく見覚えのある場所にたどり着く。
草を摘んだ跡が、ここが昨日彼女と出会った場所であることを示していた。
それに彼女も気がついたのか、それとも元々ここが目的地だったのかは分からないが、唐突に彼女が止まる。

「ここからなら帰れるでしょう?また熊に襲われない内に…さっさと帰りなさい。そしてもう近づかないようにしなさい」

こちらを振り向くこと無く、彼女は淡々と告げる。
初めて出会ったときと同じように、ひらひらと手を振りながら、振り向くこと無く消えようとする。

「…っ!待って!!」
「……」

返事はなかったが、その場を去ろうとする彼女の動きはそこで止まる。
彼の心臓は緊張で破裂しそうなほどに早く鼓動していた。
握っている手には汗が滲み、声も上ずってしまいそうだった。
だが、ここで彼女を帰してしまえば、今日ここに来た意味がなくなってしまう。
自分の思いを伝えなければ。たとえそれがどのような結果になろうとも、言わなければ後悔する、その一心で彼は言葉を投げかける。

「あ、明日もここへ来ます!」
「……人の話を全く聞かないのね?近づくなと言ったはずよ」
「明日も!明後日も!ここへ来ます!」
「……っ」
「君に会うために!ここへ!必ず来ます、だから!」
「…」

ハァハァと息を切らしながら、不器用な言葉で、それでも自分の思いを伝えた。
彼女がどう受け取ってくれたかは分からない。
だが、するべきことはした。

「………今日は命を救ってくれて、ありがとうございました。…明日また」

そう告げて、その場を去ろうとした。
きっとこれ以上は、ここに居ても彼女の答えは聞けないと、そんな予感がしていたから。
ゆっくりと、どこか後ろ髪を引かれる思いでその場を去っていく。

「………待ちなさいよ!!」

突然、彼女が声を荒げた。

「あなた本当に馬鹿なの?明日私がここに居なかったらまた山奥まで入るつもり?」
「分からないけど…でも、ここには必ず…」

来るよ、そう言いかけた彼の言葉を遮るように彼女が言葉を重ねる。

「本当に馬鹿なのね!会いたい、逢いに来るっていうなら、普通時間位言うでしょう!しかも私あなたの名前すらも知らないのよ?ここで逢えなかったらあなたを探す時なんて呼べばいいのよ!?迷子の人間サン〜とか言えとでも言うの!?」
「え?え?へ?」

振り向いてみると、顔を赤くした彼女が、腰にてを当てて、怒っているサインのまま近づいてくる。
頭の蛇はどこか嬉しそうな表情で、先ほどと同じようにスリスリと互いの顔を擦り合わせていた。
目の前まで来た彼女は、何かを待っているような視線を彼に向ける。

「えっと…」
「だから!時間と!名前位教えなさいって言ってるの!」
「あわわわ…ごめん、なさい。えっと僕はギルベルト…」
「時間は!」
「はいぃ!ええっと…い、今の時間位に…」
「ふん!…最初からそう言いなさい…バカ!」

プイっと横を向きながら彼を罵倒するも、その声には怒りと言った感情は含まれていないようだった。
少し何か考え事をするかのように目を閉じていた彼女だが、ゆっくりと彼の方に向き直すとどこか恥ずかしそうにしながら自分の名を伝えた。

「エルサ…よ。忘れたら承知しないわ…!」
「エルサ、だね。うん!」
「な、名前聞いた位で何そんな嬉しそうにしてるのよ!あ、呆れちゃうわまったく!」

ニコニコと嬉しそうに笑う彼に対し、顔が真っ赤なままの彼女。
嬉しそうにくねくねと身体を動かす頭の蛇。
これが彼と彼女の出会いであり、彼がこの街に腰を据える決意をした瞬間だった。


− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −


ふわふわと舞い落ちる雪はこんなにも小さく軽いというのに、どうして積もった雪というのは重く硬いのか。
屋根に積もり、重く固まった雪を降ろさなければこんな小さな家など容易く潰されるだろう。
それを避けるためには、どうしてもこの重労働をやらなければならないが、彼女のためと思えば不思議とそこまで苦ではなかった。
そんな重労働の合間に屋根から見下ろす、眼下に広がる山間の街。
彼女と共に暮らせるよう、街から少し離れたこの場所に家を設けた。
魔物への差別がある街ではないが、普段の製薬に使うものを保存、採取することを考えると離れた場所がよいと判断した結果だった。
彼女も、街の中より少し離れて2人だけの静かな空間が欲しいと、顔を真っ赤にしながら言ってくれた。
冬の間は、よく風邪に効く薬を求めて街の人がやってくるが、どうやら今日は来る気配はなさそうだった。
2時間程度雪下ろし、雪かきをして、一通りの雪をどかすことが出来たことを確認して家に戻ることにした。
汗や溶けた雪でビショビショになった服を脱ぎ、部屋着に着替えると彼女の元へ向かう。
もしかしたら、雪を落としたときの音で起きてしまったかなと思ったが、そんなことなど露知らずと言った表情で彼女は眠っていた。

「…ふふ、ただいま」

眠る彼女に触れたかったが、冷え切った手で触るのは、眠っている彼女を驚かせてしまうかもしれない。
一度暖炉で温めてこなければと、彼女の元へと行きたい気持ちを抑え、暖炉へと向かう。

「…雪下ろし終わったよ。これで何日かはやらなくても大丈夫かな?」

そう呟きながら、暖炉の前で自分の手を温める。
思った以上に冷えていたな、と思いながらも、この冷えた手で彼女に触れば彼女も目を覚ますかな、と意地悪を思いつき、胸中で苦笑する。
無論、そんな野暮な事を行うことはない。
十分に手が温まったことを確認して、彼女の元へと戻ることにした。

「…流石に冷え切っちゃってたよ。ちょっと頑張りすぎたかな?」

そう言いながら彼女の頭を優しく撫でる。
起きているときに撫でると顔を真っ赤にしながらも、拒否をしない彼女がたまらなく可愛いのだが、こうやって寝ている彼女を撫でるのも悪くない。

スヤスヤと眠る彼女の顔を見ながら、初めて彼女と出会った年の冬のことをぼんやりと思い出す。
とはいっても、この街での初めての冬のときは、彼女と共に過ごすことはなかった。
毎日のように彼女と共に過ごしていたが、まだこの家もなく、夕方には別れるか、たまに夜一緒に街で過ごすような関係だった。
そんな彼女が冬に入る前、秋の終わりに唐突に彼に、さよならを告げにきた。


− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −


「え……?会えなくなる…ど、どういうこと?」
「……」

突然の彼女の告白に、気が動転する。
最近毎日どこか物憂げな様子だった彼女だが、まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかった。

「え…ぼ、僕何かエルサに失礼なことを…」
「そんなんじゃないわ…でも…」

何か理由がある、そんな様子を見せる彼女だが核心を彼に告げることはしない。

「もうお別れってわけじゃないわ…ただ…」
「なら!」

せめて理由が聞きたかった。
このまま、はいさようなら、ではあまりに理不尽で、あまりに納得がいかない。
普段彼女と言い合いになることはあまりないし、なったとしても直ぐに自分から身を引く彼が、この時ばかりは彼女へと喰いつく。

「せめて…理由位は教えてくれないかな…?」
「……」

ばつが悪そうな表情を浮かべた彼女は、そのまま顔を背ける。
彼女と過ごして居てわかったのだが、彼女の真意を汲み取るには彼女の目を見るよりも、彼女の髪の蛇を見るほうがいい。
だが、肝心の蛇も今は彼女と同様にそっぽを向いてしまい、読み取ることすらできなかった。

「エルサ……もしかして僕の事を…嫌いに…」
「なるわけ無いでしょ!バカ!」

口から零れ落ちた小さな弱音。
きっと無いと信じているけれども、彼女の反応を見ていると、そんなありえないことすら湧き出てきてしまう。
だが、彼女はそれを一刀のもとに切り伏せる。
そんなことはありえないと、力強く。

