連載小説
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第5話 2日目その4「よかった、この人を好きになって本当によかった……っ!」
致命的な速さで迫り来る剣戟を前にしても、ヴァネッサは一片の恐怖心も抱く事はなかった。
左から槍が、少し遅れて右側から剣が肉薄する波状攻撃がヴァネッサを襲う。
(……速い。でも今の私なら、いける)
こくん、と喉を鳴らす。
口の中にわずかに残った至高の「食材」が食道を通過していく。
それだけで全身から溢れるほどの力が四肢へ伝わっていくのを感じる。
今なら誰にも負ける気がしない、そう思うほどの昂揚感がヴァネッサを支配していた。
「どぅぁぁぁっ!!」
長身の騎士の槍が繰り出された。
その矛先は真っ直ぐ頭部へ向かっている。憎悪と怒りで凝り固まった、直線的過ぎる軌道。
当たれば必死確定のその一撃に、ヴァネッサは勝利を確信した。
(よく狙って……ここっ!)
「おぼっ!」
軌道が読めれば回避は容易い。
半身を捻り紙一重で一撃を避けたヴァネッサは、篭手に包まれた裏拳を不用意に踏み込みすぎた顔に叩き込んだ。
自らの突進によるスピードが乗った拳に鼻骨がへし折られる音と共に長身の男が地に伏せる。
(あと一人)
拳を繰り出した反動を殺さずそのまま右へ剣を振り抜く。
しかし、その先にあの巨躯の騎士はいなかった。手ごたえが伝わらず剣は空を切る。
(消えた!?)
「ヴァネッサ、下だっ!!」
「!!」
後ろからレイの声が飛ぶ。
目だけを下に向けると、地を這うように体を沈ませる年長の騎士がそこにいた。
力押しの突進と見せかけた、見た目にそぐわない俊敏なフェイントだった。射程圏内に潜り込んだその体勢から、攻撃態勢に移行しようとしている。
次の瞬間には、ヴァネッサに刃が届くだろう。
(けど、ここで負ける訳には……いかないっ!!)
今も後ろで事の行く末を見守っている、軽薄でスケベで、そして自分のために命を賭けてくれたバカな男のためにも。
「はぁぁぁぁぁ!」
年長の騎士が剣を閃かせようとするその刹那、思い切り膝を引き上げた。
「がぁっ!!」
膝頭が再び顔面、それも急所である鼻の下に直撃した。
衝撃に仰け反った年長の騎士が、鼻血を撒き散らしながら倒れていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息を整え、痛みに呻く騎士二人を冷めた目で見下す。
「ぐ……お……」
「うぅ……てぇ……」
時折痙攣のように体を震わせ悶絶している。これではどちらもすぐに戦闘は無理だろう。
(勝った……っ!)


− − − − −


「やったな!ヴァネッサ」
興奮まじりの声でレイが駆け寄ってくる。
「お前、本当に強かったんだな」
「……だから言ってるでしょう。こんな奴らひとひねりだって」
レイに対して大きく息をついて、ゆっくりと答えた。
「え、あ、ああ。そうだな……」
その態度にレイは小さな引っかかりのような物を感じ、戸惑ってしまう。
「なに?」
「いや、なんでもない……ま、それにしてもこれも俺の濃厚な精液のおかげだな」
その違和感を探るように、レイはかなり際どい軽口を叩いた。
普段のヴァネッサなら「な、なにをバカな事言ってんのよっ!!」くらいのセリフを吐きそうなものだが目の前のデュラハンは、
「……そうね。アレがなければ負けていたかもしれないわね」
と別段無理に我慢しているといった様子もなく、まるで普通の会話のように受け答えていた。
この言動には、レイも目をむいた。
「……お前さ、なんか雰囲気違くね?」
豹変したヴァネッサに、訝しげな視線を送る。
「……ああ、そういう事。私達デュラハンは、胴体の中にある精液を首で栓をしているの。そしてそれと一緒に本能や衝動、感情も抑えているのよ」
淡々とヴァネッサはレイの疑問に答えた。その様は理知的、冷静という言葉が当てはまり、首だけの状態からはとても連想できなかった。
「へぇ……これまた難儀な……って、こんな事している場合じゃねえ。早くここを離れて魔方陣へ行くぞ」
あの時下りていった新米が戻ってきてしまうかもしれない。それを懸念したレイが棒立ちのままのヴァネッサを促した。
だがレイの声を無視するかのように、ヴァネッサは未だに棒立ちのまま一点を見つめ、一歩も動こうとしない。
「……ヴァネッサ?」
「……」
「あ、おい」
不審に思うレイを尻目にその一点、ヴァネッサは二人の騎士へと歩み寄っていく。
(まさかこいつ……!)
