決着、そして……。
「……ねぇ、嘘でしょ……? リフォン、リフォン――っ!!」
がくりとその場に膝をつきながら、ミルラナは悲痛な叫び声を上げる。
彼女の叫び声は、果てしなく深く、暗い穴に響き、そして吸い込まれるように消えた。
どれくらい深いのだろう。
まるで、死の世界へと続いているかのような穴。
実際には底があるのかもしれないが、いずれにせよ、落ちて無事でいられるとは到底思えない。
「……やだよ……。私を、一人に、しないでよぉ……っ!!」
押し殺すような声。
ミルラナの耳は力なく垂れ、瞳からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、穴の中へと消えていった。
――――……。
ぴく、とミルラナの耳が動く。
微かだが、聞こえた気がした。
愛する人の、声が。
「……リフォン……?」
ミルラナは彼の名を呼びながら、穴を覗き込む。
わずかな声も聞き逃さないよう、耳をぴんと立てながら。
「……ミル、ラナ……っ」
今度は、先程よりもはっきりと聞こえた。
「リフォンっ!! 大丈夫なの!? リフォンっ!!」
「……何とか、大丈夫だ……。だが、俺一人じゃどうもならん……。できれば、早めにロープか何か下ろしてくれ……。かなり長くないと、届かなそうだ……っ」
穴の中から小さく響くリフォンの声。
どうやら、かなり深いところにいるらしい。
無事……かどうかはわからないが、とにかくリフォンが生きていたことに心から安堵し、ミルラナは胸をなでおろす。
だがそれも一瞬のこと。ミルラナは腕で涙を拭うと、素早く立ち上がった。
「ロープね!? わかった!! すぐ下ろすから、もう少しだけ待ってて!!」
「……おーぅ、頼んだぞー……」
どこか気の抜けるようなリフォンの声。
それが嬉しくて、ミルラナはまた泣きそうになる。
それをどうにか堪えながら、ミルラナは急いでロープを取り出して近くの柱にしっかりと結び、もう一方の端を穴の中に投げた。
少しの間の後、垂らしたロープがピンと張り、小刻みに動き始める。
ミルラナは心配そうにロープを見つめていたが、やがて、左肩にラトゥリスの身体を担いだリフォンが顔を出した。
「……よっ……と」
先にラトゥリスの身体を下ろしてから、リフォンは穴から這い出した。
そして、ミルラナに向かってにっ、と微笑んだ。
「……よっ、ただいま」
ミルラナは、何も言う事ができず、目に涙を浮かべながら、彼の胸に飛び込んだ。
「……っぐ、良かったぁ……!! 良かったよぉ……!!」
リフォンの胸に顔をうずめて泣きじゃくるミルラナの頭を優しく撫でながら、リフォンは微笑んだ。
「……心配かけたな。お前のおかげで助かったよ」
「え?」
きょとんとした顔で彼の顔を見上げるミルラナに、リフォンは腰の短剣を抜いて見せた。
その刃はぼろぼろで、最早折れる寸前だった。
・・・・・・・・・・・・
「……しまっ……!!」
リフォンは即座に広間の外へと飛び出そうとしたが、間に合わなかった。
直後、浮遊感がリフォンを襲い、リフォンはメルストと共に穴の底へと落ちていく。
「くは、ははは……!! あの世で、また会おうじゃねぇか!! はは、ははははは……!!」
穴の中にメルストの笑い声が響く。
穴は果てしなく深く、底がどうなっているにせよ、落ちて無事でいられるとは到底思えない。壁を見ても、掴まれそうなところはない。
だが。
それでも、リフォンは諦めなかった。
ミルラナの傍にいたいから。
ミルラナが、傍にいたいと言ってくれたから。
だからこそ。
「……死んで、たまるかああぁぁぁっ!!」
ラトゥリスを肩に担ぐようにしながら、リフォンは腰の短剣を抜き、思い切り壁に振り下ろした。
