悪鬼
「友子ちゃんの具合はどうなんです?」
私は友子ちゃんの部屋に案内される中、友子ちゃんの母親である雪さんに友子ちゃんの容態を訊ねた
すると、雪さんは唇を噛んで辛そうな顔をして俯きながら答えた
「最初は頭痛程度だったんですけど……次第に立ち眩みや貧血を起こす様になって……
一か月前からはベッドから起きれなくなって……
最近は呼吸をするのも辛そうで……」
「そうですか……」
どうやら、友子ちゃんの容態は刻一刻を争うものらしい
「着いたぞ……」
私の前を歩いていた友子ちゃんの父親である修さんはやはり私への不信感を拭えないのか私に無愛想にそう告げた
私はドアの前に立つと
いるわね……これは……
この家に巣食う人でも私達とも違う存在の気配を感じた
―コンコン―
「友子?入るわよ」
雪さんは先程までの悲壮感や疲労感、私への不信感をなくして、安心感を与える様な優しい声で自らの愛する娘に声をかけた
「うん……いいよ……」
すると、母の声を聞いて安堵したのか今にも消え入りそうな声を振り絞って、母親に心配をかけまいとする健気な愛らしい少女の弱々しい声が部屋の中から聞こえてきた
―ズキ―
リエル……
私はその幼いながらも他人を思いやる優しさの込められた声に私が大切に想っている妹の幼い頃のことを思い出した
少し、元気が良過ぎて無茶をしすぎる所はあるが、それでも他人を思いやれる心とその心から来る勇気では一番である私の誇りである可愛らしい妹のことを
私にはたくさんの姉妹がいる。だからこそ、私は家族を思いやる人間の気持ちが痛いほど理解できる
―キィー―
雪さんは娘の返事を聞くとゆっくりとドアを開いた
私達はそのまま誘われるがままに部屋に入った
「はあはあ……」
部屋に入ると苦しそうに呼吸をしながらも懸命に生きようとしている女の子の声が聞こえてきた
修さんはそれを聞くとそっと音を立てずに娘の寝ているベッドに近づき顔を覗うと
「友子……」
修さんは娘の辛そうな声を聞いて、父親なのにどうすることもできない自分の無力感を噛み締めながら、娘よりも辛そうな声を出してギュッと拳を握りしめた
「はあはあ……お父さん、大丈夫……?」
すると、修さんの辛そうな表情を見て本当は自分が最も辛いであろう友子ちゃんは父親に対して力を振り絞って優しさを見せた
「友子……」
雪さんは娘のその健気さに涙を禁じえず、声を出すことで優しすぎる娘がさらに無理をしない様に手で口を覆って、娘の耳に自分の悲痛な声が入らない様に涙の混じった声を出した
「うん、大丈夫だよ……友子も大丈夫か?」
修さんは娘の優しさに思わず涙を流しそうになるが、これ以上娘に心配を掛けさせまいと先程まで私が見てきた辛苦によって険しくなった表情からただ娘の幸せを想う父親の穏やかな愛情の込められた表情になった
その顔に私は自分の父親と私の幼馴染であるヴァンパイアの夫が娘であるダンピールに向ける愛おしい我が子に向ける父性愛に満ちた面影と重ねてしまった
そして、そのまま修さんは娘の愛らしい頭部に持っていくと髪をクシャクシャと撫でた
「えへへ……大丈夫だよ?」
友子ちゃんは父を安心させるためと父親の温もりを感じた安心感からか無邪気な嬉しさの込められた声で応えた
なんて……優しい子なの……
私はその無垢なる魂の瑠璃やダイヤモンド、水晶と言ったあらゆる鉱石をも超える輝きに心が動かされた
そして、無意識のうちに彼女の許へとゆっくりと足を進めた
「あ、浅葱さん……」
「あ、あんた……」
私の行動に稲葉さん夫婦は驚いているが、私はおsんなことを気にもせず友子ちゃんのベッドの傍に近寄った
「………………」
私が見た友子ちゃんの容態は見るだけで心を痛めつけられるものだった
友子ちゃんは雪さんの話によると10歳らしいが彼女の顔色は先程から想像することはできてはいたが、アンデッド属の魔物娘一歩手前まで血の気が無く血の巡りが悪いことが窺がえ、身体の肉付きは今にも力を少しでも外から加えれば小枝を折るぐらい簡単に圧し折られそうなぐらい骨が見えるほど細く腕に点滴を入れていることから食事を取れていないことが分かり、
目の下には修さんよりも黒くて痣の様にくっきりと濃いクマが存在し睡眠も十分に出来ていないことが分かる
そして、呼吸は魚が陸に打ち上げられて苦しむ様に荒げておりとても小学生の女の子には見えない程消耗しており、生きてるのが不思議だった
副業の都合上、こう言った人間を何人か見てきているが、やはり子供がこんなにも苦しんでいるのは慣れるものではない
「お姉ちゃん……誰……?」
と見知らぬ人間がいることに友子ちゃんは驚き、私の顔を見上げて来た
私はそれを確認すると
「初めまして、友子ちゃん
私の名前はアミと言うの」
と友子ちゃんが安心できるように穏やかな声と表情を繕ってガラスでできた彫像に触れる様な感覚で丁寧に自己紹介をした
「アミ……お姉ちゃん……?」
私の名前を聞いた友子ちゃんは少し、キョトンとした表情になり私のことを見た
私はその顔を見てから膝を曲げて目線を彼女のベッドよりも少し上の所まで下ろして彼女の痩せこけた頬に持っていき慈しむように撫でながら
「今日はね……友子ちゃんの病気を治しに来たの」
私の目的を口にした
「なっ……!?」
「えっ……!?」
「え……本当!?」
その発言に修さんと雪さんは私が所詮は霊感商法やお祓いをする程度にしか考えてなかったことから驚きの声をあげ、友子ちゃんは嬉しさと希望に満ちた本来彼女に具わっているであろう少女の輝きに満ちた目を私に向けてきた
私は友子ちゃんの目を見て
「ええ、本当よ」
と彼女に希望の光が戻ったことに喜び、その輝きをさらに強くするために私はニッコリと断言して彼女を元気付けた
私の笑みを見ると彼女は
「もう一度……学校に行ける……?」
すごく当たり前だけど、忘れてしまうとても大切なささやかなかけがえのない日常への願いを口にした
私はその言葉に強く胸を打たれたが
「もう一度だけじゃないわ……毎日、学校に行けるわ」
とすぐに彼女を励ます様にそう告げた
「だから、友子ちゃんも頑張って
約束できるわよね?」
「うん……!!私も頑張る……!!」
私達は約束をした
絶対にこの子は助ける……!!必死に生きようとしているこの子の生命は失わせない!!