ヴァネッサから今なお立ち上る殺気に、レイもようやく気づいた。
「ヴァネッサ!!」
二人の騎士達まであと数歩、という距離で歩みが止まる。
「……一応聞くが、なにする気だ」
「なにって、あなたが今考えている通りよ」
振り返りもせず、ヴァネッサは答えた。いつも聞く口喧しいあの声とは遠くかけ離れた、冷たく抑揚のない声だった。
「勝負はついたんだ。もういいだろ」
フッとヴァネッサが鼻で笑った。
「……もういい?まだよ。これで終わりじゃない。まだ私にはやるべき事があるのよ」
肩越しにヴァネッサが一瞥する。その顔は騎士達がレイ達に向けたように、怒りに歪んでいた。
「卑劣な手段に散った仲間達の仇が残っているわ。せめて……せめてここで無様に転がっているゴミ共はこの手で、斬る」
「バカなマネしてんじゃねえ。やめろ」
「……悪いけど、それは承服しかねるわね」
言い捨てると再び歩を進め、とうとう年長の騎士の前に立つ。
「ぐ……」
ヴァネッサの気配を察したのだろう。かろうじで失神を免れていた年長の騎士の手が、落とした剣を掴もうと腕をさまよう。
その手が剣に伸びる寸前、ヴァネッサは剣を蹴り飛ばす。金属同士がぶつかる音と共に、剣はあらぬ方向に転がっていった。
「く……そっ……」
血まみれの顔で、年長の騎士が愛剣を蹴り飛ばした張本人を見上げる。
その目に映る憎悪は、一向に消える事なくむしろより暗く燃え燻っていた。
「……」
「……」
両者の間で憎悪がぶつかり合った。一言も発せず、ただただあらん限りの憎悪が交錯する。
そして幾ばくかの間の後、ヴァネッサの剣を持つ手に力が篭もった。
「いい加減にしろよっ!」
怒声にも似た声で、レイが走る。
(とりあえず剣を持つ方の腕さえ掴めば……)
怒りに突き動かされたヴァネッサを止めるために、腕を伸ばす。
「……斬るわよ」
「……っ」
しかし冷たく放たれる言葉に、逆にレイの足が止められた。ハッタリや冗談ではない、本気の言葉だった。
瞬間、ヴァネッサが一瞥する。
「……そこまでしてこのゴミを助けたいの?まぁ、そうよね。あなたも所詮人間だものね」
「ちげーよ、そうじゃねえ!!」
「じゃあ、なに?私を助けたと思ったら、今度はゴミの命乞いなんて。あなたの意図が見えないわ」
「それは……」
レイがその先を紡ぎだそうとしたその時だった。
「たいちょおーっ」
先ほど下山していった、あの新米の声が聞こえてきたのだ。
「!?」
それだけではない。複数の足音が、あの新米以外の複数の騎士の接近を告げていた。
しかし、これがレイにとって逆にチャンスとなった。
「わりぃ、ヴァネッサ!!」
「なっ、きゃあっ!?」
新米の騎士に気を取られた一瞬の隙に、レイは自分の腕を思いきり突き出した。肩までかかるヴァネッサの髪へ。
すぽーんという擬音が聞こえた訳ではないが、ヴァネッサの頭部が美しい放物線を描いた。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫があたりに響く中、
「こっちだ!!」
レイは司令「頭」を失った胴体の手を引き、魔法陣がある階段へと駆け出した。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!!もどしなさいよぉぉぉぉ!!」
リズミカルに階段を昇るレイに、髪を掴まれたままヴァネッサが叫ぶ。
段差を上がるたびに、頭部が跳ね回るように揺れ、叫ぶセリフも風に揺れまくっている。
「この先にある楠を右だったなっ」
当然、レイも全力でスルーを決め込む。
「無視すんなぁぁぁぁぁっ!!」
楠を曲がったその先の、魔法陣がある隠し洞窟というのはすぐに見つかった。
巧妙に隠されていたのだろうが、開け放たれている状態のままではそれも意味をなさなかった。
ノコノコと騎士達の前に出てきた首無し胴体が、開けたら閉めるというマナー違反を犯してくれたおかげだ。
洞窟に駆け込むと、レイは内側の入り口に取っ手を引いた。
意外と大きな音も出ず、崖に見せかけてある扉が閉まり、同時に通路に明かりが灯された。
「ぜぇ……ぜぇ……ここまで来れば大丈夫だろ。にしても魔法っていうのはすげーもんだな、全部自動でやってくれんのか……」
「そんな事に感心している暇があったら、さっさと元に戻しなさいよ……」
レイの手で未だにブラブラと揺れつつ、ヴァネッサが怒りに声を震わせる。