普通なら、不可能な方法。
壁に突き立てた時点で刃は折れるだろうし、万が一突き刺さったとしても、二人分の体重を支えることなんて出来るはずがない。
だが。
リフォンは、信じていた。
そして。
奇跡は、起こった。
がくん、という衝撃。
短剣を握った右腕に痺れるほどの衝撃が走るが、それでもリフォンは短剣をしっかり握り締めていた。
壁に突き立てられた短剣は、リフォンとラトゥリス、二人の重さがかかっても、折れることも、抜けることもなく、二人を支えていた。
リフォンはバランスを崩さないように気をつけながら、わずかに振り返る。
メルストは既に穴の底に吸い込まれ、見えなくなっていた。
遥か頭上からミルラナの声が聞こえてきたのは、その直後のことだった……。
・・・・・・・・・・・・
「……だからさ」
リフォンはそう言うと、ぼろぼろの短剣をそっと地面に置き、そしてミルラナの身体を抱きしめた。
「……ありがとう。ただいま」
「……っ、うん、うん……っ!!」
ミルラナもリフォンの身体を抱きしめながら、涙を流し、何度も頷いた。
そして、二人はしばらくの間、固く抱きしめあったのだった……。
それから二人は街に戻り、賞金稼ぎギルドに事の顛末を報告した。
報告を聞いた衛兵たちも驚いていたようだったが、メルストが暗殺ギルドを立ち上げた理由を聞いて、衛兵隊長は貧民街の住人に対する施政の改善を町長に進言することを二人に約束した。
ミルラナと戦ったマンティスは、その後一切抵抗することなく捕縛された。
メルストは行方不明。穴の底は地下水脈に続いていたらしいが、メルストの姿は見つからなかったのだという。
そして。
リフォンとミルラナは、再び地下遺跡への入り口があった街外れの墓地に来ていた。
リフォンは抱きかかえていたラトゥリスの身体をそっと横たえ、スコップで手ごろな場所を掘り始める。
ミルラナも、そんな彼の様子を黙って見つめていた。
……ラトゥリスの墓を作らせてほしい、というリフォンの願いはすぐさま聞き届けられた。
手伝いを申し出てくれた人も少なからずいたが、リフォンはそれを辞退した。
リフォンの様子はいつも通りのように見えたが、その内心はわからない。
そんな彼を見て、ミルラナはちくりと胸が痛んだ。
「ミルラナ、穴はこのくらいでいいと思うか?」
だいぶ大きくなった穴の中から、リフォンがミルラナに声をかける。
「うん、広さは大丈夫そう。でももうちょっと深いほうがいいかも」
「了解」
リフォンはざくざくと穴を掘る。
「こんなもんでどうだ?」
「うーん、もうちょっと深いほうがいい、かな?」
「そうだね、その方が良さそう」
ミルラナとラトゥリスが頷きながら答える。
「あいよー」
ざくざく。
「これでどうだー?」
「うん、大丈夫じゃないかな」
「だね。お疲れー」
ミルラナが頷き、ラトゥリスが笑顔で手を振る。
・・・・・・・・・・・・。
「「#$%&@+*¥!?」」
二人の形容しがたい悲鳴に、ラトゥリスは目をぱちくりさせた。
「ちょっと、いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」
「びっくりしたのはこっちだ!! お前、何で、生きて……!?」
「いやー、生きてるとは言えないんじゃないかなぁ。アンデッドだし」
驚きのあまり声が上ずっているリフォンに対し、ラトゥリスはぽりぽりと頭をかきながら答えた。
「いや、いやいやいや!! あの時、俺は、確かに、お前の心臓を……!!」
「うん。それでも復活できちゃうんだから、我ながら驚いたわー。アンデッドって凄いのねぇ」
「それにお前、薬はどうなった!?」