小さいながらも強く生きようとする何度も踏みつぶされようと咲き続ける野花の様な友子ちゃんの輝きを見て私は心に固く誓った
「おい、あんた……いや、浅葱さん……本当に友子を助けてくれるのか?」
私と友子ちゃんが約束を交わし終えると突然、修さんが声をかけてきた
私は修さんの方を見ると修さんの目は今まで私に抱いていた疑念や霊などに関わる全ての職業の人間に対する憎悪を拭い去った様な顔をしていた
「友子の容態は……医者によるといつ、どうなるかわからない状態なんだ……
それでも、あんたは友子のことを助けられるのか……?」
と友子ちゃんに聞かれない様に友子ちゃんがいかにして危険な状態なのかを伝えてきた
だけど、そんなこと私には関係ない
「助けます」
ただそのことだけを彼に伝えた
私には彼女を助けられる力があるし方法もある
だが、それ以前に私には彼女を助けると固く誓ったのだ
「………………」
私の言葉と眼差しに彼は黙ってしまった
「ねえ、あなた……私、この人なら友子を助けてくれそうな気がするわ……」
「ゆ、雪……」
彼の沈黙を破ったのは他ならぬ彼にとって、もう一つのかけがえのない存在である彼の妻であり友子ちゃんの母親である雪さんであった
どうやら、彼女は私が友子ちゃんを救うことができる力を持っていることを信じてくれたらしい
彼は自分の妻の言葉を聞くと彼女の説得もあり、まるで憑き物が落ちたかの様にそっと肩を竦めてから私の方を向き直り
「友子を……よろしくお願いします……」
と深々と頭を下げて私に自分にとってかけがえのない宝物である友子ちゃんのことを託してきた
「お願いします……」
雪さんも夫に従って私に頭を下げてきた
私はそれを見て
「頭を上げてください……
必ず、友子ちゃんは助けます……作業中は危険なので一階にいてください
でも、その前に友子ちゃんを励ましてください。それが彼女の大きな支えになります」
そう伝えた
それを聞くと2人は友子ちゃんの近くに寄り添い娘に優しい顔で
「友子、もう大丈夫だからな」
「元気になれるわ」
と娘を励ました
すると、友子ちゃんは両親を安心させる様に
「うん」
返事をした
私はその光景を見て、さらに決意を固くした
その後、、しばらくしてから二人は友子ちゃんの部屋から出て行き一階に下りて行った
そして、2人がいなくなるのを確認すると私は持ってきたトランクを開けた
私のトランクの中にはこの副業様の四枚の御札と布に包まれた細長い1メートル程の細長い棒状の物がある
私はまず、部屋の四方にその四枚の御札を貼りつけた
そして、貼り終えると私は
「じゃあ、友子ちゃん始めるわね?」
「うん……!」
私はこれから友子ちゃんのことを救うために再び友子ちゃんの近くに寄った
すると、友子ちゃんは自分が元の平穏を取り戻せると言う希望と喜びに満ちた目で私を見た
私はそれを確認すると彼女の額に手を当てて
「少しだけ眠っていてね?」
「え……?あ……うん……zzz」
彼女に眠りの呪文をかけて眠らせた
今の彼女は私が不思議の国を統治する姉に師事してもらったことで取得できた幸せな夢を見ることができる呪文のおかげで穏やかな寝息を立てている
彼女を眠らせたのは二つの理由がある
一つ目の理由はただ単純にこれ以上、彼女の体力を削らせないためだ
仮に彼女が生命を落としても私には彼女を蘇生、いや、転生させる力がある
だが、私は彼女を最初から彼女を死なすつもりはない
死んでも甦らせることはできたとしてもだからと言って最初から身体や生命を失わせることを前提にしたやり方はその人間の『生』を侮辱することに他ならない
私のこの世界の友人であるダークプリーストの茉莉はかつて、あまりの辛い現実に自ら生命を絶った春菜を魔力を注いでゾンビに転生させた
私はそれ自体は悪いことではないと考えている
今、彼女は愛する夫と娘と幸せに生きている。そして、生前決別してしまった友人2人と再び出会い、和解することができたことから茉莉の選択は間違いではなかった
それでもやはり春菜には彼女の生きている時に会って救いたかった
たとえ、蘇生できるからと言ってもぶつけようのない憤りと虚しさと悲しみ、そして、喪失感は残ってしまうのだ
だから、私はなるべく彼女の残り僅かな生命をこれ以上消費させたくなどない
そして、もう一つの理由は
「とっとと出てきたらどうかしら?この家に巣食うものよ」
これから私が相手にする人でも魔物でもない存在とのこの世ならざる戦いを見せないためだ
私が呼びかけると
俺の邪魔をするな
地の底から聞こえて来る様な唸り声に似た男の声が聞こえてきた
どうやら、友子ちゃんを始めとしたこの家の住人を苦しめる『呪い』の張本人が現れたらしい
私は一瞬にして明らかになったその邪気を肌に感じて声の主の正体が理解できた
そして、その正体は
「この家族にどんな怨みがあったか知らないけど、友子ちゃんを苦しめるのはやめなさい!!」
人間の霊だ
恐らく、この家に巣食っているのは生前この家族に怨みを抱いて死んでいった人間
つまりは『怨霊』だ
黙れ!!お前に俺の何がわかる!!
私が友子ちゃんを苦しめるのを止めさせようとすると男は怒りと呪詛に満ちた声でそう返した
私は耳を貸さない男にあることをダメ元で訊ねた
「あなたの生前に何があったの……?」
それはこの男の『怨み』の理由であった
怨霊を鎮めるには先ず、その怨みの理由を知り慰める必要があるのだ
つまり、心理カウンセラーの様に愚痴を聞くことで相手の鬱憤を晴らすのと似たようなものだ
怨霊と言えども生前は人間なのだ
それに、たとえ害を及ぼす存在であっても生前に同情できる余地があるのならば力で対処する前に救いたいのが私の矜持だ
すると、私の予想に反して男は
俺はな……その娘の父親のせいで全てを失ったんだぞ!
