『輝き』と『太陽』と『蛇』と『獣』
「ここね……」
私は今、ある山を目の前にしている。その山は私の行く手を阻むかのように木々が生い茂り、道は登山道があるにはあるがあまり近年の登山ブームに使われるような整備されたものではない。私がここにいる理由は決して、登山に来たわけでもないし、ましてや私の趣味には山登りなど存在しない。私がこの山を訪れた理由はたった一つ
「晴太……陽姉……」
七年前の『決着』をつけにきたことだ。三日前、仙田君とは結ばれた翌日に私の下にアミさんがわざわざ訪れ、彼女は私にあることを言ってきた
『お姉さんと弟君に会いたい?』
私はそれを聞いた瞬間、驚きのあまりに困惑してしまった。実はアミさんは私に関することを茉莉さんに聞いたらしく、その際に七年前の事件のことも茉莉さんに教えてもらったらしく、その後色々と調べてくれたらしくこの山の場所を教えてくれた。そして、同時に私に特定の種族の魔物娘の魔力を辿ることのできるマジックアイテムのコンパスを渡し、彼女は謝罪してきた。これらのことが示す意味は一つだ
「陽姉も……魔物娘に……」
つまり、それは私としては最も信じたくなかった私が七年前、推測した七年前の事件の犯人が私の双子の姉であり、彼女と失踪した弟の姉でもある瀬川陽子だと言うことだ。さらには証拠はそれだけではない。私は自分の背負っているリュックサックから、あるものを取り出した
『今日も晴太は妹に笑顔を向けた。あの子は優しいけど、その笑顔が私を苦しめ、癒す。あの子の笑顔で重圧に押しつぶされそうな私は救われている。だけど、その笑顔が私だけのものではないのが私を苦しめる。私と違って何も悩まずに生きている妹にどうして、あの子の笑顔が向けられるの。不公平じゃない。どうして、私と違って苦しんでいないあの娘にも晴太の笑顔は向けられるの。あの子の笑顔が私だけのものにできないのならあの子の泣き顔だけはわたしのものにする』
取り出した姉の日記にはこう書かれている。少なくとも、姉が弟に対して狂気的な想いを抱いていたのは紛れもない事実だ。そして、
『『化け物』が男の子を抱えて屋根を伝ってどこかに向かう姿を!!』
と今までの中で最も不可解だった証言がもしも、真実ならば魔物娘が犯人の可能性が確実性を帯びてくる。だが、七年前の事件では弟の晴太だけではなく、姉も行方不明になっている。魔物娘は人間の男性にしか興味がない。ならば、なぜ私の姉までいなくなるのか?そして、もう一つのこの証言の不可解なところは実際に行方不明になっているのは姉と弟の2人だ。それなのにこの証言では弟しか目撃されていない。つまりは姉の存在がなぜかこの証言では確認されていない。だが、アミさんや茉莉さんにであったことで私はそれらの問題を一気に解決できる『可能性』を考えることができた。それは
『姉が魔物娘になり、弟を連れ去った』
というものである。それならば、あらゆることに辻褄が合う。証言の『化け物』とは恐らく、魔物娘と化した私の姉だ。もしもそれが『真実』ならば、目撃者が『男の子』しか目にしていないのは当たり前だ。自分でも言うのもどうかと思うが、私の『白蛇』としての姿も十分すぎるほど『化け物』だ。突然、一般人が私達、魔物娘の姿を見れば誰だってそう思う。実際、アミさんも茉莉さんも余計な混乱を防ぐために普段は魔物娘の姿を隠している。こう言ってはどうかと思うが、人間とは基本的に異端に対しては非常なまでに排斥的な態度をとるものであり、彼女たちが姿を隠すのはアミさんはこの世界にいる魔物娘全体とその夫達のため、茉莉さんは夫である九条さんを守るためだ。特にアミさんは茉莉さんに聞くと魔物娘の中でも高位な種族らしく、実力もかなり高いらしいが決してその力を無闇に使用しないらしい。その理由は彼女は誰よりも力を持つからこそ、常にこの世界の魔物娘とその夫達のことを考えており、人間を愛しているからこそ、傷つけまいと努力しているようだ
『この傷ね……昔、人間につけられたものなの……』
三日前、そう言って、彼女が私に見せたのは左脇腹にある5cmほどの古傷だった。彼女は悲しそうに彼女がいた世界における人間と魔物娘の争いにおける彼女の立場を私に語り始めた。彼女は元の世界ではそれなりの地位についていたらしく、私達、魔物娘にとっての理想郷を築くために戦っていたらしい。しかし、ある時休息している時にとある人間に刺され、その際に散々、自分を含めた魔物娘に対する憎悪の言葉をぶつけられたらしく、その言葉は
『お前たちのせいで俺の家族は……!!』
と言う言葉だったらしい。その時、彼女は自らの信じる理想を否定され、ひどく心を痛めつけられたらしく、理想を捨てることはしなかったが苦しめられるようになったらしい。私はそれを聞いた瞬間、黙るしかなかった
私もある意味では魔物娘によって家族を奪われた被害者だから……もしも、七年前に真実を知っていたら……魔物娘を憎み、恨んでいたかもしれない……
だけど、アミさんは謝罪してくれた。それはきっと私の家族を自分たち魔物娘が奪ったと言う事実に責任を感じたのだろう。彼女は女神のような慈愛を見せるが、時折、驚くほどの高潔さの片鱗も見せる。そんな彼女を見た私は彼女を責めることなどできなかった。恐らく、あの事件の関係者以外であの事件のことで最も心を痛めてくれたのは仙田君以外には彼女ぐらいだろう。それに私がこの山に来たのは姉や彼女を憎みに来たわけではない。それにたとえ、姉が犯人だとしても、私は私の知っているもう一人の姉を信じたい
『お前が信じなくて誰がお姉さんを信じるんだ?』
仙田君の言葉が私を支えてくれる。確かに姉は私のことを嫉み、嫌い、晴太をさらった一面のある姉もいるだろう。しかし、それでも私の大好きだった姉も本物だったと信じたい。だから、私はここに来れた。だから、私はここにいる
仙田君……私……がんばるね……!
私は決意を固めて、コンパスの指し示す方角へと足を進めた
「はあはあ……晴太〜もっと〜」
私は繋がっている弟に対して、射精されイったばかりで肉棒を自らの性器に入れたままなのにすぐにもう一度交わりを求めた
「うん……はあはあ……お姉ちゃん……」
弟はそれを言うと犬のように舌を出して、目をとろんとさせて答えた
―――パンパン―――
「あぁん♪……いいわ……!」
弟に子宮を突かれたことで飽きぬ快楽と共に尽きることのない悦びを感じた
「えへへ……お姉ちゃんが喜んでくれて……ぼく、うれしいな〜」
晴太はもう、既にどれくらいの時間が経ったかわからないけど初めて交わった以前から変わらない素直さで私が快楽と悦びを感じていることに嬉しさを感じている
あぁ……なんて、可愛いの晴太……こんなにも無邪気に淫らな顔をするなんて♪……いいわ……!あぁん♪……今度は晴太が気持ち良くなって♪
「あぁ……!!晴太……!!」
―――ギュ―――
―――ミチミチ―――
私は晴太に抱き着き晴太の顔に胸を埋めて同時に膣の圧力を上げた。すると、
「あぁん♪お姉ちゃん♪気持ちいい♪」
と晴太は顔を見上げて私にそう言ってきた。その顔は幼ないながらも非常に淫らであった。私は愛する弟にして、夫にそう言われて嬉しくなり
「晴太も……♪あん……♪嬉しいんだ……♪……幸せ……♪」
「えへへ……♪」
―――パンパンパンパン―――
そう言った。すると、晴太はさらに嬉しくなったようでピストンを速めてきた。私も膣壁を晴太の肉棒に合わせてクネクネさせた。その繰り返しは私と晴太の双方にさらなる快楽をももたらし、私達は互いに自らを獣のように求め合った
「お姉ちゃん…!お姉ちゃん…!お姉ちゃん…!」
「晴太…!晴太…!晴太…!」
互いの名前をひたすら呼び合い、そして
―――ドピュ!!ドピュ!!―――
「「はあはあ……」」
晴太の精を膣内で受け止め、私は何度目かわからない幸福感に浸った。それは晴太も同じようであり、その表情は非常に淫らでありかつてのあどけなさと初々しさが見られない、晴太は多少は成長しているがインキュバス化の影響によるものかわからないが、初めて交わった時以降身体の変化が見られず、幼さがかなり残っている。もしかすると、私がそう望んでいるからかもしれない。魔物娘はある程度、番となる男性の外見を変えることができる。つまりは晴太のこの姿は私が無意識に望んだ形なのだろう
「ん……ちゅぱ……ちゅぷ……」
私は晴太の顔を掴み、この子の存在を確かめるためにキスをした。晴太はそれを舌を出して、喜んで受け入れた。私がそれに幸福感を感じていると
―――ガラガラ―――
「・・・!?」
突然、石が崩れる音が聞こえてきた。私はその音を聞いて、音がした方向を見てみるとそこには私が以前、積んだ石の山が崩れ去ったかのように大量の石が散乱していた。これは私がこの場所に誰かが近づいたときにすぐにそれを知らせるために作ったもので石の山の中に糸を巻いた比較的軽い石を置き、糸をここまでくる特定の山道に張って、もしもこの石の山が崩れるということがあれば誰かが近づいているということだ。ちなみに動物などの心配だが、糸には私と言う存在を教えるために臭いを染み込ませているため、動物は恐れて近づくことはない。つまり、こんな山奥に来るのは人間か魔物娘ぐらいだ
―――ヌポ―――
「はあはあ……お姉ちゃん……?」
私は初めて晴太と交わって以来、抜くことのなかった晴太の肉棒を自らの膣内からだした。晴太は突然、変わった私の雰囲気に戸惑い、私の顔色をうかがってきた
「晴太?ちょっとごめんね?少し、お姉ちゃん……用事ができちゃったから……すぐに戻るから大人しくしてて?」
私はこの状況を作り出したものを排除するために晴太を安心させて、少し離れることを伝えるが
「やだ!!1人はいやだ!!お姉ちゃんと一緒じゃなきゃいやだ!!」
と私に抱き着いて、しがみついてきた
「晴太……本当にすぐに戻るから……ね?」
私は困りながら晴太をあやそうとするが
「やだやだやだやだ!!」
晴太はなおいっそうに私にしがみつき、離れようとしない。すると、私はそんな弟の姿に『悦楽』を感じてしまった
あぁ……晴太……なんて可愛いの?もうこの子は私だけしか考えない……私がいないと不安なのね?ふふふ……でもね……今は……
―――シュルルル―――
「……え?」
私は自らの臀部から糸を出し、それを洞窟内にバツ印状に張り、その糸の一辺一辺を晴太の四肢に巻きつけ、晴太の動きを封じ、拘束した
「お姉ちゃん……?」
私の行動に晴太は驚き、同時に不安を感じたらしく私に視線を向けてきた
「もう……晴太ったら……言うこと聞かないと……お姉ちゃん、どこかに行っちゃうよ?」
私は晴太に大人が言うことを聞かない子供に対して言うような口調で言った。すると、
「いやだ……やだあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
晴太は必死に声をあげて、身体をなんとか動かして拘束から抜け出そうと晴太はするが、どれだけ必死にもがこうと糸をちぎることができず、しばらくして、それが無理だと悟った晴太は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら私の方を向いてきた
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!どこにも行かないで!!ぼくを1人にしないで!!ぼくを置いていかないで!!お姉ちゃん!!」
晴太は身体を手足を拘束されながらも小さくジタバタさせて私に向かって、そう叫びながら懇願してきた。晴太はもはや、私がいないと極度の不安と恐怖に襲われるらしく、夜になると以前は1人でも寝ることはできたが、いまやこの洞窟と外灯も灯りもない状況がもたらす闇に怖がるようになったらしく、交わりの際にも私に無意識のうちにしがみつくようになった
あぁ……久しぶりに見た晴太の『泣き顔』……いいわ……なんていいのかしら……そうだ……!!
私は晴太の涙に濡れた顔を見て、さらにそれを怯えさせたくなりあることを思いついた
―――シュルルル―――
「ひゃっ!?」
私は自分の糸で帯状にして、それを晴太の目の部分を覆い目隠しをした
「じゃあ、晴太……お姉ちゃんいってくるね♪」
私は晴太に明るくそう言うと、それを聞いた晴太は目隠しをしながらも私にも分かるようにさらに怯えて
「待って!!お姉ちゃん!!待って!!ぼくを1人にしないで!!」
私を呼び止めようとするが、既に洞窟を出た私は
―――ゴロゴロ―――
「じゃあね〜♪」
近くにあった岩を転がして洞窟に蓋をしようとした。すると、晴太は目隠しから漏れるかすかな光から洞窟の出口が塞がれることを察し、同時に私に自分が捨てられると勘違いして
「おねえちゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」
必死な声で洞窟内に自分の声を響かせながら私の名前を叫んだ
―――ガタン―――
大丈夫よ……晴太……私が可愛いあなたを捨てるはずがないじゃない……
「さてと……私から晴太を奪おうとする存在を……痛めつけなくちゃ……」
「んんん……ぷっは〜!!」
私は小休憩のために岩に腰かけて、アミさんからもらった『ウンディーネの水』を飲んで、水分補給と魔力の調整を行った。この山は道なき道が続いており、岩なども多くあり険しいが、魔物娘になった私は身体能力が向上しており、普通の人間なら息切れするはずなのに私には全くそれが訪れず、ここまで体力を余り消費せずにこれた。水分補給をしているのはただ喉が渇いたからだ
「よし、行こうか!!」
私は岩から腰を上げて、再びコンパスの指し示す道を進んでいく。すると
「な……」
私の目の前に現れた獣道だった。しかし、それは草だけが倒れて作られたものではない。草どころか、何本かの木々も倒れて作られたものであった。こんなもの、日本の山で生態系の頂点に立つ熊でも作るのは無理だ。そして、その獣道が続く方向にコンパスの指針が向いている
「ゴクン……」
いくらか覚悟をしてきた私でも、これには度胆を抜かされた。アミさんに姉がなったかもしれない魔物娘の種族をコンパスを渡された時に教えてもらったが、それでも、これには固唾を飲むしかない。私は一歩一歩、慎重に足を進めるようになった
―――さらさら――――
ある程度、歩くと私の耳に微かだが水が流れる音が聞こえてきた。白蛇となった私には例え、小さな水音であってもそれを聞くことができる。つまりは、この辺りには水場か川があると言うことだ。だが、それと同時にある音が聞こえてきた
―――ガサガサ―――
その音はかなり大きな生き物が落ち葉を踏みながら移動している音だ。しかし、決して、それは熊のような四足歩行の生き物が動く音ではなかった。なぜなら、音の間隔が狭いからだ。まるで、脚が何対もある虫が巨大化したかのように次々と脚を動かしている気がした。そして、その音の正体が私が向かおうと方角から現れた
「ふ〜ん……誰かと思ったら……あなただったの……静香……」
「!?」
私は音の正体を目にした。そして、7年前までは17年間も生まれてずっと近くで聞いてきた声を久しぶりに聞いた
「陽姉……」
「久しぶりね……静香……」
目の前のウシオニの姿をしたそれは言った。だが、それはウシオニの特徴で多少変わっているが顔立ちは私とそっくりである。それが意味をすることは目の前にいるウシオニは7年前、行方不明になった私の双子の姉である『瀬川陽子』と言うことだ
「そうね……7年ぶりよ……」
私は多少、皮肉と嫌味を込めて言った
「へえ〜……7年も経ってたんだ?……知らなかった♪」
姉は私の込めた感情に気づいているのか、気づいていないのか分からないが非常に嬉しそうに言った。だが、その顔は私が見たことのない表情であった。その表情は7年前、あらゆる人間に対して見せていた『作っていた笑顔』ではなく、心の底からのものであった。しかし、それは7年前に私が見ることのできた晴太の笑顔とは全く、違っていた。晴太の笑顔は他人に安心感や癒しを与えるようなものであったが、姉の笑顔はあらゆるものに恐怖と不気味さを感じさせるものであった
「私と晴太……そんなに繋がっていたんだ〜ふふふ……」
―――ズキン―――
「!?」
姉の言葉は私をこの7年間、最も苦しめていた『真実』を確定させるものであった
「陽姉だったのね……晴太をさらったのは……」
私は胸を抑え、涙を流すのを我慢しながらそう尋ねた
「そうよ?それがどうしたの?」
「っ……!!」
姉はなんの戸惑いも申し訳なさも罪悪感もないようにそれを否定することもなく肯定した。私はそれに悲しみを抱いてしまった。確かに私達にとっては魔物娘は愛する人を自分のものにすることは至高の幸福だ。だが、だからと言って、その人の人生を滅茶苦茶にしていいわけではない。それに7年前の自宅を見てみると、晴太が抵抗したのは明らかであり、相当な恐怖を抱いていたのも想像できる
晴太……!!
私は心が挫けそうになるが、弟の泣き顔を想像したことで立ち直った。私のものと晴太の受けた悲しみや苦しみ、恐怖を比べたら、こんなところで塞ぎ込んでいる暇などなかった
「陽姉……お願い……晴太に会わせて……」
私は姉に対して、懇願した。私はもう、事件の『真相』などどうでもよかった。私はただ、目の前の姉と弟にもう一度会いに来ただけだ
「………………」
姉はそれを聞くと、黙りだした。そして、私のもとへゆっくりと近づいてきた
「静香……」
私に近づくと姉は口を開いて、私に向かって声をかけてきた。私は姉が私の願いを聞きいれてくれたと思ったが
「あなた……また私から晴太を奪う気……?」
「え……」
姉は表面上は普段どうりの声で言ってきたがその言葉には敵意が込められていた
「よ、陽姉……?」
また……?
