リフォンの過去
気が付くと、私は真っ白な光の中を歩いていた。
誰かと手を繋ぎながら、並んで歩く。
大きくて、暖かくて、優しい、手。
……お父さん?
……違う。
……リフォンだ。
気づいた瞬間、リフォンは私から手を離す。
そして、彼の姿はどんどん光に飲み込まれ、見えなくなっていく。
待って。ねぇ、待ってよ。
お願い。いなくならないで。
私を、一人にしないで――!!
・・・・・・・・・・・・
「――リフォンっ!!」
「ぅおうっ!?」
自分の声に驚いたのか、それとも至近距離のリフォンの声に驚いたのかはわからないが、とにかくミルラナは驚いて目を覚ました。
何だかやたらと息苦しい。何か柔らかいものが顔全体に当たっている。
ミルラナはその状態を脱するべく、身体を起こした。
「……?」
ミルラナは、自分がベッドに突っ伏すように寝ていたのだと思い至る。
……何故、そんな姿勢で寝ていたのだろうか。
辺りを見回すと、そのベッドの上で半身を起こしているリフォンと目が合った。
互いに驚いたように目を瞬かせる。
そこでようやく、ミルラナは全てを思い出した。
そうだ。リフォンはアジトでの戦いの後、倒れてしまったのだ。
それをセトゥラとミルラナとで連れ帰り、診療所に連れて行った。
診てもらったところ、目立った外傷はなく、深く眠っているように見える、と言われた。
その後ミルラナとセトゥラは二人で彼に付き添っていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「……っ!! リフォンっ!? 大丈夫なの!?」
ミルラナはリフォンに詰め寄るがごとくそう尋ねた。
「おう。いやー、よく寝た」
リフォンは至ってのんきな声でそう答える。
いつもと変わらない様子のリフォンが、ミルラナの目の前に確かに存在している。
ミルラナは、心の底から安堵し、胸をなでおろす。
「……っ、もう、心配させないでよぉっ……!」
「言ったろ。ちょっと疲れただけだって」
いつものように笑いながらリフォンは言う。
ミルラナの瞳からは、自然と大粒の涙がこぼれだしていた。
「……っ、本当に、心配、したんだから……っ!!」
「……ああ。すまなかった。……ありがとうな」
リフォンは優しく微笑むと、ミルラナの頭を優しく撫でた。
リフォンに撫でられていると、自然と心が落ち着いてくる。
……と同時に、ベッドに突っ伏して寝ていた恥ずかしさ等もミルラナの中に改めて蘇ってくる。
「……そ、そういえば、セトゥラもいたはずなんだけど」
ミルラナは顔を赤くしながら話を変えようとする。
ベッドに突っ伏して寝ていたことは、何となくセトゥラには知られたくないような気がしていた。
リフォンはそれに対し、苦笑しながらベッドの反対側を指差した。
よく見ると、ベッドの陰からセトゥラの足らしきものが覗いている。
どうやら彼女は床に寝ているらしい。
それを見て、ミルラナとリフォンは顔を見合わせて、同時に小さく噴き出した。
「……そう言えば、前にもこんなことがあった気がするな」
「……あの時とは立場が逆だけどね」
そう言って、二人はまた同時に小さく噴き出したのだった。
その後改めて診てもらった結果、リフォンの身体には異常は見られなかった。
「地面へこませたりとか、ちょっと調子に乗りすぎたな……。あれ、やりすぎるとえっらい疲れるんだよ」
「もー、本っっ当に心配したんだからな!」
ばつが悪そうに頭を掻きながら言うリフォンに、セトゥラも口を尖らせる。
だが、その表情はミルラナと同様、心から嬉しそうだった。
アジトがつぶれたことで、街の人々も皆安心して外を出歩けるようになるだろう、と衛兵のリーダーことベレリックも嬉しそうに話していた。
彼を通じて賞金稼ぎのギルドにも連絡が行ったらしく、ここでの仕事も一段落、というところだろう。
だが、まだ暗殺ギルドの本締めをつぶしたわけではない。