と怨みをぶちまける様にそう言い放った
「何ですって……?」
私はその言葉に耳を疑った
私の見た所、修さんは今は多少やさぐれているが娘想いな人間であり、とても恨みを買うような人間には思えない
そして、私の予想は間違っていなかった
俺も生きていた時は普通のサラリーマンで妻と娘がいた……
男は淡々と言葉を続けた
どうやら、この男は生前は決して悪人ではなかったことが理解できた
だけどな……俺は仕事をクビになった……
全部、あの男のせいで……!!あの男が俺の会社に来なかったら……!!
男は修さんに憎しみを込める様に呟いた
私は怨霊のその言葉を聞いてあることを悟った
「もしかすると、あなたがクビになったのは……修さんと入れ替わりになったから……?」
私が導き出した予想を口に出すと
そうだ!!俺がクビになったのは会社があの男と俺を入れ替えるためだ!!
怨霊はそれを肯定した
そして、そのまま怨霊は
そのせいで俺は金がなくなって、娘の手術ができなくて娘は死んだ……
そして、妻は娘の死に耐えられなって俺を置いて死んだんだぞ!!
と自らが生前味わった苦しみを私にぶつける様に告白した
確かに男が生前、耐えがたい苦しみを受けて来たのは私にも理解できたし世の中の全てを呪いたくなる気持ちは理解できなくはない
けれど
「確かに苦しい目に遭ったはね……
だけど、一ついいかしら?
どうして、それが友子ちゃんを苦しめることにつながるのかしら?」
私にはどうしてもそれが友子ちゃんを苦しめる理由になるのか理解することができない
私の問いを聞いた怨霊は
キッヒヒヒヒヒ……それはな〜
少し嬉しそうな不快感を与える声をあげて
あの男に俺と同じ苦しみを味わせたいためだ
「……なんですって?」
怨霊は喜悦に満ちた声でそう答えた
私はその態度と言葉の意味に眉をひそめた
俺の娘は病気で苦しみながら死んだんだ
だから、あいつにも娘を失う苦しみを味わせてやるんだよ!!
ぎゃははははははははははははははははははははははははは!!
「………………」
私は怨霊の言葉に黙るしかなかった
だが、怨霊はさらに続けて
いや〜、傑作だったぜ……
拝み屋に頼んで無意味な御札やら仏像とかに金を出す姿はよ〜……
そんでもって、娘の前で無理矢理笑顔を作るあいつの顔は……
ひゃっはははははははははははははははははははははははははは!!
娘の苦しむ姿に無力感を感じる父親とたとえ騙されていると解かっていても娘に何かをしてあげたいと願う母親、
そして、両親を悲しませまいと必死に生きようとする少女の想いを踏みにじる様に怨霊、いや、悪霊は嗤った
ひゃはははははははっははははははっはっはははは
いっひひひひひひひひいひひひひひひひひいひひひ
あははははははっはははっはははっははははははは
悪霊の不快な笑い声が部屋中に響き渡る中
「……黙れ」
イッヒヒヒヒヒヒィ……あ?
私が一言そう言うと笑いが止んだ
「黙れと言っている……下種が……」
私は自然と口を動かしていた
「さっきから黙って聞いていればいいことに……
あなたの様な下種がこの家族を侮辱する資格などないわ」
何ぃ!?
私の言葉に悪霊は敵意を込めて声を震わせてきた
だが、私はそれを気にも留めず
「そもそも、あなたの怨み自体が筋違いでしょう?」
悪霊にとって、最も指摘されたくないであろう事実を口にした
何だと……!?
「あなたも気づいてるでしょう?
修さんがあなたの不幸の原因じゃないことぐらいには」
それこそが目の前の悪霊の間違いだ
「修さんはただ単純にあなたよりも有能であっただけよ
あなたに逆恨みにもなっていない恨みを抱かれる様な謂れはないわ」
ぐっ……!?
そう、目の前の悪霊が抱いているのは所詮は逆恨みにもならない妬みにしか過ぎない
怨みを抱くのであれば自分をクビにした会社の人間を怨めばいいのだ
つまり、この悪霊は
「あなたは自分と同じ様に苦しみを誰かに味わせたかっただけよ……
つまり、『八つ当たり』をしたかっただけ」
自分と同じ様な家庭を持ちながら幸せそうにしている稲葉さん一家が幸せなのが許せないだけなのだ
道連れが欲しかっただけなのだ
うるせぇ……
―ガタ―
「……!」
うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!
―ガタガタガタガタガタ―
私の指摘を聞いた悪霊は図星を突かれたことでいきなり暴れ出し、この部屋にあるもの全てを揺らしてきた
いわゆるポルタ―・ガイスト現象だ
あぁ、そうだよ!!俺は許せねぇんだよ!!俺は不幸なのに俺の不幸を知らないで幸せそうにしてる奴が!!
そして、悪霊は生きとし生ける者を妬み、怨み、憎み、呪う怨嗟の声を大きく荒げながら撒き散らしてついにその姿を見せた
目からは血を流し、顔には憎悪によって生じた深いしわが深く刻まれ、口をひどく歪ませて、人間ではありえない程太く強靭な四肢を悪霊は持っていた
その姿は紛れもなく『鬼』であった
「なるほど……それがあなたの姿ね……」
私は友子ちゃんに鬼を近づけさせない様に鬼の前に立った
そもそもこの世界の鬼とは私のよく知るオーガやオーガ種の亜種であるアカオニ、アオオニなど言ったの魔物娘やオーガ属によく似た性質や外見をしているウシオニの様な角が生えている力が強い存在ではない
この世界の文献によると鬼の語源は『穏(おぬ)』、『目に見えない何か』と言うものであり、さらにその後儒教が日本に入ってきた来た際に死者を意味する『鬼』と言う文字も入り死者の霊魂とされる様になったらしい
平安時代になると貴族社会において権謀術策が渦巻き朝廷の内部では政敵を葬ることなど日常茶飯事になり、また、院内政治の腐敗やそれに伴う地方の国司の民に対する圧政も加わりそれによって生まれる動乱もあって世の中には怨嗟が充満することになる
度重なる天変地異や動乱なども加わり多くの人間が怨みを残して死ぬことでその怨念を恐れる者が増えて次第に生前強い怨みを残して死んだ者は祟りを及ぼす者として『鬼』になると信じられる様になった
中には生きながらにして鬼になる者もいるとも言われる
私の生まれた世界にも私が知らないだけでそう言った歴史があったのかもしれない
今や、私の両親がそう言った怨みさえも浄化する『愛』で世界を守っているがお母様の前の魔王の時は弱肉強食の世界なのだからそう言った存在がいてもおかしくはない
そして、実際私はこう言った魑魅魍魎の数々をこの副業で見てきている
つまり、『鬼』とは人の負の感情によって生まれる『化け物』なのだ
怨みとはたとえ、逆恨みとは言えども恐ろしいものなのだ
目の前の悪霊はまさしく、『鬼』と言っても差支えが無い
があっ!!