「ああ、やっべ忘れてた」
「ちょっとぉっ!」
「わかった、わかった。ほれ」
ぽん、と胴体に首を置き、ヴァネッサがようやくまた元に戻る。
途端に、鋭く眼光が飛び胸倉を掴まれた。
「どういうつもり、レイ。どうして私の邪魔をしたの?」
「お、おい、落ち着けよ、ヴァネッ……」
「質問に答えなさい」
グリッと剣の柄が脇腹に当てられる。
質問の返答如何では承知しないと、その目が語っていた。
(こりゃ言い訳や誤魔化しはきかねえか……)
その目を前にレイも真っ直ぐと見返した。
「……お前まで、『そっち側』に行って欲しくねえ。それだけだ」
「どういう意味……?」
「そのまんまだ。気づいていたか?あの時のお前、あの騎士達と同じ顔してたぞ」
ハッとヴァネッサの目が見開く。
「気づいてなかったんか?……あのまま放っておいたら、お前の言う『ゴミ共』と一緒になっちまうところだった。だから止めた。これじゃダメか?」
「……もう一つ質問。あの時、あいつらが言ってた……あなた、身内が魔物に奪われたっていうのは、本当なの?」
「ああ、ホントホント。ウソじゃねーよ」
まるで与太話を語るかのように軽い口調で暴露するレイ。肉親を魔物に奪われたあの騎士達のように燃え滾るような憎悪など、レイからは微塵にも感じられない。
「だったらなおさら、あなたの意図が見えないわ。どうしてここまで私にしてくれるのよ。魔物が憎くないの!?」
「質問は一つじゃ……いでっ」
胸倉を掴む拳により力が篭った。
「揚げ足を取る必要はないわ。今度は、足はあるわよ?」
いつぞやの軽口を軽口で返すヴァネッサ。しかし、その目は軽口を叩くほど笑ってはいない。
本来ならば憎悪のまなざしを向けられてもおかしくはないというのに、その態度がヴァネッサには理解できなかったのだろう。
レイを信じたい。なのにこの男がわからない。
怒りと戸惑いがない交ぜになった複雑な感情が篭った目で、レイを責めていた。
(なんつー目してんだ、こいつは)
こんな目をさせてしまっているのは、自分のせいなのだ。これに応えるには、誠実に答えるしかない。
いつもの軽薄な口調を改め、レイはゆっくりと口を開いた。
「なぁ……もしオヤジがいなくなった原因がオークじゃなく、人間の盗賊だったら人間を恨むのか?そうじゃねえだろ。お前の言う通り、魔物全てを一緒くたに恨む事なんかできやしねえ」
魔物全てを、一緒くたにしないで欲しい。
昨晩、指をしゃぶられた後に放ったヴァネッサの言葉だった。
「……そりゃ憎い時もあった。親父がいなくなってからは生活が苦しくなって最悪だったし」
怒る事も、驕る事も、騙る事もなく淡々と「最悪」とレイは言う。
この地域で父親が魔物にさらわれた家族は大抵悲惨な末路を辿る。
男手を失う事により生活は困窮。その日暮らしの泥水を啜る生活を強いられ、最後は身売りぐらいしか残されていないのが現状だった。
一部は親戚や友人の保護を受ける場合もあるが、レイの親戚達はそこまで情に厚くはなく、ご他聞に漏れずレイの母親も娼婦として食い繋いでいた。
だがそれも長くは続かなかった。元々病弱だった母親にはその激務は耐えられず、流行病にかかりあっさりとレイを残して逝ってしまった。
「魔物なんてこの世から消えればいいのに……」
それが今わの言葉だった。
その後、レイは孤児院に引き取られるまで路上孤児として糊口をしのぐ事になる。魔物への激しい憎悪を抱えながら。
「魔物は残虐で汚らわしくて、犬畜生にも劣る低俗な生き物だって、そう思ってきた。あの騎士達みたいにな」
「……」
レイの言葉に、ヴァネッサの表情が罪悪感で翳りを射していく。
「でもな、憎いと思うほどに魔物ってのがよくわかんなくなってきたんだよ」
「え……?」
「実際に俺が初めて魔物を見たのは、隣国の街の広場でやってる公開処刑場でだった」
公開処刑。
騎士達も口にしていたそれは、隣国で定期的に開かれている催し物であった。戦意高揚という意もあったが、一番の目的は「娯楽」。捕らえた魔物を断頭台に上げ、その落とされた首を肴に住民達は酒を煽るのだ。
「異常な光景だったよ。断頭台に上げられている魔物は必死に命乞いをして、結局最後は死ぬ。それもすぐにじゃなく、散々いたぶった後にだ。フィナーレの首が落とされた時なんて、割れんばかりの喝采が辺りまで響いてな。本当に、異常な光景だった」
「……胸糞悪くなる光景ね」
レイの話す内容に、嫌悪感を隠さずヴァネッサは吐き捨てた。
