連載小説
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異界
「この家ね……」

 私は携帯に送られてきた目の前の家の住人からの私の『副業』への依頼のメールに記載されている住所を見てここが件の家であることを確認した
 私はその後、インターホンへと手を伸ばし

―ピンポーン―

 チャイムを鳴らした。すると、しばらくして

―ガチャ―

 見た目は周りの他の住宅と同じタイプの玄関のドアなのに重々しい雰囲気を漂わせる、いや、正確にはドアだけでなくこの家を覆う禍々しい雰囲気のせいで開くことを躊躇いそうに感じられたがドアがゆっくりと音を立てて開いた

「どなたでしょうか……?」

 そして、チェーンで繋がれたまま開かれたドアの隙間から疲労感によって、目が虚ろな色に染まり、無気力で憂鬱に侵されたどよっとした声の女性が顔を覗かせた
 普通なら誰もが女性のただ事ならぬ様子にギョッと異常を感じて戦くと思うけど

「稲葉(いなば)さんのお宅でしょうか?お電話をいただいた浅葱 亜美(あさぎ あみ)と言う者です」

 私は自分の副業上の理由でこう言った雰囲気の人間をたくさん見てきたことから物怖じせずニッコリとした笑顔で自分が依頼を受けた人間であることを伝えた
 すると、彼女は一瞬、予想外そうに目を大きく開いて驚き

―バタン―

―ガチャガチャ―

―ガチャ―

「どうぞ……」

 一度、ドアを閉じた。しばらくして鎖が鳴る音がしたことからチェーンを外したらしく、今度はドアを全開にして私のことを家の中に招いた
 その際、ドアが完全に開かれたことで家の中に溜まっていたかの如く、漂っていた禍々しい瘴気に似た淀んだ空気を私は改めて身に感じた

 よく……こんな中で生きてこれたわね……

 私は科学で解明できない人体と精神に害を及ぼす危険な邪気を身に沁みながらこの力の渦中で生活している彼女達のことを案じながら見つめた

「あの……どうしました?」

 すると、私の視線に気づいた彼女が私のことを訝しげに見つめてそう聴いてきた
 私はそれに対して

「いえ、何も」

 と彼女が嫌な気持ちを抱かないようになるべく穏やかな表情で何事もないように返した

「……そうですか。では、どうぞ」

「はい。お邪魔します」

 すると、彼女はしばらく黙ってから、口を開き、あえてそのことを追求せず、私を家の中に招いた
 私はこの家に来る道中で住所を尋ねた際に聞いた『噂』から彼女の心中を察して素直に家の中へと入った
 私がヒールを脱ぎ、玄関から彼女に導かれてリビングに入るとそこには『異様な』と言う言葉で言い表せない光景が広がっていた

 ひどいわね……これは……

 そこには夥しい数の黒い墨で書かれた梵字が書き込まれた様々な御札が壁中に敷き詰められるように貼り付けられ、部屋の所々には金色の小さな仏像や物々しい字が描かれた封のしてある壺が配置されており、この家を覆っているこの世ならざる気の存在もあり、異様さと不気味さを漂わせていた
 だが、私はそれに対して感じたのは不気味さよりも

―グッ―

 苦しんでいる人の弱みにつけこんで……!

 憤りだった
 私は強く拳を握りしめてそこら中に存在する御札や仏像、壺などをキッと睨んだ
 目の前にある明らかに霊験あらたかに見える多くのそれらのうち、実際に効果があるのは十分の一にも満たない
 壁にびっしり貼られている御札の中には私の友人である妖狐や稲荷、龍、白蛇の目から見てもかなりの力が宿っていると言えそうなものが何枚かは含まれている
 しかし、大半は札に何の念も込められておらず、記されている梵字の意味も理解できていないめちゃめちゃな配列のものが多くあり、これではプリンターのインクで大量生産しているものの方がマシだ
 しかも、そもそも御札とは多くのものを貼ればいい訳ではない。何の力も念も込められていない御札が力のある御札の力を遮り、さらには力のある御札同士も互いの力を打ち消し合うと言う作用が生じており、この家を渦巻く邪気をさらに増していると言う悪循環まで生んでしまっている
 だが、この部屋の中で私が最も気に食わないのは部屋中に置かれている金色の仏像と封がされている壺だった
 仏像と壺は明らかに見た目は何かしらの霊験はありそうにみえるが、私がそれから感じるのは困っている人間に手を差し伸べるように見せながらお金を巻き上げようとする浅ましさだけだった