目の前の鬼が巨大な腕を友子ちゃんに向けて突き出してきたのを目にした私は彼女が眠っており、仮に起きていても避けることのできないのを理解している事から痛みを覚悟して庇った
「……!?」
―ズシュ!!―
「……ぐっ!」
―ドサッ!―
その一撃を受けたことで左肩に出血を伴う傷を負い、私は勢いもあって床に倒された
ひゃっはははははははははははははははははははははははは!!
どうだ?痛いだろ……?
言っておくが俺は神や仏なんか信じてねえからお経なんて意味ないぜ?
鬼は除霊師にとって絶望的な言葉を口にしてニタリと勝ち誇ったようにそう言った
除霊とはそもそも仏の慈悲の力を借りることで霊を鎮めるものなのだ
だから、霊自体が説得に耳を貸さないとどうすることもできない
さらには現代の人間は神仏を信じることは少ない。だから、神仏に対する畏れがないこともあり霊に耐性が生まれてしまっているのだ
「くっ……なるほど、あなたは自分が傷つくことはないから一方的に相手を傷つけられるのね……臆病者ね……」
私は身体を起してキッと鬼を睨んだ
霊体である鬼を倒すには神仏の慈悲の力ではどうすることもできない
ただ一つの力を除けば
それがどうした!?
どんなに相手が喚こうが強い奴が結局世の中楽しめるんだよ!!
死ねぇ!!
私のことを叩き潰そうと鬼の左腕が振りかざされる中、私は冷静にこう告げた
「『強い奴が正義』か……」
―スパッ―
「……なら、その思い上がりから叩き潰さないとね」
え……?
―ドサッ―
私に鬼の左手による重圧が圧し掛かることはなかった
なぜならば、鬼の左腕は手首から先が無くなっており、その左腕は私の目の前に落ちて来たからだ
ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
お、俺の腕がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
鬼は死んでから受けることは一度もなかった『痛み』と言う感覚を久しぶりに感じ生前受けることはなかった身体の一部を破損すると言う未知の『痛み』を受けたことで左手を失った部分を必死に右手で押さえながら苦痛にのた打ち回った
「もう、アミ?無茶はしないでよ」
鬼の悲鳴が響き渡る中、この部屋に友子ちゃんと私、そして、鬼でもない女性の声が新たに響いた
そして、私は声のした方向を見て『相棒』の名前を呼んだ
「ごめんなさいね……リーチェ」
私が鬼と自らの間に漂う自分の意志で私のトランクから出てきた布に包まれていた柄に紫色のアメジストに似た怪しいながらも美しい輝きを放つ宝石が組み込まれた剣身が80p程の長さを持つ片手剣に向かってそう言うと
「もう……ま、いいか」
その剣の傍に後ろ髪を一本の髪紐だけで結った髪型をした、かつて白銀の鎧であった漆黒の鎧を纏い巨大な魔力の固まりである球体に腰を下ろした飾り気のない笑顔が似合うであろう愛らしい女性が突然、姿を現した
彼女こそが私が『契約』を交わした私の『相棒』であり、今、私の目の前に漂っている鬼の左手を斬り落とした元聖剣に宿る闇精霊、ダークマター
その名はクラリーチェ。私は愛称としてリーチェと呼んでいるわ
な、なんだ!?てめぇは!?
鬼は突然姿を現したリーチェに驚きを隠せず、痛みに耐えながら彼女に威嚇をした
「彼女はそこに漂っている剣に宿る精霊よ?」
私はリーチェの代わりにそう答えた
な、なんだと……?
鬼は自らの知りもしない未知なる言葉に驚きを隠すことができなかった
それでも、私は言葉を続けた
「簡単に言えばね……精霊の宿るこの剣は霊体を斬ることできるのよ」
なっ!?
私の告げた事実に鬼は初めて自分に迫る危機に焦りを顔に表した
神仏の慈悲の力が効かない相手に対する手段。それは術者が神仏の力を借りて相手を撃退することだ
例えば、不動明王は自らの炎を以って相手の穢れや煩悩を焼き付くして相手を導く力を持つ
だが、この方法は非常に難しい
なぜならば、この方法は術者が強い念を持って行使しなければならないからだ
だから、密教では山に籠り身を清め常に自らを鍛えることや神仏や森羅万象と一体化することで心身を鍛え神仏の力を借りる術を学ぶようにしてきたのだ
しかし、現代社会ではこう言った修行を行わない者や煩悩に塗れたエセ霊能力者や半人前の霊能力者がおり、彼らには私の目の前にいる鬼の様な存在に立ち向かう術がないのだ
「アミ……」
リーチェは半透明になって私に呼びかけた
私はリーチェと言う高位な存在である半霊体がいることでその力を借りることで目の前の存在の相手ができるのだ
「わかったわ……リーチェ」
私は彼女の意思を汲み取り彼女が宿る彼女が生前使っていた『愛剣』に手を伸ばしそれを掴んだ
「さあ、行くわよ!!悪霊……!!」
ぐっ……!?
