俺の彼女は、どこかズレている
「そうだ。今度の日曜、駅前のショッピングモールにでも遊びに行かない?」
ふと思い立ち、俺こと水守 葵(みずもり あおい)は、狭い我が家のキッチンでコーヒーを淹れている彼女に声をかけた。
「えっ…?」
彼女がきょとんとした顔で俺の方を振り返る。
整った愛らしい顔立ち。
身にまとったエプロンドレスは、全体がしっとりと濡れており、彼女の肌に貼り付いている。
…別に変なプレイをしていたわけでも、彼女が手違いで水を被ったりしたわけでもない。
俺の彼女、雫(しずく)は、「ぬれおなご」という、いわゆる妖怪なのだ。
「ほら、俺たち付き合い始めてから、デートとかそういう恋人っぽいことほとんどしてないよなー、と思って。いつも雫には世話になってるし、そのお礼も兼ねて、ってことで」
俺と雫が出会ったのは、3ヶ月前のある雨の日だった。
バイト先から帰る途中、雫は誰も居ない公園で一人、傘もささずに佇んでいた。
その光景があまりに幻想的で儚く、綺麗だったので、俺は思わず見とれてしまった。
正直なところ、一目惚れだったと思う。
ふと彼女と目が合い、俺もそこで我に返って、慌てて彼女に自分のさしていた傘を渡し、逃げるようにその場を去った。
その翌日、彼女は俺の家を訪ねてきて、そこで彼女がぬれおなごという妖怪であることを知った。
そして彼女は俺と一緒に暮らしたいと言い出し、俺は喜んでそれを受け入れ、恋人として一緒に暮らすことになって今に至る。
彼女は甲斐甲斐しく俺の身の回りの世話を焼いてくれて、一人暮らしだった俺にとっては非常にありがたい存在ではあるのだが、俺の方からは彼女に大したことはしてやれていない。
なので、せめてもの日ごろの感謝の気持ちを込めて、という意味での提案だった。
で、肝心の彼女の反応はと言うと、驚いたように目をぱちぱちさせていた。
「…あれ、もしかして嫌だった?」
「…っ! いえっ! 嫌だなんてとんでもありません! 嬉しいです! 是非お供させてくださいっ!」
凄い勢いで詰め寄られた。
まぁ喜んでくれているのなら何よりだ。
「ん、それじゃ決まりだね」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながらまたコーヒーを淹れ始める雫。
そんな彼女を見ると、自分が愛されているという喜びと、彼女に喜んでもらえたという嬉しさで、俺の顔も自然と笑顔になってしまうのだった。
…それはそうと。
「ところで雫」
「何でしょうか?」
「…何でエプロンドレスなんだ?」
「この格好、家事をするときに便利なんです。……あっ、もしかして、変、でしたか…?」
「いや、可愛いし似合ってるからノープロブレム」
変と言えば変だが、どうせ家の中だけで見てるのは俺だけだし。
ちょっと悲しそうな顔をした彼女に、ビッと親指を立ててみせる。
彼女もそれを見てホッとしたような表情になる。
…俺の彼女は、どこか微妙にズレている気がする。
「葵さん、すみません。少々、その、相談したいことがあるのですが…」
土曜日。雫は真剣な面持ちでこう切り出した。
「相談したいこと? うん、俺でよければ相談に乗るよ」
「ありがとうございます。その、明日のデートの、私の服装についてなのですが…」
「服装?……あぁ」
彼女たちぬれおなごは、一度見た服ならどんな服でも身体を変化させて再現することができる。
しかし、その服は必ず濡れたものになってしまうのだ。
「やはり、街中で私だけびしょ濡れだと、私はともかく一緒に居る葵さんまで変な目で見られるのではないかと…」
「そうかなぁ。俺は気にしないし、周りの人も気にしないと思うけど」
このあたりには昔から妖怪が多く住み着いている。
なので妖怪が奇異の目で見られることはあまりないと思うのだが。
「いえ、私が気にするのです。…それでですね、濡れていても違和感が無くなる服装を私なりに考えてみたんです。それを見て欲しくて…」
「濡れていても違和感が無くなる服装? …どんなの?」
「いきますよ……えいっ」
