時間の終着点と始発点
目を覚ました僕は驚いた・・・目の前には僕が最期に会いたいと願った女性がいた・・・しかし、その女性は泣いている・・・
(あぁ・・・また、僕はやってしまったのか・・・よりによって、彼女を悲しませるなんて・・・)
僕は後悔した・・・きっと、これは僕に死後に待ち受ける『罰』なんだろう・・・僕は死んだらそこには『無』しか存在しないと思っていた・・・だから、僕はやっと『安息』を得られると思った・・・しかし、実際はどうだろうか・・・目の前の女性は泣いている・・・そして、きっと・・・僕の大切な人々もきっと・・・
「マリちゃん・・・?」
「はい」
彼女は僕に気付いたようだった・・・そして、彼女は突然、泣くのをやめて無理矢理笑顔を作った・・・そして、僕は・・・自覚した・・・
(僕は・・・まだ、生きているのか?)
どうやら、僕は自殺に失敗したようだ・・・そして、もう僕には・・・『逃げる』と言う手段も失われた・・・一度、自分が『死ぬ』と言う経験をしたことでそれが及ぼす影響を僕は体験してしまった・・・そう言えばあの時・・・
『そうですね・・・チャンスをあげますから、自分でその欲望・・・叶えてきなさい』
と目の前で天使が僕に告げた・・・そして、僕は気づいた・・・僕は確かに左手首をカッターナイフを深く裂いたのに僕の左手首は服に血が付いているだけで傷が塞がっている・・・さらには、ここは僕の家の書斎じゃない・・・見覚えがある・・・ここは一昨日、僕が訪れてマリちゃんと再会した・・・教会だ・・・
(ありえない・・・まさか・・・あの天使は本物だと言うのか?)
僕は突然、目の前で起きた非現実的な出来事に混乱したが、そんな僕が最も注目したのは・・・
「マリちゃん?どうしたんだい・・・その恰好・・・」
「あ・・・」
僕は彼女の服装・・・いや、彼女の姿を見て、驚くしかなかった・・・彼女の姿は一昨日、この教会で出会った時の彼女は貞節を守ろうとする修道服を纏っていた・・・しかし、今の彼女の服装は・・・胸に逆十字型の隙間があり、スカートはスリットがあり、男を欲情させる煽情的な服装だった・・・そして、さらに信じられないのは・・・
「尻尾・・・?」
「・・・」
そう、彼女の腰からは黒くて長い、周りに鎖巻かれている先端がハートの形をした尾のようなものが生えている・・・これは一体・・・ただわかることは一つ・・・あれは本物だ・・・
「あの・・・明さん・・・信じられないと思いですが・・・私は・・・」
彼女が何かを僕に告げようとするが、僕は・・・
「いいよ・・・別に・・・」
「え?」
彼女が告げる前に僕はそれを遮った・・・そして、
「ただ一つ聞かせて欲しい・・・君は僕の知っているマリちゃんかい?」
僕はそれだけを知りたかった・・・それだけさえわかれば僕は安心できる・・・だって・・・今の僕は・・・
「はい」
と彼女は嬉しそうに笑顔で返事をした・・・そして、僕はそれを確認すると・・・
「そうか・・・良かった・・・ありがとう・・・」
と言い教会から立ち去ろうとした・・・すると・・・
「待ってください!!どこに行くんですか!!」
と彼女は僕に向かって叫んだ・・・その声に僕は胸が締め付けられた・・・
「いや、家だけど・・・」
と僕は適当にごまかすが・・・
「嘘をつかないでください!!」
彼女は僕に向かって声を荒げて言った・・・その声に僕の胸は再び締め付けられた・・・
「・・・私が『人間』じゃないからですか?」
と彼女は泣きそうな声でそう呟いた・・・そして、彼女は続けて・・・
「私が『彼女』じゃないからですか?」
「違う!!」
僕はその言葉を聞いた瞬間、彼女の言った言葉を全て否定したかった・・・おそらく、彼女は僕の過去を知っている気がする・・・そんな気がした・・・だから、彼女は勘違いしている・・・そして、僕はある『答え』に至った・・・
(「『彼女』とじゃないからですか?」・・・?まさか・・・彼女は・・・)
僕はそれを知った瞬間呆然とするしかなかった・・・そして・・・
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「・・・!?明さん!?」
明さんは突然、悲鳴をあげて頭を両手で抱えてうずくまりました・・・そして、彼は・・・
「もう嫌だ・・・もう嫌だ・・・」
彼は怯えるようにそう呟きました・・・そして、
「なんで、僕は周りを不幸にすることしかできないんだよ・・・」
それは彼の心の底からの本音でした・・・そして、私は自分の言葉が彼に私の本心を曝け出したことに気づきました・・・
「どうして、皆、僕のことを傷つけるんだよ・・・僕はただ『普通』に生きたかっただけなのに・・・僕は誰も傷つけたくないのに・・・どうして・・・」
それは彼の過去に関わることでした・・・私が知った彼は幼い頃から周囲からその出自から嫉まれたことで周囲から暴力や暴言を向けられ、そして、彼の最大の弱点と言える他人の『苦しみ』を理解してしまうと言う高い感受性ゆえに人を傷つけることを嫌いました・・・しかし、それを知った彼の姉は弟を傷つけられたことに対して、怒りを覚えて容赦なくそう言った人間に報復しました・・・明さんは姉が自分のせいで汚れていくのを恐れて、自分から最低限度の報復することで相手を恐怖させることで暴力を避けてきました・・・しかし、その度に彼はその『罪悪感』によって苦しみ、いつしか『心』を殺してきました・・・泣くことも笑うことも怒ることもできず・・・それは『鬼』でなくては耐えられません・・・そんな彼だからこそ・・・私の本心に気づき、なおかつ、自分が私のことを13年間も忘れていたなんてことは彼にとっては最も許せることではないはずです・・・
「明さん・・・」
「マリちゃん・・・僕のことは放っておいてくれ・・・僕なんて・・・君には・・・」
そう、彼は私の『好意』に気づいた・・・しかし、それは長年私の望んだものでしたが、決してこんな形ではありません・・・私は・・・
「ふざけないでください!!」
「!?」
私は彼に向かって叫びました・・・
「何が『自分は君にはふさわしくない』ですか!?自惚れるのも大概にしなさい!!」
「自惚れる・・・?」
私は彼に本音をぶつけた・・・
「そうです・・・あなたは・・・自分が『人間』じゃないと思いこんでるだけです!!」