―――ドクン―――
私の頭の中に日記の文章が流れてきた
『どうして晴太は妹にまで笑顔を向けるの。私と違って、孤独も重圧も感じていない妹にどうして、晴太は笑顔を向けるの。私は妹が嫌いだ。妹の存在が私を傷つける。』
『妹と私は顔は同じだ。それなのにどうして妹は何も背負わないですむのかわからない。私は妹と違って、物覚えが幼い頃からよかった。ただそれだけなのにみんなから天才と言われ努力も評価されなかった。少しでも失敗すれば軽蔑する。でも、妹は私を家族として見てくれる。私は最低だ。あの子の存在が私を余計惨めにする。』
『今日も晴太は妹に笑顔を向けた。あの子は優しいけど、その笑顔が私を苦しめ、癒す。あの子の笑顔で重圧に押しつぶされそうな私は救われている。だけど、その笑顔が私だけのものではないのが私を苦しめる。私と違って何も悩まずに生きている妹にどうして、あの子の笑顔が向けられるの。不公平じゃない。どうして、私と違って苦しんでいないあの娘にも晴太の笑顔は向けられるの。あの子の笑顔が私だけのものにできないのならあの子の泣き顔だけはわたしのものにする』
そして
「本当のこと言うけど……静香、私ね……あなたのことが大嫌いだったの」
―――ズキン―――
「え……」
姉の日記にも書くことのなかった『本音』が私を襲った
「昔から同じ顔で何をやっても私以下のくせに私と同じくらい周囲から可愛がられて、たった数秒私が早く生まれただけで私は『お姉ちゃんなんだから』とか言われて、いつも私がなぜかあなたに対して気遣うことを強制された……本当に理不尽だった」
―――ズキン―――
「しかも、今度は晴太が生まれると私があなたにしてあげたことをあなたは晴太にしなくても、晴太に『お姉ちゃん』と言われるとか……どこまで、私のことを苛立たせるつもりだったの?」
―――ズキン―――
「高校生になっても私よりも努力していないくせに晴太の笑顔を向けられるとか……本当にあんたが憎くて仕方なかった」
―――ズキン―――
私はしばらく、姉の言っている言葉が理解できなかった。と言うよりは理解したくなかった。私の信じた姉は確かにあの日記に書かれたように確かに多少の歪みは持っているとは思っていた。しかし、ここまで私を憎んでいるとは思いもしなかった。それでも、私は耐え続けて、再び彼女に向き合った
「お願い……私が嫌いでもいいから……晴太と……」
私は胸を抑えながら再び懇願した
「……しつこいわね……」
姉は不機嫌そうな声音に変えて私に言った
「合わせるはずがないでしょ?それにね……静香?あんた……晴太に会わない方がいいと思うわよ?」
姉はそう言ってきた
「どういうこと……」
私はその答えをある程度予測できた。しかし、同時にそれがはずれることを懸命に願った。だが、その願いは届くことはなかった
「晴太はもう私しか見ないの……私以外を必要としない、つまり、あなたを見ても……あなただと気づかないかもね?」
無邪気に姉は嬉しそうに私に言った
―――パリーン―――
「陽……姉……?まさか……晴太を……?」
私は覚悟してきたつもりだった。しかし、それは弟が無事であることが前提だった。いや、魔物娘にさらわれたならばある程度の覚悟はできていた。だが、姉はあろうことか弟を壊したようだった
「ふふふ……」
「陽姉…!!!」
姉は嗤っていた。確かにウシオニの性質としては彼女たちは嗜虐心が多少強い種族であるため、予測できたことである。それでも私は姉を許せなかった。そして、私は生まれて初めて、姉に対して怒りを露わにした
「あら、恐い……」
しかし、私が怒りを込めて睨んでも陽姉は動じることなく、余裕そうであった。そして、私が帰る気がないのを知ると
「ふ〜ん、帰る気はないの?」
わざと私に質問してきた。私はそれに対して
「当然よ!馬鹿な姉を殴ってでも更正させてやるわよ!この……馬鹿姉!!」
と激しい口調で啖呵を切って、それを回答にした。すると、姉は目を細めて
「せっかく、一応妹だし大人しく帰ってくれるなら何もしないであげようと思ったのに……あんた本当に馬鹿ね」
顔をニヤつかせて、身をかがめてきた
「まあ、いいわ……あんたには今まで色々な鬱憤が溜まっていたことだし、今ここでそれを晴らすの悪くないわね!!」
―――ヒュッ―――
「なっ!?」
―――ズドーン―――
私は突然、跳びかかってきた姉を体を咄嗟に捻って避けた。的を外した姉は私の後方にあった木の幹にぶつかった。しかし、姉はそれによる反動を受けながらも平然とすぐに私の方に振り向いた
「何避けてんのよ?……と言うか、普通避けられないでしょ?この距離じゃ……」
「クッ……!!」
私は姉の余裕そうな発言に危機感を感じた。同時に姉は私があの距離であの速度を避けたことに避けたことに驚いたようだ。それは当然だ。今の速度と距離による突進を避けるには人間ではまず不可能だ。人間は向かってくる物体と距離が近ければその物体の速度を錯覚してしまう。例えるなら、野球のルールにおける時速110qのストレートとソフトボールにおける時速110qのバッターから見た球速だ。絶対速度では両者は同速度であるが打者からすれば後者の方が速く見える、一説によると体感速度では野球の速度による時速165qのストレートと同じらしい。もし、私が魔物娘でなかったら、今のは確実にくらっていた。しかし、同時に私は妙な疑問を感じている。それは姉がぶつかった樹だ
『ウシオニ』……その腕からは岩を一撃で粉砕する剛力を放ち、傷を与えてもすぐに回復するほどの再生力を持ち、なによりも『ウシオニ』の最も恐ろしい武器は彼らの『血』とされており、彼女たちの『血』には高濃度の魔力が込められており、魔物娘でもあれを浴びたら体中が熱くなり立っていることもままらないはずだ
その中で私が今、疑問に思ったのはその樹の今の姿だ。ウシオニの馬鹿力ならあんな樹はすぐに倒れているはずだが、姉がぶつかった樹は表皮に多少の傷がついたが姉の後ろにそびえ立っている
どういうこと……?
私がそのことに疑問に思っていると姉が口を開いた
「はあ〜せっかく、強力なのを一発だけくらわせて、気絶程度で済ませてあげようと思ったのに……」
「……!?」
その言葉で私は先ほどの突進は姉が手を抜いたものだと悟った。ウシオニの本気の力は容易に人間を殴り殺すことができる。私達、魔物娘は基本的に人間は殺したり、傷つけることはないが一つだけ例外が存在する。それは『夫を狙われた時』である。姉はどうやら、私が自分の夫である晴太を奪いに来たと勘違いしている。私は既に魔物娘であり、夫であるが姉はそんなことを知らない。そして、私は自分がいかに危険な状態にいるのかを理解し恐怖と脅威を感じた
もし……本気でこられたら……
仮にさっきの突進が本気であった場合、絶対速度と体感速度は完全に私が避けきれるものではないし、そこから出されるパワーもあんな樹を文字通り、木端微塵にするどころか、岩さえも粉々にするものにもなる。つまりはかすった程度で骨にひびが入る可能性もある
「くっ……!!」
私は姉に背を向けて、その場を全力で走って後にした
「あら?私を殴るんじゃなかったのかしら?」
先ほどまで啖呵を切り、強気であった妹は私の突進を見てどうやら怖気づいたようで、逃げ出した
ん〜……このまま逃げてくれれば手間をかけずに済むけど……
私は逃げる妹を追うかどうかで迷いが生じた、しかし、それは肉親の情からくるものではない
仮に静香が晴太のいる洞窟に辿り着いたとしてもあの岩をどかせるとは思えないし、この山を下りてくれれば晴太を連れて、違う山に行けばいいだけだけど……
私の脳裏にはある程度の考えが思い浮かんだ。確かに私が静香を追うメリットなんて全くない。しかし、それはある一つの静香を追わないことで生じるデメリットを除けばの話である
問題はどうやって、静香は私と晴太の居所を見つけたのかしら?
私の考える限りでは、この場所を特定できる証拠なんて存在しないはずだ。それにどうやら、7年も経っているのに新たな証拠が見つかる可能性は限りなく低い。もう一つ気になることがあるとすれば、静香は私との再会において私の姿を見ても驚いていなかったことだ。それは明らかにおかしい。私の姿は普通の人間が見たら『化け物』だ。実際、私は初めてウシオニを見た時、その姿に恐怖を抱いた
誰かが静かにこの場所を教えたということね……なら、ここを移動してもまた、特定される可能性があるわね……
そう結論づけた私は妹が逃げた方向を見て、ニヤついた
「ごめんね〜静香……少し、痛い目に遭わせてあなたが私達の居場所を知った方法を吐いてもらうわよ?あ、大丈夫よ?たとえ、骨が折れても私の『血』を浴びたら……ふふふ……」
笑いながら私はそう言った。私に流れるウシオニ『血』は相手が人間ならば、たとえ瀕死の重傷を負ってもウシオニにすることで蘇生することができる。しかし、そうなったら静香の人間としての『生』は終わりだ
ふふふ……ウシオニになればこの山から下りて私達を探すのは難しくなるし、そのうち本能に負けて私達を探すのを諦めるかもね……
私は邪な考えを持って静香の後を追った。しばらくすると、私の作った獣道とは違うところの草木が不自然に倒れているのを目にした。どうやら、静香は障害物の多い森の中に入って行ったようだ。確かに熊などの大型の四足歩行の動物と似たような体格を持つ私としては全速力で静香を追跡するのは難しい。しかし、それはあくまでも動物の場合だ
「ふ〜ん、少しは頭を使ったようだけど……」
―――バコーン―――
―――メキメキ―――
「残念だったわね……障害物があるのなら、全部壊して進めば速度を落とさないですむのよ」
私は静香が通ったことで倒れた草を辿りながら、速度を落とさずに目の前にある草木を薙ぎ倒しながら静香を追跡した。もちろん、多少の傷は生じるが、所詮かすり傷程度にしかならず、ウシオニの再生力ですぐに傷は塞がり、次々と草木を薙ぎ倒していった
―――ガサガサ―――
―――メキメキ―――
私が足を進めるたびに森が悲鳴をあげるかのように草木が倒れていった。そして、私の足音は私を巨大な化け物のように思わせた。そして、森に入ってから数分後
「はあはあ……!!」
「見〜つけた♪」
リュックサックを背負った静香の後姿が見えた
馬鹿な子……リュックサックなんか背負って逃げるなんて……
普通、逃げるなら少しでも身体の負担を軽くするはずだ。しかし、静香はあまりの事態にそれを考える余裕もないらしい。しばらく、私が静香を追跡していると静香の向かっている方角に森の出口が見えた。しかし、突然
「え……きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
静香は悲鳴をあげて私の視界から消えた
―――バシャーン―――
「なっ!?」
私は予想外の出来事に驚き、慌てて身体を止めた。そして、ゆっくりと森が開けているところまで歩いていき確認するとそこは
―――ガラ―――
―――ポチャ―――
断崖とまではいかないが絶壁と言えるほどの急な崖であった。下の方を見てみるとそこには水面が広がっていた。どうやら、この辺りを流れる小川の水源らしい。そして、泉の中心には大きな波紋が広がっており、同時にペットボトルなどが辺りに散らばっている。どうやら、静香は泉の中心、つまりは最も深い個所に落ちたらしい
「………………」
私は今、悩んでいる。恐らく、静香は溺れて泉の底に沈んでいるはずだ。しかし、もしもここで静香を見逃せば、必ず静香は再び私達を探す筈だ
やっぱり……ここは……
―――バシャーン―――
私は静香の生死を確認するために崖から跳び下り、静香を探し始めた
「残念だったわね〜静香♪せっかく、逃げるチャンスが訪れたのにね」
私はそう言って、少しでも静香を動揺させるために挑発した。そして、静香が落下したと思われる地点まで足を運んだ。もし、私が遠回りをすれば静香はその隙をついて逃げることができたかもしれないが、静香にとっては残酷なことだがこの程度の高さなど、魔物娘の中でも身体能力と再生力が高いウシオニである私からすれば何の障害にもならない
「これで追いかけっこは終わりね……あははははははは」
私は勝利を確信し高笑いするが
「はははははは―――っう!?」
突然、私の左肩に激痛が走った。私は自分の身に起こったことを確認するために自らの左肩を見た。そこには
「なっ!?」
2cm程度の穴が空いていた
な、なにが起きているの!?
私は自分の身に起きた現象に理解ができず混乱した
―――ピュ―――
「あぐっ!?」
突然、水音が聞こえたと同時に今度は右脇腹に何かが貫通する感覚に訪れた。そして、私は自らの身体を貫いたものの正体を確かめるために後ろを見てみると、そこには波紋と私の血が広がっているだけであった。だが、それだけで私は自分の身体を貫いたもの正体が理解できた
「み、水ですって!?」
そう、私の皮膚を突き破り、体内から外に出たのはただの水だ
―――バシャーン―――
私から30mぐらいの地点から突然、水しぶきがあがった、そして、そこからあるものが現れた。それは白い絹のような髪を生やし、鬼灯のような赤い瞳を持ち、神聖さをかもし出している白い巫女服を纏い、下半身からは白い鱗を生やした蛇の下半身を持つ半人半蛇の存在……白蛇だった。そして、その顔立ちは私が良く知っているものだった
「静香……?」
私の双子の妹であった。その顔は私の方を見ると突如、毅然とした表情となり私を睨みだした
「ぐっ!?」
私はそれに圧倒されると同時に自らが妹によって罠にかけられたことに気づいた
し、白蛇と言うことは……ま、マズイ……!!
白蛇と言う魔物娘はそのラミア属の魔物娘の中でもその独占欲が高いところや水神である龍の巫女、そして彼女達が使うと『青い炎』という特徴に隠れがちであるが、彼女達は高い『水の魔力』を所持している。つまりは彼女達は水を自在に操ることができる可能性があると言うことだ。そして、それは先ほどの『水の弾丸』で証明された。先ほどの水は水圧カッターと同じものだ。周囲の水圧をある程度、大きくすることで発射する水の威力を高めたのだろう。そして、その弾丸と弾数、レンジはこの場では無尽蔵だ
ま、まさか……わざと逃げたふりをして、私をはめたと言うの!?あの静香が!?私が静香にはめられたと言うの!?
私は妹の予想外の行動に驚愕した
―――ピュ―――
「がぁ!?」
―――ピュ―――
「ぎゃ!?」
―――ピュ―――
―――ピュ―――
―――ピュ―――
―――ピュ―――
私の身体を次々と『水の弾丸』が襲ってきた。私はその度に激痛に襲われた。たとえ、高い再生力があろうとも、それは苦痛が完全になくなると言う訳ではない。下手をすると痛みのせいで失神する可能性もありえる
「ぐがあああああああああああああああああああああああああああ!!」
私はまるで獣ような叫びをあげて気を保ち、痛みに耐えた。そして、視界に入る白い髪を生やした静香に対して睨んだ
晴太を奪わせない!!静香!!あんたがここにいると言うことはそう言うことなんでしょ!?私から晴太を奪う気!?
私は静香が魔物娘、それも白蛇になったことで晴太を奪いに来たと思い、それを憎み、敵意を込めてさらに静香を睨んだ。晴太は7年前に私がかけた私の『血』で私を求めるようになった。しかし、目の前の存在はそれを上書きする可能性がある『青い炎』を持っている、つまりは晴太を奪われる可能性が存在するのだ
「静香あああああああああああああああああああああああああああ!!」
―――バシャバシャ―――
私は目の前の敵に向かって突撃を行った。しかし、これは決して怒りに任せたものではない。飛び道具を持たない私には遠距離では静かに勝てる手段が存在しない。それに『水の弾丸』による傷など私にはウシオニの再生力があることから、耐えればすむことであり、決してこれは無謀な突撃ではない
―――ピュ―――
「……う!?があああああああああああああ!!」
静香は私が近づくの警戒し、先ほどのものより太い弾丸を発射してきた。私はそれに耐えて前に進んだ
目が欲しいならくれてやるわ……!!腕が欲しいならくれてやるわ……!!命が欲しいならあげてやる……!!だけど……晴太だけは……!!
私は自分の身体からどれだけの傷穴ができ、血が流れようとも前へと向かった、既に左腕は動かないがそれでも進んだ。脚も動かすたびに痛みが走り、何本かが前に進むのを躊躇うかのようにもつれそうになったが気力で前と進んだ。私は晴太を奪われたくない一心で走り続けた。そして、静香との距離が5mまで縮んだ。普段の状態ならばここで跳びかかれば勝てるのだが今の私は脚が思うように動かないためにそれを実行できない
あと……すこし……!!
しかし、それでも私は勝利を確信した。白兵戦ならば、白蛇よりもウシオニの方がいくらか勝っている
「この……馬鹿姉が!!」
―――ヒュ―――
「えっ!?」
―――バチーン―――
「ぐっ!?」
突然、静香は回転し、自らの下半身を私の横合いから鞭のようにたたきつけた。前に向かって走り続けていた私はバランスを崩し、身体ごと薙ぎ飛ばされ、そのまま転がった
「ぐう……あぐっ!?」
私は慌てて、身体を起し体勢を整えようとするが、それは静香の下半身によって拘束され無理であった
私は姉を拘束することに成功した。姉は私の拘束から逃れようともがくがバランスを崩され、地面にふれ伏し、更には身体中から血を流したことで全力を出すことはできない。ちなみに私は姉の『血』が自分の身体に触れないように傷跡と流血している部分を細かく避けながら姉を拘束している。私は少し、今ほっとしている。なぜなら、あの姉相手にここまで私の立てた作戦がここまで上手くいくとは思っていなかったのだ。私は最初に逃げたふりをしたのはあの森の中では圧倒的に蜘蛛の俊敏さと岩をも砕く力を持つ姉の方が有利だ。それに白蛇の私の下半身ではどうしても俊敏に動き回る姉を捉えることはできない。だから、私は近くに流れる川を頼って、白蛇の水の魔力を最大限に扱える水場を探した。そして、用心深い姉を完全に欺くためにわざと崖からこの泉に落ちた。あと、リュックサックを背負って逃げたのはもし、姉が『血』を私にむけて噴射してきた時のための『保険』が入っているからだ。どうやら、それは使わないですむようだけど
「陽姉……とっとと晴太に会わせてくれない?」
私は少し、怒りと苛立ちを込めて姉に言った。私は姉が自分に対して言った暴言に多少なりと傷ついており、同時に姉が晴太にしたことを許せず、先ほどの尾による一撃はその怒りが込められている
「静香ぁ……!!」
姉は私の質問に答えることなく、私を睨んできた
はあ〜……怒りたいのはこっちだっての!!