彼女が目を強く瞑ると、彼女の服がみるみるうちに変化していく。
そして現れたのは……スクール水着だった。
しっとり濡れた生地が肌に貼り付き、彼女の魅惑的なボディラインをくっきりと浮かび上がらせている。
特になかなかの大きさを誇る胸の破壊力がヤバい。
それに合わせて、胸の名札に書かれた「しずく」という文字とのギャップがまた凄まじい。
「どうでしょう、これなら濡れていても違和感はないと思うのですが」
鼻を押さえて顔を逸らしつつ、俺は彼女に向けて親指を立てた。
「素晴らしい。でも 絶 対 ダ メ 」
「ええっ!?」
「確かにそれは水に入るときに着る服だけど、むしろ水に入るときにしか着ない服だから。それ着て街を歩いた方が変な目で見られるから。というかどこで見たのその服」
「掃除した時にベッドの下から出てきた本で…」
「Nooooooooooooo!?」
その後、話し合いの結果、普通の格好で行ってくれることになった。
本については全く怒ったりせず、むしろ俺の好みを知るのに役立つからありがたいのだそうだ。
…俺の彼女は、やはりどこかズレている気がする。
そして日曜日。天気は晴れ。
俺と雫は予定通り駅前のショッピングモールへとやって来た。
雫はこれまで晴れの日に外出することはほとんどなかったらしい。常に濡れている自分の格好を気にしているのだろう。
また、遊びに行くという概念もあまりなかったようだ。
プールや海にも行った事はないとのことなので、昨日の発想も何となく納得できるようなできないような。
彼女はやはり自分の格好を気にしていた様子だったが、ショッピングモールに入ると目を輝かせて辺りを見回していた。
「よし、それじゃ適当にのんびり見て回ろうか」
「はいっ♪」
俺は雫の手を握り、二人並んでのんびりと歩き出した。
日曜日ともあって人が多いが、手を繋いでいればはぐれることもないだろう。
大きなショッピングモールなので店の種類も洋服、小物、アクセサリーなど様々だ。
正直なところ俺の興味を引くようなものはあまりなかったりする。
それでも雫が楽しんでくれればそれで十分だし、そんな雫を見ていれば俺だって十分に楽しい。
「雫、何か気になるものがあれば遠慮なく見ていっていいか、ら…」
隣を見ると、雫はいなかった。
だが、確かに俺は彼女の手を握っている。
自分の手に視線を落とす。
間違いなく俺の手は柔らかく水気を帯びた彼女の手を握っていた。
いわゆる恋人つなぎでしっかりと組まれた細い指。
つやつやした手の甲。
細い手首。
そしてそこからびろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んと伸びた半透明の腕。
その伸びた腕の先、かなり後方のショーウィンドウの前で、雫は足を止めていた。
…毛糸の要領で自分の両手に彼女の伸びた腕を巻き取りながら、慌てて彼女の元に戻る。
「何か気になるもの、あった?」
「えっ、あっ、はい。このお店で売っているお洋服、綺麗だなぁ、って…。あの、葵さん。その手に巻きつけているのは何ですか?」
「雫の腕」
「え、えぇっ!? あっ、私ったら、ぼーっとしてて…すみませんっ!」
慌てて腕を元に戻す雫。
そんな彼女も可愛い。正直ちょっとびっくりしたけど。
そして改めてショーウィンドウの中に飾られている洋服を見る。
女物の服のことはあまりわからないが、やや短めのワンピースという感じだろうか。なるほど、確かに可愛い。
雫が着たらさぞかし似合うのではないだろうか。
「うん、雫に似合いそうだし、ちょっと中入って見ていこうか」
「えぇっ、いいですよぅ」
「え、何で?」
「…だって、私が着ると濡れてしまうから試着もできませんし、この服、その、高くて手が出ませんし…」
悲しそうに言う雫。
それに対して俺は首をかしげた。
「あれ、雫って一度見た服なら何でも再現できるんじゃなかった?」
「……あっ」
忘れてたのか。
「ですが、お店の人に悪い気もしますから。お金を払わず服を持っていっているみたいで…」