「そんなわけない…けど」
「……」

力強く振り絞った声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなるほどに小さな呟きへと変わる。

「……から」
「え?」
「春になったら…必ずここに来るから…貴方に初めて出会ったこの場所に…‥必ず」
「エルサ…」

そういうと彼女はゆっくりと彼に背を向ける。
そのまま決して振り返る事無く、ゆっくりと山の奥へと進んでいく。
ヘビ達は何度もこちらを振り返り、何匹かは涙を浮かべているように見えた。

彼女が意地っ張りなのは分かっていた。
まだ半年程度の付き合いだけれども、彼女と過ごした濃密な時間が語っている。
こうなった彼女をもう止める手段なんてない。
だから、自分が出来ることをしようと腹をくくった。

「待ってるから!」

ビクッと彼女の体が震える。それでも彼女は振り返ることはなく、歩みを止めることもない。

「必ず!また春に!ここで会おう!!君を!エルサを!待ってるから!」

ゆっくりと遠ざかる彼女に聞こえるように、自分の迷いを断ち切るため、彼女が言った言葉を己に信じさせるために。
あらん限りの声で、己の思いを告げた
ハァッハァッと息が上がる程に大声で叫んだ。
彼女の姿が山に溶けて消えてしまっても、何度も、何度も。

それから彼女は姿を現すことは無かった。
彼女から別れの言葉を聞いた5日後にはその年で初めての雪が舞った。
日に日に雪の降る量は増え、赤を基調とした彩りに飾られて居た山は気がつけば白一色に染まっていた。
ぼんやりと雪が降るのを眺める毎日は、彼が体験したどの冬のときよりも長く、永く感じた。
彼女に逢えない日々がこれ程までに退屈で、物憂げなものだとは知る由もなかった。
雪が止んだ日には、いつも彼女と会う場所へ向かってみたりもした。
無論、彼女が来ることはなかったが。
彼に出来ることは何一つ無く、只々窓の外に降り積もる雪と、心の中で同じように積もり続ける彼女への思いを持て余す日々だった。
そんな永く、物憂げな冬も漸く終わりを迎え始める。
雪が降る頻度は徐々に減り、それに取って代わるように温かな太陽の日差しが山々を照らし出す。
温かな日差しは、雪解けを呼び、春の目覚めを伝える。
麓から徐々に消えていく雪に呼応するように、彼の顔にも次第に笑顔が生まれるようになってきた。
街の雪も7割方溶けた頃には、彼は毎日彼女と約束した場所へ向かっていた。
たとえその日逢えずとも、きっと明日には逢えると信じて。
そして、その日はやってきた。

「エルサ……!」

山の奥からゆっくりと何かがこちらへ向かってくる。
まだはっきりと見えないが、だが彼には確信があった。
決して見間違えるはずなどないと。
雪解けの少しぬかるんだ道を、偶によろけながら、それでも精一杯の走りで彼女へと近づく。
もう、間違え様はない。

「ギル…」
「エルサぁ!!」

彼女の胸に飛び込むようにして、ぎゅっと力強く彼女へと抱きつく。
まるで、ずっと母の帰りを待ちわびていた、幼子のように。

「うあぁ…エルサ…エルザぁ…うぅ…ひぐ…」
「……何泣いてるのよ…もう…バカね……ふふ」

普段の彼女ならいきなり抱きついて来たことに、きっと顔を真っ赤にして怒っていただろう。
そんな彼女は、今は泣きじゃくる彼をぎゅっと抱きしめ、優しく頭をなでていた。

「…ちゃんと…約束守ったでしょ?」
「うん…う”ん!」
「もう…ばか、泣きすぎよ……貴方こんなに泣き虫だったかしら?」

呆れたような声を出す彼女だが、顔は綻んだまま、嬉しそうに彼の頭をなで続ける。
彼が落ち着くまで、久方ぶりの再開にひとまず満足するまで、彼女はずっとそうしていた。

それからはまたいつもの日々が始まった。
どこか眠たげな彼女と一緒に、山で春の野草を取りながら、偶に彼女に襲われながら。
夏が訪れれば彼女とともに川で水浴びをして、そのまま襲われたり。
そして気がつけば夏も終わり、また山々が色づく秋がやってきた。
ほんのりと涼やかな風が吹く中で、物憂げな表情を浮かべる彼女に彼は再び問いかける。