―――ぎゅう―――
「ぐうっ!!」
「なによ?」
私は少し、尾の拘束を強め冷淡に言った
「あんた……私から晴太を奪う気……!?」
すごい剣幕で姉はそう言ってきた。どうやら、私の予想していた通りだった
「はあ〜……陽姉、それはないから安心して……だって、私、もう伴侶がいるし」
私は少し安心して言った。この言葉だけで大抵の夫を持つ魔物娘は安心してくれる筈だ
「なんですって……?」
姉はその言葉に驚いているようだ
これなら晴太に会わせてくれるかもしれない……
私は多少だが希望を持ち、楽観した
「じゃあ、どうしてあんたはここに来たのよ!?」
姉は声を荒げて言った
「だから……それは陽姉と晴太に会いに来ただけだって」
私は呆れながらそう言った。どうやら、姉は白蛇の私以上に疑り深いらしい
「はあ!?あんた馬鹿じゃないの!?自分の夫でもない男のためにわざわざ私に挑んだって言うの!?」
姉は自覚していないようだがかなり人間としてはどうかと思う言葉を言い放った。いや、もう魔物娘だけど
「あのね……陽姉?確かに晴太陽姉の夫かもしれないけどそれと同時に私の弟でもあるのよ?お姉ちゃんが弟の身を案じるのは当然でしょ?」
私は少なくとも、人間の倫理としては至極真っ当な意見を姉に問いかけた。すると、姉は少し顔をそらし、再び私の方を向くと
「じゃあ……どうして、あんた……私の急所を狙わなかったのよ……」
姉は不思議そうに問いかけたきた。そう、私は『水の弾丸』をあえて、致命傷にならない個所にしか当てなかった。たとえ、不死身に近い再生力を持つウシオニでも心臓や脳に直接攻撃されたらただではすまされない。もし、これが本当の殺し合いなら私はわざわざ姉の得意な距離が近づかずに遠距離から蜂の巣にすればいい。しかし、これは決して殺し合いではない
「あんた、馬鹿でしょ……」
姉は呆れて言った。確かに自分のことを害そうとする存在に対して、手を抜くなんて馬鹿のやることだ。だけど私はそれでも
「馬鹿でいいよ。それにね……陽姉が私を嫌いでも私は陽姉が大好きだもん……もちろん、晴太も」
「………………」
姉は突然黙りだした。私は姉が次に口を開くことを待った
大丈夫だよ、陽姉……陽姉はウシオニの性質で今まで抑えていた感情を少し、解放しちゃっただけなんだよ……だから―――っ!?
「あ、熱い!?あぐぅ!?」
突然、私の身体に火が燃えるような感覚が襲ってきた。私はその正体に心当たりがあった。しかし、それだけははずれて欲しいと思った
「よ、陽姉……」
私は姉の方を見て、姉の名前を呼んだ。そして、私は見たくないものを見てしまった
「ふふふ……効いてきたみたいね……」
私が見たのは姉のにやけている顔であった。どうやら、私の予想は最悪の形で当たったようであり、私の信頼は裏切られた
「あら?不思議そうな顔をしているわね?どうやら、その表情じゃどうして私をわざわざ傷口を避けて拘束しているのに自分がウシオニの『血』によって苦しんでいるのか理解できていないようね?」
姉は余裕そうに語りかけてきた。その指摘は当たっている私は今、自分の身に起きている異常の原因であるウシオニの『血』がどうやって私に触れたのかが私にはわからない。私は浴びたもの全てを発情させるウシオニの『血』を警戒して、わざわざ身体を傷口に近づけないように巻きつけている。だからこそ、心情的にも理論的にも自分の身に起きていることが理解できない。いや、理解などしたくなかった
「ねえ?静香……あなた、自分が『地の利』を得ただけで勝った気でいたの?」
姉は私を嘲りながら言った
「はあはあ……どういうこと……?」
私は少しでも、この状況を打開するために情報を手に入れようと姉に聞いた
「『地の利』と言うのはね……あなただけじゃなく、私にも味方するものなのよ?……さて、問題です。私から流れ出た『血』はどこに行くでしょうか?」
「はあはあ……えっ?」
私は姉のその問いに戸惑った。しかし、次の瞬間
「………………!?」
「あら、その様子だと気づいたようね?」
ま、まさか……
私はこの現状を作りだした理由が理解できてしまった
「正解は……この周辺の『水』でした〜♪」
「くぅ……!」
そう、姉の『血』はこの泉の水に流れ落ちたのだ、血液は空気中ならばすぐに乾燥し固まるが、水中となると違う。血液は水中だと乾燥せず液体のままだ。つまりは私は微量ながらも至近距離でウシオニの『血』を自らの下半身で浴びていたと言うことだ。私は水のスペシャリストでありながら、そのことを考慮しなかった。そして、自らの招いたこの状況を悔しく思った
「ふふふ……そ〜れ♪」
「きゃあ!!」
身体中が熱に冒された私はつい、拘束を緩めてしまい、姉はそれを見逃すはずがなく、一気に力を込めて私の拘束から抜け出した。私はその際に体勢を崩してしまい倒れてしまった
「あら〜?どうしたの静香?私に向かって『水の弾丸』を発射しないの〜?」
姉は私ができないことを知りながら嗤って聞いてきた。既にウシオニの『血』の影響で私は集中することができず、もはや『水の弾丸』は撃つことができない
「くっ……!」
私は身体を引きずってある場所へと向かった
あそこに行けば……!
私は人間の身体より重い自らの肉体を無様に両腕を使って這うように移動した。これは逃げるためではない。私の目指す場所にはあるものがある
『ウンディーネの水』……!あれがあれば……!
これが私の保険だ。ウシオニの『血』には大量の魔力が込められており、『ウンディーネの水』には余剰な魔力を洗い流す作用があり、この異常を治す可能性がある筈だ
……くっ!あと……少し……!
私はリュックサックの荷物が散らばっている地点になんとか辿り着いた。そして、3mぐらい離れた右斜め前にペットボトルが見えた。私は気力を振り絞ってそこへ向かおうとするが
「はい、そこまで」
―――ガシッ―――
「あぐっ!?」
姉は私の頭を掴み、そのまま地面に抑えつけた
「あらあら……何をしようとしたのかわからないけど……残念だったわね♪」
「くっ……!!」
私は自分を後ろから抑えている姉を睨んだ
「あら、恐い顔しちゃって……よっこいしょ!」
「きゃ!!」
姉は私のことをひっくり返して仰向けにした。そして、その上に跨った
―――ガシッ―――
「ぐっ!?ぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ……」
姉は私の首をその剛腕で締め上げてきた。私は姉の『血』と首を絞められたことによって生じた息苦しさによって、意識を失いそうになった
「よ、陽姉……」
私は姉の手を自分の首から離そうとしたが、たとえ同じ魔物娘でも剛腕で知られるウシオニには敵うことはなく、さらにはウシオニの『血』によって力を入れることができず、それは適わなかった
「あ、ぐっぅ……」
「ねえ?陽子……あなた夫がいるのに晴太に会いに来たって言ったわよね?」
今の姉の表情は私への侮蔑と優越感に満ちていた。ウシオニの腕力なら私の首などすぐにへし折れるのに姉がそうしなかったのはおそらく、私に言いたいことがあるからなのだろう
「ふざけんじゃないわよ……私と違って、晴太にも誰かがいるあんたが私に勝てるはずがないでしょ!!」
私に向かって、あらゆる感情をぶつけてきた。それは晴太に対する『独占欲』に加えて、私に対する『憎悪』や『嫉妬』、『敵意』などのドス黒い感情だった
陽姉……
私はそれに対して、自然と怒ったり悲しむことはなかった。むしろ、姉に対して憐憫の目を向けた。もはや、姉は私がどんな目をしているのかわからないのだろう。しかし、私は姉が哀れに思えた。姉の孤独、いや周囲を信じることのできない姉の弱さがあまりにも哀れだった。そして、薄れゆく意識の中で私はあることを心の中で呟いた
ごめんね……お父さん、お母さん……陽姉……晴太……仙田君……
私は自分がこのような選択をしたことで悲しませてしまった人や私が大好きな人たちに謝った。それしか、私にはできなかった。そして、私の視界は徐々に暗くなっていった
「…………………………………………………………………」
あれ?
「ごほ!!ごほ!!……はあはあ……」
突然、私は息苦しさを感じなくなり、呼吸ができるようになった。しかし、姉の腕はそのまま私の腕を掴んでいた。しかし、その腕には既に力が込められていなかった。私は不思議そうに姉の顔を見た
「陽姉……?」
私は姉の顔を見た瞬間、その表情が意味するものがわからなかった
「ど、どうして……!?」
姉は怯えていた。唇を震わせていた。そして、その視線の先は姉の下にいる私には向けられていなかった。そして、姉は私の身体の上からどいて、後ずさりを始めた。私は姉が怯えるなにかが理解できなかった。魔物娘となった姉はたとえ、自分以上の実力を持つ存在でも晴太が絡めばどんな敵であろうとその敵への恐怖よりも狂気とも言える憎悪と晴太への愛の方が勝るはずだ。私はそんな姉を震え上がらすものの正体を見るべく姉の視線の先を辿った
「どうして……!?なんで……!?」
私は今、自分が目にしているものが信じられなかった。もはや、目の前に先ほどまで自分が殺そうとした人間がいることさえ忘れて怯えた
「はあはあ……陽姉……」
「ひっ!?」
静香は倒れそうな身体を両腕で支え、息を切らしながら私に向き合ってきた。私は目の前のすぐに黙らせることのできる弱り切った妹に対して、恐怖を抱いている。その理由は
「どうして……あんた……それを……?」
私はあるものを指差して聞いた。それは『日記』だった。私が7年前、周囲に打ち明けることができなかった『不満』、『閉塞感』、『不安』、弟への『狂気』、そして妹への『嫉妬』を書き記したものだ
「どうして……あんた……どうして……それを読んだのに!?」
私は理解できなかった。あの日記には自分が隠していた妹へのドス黒い感情をぶつけていた。だから、妹が日記を読んだのならばそれを知っている筈だ。それなのに静香は私を殺そうとしなかった
「はあはあ……そんなの決まってるじゃないの……」
静香は未だに自らの身体を冒し続ける私の『血』による熱気に耐えながら微笑んだ
「陽姉が大好きだからだよ……」
「え……?」
―――ズキン―――
静香は笑顔でそう言った。その笑顔は7年前、私と晴太に向けていたものと同じだった
「陽姉……辛かったんだよね……」
―――ズキン―――
やめて……
「私ね……陽姉の日記を読んで、初めて人に嫌われる怖さを知ったの……それで『自分が誰かに嫌われるんじゃないのか?』と言う不安にいつも怯えていたの……陽姉もこんな気持ちだったんだよね?」
―――ズキン―――
お願いだから……
「だけどね……これだけは本当だよ……?あの事件が起きてから、私も……お父さんも……お母さんも……みんな……陽姉のことも晴太のことも……心配してたんだよ……?」
―――ズキン―――
言わないで……
「みんな……みんな……陽姉のことが―――」
それ以上はやめて……
「大好きなんだよ」
「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
私は静香の声を耳に入れるのを防ぐために大声で制止を呼びかけ、同時に耳を塞いで蹲った。しかし、一度耳にしたその言葉は私の脳裏に焼き付いた。なぜなら、その言葉は私が7年前に欲していたものだったのだ。自分の醜い本性を知っても自らを受け入れ愛してくれる存在。私は既にそれを手にしていたのだ
「やめて!やめて!やめて!それ以上言わないで!!」
私は必死に叫んだ。私は自らの犯した過ちと罪の重さを認めてしまい錯乱した。今まで自分さえも誤魔化していた罪悪感は今までの利子を取り返すかのように私を襲った
『お姉ちゃん、頑張って!!』
「あぁ……晴太……」
私の脳裏に晴太の声が蘇った。しかし、それは七年前の声だった。私が『優等生』の肩書を背負わされ周囲からの重圧に圧し潰されそうになった時に常に支えてくれた声だった。しかし、そもそも『優等生』と言う肩書を私が背負うようになったのは
私がそう望んだからだったんだ……
私は幼い頃から人一倍、物覚えがよくそれを両親が嬉しそうに褒めてくれて、静香もそんな私の後ろについてくれたからだった。だけど、いつしかそれが当たり前になってしまい、私は努力を怠ることを恐れてしまい、『優等生』と言う肩書だけで生きてきた私は他人に心を開くことができなかった
「わかってた……!!全部……わかってたのよ……!!本当は私……みんなに大切にされていたことが……!!」
だけど、そんな私を家族は愛していたのだ。私はそれを信じることができなかった
「だけど……愛されていたのが私の才能だったのか……それがわからかったのよ……!!」
愚かにも私は家族が愛してくれたのが私自身だと信じられなかった
「だから……『優等生』を演じなきゃいけなかった……私が少しでもワガママを言えばみんな……みんな……私から離れていくと思ったのよ……」
そう勘違いしてしまった。なんでそんなことを考えてしまったのかはわからない。だけど、私は愚かだった
「中学生になってからは男子に言い寄られるようになって……怖かった……いつも周りの目が怖かった……」
そんな私は思春期になると突然、異性が私に積極的に迫ってきたと同時に性的な目を向けるようになった。隠し撮りした写真の交換やクラスの女子のランキングが怖かった。そんなことがあったから、何度も男子達からの告白を断った。男子の手助けも断った。私の表の顔しか知らない人間が本当の自分を受け入れてくれるとは思わなかった
「そんな時に私を支えてくれたのは晴太だけだったのよ……あの子の声だけが私を重圧から守ってくれた……あの子だけが純粋に私を想ってくれた……あの子だけが私を励まして支えてくれた……あの子だけしか信じられなかった……」
当然だった。弟なのだから、家族なのだから、小学生なのだから私に『下心』や『欲情』なんて抱く筈なんてない。なのに私はあの子に愛されたかった。1人の女として。それが『依存』だったのかはわからなかった。だけど、あの子を想うとそれだけで救われ、幸せだった。そして、私はいつしかあの子と姉弟であることを恐れた。いつか、晴太が私のもとから離れることを理解していた。そして、それは日増しに大きくなっていった
「あの子が……あの『笑顔』を私だけに向けてくれなかった!!それが……辛くて……それが恐くて……私だけのあの子が欲しくなってしまった……」
晴太は誰に対しても笑顔を向けた。私はそれに嫉妬してしまい、誰にも向けない表情を向けて欲しくなってしまった。でも、それは間違いだった
晴太の『笑顔』は……誰に対しても向けられるから……私は……
そう、晴太の笑顔は誰に対しても向けられるものだからこそ私は安心できた。何の思惑もないからこそ私は信じることができた
「ごめんなさい……」
私は自己弁護と言い訳が終えるとその言葉を呟いた。私は自らが壊してしまった大切な存在の重さを7年経った今、初めて、いや、どこかで理解していたが気づくと自分が苦しむことを分かっていたから気づいていないふりをしてしまった。しかし、私は自分の過ちと罪の重さを理解してしまった
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は譫言のように言った。許される筈なんてない。そして、取り戻すことのできないものに。だけど、それでも口が動いてしまった
「晴太……晴太ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
私は自らが壊してしまった大切な存在の名前を愚かにも惨めに大声で泣き叫んだ
「陽姉……」
私は泣き叫ぶ姉の姿を見て、無意識のうちに姉の傍に近寄った
―――ぎゅ―――
「静香……?」
私は姉を抱きしめた。すると、姉は突然のことに驚いたようだ。そして、同時に私は姉が震えていることに気づいた
「ごめんね……陽姉……気づいてあげられなくって……」
私は姉に向かって7年間告げることができなかった後悔を告白した。姉のしたことは許されない。だけど、姉がこんなことをする前に私にも何かできることあった筈だ。確かに『日記』が示した姉もいただろう。だけど、あの『日記』にはもう一つの意味があったと思う
「本当は……誰かに助けを求めていたんだよね?」
よく考えれば、あれは姉のSOSだったのかもしれない
本当の自分を知ってほしい……だけど、それによって自分が拒絶されるのが恐い……
私はその気持ちが理解できた。私も7年間、家族を守るためとは言う目的のために晴太を見捨てた私もまた、そんな自分が誰かに知られることが恐かった。だけど、仙田君はそんな私を受け入れてくれた
陽姉は苦しくて、弱かっただけなんだよね?だけど、同時に家族を傷つけたくなくて本当の自分を伝えられなかったんだよ……
私は無理矢理な『真実』を創った。1%の可能性しかない真実でも私はそちらの方を信じたい。仙田君はそれを私に教えてくれた
「違うのよ……静香……全部、私が悪いのよ……ひどいことを言ってごめんね……」
姉は涙を流して、私に泣きつき謝罪した。多くの人間から恐れられるウシオニでありながら、その姿はひどく弱々しかった
「ごめんね……晴太……ごめんね……」
姉は涙声で晴太に謝り続けた
「これで良かったかしら……静香さん?」
突然、上空から声が聞き覚えのある声が耳に入ってきた。そして、私と姉が2人同時に空を見上げるとそこには1人の女性がいた
「誰……?」
「アミさん……?」