「え・・・」
そう、それこそ・・・彼にとっての最大の『過ち』です・・・彼は・・・
「あなたは常に『自分は人より下等な存在である』と考え、『自分は生まれてきたこと自体が間違いだ』と思い込んでるだけです」
「ち、ちがう・・・」
自分を下等に見る・・・確かにそれは一見すると、他人に迷惑をかけないように見えますが・・・それは違う・・・なぜなら・・・
「なら、どうしてあなたは私を拒むんですか?」
他人に対して境界線を敷いているということです・・・それだけで苦しむ人がいるんです・・・私みたいに・・・
「そ、それは・・・」
「簡単です・・・あなたは・・・『自分なんて裏切られて当然だ』と思いこんでいるからです・・・」
つまり・・・この人は・・・
「あなたは誰も信じていない!!信じようともしない!!だから、あなたは・・・」
本当にこの人は歪んでいる・・・いえ、歪ませられた・・・と言うべきでしょう・・・幼い頃からのいじめ、親族からの過剰なまでの愛情、婚約者の存在と裏切り・・・これだけの要因があって、歪まない方が逆におかしいでしょう・・・そして、明さんの『平穏』を何よりも求める性格はそれを恐ろしいほどまでに自虐的に育ててしまった・・・
「・・・そうだよ」
彼はやっと自分から語りだしました・・・そして、
「だって、当然だろ!?周りは僕が金持ちの子どもと言うだけで嫉んで、僕を傷つけて・・・お爺様もお父様も僕に対して愛情を向けてくれるのにそれを恨めるはずがないじゃないか!!姉さんだって僕を守るために自分の手を汚したのに・・・それを否定することなんてできないよ・・・」
彼は初めて、自分の本心を語りました・・・
「仁美さんのことだってそうだよ・・・!!お爺様はきっと僕のことを思って・・・勝手に決めたんだ・・・それを拒否できるはずがない・・・そんなことすれば、九条家全体に迷惑がかかる・・・だから・・・従うしかなかった・・・」
それは衝撃的でした・・・彼の口調からその婚約に乗り気でなかったことが初めて知りました・・・恐ろしいほどまでに極端な『悪意』と『善意』しか彼は知りませんでした・・・そして、
「だけど、僕も努力した・・・彼女を好きになろうと・・・それでやっと・・・『結婚も悪くない』と思ったら・・・」
それから先は私も彼を見守る過程で知った知りたくもない『瞬間』でした・・・あの時ほど、私は後悔したことはありません・・・
「彼女はあの男と・・・」
そう、あの女は明さんと言う『婚約者』がいながら・・・
「やっと・・・誰かを信じてみようと思ったのに・・・」
「・・・」
彼は自分の両腕の中に頭を埋めて、俯きました・・・私は黙ることしかできませんでした・・・ですが・・・
「・・・!?マリちゃん・・・?」
「・・・」
私は黙って彼を抱きしめました・・・その姿はあまりにも弱々しかった・・・そして、抱きしめて初めて彼の身体は震えていたことに気づきました・・・
「大丈夫ですよ・・・明さん・・・」
「・・・」
私は明さんを安心させたかった・・・
「あなたは『人間』ですよ・・・誰よりも優しい・・・『人間』なんですよ?」
「でも、僕は・・・」
彼が言いたいことが分かった私は・・・彼の言葉を遮り・・・
「裏切られたんですから・・・憎んでもいいんですよ?」
「え」
「ふふふ・・・」
私の一言に彼は驚いたようでした・・・むしろ、驚いたのは私の方なんですけど・・・
「『人間』なら、傷つけられたら怒る・・・誰だってそれが普通なんです・・・あなたは常に周りのそう言った汚いところを見てきたから否定したいようですけど・・・あなたの怒りなんてまだ綺麗なものなんですよ?」
「・・・」
彼は常に周りから『悪意』を向けられてきました・・・だから、『悪意』と『敵意』の区別を理解できない・・・そして、『自分はそれを向けられても仕方のない人間なんだ』と思い込むしかなかった・・・そして、『自分はああなってはいけない』と強く念じてしまった・・・それが彼を強く歪ませてしまいました・・・だけど、一度だけあなたは・・・
「じゃあ、どうしてあなたは私を助けたんですか?」
「それは・・・」
私は最初に彼と出会った時のことを話した・・・すると・・・
「許せなかったから・・・」
彼は答えた・・・私はそれに嬉しさを感じながら・・・
「だったら、大丈夫ですよ・・・」
そう言いかえした・・・
「え?」
私の腕の中から彼は見上げた・・・
「そうやって、あなたは『怒り』を感じたのにあなたはちゃんと、結局、私を助けてくれたじゃないですか・・・そんな人なら・・・」
「でも、僕は・・・」
彼はそれでも不安そうでした・・・恐らく、自分の『感情』のままの動くことで誰かを傷つけることを彼は恐れている・・・そして、今でも自分は『人間』のなりそこないだと勘違いしているはずです・・・だけど・・・
「大丈夫ですよ・・・明さん・・・」
「・・・」
私はさらに彼をさらに強く抱きしめて言った・・・
「あなた・・・泣いているじゃないですか・・・」
「え・・・」
そう、彼は泣いていた・・・涙を流しながら・・・彼は自分で泣いていることに気づかなったようですが・・・
「ほら、あなたは『人間』なんですよ?だから、あなたにも幸せになる権利はあるんです・・・」
涙を流す・・・それは・・・『人間』として当然の証なのです・・・多くの人々は『涙なんて流したくない』と思うかもしれません・・・それでも、『涙』は人間にとって大切なものなんです・・・
「マリちゃん・・・」
彼は立ち上がり私に顔を向けた・・・その目は涙とともに何かしらの『決意』に溢れていました・・・
「どうしたんですか?」
彼は涙を拭いました・・・私はその顔を見た・・・そこには・・・13年前まで私だけが見ることができた・・・あの笑顔が存在していた・・・
「勝手だと思うけど言わせてほしい・・・」
「・・・」
私は黙って聞くことにした・・・彼がその言葉を発する瞬間まで刹那に近い時間だったのにそれは永遠に感じました・・・
「僕は君のことが好きだった・・・13年間忘れていたけど・・・それでも僕は君のことが好きだった・・・そして、今でも君のことが好きだ」
「・・・え?」
私は最初、彼が何を言っていたか分からなかった・・・『好きだった』?