「あの……浅葱さん、どうしたんですか?」

 稲葉さんが私が抱いた義憤を感じ取ったのか私の仮の名前を呼んで顔を窺ってきた

 いけない……心配させちゃいけないわね……

「いえ、稲葉さん……この御札や仏像などはどこで購入したんですか?」

 私は自分が抱いた怒りを腹の底に抑えながら稲葉さんに不安を抱かせないように何の力も持たない紛い物を指差して、穏やかな口調で訊ねた
 すると、稲葉さんは少し、うっと言いたそうな躊躇いのこもった表情を浮かべえた後に重そうな口を開いて

「娘が倒れてから……色々な神社やお寺に行ってきたんです……」

 辛そうな苦悩が滲み出た声でそう呟いた
 彼女は理解しているのだ。ここにあるものの大半が紛い物だと言うことを
 だけど、私は彼女のことを馬鹿にする気はない
 それは娘を想う母親の愛情と効果がないと理解しながらも必死に娘を助けたいと言う切実さがこめられてるからだ。どうして、馬鹿にできるだろうか
 そして、私が今日この家に来たのはこの家の一人娘である稲葉 友子(ともこ)ちゃんを脅かす怪異から救うためだ

『アミ……大丈夫?』

『アミ……辛かったら、泣きなさい』

 目の前の母親の姿を見て、私はかつて心に傷を負ってしまい城に帰還してからトラウマを抱いて自室で塞ぎ込んでいた私のことを気遣い続けてくれた優しい私の両親の言葉が頭に蘇った
 私は多くいる姉妹達と同じように両親から愛され続けていた。いや、今でも私は両親に愛され続けていることを感じていられる
 そして、私は同時に親にとって子供がどれだけ掛け替えのない存在なのかも理解している
 私が物思いに耽っていて、稲葉さんが私に涙を流すまいとこらえていると

「雪(ゆき)!!」

 突然、犬が飼い主や知っている人間以外に対して吠える様な怒鳴り声がリビングに鋭く、大きく響いた
 私と稲葉さんが声のした方を見ると、そこには私にギラギラとした敵意をこめた視線を向けた目の下にクッキリと黒いクマができている興奮状態の男性が立っていた

「修(おさむ)さん……」

 すると、稲葉さんは少し申し訳なさそうに親しみのこめられた声で目の前の男性の名前を呼んだ
 どうやら、彼は『修』と言う名前らしくこの家の家主であり、稲葉、いえ、『雪』さんの夫であり友子ちゃんの父親らしい
 私が情報を整理していると

「雪!!お前、またこんな連中を呼んで!!」

 彼は自分の妻に対して、呆れと私に対する敵意を向けながら怒声を浴びせた
 どうやら、彼は私がなぜここにいるかを理解しているらしかった。また、私の副業に勘づいたらしい
 

「だって……しょうがないじゃない!!病院でも治せないんだから……私はあの子のために何かしてあげたいのよ!!」

 雪さんは夫に怒鳴られて今にも泣きそうになっているが顔を手で覆って、夫に対して自分がやっていることが無意味だと自覚しながらも母の娘に対する愛情としてできるだけのことはしてあげたいと言う願いを必死に伝えた
 それに対して、彼女の夫である修さんは少し動揺したのか私の方に顔を向けて