なので、まだリフォンとミルラナのするべきことは残っている。
しかし、動こうにも情報がなく動けないため、リフォンの回復のためにも少しこの街で休むこととなった。
(リフォンは「大丈夫だ」と言っていたが、ミルラナとセトゥラが頑として聞かなかった)
翌日、ミルラナはベッドの上で半身を起こしているリフォンのそばでくつろいでいた。
「……なぁ、ミルラナ。俺、本当に大丈夫なんだけど。むしろ、このまま寝てる方が身体が鈍っちまうよ」
「だーめ。倒れるほど無理したんだし、そうでなくてもここのところ色々ありすぎたんだから、ちゃんと休めるときに休まないと。でしょ?」
うぐ、とリフォンは言葉に詰まる。
他でもない彼自身が、似たようなことを以前ミルラナに言ったことがあるからだ。
今はリフォンがへこませた地面の修理を手伝いに行っているセトゥラも、もしこの場にいればおそらくミルラナと同じことを言うだろう。
リフォンが口を尖らせながらベッドの上で腕のストレッチなどをしていると、ミルラナがぽつりと口を開いた。
「……私ね、小さいときに、両親が殺されたんだ」
「……おう」
突然の告白に、リフォンは少し戸惑った。
ミルラナは独り言のように続ける。
「盗賊団の、襲撃だった。私は、見つからないように隠れていたんだけど、結局、見つかっちゃった。そして、私は、そいつらに捕まって、人買いに売られたの」
「……」
リフォンは真剣な顔で、黙って聞いていた。
「……あとは、あの男が言った通り。私は、捨てられるのが怖くて、必死に頑張ったの。……今思えば、本当、無様だよね」
「……辛かったんだな」
「……ううん。その時の私は、それしか考えてなかったから。……それに、今はリフォンと出会えたしね。今の私があるのは、リフォンのおかげよ」
「……そっか。何だか照れるな」
リフォンは本当に照れくさそうに頭を掻いた。
そんな様子を見て微笑みながら、ミルラナはリフォンに尋ねた。
「……ねぇ、リフォンは、どうして今の仕事をしてるの?」
リフォンは、その問いに答えず、悲しいような寂しいような、そんな表情で虚空を見つめていた。
「……リフォン?」
「……そうだな、そろそろ話しておかないとな……」
リフォンはそう呟いてから、ぽつぽつと語り始めた。
「俺は、2年前までは普通の冒険者だった。その時の俺は、ずっとラトゥリスという女冒険者と一緒に行動していた。長年……つっても数年だが、ずっと一緒にやってきた相棒だった」
「……もしかして、リフォン、その人のことが……?」
リフォンの表情に何かを感じ取り、ミルラナはそう尋ねた。
リフォンは少し驚いたような顔をしてから、どこか悲しそうな表情で微笑んだ。
「……よくわかったな。俺は、ラトゥリスのことが好きだった。ラトゥリスも、俺に好意を持ってくれていた……」
「……」
リフォンの言葉に、ミルラナの胸がずきりと痛む。
「……でも、あいつは死んじまった。暗殺ギルドを調査していた時、俺をかばって、毒矢を喰らったんだ。俺は、助けようとしたけど、助けられなかった……」
わずかに震える声で、リフォンは続ける。
「それからは、俺はラトゥリスの仇を討つため、一人で戦い続けた。仲間を失うのが怖かったから。そして、もし死んでも、ラトゥリスの後を追えると思ったから、そりゃもう無茶しまくったよ」
「……」
ミルラナは黙って聞いていた。
リフォンはミルラナから顔を背けるようにしながら、話し続けた。
「……そんな時、ある男に出会ったんだ。そいつは、半ば強引に俺にくっついてきた。一見すると無愛想だが、他人思いのいい奴だった。そいつのおかげで、俺はだいぶ立ち直れたんだ」
リフォンはそこで言葉を切り、小さく息をついた。
「……そいつの名前は、ケサルドっていうんだ」
どくん。
その名前を聞いた瞬間、ミルラナの心臓が跳ね上がる。
聞き覚えのある名前。
誰だっけ。
……そうだ。思い出した。
リフォンと出会う直前、私が、この手で――!!
