“首斬りウサギ”の尋問術
※ 注意!! ※
今回の話には結構な残虐描写が含まれます。
そういうのが苦手な方はご注意ください。
(一番下、あとがきに今回の話の要点を書いておきます)
「済まなかった! 君たちには、いくら詫びても足りないくらいだ! 本当に、申し訳ないっ!!」
騒ぎが一段落ついて、衛兵たちのリーダーはリフォンたちに深々と頭を下げていた。というか、土下座していた。
「何、あんたらが警戒するのもわかるし、こっちだって地面をへこませたりしたんだ。互いに重大な怪我人が出たわけでもないし、おあいこってことにしておこうぜ」
リフォンは土下座を続けるリーダーに苦笑しながらそう答える。
……もっとも、リフォンたちはほぼ無傷なのに対し、衛兵たちは過半数が打ち身や捻挫等の怪我や武器の損傷があったので明らかに被害の規模に差があるのだが。
「……それよりも、問題はこれからどうするか、だな。とりあえず敵の一人は捕まえたわけだが……」
「うむ。密偵は今牢屋に入れてある。舌を噛み切って自害などせんよう、猿轡もかましてある」
「ああ。だが、そいつからアジトの場所なんかを聞き出せるとは思えないんだよな……」
「そうね。捕まった奴は口を割るくらいなら自害するだろうし、ギルドの方も捕まった奴は問答無用で切り捨てると思う」
「だよな……。多分無駄だとは思うが、一応話を聞きに行ってみるか」
リフォンはそう言って牢屋へと歩き出し、
そして、急にふらっとよろめいた。
「ちょ、ちょっとリフォン、大丈夫?」
ミルラナとセトゥラが慌ててリフォンに駆け寄る。
「ああ、大丈夫だ。足元の段差に躓いただけさ。……まぁ、自業自得か」
そう言ってリフォンは苦笑する。
確かにリフォンの足元には、石畳が持ち上がったような段差があった。
リフォンが地面を殴りつけた際にできたものだろう。
「何だ、心配させないでくれよ、兄貴」
「おう、悪い悪い。それより、さっさと牢屋に行ってみようぜ」
リフォンはいつものように軽い口調でそう言ったが、ミルラナはまだ心配そうな表情をしていた。
確かに足元に段差はあったが、あれは躓いたのではなくよろけたように見える。
それに、心なしかリフォンの顔色が悪いような気もする。
「リフォン……本当に、大丈夫なの?」
「ああ。心配してくれてありがとうな」
リフォンは笑ってミルラナの頭をぽんぽんと撫でる。
未だ心配ではあったが、ミルラナは、それ以上追求できなかった。
牢屋の鉄格子を挟んで、リフォンたちは捕らえた密偵に向き合った。
両手両足を固く縛られ、口には猿轡をした状態で、床に転がされている。
だが、その目はリフォンたちを不適に睨みつけていた。
「無駄だとは思うが、聞いてみるか……。おい、お前らのアジトの場所を吐く気はないか?」
リフォンが駄目もとで訊いてみると、密偵はふん、と鼻で嘲笑った。
「……そもそも、猿轡をしたまんまじゃ文字通り話にならんよなぁ……。あれ、外したらどうなると思う?」
「……多分、舌噛み切るか隠し持っていた毒でも飲んで自害するでしょうね」
「……だよなぁ」
ミルラナの答えに、リフォンはため息をつく。
「自害する前に殴るとかして止めればいいんじゃない?」
「それじゃ結局話にならんだろ」
「……そっか」
セトゥラもうーん、と唸りながら頭を抱える。
ミルラナも何かを考えていたようだが、やがてぽつりと口を開いた。
「……私に、任せてくれない?」
リフォンとセトゥラがミルラナの方を見る。
「ミルラナ、何かいい方法があるのか?」
「まあ、ね……。ただ、一つ、約束してほしいことがあるの」
ミルラナの表情は暗く、口調も重い。
「約束?」
「ええ。……私一人でやるから、私が出てくるまで、外に出ていてほしいの。それとリフォン、その短剣、貸して」
「……おい、ミルラナ、お前、何する気だ?」
「お願い。私を信じて」
表情は暗いものの、ミルラナははっきりとそう言って、リフォンの目を正面から見据えた。
リフォンはしばし悩んでいたが、やがて、
「……わかった。頼んだぞ」
と言って、ミルラナの頭を軽く撫で、もともとは彼女のものだった短剣を手渡した。
そして、リフォンたちが牢屋から出て、中にはミルラナと密偵の二人きりとなった。
ミルラナは鉄格子を開けて中に入り、密偵のそばにしゃがみこんだ。
「……あなたは、頷くか首を振るだけでいいわ。アジトの場所を教えるつもりはある?」
密偵は再度鼻で笑った。
「……そう。仕方ないわね」
ミルラナの声のトーンが急に低くなる。
無機質で、冷たい、氷のような声。