「んー、でも写真見て自力で似た服を作るのと同じようなものだと思うし、別に構わないと思うけどな。それに、俺が見たい」
俺の言葉に、雫は顔を赤らめる。
「よし決まり。見ていこう」
「は、はい…」
雫の手を引いて店に入る。
「いらっしゃいませー」という店員の声を聞きつつ、目当ての服をじっくり観察する。
それだけで帰るのもアレなので、他の服も物色し、そして店を出た。
「…どう、いけそう?」
「は、はい」
「見たい」
「あの、その、ここでは恥ずかしいので、トイレで着替えますね…」
「え、そういうもんなの?」
昨日は普通に俺の前で着替えてたが。
「葵さんになら見られてもいいのですが、本当は人前だと恥ずかしいんですよ…?」
顔を赤らめながら雫は言う。萌える。
それなら、と近くのトイレに向かい、女子トイレに入った雫が出てくるのを待つ。
「き、着替えました…」
恥ずかしそうな声と共に、雫がトイレから出てきた。
マネキンが着ていたあの可愛らしいワンピース。
それを雫が着てみると。
なんということでしょう。
元々やや短めだったワンピースは雫の胸のおかげでさらに裾が引き上げられ、見えるか見えないかのギリギリのラインに。
そしてその状態で全体が濡れて身体に貼り付いているのだからエロいことこの上ない。
「ど、どうでしょうか…。似合いますか…?」
俺は鼻を押さえて顔を逸らしつつ、彼女に力強く親指を立てて見せた。
「超 最 高 。でもその服を着るのは俺の前だけにして」
「えっ、はっ、はい…」
戸惑ったような表情を浮かべながらも、彼女は元の服に着替えに戻る。
…家では時々あの服を着てもらおうと、俺は固く決意した。
俺も雫も少し疲れてきたので、アイスクリーム屋で一休みすることに。
オープンカフェのようなスペースもあり、ミニスカメイドの格好をしたウェイトレスが呼び込みを行っている。
…何故にミニスカメイドなのだろうか。
小さいテーブルに向かい合って座り、メニューを見ながらミニスカメイドのウェイトレスに注文を伝える。
雫はバニラアイス、俺はチョコミントアイスにした。
すぐにアイスが運ばれてきて、二人でそれを舐める。
うん、普通に美味しい。
「どう、美味しい?」
雫に何となく訊いてみる。
「はい、美味しいです。……でも、ちょっと物足りない気がしますね。葵さん、ちょっと食べてみてくれますか?」
そう言って雫は俺にバニラアイスを差し出す。
ちょっと照れくさいと思いつつ、俺はバニラアイスを舐めた。
…こちらも普通に美味しい。何が物足りないのかわからな…
「んっ」
…俺の口に柔らかいものがあたる。
何が起こったのか一瞬理解できなかった。
…雫が、身を乗り出して、俺にキスしていたのだ。
「…んちゅ、ん、れろっ…」
雫はそのまま俺の口内に舌を割り込ませ、俺の唾液ごとアイスクリームを舐め取っていく。
「…ぷはぁっ……思ったとおり、こうした方が美味しいです♪」
当の俺は、完全に硬直して、顔も真っ赤だったと思う。
「…し、雫さん、人前で、なんちゅうことを…」
「すみません。ちょっと、我慢できなくなってしまいました…」
顔を赤らめながら、笑顔で小さくぺろりと舌を出す雫。破壊力抜群の可愛さである。
俺は熱くなった顔を冷まそうとするかのように、ベロベロとチョコミントアイスを舐めまくった。
二人とも食べ終わって席を立つと、例のミニスカメイドのウェイトレスが笑顔で頭を下げる。
「ごちそうさまでしたー!」
…おいこらお前。
俺は恥ずかしさのあまり、雫の手を取って逃げるようにアイスクリーム屋から立ち去ったのだった。
そろそろ帰る頃合かな、という頃、隣を歩いていた雫がふと足を止めた。
そこはカントリー系の小物や雑貨を置いている店だった。
折角なので中に入ってみることにする。
中は色々な小物が所狭しと並べられていた。
二人それぞれしばらく思い思いに店の中を見ていたが、やがて雫が立ち止まり、何かをじっと見ていることに気付いた。
「何かいいものあった?」
「あ、葵さん。いえ、別に、そんな…」
そう言いつつ、雫の視線はちらちらとある物に向いている。