「……っ……ぁ……ぅぁ……」
ミルラナは何かを言おうとするが、言葉にならない。
リフォンはミルラナから顔を背けたまま、再度小さく息をつくと、話を続けた。
「ケサルドは、俺が死に急いでると思ったんだろうな。だから、俺が無茶な仕事に手を出さないようにしたんだろう。あいつは、俺に内緒で暗殺ギルド調査の依頼を受けた。そして俺に『ちょっと用事が出来た』とだけ言い残していなくなり、そのまま帰ってこなかった。……その後、少ししてからあいつが暗殺ギルドに手を出して殺されたと知ったよ」
「……ぁ、あぁ……」
「……俺は、またしても仲間を失った。なのに、俺は、怒りも、悲しみも、感じなかった。空虚な気持ちのまま、俺はケサルドの受けていた依頼を引き継いだんだ。……そして、俺は、お前に出会った」
そう言ってリフォンは寂しげな笑みを浮かべ、ミルラナを振り返った。
「……リフォン、わ、私……っ!!」
ミルラナは確信していた。
リフォンは、ケサルドを殺したのは、私だと、知っている。
リフォンが次に言う言葉を聞くのが怖くて、ミルラナは必死に何かを言おうとした。
だが、やはり言葉にならなかった。
そんな時、リフォンはミルラナの頭に優しく手を置いた。
「……リ、フォン……?」
「……言わなくていい。わかってるから。……ただ、最後まで聞いて欲しいんだ」
ミルラナは泣きそうな表情で、リフォンの次の言葉を待った。
「……正直さ、最初は、もしケサルドを殺した奴を見つけたら、自分でもどうするつもりだったのかわからなかったんだ。ただ、何らかの形で仇を討ってやりたいとは思ってた気がする。……でも、できなかった」
リフォンはミルラナの頭から手を離し、小さく一呼吸してから、言った。
「……お前が、あまりにもラトゥリスに似ていたから」
「……え……?」
思いもかけなかった言葉に、ミルラナは呆然とする。
「……と言っても、ラトゥリスは人間だし、お前はワーラビットだ。それに、ラトゥリスはもう死んでいる。別人なのはわかっていたさ。……だけど、どうしてもお前の姿とラトゥリスの姿が被っちまって、どうしようもなかったんだ……」
リフォンは懺悔するように続ける。
ミルラナは言葉を失い、呆然とその告白を聞いていた。
「お前を気絶させた後、俺はお前をどうしようか本気で迷った。そんな時、お前は『私を捨てないで』と呟いた。それを聞いた時、俺は、自分が、寂しかった、一人でいることが辛かったんだと、気づいたんだ……」
「……リフォン……っ」
「……ここから先は、知っての通りだ。……俺は、好きだった女のことを勝手にお前に重ねて、そして自分の都合だけでお前を振り回した、最低な奴なんだ……」
最後の方は、わずかに震える声で。
「……軽蔑されても文句は言えない。でも、最後にこれだけは聞いて欲しい。今の俺は、お前がいてくれたおかげで、もう一度生きる意味を見出せたんだ。お前が、ラトゥリスに似てるからとかじゃない。ミルラナじゃないと、駄目なんだ。だから、だから……っ!」
まるで、祈るように俯きながら。
「……どうか、これからも、俺のそばに、いてほしいんだ……!!」
リフォンの顔からこぼれた透明な雫が、シーツに丸い染みを作る。
ミルラナは、目に大粒の涙を浮かべ、そしてリフォンの身体を優しく抱きしめた。
「……リフォン……っ!! ごめん、ごめんなさい……っ!!」
ミルラナの目から、次々と涙がこぼれる。
「……おいおい、何で、お前が、謝るんだよ……」
「だって……っ! だって、私、リフォンの、仲間を……っ!」
「……ああ。ミルラナ、もう、いいんだ。あいつだって、仇討ちなんて望んじゃいない。あいつは、そういう奴だったんだ……」
「私だって、リフォンのおかげで、救われたの……っ! だから、お願い、これからも、あなたのそばに、いさせて……っ!」
「……ありがとう……」
「……リフォン……っ! ありがとう……っ!!」
リフォンは抱きついているミルラナの身体を優しく離し、彼女の目を見つめた。
ミルラナも、泣きはらした目でリフォンを見つめ返す。
そして、リフォンはミルラナにゆっくりと顔を寄せ、
唇を、重ねた。
「……んっ……」
時間が止まったかのような、長い、長いキス。
そして二人はゆっくりと唇を離し、リフォンはミルラナを優しく抱きしめた。
「……ありがとう。これからもよろしくな、ミルラナ」
「……うん……」
二人はそれから、しばらくの間優しく抱きしめあっていたのだった。
二人がいる部屋の外、ドアにもたれかかっていたセトゥラは、腕で目を拭うと、音を立てないように静かにその場を立ち去っていった……。
誰かと手を繋ぎながら、並んで歩く。
大きくて、暖かくて、優しい、手。
……お父さん?
