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ソフィナちゃん奮闘記
朝日が昇る頃、彼はこの浅瀬にやってきます。

私は、毎日この時間が楽しみ。

「やぁ、今日も来たよ」

彼は笑顔で私にそう言います。

その笑顔がとても眩しくて、ちょっと困っちゃうくらいです。

彼がいつもの小さな岩に座るのを合図に、私は一度深呼吸してから、歌を歌います。

「〜〜♪」

最初の頃はあまり上手じゃなくて、自信もなかったけど、最近では上手になってきた気がします。

やっぱり、誰かのために歌っているからでしょうか。

歌い終わって、ふぅ、と小さく一息。

すると、少し離れた岩の上に座っている彼が、笑顔で拍手してくれます。

「良かったよ。俺は音楽にはあまり詳しくはないんだけど、それでも最初の頃より間違いなく上手になってると思う」

「え、えへへ…。あ、ありがとうございますっ」

彼の賞賛の言葉がとてもくすぐったいです。

「…さて、元気も貰ったことだし、そろそろ漁に行ってくるよ」

「あっ…はいっ。気をつけてくださいね」

「ありがとう。それじゃ」

彼はそう言って私に笑顔で手を振ると、漁に向かいました。

私も手を振りながらその背中を見送ります。

彼の背中が見えなくなると、私は寂しくてちょっとため息をついちゃいます。





私の名前はソフィナ。海に暮らすマーメイドです。

1ヶ月くらい前、私は彼……漁師のエルルクさんに出会いました。

いつか王子様に出会えるよう、思い切って浅瀬で歌ってみたのが出会いのきっかけでした。

まだ下手っぴな歌を聴かれてしまったことの恥ずかしさもありましたが、それ以上に私にはエルルクさんが王子様のように思えたのです。

胸のどきどきがおさまらず、私はその日のうちにエルルクさんに想いを伝えるべく、エルルクさんの家にまで行きました。

…エルルクさんは留守で、待っている間に干からびそうになったのは内緒です。

その日の夕方、帰ってきたエルルクさんに想いを伝えました。

私は小さいので、笑って一蹴されたらどうしようという恐怖もありました。

ですが、エルルクさんは笑ったりせず、真面目に考えてくれました。

まだ結婚は早いということにはなりましたが、私の歌の練習には付き合ってくれることになりましたし、最近ではそれ以外にも時々会いに来てくれます。

でも、まだそこからの進展はありません。

私はもっとエルルクさんとの距離を縮めたいのですが、やっぱり私が小さいからこれ以上距離が縮まらないのでしょうか…。

そんなことを考えながら私が浅瀬で尾びれを抱えていると、近くをピンク色のメロウさんが通りかかりました。

「あら? どうしたの、こんな所で。迷子?」

「違いますっ。ちょっと、考え事をしてたんです…」

「ふぅん。ね、良かったらおねーさんが相談に乗ってあげよっか?」

そう言えば、メロウさんは恋愛の話が大好きだと聞いたことがあります。

もしかしたら、エルルクさんとの関係を縮めるヒントを教えてくれるかもしれません。

私は、メロウさんに悩みを打ち明けました。

すると。



「…畜生ッ! こんな小さな娘でさえ恋人がいてしかもその関係で悩んでいるレベルだというのに、あたしは、あたしは…まだ、恋人のコの字すら…ッ!!」



……あ、あれ…?

私、何かいけないことを言ったのでしょうか?