私は剣を掴むと私本来の姿であるお母様譲りの姉妹全員に共通の銀髪と紅い眼、白い蝙蝠の様な翼と尻尾の先がハートの形をした尾を持つリリムの姿となり、金色の装飾が施された漆黒の鎧を纏い、髪を後ろで高く上げて結い終えると
「我が名はアミチエ……
異世界において、総てを慈しむ愛を持ちし偉大なる父と母の間に生まれし娘だ!!」
私は口上を口にした
「そして、私の名はクラリーチェ・ブリーナアルベロ……
旧世代の血塗られた勇者にして、我が友、アミチエと共に駆けし『同志』だ!!」
リーチェも私があれほどやめろと言うがやめない自らのことを自嘲する言葉で自らの素姓を口にして私に続いた
そして、私達は剣を互いに握りしめて
「「我ら二人が己が怨みによって、悲しみを広げるお前の宿業をここで絶ち切ろう!!」」
鬼に向かって剣先を突きつけて異なる口で同じ言葉で宣戦布告をした
私は友子ちゃんの部屋に案内される中、友子ちゃんの母親である雪さんに友子ちゃんの容態を訊ねた
すると、雪さんは唇を噛んで辛そうな顔をして俯きながら答えた
「最初は頭痛程度だったんですけど……次第に立ち眩みや貧血を起こす様になって……
一か月前からはベッドから起きれなくなって……
最近は呼吸をするのも辛そうで……」
「そうですか……」
どうやら、友子ちゃんの容態は刻一刻を争うものらしい
「着いたぞ……」
私の前を歩いていた友子ちゃんの父親である修さんはやはり私への不信感を拭えないのか私に無愛想にそう告げた
私はドアの前に立つと
いるわね……これは……
この家に巣食う人でも私達とも違う存在の気配を感じた
―コンコン―
「友子?入るわよ」
雪さんは先程までの悲壮感や疲労感、私への不信感をなくして、安心感を与える様な優しい声で自らの愛する娘に声をかけた
「うん……いいよ……」
すると、母の声を聞いて安堵したのか今にも消え入りそうな声を振り絞って、母親に心配をかけまいとする健気な愛らしい少女の弱々しい声が部屋の中から聞こえてきた
―ズキ―
リエル……
私はその幼いながらも他人を思いやる優しさの込められた声に私が大切に想っている妹の幼い頃のことを思い出した
少し、元気が良過ぎて無茶をしすぎる所はあるが、それでも他人を思いやれる心とその心から来る勇気では一番である私の誇りである可愛らしい妹のことを
私にはたくさんの姉妹がいる。だからこそ、私は家族を思いやる人間の気持ちが痛いほど理解できる
―キィー―
雪さんは娘の返事を聞くとゆっくりとドアを開いた
私達はそのまま誘われるがままに部屋に入った
「はあはあ……」
部屋に入ると苦しそうに呼吸をしながらも懸命に生きようとしている女の子の声が聞こえてきた
修さんはそれを聞くとそっと音を立てずに娘の寝ているベッドに近づき顔を覗うと
「友子……」
修さんは娘の辛そうな声を聞いて、父親なのにどうすることもできない自分の無力感を噛み締めながら、娘よりも辛そうな声を出してギュッと拳を握りしめた
「はあはあ……お父さん、大丈夫……?」
すると、修さんの辛そうな表情を見て本当は自分が最も辛いであろう友子ちゃんは父親に対して力を振り絞って優しさを見せた
「友子……」
雪さんは娘のその健気さに涙を禁じえず、声を出すことで優しすぎる娘がさらに無理をしない様に手で口を覆って、娘の耳に自分の悲痛な声が入らない様に涙の混じった声を出した
「うん、大丈夫だよ……友子も大丈夫か?」
修さんは娘の優しさに思わず涙を流しそうになるが、これ以上娘に心配を掛けさせまいと先程まで私が見てきた辛苦によって険しくなった表情からただ娘の幸せを想う父親の穏やかな愛情の込められた表情になった
その顔に私は自分の父親と私の幼馴染であるヴァンパイアの夫が娘であるダンピールに向ける愛おしい我が子に向ける父性愛に満ちた面影と重ねてしまった
そして、そのまま修さんは娘の愛らしい頭部に持っていくと髪をクシャクシャと撫でた
「えへへ……大丈夫だよ?」
友子ちゃんは父を安心させるためと父親の温もりを感じた安心感からか無邪気な嬉しさの込められた声で応えた
なんて……優しい子なの……
私はその無垢なる魂の瑠璃やダイヤモンド、水晶と言ったあらゆる鉱石をも超える輝きに心が動かされた
そして、無意識のうちに彼女の許へとゆっくりと足を進めた
「あ、浅葱さん……」
「あ、あんた……」
私の行動に稲葉さん夫婦は驚いているが、私はおsんなことを気にもせず友子ちゃんのベッドの傍に近寄った
「………………」
私が見た友子ちゃんの容態は見るだけで心を痛めつけられるものだった
友子ちゃんは雪さんの話によると10歳らしいが彼女の顔色は先程から想像することはできてはいたが、アンデッド属の魔物娘一歩手前まで血の気が無く血の巡りが悪いことが窺がえ、身体の肉付きは今にも力を少しでも外から加えれば小枝を折るぐらい簡単に圧し折られそうなぐらい骨が見えるほど細く腕に点滴を入れていることから食事を取れていないことが分かり、
目の下には修さんよりも黒くて痣の様にくっきりと濃いクマが存在し睡眠も十分に出来ていないことが分かる
そして、呼吸は魚が陸に打ち上げられて苦しむ様に荒げておりとても小学生の女の子には見えない程消耗しており、生きてるのが不思議だった
副業の都合上、こう言った人間を何人か見てきているが、やはり子供がこんなにも苦しんでいるのは慣れるものではない
「お姉ちゃん……誰……?」
と見知らぬ人間がいることに友子ちゃんは驚き、私の顔を見上げて来た
私はそれを確認すると
「初めまして、友子ちゃん
私の名前はアミと言うの」
と友子ちゃんが安心できるように穏やかな声と表情を繕ってガラスでできた彫像に触れる様な感覚で丁寧に自己紹介をした
「アミ……お姉ちゃん……?」
私の名前を聞いた友子ちゃんは少し、キョトンとした表情になり私のことを見た
私はその顔を見てから膝を曲げて目線を彼女のベッドよりも少し上の所まで下ろして彼女の痩せこけた頬に持っていき慈しむように撫でながら
「今日はね……友子ちゃんの病気を治しに来たの」
私の目的を口にした
「なっ……!?」
「えっ……!?」
「え……本当!?」
その発言に修さんと雪さんは私が所詮は霊感商法やお祓いをする程度にしか考えてなかったことから驚きの声をあげ、友子ちゃんは嬉しさと希望に満ちた本来彼女に具わっているであろう少女の輝きに満ちた目を私に向けてきた
私は友子ちゃんの目を見て
「ええ、本当よ」
と彼女に希望の光が戻ったことに喜び、その輝きをさらに強くするために私はニッコリと断言して彼女を元気付けた
私の笑みを見ると彼女は
「もう一度……学校に行ける……?」
すごく当たり前だけど、忘れてしまうとても大切なささやかなかけがえのない日常への願いを口にした
私はその言葉に強く胸を打たれたが
「もう一度だけじゃないわ……毎日、学校に行けるわ」
とすぐに彼女を励ます様にそう告げた
「だから、友子ちゃんも頑張って
約束できるわよね?」
「うん……!!私も頑張る……!!」
私達は約束をした
絶対にこの子は助ける……!!必死に生きようとしているこの子の生命は失わせない!!