……違う。
……リフォンだ。
気づいた瞬間、リフォンは私から手を離す。
そして、彼の姿はどんどん光に飲み込まれ、見えなくなっていく。
待って。ねぇ、待ってよ。
お願い。いなくならないで。
私を、一人にしないで――!!
・・・・・・・・・・・・
「――リフォンっ!!」
「ぅおうっ!?」
自分の声に驚いたのか、それとも至近距離のリフォンの声に驚いたのかはわからないが、とにかくミルラナは驚いて目を覚ました。
何だかやたらと息苦しい。何か柔らかいものが顔全体に当たっている。
ミルラナはその状態を脱するべく、身体を起こした。
「……?」
ミルラナは、自分がベッドに突っ伏すように寝ていたのだと思い至る。
……何故、そんな姿勢で寝ていたのだろうか。
辺りを見回すと、そのベッドの上で半身を起こしているリフォンと目が合った。
互いに驚いたように目を瞬かせる。
そこでようやく、ミルラナは全てを思い出した。
そうだ。リフォンはアジトでの戦いの後、倒れてしまったのだ。
それをセトゥラとミルラナとで連れ帰り、診療所に連れて行った。
診てもらったところ、目立った外傷はなく、深く眠っているように見える、と言われた。
その後ミルラナとセトゥラは二人で彼に付き添っていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「……っ!! リフォンっ!? 大丈夫なの!?」
ミルラナはリフォンに詰め寄るがごとくそう尋ねた。
「おう。いやー、よく寝た」
リフォンは至ってのんきな声でそう答える。
いつもと変わらない様子のリフォンが、ミルラナの目の前に確かに存在している。
ミルラナは、心の底から安堵し、胸をなでおろす。
「……っ、もう、心配させないでよぉっ……!」
「言ったろ。ちょっと疲れただけだって」
いつものように笑いながらリフォンは言う。
ミルラナの瞳からは、自然と大粒の涙がこぼれだしていた。
「……っ、本当に、心配、したんだから……っ!!」
「……ああ。すまなかった。……ありがとうな」
リフォンは優しく微笑むと、ミルラナの頭を優しく撫でた。
リフォンに撫でられていると、自然と心が落ち着いてくる。
……と同時に、ベッドに突っ伏して寝ていた恥ずかしさ等もミルラナの中に改めて蘇ってくる。
「……そ、そういえば、セトゥラもいたはずなんだけど」
ミルラナは顔を赤くしながら話を変えようとする。
ベッドに突っ伏して寝ていたことは、何となくセトゥラには知られたくないような気がしていた。
リフォンはそれに対し、苦笑しながらベッドの反対側を指差した。
よく見ると、ベッドの陰からセトゥラの足らしきものが覗いている。
どうやら彼女は床に寝ているらしい。
それを見て、ミルラナとリフォンは顔を見合わせて、同時に小さく噴き出した。
「……そう言えば、前にもこんなことがあった気がするな」
「……あの時とは立場が逆だけどね」
そう言って、二人はまた同時に小さく噴き出したのだった。
その後改めて診てもらった結果、リフォンの身体には異常は見られなかった。
「地面へこませたりとか、ちょっと調子に乗りすぎたな……。あれ、やりすぎるとえっらい疲れるんだよ」
「もー、本っっ当に心配したんだからな!」
ばつが悪そうに頭を掻きながら言うリフォンに、セトゥラも口を尖らせる。
だが、その表情はミルラナと同様、心から嬉しそうだった。
アジトがつぶれたことで、街の人々も皆安心して外を出歩けるようになるだろう、と衛兵のリーダーことベレリックも嬉しそうに話していた。
彼を通じて賞金稼ぎのギルドにも連絡が行ったらしく、ここでの仕事も一段落、というところだろう。
だが、まだ暗殺ギルドの本締めをつぶしたわけではない。
なので、まだリフォンとミルラナのするべきことは残っている。