「僕は君に会うことも君と結ばれることもできないからてその辛さに耐えられなくて、そんな自分勝手な理由で君のことを忘れようとした・・・本当にごめん・・・」
「・・・」
私は唖然とするしかありませんでした・・・だけど、私は冷静さを取り戻してこう告げた・・・
「そんなの許せるはずなんてないじゃないですか・・・」
それを聞いた彼は罪悪感を顔に浮かべました・・・
「・・・そうだよね・・・ごめ―」
「だから、絶対に許しません・・・罰として、ずっと私と一緒にいてください」
「え・・・」
私はそう言って彼の後頭部に両手を回した・・・そして・・・
「あなたが13年間ずっと、忘れていたように・・・私も13年間ずっと、ある言葉を言えなくて辛かったんですよ?・・・」
そして、私は13年前言うことができず、後悔した言葉を彼に向けて・・・
「大好きです・・・明さん・・・」
その瞬間、私たちの大切だった時の流れが動き出した気がしました・・・その言葉を言い放った私は彼の頭を引き寄せ、自分の唇を彼の唇に重ねました・・・彼は最初、混乱していましたが・・・すぐに自分も唇を押し付けてきました・・・その時は私は非常に『女性』と『魔物娘』両方の幸福感に溢れていました・・・
「あん・・・」
彼の唾液が私の口内が入ってくるたびに私はそれをさらにねだるように彼の口内に舌を伸ばし貪ぼるように舌を這わせました・・・そして、明さんも・・・
「うむむ・・・」
私の舌に自分の舌を絡めてきました・・・私はそれに応えて何度も何度も自分の舌を彼の舌と交わらせました・・・そして、再び明さんもそれに応えました・・・そのような繰り返しを私達は続けました・・・その時の快楽は13年・・・いえ、15年に渡る想いが加わったこともあり信じられないほどのものでした・・・そして、名残り惜しくも私たちはそれを中断しました・・・
「「はあはあ・・・」」
私たちはお互いの吐息を互いに聞き合いました・・・それも互いを求め合う気持ちを高まらせるものでした・・・しかし、私たちは・・・
「明さんはその・・・」
「なに・・・」
「私の寝室に・・・」
「・・・うん」
次へと向かうためにあえて耐えて場所を私の寝室へと移しました・・・でも、それもまたその移動する時間も互いを求め合う感情を高まらせる材料となるでしょう・・・今や、私たちにとっては全てがそうなのですから・・・
水晶玉を通じて私は彼らの決着を見届けました・・・そして、これから先を覗くのはちょっと無粋なので水晶玉の映像を切り、安堵の息を吐きました・・・
「これで、やっと安心できますね・・・」
私はこの13年間を振り返りました・・・
「自分は『人間』じゃないから、幸せになってはいけない・・・て本当に馬鹿ですね・・・」
私は今、この瞬間茉莉の夫になった男性に対しての皮肉を呟きました・・・
「確かに特異な生まれでそれが原因で虐げられたならば、あるいはそう思っても仕方がありませんね・・・」
彼は確かに恵まれた家庭に生まれました・・・しかし、それは周囲の嫉妬を招き、理不尽な暴力を招きました・・・普通なら子どもは周囲に責任を押し付けますが、彼にはそれができなかった・・・だから、
『自分は『鬼』だ、『悪魔』だ・・・だから、こうなっても仕方がない・・・』
と言う結論に至るのも仕方がないのかもしれません・・・そして、彼は何よりも自分が他人を傷つけることを極度に恐れました・・・それは『痛み』を知っているからこその恐怖・・・どこまでも甘くも優しい彼の性質・・・そして、それを耐えようとしても・・・彼のことを愛してくれる姉は大切な弟を傷つけられたことを許さず、彼の代わりに彼を傷つけた人間を排除しました・・・それでも、彼は恐れました・・・自分のために母の分までこんな自分を愛してくれる姉の手が汚れていくことを哀しんだ彼は自分を殺して、
『悪いのは全部自分・・・だから、自分には笑うことも怒ることも泣くことも許されない』
と勝手に決めつけて本当の意味で『鬼』になりました・・・いえ、なろうとしました・・・茉莉に出会うまでは・・・公園で泣いていた茉莉を見た彼はなぜか、彼女の泣く姿を見て心を痛めました・・・そう、『鬼』になろうとした時間はそこで止まった・・・彼はあの時、初めて怒ることを知りました・・・そして、初めて、親族以外から彼は『笑顔』を向けられて、彼も笑うことができました・・・その時に彼は『鬼』になることを止めました・・・そして、初めて『人間』としての喜びを彼は知りました・・・そして、それは3年間続きましたが、彼は祖父に自分に『婚約者』がいることを告げられ、茉莉と別れることになりました・・・それは彼にとっての地獄のような苦痛でした・・・だから、彼は茉莉との思い出を忘れようとして、『婚約者』のために血の滲む努力をし続けました・・・それは茉莉に対する贖罪でもありました・・・茉莉をある意味では捨てたことに無意識に罪悪感に感じ、必ず茉莉の分まで幸せにして、愛そうと努力しました・・・しかし、2年前、彼女は『刺激』が欲しくなり、不貞を犯しました・・・それを知った彼は茉莉を犠牲にしてでも愛そうとしたことを否定されたと思い、同時にやっと、茉莉を失った傷も癒えてきたのにその傷を抉られたことで2年間も苦しめられました・・・そして、ついには・・・