小さいながらも強く生きようとする何度も踏みつぶされようと咲き続ける野花の様な友子ちゃんの輝きを見て私は心に固く誓った
「おい、あんた……いや、浅葱さん……本当に友子を助けてくれるのか?」
私と友子ちゃんが約束を交わし終えると突然、修さんが声をかけてきた
私は修さんの方を見ると修さんの目は今まで私に抱いていた疑念や霊などに関わる全ての職業の人間に対する憎悪を拭い去った様な顔をしていた
「友子の容態は……医者によるといつ、どうなるかわからない状態なんだ……
それでも、あんたは友子のことを助けられるのか……?」
と友子ちゃんに聞かれない様に友子ちゃんがいかにして危険な状態なのかを伝えてきた
だけど、そんなこと私には関係ない
「助けます」
ただそのことだけを彼に伝えた
私には彼女を助けられる力があるし方法もある
だが、それ以前に私には彼女を助けると固く誓ったのだ
「………………」
私の言葉と眼差しに彼は黙ってしまった
「ねえ、あなた……私、この人なら友子を助けてくれそうな気がするわ……」
「ゆ、雪……」
彼の沈黙を破ったのは他ならぬ彼にとって、もう一つのかけがえのない存在である彼の妻であり友子ちゃんの母親である雪さんであった
どうやら、彼女は私が友子ちゃんを救うことができる力を持っていることを信じてくれたらしい
彼は自分の妻の言葉を聞くと彼女の説得もあり、まるで憑き物が落ちたかの様にそっと肩を竦めてから私の方を向き直り
「友子を……よろしくお願いします……」
と深々と頭を下げて私に自分にとってかけがえのない宝物である友子ちゃんのことを託してきた
「お願いします……」
雪さんも夫に従って私に頭を下げてきた
私はそれを見て
「頭を上げてください……
必ず、友子ちゃんは助けます……作業中は危険なので一階にいてください
でも、その前に友子ちゃんを励ましてください。それが彼女の大きな支えになります」
そう伝えた
それを聞くと2人は友子ちゃんの近くに寄り添い娘に優しい顔で
「友子、もう大丈夫だからな」
「元気になれるわ」
と娘を励ました
すると、友子ちゃんは両親を安心させる様に
「うん」
返事をした
私はその光景を見て、さらに決意を固くした
その後、、しばらくしてから二人は友子ちゃんの部屋から出て行き一階に下りて行った
そして、2人がいなくなるのを確認すると私は持ってきたトランクを開けた
私のトランクの中にはこの副業様の四枚の御札と布に包まれた細長い1メートル程の細長い棒状の物がある
私はまず、部屋の四方にその四枚の御札を貼りつけた
そして、貼り終えると私は
「じゃあ、友子ちゃん始めるわね?」
「うん……!」
私はこれから友子ちゃんのことを救うために再び友子ちゃんの近くに寄った
すると、友子ちゃんは自分が元の平穏を取り戻せると言う希望と喜びに満ちた目で私を見た
私はそれを確認すると彼女の額に手を当てて
「少しだけ眠っていてね?」
「え……?あ……うん……zzz」
彼女に眠りの呪文をかけて眠らせた
今の彼女は私が不思議の国を統治する姉に師事してもらったことで取得できた幸せな夢を見ることができる呪文のおかげで穏やかな寝息を立てている
彼女を眠らせたのは二つの理由がある
一つ目の理由はただ単純にこれ以上、彼女の体力を削らせないためだ
仮に彼女が生命を落としても私には彼女を蘇生、いや、転生させる力がある
だが、私は彼女を最初から彼女を死なすつもりはない
死んでも甦らせることはできたとしてもだからと言って最初から身体や生命を失わせることを前提にしたやり方はその人間の『生』を侮辱することに他ならない
私のこの世界の友人であるダークプリーストの茉莉はかつて、あまりの辛い現実に自ら生命を絶った春菜を魔力を注いでゾンビに転生させた
私はそれ自体は悪いことではないと考えている
今、彼女は愛する夫と娘と幸せに生きている。そして、生前決別してしまった友人2人と再び出会い、和解することができたことから茉莉の選択は間違いではなかった
それでもやはり春菜には彼女の生きている時に会って救いたかった
たとえ、蘇生できるからと言ってもぶつけようのない憤りと虚しさと悲しみ、そして、喪失感は残ってしまうのだ
だから、私はなるべく彼女の残り僅かな生命をこれ以上消費させたくなどない
そして、もう一つの理由は
「とっとと出てきたらどうかしら?この家に巣食うものよ」
これから私が相手にする人でも魔物でもない存在とのこの世ならざる戦いを見せないためだ
私が呼びかけると
俺の邪魔をするな
地の底から聞こえて来る様な唸り声に似た男の声が聞こえてきた
どうやら、友子ちゃんを始めとしたこの家の住人を苦しめる『呪い』の張本人が現れたらしい
私は一瞬にして明らかになったその邪気を肌に感じて声の主の正体が理解できた
そして、その正体は
「この家族にどんな怨みがあったか知らないけど、友子ちゃんを苦しめるのはやめなさい!!」
人間の霊だ
恐らく、この家に巣食っているのは生前この家族に怨みを抱いて死んでいった人間
つまりは『怨霊』だ
黙れ!!お前に俺の何がわかる!!
私が友子ちゃんを苦しめるのを止めさせようとすると男は怒りと呪詛に満ちた声でそう返した
私は耳を貸さない男にあることをダメ元で訊ねた
「あなたの生前に何があったの……?」
それはこの男の『怨み』の理由であった
怨霊を鎮めるには先ず、その怨みの理由を知り慰める必要があるのだ
つまり、心理カウンセラーの様に愚痴を聞くことで相手の鬱憤を晴らすのと似たようなものだ
怨霊と言えども生前は人間なのだ
それに、たとえ害を及ぼす存在であっても生前に同情できる余地があるのならば力で対処する前に救いたいのが私の矜持だ
すると、私の予想に反して男は
俺はな……その娘の父親のせいで全てを失ったんだぞ!