「そうだな。あん時は自分の目を疑った。なんせ……」
相槌を打つレイは一拍置き、その時の光景を思い出す。
怯えた叫びの後に続き吹き捲く血煙。一瞬の静寂から耳につんざく歓声。
「狂ったように笑う『人間』の方が……残虐で汚らわしくて、犬畜生にも劣る『魔物』に見えたんだからな」
狂気と正気が、魔物と人間が入れ替わった、忘れようにも忘れられない光景だった。
「あん時はマジわけわかんなくなったわ。魔物って、人間ってなんなんだろうってな。だからこそ、お前を助けたんだ。お前を助ければ、答えがわかる気がしたからな」
「……なぜ、そう思ったの?」
「顔だよ、顔。依頼を断った時のお前の顔が、似てたんだよ。乞食をしていた時の俺と」
初めはヴァネッサの依頼を受けるつもりなど毛頭なかった。誰から見ても危ない橋なのは火を見るより明らかだ。
朗々とそれを言い放った後に、ヴァネッサが見せた表情。
自分ではどうしようもない無力感に焦れて、それでも何かをしようと必死に縋りつくその顔を見た瞬間。
過去の光景がフラッシュバックした。自分もかつて、その顔を浮かべて生きていたのだ。
その顔を、目の前の魔物が浮かべている。まるで人間のように。
いつぞや襲ったあの公開処刑場での混乱がレイに去来した。
魔物とはなにか。人間とはなにか。そして自分は、なにが憎いのだろうか。
急激に膨れ上がるその疑問が極地に達した時、レイは軽口と共にヴァネッサの依頼を受けていたのだった。
「……それを知りたくて、気づいたらここまで来ちまった」
レイの独白を聞き終えたヴァネッサはどこか悲しげに目を伏せた。
「……つまり私を助けたのは、ただの興味って事ね」
「それはまぁ……否定はしねえ。だがな、今はちげえよ」
始めは興味にも似た思いで助けた、ただの首の取れる『魔物』だった。
しかし話せば話すほどに、そいつは『人間』と変わらない反応を示すからかい甲斐のある面白い『奴』になり、『魔物』という事実を忘れていった。
そして気づけばこいつを助けたい、胴体を取り戻してやりたい、と本気で思い始めていた。
その理由を、その答えを今、レイは口にする。目の前にいる『人間』に向かって。
「お前の事が好きだから、助けたんだよ」
「……は?」
告白から一瞬の間を置いて、ヴァネッサが酷く間の抜けた声を出した。
「今、なんて言ったの?」
「だから、俺はお前の事が好きだっつったの。お前を止めた理由も、惚れた相手が『魔物』じゃなくて『女』であって欲しいっていう、単なる俺のワガママなんだよ」
「でも私は、魔物……化け物なのよ?」
驚きに目を見開き、声を震わせるヴァネッサ。
しかしその声は硬い。
今ここでレイを信じ、そして裏切られた時の恐怖が最後の歯止めとして残っているのだろう。
その歯止めを取り去るべく、レイはその目を真っ直ぐと見据えた。
「……俺は『人間』ってのは理性がある奴だと思ってる。理性のない奴はケモノと一緒だ。そういう意味ではヴァネッサ、お前は立派な『人間』だよ。ただ首が取れるだけの……最高にいい『女』だ」
「……っ」
ヴァネッサの目から、歯止めが消えた。自分の吐露した思いが届いた瞬間だった。
瞬間のはずだった。
「……正直な話、信じられないわね」
だがその次にヴァネッサから出た言葉は、レイが予想していたものとはまったく違っていた。
「おま……ウソじゃねーって!」
「どうだかね。口では何とでも言えるわ。その場逃れの言い訳かもしれないし」
「おいおい……こんな事、ウソで言える訳ねーだろうが!」
信じてもらえなかったのだろうか、とレイは必死になって言葉を続ける。
それを見て取り、ヴァネッサが軽く笑った。
「そう……だったら、行動で証明して見せなさいよ」
「証明?」
「そうよ……ん」
薄く頬を上気させ、少しだけ顎を上に向ける。
(そういう事かよ。生首の時よりもある意味めんどくせー女だな)
それがなにを意味しているかを気づき、バレない様に嘆息する。
(まぁ、こういうところも可愛いと思っちまうんだからしょうがねえよな)
これも惚れた弱みだと苦笑し、上気する頬に手を添えた。
「ん……」
撫でられるように触れるとヴァネッサはそっと目を閉じ、せつなそうな吐息を零す。
いっそう頬を上気させて、レイの証明を今か今かとスタンばっているヴァネッサを前に、レイはほくそ笑んだ。
(ま、こいつの思い通りになるのは癪だけどな!)