『自分は生まれてきたことが間違いだった・・・自分は救われることもない・・・』
と結論付けてしまいました・・・それでも、自分が死ぬことで親族や自分を愛してくれる人間が苦しむことを恐れて死ぬことができなかった・・・彼は誰よりも人の愛情の価値を知っていた・・・それが押し付けられた『善意』であったとしても、彼は拒否することができませんでした・・・彼にとってはそれだけで捨てることさえおこがましかったのです・・・ですが、彼は絶対に生き続けることができました・・・それは・・・
『自分は一度たりとも過ちを犯していない・・・だから、まだ生きていても良いんだ・・・』
と言う異常なまでの『潔癖』な精神・・・それは最大の鎧でした・・・しかし、彼は自分にとって大切な存在であり、肉親以外で唯一自分に対して、好意を向けてくれた茉莉の存在を忘れると言う『裏切り』を犯してしまいました・・・それが、彼を『自殺』へと追い込んだ・・・実は私はこの時・・・彼を見捨てるつもりでした・・・そもそも、彼は『安息』を求めていた・・・なら、『無』と言う『安息』を欲するなら、別にいいでしょう・・・
「まあ、私が助けなくても茉莉が最期の手段として無理矢理、彼の心を壊してでも彼を生かすと思いますけどね・・・」
ですが、彼はあの時・・・
『会いたい・・・』
と自分の本当に望んだ『願い』をちらつかせる言葉を言い放ちました・・・そう、彼の本当の『願い』とは・・・
『自分をただの1人の人間として見てほしい・・・そして、愛してほしい・・・』
と言う願いなのです・・・彼は自分の汚い部分を見ても、それでも自分を愛してくれる人間を求めたのです・・・そう、今までの彼は・・・人から否定されることを誰よりも恐れました・・・だからこそ、
『自分は『正しく』あろう・・・どんなに周囲から拒絶されようと自分は『正しく』あろう・・・そうすれば、誰も自分を否定できないから・・・』
と常に波風の立たないように生きてきました・・・本当に愚かで哀れです・・・
「人間なら、多少の過ちは誰でも犯すものなんですけどね・・・」
そんなことすら、彼は理解できなかった・・・幼少の頃から存在を周囲から否定されたら、そうなるのも当然ですけど・・・
「どんな人間だって生まれて来るときは平等です・・・多少の才能や地位、財産などの不平等はありますけど・・・皆、同じです・・・」
そう、私からすれば、彼もただの『人間』です・・・いえ、下手をすれば私たち『魔物娘』だって、普通に人間と同じように誰かを愛することができるので、種族は違えど・・・皆、同じなんです・・・
『たとえ、種族が違っても・・・あの子たちは我々、人間と同じで泣いたり、笑ったり、怒ったりして、生きています・・・あの子たちにだって生きて幸福になる権利はあります!!絶対にあの子たちは渡しません!!』
・・・私はかつて、こことは違う世界で『人間』でありながら、『人間』の子どもも『魔物娘』の子どもも等しく愛した1人の聖職者の言葉を思い出しました・・・彼は私の目の前で教団の人間に殺されました・・・しかし、それでも私たちを逃がすために最期まで抵抗しました・・・私たちはその後に助けに来てくれたリリム率いる魔王軍の小隊に助けられました・・・
「そんな彼の言葉を絶対に否定させたくなかった・・・だから・・・私は・・・彼らを幸せにしたかった・・・これで良かったんですよね・・・神父様・・・」
私は自分の養父である神父さまの言葉を思い出しました・・・彼の生きているなら『どのような生まれの者だって幸せになる権利はある』と言う言葉を否定なんてされたくなかった・・・だから、最初は明さんのことを見捨てようと思いましたが・・・彼が自分の意思で初めて自分の『願い』を願ったことで私は彼を茉莉の下へと治療し転送させました・・・そして、『潔癖』と言う鎧にひびが入ったことで彼は初めて自分の『弱さ』を晒しました・・・そして、茉莉はその彼の『弱さ』も受け入れました・・・そして、彼もそれを信じました・・・
「本当におめでとう・・・明さん・・・茉莉・・・」
私は喜びの涙を流しながら・・・彼らを祝福しました・・・
(あぁ・・・また、僕はやってしまったのか・・・よりによって、彼女を悲しませるなんて・・・)
僕は後悔した・・・きっと、これは僕に死後に待ち受ける『罰』なんだろう・・・僕は死んだらそこには『無』しか存在しないと思っていた・・・だから、僕はやっと『安息』を得られると思った・・・しかし、実際はどうだろうか・・・目の前の女性は泣いている・・・そして、きっと・・・僕の大切な人々もきっと・・・
「マリちゃん・・・?」
「はい」
彼女は僕に気付いたようだった・・・そして、彼女は突然、泣くのをやめて無理矢理笑顔を作った・・・そして、僕は・・・自覚した・・・
(僕は・・・まだ、生きているのか?)