「薬? ……あぁ、何か、もう一度死んで生き返ったら治ってた。あ、生き返った、ってのもちょっと変かな。あはは」
けらけらと笑うラトゥリスに、リフォンは言葉を失って呆然としていた。
そしてラトゥリスは、驚いて目を丸くしているミルラナに向き直り、にっ、と笑う。
「ふふ、リフォン、なかなかいい娘を捕まえたみたいじゃない」
そう言って、ラトゥリスはふっと真面目な顔でミルラナを見つめた。
「ミルラナ、って言うんだよね。リフォンのこと、よろしくね」
「……あ、え、はい」
まだ呆然としているミルラナの様子を見てくすりと笑ってから、ラトゥリスは立ち上がった。
「……さーて、それじゃ、お邪魔虫は退散しよっかなー。リフォン、その娘のこと、泣かしたりしちゃ駄目だからね?」
「は!? っていうか、お前、どこ行く気だ!?」
「んー、晴れて自由の身になったわけだし、新しい出会いを求めて旅にでも出ようかな、って。……あ、そうだ、リフォン」
そう言って、ラトゥリスはちょいちょいとリフォンに手招きをする。
リフォンが穴から出て彼女に歩み寄ると、ラトゥリスはミルラナを見ていたずらっ子のような笑みを浮かべ、
「んっ」
背を伸ばし、リフォンの唇に口付けた。
「……あ……?」
「……え……?」
「ごちそーさまっ。それじゃ二人とも、元気でねー。あ、あとその穴はちゃんと埋めておきなさいよー?」
ラトゥリスは呆然としている二人に手を振ると、すたすたと去っていった。
「え、えええええええぇぇぇーーーー!?」
静かな墓地に、ミルラナの叫び声がこだました。
ミルラナの叫び声を背に、くすくすと笑いながら、ラトゥリスは歩いていく。
そして、ふと立ち止まり、寂しげな笑みを浮かべ、小さく呟いた。
「……あーあ、まさか死んでる間に失恋するとはねぇ……。笑えない冗談もあったものだわ……」
彼女の頬を、つっと涙が伝う。
ラトゥリスはその涙を慌てて腕で拭うと、自分の頬をぱんぱんと叩き、そして再びどこかへと歩いていった。
それから数日が経ち、二人はカートセリアの街を旅立った。
「ねぇ、これからどうするの?」
長い耳をぴょこぴょこと動かしながら、ミルラナがリフォンに尋ねる。
「んー、そうだなぁ……。ミルラナは、どうしたい?」
リフォンがミルラナに尋ね返す。
ミルラナは、一瞬きょとんとした後、満面の笑みで答えた。
「私は、リフォンと一緒にいられれば、それでいい、かな」
リフォンはそれを聞いて、一瞬きょとんとした後、困ったような笑みを浮かべた。
「……参ったな、先に言われたか」
その言葉を聞いて、ミルラナは小さく噴き出した。
「……まぁ、とりあえず当てのない旅、ってのも悪くない、か」
「そうそう。……あ、そうだ、リフォン」
「ん?」
ミルラナがふと何かを思い出したようにリフォンに声をかけ、リフォンはミルラナの方を見た。
ミルラナはすっと背伸びをして――
「んっ」
――リフォンの唇に、軽く口付けた。
不意打ちのキスに戸惑った様子のリフォンに、ミルラナはいたずらっぽく舌を出して見せた。
「……ラトゥリスにキスされた分を、取り返そうと思って」
「……全く、お前って奴は……」
リフォンは顔を赤らめつつも苦笑し、ミルラナの頭をぽんぽんと撫でた。
それが心地よく、ミルラナの耳がぴくぴくと動く。
「……さて、それじゃ、行きますか」
「うんっ!」
ミルラナは満面の笑みで頷くと、リフォンの手を取り、指を絡ませる。
リフォンも、それに応えるように指を絡ませた。
そして、二人は手を繋いだまま、並んで街道を歩き出した。
時折吹き抜ける暖かな風が、二人の未来を祝福しているようだった。
がくりとその場に膝をつきながら、ミルラナは悲痛な叫び声を上げる。