「ねぇ、エルサ」
「……何?」
「また秋が来たよ」
「…そうね」
「秋もきっと、君といればすぐに終わってしまうよ。そしたらまた…永い冬が来る」

そう、季節はめぐる。秋が終われば、次にやってくるのは冬なのだ。決して再び夏を迎えることはない。

「ねぇ…エルサ」
「……」

赤い夕焼けが、二人を照らす。

「僕のこと…好き?」
「……いきなり何言ってるのよ…そんなの…」
「僕は!エルサのことが大好きだよ」
「…っ」
「キミに逢えなかった冬は……とても辛かった、毎日が灰色で、僕は生きているのか死んでいるのかも分からなかった」
「……」

赤く染まった世界の中で、彼と彼女だけが動いているようだった。

「僕は…またあの灰色の日々を送るのが怖いよ…君と離れるのが…とても怖いんだ」
「……」
「僕は君のためなら、きっとなんでも出来るよ。約束する。だから…教えてくれないかい…?」
「……」

まっすぐにこちらを見つめる彼の目を、ジッと見つめる。
優しくて、普段どことなく間の抜けた彼だけれども、決意を固めた時、とても、とても力強い瞳に変わる。
今まさに彼の瞳はそうなっていた。
瞳の力で他者を石に変える力を持つ彼女だからこそ分かる、力強いその瞳。
話せば、彼はきっと受け入れてくれるだろう。
だがもしかしたら彼を苦しめるだけになるかもしれない。
不安が胸中を覆い、悩み抜いた末に、彼女は小さな声でポツリポツリと話し始めた。

「あの…ね、私は見ての通りだけど、蛇の魔物なのよ」
「…うん」
「蛇と全く同じって…わけじゃないけど…その…」
「うん…」
「……冬は…長い眠りについてしまうの…殆どの時間を眠っていると言っても過言じゃないほどに…冬眠とでも…いうのかしらね」
「…そう…だったんだ」
「……たまに…1ヶ月に1度位、かしら?少しだけ起きて食事したら…また眠ってしまうの…そうやって春までを過ごしてる」
「…エルサ」
「ここを離れれば、もっと暖かな場所へ行けば、もしかしたらこんなことに悩まなくていいのかもしれないわ。でもね…」
「…でも?」
「ここが、この場所が、生まれ育ったこの場所が好きなの。……貴方と出会えたこの場所は…私の何よりも宝物なの」

意地っ張りな彼女が初めて見せてくれた、彼女の心の奥底の本音。
とても、とても強い彼女の思い。

「貴方と出会えたことは本当に幸せなの、でも…何も出来ないのならば…いっそ離れていた方が…」
「そんなことない!!僕は!君がいるだけで…」
「居るだけで何も出来ないのよ!?貴方と喋ることも出来ない!食事を一緒にすることも出来ない!貴方の温もりを感じることだってできないの!そんなの…一緒にいる意味なんて…無いじゃない…」
「…それでも」

彼女がずっと心の中に押しとどめていたものが一斉に溢れ出てきていた。
好きで堪らないからこそ、相手を一番に思いやるからこそ、一番苦しまなくて済む方法を探し出した。
不器用な彼女が出した、彼を思うが故の優しく歪な答えだった。

「それでも僕は、君と一緒にいたい」

彼女の出した優しい歪な答えは、彼の優しい一言で粉々に砕け散った。

「なんで…」
「さっきも言ったはずだよ。君のことが、大好きだから。君が寝ている間はずっと傍に居るよ。君が起きたらおはようって必ず言う。君が眠るときは…眠るその瞬間まで、ずっと傍で手を握ってるよ…だから…」
「…ぅ…ぅぁ…あ…ひっぐ……うあぁぁん……」
「僕の…傍に居てくれないかい?いつも、どんな時も」