どうやら、僕は自殺に失敗したようだ・・・そして、もう僕には・・・『逃げる』と言う手段も失われた・・・一度、自分が『死ぬ』と言う経験をしたことでそれが及ぼす影響を僕は体験してしまった・・・そう言えばあの時・・・
『そうですね・・・チャンスをあげますから、自分でその欲望・・・叶えてきなさい』
と目の前で天使が僕に告げた・・・そして、僕は気づいた・・・僕は確かに左手首をカッターナイフを深く裂いたのに僕の左手首は服に血が付いているだけで傷が塞がっている・・・さらには、ここは僕の家の書斎じゃない・・・見覚えがある・・・ここは一昨日、僕が訪れてマリちゃんと再会した・・・教会だ・・・
(ありえない・・・まさか・・・あの天使は本物だと言うのか?)
僕は突然、目の前で起きた非現実的な出来事に混乱したが、そんな僕が最も注目したのは・・・
「マリちゃん?どうしたんだい・・・その恰好・・・」
「あ・・・」
僕は彼女の服装・・・いや、彼女の姿を見て、驚くしかなかった・・・彼女の姿は一昨日、この教会で出会った時の彼女は貞節を守ろうとする修道服を纏っていた・・・しかし、今の彼女の服装は・・・胸に逆十字型の隙間があり、スカートはスリットがあり、男を欲情させる煽情的な服装だった・・・そして、さらに信じられないのは・・・
「尻尾・・・?」
「・・・」
そう、彼女の腰からは黒くて長い、周りに鎖巻かれている先端がハートの形をした尾のようなものが生えている・・・これは一体・・・ただわかることは一つ・・・あれは本物だ・・・
「あの・・・明さん・・・信じられないと思いですが・・・私は・・・」
彼女が何かを僕に告げようとするが、僕は・・・
「いいよ・・・別に・・・」
「え?」
彼女が告げる前に僕はそれを遮った・・・そして、
「ただ一つ聞かせて欲しい・・・君は僕の知っているマリちゃんかい?」
僕はそれだけを知りたかった・・・それだけさえわかれば僕は安心できる・・・だって・・・今の僕は・・・
「はい」
と彼女は嬉しそうに笑顔で返事をした・・・そして、僕はそれを確認すると・・・
「そうか・・・良かった・・・ありがとう・・・」
と言い教会から立ち去ろうとした・・・すると・・・
「待ってください!!どこに行くんですか!!」
と彼女は僕に向かって叫んだ・・・その声に僕は胸が締め付けられた・・・
「いや、家だけど・・・」
と僕は適当にごまかすが・・・
「嘘をつかないでください!!」
彼女は僕に向かって声を荒げて言った・・・その声に僕の胸は再び締め付けられた・・・
「・・・私が『人間』じゃないからですか?」
と彼女は泣きそうな声でそう呟いた・・・そして、彼女は続けて・・・
「私が『彼女』じゃないからですか?」
「違う!!」
僕はその言葉を聞いた瞬間、彼女の言った言葉を全て否定したかった・・・おそらく、彼女は僕の過去を知っている気がする・・・そんな気がした・・・だから、彼女は勘違いしている・・・そして、僕はある『答え』に至った・・・
(「『彼女』とじゃないからですか?」・・・?まさか・・・彼女は・・・)
僕はそれを知った瞬間呆然とするしかなかった・・・そして・・・
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「・・・!?明さん!?」
明さんは突然、悲鳴をあげて頭を両手で抱えてうずくまりました・・・そして、彼は・・・
「もう嫌だ・・・もう嫌だ・・・」
彼は怯えるようにそう呟きました・・・そして、
「なんで、僕は周りを不幸にすることしかできないんだよ・・・」
それは彼の心の底からの本音でした・・・そして、私は自分の言葉が彼に私の本心を曝け出したことに気づきました・・・
「どうして、皆、僕のことを傷つけるんだよ・・・僕はただ『普通』に生きたかっただけなのに・・・僕は誰も傷つけたくないのに・・・どうして・・・」
それは彼の過去に関わることでした・・・私が知った彼は幼い頃から周囲からその出自から嫉まれたことで周囲から暴力や暴言を向けられ、そして、彼の最大の弱点と言える他人の『苦しみ』を理解してしまうと言う高い感受性ゆえに人を傷つけることを嫌いました・・・しかし、それを知った彼の姉は弟を傷つけられたことに対して、怒りを覚えて容赦なくそう言った人間に報復しました・・・明さんは姉が自分のせいで汚れていくのを恐れて、自分から最低限度の報復することで相手を恐怖させることで暴力を避けてきました・・・しかし、その度に彼はその『罪悪感』によって苦しみ、いつしか『心』を殺してきました・・・泣くことも笑うことも怒ることもできず・・・それは『鬼』でなくては耐えられません・・・そんな彼だからこそ・・・私の本心に気づき、なおかつ、自分が私のことを13年間も忘れていたなんてことは彼にとっては最も許せることではないはずです・・・
「明さん・・・」
「マリちゃん・・・僕のことは放っておいてくれ・・・僕なんて・・・君には・・・」
そう、彼は私の『好意』に気づいた・・・しかし、それは長年私の望んだものでしたが、決してこんな形ではありません・・・私は・・・
「ふざけないでください!!」
「!?」
私は彼に向かって叫びました・・・
「何が『自分は君にはふさわしくない』ですか!?自惚れるのも大概にしなさい!!」
「自惚れる・・・?」
私は彼に本音をぶつけた・・・
「そうです・・・あなたは・・・自分が『人間』じゃないと思いこんでるだけです!!」
「え・・・」
そう、それこそ・・・彼にとっての最大の『過ち』です・・・彼は・・・
「あなたは常に『自分は人より下等な存在である』と考え、『自分は生まれてきたこと自体が間違いだ』と思い込んでるだけです」
「ち、ちがう・・・」
自分を下等に見る・・・確かにそれは一見すると、他人に迷惑をかけないように見えますが・・・それは違う・・・なぜなら・・・