彼女の叫び声は、果てしなく深く、暗い穴に響き、そして吸い込まれるように消えた。
どれくらい深いのだろう。
まるで、死の世界へと続いているかのような穴。
実際には底があるのかもしれないが、いずれにせよ、落ちて無事でいられるとは到底思えない。
「……やだよ……。私を、一人に、しないでよぉ……っ!!」
押し殺すような声。
ミルラナの耳は力なく垂れ、瞳からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、穴の中へと消えていった。
――――……。
ぴく、とミルラナの耳が動く。
微かだが、聞こえた気がした。
愛する人の、声が。
「……リフォン……?」
ミルラナは彼の名を呼びながら、穴を覗き込む。
わずかな声も聞き逃さないよう、耳をぴんと立てながら。
「……ミル、ラナ……っ」
今度は、先程よりもはっきりと聞こえた。
「リフォンっ!! 大丈夫なの!? リフォンっ!!」
「……何とか、大丈夫だ……。だが、俺一人じゃどうもならん……。できれば、早めにロープか何か下ろしてくれ……。かなり長くないと、届かなそうだ……っ」
穴の中から小さく響くリフォンの声。
どうやら、かなり深いところにいるらしい。
無事……かどうかはわからないが、とにかくリフォンが生きていたことに心から安堵し、ミルラナは胸をなでおろす。
だがそれも一瞬のこと。ミルラナは腕で涙を拭うと、素早く立ち上がった。
「ロープね!? わかった!! すぐ下ろすから、もう少しだけ待ってて!!」
「……おーぅ、頼んだぞー……」
どこか気の抜けるようなリフォンの声。
それが嬉しくて、ミルラナはまた泣きそうになる。
それをどうにか堪えながら、ミルラナは急いでロープを取り出して近くの柱にしっかりと結び、もう一方の端を穴の中に投げた。
少しの間の後、垂らしたロープがピンと張り、小刻みに動き始める。
ミルラナは心配そうにロープを見つめていたが、やがて、左肩にラトゥリスの身体を担いだリフォンが顔を出した。
「……よっ……と」
先にラトゥリスの身体を下ろしてから、リフォンは穴から這い出した。
そして、ミルラナに向かってにっ、と微笑んだ。
「……よっ、ただいま」
ミルラナは、何も言う事ができず、目に涙を浮かべながら、彼の胸に飛び込んだ。
「……っぐ、良かったぁ……!! 良かったよぉ……!!」
リフォンの胸に顔をうずめて泣きじゃくるミルラナの頭を優しく撫でながら、リフォンは微笑んだ。
「……心配かけたな。お前のおかげで助かったよ」
「え?」
きょとんとした顔で彼の顔を見上げるミルラナに、リフォンは腰の短剣を抜いて見せた。
その刃はぼろぼろで、最早折れる寸前だった。
・・・・・・・・・・・・
「……しまっ……!!」
リフォンは即座に広間の外へと飛び出そうとしたが、間に合わなかった。
直後、浮遊感がリフォンを襲い、リフォンはメルストと共に穴の底へと落ちていく。
「くは、ははは……!! あの世で、また会おうじゃねぇか!! はは、ははははは……!!」
穴の中にメルストの笑い声が響く。
穴は果てしなく深く、底がどうなっているにせよ、落ちて無事でいられるとは到底思えない。壁を見ても、掴まれそうなところはない。
だが。
それでも、リフォンは諦めなかった。
ミルラナの傍にいたいから。
ミルラナが、傍にいたいと言ってくれたから。
だからこそ。
「……死んで、たまるかああぁぁぁっ!!」
ラトゥリスを肩に担ぐようにしながら、リフォンは腰の短剣を抜き、思い切り壁に振り下ろした。
普通なら、不可能な方法。