「きゃあああ!!」
すぽーんという擬音はやはり聞こえなかったが、本日二度目の胴体離脱がヴァネッサを襲った。
両頬を挟むように持ち上げ、目の前に持ってくる。
「あ、あなたいったいなにを……」
ラブでロマンスないい雰囲気を見事にぶち壊した張本人に抗議しようとするヴァネッサ。
しかしそれも叶う事もなかった。
「んぐぐっ!?」
それよりも前に、その唇を奪いレイが証明して見せたからだった。


− − − − −


「んんんんーっ!?」
まったく予期していなかった流れのキスに、ヴァネッサはくぐもった悲鳴を上げた。
(確かに誘導したのは私だけど!私だけど!!流石にこれはないでしょうっ!!)
自分が『人間』だと言われた瞬間、心の底から嬉しさが込み上げた。できる事なら今すぐにレイの胸に飛び込みたい衝動まで駆られていた。
しかし首が繋がり、感情をあまり表に出さない自分は実に天邪鬼だった。
信じないフリをしてレイの方からキスを仕向けるようにしたまではよかったのだが、その結果コレである。
(ううっ……ファーストに続いてセカンドまでもこんなキスなんて……)
せめて二回目のキスはいい雰囲気で、という画策が見事なまでに裏目に出る始末となってしまった。
「んん……ぷはっ!あなひゃって人は……うぶっ」
塞がれていた唇が離れ、再三の抗議を入れようとするが、また塞がれた。
「んむ……ちゅっ……む、んむっ!」
しかも今度は舌が割って入ってきた。
(やだっ!ぶにゅって、にゅるってきた!舌?こいつ舌入れてきたの!?)
これがディープキスだとは理解できたが、キス初心者のヴァネッサにとってこの感触は想像を絶するものだった。
舌が絡まるたびに、舌を吸われるたびに、口の中に未知の快感が広がっていく。
(……こいつ、やっぱり上手い。こんなキスを、他の女ともしていたんだ)
かなりの経験を積んできたのだろう、的確にヴァネッサの性感を高めるように舌を動かしている。
それはつまり、自分以外の女で積んだ経験だろうと思うと、快感と同時に悔しさも湧き上がってくる。
「はむっ……んちゅ、んぷっ……ちゅぷっ!」
だがその悔しさも一瞬の事。初めての衝撃から立ち直ったヴァネッサは自分から舌を伸ばすようになった。
(だったら私だってそれくらい……)
預かりの知らない女への嫉妬心を剥き出しにし、ヴァネッサは侵入者を迎え撃つ。
「あん、む……じゅぷ……はむっ」
舌先同士で突き、舌の腹をなぞり、舌下へ誘導したところで吸引する。レイのモノを口に入れた時同様、ヴァネッサは急激な速度で男を悦ばせる舌使いを駆使していた。
(凄い……舌だけでこんなに気持ちイイなんて……)
先ほどの嫉妬心など消え失せ、今は純粋に口の中に広がる快感を堪能していた。
気づけば胸倉を掴んでいた胴体もダラリと腕を下げ、脱力している。
気持ちイイ。とても気持ちイイ。凄く気持ちイイ。
首が離れたヴァネッサは、本能の求めるままに舌を貪り続けた。
「んはぁ……はぁぁ……」
散々互いの舌を貪った後、ようやく唇が離される。視界が広がると、したり顔が目の前にいた。
「……どうだ?これで証明になったか」
「うん……」
いつもなら文句の一つでも言ってやるところだが、快感に浮かされた今は素直に肯定していた。
のみならず、
「……もう一度言って」
と、舌足らずな声で愛の言葉をねだっていた。
「何度でも言ってやるよ……ヴァネッサ、好きだ」
その一言で、嬉しそうにヴァネッサの瞳が潤む。
「……こんな首が取れる化け物でも、私を、愛してくれるの?」
「ああ、首が取れようがお前はお前だ。化け物なんかじゃねえ。お前は俺の、大切な女だ」