「……私も、あなたたちと同じ、暗殺者だったの。それは知ってるでしょ?」
密偵は答えない。
「私たち暗殺者は、暗殺の技術の他に、拷問や尋問の技術も学ぶわ。それは勿論知ってるわよね?」
密偵は答えない。
「……“首斬りウサギ”のミルラナ、という名に聞き覚えはないかしら?」
密偵は答えない。だが、身体がわずかにびくっ、と動く。
「……じゃあ、“彼女”がどんな拷問を得意としていたかも、知らないのね?」
密偵は答えない。だが、その身体ががくがくと震えている。
「……じゃあ、教えてあげる。まずはね、短剣を用意するの。よく斬れる、普通の短剣を。丁度、こういうのね」
ミルラナはそう言って、リフォンから借りた短剣を密偵に見せた。
刃に映った密偵の目が、左右にしきりに動いている。
「でね、その短剣で、首の、そうね、この辺りから、ゆっくりと、斬るの」
言いながらミルラナはゆっくりと密偵の首筋を指先で撫でた。
密偵の身体の震えはさらに強くなり、わずかに汗がにじんできている。
「そう、この辺り。わかるでしょ? この脈打つ辺り。ほら、ここ。凄く、脈打ってるの。感じるでしょ?」
ミルラナは密偵の頸動脈をなぞるように指を動かす。
密偵はさらにがくがくと震えだす。ミルラナの指先に感じる脈もどんどん速くなってきている。
「……でもね、ここは後回し。ここを傷つけないように、ゆっくり、丁寧に、まず、皮だけ斬るの」
密偵は答えない。いや、答えられない。
ミルラナは、恐ろしく冷え切った声で、淡々と続ける。
「皮を斬るとね、肉が見えるの。ほら、ここの肉。他にも肉はあるけど、こういうのをね、手で、ゆっくりと、掻き分けるの」
密偵はその場から逃げ出そうと必死に身体を動かすが、身動きが取れない。
「手でゆっくり掻き分けるとね、肉がいくつかに綺麗に分かれるの。そして、その奥にね、太くて、脈打つ、血管があるの」
密偵は必死に首を振り、逃げようとする。
「それでね、その血管をね、傷つけないように、優しく、優しく、首の外まで、そっと、引っ張るの」
密偵はなおも逃げようとする。目には涙が浮かんでいる。
「そうするとね、どくん、どくん、って脈打つ血管が、首の外に、出てくるの。素敵でしょ?」
むーっ! むーっ! と密偵が呻く。
「それでね、その血管をね、その人に見せてあげようと思ってね、もっと引っ張るの。勿論、優しく、ゆっくりとね」
密偵は呻きながら必死に暴れる。
「でもね、大体の人は、ちゃんと見てくれないの。だからね、仕方ないから、私は、ゆっくりと、短剣を、その太い血管に、あてるの」
密偵の呻き声が大きくなる。
「そしてね、そっと、優しく、静かに、短剣を、すっ、って引くの」
密偵は既に半狂乱だ。
ミルラナは刃を立てないよう、短剣を密偵の首筋にそっとあて、
「動くと、失敗、しちゃうよ?」
と囁いた。
密偵は涙を零し、身体を震わせる。
ミルラナは、少しずつ短剣の刃を立てながら、
「……ところで、もう一度訊くけど、色々と話をしてくれる気に、なった?」
密偵はがくがくと激しく頷いた。
「本当に?」
刃を徐々に立てながら。
密偵は刃から逃げるようにしながらもがくがくと頷く。
「口のそれ、外しても、自殺とかしないで、話してくれる?」
刃を徐々に立てながら。
密偵は必死に頷いた。
「約束、だからね?」
ミルラナはそう言って、先程と同じように、頸動脈をつっと撫で、その一点に短剣の先を軽くあてた。
密偵はミルラナから逃げるように動きながら、壊れたおもちゃのように頷いた。
ミルラナはそれを確認すると、すっと密偵から身を離した。
そして自分の頬を両手で2回ほど叩き、リフォンたちを呼びに牢屋の外へと歩いていった。
密偵は、彼女の姿が見えなくなった後も、がくがくと震え、涙を流していた。
「……終わったわ」
牢屋から出てきたミルラナが、リフォンたちにそう告げる。
「本当か?」
「ええ。多分全部話してくれると思う」
そう言いながらミルラナは短剣をリフォンに返す。その表情はやや暗かった。
「凄いな……ミルラナ、暗い顔してるけど、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫よ」
「そうか……無理させて悪かった。ありがとうな」
リフォンはそう言ってミルラナの頭を撫でる。
ミルラナも、リフォンに撫でられることで強張っていた身体と心が解れていくのを感じていた。
(……リフォンと出会ってから、私、本当に変わっちゃったんだなぁ)