「なら、どうしてあなたは私を拒むんですか?」
他人に対して境界線を敷いているということです・・・それだけで苦しむ人がいるんです・・・私みたいに・・・
「そ、それは・・・」
「簡単です・・・あなたは・・・『自分なんて裏切られて当然だ』と思いこんでいるからです・・・」
つまり・・・この人は・・・
「あなたは誰も信じていない!!信じようともしない!!だから、あなたは・・・」
本当にこの人は歪んでいる・・・いえ、歪ませられた・・・と言うべきでしょう・・・幼い頃からのいじめ、親族からの過剰なまでの愛情、婚約者の存在と裏切り・・・これだけの要因があって、歪まない方が逆におかしいでしょう・・・そして、明さんの『平穏』を何よりも求める性格はそれを恐ろしいほどまでに自虐的に育ててしまった・・・
「・・・そうだよ」
彼はやっと自分から語りだしました・・・そして、
「だって、当然だろ!?周りは僕が金持ちの子どもと言うだけで嫉んで、僕を傷つけて・・・お爺様もお父様も僕に対して愛情を向けてくれるのにそれを恨めるはずがないじゃないか!!姉さんだって僕を守るために自分の手を汚したのに・・・それを否定することなんてできないよ・・・」
彼は初めて、自分の本心を語りました・・・
「仁美さんのことだってそうだよ・・・!!お爺様はきっと僕のことを思って・・・勝手に決めたんだ・・・それを拒否できるはずがない・・・そんなことすれば、九条家全体に迷惑がかかる・・・だから・・・従うしかなかった・・・」
それは衝撃的でした・・・彼の口調からその婚約に乗り気でなかったことが初めて知りました・・・恐ろしいほどまでに極端な『悪意』と『善意』しか彼は知りませんでした・・・そして、
「だけど、僕も努力した・・・彼女を好きになろうと・・・それでやっと・・・『結婚も悪くない』と思ったら・・・」
それから先は私も彼を見守る過程で知った知りたくもない『瞬間』でした・・・あの時ほど、私は後悔したことはありません・・・
「彼女はあの男と・・・」
そう、あの女は明さんと言う『婚約者』がいながら・・・
「やっと・・・誰かを信じてみようと思ったのに・・・」
「・・・」
彼は自分の両腕の中に頭を埋めて、俯きました・・・私は黙ることしかできませんでした・・・ですが・・・
「・・・!?マリちゃん・・・?」
「・・・」
私は黙って彼を抱きしめました・・・その姿はあまりにも弱々しかった・・・そして、抱きしめて初めて彼の身体は震えていたことに気づきました・・・
「大丈夫ですよ・・・明さん・・・」
「・・・」
私は明さんを安心させたかった・・・
「あなたは『人間』ですよ・・・誰よりも優しい・・・『人間』なんですよ?」
「でも、僕は・・・」
彼が言いたいことが分かった私は・・・彼の言葉を遮り・・・
「裏切られたんですから・・・憎んでもいいんですよ?」
「え」
「ふふふ・・・」
私の一言に彼は驚いたようでした・・・むしろ、驚いたのは私の方なんですけど・・・
「『人間』なら、傷つけられたら怒る・・・誰だってそれが普通なんです・・・あなたは常に周りのそう言った汚いところを見てきたから否定したいようですけど・・・あなたの怒りなんてまだ綺麗なものなんですよ?」
「・・・」
彼は常に周りから『悪意』を向けられてきました・・・だから、『悪意』と『敵意』の区別を理解できない・・・そして、『自分はそれを向けられても仕方のない人間なんだ』と思い込むしかなかった・・・そして、『自分はああなってはいけない』と強く念じてしまった・・・それが彼を強く歪ませてしまいました・・・だけど、一度だけあなたは・・・
「じゃあ、どうしてあなたは私を助けたんですか?」
「それは・・・」
私は最初に彼と出会った時のことを話した・・・すると・・・
「許せなかったから・・・」
彼は答えた・・・私はそれに嬉しさを感じながら・・・
「だったら、大丈夫ですよ・・・」
そう言いかえした・・・
「え?」
私の腕の中から彼は見上げた・・・
「そうやって、あなたは『怒り』を感じたのにあなたはちゃんと、結局、私を助けてくれたじゃないですか・・・そんな人なら・・・」
「でも、僕は・・・」
彼はそれでも不安そうでした・・・恐らく、自分の『感情』のままの動くことで誰かを傷つけることを彼は恐れている・・・そして、今でも自分は『人間』のなりそこないだと勘違いしているはずです・・・だけど・・・
「大丈夫ですよ・・・明さん・・・」
「・・・」
私はさらに彼をさらに強く抱きしめて言った・・・
「あなた・・・泣いているじゃないですか・・・」
「え・・・」
そう、彼は泣いていた・・・涙を流しながら・・・彼は自分で泣いていることに気づかなったようですが・・・
「ほら、あなたは『人間』なんですよ?だから、あなたにも幸せになる権利はあるんです・・・」
涙を流す・・・それは・・・『人間』として当然の証なのです・・・多くの人々は『涙なんて流したくない』と思うかもしれません・・・それでも、『涙』は人間にとって大切なものなんです・・・
「マリちゃん・・・」
彼は立ち上がり私に顔を向けた・・・その目は涙とともに何かしらの『決意』に溢れていました・・・
「どうしたんですか?」
彼は涙を拭いました・・・私はその顔を見た・・・そこには・・・13年前まで私だけが見ることができた・・・あの笑顔が存在していた・・・
「勝手だと思うけど言わせてほしい・・・」
「・・・」
私は黙って聞くことにした・・・彼がその言葉を発する瞬間まで刹那に近い時間だったのにそれは永遠に感じました・・・
「僕は君のことが好きだった・・・13年間忘れていたけど・・・それでも僕は君のことが好きだった・・・そして、今でも君のことが好きだ」
「・・・え?」
私は最初、彼が何を言っていたか分からなかった・・・『好きだった』?