最後にもう一度軽くキスされた。
「ま、ドジで間抜けでやかましいところもあるがそれもま……ごふっ」
またいい雰囲気をぶち壊そうとする前に、今度はレイの脇腹に一撃を入れる。
「バカ。女に告白する時くらい最後までちゃんと締めなさ……い……よ……う……うぅ……ふううぅぅぅっー!」
だが今度はヴァネッサの方が耐えられなかった。溢れる感情が潤んだ瞳から込み上げて、ついには決壊したのだ。
「おっ、おい!ヴァネッサ!?」
「う、うるさい。少し……黙っててよ……バカァ……」
一欠けらのプライドから憎まれ口を叩くが、それも涙で掠れている。
嬉しかった。ただただ嬉しかった。
各地の最前線で矢面に立ち続けていたヴァネッサは、常に人間達から化け物と言われ続けていた。
戦うたびに痛いほどの憎悪と共に浴び続けたその言葉は、知らず知らずの内に自身を蝕んでいった。心のどこかで、自分は本当に化け物なのではないか、化け物の自分を受け入れてくれる人なんていないのではないか、と。
だからこそ自分を受け入れてくれたレイの言葉は、蝕まれた心の暗雲を払う奇跡の魔法であった。
感情が抑えられない。抑える必要もない。全てを受け入れ、愛してくれる男の前では。
溢れる感情が残ったわずかなプライドをも溶かし、そして口から漏れ出した。
「好き……わらひも……あなたが……好きぃ……っ!」
ダーダーと涙を流しながら臆面もなく顔をグシャグシャに歪める生首。
「そうか、ありがとな」
くずる幼子をあやすように、レイはその生首を抱え、髪を優しく撫でた。
「ひっぐ……わらひこそ……ありがとぉ……」
自分を受け入れてくれて。好きと言ってくれて。
(よかった、この人を好きになって本当によかった……っ!)
最良の人に巡りあえた幸運に感謝しつつ、ヴァネッサはそのまま腕の中でむせび泣いた。

「……ねえ、レイ」
ひとしきり涙を出した後も、未だにヴァネッサはレイの腕の中にいた。
「あん。もういいのか?」
ぶっきらぼうであったが、ヴァネッサの耳に優しく響く。
その優しさに仇で返すようで心苦しくなってしまうが、ヴァネッサは最早限界だった。
デュラハンは首で栓をする事により胴体から精液が漏れ出るのを防いでいる。それと同時に感情や本音、そして欲望も胴体に押さえ込んでいる。嬉しさが波を引いた後、今度は別の感情、もとい欲望がとめどなく湧き出てきていた。
「さっき理性がない奴はって言ったけど……ごめんなさい」
「ちょ、今度はなんだよ、いったい!?」
いつの間にか脱力していた胴体が体を震わせつつ、レイに迫る。
「私、もうムリなの……ぉ……!」
ある意味先ほどよりもずっと悲しそうにヴァネッサが言葉を漏らした。
精液が欲しい。今すぐに。体中が愛しい男を求めている。
抑えられない欲望にヴァネッサは、
「お願い……私を抱いて……」
と、昨日と同じセリフを口にしていた。
11/12/02 21:28更新 / 苦助
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■作者メッセージ
主人公、好きになる理由付けにムリがあるだろ……って人もいると思います。
すみません、頭捻ったけどこれが限界でした。思いつきませんでした。
あと戦闘描写も変だと思います。すみません。不得意です。

……さて、次で最後です。ちゃんとしたえちぃもあります。
でも最近ちょっと忙しくなってきたので、その次の更新まで時間かかるかもしれません。

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