「今度は何を買わせるつもりだ……?」

「……え?」

 先ほどまで雪さんと会話していた時よりもさらに鋭くギラリとした荒々しい敵意をこめた目を私に向けて訊いてきた
 私はその復讐鬼が仇を見るかのような自分に向けられる逆恨みではない憎悪のこもった目を久しぶりに受けたことから、少し過去の出来事によるトラウマを抉られそうになった
 すると、彼は私が手に持っている横長のトランクを指差して口を開いた

「御札か?仏像か?それとも壺か?そんなに俺ら家族から金を毟り取りたいのかよ!?」

「ちょっと、修さん!!すいません……色々とありまして……」

「………………」

 修さんは今まで自分達、夫婦が散々どれだけ娘を助けたいがためにお金を出したのにも拘らず我が子の容態は良くならず、霊感商法でお金を奪い取られてきた憤りをまるで、家族を傷つけられたブラックハーピーに似た剣幕で私の持っているトランクを指差しながら私に罵声を浴びせ続けた
 雪さんは夫が自分が依頼して呼んだ私に対する態度があまりにも失礼を通り越していたことから、夫を必死に宥めようとするが、彼女の心の中にも私への疑念があることが感じ取れた
 私はしばらく、黙っていたが心の中で彼らの私は彼らの今まで受けてきた辛い過去による悲しみや憎しみ、苦しみ、怒りを理解していた

 仕方ないわよね……彼らの気持ちは痛いほど理解できるわ……だけど……私は……

 しかし、だからこそ私は彼らに信じてもらうために不謹慎だと思うがこう告げた

「御代は結構です」

 ただその一言だけをポツリと口に出した

「何……?」

「え……?」

 私のその一言に稲葉さん夫妻は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、私のことを驚きに満ちた顔で見た
 そして、私はさらに彼らを安心させるために本心から次の言葉を告げた

「そもそも、実際に目に見えない何かで人からお金を取るなんて自体が間違えですし……そんなことしたら、訴訟とかが面倒臭いでしょ?」

「なっ……!?」

「あ、浅葱さん……!?」

 私はできるだけ尊大に振舞いながら彼女達に対して、私が彼らからお金を取ることに対してのデメリットを伝えた
 と言うよりも、私はお金には困っていないことから真実を口にしただけだ

 そもそも……お金なんて私は必要ないし……『計画』のための資金はベルンがちゃんと手配しているし……

 私の本音を耳にした二人は衝撃のあまりに先ほどよりもギョッと目を大きく開いて私のことを見つめた
 だけど、これは本音だ。神社仏閣の御守りや御札、教会の十字架などは神が人々に『私達は見守っている』と言う励ましを与えて、人々に希望を持たせて人々を支えるものなのだ
 それに私は正真正銘の本物の神々を知っている
 私の知る神々も結局は生きとし生ける者を愛しており、その成長を見守っている
 主神以外は

 まあ……主神、いえ、彼女もシステムの被害者だから仕方ないわね……

 私からすれば、私達を敵視している主神すらも愛おしい。いや、彼女は敵などではないのだ。もし、彼女が『救い』を求めるなら、私は彼女を救いたい
 こう考えると、神々には敵などいないように感じる。しかし、私の多くいる姉妹の1人であるヴィオレッタ姉さんの敵には私の知る神々とは全く異なる神々がいる
 あの日見た姉さんの敵はあまりにも悍ましく邪悪で、そして、強大だった

―ゾク―

 もしも……あんな連中と対峙した時に私は私の守りたい皆を守れるの……?

 答えは否だ
 私はあの連中を見た瞬間、今まで感じたことのない恐怖に襲われ、今でも思い出すだけで吐きそうになる
 あの連中と私では力以前の問題に私の心が折れてしまう。あの連中は宇宙の悪意そのものと言ってもいいほどの悪意の固まりなのだ。私は仮に対峙したらその存在の恐ろしさのために屈服して、何もできなくなってしまうだろう
 だけど、姉さんとあの『異形』との戦いの終わった後で震えていた私の脳裏に多くの人々の顔が浮かんだ

