連載小説
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再会
「……着いた、な」

「……ここに、暗殺ギルドの本拠地が……?」

カートセリアの街、その入り口の門を見上げながら、二人は呟く。

一見したところ、これまでの街と変わらない、ごく普通の街のように思えた。

門の向こう側からは、街の人々の賑やかな声が聞こえる。

「おや、旅人さんかい?」

門番らしき男が二人に気づき、声をかけた。

「ああ、まぁそんなところかな」

「そうかい。長旅、ご苦労さん。あんまり大したものはない街だが、ゆっくりしとってくれよ」

門番はにこやかに微笑みながらそう言った。

二人はこの時点で違和感を感じていた。

リフォンは、自然に、かつストレートに、門番にその違和感の大元を尋ねてみる。

「そうかな、随分活気があるみたいだが? これまで立ち寄った街は、何でも暗殺ギルドが暗躍してるとかで、ピリピリしてたからな」

「そりゃ物騒だなぁ。まぁ、この街はそういうのとは無縁だから、心配せんでも大丈夫だよ。……もっとも、貧民街の方はいくらか治安が悪いがね。まぁ無意味に近寄らなければ大丈夫さ」

門番はリフォンの話を聞いて渋い顔をしながらそう答えた。

リフォンはほっとしたような笑顔を浮かべると、

「そいつはありがたい。ようやく思う存分羽を伸ばすことができそうだ」

と言って、門番に手を振りながらミルラナと共に門をくぐっていった。

そして、しばらく歩いたところで、二人は顔を見合わせる。

「……妙だな、いくらなんでも平和すぎる」

「……そうね、でもあの門番が嘘を言っていたようには見えなかったわ」

「街の様子も特に変わったところはないよな……。結構大きい街だし、連中が動いているとなれば多少なりとも物々しくなると思うんだが」

「本拠地だからこそ、動きを気取られないようにしているのかもしれないけどね」

「うーん……。それとも、そのメルストとかいう奴に騙されたか?」

「……それはないと思うわ。わざわざ私たちの前に姿を現してまで、そんな意味の無い嘘をつくなんてことはしないと思う」

「……だよなぁ」

二人は小声で話しつつ、首をかしげる。

「……強いて言えば、怪しいのはさっきの門番が言っていた貧民街かしら」

「……そうだな。手がかりもないし、下手に探りまわって街の人を怖がらせるわけにもいかないから、とりあえずそのあたりから慎重に探ってみるしかない、か……」

二人が揃ってため息をついた、その時。


「その必要はない」


不意にかけられた女の声に、二人はすぐさま警戒態勢をとる。

いつの間にか、二人から少し離れたところにマントを纏った人影が立っていた。

比較的小柄な背格好や先程の声から、女だとは推測できるが、マントのフードを目深に被っているためどのような顔立ちなのかまではわからない。

「……油断したよ、まさかこんな昼間からこんな街中で仕掛けてくるとは思わなかった」

リフォンは苦々しくそう呟きながら、女の挙動に注意しつつ、周囲の様子を素早く伺う。

人通りの多い通りではないが、それでもそこかしこに数人の住人がいる。

今は特に気にされていないようだが、ここで戦えば大騒ぎになるのは避けられない。最悪の場合、住人を巻き込んでしまう可能性もある。

相手がこのような出方をするのは、リフォンとミルラナにとって完全に予想外だった。

だが。

「……勘違いするな。ここでやりあうつもりは毛頭ない。私は、『彼』の命令でお前たちを案内しに来ただけだ」

「……なんですって?」

女の言葉に、ミルラナは警戒を解かずに訊き返す。

女の顔はほとんどフードに隠れており、その表情を窺うことはできなかった。

「言ったとおりの意味だ。……ついて来い」

女はそう言うと、くるりと二人に背を向け、歩き出した。

リフォンとミルラナは一瞬互いに顔を見合わせた後、警戒を解かずに女の後を追った。

女は人通りの少ない通りを選んで、すたすたと歩いていく。