その女性は私を魔物娘に変え、そして、私をここに導いた女性だった。しかし、その姿は以前見た姿とは違い、私が見たことがない姿だった。以前、私が見た時、アミさんの髪の色は美しい黒髪のストレートであったが今のアミさんの神は私の白髪よりも輝きを持つ銀色でありそれを後ろで高く束ね、その瞳は私の瞳が鬼灯と言うのならば彼女の瞳はルビーと言えるほどの純度と紅さを持つ魔性の瞳であり、服装も以前着ていた白衣ではなく、露出の激しい黒と金色の鎧であり、黒い角を頭から白い蝙蝠のような翼を腰から生やしていた。その姿は纏っている鎧と髪の色と髪型から一種の凛々しさを感じさせたが同時に以前よりも彼女が纏う女神のような優しさが増して、自然と威圧感を感じさせなかった。私と姉はその姿に圧倒され言葉が出なかった。すると、アミさんはそんな私たちの近くに降りたった。そして、私の前に手をかざした
―――ピカーン―――
「うっ……!?」
突然、アミさんのかざした手から眩い光が現れた。私はいきなりのことに驚き目をつぶるが、次第にその光が優しく感じた。そして、徐々に今まで私を蝕んでいた魔力が消えていくことを感じた。そして、光が止むと私の身体から完全に私の身体からウシオニの『血』の魔力が消え去ったことを実感した
「これで、よし……大丈夫?静香さん」
アミさんは微笑んで私にそう言った
「え……あ、はい!大丈夫です!」
私がそう言うと静香さんはにっこりとした表情をした
「そう、よかった」
そして、彼女は振り返り姉の方を向いた
「瀬川……陽子さんですか?」
彼女がそう尋ねると姉は少し、驚くがすぐにコクリと頷いた
「私はアミチエ、みんなはアミと呼ぶわ」
彼女はそれを確認すると自らの私も知らない本名を姉に対して名乗った。そして、彼女は続けた
「私はリリム……魔王の娘よ」
「なっ!?」
「えっ!?」
衝撃の事実を言った。私と姉はその言葉に驚いた。なぜなら、『リリム』とはアミさんの言葉通り、魔王……いや魔王様とその夫の娘である高位の魔物娘たちのことだ。私達のように異世界の住人でありながら魔物娘になった存在でも魔王様の存在は非常に大きく、心の底では敬意と感謝の念を持っている。私もある程度は予測はできていた。人間を多種多様な魔物娘に変えることができる魔物娘は『リリム』ぐらいだ。しかし、それでも私は姉と同じくその事実に呆然とするしかなかった
「瀬川陽子さん……」
アミさんは姉の名前を口にした。姉と私はそれを耳にしたことで我に返った
「あなたは自らの犯した過ちを認めますか?」
彼女は冷静に厳格さを込めながらも優しさを含んで姉に尋ねた
「……はい……」
姉は少し声を震わせて答えた。しかし、それは目の前の強大な存在に対する恐怖からでも、裁かれる恐怖からでもなく、ただ自分の犯した過ちに対する深い後悔から来るものだった
「あなたのしたことは許されることではありません……」
それはリリムとしては意外な言葉だった。リリムは自らの両親の目指す理想郷の実現のために魔物娘を増やし、同時に彼女たちが夫を得ることが目的であり、それを肯定するのが普通だ。しかし、彼女は姉が犯したことを『罪』だと断言した。だけど、私はアミさんが自らの脇腹を押さえていることを見逃さなかった。彼女は知っているのだ。家族を魔物娘によって、失った人間の苦しみを
「……はい……」
姉は再び、そう答えた。アミさんの言葉は今の姉にとっては最も苦しみを感じさせる言葉であり、そして、最も受け入れさせなくてはならない言葉だった
「では……あなたのすべきことはわかりますか?」
彼女は優しさを込めて諭すように言った。その言葉に姉はしばらく、呆気に取られるがすぐに何かを悟ったかのように黙って強く頷いた
―――ゴロゴロ―――
私は洞窟の入り口を塞いでいた岩をどかした。そして、洞窟の中から声が聞こえた
「ヒク……!!ヒク……!!恐いよ……お姉ちゃん……」
それは晴太がすすり泣く声だった。その声には怯えが込められており、自らの罪を認めた私の心をさらに抉った
「1人にしないでよ……帰ってきてよ……ちゃんと……いい子にするから……」
晴太は親に叱られて、お仕置きを受けた子どものようにそう言った。晴太は私のせいで常に誰かが傍にいないと不安になってしまうようになってしまったようだ。私はそれを見て、7年前までの晴太のことを思い浮かべた。7年前の晴太は1人で留守番をしても恐がりもせずに私達のことを笑顔で待っていてくれた。そう、7年前のあの夜も晴太は笑顔で私を出迎えてくれた
「恐いよ……お姉ちゃん……」
私は自分の犯した過ちの重さを改めて実感した。普通なら晴太は既に高校三年生になっているぐらいの年齢なのにその容姿はあの時と全く変わっておらず、その心も小学5年生のまま、いやそれよりも退行してしまった。私は何も考えることができなかった
「………………」
私が俯いていると静香は晴太の元に黙って近づいていった。すると、その気配に気づいたようらしく顔を上げて静香の方を見た
「お姉……ちゃん……?」
静かに小さな微かな声で呼んだ
「晴太……」
静香は弟の名前を優しく名前を呟いた
―――ぎゅ―――
静香は晴太を抱きしめた
「静香……お姉ちゃん……?」
「「……!?」」
私と静香は晴太のその一言に驚きを隠せなかった。晴太は目隠しをされ見えてもいないのに静香の名前を呼んだ。いや、見えたとしてもウシオニの姿以外で私と静香を見分けるものはない。声だって、私と静香のものはほぼ同じだ。それなのに晴太は自分を抱きしめた存在を静香だと理解した。だが、私にはその理由がわかった。私は晴太のことを静香のように抱きしめたことがない。私が最初に晴太を抱きしめたのは7年前、晴太を陵辱した時だ。それは晴太を離したくない、晴太の怖がる顔が見てみたい、晴太の全てが欲しいと言う自分の身勝手な感情から来る束縛によるものだ。だけど、静香の抱擁は晴太への愛情によるものだ。晴太は私にはないものを静かに感じたのだ。7年も経ったのに晴太はそれを覚えていたのだ
「晴太……!!」
静香は涙を流して、晴太の目隠しを外して、晴太をさらに強く抱きしめた
―――ポタポタ―――
私はその光景を見て、自分でもワガママだと思ったが涙を流した
「お姉ちゃん……泣かないで……」
晴太はそう言った。その言葉は静かに向かって言ったのだろうけれど、私にはそれがまるで、私が泣いてるのに気づき私にも聞こえるように言った気がした。私はその言葉に救われた。自らが壊してしまった大切な人間から大切なものが失われていないことに私は自分勝手に涙を流した
「ごめんね……ごめんね……」
「陽子さん……」
アミさんは私に近づき、私にあるものを渡してきた。どうやら、地図らしい
「アミさん……?」
彼女は慈しみを込めた目をして私の方を見た
「これはね、私の友人の妖狐が管理している郷への行き方が書いてある地図なんだけど……もしかすると、彼女なら晴太君を癒せるかもしれないけど……どうする?」
「……!!」
その一言は私に希望を持たせた。しかし、アミさんは続けるように言った
「だけどね……晴太君が回復するまでには長い時間がかかるかもしれないわ……」
「………………」
アミさんは厳しい現実も告げてくれた。だけど、しばらく黙ったあとにすぐに答えを下した
「それでもいいです……お願いです……私にその場所を教えてください……晴太がそれで救われるなら……それで……」
私は頭を下げて乞うように言った
「わかったわ……でも、その前に静香さんと晴太君の所に行きなさい……」
アミさんはそう言った。しかし、私は恐かった。少しでも正気を取り戻した晴太が私を拒むのではないのかと不安に駆られた。たとえ、『インキュバス』の本能が晴太にあろうともそれは恐かった。だけど、私は2人の元へと向かった
これは罰なんだ……
私は決して、晴太が拒絶するとは思わなかったが恐怖しながら近づいた。しかし、晴太は私の予想以上の苦しみを私に与えた
「あ、陽子お姉ちゃん」
晴太は私を見て私に対して、恐怖も侮蔑も苦痛の色もない、ただ私と言う姉にして、番の片割れに対する愛情を含めた声で私に声をかけた。私はそれに対して、覚悟をしてきたとは言えさらなる罪悪感に襲われた。だけど、私は2人の傍に寄った
「ごめんね……晴太……ごめんね……静香……」
私は2人に泣きながら謝った。だけど、2人は私を責めるつもりはないらしい
「うんうん……大丈夫だよ、陽姉」
「陽子お姉ちゃん?泣かないで……」
2人は優しかった。だけど、その優しさが余計に私を傷つけた
「でも……私……」
私は2人が自分を責める筈がないのにも関わらず、ウジウジと2人に責められることを望んだ。だけど、それでも私の望みは叶えられることはなかった
「晴太も私も陽姉を責める気なんてないよ?ね、晴太?」
「うん!ぼくお姉ちゃんが大好きだもん……だから、泣かないで!」
2人は優しかった。同時に私はこれこそが罰だと理解できた。最も自分が裁いて欲しい人間に裁かれないことこそ、罪の意識を持つ人間にとっての最大の苦しみであることを。2人にはそんな『悪意』などないことは私にはわかっている。だから、私はそれを受け入れることにした
「うん……ありがとう……静香……晴太……」
それから私達は7年ぶりにあの夜以来の3人の姉弟としての会話をした
私は今、目の前で起きた奇跡を見ている。それは魔物娘によって、引き起こされた『悲劇』が魔物娘によって解決されるという奇跡だ。離れ離れになった姉弟達が再び会話をし、双子の姉妹が本当の意味で解かり合えたのだ
姉妹か……
私は彼らを見て故郷にいる両親と姉妹達のことを思い浮かべた
みんな……元気にしてるかな?
私はかつて、とある小隊を率いて多くの親魔物派の人々や魔物娘達と伴侶たちを守ってきたと同時に姉妹達が行う反魔物領の制圧戦にも協力してきた。当時の私はデルエラ姉さんほどじゃなかったけど、多くの人々を魔物娘にして堕落させてきた。両親が目指す『理想郷』がいつか全ての人々を幸せにすると信じて、何も考えずにただがむしゃらに魔物化を行ってきた。もちろん、愛する人々と一緒にいれることに喜びを感じている魔物娘達とその夫達の笑顔と幸福が私にとっての喜びであり、幸福だった
だけど……
私はあることを思い出して、左脇腹の傷を押さえた
『死ね!!この悪魔!!』
『お前達のせいで俺の家族は……!!』
私の頭にあの青年の言葉が蘇る。あの家族が魔物娘が原因で離散してしまった教団の兵士の憎悪に満ちたあの声と目が私を襲った。あの事件の後、私は一度魔王城に帰還した。傷はすぐに癒えたが、私はしばらく外に出ることができなかった。当時の私は自らが良いと思っていたことが1人の人間の大切で掛け替えのない幸福な日常を奪い苦しめたことに悲しみを覚えてしまい、塞ぎ込んでしまった。それでも、両親の目指す世界が人々を幸せにできることをわかっていた私はその悲しみを乗り越えようとするが、それでもあの声と目が恐くて、再び立ち上がることができず、小隊を率いることができず、後方任務ばかりを担当した。だけど、そんな私を救った出来事が起きた。それはある偵察任務の最中だった。私たちは反魔物領の調査の時に森の中から潜入しようとした時にダークエンジェルの子どもが森の中から息を切らして涙を流しながら私に泣きついて助けを求めに来た
『神父様を助けてください!!』
私はその子をすぐに保護し、彼女から事情を聴くと彼女の養父は教団の人間でありながら、魔物娘の孤児を秘密裏に保護し養護してきたらしく、それをどこかで聞きつけた教団の騎士達が彼を尋問しに来たらしい。そして、彼は魔物娘達の存在を隠し続けたが業を煮やした騎士団の人間が彼に暴行を加え始めたらしく、一部の様子を見ていた魔物娘の子どもが教団の騎士に捕まり、神父はその子を助けることに成功したが、どこに魔物娘の子ども達を匿ったのを知るために彼を拷問にかけているらしい。私はその話を聴くとすぐに彼女の養父である神父のいる教会へと向かった。しかし、既に時は遅く騎士達は私が中隊を率いてきたと思ったことで撤退したが、彼女の養父は拷問によるおびただしい傷によって、虫の息だった。私は彼をなんとか救おうとしたが彼は微笑みながら
『妻が待っていますので……』
と断った。そして、彼は涙を流し泣いている子ども達にただ笑いながら
『みんな……ありがとう……私はあなた達のような子ども達を持てたことで幸せです……だから、あなた達も幸せになりなさい……』
と感謝した。彼は最期まで自分の『愛し子』達の幸せを願ったのだ。
『ああ……レティシア……私は幸せでしたよ……』
彼は最後に女性の名前を呟き満足そうにその生涯を終えた。その後、彼の孤児たちに聞いてみるとその多くは居場所のない存在だった。私に助けを求めたダークエンジェルの子は元々は勇者とエンジェルとの間に生まれたエンジェルの子どもだったがダークエンジェルになったことで両親から見捨てられ教団から逃げている最中に養父に匿われたらしく、他にも両親を教団によって殺されたデュラハンの子ども、口減らしとして両親から捨てられた人間の男の子などもいた。そんな彼女らを彼女達の養父は実の子どものように慈しみ愛していた。居場所のない彼らにあの人は居場所を与えたのだ。そんな彼の生き様は私の心を動かした
いつか、みんなが平穏な生活を送れるような世界を創りたい
と私は心に強く念じた。そして、その頃あることが私達、魔物娘の間で分かった。それは私達の世界とは違う世界が存在し、そこには人間が住んでおり、その世界と私達の世界が繋がったことだ。そう、この世界のことだ。私はそれを知った時にあることを決意し小隊の隊員であり、かけがえないの友人達とあることを計画した。それは
『新天地に争いも差別もない愛する者達が平穏に生きられる理想郷を創る』
ことだった。それには理由があった。私達はまず、この世界のことを視察する魔物娘達を何人か送ったがその際にこの世界における人々の様子を調べ、人間しかいないこの世界の問題を知ったのだ。この世界では魔物娘と人間の争いが存在しない代わりに人間同士の奪い合い、憎み合い、争いが存在したのだ。そして、その中で傷つき、疲れた人間達も多くいた。私はその時に『理想郷』を創り、そう言った苦しみが存在しない『楽園』を小規模でもいいから創りたいと願った。そして、私はそれを両親や姉妹達に説明しこの世界に向かうことを告げた。もちろん、これは魔物娘を増やすことで両親達の『理想郷』を築くための手伝いも含まれていた。そして、私達は結界でとある寂れた温泉街を覆い、世間一般に知られないように『理想郷』を築き上げることに成功した
「はあ〜……結局、あの計画の立案者の中で独身は私だけか……」
私は自分が独身なのを気にしてしまった。ちなみに立案者の1人であるヴァンパイアの友人に至っては娘すらいる
「まあ……私は気長に待とうかな……今はそれよりも……」
私は目の前の3人の姉弟を見ていたい。彼女らを見ていると救われた気がするから
「じゃあ、晴太……また、会おうね」
「うん、静香お姉ちゃん、また、会おう!」
私は姉の隣にいる晴太と再会の約束をした
「静香……」
姉は私に小さな声で語りかけてきた。その顔は私と晴太に対する申し訳なさに溢れていた。確かに姉のしたことは許されないことだけど、私はそれを咎めるつもりはない。しかし、姉は自分を責めて欲しいようだった。私は少し困ったがあることを思いつき、ある言葉を姉に伝えた
「陽姉、私いつかお父さんとお母さんに本当のことを話すよ」
「え……」
私の言葉に姉は驚いたようだった。だけど、私はその後にある言葉を姉に向かって伝えた
「だから……その時が来たら、2人と会ってあげて……もちろん、晴太と一緒にね」
私は姉に伝えたのは彼女への『罰』であり、『救い』だった。姉は自分を誰かに裁いて欲しいと願っている。だけど、私には姉を裁くつもりはない。だったら、私が姉にできることは姉にあることを頼むだけだ。私は両親に姉と晴太の2人が生きていることを教えてあげたい。そのためには私には両親に魔物娘にことを教えること、姉には晴太のことを任せる必要がある。それが私が姉に与えることができる唯一の『罰』であり『救い』だ。私の言葉を聞いた姉はその意味を理解したらしく、一度顔を俯かせたから、再び私の方を向いた
「うん、私も頑張る」
と言ってそう約束してくれた。そして、晴太の手を取った
「じゃあ、行こうか?晴太」
姉が晴太にそう言うと晴太は笑顔で姉の顔を見た
「うん」
晴太は元気よく姉に返事をした。そして、私の方を見て
「またね、静香お姉ちゃん!」
明るい声でそう言った
「うん、2人とも元気でね!!」
私はそう言うと2人は歩き出した。姉と晴太は私の姿が見えなくなるまでこちらの方を振り向き、私も2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けて見送った。そして、2人はアミさんが教えてくれた郷へと旅立って行った
「これでよかったかしら?」
2人の姿が見えなくなるとアミさんは私にそう語りかけてきた
「はい、ありがとうございます。アミさん」
私はアミさんに感謝の言葉を伝え、同時にこれからのことを考えた。あの2人の苦難はこれから始まるだろう。おそらく時間はかかると思うけど、いつか、あの2人は本当の意味で救われると思っている。そして、私にもいくつかの課題があることも感じている。それはいつかあの2人が苦難を乗り越えた時に私はあの2人を両親と再会させたいと願っている。それには、私と姉が『魔物娘』になったことも伝える必要がある。それはすごく困難なことだけど、不思議と私はそれに不安を感じない。私がそんな根拠のない自信を持つことができるのはありのままの私を受け入れてくれた大切な夫がいるからだ
「ありがとう……仁……」
私は夫の名前を呟いた