泣きじゃくり、ぎゅっと彼に抱きつく。
普段強気で涙など見せない彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ出て止まらなかった。
ぽろぽろと零れ落ちる涙を、彼は受け止める。
優しく抱きしめながら、優しくほほえみながら。
ずっとずっと、彼女が泣き止むまで、彼は優しく抱きしめていた。
そんな彼らを、沈みかけの太陽と、登りかけの月が優しく照らしていた。


− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −


そんなこともあったなと、思わず彼は苦笑する。
若きの至りとでもいうのか、随分と熱い男だったものだと、胸中で独り言ちる。
だが、その結果が今である。そう考えると、決して悪いものではなかったのではないか。
そんな懐かしい思い出にふけっていたときだった。

「…ん…んぅ…」
「エルサ?」

彼女が眠るベッドから聞こえた声。
基本的に彼女が寝ているときは非常に静かである。
偶に寝ていることを確認したくなる位に、とても静かで、寝言はまず言うことはない。
こういった反応を見せるときはただ一つだった。

「ん…ぅ…ぁ…ギ…ル?」
「…おはよう、エルサ」

起きたとは言い難い、まだほとんど目が閉じた状態の彼女。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、優しく彼女に口づけをする。

「ん…ちゅ…ぁ…」
「…ん…今、スープ温めてくるね」
「…ぅん」

彼女の起きていられる時間はとても短い。
だからこそ、スープのような直ぐに暖められ、食べれるものは、彼女がいつ起きても大丈夫なように常に多目に作ってある。
1人分のスープは直ぐに温まり、木の器に入れて彼女の元へと運ぶ。
スプーンで救うと、ふぅふぅと冷ましてあげながら、彼女の口へと運ぶ。

「…あーん」
「……ん…おい…し…上手…作れた…ね」

寝起きの彼女は、いつもの意地っ張りな部分は全く無く、どこか大人しく素直だ。
いつもの彼女とのギャップ、少しさみしい冬の中で、心温まる瞬間だった。
そんな彼女は、1口、2口とゆっくりとスープを飲み込んでいき、気がつけば器のスープは空になっていた。

「…おかわりいる?」
「ん…だいじょ…ぶ……ギル……」

スープを飲んで少しだけ目が覚めたのか、彼女の目は半分くらい開いている。
それでも、彼女を襲う強烈な眠気に、今にも瞼が落ちそうになっている。
そんな彼女が両手を広げ、彼を受け入れようとしていた。
限られた時間の中で、次にまた起きるまで彼が寂しくないように、精一杯愛を確かめ合うために。

「エルサ」
「ギル…」

先程よりも長く、蕩けるような口づけを交わす。
柔らかな感触と、ほんのりと甘い、どこか初恋を思い出す彼女との口づけ。
重ねた唇は優しく、だけど貪欲に相手を求める。

「ん……んむ…あ…ぁむ……エルサ…」
「ぁ…ん…ギル……んぅ…ちゅ…♥」

彼女が寝ている間、彼が行うのは精々軽い口づけと彼女の頭や顔を撫でる程度だった。
何度か彼女に、寝ている間は激しくなければ好きにしていいと言われたこともあったが、寝ている彼女を襲う様な感じがして行うには至らなかった。
だからこそ、この一月ぶりのこの瞬間、抑え続けていた欲情を、出来る限る暴走しないように抑えながらも吐き出していた。
彼女もまた、1ヶ月ぶりの彼の愛を受ける瞬間であり与える瞬間であり、同時に"食事"でもあった。
故に、次第に口づけはより甘く、蕩け、ねっとりとした熱いものへと変わっていく。

「エルサ……ん……あぁ…む…」
「んんぅ…あぷ…ぢゅる…あ……んぷ…ギル…ギル♥…んむぅ…」

ぎゅっと抱きしめ合いながら、互いの名を呼び合う。
ずっと傍に居るのに、だけれども冬のこの間だけは、どうしても二人の間に距離を感じてしまう。
だからこそ互いを呼び合い、すぐ傍に居ることを確かめ合うのかもしれない。