「あの」

「…いや、ここでこの娘の相談に乗ってあげないのは恋バナ好きのメロウの名折れ。気を取り直すのよ、あたし……!!」

ぶつぶつ呟いたあと、メロウさんは笑顔でくるりと私に向き直りました。

ちょっと怖いです。

「あぁ、ごめんね? 気にしないで」

「は、はぁ…」

「それはそうと。マーメイドの歌を毎日聴いてるのにまだ関係が進展しないのはなかなか強敵ねぇ…。話を聞く限りでは少なからず魅了されてるとは思うけど」

「…やっぱり、難しいのでしょうか…」

私はメロウさんの言葉にちょっと悲しくなりましたが、メロウさんはそんな私にちっちっちと指を振って見せました。

「そんなことないわよ?」

「本当ですか!?」

「ええ。私が思うに、あなたの『押し』はまだまだ足りないわ」

「『押し』、ですか?」

「そう。もっと自分から距離を縮めにいけばいいのよ」

「でも、どうすれば…」

「まずは物理的に。彼の家にまで押しかけてみたらどうかしら」

それは初めて会った日にやってみました。

でも、干からびかけて、エルルクさんを心配させてしまいました。

もう一度心配させるようなことはしたくはありません…。

「…ふむ、なるほど。それなら、干からびなければいいのよ」

「え?」

「ちょっと耳貸して」

「え、は、はい」

「ごにょごにょごにょ…」

「…え、えぇっ!? 本当に、そんなことができるんですか!?」

「勿論よ。でもそれだけじゃ足りないわね。もっと大人として見てもらうために…ごにょごにょごにょ」

「え、ええぇっ!? そ、それをやるんですか!?」

「そうよ。これでその彼もあなたの大人の魅力にメロメロになるわよ♪」

「う、うぅ……。わ、わかりました。やってみますっ!」

「そう、女は度胸よ! 頑張って、行ってらっしゃい!」

「はいっ! ありがとうございましたっ!」

私は、親切なメロウさんの声援を背に、海岸へと向かいました。



「…畜生! あたしだって、素敵な男を見つけてやるんだからー!! うわーーん!!」



…後ろの方で何か聞こえた気がしますが、気のせいでしょうか…。





市場からの帰り道をのんびり歩く。

今日もなかなかの稼ぎになった。

ソフィナの歌を聴くと、その日一日調子がいいような気がする。

おかげで大分お金も貯まり、そろそろ目標金額に到達する。

このことをソフィナが知った時の反応が楽しみだ。

思わず口元に笑みが浮かぶのを自覚しながら、自宅のドアを開ける。

「ただいまー」

今は亡き親の躾のおかげで、家に誰も居ないのがわかっているのに言ってしまう癖がついている。

…のだが。

「あっ、おかえりなさい!」

という声と、ぱたぱたという足音が家の奥から聞こえてくる。

声には聞き覚えがある。ソフィナだ。

だが、「ぱたぱたという足音」…?

驚きのあまり呆然としていると、奥からソフィナが「走ってきた」。

思わず彼女の下半身に目が行く。

そこにあったのは、すらりとした肌色の、人間の脚。

彼女はエプロンを身に着けており、腰の辺りから脚の付け根にかけて肌色が覗いている。

間違いなく、彼女の脚だった。

…いや、と言うかちょっと待て。

「おかえりなさい、エルルクさん! お疲れ様です!」

「…あ、うん、ただいま。ところでソフィナ」

「はい!」

「その脚、どうしたの」

「親切なメロウさんに魔法を教えてもらったんです!」

「…うん、それと、そのエプロンの下って…」

「え…あの、その…は、はだか、です…」

もじもじと恥ずかしそうにソフィナは言う。

「…誰から聞いたの、それ」

「し、親切なメロウさんに…」

どこの誰だか知らないがこんな純粋な娘に何を教えてるのか。

「あ、あのっ、エルルクさんっ」

「あ、うん?」

「…えいっ」

小さな気合いの声と共に、ソフィナは内股で前かがみになって膝に手を置き、上目遣いで俺の方を見上げてきた。

ある程度の胸があれば谷間を強調するポーズなのだろうが、ソフィナは胸がないため谷間がない。

というかエプロンの胸元から色々と丸見えで…って何を見てるんだ俺は!?

「…ど、どうですか? ど、どきどき、しました?」

「…うん、まぁ、色々な意味で。……それもその『親切なメロウさん』が?」

俺は極力目を逸らしながら訊いてみる。

「…は、はい…」

「なるほど。とりあえず」

軽ーくデコピン。

「ぁうっ」

「とりあえず大変はしたないのでやめなさい」

「ご、ごめんなさい…その、エルルクさんに喜んでもらえればと思って…」

そう言いながら彼女はいつもの貝殻ブラを着け、脚を尾ひれに戻した。

「そんなことしなくても、俺はこれまで通りのソフィナが、その、す…」

ぱたり。

言いかけたところで、目の前のソフィナが静かに倒れた。

「…ソフィナ? おい、ソフィナ! どうしたんだ!? おい!!」

身体を揺すってみても、彼女は目を閉じたまま動かない。

以前のように干からびたわけではなさそうで、眠っている、あるいは気絶している状態に近いように見える。

…何が起こった? 病気? まさかさっきのデコピンが原因?