私は今、ある山を目の前にしている。その山は私の行く手を阻むかのように木々が生い茂り、道は登山道があるにはあるがあまり近年の登山ブームに使われるような整備されたものではない。私がここにいる理由は決して、登山に来たわけでもないし、ましてや私の趣味には山登りなど存在しない。私がこの山を訪れた理由はたった一つ
「晴太……陽姉……」
七年前の『決着』をつけにきたことだ。三日前、仙田君とは結ばれた翌日に私の下にアミさんがわざわざ訪れ、彼女は私にあることを言ってきた
『お姉さんと弟君に会いたい?』
私はそれを聞いた瞬間、驚きのあまりに困惑してしまった。実はアミさんは私に関することを茉莉さんに聞いたらしく、その際に七年前の事件のことも茉莉さんに教えてもらったらしく、その後色々と調べてくれたらしくこの山の場所を教えてくれた。そして、同時に私に特定の種族の魔物娘の魔力を辿ることのできるマジックアイテムのコンパスを渡し、彼女は謝罪してきた。これらのことが示す意味は一つだ
「陽姉も……魔物娘に……」
つまり、それは私としては最も信じたくなかった私が七年前、推測した七年前の事件の犯人が私の双子の姉であり、彼女と失踪した弟の姉でもある瀬川陽子だと言うことだ。さらには証拠はそれだけではない。私は自分の背負っているリュックサックから、あるものを取り出した
『今日も晴太は妹に笑顔を向けた。あの子は優しいけど、その笑顔が私を苦しめ、癒す。あの子の笑顔で重圧に押しつぶされそうな私は救われている。だけど、その笑顔が私だけのものではないのが私を苦しめる。私と違って何も悩まずに生きている妹にどうして、あの子の笑顔が向けられるの。不公平じゃない。どうして、私と違って苦しんでいないあの娘にも晴太の笑顔は向けられるの。あの子の笑顔が私だけのものにできないのならあの子の泣き顔だけはわたしのものにする』
取り出した姉の日記にはこう書かれている。少なくとも、姉が弟に対して狂気的な想いを抱いていたのは紛れもない事実だ。そして、
『『化け物』が男の子を抱えて屋根を伝ってどこかに向かう姿を!!』
と今までの中で最も不可解だった証言がもしも、真実ならば魔物娘が犯人の可能性が確実性を帯びてくる。だが、七年前の事件では弟の晴太だけではなく、姉も行方不明になっている。魔物娘は人間の男性にしか興味がない。ならば、なぜ私の姉までいなくなるのか?そして、もう一つのこの証言の不可解なところは実際に行方不明になっているのは姉と弟の2人だ。それなのにこの証言では弟しか目撃されていない。つまりは姉の存在がなぜかこの証言では確認されていない。だが、アミさんや茉莉さんにであったことで私はそれらの問題を一気に解決できる『可能性』を考えることができた。それは
『姉が魔物娘になり、弟を連れ去った』
というものである。それならば、あらゆることに辻褄が合う。証言の『化け物』とは恐らく、魔物娘と化した私の姉だ。もしもそれが『真実』ならば、目撃者が『男の子』しか目にしていないのは当たり前だ。自分でも言うのもどうかと思うが、私の『白蛇』としての姿も十分すぎるほど『化け物』だ。突然、一般人が私達、魔物娘の姿を見れば誰だってそう思う。実際、アミさんも茉莉さんも余計な混乱を防ぐために普段は魔物娘の姿を隠している。こう言ってはどうかと思うが、人間とは基本的に異端に対しては非常なまでに排斥的な態度をとるものであり、彼女たちが姿を隠すのはアミさんはこの世界にいる魔物娘全体とその夫達のため、茉莉さんは夫である九条さんを守るためだ。特にアミさんは茉莉さんに聞くと魔物娘の中でも高位な種族らしく、実力もかなり高いらしいが決してその力を無闇に使用しないらしい。その理由は彼女は誰よりも力を持つからこそ、常にこの世界の魔物娘とその夫達のことを考えており、人間を愛しているからこそ、傷つけまいと努力しているようだ
『この傷ね……昔、人間につけられたものなの……』
三日前、そう言って、彼女が私に見せたのは左脇腹にある5cmほどの古傷だった。彼女は悲しそうに彼女がいた世界における人間と魔物娘の争いにおける彼女の立場を私に語り始めた。彼女は元の世界ではそれなりの地位についていたらしく、私達、魔物娘にとっての理想郷を築くために戦っていたらしい。しかし、ある時休息している時にとある人間に刺され、その際に散々、自分を含めた魔物娘に対する憎悪の言葉をぶつけられたらしく、その言葉は
『お前たちのせいで俺の家族は……!!』
と言う言葉だったらしい。その時、彼女は自らの信じる理想を否定され、ひどく心を痛めつけられたらしく、理想を捨てることはしなかったが苦しめられるようになったらしい。私はそれを聞いた瞬間、黙るしかなかった
私もある意味では魔物娘によって家族を奪われた被害者だから……もしも、七年前に真実を知っていたら……魔物娘を憎み、恨んでいたかもしれない……
だけど、アミさんは謝罪してくれた。それはきっと私の家族を自分たち魔物娘が奪ったと言う事実に責任を感じたのだろう。彼女は女神のような慈愛を見せるが、時折、驚くほどの高潔さの片鱗も見せる。そんな彼女を見た私は彼女を責めることなどできなかった。恐らく、あの事件の関係者以外であの事件のことで最も心を痛めてくれたのは仙田君以外には彼女ぐらいだろう。それに私がこの山に来たのは姉や彼女を憎みに来たわけではない。それにたとえ、姉が犯人だとしても、私は私の知っているもう一人の姉を信じたい
『お前が信じなくて誰がお姉さんを信じるんだ?』
仙田君の言葉が私を支えてくれる。確かに姉は私のことを嫉み、嫌い、晴太をさらった一面のある姉もいるだろう。しかし、それでも私の大好きだった姉も本物だったと信じたい。だから、私はここに来れた。だから、私はここにいる
仙田君……私……がんばるね……!
私は決意を固めて、コンパスの指し示す方角へと足を進めた
「はあはあ……晴太〜もっと〜」
私は繋がっている弟に対して、射精されイったばかりで肉棒を自らの性器に入れたままなのにすぐにもう一度交わりを求めた
「うん……はあはあ……お姉ちゃん……」
弟はそれを言うと犬のように舌を出して、目をとろんとさせて答えた
―――パンパン―――
「あぁん♪……いいわ……!」
弟に子宮を突かれたことで飽きぬ快楽と共に尽きることのない悦びを感じた
「えへへ……お姉ちゃんが喜んでくれて……ぼく、うれしいな〜」
晴太はもう、既にどれくらいの時間が経ったかわからないけど初めて交わった以前から変わらない素直さで私が快楽と悦びを感じていることに嬉しさを感じている
あぁ……なんて、可愛いの晴太……こんなにも無邪気に淫らな顔をするなんて♪……いいわ……!あぁん♪……今度は晴太が気持ち良くなって♪
「あぁ……!!晴太……!!」
―――ギュ―――
―――ミチミチ―――
私は晴太に抱き着き晴太の顔に胸を埋めて同時に膣の圧力を上げた。すると、
「あぁん♪お姉ちゃん♪気持ちいい♪」
と晴太は顔を見上げて私にそう言ってきた。その顔は幼ないながらも非常に淫らであった。私は愛する弟にして、夫にそう言われて嬉しくなり
「晴太も……♪あん……♪嬉しいんだ……♪……幸せ……♪」
「えへへ……♪」
―――パンパンパンパン―――
そう言った。すると、晴太はさらに嬉しくなったようでピストンを速めてきた。私も膣壁を晴太の肉棒に合わせてクネクネさせた。その繰り返しは私と晴太の双方にさらなる快楽をももたらし、私達は互いに自らを獣のように求め合った
「お姉ちゃん…!お姉ちゃん…!お姉ちゃん…!」
「晴太…!晴太…!晴太…!」
互いの名前をひたすら呼び合い、そして
―――ドピュ!!ドピュ!!―――
「「はあはあ……」」
晴太の精を膣内で受け止め、私は何度目かわからない幸福感に浸った。それは晴太も同じようであり、その表情は非常に淫らでありかつてのあどけなさと初々しさが見られない、晴太は多少は成長しているがインキュバス化の影響によるものかわからないが、初めて交わった時以降身体の変化が見られず、幼さがかなり残っている。もしかすると、私がそう望んでいるからかもしれない。魔物娘はある程度、番となる男性の外見を変えることができる。つまりは晴太のこの姿は私が無意識に望んだ形なのだろう
「ん……ちゅぱ……ちゅぷ……」
私は晴太の顔を掴み、この子の存在を確かめるためにキスをした。晴太はそれを舌を出して、喜んで受け入れた。私がそれに幸福感を感じていると
―――ガラガラ―――
「・・・!?」
突然、石が崩れる音が聞こえてきた。私はその音を聞いて、音がした方向を見てみるとそこには私が以前、積んだ石の山が崩れ去ったかのように大量の石が散乱していた。これは私がこの場所に誰かが近づいたときにすぐにそれを知らせるために作ったもので石の山の中に糸を巻いた比較的軽い石を置き、糸をここまでくる特定の山道に張って、もしもこの石の山が崩れるということがあれば誰かが近づいているということだ。ちなみに動物などの心配だが、糸には私と言う存在を教えるために臭いを染み込ませているため、動物は恐れて近づくことはない。つまり、こんな山奥に来るのは人間か魔物娘ぐらいだ
―――ヌポ―――
「はあはあ……お姉ちゃん……?」
私は初めて晴太と交わって以来、抜くことのなかった晴太の肉棒を自らの膣内からだした。晴太は突然、変わった私の雰囲気に戸惑い、私の顔色をうかがってきた
「晴太?ちょっとごめんね?少し、お姉ちゃん……用事ができちゃったから……すぐに戻るから大人しくしてて?」
私はこの状況を作り出したものを排除するために晴太を安心させて、少し離れることを伝えるが
「やだ!!1人はいやだ!!お姉ちゃんと一緒じゃなきゃいやだ!!」
と私に抱き着いて、しがみついてきた
「晴太……本当にすぐに戻るから……ね?」
私は困りながら晴太をあやそうとするが
「やだやだやだやだ!!」
晴太はなおいっそうに私にしがみつき、離れようとしない。すると、私はそんな弟の姿に『悦楽』を感じてしまった
あぁ……晴太……なんて可愛いの?もうこの子は私だけしか考えない……私がいないと不安なのね?ふふふ……でもね……今は……
―――シュルルル―――
「……え?」
私は自らの臀部から糸を出し、それを洞窟内にバツ印状に張り、その糸の一辺一辺を晴太の四肢に巻きつけ、晴太の動きを封じ、拘束した
「お姉ちゃん……?」
私の行動に晴太は驚き、同時に不安を感じたらしく私に視線を向けてきた
「もう……晴太ったら……言うこと聞かないと……お姉ちゃん、どこかに行っちゃうよ?」
私は晴太に大人が言うことを聞かない子供に対して言うような口調で言った。すると、
「いやだ……やだあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
晴太は必死に声をあげて、身体をなんとか動かして拘束から抜け出そうと晴太はするが、どれだけ必死にもがこうと糸をちぎることができず、しばらくして、それが無理だと悟った晴太は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら私の方を向いてきた
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!どこにも行かないで!!ぼくを1人にしないで!!ぼくを置いていかないで!!お姉ちゃん!!」
晴太は身体を手足を拘束されながらも小さくジタバタさせて私に向かって、そう叫びながら懇願してきた。晴太はもはや、私がいないと極度の不安と恐怖に襲われるらしく、夜になると以前は1人でも寝ることはできたが、いまやこの洞窟と外灯も灯りもない状況がもたらす闇に怖がるようになったらしく、交わりの際にも私に無意識のうちにしがみつくようになった
あぁ……久しぶりに見た晴太の『泣き顔』……いいわ……なんていいのかしら……そうだ……!!
私は晴太の涙に濡れた顔を見て、さらにそれを怯えさせたくなりあることを思いついた
―――シュルルル―――
「ひゃっ!?」
私は自分の糸で帯状にして、それを晴太の目の部分を覆い目隠しをした
「じゃあ、晴太……お姉ちゃんいってくるね♪」
私は晴太に明るくそう言うと、それを聞いた晴太は目隠しをしながらも私にも分かるようにさらに怯えて
「待って!!お姉ちゃん!!待って!!ぼくを1人にしないで!!」
私を呼び止めようとするが、既に洞窟を出た私は
―――ゴロゴロ―――
「じゃあね〜♪」
近くにあった岩を転がして洞窟に蓋をしようとした。すると、晴太は目隠しから漏れるかすかな光から洞窟の出口が塞がれることを察し、同時に私に自分が捨てられると勘違いして
「おねえちゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」
必死な声で洞窟内に自分の声を響かせながら私の名前を叫んだ
―――ガタン―――
大丈夫よ……晴太……私が可愛いあなたを捨てるはずがないじゃない……
「さてと……私から晴太を奪おうとする存在を……痛めつけなくちゃ……」
「んんん……ぷっは〜!!」
私は小休憩のために岩に腰かけて、アミさんからもらった『ウンディーネの水』を飲んで、水分補給と魔力の調整を行った。この山は道なき道が続いており、岩なども多くあり険しいが、魔物娘になった私は身体能力が向上しており、普通の人間なら息切れするはずなのに私には全くそれが訪れず、ここまで体力を余り消費せずにこれた。水分補給をしているのはただ喉が渇いたからだ
「よし、行こうか!!」
私は岩から腰を上げて、再びコンパスの指し示す道を進んでいく。すると
「な……」
私の目の前に現れた獣道だった。しかし、それは草だけが倒れて作られたものではない。草どころか、何本かの木々も倒れて作られたものであった。こんなもの、日本の山で生態系の頂点に立つ熊でも作るのは無理だ。そして、その獣道が続く方向にコンパスの指針が向いている
「ゴクン……」
いくらか覚悟をしてきた私でも、これには度胆を抜かされた。アミさんに姉がなったかもしれない魔物娘の種族をコンパスを渡された時に教えてもらったが、それでも、これには固唾を飲むしかない。私は一歩一歩、慎重に足を進めるようになった
―――さらさら――――
ある程度、歩くと私の耳に微かだが水が流れる音が聞こえてきた。白蛇となった私には例え、小さな水音であってもそれを聞くことができる。つまりは、この辺りには水場か川があると言うことだ。だが、それと同時にある音が聞こえてきた
―――ガサガサ―――
その音はかなり大きな生き物が落ち葉を踏みながら移動している音だ。しかし、決して、それは熊のような四足歩行の生き物が動く音ではなかった。なぜなら、音の間隔が狭いからだ。まるで、脚が何対もある虫が巨大化したかのように次々と脚を動かしている気がした。そして、その音の正体が私が向かおうと方角から現れた
「ふ〜ん……誰かと思ったら……あなただったの……静香……」
「!?」
私は音の正体を目にした。そして、7年前までは17年間も生まれてずっと近くで聞いてきた声を久しぶりに聞いた
「陽姉……」
「久しぶりね……静香……」
目の前のウシオニの姿をしたそれは言った。だが、それはウシオニの特徴で多少変わっているが顔立ちは私とそっくりである。それが意味をすることは目の前にいるウシオニは7年前、行方不明になった私の双子の姉である『瀬川陽子』と言うことだ
「そうね……7年ぶりよ……」
私は多少、皮肉と嫌味を込めて言った
「へえ〜……7年も経ってたんだ?……知らなかった♪」
姉は私の込めた感情に気づいているのか、気づいていないのか分からないが非常に嬉しそうに言った。だが、その顔は私が見たことのない表情であった。その表情は7年前、あらゆる人間に対して見せていた『作っていた笑顔』ではなく、心の底からのものであった。しかし、それは7年前に私が見ることのできた晴太の笑顔とは全く、違っていた。晴太の笑顔は他人に安心感や癒しを与えるようなものであったが、姉の笑顔はあらゆるものに恐怖と不気味さを感じさせるものであった
「私と晴太……そんなに繋がっていたんだ〜ふふふ……」
―――ズキン―――
「!?」
姉の言葉は私をこの7年間、最も苦しめていた『真実』を確定させるものであった
「陽姉だったのね……晴太をさらったのは……」
私は胸を抑え、涙を流すのを我慢しながらそう尋ねた
「そうよ?それがどうしたの?」
「っ……!!」
姉はなんの戸惑いも申し訳なさも罪悪感もないようにそれを否定することもなく肯定した。私はそれに悲しみを抱いてしまった。確かに私達にとっては魔物娘は愛する人を自分のものにすることは至高の幸福だ。だが、だからと言って、その人の人生を滅茶苦茶にしていいわけではない。それに7年前の自宅を見てみると、晴太が抵抗したのは明らかであり、相当な恐怖を抱いていたのも想像できる
晴太……!!
私は心が挫けそうになるが、弟の泣き顔を想像したことで立ち直った。私のものと晴太の受けた悲しみや苦しみ、恐怖を比べたら、こんなところで塞ぎ込んでいる暇などなかった
「陽姉……お願い……晴太に会わせて……」
私は姉に対して、懇願した。私はもう、事件の『真相』などどうでもよかった。私はただ、目の前の姉と弟にもう一度会いに来ただけだ
「………………」
姉はそれを聞くと、黙りだした。そして、私のもとへゆっくりと近づいてきた
「静香……」
私に近づくと姉は口を開いて、私に向かって声をかけてきた。私は姉が私の願いを聞きいれてくれたと思ったが
「あなた……また私から晴太を奪う気……?」
「え……」
姉は表面上は普段どうりの声で言ってきたがその言葉には敵意が込められていた
「よ、陽姉……?」
また……?
