連載小説
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時間の与えるもの
自宅に帰った僕は紅茶を淹れようとしている・・・そして、どの紅茶に使用か迷っている・・・ニルギりにしようか、アッサムにしようか、ダージリンにしようかそれぞれのケースを指しながら迷っている・・・そして、あるケースの前で指を止めた・・・
「アールグレイか・・・」
 そう、僕が一番好きで最もメジャーな紅茶の一つだ・・・2年前までは週に3回は飲んでいて一番消費量が多くて、毎月一回は店に買いに行ってたな・・・
「どんな、味だったけ・・・」
 その味すらも忘れていた・・・いや、なんで好きだったのか・・・わからなかった・・・そもそもアールグレイはフレーバーがきつすぎて茶葉本来の香りや味を殺している・・・ある意味では最も好みが別れる茶葉だ・・・
「こんな時・・・『好きなものは好き』だと理由なく言えたら苦労しないのに・・・」
 僕はそういう人間だ・・・なんでもかんでも自分の考えた『理論』だけで生きてきた・・・子どもの頃からそうだった・・・周囲が自分を異物として扱うなら自分はなるべく他人と関わらないように生きてきた・・・それでも、僕に食って掛かる人間には圧倒的な力の差を見せて僕に手を出せないようにするだけでよかった・・・そうすれば、周囲の人間も自分も傷つくこともないから・・・そうやって、僕はなるべく必要最低限の義務と努力をしてきた・・・
「できたかな・・・」
 僕は自分で淹れた紅茶を口に持って行った・・・
「やっぱり・・・美味しいな・・・」
 久しぶりに口に広がるベルガモットの香りに僕は懐かしい記憶を思い出した・・・
『あの・・・おいしいです・・・』
 その顔を思い出した瞬間僕を頭痛が襲うが・・・もう既にそんなことどうでもよくなっていた・・・
「最後にこの紅茶を飲めたことは良かった・・・」
 そう言って僕は書斎に向かい、一枚の紙にあるものを書き記した・・・そして、それを終わらせると僕は机の中からカッターナイフを取り出した・・・僕はそれを右手で持ち、左手首に刃を向けた・・・そして・・・
―プシャー!!―
「ぐっ・・・!!!」
 僕は自分の手首を勢いよく切った・・・そこから血吹き出し、流れ続けた・・・そして、その激痛の中、僕はなぜか安心感があった・・・
(痛い・・・だけど、これでやっと解放される・・・僕は・・・僕は・・・)
 しかし、その中で僕は・・・自分の『選択』に対して、『罪悪感』を感じ出した・・・多くの人間を悲しませることに僕は『後悔』した・・・だけど、それしか僕は選べなかった・・・今まで僕は結局は自分のために行動することができなかった・・・僕は自分の幸福を自分で手に入れようとしなかった・・・そんな、人生に僕は『虚しさ』を感じた・・・そして、その『生き方』すらも既に僕を『生』に執着させることすらできなかった・・・だが、薄れゆく視界の中で僕は・・・
「マリちゃん・・・」
 昔、好きだった女の子の名前を・・・いや、今でも好きな女性の名前を呟いた・・・
「会いたい・・・」
 死が近づいて、初めて気づいた・・・僕の心の底からの生への渇望・・・だけど、全部が遅すぎた・・・そして、諦めた・・・
(今さら、虫が良過ぎる・・・彼女のことを忘れていた僕が今さらになって彼女に・・・)
 自分の愚かさを嘲笑いながら僕は自分を納得させた・・・昔から、僕は欲しいものがあると自分の失点を持ち出して、それで強引に自分を納得させてきた・・・そんな、自分にこの最期はお似合いだ・・・だけど・・やはり、できることなら・・・
「会いたいよ・・・マリちゃん・・・」
 と僕は情けない声で自分の『欲望』を声に出した・・・すると・・・
「そうですね・・・チャンスをあげますから、自分でその欲望・・・叶えてきなさい」
 どこからか声が聞こえてきた・・・そして、見上げると・・・
「天使・・・」
 黒い翼を生やした、天使が部屋にいた・・・そして、僕の意識はそこで途切れた・・・