視線の先にあったのは、小さな木製の小物入れだった。
素朴ながらも細かい装飾が施されており、なるほど中々可愛らしい。
「その小物入れ? いいじゃない」
「はい。でも、ちょっと高くて…」
値札を見ると、確かに見た目の割に高めだった。
だが、買えない値段でもない。
俺はその小物入れを持ってレジに向かい、代金を払ってプレゼント用の包装をしてもらった。
そして、包装済みの小物入れを雫に手渡した。
「はいこれ。いつも雫には助けられてるから」
「そんな、私のほうが葵さんのそばに置いてもらっているのに…」
「そんなことないよ。日頃の感謝の気持ちと、これからもよろしく、っていうことで。受け取ってよ」
「…はいっ! ありがとうございます…♪」
雫はそう言って、小物入れを抱きしめた。
満面の笑顔の雫を見られれば、俺も本望というものである。
「お熱いですねー♪」
…いかん、ここレジ前だった。
俺はまたしても逃げ出すように店を飛び出したのであった。
家に帰ったあとも、雫はずっと上機嫌だった。
今もニコニコしながら俺にくっついている。
「…葵さん」
「ん?」
「今日は、本当にありがとうございました。とっても楽しかったです♪」
「それなら良かったよ」
「でも、私は、葵さんと一緒なら、いつでもどこでも幸せですよ♪」
何ということを言ってくれるのか。
照れくさくて思わず顔を逸らしたが、俺も同じ気持ちだった。
顔を逸らした視線の先にあるのは、大事に飾られた小物入れ。
これからもこんな生活が続けばいい。
言葉にするのが恥ずかしくて、俺は黙って雫の頭を撫でた。
…それはそうと。
「ところで雫」
「はい♪」
「…何故にミニスカメイドの格好なの?」
そう、雫は今、あのアイスクリーム屋のウェイトレスと同じ服装だった。
「この服、エプロンドレスよりもさらに動きやすいんですよ〜♪ …あ、もしかして、変、でしたか…?」
「いや、似合ってるし可愛いから全然OK」
俺の彼女は、どこかズレている。
でも、とても可愛い、かけがえのない恋人だ。
ふと思い立ち、俺こと水守 葵(みずもり あおい)は、狭い我が家のキッチンでコーヒーを淹れている彼女に声をかけた。
「えっ…?」
彼女がきょとんとした顔で俺の方を振り返る。
整った愛らしい顔立ち。
身にまとったエプロンドレスは、全体がしっとりと濡れており、彼女の肌に貼り付いている。
…別に変なプレイをしていたわけでも、彼女が手違いで水を被ったりしたわけでもない。
俺の彼女、雫(しずく)は、「ぬれおなご」という、いわゆる妖怪なのだ。
「ほら、俺たち付き合い始めてから、デートとかそういう恋人っぽいことほとんどしてないよなー、と思って。いつも雫には世話になってるし、そのお礼も兼ねて、ってことで」
俺と雫が出会ったのは、3ヶ月前のある雨の日だった。
バイト先から帰る途中、雫は誰も居ない公園で一人、傘もささずに佇んでいた。
その光景があまりに幻想的で儚く、綺麗だったので、俺は思わず見とれてしまった。
正直なところ、一目惚れだったと思う。
ふと彼女と目が合い、俺もそこで我に返って、慌てて彼女に自分のさしていた傘を渡し、逃げるようにその場を去った。
その翌日、彼女は俺の家を訪ねてきて、そこで彼女がぬれおなごという妖怪であることを知った。
そして彼女は俺と一緒に暮らしたいと言い出し、俺は喜んでそれを受け入れ、恋人として一緒に暮らすことになって今に至る。
彼女は甲斐甲斐しく俺の身の回りの世話を焼いてくれて、一人暮らしだった俺にとっては非常にありがたい存在ではあるのだが、俺の方からは彼女に大したことはしてやれていない。
なので、せめてもの日ごろの感謝の気持ちを込めて、という意味での提案だった。
で、肝心の彼女の反応はと言うと、驚いたように目をぱちぱちさせていた。
「…あれ、もしかして嫌だった?」
「…っ! いえっ! 嫌だなんてとんでもありません! 嬉しいです! 是非お供させてくださいっ!」
凄い勢いで詰め寄られた。
まぁ喜んでくれているのなら何よりだ。