「ん…エルサ…ごめん、僕もう…」
「ぁふ……いい、よ…ギル……私も…欲しい、から…きて…♥」

抑え続けていた欲情はもう限界にまで達している。
彼の怒張した物は服の上からでもパンパンになっているのがわかってしまう。
彼女もまた、秘所を濡らし、いつでも彼のものを受け入れ、包み込むその瞬間を待ちわびていた。
衣服を脱ぐと、少しだけ彼女に掛かっている掛け布団をめくり、彼女に跨るように彼女に重なる。

「エルサ……挿れるね」
「んぅ…!…ああぁ……ギル、の……入って…」

ぐぢゅりと小さく音を鳴らしながら、彼女の濡れそぼった秘所に、彼のモノがゆっくりと挿入される。
すんなりと彼のものを受けて入れているが、それでいて彼のものをまるで蛇のごとく、根元から先までぎゅうっと締め付ける。
痛みよりも、幾多のヒダと締め付けが生み出す快感に思わず意識が飛び、容易く射精していまいそうになる。
こみ上げる射精感を堪えながら、彼女の最奥にまで到達すると、彼女もまた快感に堪えきれず、声が漏れ出す。
自分のモノをぎゅっと締め付けられているお返しと言わんばかりに、彼女のことをぎゅっと優しく出し決め返す。

「エルサ…全部入ったよ…大丈夫?」
「あ…ふぁぁ……きもち…い…奥…いっぱい…ギルが…いっぱい♥」
「ふふ…大丈夫みたい、だね……ゆっくり、動くよ」

とろん、とした彼女の目は先程までの眠気に染まった目とは違っていた。
愛する人のモノで満たされ、悦びと快楽に染められた目になっている。
ゆっくりと腰を動かし、彼女の膣内をかき回す。
ゆっくりと腰を引こうとすれば、ぎゅぅっと締め付けてきて、まるで抜かないでと懇願しているようだった。
それでいてゆっくりと腰を戻せば、幾多のヒダがお帰りなさいと言わんばかりに、彼のモノを迎え入れる。

「はぁっ、はぁっ、エルサ…凄い…気持ちいいよ…」
「あぁ…んぅっ!…はぁっ、ああぁ、きもち、い…ギル、ギルぅ……んくぅっ♥」

挿れる度に、抜く度に、静かな部屋の中に水音が響き渡る。
響く水音と彼女の呻き声が耳に入る度に、彼女の膣内に己のモノが入る度に、快感はより強く大きく、やがて我慢が出来なくなるほどにまで膨れ上がる。
ずっとこの瞬間が続けばいいのにと思ってしまうが、無情にも彼女がそれを許すことはない。
ぎゅっぎゅっと締め付ける動きは、いつの間にか彼の射精を促すように、彼の動きに合わせより強く締め付ける動きに変わっていた。

「うぁ…エルサ…ごめん、もう限界…」
「んっ、あっ…ふぅっ、うぁっ…はぁっ、いい、よ…んうぅっ…き、て…ああぁっ♥」
「エルサ!エルサ!!…出すよっ!」

限界まで膨張し、張り詰めたそれを、彼女の膣内の奥の奥まで突き立てる。
彼のその動きに合わせるように、彼女の膣内も、トドメと言わんばかりにぎゅうっと彼のモノを締め付ける。
瞬間、彼のモノが大きく脈打つと同時に、大量の白濁が彼女の中へと放出される。

「ぐ…くぁ…う…エルサ…」
「ひぅっ――!ふあぁぁぁっ……♥♥」

びゅぐっ、びゅるるるっと、まるで音が聞こえてくるかの様な勢いで、彼から解き放たれる精子。
それをまるで飲み干していくかのように、1滴たりとも零さないようにと、彼女の膣が蠢く。
お互いに身体を震わせながら、暴力的な快感に身を委ねる。
1ヶ月ぶりの射精は、それこそ文字通り腰が抜ける程の快感だった。
彼女もまた1ヶ月ぶりに受け入れる精であり、脳天から尻尾の先までが雷で打たれたような痺れる快感に酔いしれていた。
収まらない快感に耐えるためなのか、まだこれでは足りないとでも言うのか。
はぁっ、はぁっ、と互いに荒い息をあげたまま、どちらともなく唇を重ね合う。