壁に突き立てた時点で刃は折れるだろうし、万が一突き刺さったとしても、二人分の体重を支えることなんて出来るはずがない。
だが。
リフォンは、信じていた。
そして。
奇跡は、起こった。
がくん、という衝撃。
短剣を握った右腕に痺れるほどの衝撃が走るが、それでもリフォンは短剣をしっかり握り締めていた。
壁に突き立てられた短剣は、リフォンとラトゥリス、二人の重さがかかっても、折れることも、抜けることもなく、二人を支えていた。
リフォンはバランスを崩さないように気をつけながら、わずかに振り返る。
メルストは既に穴の底に吸い込まれ、見えなくなっていた。
遥か頭上からミルラナの声が聞こえてきたのは、その直後のことだった……。
・・・・・・・・・・・・
「……だからさ」
リフォンはそう言うと、ぼろぼろの短剣をそっと地面に置き、そしてミルラナの身体を抱きしめた。
「……ありがとう。ただいま」
「……っ、うん、うん……っ!!」
ミルラナもリフォンの身体を抱きしめながら、涙を流し、何度も頷いた。
そして、二人はしばらくの間、固く抱きしめあったのだった……。
それから二人は街に戻り、賞金稼ぎギルドに事の顛末を報告した。
報告を聞いた衛兵たちも驚いていたようだったが、メルストが暗殺ギルドを立ち上げた理由を聞いて、衛兵隊長は貧民街の住人に対する施政の改善を町長に進言することを二人に約束した。
ミルラナと戦ったマンティスは、その後一切抵抗することなく捕縛された。
メルストは行方不明。穴の底は地下水脈に続いていたらしいが、メルストの姿は見つからなかったのだという。
そして。
リフォンとミルラナは、再び地下遺跡への入り口があった街外れの墓地に来ていた。
リフォンは抱きかかえていたラトゥリスの身体をそっと横たえ、スコップで手ごろな場所を掘り始める。
ミルラナも、そんな彼の様子を黙って見つめていた。
……ラトゥリスの墓を作らせてほしい、というリフォンの願いはすぐさま聞き届けられた。
手伝いを申し出てくれた人も少なからずいたが、リフォンはそれを辞退した。
リフォンの様子はいつも通りのように見えたが、その内心はわからない。
そんな彼を見て、ミルラナはちくりと胸が痛んだ。
「ミルラナ、穴はこのくらいでいいと思うか?」
だいぶ大きくなった穴の中から、リフォンがミルラナに声をかける。
「うん、広さは大丈夫そう。でももうちょっと深いほうがいいかも」
「了解」
リフォンはざくざくと穴を掘る。
「こんなもんでどうだ?」
「うーん、もうちょっと深いほうがいい、かな?」
「そうだね、その方が良さそう」
ミルラナとラトゥリスが頷きながら答える。
「あいよー」
ざくざく。
「これでどうだー?」
「うん、大丈夫じゃないかな」
「だね。お疲れー」
ミルラナが頷き、ラトゥリスが笑顔で手を振る。
・・・・・・・・・・・・。
「「#$%&@+*¥!?」」
二人の形容しがたい悲鳴に、ラトゥリスは目をぱちくりさせた。
「ちょっと、いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」
「びっくりしたのはこっちだ!! お前、何で、生きて……!?」
「いやー、生きてるとは言えないんじゃないかなぁ。アンデッドだし」
驚きのあまり声が上ずっているリフォンに対し、ラトゥリスはぽりぽりと頭をかきながら答えた。
「いや、いやいやいや!! あの時、俺は、確かに、お前の心臓を……!!」
「うん。それでも復活できちゃうんだから、我ながら驚いたわー。アンデッドって凄いのねぇ」
「それにお前、薬はどうなった!?」
「薬? ……あぁ、何か、もう一度死んで生き返ったら治ってた。あ、生き返った、ってのもちょっと変かな。あはは」