「ん、それじゃ決まりだね」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながらまたコーヒーを淹れ始める雫。
そんな彼女を見ると、自分が愛されているという喜びと、彼女に喜んでもらえたという嬉しさで、俺の顔も自然と笑顔になってしまうのだった。
…それはそうと。
「ところで雫」
「何でしょうか?」
「…何でエプロンドレスなんだ?」
「この格好、家事をするときに便利なんです。……あっ、もしかして、変、でしたか…?」
「いや、可愛いし似合ってるからノープロブレム」
変と言えば変だが、どうせ家の中だけで見てるのは俺だけだし。
ちょっと悲しそうな顔をした彼女に、ビッと親指を立ててみせる。
彼女もそれを見てホッとしたような表情になる。
…俺の彼女は、どこか微妙にズレている気がする。
「葵さん、すみません。少々、その、相談したいことがあるのですが…」
土曜日。雫は真剣な面持ちでこう切り出した。
「相談したいこと? うん、俺でよければ相談に乗るよ」
「ありがとうございます。その、明日のデートの、私の服装についてなのですが…」
「服装?……あぁ」
彼女たちぬれおなごは、一度見た服ならどんな服でも身体を変化させて再現することができる。
しかし、その服は必ず濡れたものになってしまうのだ。
「やはり、街中で私だけびしょ濡れだと、私はともかく一緒に居る葵さんまで変な目で見られるのではないかと…」
「そうかなぁ。俺は気にしないし、周りの人も気にしないと思うけど」
このあたりには昔から妖怪が多く住み着いている。
なので妖怪が奇異の目で見られることはあまりないと思うのだが。
「いえ、私が気にするのです。…それでですね、濡れていても違和感が無くなる服装を私なりに考えてみたんです。それを見て欲しくて…」
「濡れていても違和感が無くなる服装? …どんなの?」
「いきますよ……えいっ」
彼女が目を強く瞑ると、彼女の服がみるみるうちに変化していく。
そして現れたのは……スクール水着だった。
しっとり濡れた生地が肌に貼り付き、彼女の魅惑的なボディラインをくっきりと浮かび上がらせている。
特になかなかの大きさを誇る胸の破壊力がヤバい。
それに合わせて、胸の名札に書かれた「しずく」という文字とのギャップがまた凄まじい。
「どうでしょう、これなら濡れていても違和感はないと思うのですが」
鼻を押さえて顔を逸らしつつ、俺は彼女に向けて親指を立てた。
「素晴らしい。でも 絶 対 ダ メ 」
「ええっ!?」
「確かにそれは水に入るときに着る服だけど、むしろ水に入るときにしか着ない服だから。それ着て街を歩いた方が変な目で見られるから。というかどこで見たのその服」
「掃除した時にベッドの下から出てきた本で…」
「Nooooooooooooo!?」
その後、話し合いの結果、普通の格好で行ってくれることになった。
本については全く怒ったりせず、むしろ俺の好みを知るのに役立つからありがたいのだそうだ。
…俺の彼女は、やはりどこかズレている気がする。
そして日曜日。天気は晴れ。
俺と雫は予定通り駅前のショッピングモールへとやって来た。
雫はこれまで晴れの日に外出することはほとんどなかったらしい。常に濡れている自分の格好を気にしているのだろう。
また、遊びに行くという概念もあまりなかったようだ。
プールや海にも行った事はないとのことなので、昨日の発想も何となく納得できるようなできないような。
彼女はやはり自分の格好を気にしていた様子だったが、ショッピングモールに入ると目を輝かせて辺りを見回していた。
「よし、それじゃ適当にのんびり見て回ろうか」
「はいっ♪」
俺は雫の手を握り、二人並んでのんびりと歩き出した。
日曜日ともあって人が多いが、手を繋いでいればはぐれることもないだろう。
大きなショッピングモールなので店の種類も洋服、小物、アクセサリーなど様々だ。
正直なところ俺の興味を引くようなものはあまりなかったりする。