わからない。

俺は、焦りを隠すことができないまま、彼女を抱きかかえ、家を飛び出した。

確か、町の裏路地に魔物娘の診療所があると聞いたことがある。

一刻も早く、その診療所へ。

俺は全力で走った。





町の裏路地に、それらしい看板の診療所があった。

中から出てきた銀髪に紫色の瞳が特徴的な血色の悪い少女と、その少女に手を引かれるように出てきた男の二人組とすれ違うように中に入る。

中に居たのは金髪に赤眼が特徴的な美女だった。

彼女がここの診療所の主らしい。

「いらっしゃい。今日はどうしたのかしら?」

俺はソフィナをベッドに横たえ、事情を説明した。

「ふーん、なるほどなるほど…」

レイラという名の診療所の主は、話を聞いてうんうんと頷くと、棚から何やら奇妙に光り輝く水晶玉のようなものを取り出し、ソフィナのそばに置いた。

そしてソフィナから離れて様子を伺う。

水晶玉は棚から取り出した時よりも弱々しく輝いている。

「やっぱりね。原因がわかったわよ」

「本当ですか?」

「ええ。要は魔力切れよ」

「魔力切れ?」

「そう。あの玉はごく近くの魔力に反応するの」

つまり、取り出した時はレイラの魔力に反応していたので強く輝いており、今はソフィナの魔力に反応しているが、ソフィナの魔力が少ないために弱々しい輝き方になっている、ということらしい。

「で、ソフィナは治るんですか?」

「もちろん治るわよ。魔力が切れたなら補充してやればいいだけのことよ」

「補充?」

「そ。彼女だって魔物娘なんだから、補充の仕方くらいわかるわよね?」

…何を言いたいかは理解した。

だが。

「ですが、彼女はまだ幼いですし、流石にそれは…」

「魔物なんだから気にしないと思うけどなぁ。でもまぁ、あなたの気持ちもわからなくはないわね」

「それなら、どうすれば…」

「彼女が幼いのが幸いしたわね。エッチしなくても、多分キスくらいで多少は補充できると思うわよ。目が覚めたらちゃんと彼女に食べ物を食べさせてあげれば回復するわ」

「き、キス…!?」

「そうそう。ほら、御伽噺の眠り姫だって、王子様のキスで目を覚ますのが定番でしょ? そういうこと。それじゃ、お大事に〜♪」

…半ば追い出されるように診療所を後にした。

腕の中には、今も目を閉じたまま動かないソフィナがいる。

今では自分にとってソフィナの存在は非常に大きなものとなっている。

結婚はまだ早いとは思うが、それは決して彼女のことが嫌だからではない。

ならば、やることは決まっているじゃないか。

俺は、腕の中で眠るソフィナにゆっくりと口付けた。





「……ん、んん…」

身体が心地よく揺られているような感じがして、私は目を覚ましました。

「お、起きたか。良かった…」

目の前には、大好きなエルルクさんの顔。

…あれ?

「え、えぇ!? エルルクさん!? え、私、何で、えぇ!?」

自分が置かれている状況に、思わずパニックになってしまいました。

だって、この状況、どう考えても、私が、エルルクさんに、お姫様だっこ、されてるんですから…!