「やはり・・・ああなりますか・・・」
 私は治癒魔法を施して転送魔法で明さんを茉莉のいる教会に送った・・・
「まったく・・・あなたたちはどれだけ私をひやひやさせたら気が済むんですか・・・」
 明さんは自ら生命を絶とうとした・・・そして、私は彼が書き記した手紙を読みました・・・
『この手紙を読んだ時、僕は既にこの世にいないでしょう。お世話になった皆様方には大変身勝手ですが、僕は生きているだけで辛いのです。父さん、男手一つで育ててくれて僕に一度だけでもワガママを許してくれたことに感謝しています。このようなかたちで恩を仇で返してしまってごめんなさい。姉さん、あなたが幸せになろうとする瞬間に私はあなたを悲しませることになってしまい、本当にごめんなさい。東さん、あなたの弟が僕の婚約者に不貞を犯したことはあなたに関係はありません。どうか、ご自分を責めないでください。あなたは僕の尊敬する人間です。あなたのような『父親』になりたかったです。藤堂さん、もし一度でも僕のことを義理の息子だと思ってくれたなら仁美さんを許してあげてください。』
 それは『遺書』でした・・・なるほど、彼が求めようとしたのは『安息』でしたか・・・確かに彼の人生はまるで『生かされてる』と言う感じですね・・・自分が死ぬことで多くの人間に迷惑と苦しみを与えてしまう・・・だからこそ、『生きるしかなかった』と言うのが彼の人生そのものですね・・・
「本当によく生きてこれましたね・・・」
 私は呆れと感心を持ってそう呟きました・・・恐らく、彼は自分が生きてることに対して価値を見出せていない・・・本当に危険な状態です・・・
「確かにこれでは彼を無理矢理、快楽で自分のものにしても・・・虚しいだけですね・・・茉莉・・・」
 私たち魔物娘にとっては愛する夫を得て、夫婦で交わり、子を生すことこそ幸福ですが・・・茉莉は全てに決着がつかない限りは絶対にそれを望みません・・・なぜなら、下手をすると明さんの人格が崩壊する可能性があるからです・・・確かに私たち魔物娘の魔力には『癒し』の力があります・・・しかし、それが作用する前に明さんの人格が限界を迎えるはずです・・・それほどまでに彼は追い詰められています・・・いや、本当は既に限界を迎えていたのでしょう・・・15年前までは・・・その時、彼は『機械』のように生きることを既に覚悟していたのでしょう・・・ ですが、茉莉に出会ったことで初めて『生きる』ことに対しての楽しみを知り・・・『機械』になる前に『時間』が止まったのでしょう・・・
「いや、彼の止まった『時間』は結局どちらなんでしょうか?むしろ、茉莉に出会ったことで『時間』が止まったのでしょうか?動き出したのでしょうか?・・・私にはわかりません・・・そして、茉莉・・・あなたの『時間』も・・・」
 そう言えば、茉莉に暇になってこの世界の聖書を読んでもらいましたっけ・・・確か、その内容で人類の祖先は神様に食べることを禁じられていた『知恵の実』を食べたことで楽園から追放されたんですよね・・・そして、人類はその罰で永遠に苦しむようになったと言われてますが・・・
「本当に神様の罰なのでしょうかね・・・」
 私としては神様は人類を罰するつもりなんてなかったと思いますよ?人間が『知恵』を得たことで色々なことを考えて苦しむようになっただけなのに・・・どうして、そんなに自分たちは『苦しんでいる』と思いこむんでしょうね・・・それに苦しみを理解したことで初めて、それに伴う『喪失感』と『執着』、『愛情』を知ることができたと思います・・・もし、神様の意思で人間が『知恵』を得たと言うのなら、きっとそれは・・・
「茉莉・・・そして、明さん・・・あなた方は互いに『禁断の果実』を与えたあったのですから、ちゃんと責任を取りなさい」 
 そう言って私は水晶玉を通じて彼らのことを見守ることにしました・・・

「明さん!!」
 私は突然、教会の床に魔法陣が現れその中心に突然、明さんが現れました・・・そして、彼の血まみれの左手を見た瞬間、私は彼が何をしたか察しました・・・
「どうしてなんですか!?明さん!!なんで・・・」
 私は気が動転してしまい声を荒げて明さんの身体に頭を埋めて泣きました・・・
「私はあなたが幸せなら、それだけで十分なんです・・・あなたが生きてるだけで十分良いんです・・・!!」
 私は目を閉じている彼に思いっきり自分の感情をぶつけた・・・おそらく、この教会に彼を転送したのはステラでしょう・・・彼は死んでいないはずです・・・ステラのことですから、きっと治療を施しているはずですから・・・だけど、私は初めて自分の本心をぶつけました・・・それしか、私はどうすることもできなかった・・・
「うぅ・・・」
「あ、明さん!?」
 彼はどうやら、目が覚めたようです・・・私は今、自分がどんな表情をしているかわかりませんが、無理をして、笑顔をつくりました・・・彼を心配させないために・・・
「マリちゃん・・・?」
「はい」
 彼が私に気付くと私は顔を彼に向けました・・・
(もし、彼をこのままにすれば、きっとこの人は・・・)
 私は彼を失うことに恐怖を抱きました・・・そして、それは決意に変わりました・・・今日こそ彼を救う・・・いえ、そんな高尚なことなんかじゃない・・・私の15年分の想いに決着をつけることを・・・私の『欲望』に決着をつけることを・・・ 
 
  
13/08/22 17:02更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 『死』とは『安らぎ』であり『救い』であるでしょう・・・しかし、それは本当でしょうか?確かに生きていれば辛い時もあるでしょうが・・・それは一時の『逃げ』と同じです・・・なぜなら、生きているだけでこの世界は素晴らしいのです・・・だから、逃げてはいけません・・・どんなに辛くても・・・生きているだけで素晴らしいのです・・・『死』は永遠の安らぎを与えますがそれは決して『幸福』ではありません・・・では、これより始めましょう・・・私なりの『救済(ご都合主義)』とやらを・・・

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