「ん…ちゅ…ふむ…ぁ…ぢゅ……はぁっ、はぁっ」
「んふぅ♥…んむ…ぢゅる……あぷ……あ…ふ、ふふ…ギル……しあ、わせ…」
「…僕も、だよ」

蕩けた笑顔で、彼女が嬉しそうに彼に自分の気持ちを伝える。
髪の蛇も、いつの間にか彼に寄り添うように、彼の頬にスリスリと擦るようにしていた。
優しく彼女の頬を撫でる。その手に彼女も自分の手を重ね、嬉しそうに笑う。
長い、永い冬の、一時の幸せな瞬間。
願わくば、ずっとこうしていたかった。
愛を語り、初めて出会ったときのように初心で、蕩けるほどに甘い愛を育みたかった。
だが、与えられた時間はあまりに限られいて、彼女もそれを理解している。
だからこそ、彼女は再び彼を求める。
また眠りに付いてしまう前に。
さみしがり屋の彼が、自分が眠っている間を乗り越えられるだけの愛情を渡すために。

それから2度、彼は彼女の中で果てた。
彼女が起きていられる時間は精々その程度だと、今までの経験から分かっていた。
案の定、3度目が終わった辺りから彼女の瞼は明らかに閉じ始めている。
髪の蛇は既に眠りに付いてしまっているが、彼女自信はなんとか気力を振り絞り起きているのだろう。

「ごめ…ね…ギ、ル……わた、し…また…」
「…謝らないで。大丈夫だから、ね」

彼女の今にも閉じてしまいそうな瞳から涙が零れていた。
自分の我儘に付き合わさせてしまっている。
それでも彼は一言も文句を言うことはなかった。

「ゆっくり、おやすみ。大丈夫だよ…ずっと、君が起きるまで傍にいるから」
「…あ…りが…と…ギル……私…しあわ…よ……」
「うん…うん…僕もだよ」

もう彼女の瞳もほぼ閉じている。
それでも彼女は最後の最後まで彼を思い、眠りにつかないよう必死に堪える。
そんな彼女に優しく口づけをする。

「…きっと次に起きるときは春になっているよ。そうなったら、また一緒に、たくさんの思い出を創りにいこう」
「う、ん……う…ん…っ…」
「おやすみ、エルサ」
「…お…や…み…ギル…」

そのまま彼女は、ぷつりと糸が切れたかのようにすやすやと寝息を立て眠りに落ちる。
眠る彼女の頭を優しくなで、そっと彼女から離れようとした瞬間だった。
心の中に、家の外の冷気が直接吹きすさんだかのような冷たい寂しさを感じた。
だけれども、彼はそれをすぐに忘れることにした。
彼女はいつだって彼のすぐ傍にいるのだから。

それからまた、少し寂しい冬の日々が舞い戻る。
起きて暖炉に火を焚べて、雪が積もった日は雪かきをして、偶にお客さんが来たら薬を渡す。
そんな少しだけ灰色の日々。
それでも時はゆっくりと、確実に流れていく。


春が来たら、眠たげな君の手を引いて春の花々と共に彩りの季節を祝おう。
夏が来たら、元気いっぱいな君に負けないように精一杯の笑顔を君に見せよう。
秋が来たら、物憂げな君の顔をとびっきりの笑顔に変えれるように愛し合おう。
冬が来たら、君の一番傍で、君の目覚めを優しく待ち続けるよ。

だから、今はもう少しだけ…こうして君の手を握らせて
18/01/23 00:45更新 / クヴァロス

■作者メッセージ
今回のお話は如何でしたでしょうか?

愛する人が傍に居るのに、どうすることも出来ない寂しさと、
それでも一緒に入れる幸せの混じり合った、少し切ないお話しでした。
冬眠というすこし個人設定的な部分がありますが、それでも楽しんで頂ければ幸いです。



私と一緒に冬眠してくれる魔物娘、募集中です。

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