「家でいきなり倒れたんだよ。だから、診療所に連れて行って、今はその帰りだ。…そろそろ海に着くぞ」

確かに、エルルクさんの家でデコピンされたあたりで記憶が途切れています。

「魔力切れだってさ。海に戻ったら、ちゃんと食べた方がいいぞ」

「は、はい…」

やがて私たちは海に着き、エルルクさんは私をそっと海の中に降ろしてくれました。

「あの、エルルクさん。ご迷惑をおかけして、ごめんなさい…」

「…全く、無茶なことはするなよ」

「…はい…」

「それと、危ないからしばらくの間俺の家に来るのは禁止だ」

「…え…」

突き放されたような気分でした。

それでも、訊かずにはいられませんでした。

「エルルクさん、それって、どういう…!?」

「ほら、まだ魔力切れの影響があるかもしれないから、早く帰って何か食べるといい」

「あっ、待っ、エルルクさんっ…!」

エルルクさんは、答えずに行ってしまいました。

私はただただ、呆然と、エルルクさんの背中を見送ることしかできませんでした。





それから私はずっと海の中で泣き続けました。

エルルクさんに迷惑をかけてしまった、家に来るなと言うほど怒らせてしまった、エルルクさんに、嫌われて、しまった……。

それらがどうしようもない後悔となって私の胸を締め付けていました。

エルルクさんに合わせる顔がなく、毎朝の歌の練習にも行けませんでした。

エルルクさんは心配しているでしょうか。

…そんなはず、ないですよね。私は、嫌われてしまったんですから。

きっと、行っても、もう、エルルクさんは来ないですよね。

そう思うとやっぱり悲しくて、私はまた泣きました。

それから一週間経っても、悲しみは癒えませんでした。

また思い出して泣きそうになっていると、ふと後ろから声をかけられました。

「やっほ、あの時のマーメイドだよね? どう、うまくいった……って、わわっ、どうしたの!?」

あの時の親切なメロウさんでした。

メロウさんは私の顔を見るなり、事情を察してくれたみたいです。

「…その顔だと、うまく、いかなかったんだね……ごめんね」

「メロウさんは悪くないです。実際にやったのは、私、ですから…」

「いや、あんなことをしろって言ったのはあたしだから、あたしにも責任はあるよ。…本当にごめん。ごめんね…」

メロウさんはそう言って深く頭を下げた後、私を優しく抱きしめてくれました。

私はメロウさんに抱きしめられながら、またわんわん泣いて、事の顛末を全て吐き出しました。

メロウさんは黙って、うんうんと頷きながら聞いていてくれました。

「…ぐすっ…。メロウさん、ありがとうございました。だいぶ、すっきりした気がします…」

泣き止んだ私がメロウさんの顔を見ると、何故か何かを考えているような顔をしていました。

「…? あの、メロウさん…?」

「…うーん、あたしが思うに、それ、嫌われたわけじゃないんじゃないかなぁ」

「え?」

「どうも何か事情があるような気がするんだけど。『家に来るな』って言われた時、そのエルルクさんはそんなに怖い顔してた?」

…思い出してみてから、私は首を振りました。

言われてみれば、あの時のエルルクさんの表情はいつもと同じ、優しい表情だったような気がします。

「…やっぱり、何か事情がありそうだねぇ」

そう言って、メロウさんはちらりと私を見ました。

「…ここは、自分で確かめてみたほうがいいんじゃないかな?」

「で、でも…」

「このまま、誤解したまま恋が終わっちゃったら、それこそ最悪でしょ?」

少し考えてから私はこくりと頷きました。

「それなら、いっそ玉砕覚悟で行動した方がいいわよ。行動しなければ事態はこのまま終わっちゃうんだから」

「…そう、ですよね」

メロウさんは力強く頷いて、ビッと親指を立てて見せました。

「…ほら、行ってらっしゃい?」

「…はいっ!」

私はメロウさんの声援を背に、海岸へ向かって泳ぎだしました。





海岸に着いて、私はメロウさんから教わった魔法で尾びれを人間の脚に変えました。

このままだと、その、大事なところが丸見えなので、浜辺に落ちていた布を腰に巻きつけてスカート代わりにします。

そして、エルルクさんの家に向かって走りました。

脚で走るのに慣れていないので、途中何度も転びましたが、一生懸命走りました。

そして。



…エルルクさんの家は、ありませんでした。



確かに、そこにあったはずのエルルクさんの家が、跡形もなく無くなっていたのです。

場所を間違えたのかとも思いましたが、何度確認しても同じでした。

私はエルルクさんの家があった場所にペタリと座り込みました。

目からぽたぽたとまた涙がこぼれてきます。

嫌われたどころか、いなくなってしまった。

もう、エルルクさんには、会えないんだ…。

立ち上がる力もなく、私はその場で泣き続けていました。

すると。

「…ソフィナ?」

聞き間違えようのない声に、私はゆっくりと顔を上げました。