と怨みをぶちまける様にそう言い放った
「何ですって……?」
私はその言葉に耳を疑った
私の見た所、修さんは今は多少やさぐれているが娘想いな人間であり、とても恨みを買うような人間には思えない
そして、私の予想は間違っていなかった
俺も生きていた時は普通のサラリーマンで妻と娘がいた……
男は淡々と言葉を続けた
どうやら、この男は生前は決して悪人ではなかったことが理解できた
だけどな……俺は仕事をクビになった……
全部、あの男のせいで……!!あの男が俺の会社に来なかったら……!!
男は修さんに憎しみを込める様に呟いた
私は怨霊のその言葉を聞いてあることを悟った
「もしかすると、あなたがクビになったのは……修さんと入れ替わりになったから……?」
私が導き出した予想を口に出すと
そうだ!!俺がクビになったのは会社があの男と俺を入れ替えるためだ!!
怨霊はそれを肯定した
そして、そのまま怨霊は
そのせいで俺は金がなくなって、娘の手術ができなくて娘は死んだ……
そして、妻は娘の死に耐えられなって俺を置いて死んだんだぞ!!
と自らが生前味わった苦しみを私にぶつける様に告白した
確かに男が生前、耐えがたい苦しみを受けて来たのは私にも理解できたし世の中の全てを呪いたくなる気持ちは理解できなくはない
けれど
「確かに苦しい目に遭ったはね……
だけど、一ついいかしら?
どうして、それが友子ちゃんを苦しめることにつながるのかしら?」
私にはどうしてもそれが友子ちゃんを苦しめる理由になるのか理解することができない
私の問いを聞いた怨霊は
キッヒヒヒヒヒ……それはな〜
少し嬉しそうな不快感を与える声をあげて
あの男に俺と同じ苦しみを味わせたいためだ
「……なんですって?」
怨霊は喜悦に満ちた声でそう答えた
私はその態度と言葉の意味に眉をひそめた
俺の娘は病気で苦しみながら死んだんだ
だから、あいつにも娘を失う苦しみを味わせてやるんだよ!!
ぎゃははははははははははははははははははははははははは!!
「………………」
私は怨霊の言葉に黙るしかなかった
だが、怨霊はさらに続けて
いや〜、傑作だったぜ……
拝み屋に頼んで無意味な御札やら仏像とかに金を出す姿はよ〜……
そんでもって、娘の前で無理矢理笑顔を作るあいつの顔は……
ひゃっはははははははははははははははははははははははははは!!
娘の苦しむ姿に無力感を感じる父親とたとえ騙されていると解かっていても娘に何かをしてあげたいと願う母親、
そして、両親を悲しませまいと必死に生きようとする少女の想いを踏みにじる様に怨霊、いや、悪霊は嗤った
ひゃはははははははっははははははっはっはははは
いっひひひひひひひひいひひひひひひひひいひひひ
あははははははっはははっはははっははははははは
悪霊の不快な笑い声が部屋中に響き渡る中
「……黙れ」
イッヒヒヒヒヒヒィ……あ?
私が一言そう言うと笑いが止んだ
「黙れと言っている……下種が……」
私は自然と口を動かしていた
「さっきから黙って聞いていればいいことに……
あなたの様な下種がこの家族を侮辱する資格などないわ」
何ぃ!?
私の言葉に悪霊は敵意を込めて声を震わせてきた
だが、私はそれを気にも留めず
「そもそも、あなたの怨み自体が筋違いでしょう?」
悪霊にとって、最も指摘されたくないであろう事実を口にした
何だと……!?
「あなたも気づいてるでしょう?
修さんがあなたの不幸の原因じゃないことぐらいには」
それこそが目の前の悪霊の間違いだ
「修さんはただ単純にあなたよりも有能であっただけよ
あなたに逆恨みにもなっていない恨みを抱かれる様な謂れはないわ」
ぐっ……!?
そう、目の前の悪霊が抱いているのは所詮は逆恨みにもならない妬みにしか過ぎない
怨みを抱くのであれば自分をクビにした会社の人間を怨めばいいのだ
つまり、この悪霊は
「あなたは自分と同じ様に苦しみを誰かに味わせたかっただけよ……
つまり、『八つ当たり』をしたかっただけ」
自分と同じ様な家庭を持ちながら幸せそうにしている稲葉さん一家が幸せなのが許せないだけなのだ
道連れが欲しかっただけなのだ
うるせぇ……
―ガタ―
「……!」
うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!
―ガタガタガタガタガタ―
私の指摘を聞いた悪霊は図星を突かれたことでいきなり暴れ出し、この部屋にあるもの全てを揺らしてきた
いわゆるポルタ―・ガイスト現象だ
あぁ、そうだよ!!俺は許せねぇんだよ!!俺は不幸なのに俺の不幸を知らないで幸せそうにしてる奴が!!
そして、悪霊は生きとし生ける者を妬み、怨み、憎み、呪う怨嗟の声を大きく荒げながら撒き散らしてついにその姿を見せた
目からは血を流し、顔には憎悪によって生じた深いしわが深く刻まれ、口をひどく歪ませて、人間ではありえない程太く強靭な四肢を悪霊は持っていた
その姿は紛れもなく『鬼』であった
「なるほど……それがあなたの姿ね……」
私は友子ちゃんに鬼を近づけさせない様に鬼の前に立った
そもそもこの世界の鬼とは私のよく知るオーガやオーガ種の亜種であるアカオニ、アオオニなど言ったの魔物娘やオーガ属によく似た性質や外見をしているウシオニの様な角が生えている力が強い存在ではない
この世界の文献によると鬼の語源は『穏(おぬ)』、『目に見えない何か』と言うものであり、さらにその後儒教が日本に入ってきた来た際に死者を意味する『鬼』と言う文字も入り死者の霊魂とされる様になったらしい
平安時代になると貴族社会において権謀術策が渦巻き朝廷の内部では政敵を葬ることなど日常茶飯事になり、また、院内政治の腐敗やそれに伴う地方の国司の民に対する圧政も加わりそれによって生まれる動乱もあって世の中には怨嗟が充満することになる
度重なる天変地異や動乱なども加わり多くの人間が怨みを残して死ぬことでその怨念を恐れる者が増えて次第に生前強い怨みを残して死んだ者は祟りを及ぼす者として『鬼』になると信じられる様になった
中には生きながらにして鬼になる者もいるとも言われる
私の生まれた世界にも私が知らないだけでそう言った歴史があったのかもしれない
今や、私の両親がそう言った怨みさえも浄化する『愛』で世界を守っているがお母様の前の魔王の時は弱肉強食の世界なのだからそう言った存在がいてもおかしくはない
そして、実際私はこう言った魑魅魍魎の数々をこの副業で見てきている
つまり、『鬼』とは人の負の感情によって生まれる『化け物』なのだ
怨みとはたとえ、逆恨みとは言えども恐ろしいものなのだ
目の前の悪霊はまさしく、『鬼』と言っても差支えが無い
があっ!!