―――ドクン―――
私の頭の中に日記の文章が流れてきた
『どうして晴太は妹にまで笑顔を向けるの。私と違って、孤独も重圧も感じていない妹にどうして、晴太は笑顔を向けるの。私は妹が嫌いだ。妹の存在が私を傷つける。』
『妹と私は顔は同じだ。それなのにどうして妹は何も背負わないですむのかわからない。私は妹と違って、物覚えが幼い頃からよかった。ただそれだけなのにみんなから天才と言われ努力も評価されなかった。少しでも失敗すれば軽蔑する。でも、妹は私を家族として見てくれる。私は最低だ。あの子の存在が私を余計惨めにする。』
『今日も晴太は妹に笑顔を向けた。あの子は優しいけど、その笑顔が私を苦しめ、癒す。あの子の笑顔で重圧に押しつぶされそうな私は救われている。だけど、その笑顔が私だけのものではないのが私を苦しめる。私と違って何も悩まずに生きている妹にどうして、あの子の笑顔が向けられるの。不公平じゃない。どうして、私と違って苦しんでいないあの娘にも晴太の笑顔は向けられるの。あの子の笑顔が私だけのものにできないのならあの子の泣き顔だけはわたしのものにする』
そして
「本当のこと言うけど……静香、私ね……あなたのことが大嫌いだったの」
―――ズキン―――
「え……」
姉の日記にも書くことのなかった『本音』が私を襲った
「昔から同じ顔で何をやっても私以下のくせに私と同じくらい周囲から可愛がられて、たった数秒私が早く生まれただけで私は『お姉ちゃんなんだから』とか言われて、いつも私がなぜかあなたに対して気遣うことを強制された……本当に理不尽だった」
―――ズキン―――
「しかも、今度は晴太が生まれると私があなたにしてあげたことをあなたは晴太にしなくても、晴太に『お姉ちゃん』と言われるとか……どこまで、私のことを苛立たせるつもりだったの?」
―――ズキン―――
「高校生になっても私よりも努力していないくせに晴太の笑顔を向けられるとか……本当にあんたが憎くて仕方なかった」
―――ズキン―――
私はしばらく、姉の言っている言葉が理解できなかった。と言うよりは理解したくなかった。私の信じた姉は確かにあの日記に書かれたように確かに多少の歪みは持っているとは思っていた。しかし、ここまで私を憎んでいるとは思いもしなかった。それでも、私は耐え続けて、再び彼女に向き合った
「お願い……私が嫌いでもいいから……晴太と……」
私は胸を抑えながら再び懇願した
「……しつこいわね……」
姉は不機嫌そうな声音に変えて私に言った
「合わせるはずがないでしょ?それにね……静香?あんた……晴太に会わない方がいいと思うわよ?」
姉はそう言ってきた
「どういうこと……」
私はその答えをある程度予測できた。しかし、同時にそれがはずれることを懸命に願った。だが、その願いは届くことはなかった
「晴太はもう私しか見ないの……私以外を必要としない、つまり、あなたを見ても……あなただと気づかないかもね?」
無邪気に姉は嬉しそうに私に言った
―――パリーン―――
「陽……姉……?まさか……晴太を……?」
私は覚悟してきたつもりだった。しかし、それは弟が無事であることが前提だった。いや、魔物娘にさらわれたならばある程度の覚悟はできていた。だが、姉はあろうことか弟を壊したようだった
「ふふふ……」
「陽姉…!!!」
姉は嗤っていた。確かにウシオニの性質としては彼女たちは嗜虐心が多少強い種族であるため、予測できたことである。それでも私は姉を許せなかった。そして、私は生まれて初めて、姉に対して怒りを露わにした
「あら、恐い……」
しかし、私が怒りを込めて睨んでも陽姉は動じることなく、余裕そうであった。そして、私が帰る気がないのを知ると
「ふ〜ん、帰る気はないの?」
わざと私に質問してきた。私はそれに対して
「当然よ!馬鹿な姉を殴ってでも更正させてやるわよ!この……馬鹿姉!!」
と激しい口調で啖呵を切って、それを回答にした。すると、姉は目を細めて
「せっかく、一応妹だし大人しく帰ってくれるなら何もしないであげようと思ったのに……あんた本当に馬鹿ね」
顔をニヤつかせて、身をかがめてきた
「まあ、いいわ……あんたには今まで色々な鬱憤が溜まっていたことだし、今ここでそれを晴らすの悪くないわね!!」
―――ヒュッ―――
「なっ!?」
―――ズドーン―――
私は突然、跳びかかってきた姉を体を咄嗟に捻って避けた。的を外した姉は私の後方にあった木の幹にぶつかった。しかし、姉はそれによる反動を受けながらも平然とすぐに私の方に振り向いた
「何避けてんのよ?……と言うか、普通避けられないでしょ?この距離じゃ……」
「クッ……!!」
私は姉の余裕そうな発言に危機感を感じた。同時に姉は私があの距離であの速度を避けたことに避けたことに驚いたようだ。それは当然だ。今の速度と距離による突進を避けるには人間ではまず不可能だ。人間は向かってくる物体と距離が近ければその物体の速度を錯覚してしまう。例えるなら、野球のルールにおける時速110qのストレートとソフトボールにおける時速110qのバッターから見た球速だ。絶対速度では両者は同速度であるが打者からすれば後者の方が速く見える、一説によると体感速度では野球の速度による時速165qのストレートと同じらしい。もし、私が魔物娘でなかったら、今のは確実にくらっていた。しかし、同時に私は妙な疑問を感じている。それは姉がぶつかった樹だ
『ウシオニ』……その腕からは岩を一撃で粉砕する剛力を放ち、傷を与えてもすぐに回復するほどの再生力を持ち、なによりも『ウシオニ』の最も恐ろしい武器は彼らの『血』とされており、彼女たちの『血』には高濃度の魔力が込められており、魔物娘でもあれを浴びたら体中が熱くなり立っていることもままらないはずだ
その中で私が今、疑問に思ったのはその樹の今の姿だ。ウシオニの馬鹿力ならあんな樹はすぐに倒れているはずだが、姉がぶつかった樹は表皮に多少の傷がついたが姉の後ろにそびえ立っている
どういうこと……?
私がそのことに疑問に思っていると姉が口を開いた
「はあ〜せっかく、強力なのを一発だけくらわせて、気絶程度で済ませてあげようと思ったのに……」
「……!?」
その言葉で私は先ほどの突進は姉が手を抜いたものだと悟った。ウシオニの本気の力は容易に人間を殴り殺すことができる。私達、魔物娘は基本的に人間は殺したり、傷つけることはないが一つだけ例外が存在する。それは『夫を狙われた時』である。姉はどうやら、私が自分の夫である晴太を奪いに来たと勘違いしている。私は既に魔物娘であり、夫であるが姉はそんなことを知らない。そして、私は自分がいかに危険な状態にいるのかを理解し恐怖と脅威を感じた
もし……本気でこられたら……
仮にさっきの突進が本気であった場合、絶対速度と体感速度は完全に私が避けきれるものではないし、そこから出されるパワーもあんな樹を文字通り、木端微塵にするどころか、岩さえも粉々にするものにもなる。つまりはかすった程度で骨にひびが入る可能性もある
「くっ……!!」
私は姉に背を向けて、その場を全力で走って後にした
「あら?私を殴るんじゃなかったのかしら?」
先ほどまで啖呵を切り、強気であった妹は私の突進を見てどうやら怖気づいたようで、逃げ出した
ん〜……このまま逃げてくれれば手間をかけずに済むけど……
私は逃げる妹を追うかどうかで迷いが生じた、しかし、それは肉親の情からくるものではない
仮に静香が晴太のいる洞窟に辿り着いたとしてもあの岩をどかせるとは思えないし、この山を下りてくれれば晴太を連れて、違う山に行けばいいだけだけど……
私の脳裏にはある程度の考えが思い浮かんだ。確かに私が静香を追うメリットなんて全くない。しかし、それはある一つの静香を追わないことで生じるデメリットを除けばの話である
問題はどうやって、静香は私と晴太の居所を見つけたのかしら?
私の考える限りでは、この場所を特定できる証拠なんて存在しないはずだ。それにどうやら、7年も経っているのに新たな証拠が見つかる可能性は限りなく低い。もう一つ気になることがあるとすれば、静香は私との再会において私の姿を見ても驚いていなかったことだ。それは明らかにおかしい。私の姿は普通の人間が見たら『化け物』だ。実際、私は初めてウシオニを見た時、その姿に恐怖を抱いた
誰かが静かにこの場所を教えたということね……なら、ここを移動してもまた、特定される可能性があるわね……
そう結論づけた私は妹が逃げた方向を見て、ニヤついた
「ごめんね〜静香……少し、痛い目に遭わせてあなたが私達の居場所を知った方法を吐いてもらうわよ?あ、大丈夫よ?たとえ、骨が折れても私の『血』を浴びたら……ふふふ……」
笑いながら私はそう言った。私に流れるウシオニ『血』は相手が人間ならば、たとえ瀕死の重傷を負ってもウシオニにすることで蘇生することができる。しかし、そうなったら静香の人間としての『生』は終わりだ
ふふふ……ウシオニになればこの山から下りて私達を探すのは難しくなるし、そのうち本能に負けて私達を探すのを諦めるかもね……
私は邪な考えを持って静香の後を追った。しばらくすると、私の作った獣道とは違うところの草木が不自然に倒れているのを目にした。どうやら、静香は障害物の多い森の中に入って行ったようだ。確かに熊などの大型の四足歩行の動物と似たような体格を持つ私としては全速力で静香を追跡するのは難しい。しかし、それはあくまでも動物の場合だ
「ふ〜ん、少しは頭を使ったようだけど……」
―――バコーン―――
―――メキメキ―――
「残念だったわね……障害物があるのなら、全部壊して進めば速度を落とさないですむのよ」
私は静香が通ったことで倒れた草を辿りながら、速度を落とさずに目の前にある草木を薙ぎ倒しながら静香を追跡した。もちろん、多少の傷は生じるが、所詮かすり傷程度にしかならず、ウシオニの再生力ですぐに傷は塞がり、次々と草木を薙ぎ倒していった
―――ガサガサ―――
―――メキメキ―――
私が足を進めるたびに森が悲鳴をあげるかのように草木が倒れていった。そして、私の足音は私を巨大な化け物のように思わせた。そして、森に入ってから数分後
「はあはあ……!!」
「見〜つけた♪」
リュックサックを背負った静香の後姿が見えた
馬鹿な子……リュックサックなんか背負って逃げるなんて……
普通、逃げるなら少しでも身体の負担を軽くするはずだ。しかし、静香はあまりの事態にそれを考える余裕もないらしい。しばらく、私が静香を追跡していると静香の向かっている方角に森の出口が見えた。しかし、突然
「え……きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
静香は悲鳴をあげて私の視界から消えた
―――バシャーン―――
「なっ!?」
私は予想外の出来事に驚き、慌てて身体を止めた。そして、ゆっくりと森が開けているところまで歩いていき確認するとそこは
―――ガラ―――
―――ポチャ―――
断崖とまではいかないが絶壁と言えるほどの急な崖であった。下の方を見てみるとそこには水面が広がっていた。どうやら、この辺りを流れる小川の水源らしい。そして、泉の中心には大きな波紋が広がっており、同時にペットボトルなどが辺りに散らばっている。どうやら、静香は泉の中心、つまりは最も深い個所に落ちたらしい
「………………」
私は今、悩んでいる。恐らく、静香は溺れて泉の底に沈んでいるはずだ。しかし、もしもここで静香を見逃せば、必ず静香は再び私達を探す筈だ
やっぱり……ここは……
―――バシャーン―――
私は静香の生死を確認するために崖から跳び下り、静香を探し始めた
「残念だったわね〜静香♪せっかく、逃げるチャンスが訪れたのにね」
私はそう言って、少しでも静香を動揺させるために挑発した。そして、静香が落下したと思われる地点まで足を運んだ。もし、私が遠回りをすれば静香はその隙をついて逃げることができたかもしれないが、静香にとっては残酷なことだがこの程度の高さなど、魔物娘の中でも身体能力と再生力が高いウシオニである私からすれば何の障害にもならない
「これで追いかけっこは終わりね……あははははははは」
私は勝利を確信し高笑いするが
「はははははは―――っう!?」
突然、私の左肩に激痛が走った。私は自分の身に起こったことを確認するために自らの左肩を見た。そこには
「なっ!?」
2cm程度の穴が空いていた
な、なにが起きているの!?
私は自分の身に起きた現象に理解ができず混乱した
―――ピュ―――
「あぐっ!?」
突然、水音が聞こえたと同時に今度は右脇腹に何かが貫通する感覚に訪れた。そして、私は自らの身体を貫いたものの正体を確かめるために後ろを見てみると、そこには波紋と私の血が広がっているだけであった。だが、それだけで私は自分の身体を貫いたもの正体が理解できた
「み、水ですって!?」
そう、私の皮膚を突き破り、体内から外に出たのはただの水だ
―――バシャーン―――
私から30mぐらいの地点から突然、水しぶきがあがった、そして、そこからあるものが現れた。それは白い絹のような髪を生やし、鬼灯のような赤い瞳を持ち、神聖さをかもし出している白い巫女服を纏い、下半身からは白い鱗を生やした蛇の下半身を持つ半人半蛇の存在……白蛇だった。そして、その顔立ちは私が良く知っているものだった
「静香……?」
私の双子の妹であった。その顔は私の方を見ると突如、毅然とした表情となり私を睨みだした
「ぐっ!?」
私はそれに圧倒されると同時に自らが妹によって罠にかけられたことに気づいた
し、白蛇と言うことは……ま、マズイ……!!
白蛇と言う魔物娘はそのラミア属の魔物娘の中でもその独占欲が高いところや水神である龍の巫女、そして彼女達が使うと『青い炎』という特徴に隠れがちであるが、彼女達は高い『水の魔力』を所持している。つまりは彼女達は水を自在に操ることができる可能性があると言うことだ。そして、それは先ほどの『水の弾丸』で証明された。先ほどの水は水圧カッターと同じものだ。周囲の水圧をある程度、大きくすることで発射する水の威力を高めたのだろう。そして、その弾丸と弾数、レンジはこの場では無尽蔵だ
ま、まさか……わざと逃げたふりをして、私をはめたと言うの!?あの静香が!?私が静香にはめられたと言うの!?
私は妹の予想外の行動に驚愕した
―――ピュ―――
「がぁ!?」
―――ピュ―――
「ぎゃ!?」
―――ピュ―――
―――ピュ―――
―――ピュ―――
―――ピュ―――
私の身体を次々と『水の弾丸』が襲ってきた。私はその度に激痛に襲われた。たとえ、高い再生力があろうとも、それは苦痛が完全になくなると言う訳ではない。下手をすると痛みのせいで失神する可能性もありえる
「ぐがあああああああああああああああああああああああああああ!!」
私はまるで獣ような叫びをあげて気を保ち、痛みに耐えた。そして、視界に入る白い髪を生やした静香に対して睨んだ
晴太を奪わせない!!静香!!あんたがここにいると言うことはそう言うことなんでしょ!?私から晴太を奪う気!?
私は静香が魔物娘、それも白蛇になったことで晴太を奪いに来たと思い、それを憎み、敵意を込めてさらに静香を睨んだ。晴太は7年前に私がかけた私の『血』で私を求めるようになった。しかし、目の前の存在はそれを上書きする可能性がある『青い炎』を持っている、つまりは晴太を奪われる可能性が存在するのだ
「静香あああああああああああああああああああああああああああ!!」
―――バシャバシャ―――
私は目の前の敵に向かって突撃を行った。しかし、これは決して怒りに任せたものではない。飛び道具を持たない私には遠距離では静かに勝てる手段が存在しない。それに『水の弾丸』による傷など私にはウシオニの再生力があることから、耐えればすむことであり、決してこれは無謀な突撃ではない
―――ピュ―――
「……う!?があああああああああああああ!!」
静香は私が近づくの警戒し、先ほどのものより太い弾丸を発射してきた。私はそれに耐えて前に進んだ
目が欲しいならくれてやるわ……!!腕が欲しいならくれてやるわ……!!命が欲しいならあげてやる……!!だけど……晴太だけは……!!
私は自分の身体からどれだけの傷穴ができ、血が流れようとも前へと向かった、既に左腕は動かないがそれでも進んだ。脚も動かすたびに痛みが走り、何本かが前に進むのを躊躇うかのようにもつれそうになったが気力で前と進んだ。私は晴太を奪われたくない一心で走り続けた。そして、静香との距離が5mまで縮んだ。普段の状態ならばここで跳びかかれば勝てるのだが今の私は脚が思うように動かないためにそれを実行できない
あと……すこし……!!
しかし、それでも私は勝利を確信した。白兵戦ならば、白蛇よりもウシオニの方がいくらか勝っている
「この……馬鹿姉が!!」
―――ヒュ―――
「えっ!?」
―――バチーン―――
「ぐっ!?」
突然、静香は回転し、自らの下半身を私の横合いから鞭のようにたたきつけた。前に向かって走り続けていた私はバランスを崩し、身体ごと薙ぎ飛ばされ、そのまま転がった
「ぐう……あぐっ!?」
私は慌てて、身体を起し体勢を整えようとするが、それは静香の下半身によって拘束され無理であった
私は姉を拘束することに成功した。姉は私の拘束から逃れようともがくがバランスを崩され、地面にふれ伏し、更には身体中から血を流したことで全力を出すことはできない。ちなみに私は姉の『血』が自分の身体に触れないように傷跡と流血している部分を細かく避けながら姉を拘束している。私は少し、今ほっとしている。なぜなら、あの姉相手にここまで私の立てた作戦がここまで上手くいくとは思っていなかったのだ。私は最初に逃げたふりをしたのはあの森の中では圧倒的に蜘蛛の俊敏さと岩をも砕く力を持つ姉の方が有利だ。それに白蛇の私の下半身ではどうしても俊敏に動き回る姉を捉えることはできない。だから、私は近くに流れる川を頼って、白蛇の水の魔力を最大限に扱える水場を探した。そして、用心深い姉を完全に欺くためにわざと崖からこの泉に落ちた。あと、リュックサックを背負って逃げたのはもし、姉が『血』を私にむけて噴射してきた時のための『保険』が入っているからだ。どうやら、それは使わないですむようだけど
「陽姉……とっとと晴太に会わせてくれない?」
私は少し、怒りと苛立ちを込めて姉に言った。私は姉が自分に対して言った暴言に多少なりと傷ついており、同時に姉が晴太にしたことを許せず、先ほどの尾による一撃はその怒りが込められている
「静香ぁ……!!」
姉は私の質問に答えることなく、私を睨んできた
はあ〜……怒りたいのはこっちだっての!!