リフォンとミルラナも、辺りに警戒しつつ、女から一定の距離を保ちつつ歩いていく。

だがしばらく何事もなく歩き続け、3人は街外れの墓地に到着した。

小高い丘の上に、墓標がいくつも並んでいる。

「……随分と陰鬱なところに案内してくれたもんだ」

女はリフォンの皮肉を無視し、一つの墓標の前にひざまずいた。

「……?」

誰かに祈りでも捧げているのだろうか、と首をかしげながら、リフォンとミルラナは警戒しつつ様子を窺った。

女は墓標に刻まれている名前の一文字にそっと手を触れると、ぐっ、とその部分を押した。

するとその部分がスイッチのように凹み、歯車が回るような低い音と共に墓標がスライドし、地下へと続く階段が姿を現した。

「……こりゃまた、大層手の込んだお出迎えで……」

リフォンは再度皮肉交じりに呟いたが、女も再度それを無視して階段を下りていく。

リフォンは小さくため息をつくと、女に続いて階段を下りていき、ミルラナもそれに続いた。

狭く薄暗い石造りの階段はかなり長く、3人の足音だけが辺りに響く。

「……全く、どれだけ手が込んでるんだよ……」

「ここには元々地下遺跡があった。それに多少手を加えて利用しただけだ」

リフォンが思わず漏らした言葉に、前を歩く女が振り返りもせずそう答えた。

やがて長い階段は終わり、3人は一つの扉の前にたどり着いた。

女がゆっくりと扉を開くと、そこには円形の広い空間が広がっていた。

広場の奥には別の扉があり、そしてその前に一人の男が立っていた。

「……メルスト」

「……ああ。よく来たな、ミルラナ、それにリフォン。……そういや、お前とは初対面だったな」

ミルラナが彼の名を呼ぶと、男――メルストは口元に笑みを浮かべてそう言った。

「……その奥に、『彼』がいるのね」

ミルラナは奥の扉を見つめ、メルストに問いかけた。

だが。


「……いや、いないよ」


ふっと笑いながらメルストはそう言った。

リフォンとミルラナは一瞬呆気に取られたが、すぐにミルラナはメルストを睨みつける。

「……私たちを騙した、とでも言いたいの?」

「騙したつもりはないさ」

メルストはそう言って一度息をつくと、ミルラナを見つめながら、言葉を続けた。


「……元々、『彼』なんて存在しなかった。……強いて言えば、俺が『彼』なんだ」


メルストの言葉に、ミルラナは唖然とする。

「……何、言って……!?」

「まあ聞けよ。……俺は孤児でな、この街の貧民街で育ったんだ。その日その日を生きるだけでも大変だった。働くことも許されず、人間以下の扱いをされていた。ただ生きるために、俺は仲間と一緒に盗みをしたり、商人を襲ったりした。ただ、生きるためにだ。だが、貴族だの何だのはそんな俺たちを一方的に悪と決め付け、弾圧した」

メルストは淡々と語る。

「ある日、貴族の連中が冒険者や傭兵を雇い、大規模な貧民街狩りを行った。仲間の多くが死んだ。俺は数人の仲間と逃げているうち、この地下遺跡の入り口を見つけ、そこに逃げ込んだ。どうにか生き延びたが、俺は奴らが憎くて仕方なかった。何で俺たちだけこんな理不尽な目に遭わなければならないのか、と。そこで俺は、生き延びた仲間たちと共に、この場所で暗殺ギルドを立ち上げた」

リフォンもミルラナも、黙って彼の言葉に耳を傾けていた。

「それから俺たちは、腐った貴族や、金にしか興味のない冒険者を次々と消していった。次第に仲間も増えていったが、あくまでギルドの全体像は仲間同士でもわかりにくいようにする必要があった。いつ、誰が裏切るかもわからなかったからだ。『彼』という架空のギルドマスターを作ったのもそのためだ。俺はあくまで連絡役として振る舞いつつ、ギルド全体の動きを把握していたってわけさ」

メルストはそこで再度小さく息をついた。

「だがある日、とある賞金稼ぎが現れ、俺たちの縄張りを潰し始めた。優秀な仲間の一人がその賞金稼ぎに寝返り、敵に回ったというのも状況の悪化に拍車をかけた。……誰のことかは、言わなくてもわかるだろう?」