目の前の鬼が巨大な腕を友子ちゃんに向けて突き出してきたのを目にした私は彼女が眠っており、仮に起きていても避けることのできないのを理解している事から痛みを覚悟して庇った
「……!?」
―ズシュ!!―
「……ぐっ!」
―ドサッ!―
その一撃を受けたことで左肩に出血を伴う傷を負い、私は勢いもあって床に倒された
ひゃっはははははははははははははははははははははははは!!
どうだ?痛いだろ……?
言っておくが俺は神や仏なんか信じてねえからお経なんて意味ないぜ?
鬼は除霊師にとって絶望的な言葉を口にしてニタリと勝ち誇ったようにそう言った
除霊とはそもそも仏の慈悲の力を借りることで霊を鎮めるものなのだ
だから、霊自体が説得に耳を貸さないとどうすることもできない
さらには現代の人間は神仏を信じることは少ない。だから、神仏に対する畏れがないこともあり霊に耐性が生まれてしまっているのだ
「くっ……なるほど、あなたは自分が傷つくことはないから一方的に相手を傷つけられるのね……臆病者ね……」
私は身体を起してキッと鬼を睨んだ
霊体である鬼を倒すには神仏の慈悲の力ではどうすることもできない
ただ一つの力を除けば
それがどうした!?
どんなに相手が喚こうが強い奴が結局世の中楽しめるんだよ!!
死ねぇ!!
私のことを叩き潰そうと鬼の左腕が振りかざされる中、私は冷静にこう告げた
「『強い奴が正義』か……」
―スパッ―
「……なら、その思い上がりから叩き潰さないとね」
え……?
―ドサッ―
私に鬼の左手による重圧が圧し掛かることはなかった
なぜならば、鬼の左腕は手首から先が無くなっており、その左腕は私の目の前に落ちて来たからだ
ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
お、俺の腕がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
鬼は死んでから受けることは一度もなかった『痛み』と言う感覚を久しぶりに感じ生前受けることはなかった身体の一部を破損すると言う未知の『痛み』を受けたことで左手を失った部分を必死に右手で押さえながら苦痛にのた打ち回った
「もう、アミ?無茶はしないでよ」
鬼の悲鳴が響き渡る中、この部屋に友子ちゃんと私、そして、鬼でもない女性の声が新たに響いた
そして、私は声のした方向を見て『相棒』の名前を呼んだ
「ごめんなさいね……リーチェ」
私が鬼と自らの間に漂う自分の意志で私のトランクから出てきた布に包まれていた柄に紫色のアメジストに似た怪しいながらも美しい輝きを放つ宝石が組み込まれた剣身が80p程の長さを持つ片手剣に向かってそう言うと
「もう……ま、いいか」
その剣の傍に後ろ髪を一本の髪紐だけで結った髪型をした、かつて白銀の鎧であった漆黒の鎧を纏い巨大な魔力の固まりである球体に腰を下ろした飾り気のない笑顔が似合うであろう愛らしい女性が突然、姿を現した
彼女こそが私が『契約』を交わした私の『相棒』であり、今、私の目の前に漂っている鬼の左手を斬り落とした元聖剣に宿る闇精霊、ダークマター
その名はクラリーチェ。私は愛称としてリーチェと呼んでいるわ
な、なんだ!?てめぇは!?
鬼は突然姿を現したリーチェに驚きを隠せず、痛みに耐えながら彼女に威嚇をした
「彼女はそこに漂っている剣に宿る精霊よ?」
私はリーチェの代わりにそう答えた
な、なんだと……?
鬼は自らの知りもしない未知なる言葉に驚きを隠すことができなかった
それでも、私は言葉を続けた
「簡単に言えばね……精霊の宿るこの剣は霊体を斬ることできるのよ」
なっ!?
私の告げた事実に鬼は初めて自分に迫る危機に焦りを顔に表した
神仏の慈悲の力が効かない相手に対する手段。それは術者が神仏の力を借りて相手を撃退することだ
例えば、不動明王は自らの炎を以って相手の穢れや煩悩を焼き付くして相手を導く力を持つ
だが、この方法は非常に難しい
なぜならば、この方法は術者が強い念を持って行使しなければならないからだ
だから、密教では山に籠り身を清め常に自らを鍛えることや神仏や森羅万象と一体化することで心身を鍛え神仏の力を借りる術を学ぶようにしてきたのだ
しかし、現代社会ではこう言った修行を行わない者や煩悩に塗れたエセ霊能力者や半人前の霊能力者がおり、彼らには私の目の前にいる鬼の様な存在に立ち向かう術がないのだ
「アミ……」
リーチェは半透明になって私に呼びかけた
私はリーチェと言う高位な存在である半霊体がいることでその力を借りることで目の前の存在の相手ができるのだ
「わかったわ……リーチェ」
私は彼女の意思を汲み取り彼女が宿る彼女が生前使っていた『愛剣』に手を伸ばしそれを掴んだ
「さあ、行くわよ!!悪霊……!!」
ぐっ……!?
私は剣を掴むと私本来の姿であるお母様譲りの姉妹全員に共通の銀髪と紅い眼、白い蝙蝠の様な翼と尻尾の先がハートの形をした尾を持つリリムの姿となり、金色の装飾が施された漆黒の鎧を纏い、髪を後ろで高く上げて結い終えると
「我が名はアミチエ……
異世界において、総てを慈しむ愛を持ちし偉大なる父と母の間に生まれし娘だ!!」
私は口上を口にした
「そして、私の名はクラリーチェ・ブリーナアルベロ……
旧世代の血塗られた勇者にして、我が友、アミチエと共に駆けし『同志』だ!!」
リーチェも私があれほどやめろと言うがやめない自らのことを自嘲する言葉で自らの素姓を口にして私に続いた
そして、私達は剣を互いに握りしめて
「「我ら二人が己が怨みによって、悲しみを広げるお前の宿業をここで絶ち切ろう!!」」
鬼に向かって剣先を突きつけて異なる口で同じ言葉で宣戦布告をした
14/07/14 21:34更新 / 秩序ある混沌
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