しかし、動こうにも情報がなく動けないため、リフォンの回復のためにも少しこの街で休むこととなった。
(リフォンは「大丈夫だ」と言っていたが、ミルラナとセトゥラが頑として聞かなかった)
翌日、ミルラナはベッドの上で半身を起こしているリフォンのそばでくつろいでいた。
「……なぁ、ミルラナ。俺、本当に大丈夫なんだけど。むしろ、このまま寝てる方が身体が鈍っちまうよ」
「だーめ。倒れるほど無理したんだし、そうでなくてもここのところ色々ありすぎたんだから、ちゃんと休めるときに休まないと。でしょ?」
うぐ、とリフォンは言葉に詰まる。
他でもない彼自身が、似たようなことを以前ミルラナに言ったことがあるからだ。
今はリフォンがへこませた地面の修理を手伝いに行っているセトゥラも、もしこの場にいればおそらくミルラナと同じことを言うだろう。
リフォンが口を尖らせながらベッドの上で腕のストレッチなどをしていると、ミルラナがぽつりと口を開いた。
「……私ね、小さいときに、両親が殺されたんだ」
「……おう」
突然の告白に、リフォンは少し戸惑った。
ミルラナは独り言のように続ける。
「盗賊団の、襲撃だった。私は、見つからないように隠れていたんだけど、結局、見つかっちゃった。そして、私は、そいつらに捕まって、人買いに売られたの」
「……」
リフォンは真剣な顔で、黙って聞いていた。
「……あとは、あの男が言った通り。私は、捨てられるのが怖くて、必死に頑張ったの。……今思えば、本当、無様だよね」
「……辛かったんだな」
「……ううん。その時の私は、それしか考えてなかったから。……それに、今はリフォンと出会えたしね。今の私があるのは、リフォンのおかげよ」
「……そっか。何だか照れるな」
リフォンは本当に照れくさそうに頭を掻いた。
そんな様子を見て微笑みながら、ミルラナはリフォンに尋ねた。
「……ねぇ、リフォンは、どうして今の仕事をしてるの?」
リフォンは、その問いに答えず、悲しいような寂しいような、そんな表情で虚空を見つめていた。
「……リフォン?」
「……そうだな、そろそろ話しておかないとな……」
リフォンはそう呟いてから、ぽつぽつと語り始めた。
「俺は、2年前までは普通の冒険者だった。その時の俺は、ずっとラトゥリスという女冒険者と一緒に行動していた。長年……つっても数年だが、ずっと一緒にやってきた相棒だった」
「……もしかして、リフォン、その人のことが……?」
リフォンの表情に何かを感じ取り、ミルラナはそう尋ねた。
リフォンは少し驚いたような顔をしてから、どこか悲しそうな表情で微笑んだ。
「……よくわかったな。俺は、ラトゥリスのことが好きだった。ラトゥリスも、俺に好意を持ってくれていた……」
「……」
リフォンの言葉に、ミルラナの胸がずきりと痛む。
「……でも、あいつは死んじまった。暗殺ギルドを調査していた時、俺をかばって、毒矢を喰らったんだ。俺は、助けようとしたけど、助けられなかった……」
わずかに震える声で、リフォンは続ける。
「それからは、俺はラトゥリスの仇を討つため、一人で戦い続けた。仲間を失うのが怖かったから。そして、もし死んでも、ラトゥリスの後を追えると思ったから、そりゃもう無茶しまくったよ」
「……」
ミルラナは黙って聞いていた。
リフォンはミルラナから顔を背けるようにしながら、話し続けた。
「……そんな時、ある男に出会ったんだ。そいつは、半ば強引に俺にくっついてきた。一見すると無愛想だが、他人思いのいい奴だった。そいつのおかげで、俺はだいぶ立ち直れたんだ」
リフォンはそこで言葉を切り、小さく息をついた。
「……そいつの名前は、ケサルドっていうんだ」
どくん。
その名前を聞いた瞬間、ミルラナの心臓が跳ね上がる。
聞き覚えのある名前。
誰だっけ。
……そうだ。思い出した。
リフォンと出会う直前、私が、この手で――!!