メルストはそう言ってリフォンとミルラナを見た。

その表情は何故かどこか穏やかで、彼が何を考えているかは読み取れなかった。

メルストは小さく息を吐きながら広場の天井を仰ぎ見、言葉を続けた。

「……主要なアジトはことごとく潰され、仲間も散り散りになっちまった。実質、もうギルドは壊滅したと言ってもいい。大したもんだよ、お前らは」

メルストは自嘲気味に笑うと、真っ直ぐにリフォンを見つめた。

「……そこで、だ。リフォン、お前に一つ提案があるんだが」

「……見逃してくれ、とでも言うつもりか?」

リフォンの言葉に、メルストはふっと笑った。

「いや、ちょっと違うな。……お前、俺たちの仲間になるつもりはないか? 無論、ミルラナも一緒に、だ」

「…………は?」

あまりにも思いがけない言葉に、リフォンは一瞬言葉を失った。

それはミルラナも同じようで、目を丸くして驚いている。

「……お前、それ本気で言ってるのか?」

「勿論、本気だとも」

「……俺が頷くと思ったのか?」

「……まぁ、そうだろうな。こちらとしても無条件でお前がこの提案を呑むとはさらさら思っちゃいない。だから、交換条件を用意させてもらった」

「……交換条件、だと?」

リフォンが聞き返すと、メルストはふっと不敵な笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。


「……ラトゥリス・カールエット」


リフォンの身体が、一瞬強張った。

「……なっ……!?」

ラトゥリス。

リフォンのかつての仲間で、想い人だった女冒険者。

何故、彼女の名前が、メルストの口から出てくるのか。

「こっちだってお前のことを調べさせてもらったのさ。敵のことを調べるのは当然のことだろう?」

「……っ……!」

リフォンは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

メルストはそんな彼の様子を見ながら、言葉を続けた。

「……で、交換条件だが」

メルストは、リフォンを見据えながら、その続きを口にした。


「俺の仲間になれば、ラトゥリスにもう一度会わせてやろう」


「……何、だって……!?」

リフォンはやっとのことで口を開く。

口の中が、カラカラに乾いていた。

「言ったとおりの意味だ。勿論、ちょっと会わせてはい終わり、なんてことは言わない。またずっと一緒にいさせてやる」

「……馬鹿な、馬鹿なことを言うなっ!! ラトゥリスは、もう死んだ!! 間違いなく、俺の腕の中で、死んだんだ!!」

声を荒げるリフォンに、メルストは涼しい顔で答える。

「おいおい、この世界、死人が魔物として蘇ることがあることくらい、お前だって知ってるだろう?」

「……そんな、そんなことが……っ!!」

混乱するリフォンの様子に、メルストは小さくため息をついた。

「……まぁ、実際に見てもらったほうが早いか。……おい」

メルストがずっと黙っていたマントを纏った女に声をかけると、女は奥の扉へと歩み寄り、そして扉を開けた。

そこに立っていたのは、女と同じようにマントとフードで身体を隠している人影。

女は、その人影に歩み寄ると、一息にマントを剥ぎ取った。


「……ぁ……!」


マントの下から現れたのは、一人の褐色の肌の女性。


リフォンが最後に見たときと同じ服。


しなやかな身体のライン。


長い赤茶色の髪。


そして、ミルラナとよく似た雰囲気の顔立ち。


「……リ、フォン……?」


彼女は、リフォンにとって忘れることのできない声で、彼の名を呼んだ。


「……ラトゥ、リス……」


リフォンは、呆然と「彼女」の名前を呟いた。
13/04/25 23:35更新 / クニヒコ
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■作者メッセージ
お久しぶりです。クニヒコです。
実生活がゴタゴタしてたり、クライマックスの展開をあれこれ考え直していたりしていたら、随分と間が開いてしまいました。すみません。
これからもちょっと不定期になるかもしれませんが、最後まで書ききるつもりですので、どうかもう少しお付き合いいただければ幸いです。

……やっぱり、エンディングはしっかり考えてから書かないと駄目だよなぁ、としみじみ反省した今日この頃でした。

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