―――ぎゅう―――
「ぐうっ!!」
「なによ?」
私は少し、尾の拘束を強め冷淡に言った
「あんた……私から晴太を奪う気……!?」
すごい剣幕で姉はそう言ってきた。どうやら、私の予想していた通りだった
「はあ〜……陽姉、それはないから安心して……だって、私、もう伴侶がいるし」
私は少し安心して言った。この言葉だけで大抵の夫を持つ魔物娘は安心してくれる筈だ
「なんですって……?」
姉はその言葉に驚いているようだ
これなら晴太に会わせてくれるかもしれない……
私は多少だが希望を持ち、楽観した
「じゃあ、どうしてあんたはここに来たのよ!?」
姉は声を荒げて言った
「だから……それは陽姉と晴太に会いに来ただけだって」
私は呆れながらそう言った。どうやら、姉は白蛇の私以上に疑り深いらしい
「はあ!?あんた馬鹿じゃないの!?自分の夫でもない男のためにわざわざ私に挑んだって言うの!?」
姉は自覚していないようだがかなり人間としてはどうかと思う言葉を言い放った。いや、もう魔物娘だけど
「あのね……陽姉?確かに晴太陽姉の夫かもしれないけどそれと同時に私の弟でもあるのよ?お姉ちゃんが弟の身を案じるのは当然でしょ?」
私は少なくとも、人間の倫理としては至極真っ当な意見を姉に問いかけた。すると、姉は少し顔をそらし、再び私の方を向くと
「じゃあ……どうして、あんた……私の急所を狙わなかったのよ……」
姉は不思議そうに問いかけたきた。そう、私は『水の弾丸』をあえて、致命傷にならない個所にしか当てなかった。たとえ、不死身に近い再生力を持つウシオニでも心臓や脳に直接攻撃されたらただではすまされない。もし、これが本当の殺し合いなら私はわざわざ姉の得意な距離が近づかずに遠距離から蜂の巣にすればいい。しかし、これは決して殺し合いではない
「あんた、馬鹿でしょ……」
姉は呆れて言った。確かに自分のことを害そうとする存在に対して、手を抜くなんて馬鹿のやることだ。だけど私はそれでも
「馬鹿でいいよ。それにね……陽姉が私を嫌いでも私は陽姉が大好きだもん……もちろん、晴太も」
「………………」
姉は突然黙りだした。私は姉が次に口を開くことを待った
大丈夫だよ、陽姉……陽姉はウシオニの性質で今まで抑えていた感情を少し、解放しちゃっただけなんだよ……だから―――っ!?
「あ、熱い!?あぐぅ!?」
突然、私の身体に火が燃えるような感覚が襲ってきた。私はその正体に心当たりがあった。しかし、それだけははずれて欲しいと思った
「よ、陽姉……」
私は姉の方を見て、姉の名前を呼んだ。そして、私は見たくないものを見てしまった
「ふふふ……効いてきたみたいね……」
私が見たのは姉のにやけている顔であった。どうやら、私の予想は最悪の形で当たったようであり、私の信頼は裏切られた
「あら?不思議そうな顔をしているわね?どうやら、その表情じゃどうして私をわざわざ傷口を避けて拘束しているのに自分がウシオニの『血』によって苦しんでいるのか理解できていないようね?」
姉は余裕そうに語りかけてきた。その指摘は当たっている私は今、自分の身に起きている異常の原因であるウシオニの『血』がどうやって私に触れたのかが私にはわからない。私は浴びたもの全てを発情させるウシオニの『血』を警戒して、わざわざ身体を傷口に近づけないように巻きつけている。だからこそ、心情的にも理論的にも自分の身に起きていることが理解できない。いや、理解などしたくなかった
「ねえ?静香……あなた、自分が『地の利』を得ただけで勝った気でいたの?」
姉は私を嘲りながら言った
「はあはあ……どういうこと……?」
私は少しでも、この状況を打開するために情報を手に入れようと姉に聞いた
「『地の利』と言うのはね……あなただけじゃなく、私にも味方するものなのよ?……さて、問題です。私から流れ出た『血』はどこに行くでしょうか?」
「はあはあ……えっ?」
私は姉のその問いに戸惑った。しかし、次の瞬間
「………………!?」
「あら、その様子だと気づいたようね?」
ま、まさか……
私はこの現状を作りだした理由が理解できてしまった
「正解は……この周辺の『水』でした〜♪」
「くぅ……!」
そう、姉の『血』はこの泉の水に流れ落ちたのだ、血液は空気中ならばすぐに乾燥し固まるが、水中となると違う。血液は水中だと乾燥せず液体のままだ。つまりは私は微量ながらも至近距離でウシオニの『血』を自らの下半身で浴びていたと言うことだ。私は水のスペシャリストでありながら、そのことを考慮しなかった。そして、自らの招いたこの状況を悔しく思った
「ふふふ……そ〜れ♪」
「きゃあ!!」
身体中が熱に冒された私はつい、拘束を緩めてしまい、姉はそれを見逃すはずがなく、一気に力を込めて私の拘束から抜け出した。私はその際に体勢を崩してしまい倒れてしまった
「あら〜?どうしたの静香?私に向かって『水の弾丸』を発射しないの〜?」
姉は私ができないことを知りながら嗤って聞いてきた。既にウシオニの『血』の影響で私は集中することができず、もはや『水の弾丸』は撃つことができない
「くっ……!」
私は身体を引きずってある場所へと向かった
あそこに行けば……!
私は人間の身体より重い自らの肉体を無様に両腕を使って這うように移動した。これは逃げるためではない。私の目指す場所にはあるものがある
『ウンディーネの水』……!あれがあれば……!
これが私の保険だ。ウシオニの『血』には大量の魔力が込められており、『ウンディーネの水』には余剰な魔力を洗い流す作用があり、この異常を治す可能性がある筈だ
……くっ!あと……少し……!
私はリュックサックの荷物が散らばっている地点になんとか辿り着いた。そして、3mぐらい離れた右斜め前にペットボトルが見えた。私は気力を振り絞ってそこへ向かおうとするが
「はい、そこまで」
―――ガシッ―――
「あぐっ!?」
姉は私の頭を掴み、そのまま地面に抑えつけた
「あらあら……何をしようとしたのかわからないけど……残念だったわね♪」
「くっ……!!」
私は自分を後ろから抑えている姉を睨んだ
「あら、恐い顔しちゃって……よっこいしょ!」
「きゃ!!」
姉は私のことをひっくり返して仰向けにした。そして、その上に跨った
―――ガシッ―――
「ぐっ!?ぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ……」
姉は私の首をその剛腕で締め上げてきた。私は姉の『血』と首を絞められたことによって生じた息苦しさによって、意識を失いそうになった
「よ、陽姉……」
私は姉の手を自分の首から離そうとしたが、たとえ同じ魔物娘でも剛腕で知られるウシオニには敵うことはなく、さらにはウシオニの『血』によって力を入れることができず、それは適わなかった
「あ、ぐっぅ……」
「ねえ?陽子……あなた夫がいるのに晴太に会いに来たって言ったわよね?」
今の姉の表情は私への侮蔑と優越感に満ちていた。ウシオニの腕力なら私の首などすぐにへし折れるのに姉がそうしなかったのはおそらく、私に言いたいことがあるからなのだろう
「ふざけんじゃないわよ……私と違って、晴太にも誰かがいるあんたが私に勝てるはずがないでしょ!!」
私に向かって、あらゆる感情をぶつけてきた。それは晴太に対する『独占欲』に加えて、私に対する『憎悪』や『嫉妬』、『敵意』などのドス黒い感情だった
陽姉……
私はそれに対して、自然と怒ったり悲しむことはなかった。むしろ、姉に対して憐憫の目を向けた。もはや、姉は私がどんな目をしているのかわからないのだろう。しかし、私は姉が哀れに思えた。姉の孤独、いや周囲を信じることのできない姉の弱さがあまりにも哀れだった。そして、薄れゆく意識の中で私はあることを心の中で呟いた
ごめんね……お父さん、お母さん……陽姉……晴太……仙田君……
私は自分がこのような選択をしたことで悲しませてしまった人や私が大好きな人たちに謝った。それしか、私にはできなかった。そして、私の視界は徐々に暗くなっていった
「…………………………………………………………………」
あれ?
「ごほ!!ごほ!!……はあはあ……」
突然、私は息苦しさを感じなくなり、呼吸ができるようになった。しかし、姉の腕はそのまま私の腕を掴んでいた。しかし、その腕には既に力が込められていなかった。私は不思議そうに姉の顔を見た
「陽姉……?」
私は姉の顔を見た瞬間、その表情が意味するものがわからなかった
「ど、どうして……!?」
姉は怯えていた。唇を震わせていた。そして、その視線の先は姉の下にいる私には向けられていなかった。そして、姉は私の身体の上からどいて、後ずさりを始めた。私は姉が怯えるなにかが理解できなかった。魔物娘となった姉はたとえ、自分以上の実力を持つ存在でも晴太が絡めばどんな敵であろうとその敵への恐怖よりも狂気とも言える憎悪と晴太への愛の方が勝るはずだ。私はそんな姉を震え上がらすものの正体を見るべく姉の視線の先を辿った
「どうして……!?なんで……!?」
私は今、自分が目にしているものが信じられなかった。もはや、目の前に先ほどまで自分が殺そうとした人間がいることさえ忘れて怯えた
「はあはあ……陽姉……」
「ひっ!?」
静香は倒れそうな身体を両腕で支え、息を切らしながら私に向き合ってきた。私は目の前のすぐに黙らせることのできる弱り切った妹に対して、恐怖を抱いている。その理由は
「どうして……あんた……それを……?」
私はあるものを指差して聞いた。それは『日記』だった。私が7年前、周囲に打ち明けることができなかった『不満』、『閉塞感』、『不安』、弟への『狂気』、そして妹への『嫉妬』を書き記したものだ
「どうして……あんた……どうして……それを読んだのに!?」
私は理解できなかった。あの日記には自分が隠していた妹へのドス黒い感情をぶつけていた。だから、妹が日記を読んだのならばそれを知っている筈だ。それなのに静香は私を殺そうとしなかった
「はあはあ……そんなの決まってるじゃないの……」
静香は未だに自らの身体を冒し続ける私の『血』による熱気に耐えながら微笑んだ
「陽姉が大好きだからだよ……」
「え……?」
―――ズキン―――
静香は笑顔でそう言った。その笑顔は7年前、私と晴太に向けていたものと同じだった
「陽姉……辛かったんだよね……」
―――ズキン―――
やめて……
「私ね……陽姉の日記を読んで、初めて人に嫌われる怖さを知ったの……それで『自分が誰かに嫌われるんじゃないのか?』と言う不安にいつも怯えていたの……陽姉もこんな気持ちだったんだよね?」
―――ズキン―――
お願いだから……
「だけどね……これだけは本当だよ……?あの事件が起きてから、私も……お父さんも……お母さんも……みんな……陽姉のことも晴太のことも……心配してたんだよ……?」
―――ズキン―――
言わないで……
「みんな……みんな……陽姉のことが―――」
それ以上はやめて……
「大好きなんだよ」
「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
私は静香の声を耳に入れるのを防ぐために大声で制止を呼びかけ、同時に耳を塞いで蹲った。しかし、一度耳にしたその言葉は私の脳裏に焼き付いた。なぜなら、その言葉は私が7年前に欲していたものだったのだ。自分の醜い本性を知っても自らを受け入れ愛してくれる存在。私は既にそれを手にしていたのだ
「やめて!やめて!やめて!それ以上言わないで!!」
私は必死に叫んだ。私は自らの犯した過ちと罪の重さを認めてしまい錯乱した。今まで自分さえも誤魔化していた罪悪感は今までの利子を取り返すかのように私を襲った
『お姉ちゃん、頑張って!!』
「あぁ……晴太……」
私の脳裏に晴太の声が蘇った。しかし、それは七年前の声だった。私が『優等生』の肩書を背負わされ周囲からの重圧に圧し潰されそうになった時に常に支えてくれた声だった。しかし、そもそも『優等生』と言う肩書を私が背負うようになったのは
私がそう望んだからだったんだ……
私は幼い頃から人一倍、物覚えがよくそれを両親が嬉しそうに褒めてくれて、静香もそんな私の後ろについてくれたからだった。だけど、いつしかそれが当たり前になってしまい、私は努力を怠ることを恐れてしまい、『優等生』と言う肩書だけで生きてきた私は他人に心を開くことができなかった
「わかってた……!!全部……わかってたのよ……!!本当は私……みんなに大切にされていたことが……!!」
だけど、そんな私を家族は愛していたのだ。私はそれを信じることができなかった
「だけど……愛されていたのが私の才能だったのか……それがわからかったのよ……!!」
愚かにも私は家族が愛してくれたのが私自身だと信じられなかった
「だから……『優等生』を演じなきゃいけなかった……私が少しでもワガママを言えばみんな……みんな……私から離れていくと思ったのよ……」
そう勘違いしてしまった。なんでそんなことを考えてしまったのかはわからない。だけど、私は愚かだった
「中学生になってからは男子に言い寄られるようになって……怖かった……いつも周りの目が怖かった……」
そんな私は思春期になると突然、異性が私に積極的に迫ってきたと同時に性的な目を向けるようになった。隠し撮りした写真の交換やクラスの女子のランキングが怖かった。そんなことがあったから、何度も男子達からの告白を断った。男子の手助けも断った。私の表の顔しか知らない人間が本当の自分を受け入れてくれるとは思わなかった
「そんな時に私を支えてくれたのは晴太だけだったのよ……あの子の声だけが私を重圧から守ってくれた……あの子だけが純粋に私を想ってくれた……あの子だけが私を励まして支えてくれた……あの子だけしか信じられなかった……」
当然だった。弟なのだから、家族なのだから、小学生なのだから私に『下心』や『欲情』なんて抱く筈なんてない。なのに私はあの子に愛されたかった。1人の女として。それが『依存』だったのかはわからなかった。だけど、あの子を想うとそれだけで救われ、幸せだった。そして、私はいつしかあの子と姉弟であることを恐れた。いつか、晴太が私のもとから離れることを理解していた。そして、それは日増しに大きくなっていった
「あの子が……あの『笑顔』を私だけに向けてくれなかった!!それが……辛くて……それが恐くて……私だけのあの子が欲しくなってしまった……」
晴太は誰に対しても笑顔を向けた。私はそれに嫉妬してしまい、誰にも向けない表情を向けて欲しくなってしまった。でも、それは間違いだった
晴太の『笑顔』は……誰に対しても向けられるから……私は……
そう、晴太の笑顔は誰に対しても向けられるものだからこそ私は安心できた。何の思惑もないからこそ私は信じることができた
「ごめんなさい……」
私は自己弁護と言い訳が終えるとその言葉を呟いた。私は自らが壊してしまった大切な存在の重さを7年経った今、初めて、いや、どこかで理解していたが気づくと自分が苦しむことを分かっていたから気づいていないふりをしてしまった。しかし、私は自分の過ちと罪の重さを理解してしまった
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は譫言のように言った。許される筈なんてない。そして、取り戻すことのできないものに。だけど、それでも口が動いてしまった
「晴太……晴太ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
私は自らが壊してしまった大切な存在の名前を愚かにも惨めに大声で泣き叫んだ
「陽姉……」
私は泣き叫ぶ姉の姿を見て、無意識のうちに姉の傍に近寄った
―――ぎゅ―――
「静香……?」
私は姉を抱きしめた。すると、姉は突然のことに驚いたようだ。そして、同時に私は姉が震えていることに気づいた
「ごめんね……陽姉……気づいてあげられなくって……」
私は姉に向かって7年間告げることができなかった後悔を告白した。姉のしたことは許されない。だけど、姉がこんなことをする前に私にも何かできることあった筈だ。確かに『日記』が示した姉もいただろう。だけど、あの『日記』にはもう一つの意味があったと思う
「本当は……誰かに助けを求めていたんだよね?」
よく考えれば、あれは姉のSOSだったのかもしれない
本当の自分を知ってほしい……だけど、それによって自分が拒絶されるのが恐い……
私はその気持ちが理解できた。私も7年間、家族を守るためとは言う目的のために晴太を見捨てた私もまた、そんな自分が誰かに知られることが恐かった。だけど、仙田君はそんな私を受け入れてくれた
陽姉は苦しくて、弱かっただけなんだよね?だけど、同時に家族を傷つけたくなくて本当の自分を伝えられなかったんだよ……
私は無理矢理な『真実』を創った。1%の可能性しかない真実でも私はそちらの方を信じたい。仙田君はそれを私に教えてくれた
「違うのよ……静香……全部、私が悪いのよ……ひどいことを言ってごめんね……」
姉は涙を流して、私に泣きつき謝罪した。多くの人間から恐れられるウシオニでありながら、その姿はひどく弱々しかった
「ごめんね……晴太……ごめんね……」
姉は涙声で晴太に謝り続けた
「これで良かったかしら……静香さん?」
突然、上空から声が聞き覚えのある声が耳に入ってきた。そして、私と姉が2人同時に空を見上げるとそこには1人の女性がいた
「誰……?」
「アミさん……?」