「……っ……ぁ……ぅぁ……」
ミルラナは何かを言おうとするが、言葉にならない。
リフォンはミルラナから顔を背けたまま、再度小さく息をつくと、話を続けた。
「ケサルドは、俺が死に急いでると思ったんだろうな。だから、俺が無茶な仕事に手を出さないようにしたんだろう。あいつは、俺に内緒で暗殺ギルド調査の依頼を受けた。そして俺に『ちょっと用事が出来た』とだけ言い残していなくなり、そのまま帰ってこなかった。……その後、少ししてからあいつが暗殺ギルドに手を出して殺されたと知ったよ」
「……ぁ、あぁ……」
「……俺は、またしても仲間を失った。なのに、俺は、怒りも、悲しみも、感じなかった。空虚な気持ちのまま、俺はケサルドの受けていた依頼を引き継いだんだ。……そして、俺は、お前に出会った」
そう言ってリフォンは寂しげな笑みを浮かべ、ミルラナを振り返った。
「……リフォン、わ、私……っ!!」
ミルラナは確信していた。
リフォンは、ケサルドを殺したのは、私だと、知っている。
リフォンが次に言う言葉を聞くのが怖くて、ミルラナは必死に何かを言おうとした。
だが、やはり言葉にならなかった。
そんな時、リフォンはミルラナの頭に優しく手を置いた。
「……リ、フォン……?」
「……言わなくていい。わかってるから。……ただ、最後まで聞いて欲しいんだ」
ミルラナは泣きそうな表情で、リフォンの次の言葉を待った。
「……正直さ、最初は、もしケサルドを殺した奴を見つけたら、自分でもどうするつもりだったのかわからなかったんだ。ただ、何らかの形で仇を討ってやりたいとは思ってた気がする。……でも、できなかった」
リフォンはミルラナの頭から手を離し、小さく一呼吸してから、言った。
「……お前が、あまりにもラトゥリスに似ていたから」
「……え……?」
思いもかけなかった言葉に、ミルラナは呆然とする。
「……と言っても、ラトゥリスは人間だし、お前はワーラビットだ。それに、ラトゥリスはもう死んでいる。別人なのはわかっていたさ。……だけど、どうしてもお前の姿とラトゥリスの姿が被っちまって、どうしようもなかったんだ……」
リフォンは懺悔するように続ける。
ミルラナは言葉を失い、呆然とその告白を聞いていた。
「お前を気絶させた後、俺はお前をどうしようか本気で迷った。そんな時、お前は『私を捨てないで』と呟いた。それを聞いた時、俺は、自分が、寂しかった、一人でいることが辛かったんだと、気づいたんだ……」
「……リフォン……っ」
「……ここから先は、知っての通りだ。……俺は、好きだった女のことを勝手にお前に重ねて、そして自分の都合だけでお前を振り回した、最低な奴なんだ……」
最後の方は、わずかに震える声で。
「……軽蔑されても文句は言えない。でも、最後にこれだけは聞いて欲しい。今の俺は、お前がいてくれたおかげで、もう一度生きる意味を見出せたんだ。お前が、ラトゥリスに似てるからとかじゃない。ミルラナじゃないと、駄目なんだ。だから、だから……っ!」
まるで、祈るように俯きながら。
「……どうか、これからも、俺のそばに、いてほしいんだ……!!」
リフォンの顔からこぼれた透明な雫が、シーツに丸い染みを作る。
ミルラナは、目に大粒の涙を浮かべ、そしてリフォンの身体を優しく抱きしめた。
「……リフォン……っ!! ごめん、ごめんなさい……っ!!」
ミルラナの目から、次々と涙がこぼれる。
「……おいおい、何で、お前が、謝るんだよ……」
「だって……っ! だって、私、リフォンの、仲間を……っ!」
「……ああ。ミルラナ、もう、いいんだ。あいつだって、仇討ちなんて望んじゃいない。あいつは、そういう奴だったんだ……」
「私だって、リフォンのおかげで、救われたの……っ! だから、お願い、これからも、あなたのそばに、いさせて……っ!」
「……ありがとう……」
「……リフォン……っ! ありがとう……っ!!」
リフォンは抱きついているミルラナの身体を優しく離し、彼女の目を見つめた。
ミルラナも、泣きはらした目でリフォンを見つめ返す。
そして、リフォンはミルラナにゆっくりと顔を寄せ、
唇を、重ねた。
「……んっ……」
時間が止まったかのような、長い、長いキス。
そして二人はゆっくりと唇を離し、リフォンはミルラナを優しく抱きしめた。
「……ありがとう。これからもよろしくな、ミルラナ」
「……うん……」
二人はそれから、しばらくの間優しく抱きしめあっていたのだった。
二人がいる部屋の外、ドアにもたれかかっていたセトゥラは、腕で目を拭うと、音を立てないように静かにその場を立ち去っていった……。
13/04/06 22:20更新 / クニヒコ
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