「僕は君に会うことも君と結ばれることもできないからてその辛さに耐えられなくて、そんな自分勝手な理由で君のことを忘れようとした・・・本当にごめん・・・」
「・・・」
私は唖然とするしかありませんでした・・・だけど、私は冷静さを取り戻してこう告げた・・・
「そんなの許せるはずなんてないじゃないですか・・・」
それを聞いた彼は罪悪感を顔に浮かべました・・・
「・・・そうだよね・・・ごめ―」
「だから、絶対に許しません・・・罰として、ずっと私と一緒にいてください」
「え・・・」
私はそう言って彼の後頭部に両手を回した・・・そして・・・
「あなたが13年間ずっと、忘れていたように・・・私も13年間ずっと、ある言葉を言えなくて辛かったんですよ?・・・」
そして、私は13年前言うことができず、後悔した言葉を彼に向けて・・・
「大好きです・・・明さん・・・」
その瞬間、私たちの大切だった時の流れが動き出した気がしました・・・その言葉を言い放った私は彼の頭を引き寄せ、自分の唇を彼の唇に重ねました・・・彼は最初、混乱していましたが・・・すぐに自分も唇を押し付けてきました・・・その時は私は非常に『女性』と『魔物娘』両方の幸福感に溢れていました・・・
「あん・・・」
彼の唾液が私の口内が入ってくるたびに私はそれをさらにねだるように彼の口内に舌を伸ばし貪ぼるように舌を這わせました・・・そして、明さんも・・・
「うむむ・・・」
私の舌に自分の舌を絡めてきました・・・私はそれに応えて何度も何度も自分の舌を彼の舌と交わらせました・・・そして、再び明さんもそれに応えました・・・そのような繰り返しを私達は続けました・・・その時の快楽は13年・・・いえ、15年に渡る想いが加わったこともあり信じられないほどのものでした・・・そして、名残り惜しくも私たちはそれを中断しました・・・
「「はあはあ・・・」」
私たちはお互いの吐息を互いに聞き合いました・・・それも互いを求め合う気持ちを高まらせるものでした・・・しかし、私たちは・・・
「明さんはその・・・」
「なに・・・」
「私の寝室に・・・」
「・・・うん」
次へと向かうためにあえて耐えて場所を私の寝室へと移しました・・・でも、それもまたその移動する時間も互いを求め合う感情を高まらせる材料となるでしょう・・・今や、私たちにとっては全てがそうなのですから・・・
水晶玉を通じて私は彼らの決着を見届けました・・・そして、これから先を覗くのはちょっと無粋なので水晶玉の映像を切り、安堵の息を吐きました・・・
「これで、やっと安心できますね・・・」
私はこの13年間を振り返りました・・・
「自分は『人間』じゃないから、幸せになってはいけない・・・て本当に馬鹿ですね・・・」
私は今、この瞬間茉莉の夫になった男性に対しての皮肉を呟きました・・・
「確かに特異な生まれでそれが原因で虐げられたならば、あるいはそう思っても仕方がありませんね・・・」
彼は確かに恵まれた家庭に生まれました・・・しかし、それは周囲の嫉妬を招き、理不尽な暴力を招きました・・・普通なら子どもは周囲に責任を押し付けますが、彼にはそれができなかった・・・だから、
『自分は『鬼』だ、『悪魔』だ・・・だから、こうなっても仕方がない・・・』
と言う結論に至るのも仕方がないのかもしれません・・・そして、彼は何よりも自分が他人を傷つけることを極度に恐れました・・・それは『痛み』を知っているからこその恐怖・・・どこまでも甘くも優しい彼の性質・・・そして、それを耐えようとしても・・・彼のことを愛してくれる姉は大切な弟を傷つけられたことを許さず、彼の代わりに彼を傷つけた人間を排除しました・・・それでも、彼は恐れました・・・自分のために母の分までこんな自分を愛してくれる姉の手が汚れていくことを哀しんだ彼は自分を殺して、
『悪いのは全部自分・・・だから、自分には笑うことも怒ることも泣くことも許されない』
と勝手に決めつけて本当の意味で『鬼』になりました・・・いえ、なろうとしました・・・茉莉に出会うまでは・・・公園で泣いていた茉莉を見た彼はなぜか、彼女の泣く姿を見て心を痛めました・・・そう、『鬼』になろうとした時間はそこで止まった・・・彼はあの時、初めて怒ることを知りました・・・そして、初めて、親族以外から彼は『笑顔』を向けられて、彼も笑うことができました・・・その時に彼は『鬼』になることを止めました・・・そして、初めて『人間』としての喜びを彼は知りました・・・そして、それは3年間続きましたが、彼は祖父に自分に『婚約者』がいることを告げられ、茉莉と別れることになりました・・・それは彼にとっての地獄のような苦痛でした・・・だから、彼は茉莉との思い出を忘れようとして、『婚約者』のために血の滲む努力をし続けました・・・それは茉莉に対する贖罪でもありました・・・茉莉をある意味では捨てたことに無意識に罪悪感に感じ、必ず茉莉の分まで幸せにして、愛そうと努力しました・・・しかし、2年前、彼女は『刺激』が欲しくなり、不貞を犯しました・・・それを知った彼は茉莉を犠牲にしてでも愛そうとしたことを否定されたと思い、同時にやっと、茉莉を失った傷も癒えてきたのにその傷を抉られたことで2年間も苦しめられました・・・そして、ついには・・・