その女性は私を魔物娘に変え、そして、私をここに導いた女性だった。しかし、その姿は以前見た姿とは違い、私が見たことがない姿だった。以前、私が見た時、アミさんの髪の色は美しい黒髪のストレートであったが今のアミさんの神は私の白髪よりも輝きを持つ銀色でありそれを後ろで高く束ね、その瞳は私の瞳が鬼灯と言うのならば彼女の瞳はルビーと言えるほどの純度と紅さを持つ魔性の瞳であり、服装も以前着ていた白衣ではなく、露出の激しい黒と金色の鎧であり、黒い角を頭から白い蝙蝠のような翼を腰から生やしていた。その姿は纏っている鎧と髪の色と髪型から一種の凛々しさを感じさせたが同時に以前よりも彼女が纏う女神のような優しさが増して、自然と威圧感を感じさせなかった。私と姉はその姿に圧倒され言葉が出なかった。すると、アミさんはそんな私たちの近くに降りたった。そして、私の前に手をかざした
―――ピカーン―――
「うっ……!?」
突然、アミさんのかざした手から眩い光が現れた。私はいきなりのことに驚き目をつぶるが、次第にその光が優しく感じた。そして、徐々に今まで私を蝕んでいた魔力が消えていくことを感じた。そして、光が止むと私の身体から完全に私の身体からウシオニの『血』の魔力が消え去ったことを実感した
「これで、よし……大丈夫?静香さん」
アミさんは微笑んで私にそう言った
「え……あ、はい!大丈夫です!」
私がそう言うと静香さんはにっこりとした表情をした
「そう、よかった」
そして、彼女は振り返り姉の方を向いた
「瀬川……陽子さんですか?」
彼女がそう尋ねると姉は少し、驚くがすぐにコクリと頷いた
「私はアミチエ、みんなはアミと呼ぶわ」
彼女はそれを確認すると自らの私も知らない本名を姉に対して名乗った。そして、彼女は続けた
「私はリリム……魔王の娘よ」
「なっ!?」
「えっ!?」
衝撃の事実を言った。私と姉はその言葉に驚いた。なぜなら、『リリム』とはアミさんの言葉通り、魔王……いや魔王様とその夫の娘である高位の魔物娘たちのことだ。私達のように異世界の住人でありながら魔物娘になった存在でも魔王様の存在は非常に大きく、心の底では敬意と感謝の念を持っている。私もある程度は予測はできていた。人間を多種多様な魔物娘に変えることができる魔物娘は『リリム』ぐらいだ。しかし、それでも私は姉と同じくその事実に呆然とするしかなかった
「瀬川陽子さん……」
アミさんは姉の名前を口にした。姉と私はそれを耳にしたことで我に返った
「あなたは自らの犯した過ちを認めますか?」
彼女は冷静に厳格さを込めながらも優しさを含んで姉に尋ねた
「……はい……」
姉は少し声を震わせて答えた。しかし、それは目の前の強大な存在に対する恐怖からでも、裁かれる恐怖からでもなく、ただ自分の犯した過ちに対する深い後悔から来るものだった
「あなたのしたことは許されることではありません……」
それはリリムとしては意外な言葉だった。リリムは自らの両親の目指す理想郷の実現のために魔物娘を増やし、同時に彼女たちが夫を得ることが目的であり、それを肯定するのが普通だ。しかし、彼女は姉が犯したことを『罪』だと断言した。だけど、私はアミさんが自らの脇腹を押さえていることを見逃さなかった。彼女は知っているのだ。家族を魔物娘によって、失った人間の苦しみを
「……はい……」
姉は再び、そう答えた。アミさんの言葉は今の姉にとっては最も苦しみを感じさせる言葉であり、そして、最も受け入れさせなくてはならない言葉だった
「では……あなたのすべきことはわかりますか?」
彼女は優しさを込めて諭すように言った。その言葉に姉はしばらく、呆気に取られるがすぐに何かを悟ったかのように黙って強く頷いた
―――ゴロゴロ―――
私は洞窟の入り口を塞いでいた岩をどかした。そして、洞窟の中から声が聞こえた
「ヒク……!!ヒク……!!恐いよ……お姉ちゃん……」
それは晴太がすすり泣く声だった。その声には怯えが込められており、自らの罪を認めた私の心をさらに抉った
「1人にしないでよ……帰ってきてよ……ちゃんと……いい子にするから……」
晴太は親に叱られて、お仕置きを受けた子どものようにそう言った。晴太は私のせいで常に誰かが傍にいないと不安になってしまうようになってしまったようだ。私はそれを見て、7年前までの晴太のことを思い浮かべた。7年前の晴太は1人で留守番をしても恐がりもせずに私達のことを笑顔で待っていてくれた。そう、7年前のあの夜も晴太は笑顔で私を出迎えてくれた
「恐いよ……お姉ちゃん……」
私は自分の犯した過ちの重さを改めて実感した。普通なら晴太は既に高校三年生になっているぐらいの年齢なのにその容姿はあの時と全く変わっておらず、その心も小学5年生のまま、いやそれよりも退行してしまった。私は何も考えることができなかった
「………………」
私が俯いていると静香は晴太の元に黙って近づいていった。すると、その気配に気づいたようらしく顔を上げて静香の方を見た
「お姉……ちゃん……?」
静かに小さな微かな声で呼んだ
「晴太……」
静香は弟の名前を優しく名前を呟いた
―――ぎゅ―――
静香は晴太を抱きしめた
「静香……お姉ちゃん……?」
「「……!?」」
私と静香は晴太のその一言に驚きを隠せなかった。晴太は目隠しをされ見えてもいないのに静香の名前を呼んだ。いや、見えたとしてもウシオニの姿以外で私と静香を見分けるものはない。声だって、私と静香のものはほぼ同じだ。それなのに晴太は自分を抱きしめた存在を静香だと理解した。だが、私にはその理由がわかった。私は晴太のことを静香のように抱きしめたことがない。私が最初に晴太を抱きしめたのは7年前、晴太を陵辱した時だ。それは晴太を離したくない、晴太の怖がる顔が見てみたい、晴太の全てが欲しいと言う自分の身勝手な感情から来る束縛によるものだ。だけど、静香の抱擁は晴太への愛情によるものだ。晴太は私にはないものを静かに感じたのだ。7年も経ったのに晴太はそれを覚えていたのだ
「晴太……!!」
静香は涙を流して、晴太の目隠しを外して、晴太をさらに強く抱きしめた
―――ポタポタ―――
私はその光景を見て、自分でもワガママだと思ったが涙を流した
「お姉ちゃん……泣かないで……」
晴太はそう言った。その言葉は静かに向かって言ったのだろうけれど、私にはそれがまるで、私が泣いてるのに気づき私にも聞こえるように言った気がした。私はその言葉に救われた。自らが壊してしまった大切な人間から大切なものが失われていないことに私は自分勝手に涙を流した
「ごめんね……ごめんね……」
「陽子さん……」
アミさんは私に近づき、私にあるものを渡してきた。どうやら、地図らしい
「アミさん……?」
彼女は慈しみを込めた目をして私の方を見た
「これはね、私の友人の妖狐が管理している郷への行き方が書いてある地図なんだけど……もしかすると、彼女なら晴太君を癒せるかもしれないけど……どうする?」
「……!!」
その一言は私に希望を持たせた。しかし、アミさんは続けるように言った
「だけどね……晴太君が回復するまでには長い時間がかかるかもしれないわ……」
「………………」
アミさんは厳しい現実も告げてくれた。だけど、しばらく黙ったあとにすぐに答えを下した
「それでもいいです……お願いです……私にその場所を教えてください……晴太がそれで救われるなら……それで……」
私は頭を下げて乞うように言った
「わかったわ……でも、その前に静香さんと晴太君の所に行きなさい……」
アミさんはそう言った。しかし、私は恐かった。少しでも正気を取り戻した晴太が私を拒むのではないのかと不安に駆られた。たとえ、『インキュバス』の本能が晴太にあろうともそれは恐かった。だけど、私は2人の元へと向かった
これは罰なんだ……
私は決して、晴太が拒絶するとは思わなかったが恐怖しながら近づいた。しかし、晴太は私の予想以上の苦しみを私に与えた
「あ、陽子お姉ちゃん」
晴太は私を見て私に対して、恐怖も侮蔑も苦痛の色もない、ただ私と言う姉にして、番の片割れに対する愛情を含めた声で私に声をかけた。私はそれに対して、覚悟をしてきたとは言えさらなる罪悪感に襲われた。だけど、私は2人の傍に寄った
「ごめんね……晴太……ごめんね……静香……」
私は2人に泣きながら謝った。だけど、2人は私を責めるつもりはないらしい
「うんうん……大丈夫だよ、陽姉」
「陽子お姉ちゃん?泣かないで……」
2人は優しかった。だけど、その優しさが余計に私を傷つけた
「でも……私……」
私は2人が自分を責める筈がないのにも関わらず、ウジウジと2人に責められることを望んだ。だけど、それでも私の望みは叶えられることはなかった
「晴太も私も陽姉を責める気なんてないよ?ね、晴太?」
「うん!ぼくお姉ちゃんが大好きだもん……だから、泣かないで!」
2人は優しかった。同時に私はこれこそが罰だと理解できた。最も自分が裁いて欲しい人間に裁かれないことこそ、罪の意識を持つ人間にとっての最大の苦しみであることを。2人にはそんな『悪意』などないことは私にはわかっている。だから、私はそれを受け入れることにした
「うん……ありがとう……静香……晴太……」
それから私達は7年ぶりにあの夜以来の3人の姉弟としての会話をした
私は今、目の前で起きた奇跡を見ている。それは魔物娘によって、引き起こされた『悲劇』が魔物娘によって解決されるという奇跡だ。離れ離れになった姉弟達が再び会話をし、双子の姉妹が本当の意味で解かり合えたのだ
姉妹か……
私は彼らを見て故郷にいる両親と姉妹達のことを思い浮かべた
みんな……元気にしてるかな?
私はかつて、とある小隊を率いて多くの親魔物派の人々や魔物娘達と伴侶たちを守ってきたと同時に姉妹達が行う反魔物領の制圧戦にも協力してきた。当時の私はデルエラ姉さんほどじゃなかったけど、多くの人々を魔物娘にして堕落させてきた。両親が目指す『理想郷』がいつか全ての人々を幸せにすると信じて、何も考えずにただがむしゃらに魔物化を行ってきた。もちろん、愛する人々と一緒にいれることに喜びを感じている魔物娘達とその夫達の笑顔と幸福が私にとっての喜びであり、幸福だった
だけど……
私はあることを思い出して、左脇腹の傷を押さえた
『死ね!!この悪魔!!』
『お前達のせいで俺の家族は……!!』
私の頭にあの青年の言葉が蘇る。あの家族が魔物娘が原因で離散してしまった教団の兵士の憎悪に満ちたあの声と目が私を襲った。あの事件の後、私は一度魔王城に帰還した。傷はすぐに癒えたが、私はしばらく外に出ることができなかった。当時の私は自らが良いと思っていたことが1人の人間の大切で掛け替えのない幸福な日常を奪い苦しめたことに悲しみを覚えてしまい、塞ぎ込んでしまった。それでも、両親の目指す世界が人々を幸せにできることをわかっていた私はその悲しみを乗り越えようとするが、それでもあの声と目が恐くて、再び立ち上がることができず、小隊を率いることができず、後方任務ばかりを担当した。だけど、そんな私を救った出来事が起きた。それはある偵察任務の最中だった。私たちは反魔物領の調査の時に森の中から潜入しようとした時にダークエンジェルの子どもが森の中から息を切らして涙を流しながら私に泣きついて助けを求めに来た
『神父様を助けてください!!』
私はその子をすぐに保護し、彼女から事情を聴くと彼女の養父は教団の人間でありながら、魔物娘の孤児を秘密裏に保護し養護してきたらしく、それをどこかで聞きつけた教団の騎士達が彼を尋問しに来たらしい。そして、彼は魔物娘達の存在を隠し続けたが業を煮やした騎士団の人間が彼に暴行を加え始めたらしく、一部の様子を見ていた魔物娘の子どもが教団の騎士に捕まり、神父はその子を助けることに成功したが、どこに魔物娘の子ども達を匿ったのを知るために彼を拷問にかけているらしい。私はその話を聴くとすぐに彼女の養父である神父のいる教会へと向かった。しかし、既に時は遅く騎士達は私が中隊を率いてきたと思ったことで撤退したが、彼女の養父は拷問によるおびただしい傷によって、虫の息だった。私は彼をなんとか救おうとしたが彼は微笑みながら
『妻が待っていますので……』
と断った。そして、彼は涙を流し泣いている子ども達にただ笑いながら
『みんな……ありがとう……私はあなた達のような子ども達を持てたことで幸せです……だから、あなた達も幸せになりなさい……』
と感謝した。彼は最期まで自分の『愛し子』達の幸せを願ったのだ。
『ああ……レティシア……私は幸せでしたよ……』
彼は最後に女性の名前を呟き満足そうにその生涯を終えた。その後、彼の孤児たちに聞いてみるとその多くは居場所のない存在だった。私に助けを求めたダークエンジェルの子は元々は勇者とエンジェルとの間に生まれたエンジェルの子どもだったがダークエンジェルになったことで両親から見捨てられ教団から逃げている最中に養父に匿われたらしく、他にも両親を教団によって殺されたデュラハンの子ども、口減らしとして両親から捨てられた人間の男の子などもいた。そんな彼女らを彼女達の養父は実の子どものように慈しみ愛していた。居場所のない彼らにあの人は居場所を与えたのだ。そんな彼の生き様は私の心を動かした
いつか、みんなが平穏な生活を送れるような世界を創りたい
と私は心に強く念じた。そして、その頃あることが私達、魔物娘の間で分かった。それは私達の世界とは違う世界が存在し、そこには人間が住んでおり、その世界と私達の世界が繋がったことだ。そう、この世界のことだ。私はそれを知った時にあることを決意し小隊の隊員であり、かけがえないの友人達とあることを計画した。それは
『新天地に争いも差別もない愛する者達が平穏に生きられる理想郷を創る』
ことだった。それには理由があった。私達はまず、この世界のことを視察する魔物娘達を何人か送ったがその際にこの世界における人々の様子を調べ、人間しかいないこの世界の問題を知ったのだ。この世界では魔物娘と人間の争いが存在しない代わりに人間同士の奪い合い、憎み合い、争いが存在したのだ。そして、その中で傷つき、疲れた人間達も多くいた。私はその時に『理想郷』を創り、そう言った苦しみが存在しない『楽園』を小規模でもいいから創りたいと願った。そして、私はそれを両親や姉妹達に説明しこの世界に向かうことを告げた。もちろん、これは魔物娘を増やすことで両親達の『理想郷』を築くための手伝いも含まれていた。そして、私達は結界でとある寂れた温泉街を覆い、世間一般に知られないように『理想郷』を築き上げることに成功した
「はあ〜……結局、あの計画の立案者の中で独身は私だけか……」
私は自分が独身なのを気にしてしまった。ちなみに立案者の1人であるヴァンパイアの友人に至っては娘すらいる
「まあ……私は気長に待とうかな……今はそれよりも……」
私は目の前の3人の姉弟を見ていたい。彼女らを見ていると救われた気がするから
「じゃあ、晴太……また、会おうね」
「うん、静香お姉ちゃん、また、会おう!」
私は姉の隣にいる晴太と再会の約束をした
「静香……」
姉は私に小さな声で語りかけてきた。その顔は私と晴太に対する申し訳なさに溢れていた。確かに姉のしたことは許されないことだけど、私はそれを咎めるつもりはない。しかし、姉は自分を責めて欲しいようだった。私は少し困ったがあることを思いつき、ある言葉を姉に伝えた
「陽姉、私いつかお父さんとお母さんに本当のことを話すよ」
「え……」
私の言葉に姉は驚いたようだった。だけど、私はその後にある言葉を姉に向かって伝えた
「だから……その時が来たら、2人と会ってあげて……もちろん、晴太と一緒にね」
私は姉に伝えたのは彼女への『罰』であり、『救い』だった。姉は自分を誰かに裁いて欲しいと願っている。だけど、私には姉を裁くつもりはない。だったら、私が姉にできることは姉にあることを頼むだけだ。私は両親に姉と晴太の2人が生きていることを教えてあげたい。そのためには私には両親に魔物娘にことを教えること、姉には晴太のことを任せる必要がある。それが私が姉に与えることができる唯一の『罰』であり『救い』だ。私の言葉を聞いた姉はその意味を理解したらしく、一度顔を俯かせたから、再び私の方を向いた
「うん、私も頑張る」
と言ってそう約束してくれた。そして、晴太の手を取った
「じゃあ、行こうか?晴太」
姉が晴太にそう言うと晴太は笑顔で姉の顔を見た
「うん」
晴太は元気よく姉に返事をした。そして、私の方を見て
「またね、静香お姉ちゃん!」
明るい声でそう言った
「うん、2人とも元気でね!!」
私はそう言うと2人は歩き出した。姉と晴太は私の姿が見えなくなるまでこちらの方を振り向き、私も2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けて見送った。そして、2人はアミさんが教えてくれた郷へと旅立って行った
「これでよかったかしら?」
2人の姿が見えなくなるとアミさんは私にそう語りかけてきた
「はい、ありがとうございます。アミさん」
私はアミさんに感謝の言葉を伝え、同時にこれからのことを考えた。あの2人の苦難はこれから始まるだろう。おそらく時間はかかると思うけど、いつか、あの2人は本当の意味で救われると思っている。そして、私にもいくつかの課題があることも感じている。それはいつかあの2人が苦難を乗り越えた時に私はあの2人を両親と再会させたいと願っている。それには、私と姉が『魔物娘』になったことも伝える必要がある。それはすごく困難なことだけど、不思議と私はそれに不安を感じない。私がそんな根拠のない自信を持つことができるのはありのままの私を受け入れてくれた大切な夫がいるからだ
「ありがとう……仁……」
私は夫の名前を呟いた
13/11/27 17:44更新 / 秩序ある混沌
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