それでも雫が楽しんでくれればそれで十分だし、そんな雫を見ていれば俺だって十分に楽しい。
「雫、何か気になるものがあれば遠慮なく見ていっていいか、ら…」
隣を見ると、雫はいなかった。
だが、確かに俺は彼女の手を握っている。
自分の手に視線を落とす。
間違いなく俺の手は柔らかく水気を帯びた彼女の手を握っていた。
いわゆる恋人つなぎでしっかりと組まれた細い指。
つやつやした手の甲。
細い手首。
そしてそこからびろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んと伸びた半透明の腕。
その伸びた腕の先、かなり後方のショーウィンドウの前で、雫は足を止めていた。
…毛糸の要領で自分の両手に彼女の伸びた腕を巻き取りながら、慌てて彼女の元に戻る。
「何か気になるもの、あった?」
「えっ、あっ、はい。このお店で売っているお洋服、綺麗だなぁ、って…。あの、葵さん。その手に巻きつけているのは何ですか?」
「雫の腕」
「え、えぇっ!? あっ、私ったら、ぼーっとしてて…すみませんっ!」
慌てて腕を元に戻す雫。
そんな彼女も可愛い。正直ちょっとびっくりしたけど。
そして改めてショーウィンドウの中に飾られている洋服を見る。
女物の服のことはあまりわからないが、やや短めのワンピースという感じだろうか。なるほど、確かに可愛い。
雫が着たらさぞかし似合うのではないだろうか。
「うん、雫に似合いそうだし、ちょっと中入って見ていこうか」
「えぇっ、いいですよぅ」
「え、何で?」
「…だって、私が着ると濡れてしまうから試着もできませんし、この服、その、高くて手が出ませんし…」
悲しそうに言う雫。
それに対して俺は首をかしげた。
「あれ、雫って一度見た服なら何でも再現できるんじゃなかった?」
「……あっ」
忘れてたのか。
「ですが、お店の人に悪い気もしますから。お金を払わず服を持っていっているみたいで…」
「んー、でも写真見て自力で似た服を作るのと同じようなものだと思うし、別に構わないと思うけどな。それに、俺が見たい」
俺の言葉に、雫は顔を赤らめる。
「よし決まり。見ていこう」
「は、はい…」
雫の手を引いて店に入る。
「いらっしゃいませー」という店員の声を聞きつつ、目当ての服をじっくり観察する。
それだけで帰るのもアレなので、他の服も物色し、そして店を出た。
「…どう、いけそう?」
「は、はい」
「見たい」
「あの、その、ここでは恥ずかしいので、トイレで着替えますね…」
「え、そういうもんなの?」
昨日は普通に俺の前で着替えてたが。
「葵さんになら見られてもいいのですが、本当は人前だと恥ずかしいんですよ…?」
顔を赤らめながら雫は言う。萌える。
それなら、と近くのトイレに向かい、女子トイレに入った雫が出てくるのを待つ。
「き、着替えました…」
恥ずかしそうな声と共に、雫がトイレから出てきた。
マネキンが着ていたあの可愛らしいワンピース。
それを雫が着てみると。
なんということでしょう。
元々やや短めだったワンピースは雫の胸のおかげでさらに裾が引き上げられ、見えるか見えないかのギリギリのラインに。
そしてその状態で全体が濡れて身体に貼り付いているのだからエロいことこの上ない。
「ど、どうでしょうか…。似合いますか…?」
俺は鼻を押さえて顔を逸らしつつ、彼女に力強く親指を立てて見せた。
「超 最 高 。でもその服を着るのは俺の前だけにして」
「えっ、はっ、はい…」
戸惑ったような表情を浮かべながらも、彼女は元の服に着替えに戻る。
…家では時々あの服を着てもらおうと、俺は固く決意した。
俺も雫も少し疲れてきたので、アイスクリーム屋で一休みすることに。
オープンカフェのようなスペースもあり、ミニスカメイドの格好をしたウェイトレスが呼び込みを行っている。
…何故にミニスカメイドなのだろうか。
小さいテーブルに向かい合って座り、メニューを見ながらミニスカメイドのウェイトレスに注文を伝える。
雫はバニラアイス、俺はチョコミントアイスにした。
すぐにアイスが運ばれてきて、二人でそれを舐める。