 お父様……お母様……デルエラ姉さん……リリス姉さん……シャルロッテ姉さん……ヴィオレッタ姉さん……リコリス姉さん……スカーレット姉さん……リエル……リムリル……ベルン……オネット……霞(しあ)……セシリア……ステラ……茉莉(まり)……春菜(はるな)……

 それはかけがえのない私の両親や姉妹、私の大切な友人達の笑顔だった
 私のこと慈しんで愛してくれた両親、愛する人々を救い、守り、助けようと駆け続ける私が尊敬すべき姉やいつになっても可愛らしい妹達、私のことを支えてくれる私と共に『理想』を求め続ける大切な友人達
 今、心の中で呟いた名前の人達以外の多くの笑顔も私の頭よりも光よりも速く無限の時間の中を駆け抜けるように次々と浮かんできた
 私は気づいた。これが私の守りたいと願っている世界が終わってもきっと残り続ける『絆』なのだと
 そして、彼女達にも愛する夫や家族、友人達との『絆』がある。私はその『絆』を守り続けたい
 だから、私はあんな連中の様な存在が敵であっても絶対に逃げたくないし、敗けたくもない

 そして……リーチェ……

 私は最後に自分のパートナーの名前を心の中で呟いた
 彼女は私に約束してくれた。どんなに敵が強大であっても一緒に戦ってくれると
 それだけで私は勇気が湧いてくる
 そして、私は約束したのだ。彼女に私の『理想』を必ず見せるということを

「浅葱さん……?」

 私が物思いに耽っていると雪さんがソーッと静かに不思議そうな声で私を現実に引き戻した

「すいません……で、稲葉さん?結局、どうするんですか?」

 私は雪さんの声で現実に意識を戻すと修さんに対して、依頼の可否のことを訊ねた

「う……それは……」

 私の問いに彼は少し、たじろって私のことを信じようか信じないかを躊躇していて答えに迷っていた
 すると、

「修さん……」

 幸さんが修さんの手をそっと掴み彼の顔を強い決意をこめた目でジッと見つめて何かを訴えようとした

「雪……」

 修さんは妻のその決意を感じ取ったのか、少し顔をグニャッと歪ませてから私の方を向き直り

「本当に……本当に娘のことを……友子のことを助けてくれるのか……?」

 と多少の疑念と藁にも縋ろうとする必死さをこめた娘を想う父親の一言を私にぶつけてきた
 私はそれに対して、首を縦に振って頷き

「はい……必ず、あなた達の娘さんは助けます」

 と強い決意をこめた言葉を稲葉さん夫妻に伝えて、約束をした
 私は何よりも『絆』を大切にしているからこそ、誰かの大切な者を守りたい
 理由はそれだけで十分だった
 私の言葉を聞くと修さんは最初は先ほどのこともあり、ばつが悪そうにしたが

「頼む……娘を……友子を……助けてくれ……」

 と膝を屈して頭を深々と下げて自分達の娘のことを苦しそうに声を絞りながら私に託してきた
 恐らく、彼は私のことに期待はしていないだろう。しかし、お金を取らないと言うことで少しは私に希望をかけてくれのだろう
 いわゆる、やらないよりもマシだと言うわけだが
 しかし、それでも私はよかった
 私はそれに対して

「ええ……必ず、友子ちゃんは助けます」

 と友子ちゃんを助ける許可をくれたことに感謝しながら彼の手を取って応えた

 いくわよ……リーチェ……

 私は自分のトランクを握りしめて、二階の友子ちゃんのいる部屋に向かった
14/07/08 22:33更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 これより始まるは一人の女の『決意』の物語です
 彼女はかつて、自らの尊敬する姉の戦わなくてはならない敵を見ました
 その時、彼女が感じたのは『恐怖』……ですが、彼女はそれを知ったからこそ、新たなる『決意』をした
 それは自らの大切な存在と『理想』を守るための戦いへの『決意』
 そして、彼女は目の前で苦しむ人々を救うために戦います……
 それでは……『『絆』を守りし二人の『契約』』の開幕を宣言します……!!

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