『自分は生まれてきたことが間違いだった・・・自分は救われることもない・・・』
と結論付けてしまいました・・・それでも、自分が死ぬことで親族や自分を愛してくれる人間が苦しむことを恐れて死ぬことができなかった・・・彼は誰よりも人の愛情の価値を知っていた・・・それが押し付けられた『善意』であったとしても、彼は拒否することができませんでした・・・彼にとってはそれだけで捨てることさえおこがましかったのです・・・ですが、彼は絶対に生き続けることができました・・・それは・・・
『自分は一度たりとも過ちを犯していない・・・だから、まだ生きていても良いんだ・・・』
と言う異常なまでの『潔癖』な精神・・・それは最大の鎧でした・・・しかし、彼は自分にとって大切な存在であり、肉親以外で唯一自分に対して、好意を向けてくれた茉莉の存在を忘れると言う『裏切り』を犯してしまいました・・・それが、彼を『自殺』へと追い込んだ・・・実は私はこの時・・・彼を見捨てるつもりでした・・・そもそも、彼は『安息』を求めていた・・・なら、『無』と言う『安息』を欲するなら、別にいいでしょう・・・
「まあ、私が助けなくても茉莉が最期の手段として無理矢理、彼の心を壊してでも彼を生かすと思いますけどね・・・」
ですが、彼はあの時・・・
『会いたい・・・』
と自分の本当に望んだ『願い』をちらつかせる言葉を言い放ちました・・・そう、彼の本当の『願い』とは・・・
『自分をただの1人の人間として見てほしい・・・そして、愛してほしい・・・』
と言う願いなのです・・・彼は自分の汚い部分を見ても、それでも自分を愛してくれる人間を求めたのです・・・そう、今までの彼は・・・人から否定されることを誰よりも恐れました・・・だからこそ、
『自分は『正しく』あろう・・・どんなに周囲から拒絶されようと自分は『正しく』あろう・・・そうすれば、誰も自分を否定できないから・・・』
と常に波風の立たないように生きてきました・・・本当に愚かで哀れです・・・
「人間なら、多少の過ちは誰でも犯すものなんですけどね・・・」
そんなことすら、彼は理解できなかった・・・幼少の頃から存在を周囲から否定されたら、そうなるのも当然ですけど・・・
「どんな人間だって生まれて来るときは平等です・・・多少の才能や地位、財産などの不平等はありますけど・・・皆、同じです・・・」
そう、私からすれば、彼もただの『人間』です・・・いえ、下手をすれば私たち『魔物娘』だって、普通に人間と同じように誰かを愛することができるので、種族は違えど・・・皆、同じなんです・・・
『たとえ、種族が違っても・・・あの子たちは我々、人間と同じで泣いたり、笑ったり、怒ったりして、生きています・・・あの子たちにだって生きて幸福になる権利はあります!!絶対にあの子たちは渡しません!!』
・・・私はかつて、こことは違う世界で『人間』でありながら、『人間』の子どもも『魔物娘』の子どもも等しく愛した1人の聖職者の言葉を思い出しました・・・彼は私の目の前で教団の人間に殺されました・・・しかし、それでも私たちを逃がすために最期まで抵抗しました・・・私たちはその後に助けに来てくれたリリム率いる魔王軍の小隊に助けられました・・・
「そんな彼の言葉を絶対に否定させたくなかった・・・だから・・・私は・・・彼らを幸せにしたかった・・・これで良かったんですよね・・・神父様・・・」
私は自分の養父である神父さまの言葉を思い出しました・・・彼の生きているなら『どのような生まれの者だって幸せになる権利はある』と言う言葉を否定なんてされたくなかった・・・だから、最初は明さんのことを見捨てようと思いましたが・・・彼が自分の意思で初めて自分の『願い』を願ったことで私は彼を茉莉の下へと治療し転送させました・・・そして、『潔癖』と言う鎧にひびが入ったことで彼は初めて自分の『弱さ』を晒しました・・・そして、茉莉はその彼の『弱さ』も受け入れました・・・そして、彼もそれを信じました・・・
「本当におめでとう・・・明さん・・・茉莉・・・」
私は喜びの涙を流しながら・・・彼らを祝福しました・・・
13/08/26 20:01更新 / 秩序ある混沌
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