うん、普通に美味しい。
「どう、美味しい?」
雫に何となく訊いてみる。
「はい、美味しいです。……でも、ちょっと物足りない気がしますね。葵さん、ちょっと食べてみてくれますか?」
そう言って雫は俺にバニラアイスを差し出す。
ちょっと照れくさいと思いつつ、俺はバニラアイスを舐めた。
…こちらも普通に美味しい。何が物足りないのかわからな…
「んっ」
…俺の口に柔らかいものがあたる。
何が起こったのか一瞬理解できなかった。
…雫が、身を乗り出して、俺にキスしていたのだ。
「…んちゅ、ん、れろっ…」
雫はそのまま俺の口内に舌を割り込ませ、俺の唾液ごとアイスクリームを舐め取っていく。
「…ぷはぁっ……思ったとおり、こうした方が美味しいです♪」
当の俺は、完全に硬直して、顔も真っ赤だったと思う。
「…し、雫さん、人前で、なんちゅうことを…」
「すみません。ちょっと、我慢できなくなってしまいました…」
顔を赤らめながら、笑顔で小さくぺろりと舌を出す雫。破壊力抜群の可愛さである。
俺は熱くなった顔を冷まそうとするかのように、ベロベロとチョコミントアイスを舐めまくった。
二人とも食べ終わって席を立つと、例のミニスカメイドのウェイトレスが笑顔で頭を下げる。
「ごちそうさまでしたー!」
…おいこらお前。
俺は恥ずかしさのあまり、雫の手を取って逃げるようにアイスクリーム屋から立ち去ったのだった。
そろそろ帰る頃合かな、という頃、隣を歩いていた雫がふと足を止めた。
そこはカントリー系の小物や雑貨を置いている店だった。
折角なので中に入ってみることにする。
中は色々な小物が所狭しと並べられていた。
二人それぞれしばらく思い思いに店の中を見ていたが、やがて雫が立ち止まり、何かをじっと見ていることに気付いた。
「何かいいものあった?」
「あ、葵さん。いえ、別に、そんな…」
そう言いつつ、雫の視線はちらちらとある物に向いている。
視線の先にあったのは、小さな木製の小物入れだった。
素朴ながらも細かい装飾が施されており、なるほど中々可愛らしい。
「その小物入れ? いいじゃない」
「はい。でも、ちょっと高くて…」
値札を見ると、確かに見た目の割に高めだった。
だが、買えない値段でもない。
俺はその小物入れを持ってレジに向かい、代金を払ってプレゼント用の包装をしてもらった。
そして、包装済みの小物入れを雫に手渡した。
「はいこれ。いつも雫には助けられてるから」
「そんな、私のほうが葵さんのそばに置いてもらっているのに…」
「そんなことないよ。日頃の感謝の気持ちと、これからもよろしく、っていうことで。受け取ってよ」
「…はいっ! ありがとうございます…♪」
雫はそう言って、小物入れを抱きしめた。
満面の笑顔の雫を見られれば、俺も本望というものである。
「お熱いですねー♪」
…いかん、ここレジ前だった。
俺はまたしても逃げ出すように店を飛び出したのであった。
家に帰ったあとも、雫はずっと上機嫌だった。
今もニコニコしながら俺にくっついている。
「…葵さん」
「ん?」
「今日は、本当にありがとうございました。とっても楽しかったです♪」
「それなら良かったよ」
「でも、私は、葵さんと一緒なら、いつでもどこでも幸せですよ♪」
何ということを言ってくれるのか。
照れくさくて思わず顔を逸らしたが、俺も同じ気持ちだった。
顔を逸らした視線の先にあるのは、大事に飾られた小物入れ。
これからもこんな生活が続けばいい。
言葉にするのが恥ずかしくて、俺は黙って雫の頭を撫でた。
…それはそうと。
「ところで雫」
「はい♪」
「…何故にミニスカメイドの格好なの?」
そう、雫は今、あのアイスクリーム屋のウェイトレスと同じ服装だった。
「この服、エプロンドレスよりもさらに動きやすいんですよ〜♪ …あ、もしかして、変、でしたか…?」
「いや、似合ってるし可愛いから全然OK」
俺の彼女は、どこかズレている。
でも、とても可愛い、かけがえのない恋人だ。
13/02/16 21:17更新 / クニヒコ