町へと続く道から歩いてきたのは、間違いなくエルルクさんでした。

エルルクさんは私の姿を見るや否や、大急ぎで走ってきました。

「ちょっ、どうした!? 何かあったのか!?」

私はエルルクさんに思い切り抱きつきました。

「うぅっ、ぐすっ、良かった、もう、エルルクさんに、会えない、かと、思って…」

「えぇ!? …って、あぁ、そっか。そりゃ説明してなかったんだから、家がなくなってるのを見たら驚くよな…」

エルルクさんは泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれました。

そして私が泣き止むと、私の手を引いて海のほうへと歩き始めました。

「心配したよ。朝の歌の練習にも来なかったし。もしかしたらあの後また体調を崩したのかと思った」

「私、てっきり、エルルクさんに、嫌われてしまったのかと…」

「変な誤解をさせちゃったみたいだな…ごめん。本当は丁度今日迎えに行くつもりだったんだ」

「え?」

首をかしげているうちに、私たちは海に到着しました。

この海岸を右に進めば、いつも歌の練習をしている浅瀬に出ます。

すぐ近くにはエルルクさんの小舟がつないであります。

エルルクさんは、私の手を引いたまま、海岸を左に進みました。

少し歩くと、海岸にごく近い場所に、小さな家が建っています。

私はあまりこちらの海岸に来ることがなかったので、知りませんでした。

そしてエルルクさんは私の手を引いたままその小さな家に近づき、

「ここが、新しい俺の家だよ」

と、言いました。

ぽかんとしている私を見ながら、エルルクさんは続けます。

「結構お金が貯まったから、知り合いの大工に頼んでこっちに家を建ててもらって、引っ越すことにしたんだ。ここなら漁にも出やすいし、何よりソフィナとも会いやすい」

「ふぇっ!?」

予想もしてなかった言葉に、変な声が出ちゃいました。

「単純に近くなれば、互いに会いに行きやすいだろ? 特にソフィナは干からびかけたり、脚を生やして魔力切れを起こしたりと毎度毎度命がけで会いに来てくれていたわけだしさ」

「あ、あぅ…」

何かもう、嬉しすぎて言葉が出ません。

「家に来るなって言ったのは、古い家を取り壊したりして危なかったからだよ。ソフィナに怪我させるわけにはいかないからな。…俺がソフィナのことを嫌いになるわけがないだろ」

「は、はぅ…」

何かもう、嬉しすぎて死にそうです。

「…ところでソフィナ、また魔法で尾びれを脚にしてるのか。無茶するな、って言ったのに…。この前の魔力切れだってそれが原因なんだぞ? どうやって治したと思ってるんだ」

「…ふ、ふぇ?」

「…こうやったんだよ」

そう言うと、エルルクさんは身を屈め、私の唇にキスをしました。

…これが、トドメになりました。

何か、顔が爆発したような感じと共に、私はそのままふにゃふにゃとその場に崩れ落ちました。

「全く、これを毎回やるのは流石に恥ずかし…っておーい! しっかりしろ、ソフィナー!」

…きっと私は、この時、すっごく笑顔だったと思います。





それからはというと、あまり変わらないように見えて、大きく変わった日常を送っています。

いつものように、朝は歌の練習をして、それをエルルクさんが聴いてくれて。

歌い終わったらエルルクさんは漁に行って、私はそれを見送って。

私がエルルクさんに会いに行ったり、エルルクさんが私に会いに来てくれる時間が増えたのがこれまでと大きく違うところです。

最近ではエルルクさんが家の中に私のために大きな桶を用意してくれました。

私はその桶に入り、エルルクさんが市場から帰ってきたら「おかえりなさい」と言って、そうするとエルルクさんが「ただいま」と言います。

たまに、私は魔法で尾びれを脚に変えて、エプロンだけを身に着けて出迎えます。

そうすると、エルルクさんは顔を真っ赤にして困ったような顔になります。

まるで新婚さんみたい。

そんなことを言っていると、ある日エルルクさんがぽそりとこう言いました。

「…やっぱり、ソフィナを陸上生活させるより、俺が水中生活できるようになった方がいいかな…」

…もしかしたら、本当の新婚さんになれる日も近いのかもしれません…♪
13/02/26 21:51更新 / クニヒコ

■作者メッセージ
あらすじでも書きましたが、この話は拙作「或る漁師の一日」の後日談にあたります。
また、それ以外にも拙作「夜の墓場で運動会〜ポロリもあるよ!〜」と一部リンクしていたりします。
どちらも読んでいなくても全く問題はないと思いますが、もし興味のある方はそちらも読んでいただけるとこの上なくありがたいです。


…ネタが思いつかなかったからこれまでの作品の後日談で誤魔化そうとしたなんて口が裂けても言えな(ry

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