けらけらと笑うラトゥリスに、リフォンは言葉を失って呆然としていた。
そしてラトゥリスは、驚いて目を丸くしているミルラナに向き直り、にっ、と笑う。
「ふふ、リフォン、なかなかいい娘を捕まえたみたいじゃない」
そう言って、ラトゥリスはふっと真面目な顔でミルラナを見つめた。
「ミルラナ、って言うんだよね。リフォンのこと、よろしくね」
「……あ、え、はい」
まだ呆然としているミルラナの様子を見てくすりと笑ってから、ラトゥリスは立ち上がった。
「……さーて、それじゃ、お邪魔虫は退散しよっかなー。リフォン、その娘のこと、泣かしたりしちゃ駄目だからね?」
「は!? っていうか、お前、どこ行く気だ!?」
「んー、晴れて自由の身になったわけだし、新しい出会いを求めて旅にでも出ようかな、って。……あ、そうだ、リフォン」
そう言って、ラトゥリスはちょいちょいとリフォンに手招きをする。
リフォンが穴から出て彼女に歩み寄ると、ラトゥリスはミルラナを見ていたずらっ子のような笑みを浮かべ、
「んっ」
背を伸ばし、リフォンの唇に口付けた。
「……あ……?」
「……え……?」
「ごちそーさまっ。それじゃ二人とも、元気でねー。あ、あとその穴はちゃんと埋めておきなさいよー?」
ラトゥリスは呆然としている二人に手を振ると、すたすたと去っていった。
「え、えええええええぇぇぇーーーー!?」
静かな墓地に、ミルラナの叫び声がこだました。
ミルラナの叫び声を背に、くすくすと笑いながら、ラトゥリスは歩いていく。
そして、ふと立ち止まり、寂しげな笑みを浮かべ、小さく呟いた。
「……あーあ、まさか死んでる間に失恋するとはねぇ……。笑えない冗談もあったものだわ……」
彼女の頬を、つっと涙が伝う。
ラトゥリスはその涙を慌てて腕で拭うと、自分の頬をぱんぱんと叩き、そして再びどこかへと歩いていった。
それから数日が経ち、二人はカートセリアの街を旅立った。
「ねぇ、これからどうするの?」
長い耳をぴょこぴょこと動かしながら、ミルラナがリフォンに尋ねる。
「んー、そうだなぁ……。ミルラナは、どうしたい?」
リフォンがミルラナに尋ね返す。
ミルラナは、一瞬きょとんとした後、満面の笑みで答えた。
「私は、リフォンと一緒にいられれば、それでいい、かな」
リフォンはそれを聞いて、一瞬きょとんとした後、困ったような笑みを浮かべた。
「……参ったな、先に言われたか」
その言葉を聞いて、ミルラナは小さく噴き出した。
「……まぁ、とりあえず当てのない旅、ってのも悪くない、か」
「そうそう。……あ、そうだ、リフォン」
「ん?」
ミルラナがふと何かを思い出したようにリフォンに声をかけ、リフォンはミルラナの方を見た。
ミルラナはすっと背伸びをして――
「んっ」
――リフォンの唇に、軽く口付けた。
不意打ちのキスに戸惑った様子のリフォンに、ミルラナはいたずらっぽく舌を出して見せた。
「……ラトゥリスにキスされた分を、取り返そうと思って」
「……全く、お前って奴は……」
リフォンは顔を赤らめつつも苦笑し、ミルラナの頭をぽんぽんと撫でた。
それが心地よく、ミルラナの耳がぴくぴくと動く。
「……さて、それじゃ、行きますか」
「うんっ!」
ミルラナは満面の笑みで頷くと、リフォンの手を取り、指を絡ませる。
リフォンも、それに応えるように指を絡ませた。
そして、二人は手を繋いだまま、並んで街道を歩き出した。
時折吹き抜ける暖かな風が、二人の未来を祝福しているようだった。
13/05/08 23:19更新 / クニヒコ
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