リフォンに出会う前のミルラナであれば、あのくらいの拷問は平然とできたはずなのに。
今では口で言う事はできても、実際にやろうとは思わない。
ミルラナは、彼女の中でリフォンがいかに大きな存在となっているかを改めて実感していた。
リフォンたちは再度密偵の入っている牢の前へと向かった。
密偵は未だガタガタと震えており、ミルラナの姿を見るとびくっと身体を強張らせる。
ミルラナはそっと密偵のそばにしゃがみこむと、密偵の首をそっと撫でながら、小声で囁いた。
「それじゃ、口のそれ、外すから。ちゃんと、話してね。約束、でしょ?」
密偵はがくがくと頷く。
ミルラナが密偵の猿轡を外すと、密偵は全てをぶちまけるように話し始めた。
「はぁっ、はぁっ……!! あ、アジトの、場所は、裏路地の、酒場、『三本足の鴉』の、地下だ。奥の個室の、クローゼットが、地下への、隠し通路になっている。ギルドの連中が、何人この街にいるかは、知らねぇ。だが、この街の、リーダーは、基本的に、地下のアジトにいるはずだ。俺はただの連絡役で、本当にこれ以上知らねぇんだ。頼む、信じてくれ……!!」
「ありがと」
ミルラナはそっと密偵に囁くと、リフォンたちのもとへと戻った。
「……だ、そうよ。嘘は言ってないと思うわ」
リフォンは呆気にとられた様子でミルラナの顔を見た。
「……ああ。……なぁ、何をしたんだ?」
「……ちょっと、ね。……ごめん、言いたくないの」
「……そうか。嫌な気分になるようなことをさせてしまって、本当に済まなかった。……ありがとう」
「……うん」
リフォンの言葉に、ミルラナは少しほっとしたような表情で頷いた。
「……さて、アジトの場所はわかったわけだし、あとは……」
「……正面から突入、でしょ?」
重苦しい雰囲気を振り払うように、わざとおどけた調子でリフォンが言うと、ミルラナもそれに合わせておどけた調子でそう返した。
リフォンがにっ、と不敵に笑う。
「……そういうことだ」
「よーし、腕が鳴るぞー!!」
セトゥラもやる気十分、といった感じで腕を回し……。
「……ちょっと待って。セトゥラ、まさかあなたも来るつもりなの?」
「え、当たり前じゃん」
ミルラナの問いかけに、セトゥラはさも当然というように答える。
「何言ってるの!? 駄目に決まってるでしょ! 確かにさっきは助けられたけど、これは遊びじゃないのよ!?」
だが、そんなミルラナの言葉を制したのは、意外にもリフォンだった。
「いや、ミルラナ。セトゥラも連れて行こう」
「リフォンまで何言ってるの!? 相手は暗殺者で、セトゥラは一般人なのよ!?」
「わかってる。だが、なりゆきとはいえ俺たちと一緒に行動して、事実こうして暗殺ギルドを敵に回してしまった以上、そうも言ってられない。それなら、いっそ一緒に行動した方が安全だ。幸い、セトゥラもある程度の自衛能力はあるしな」
反論できず、うぐ、とミルラナは言葉に詰まる。
「セトゥラ、巻き込んでしまったのは俺たちだから偉そうなことは言えんが、ミルラナの言ってることも事実だ。絶対一人で突撃したり、無謀な真似はするんじゃないぞ」
「おー! 兄貴の背中はアタイが守るからなっ!」
セトゥラは嬉しそうにそう言って、リフォンの腕にしがみついた。
「……〜〜〜〜っ……」
ミルラナは声にならないうめき声を上げながらリフォンとセトゥラをジト目で睨んでいた。
ともかく、情報は手に入った。
あとは、突入するのみ。
今回の話には結構な残虐描写が含まれます。
そういうのが苦手な方はご注意ください。
(一番下、あとがきに今回の話の要点を書いておきます)
「済まなかった! 君たちには、いくら詫びても足りないくらいだ! 本当に、申し訳ないっ!!」
騒ぎが一段落ついて、衛兵たちのリーダーはリフォンたちに深々と頭を下げていた。というか、土下座していた。
「何、あんたらが警戒するのもわかるし、こっちだって地面をへこませたりしたんだ。互いに重大な怪我人が出たわけでもないし、おあいこってことにしておこうぜ」
リフォンは土下座を続けるリーダーに苦笑しながらそう答える。
……もっとも、リフォンたちはほぼ無傷なのに対し、衛兵たちは過半数が打ち身や捻挫等の怪我や武器の損傷があったので明らかに被害の規模に差があるのだが。
「……それよりも、問題はこれからどうするか、だな。とりあえず敵の一人は捕まえたわけだが……」
「うむ。密偵は今牢屋に入れてある。舌を噛み切って自害などせんよう、猿轡もかましてある」
「ああ。だが、そいつからアジトの場所なんかを聞き出せるとは思えないんだよな……」
「そうね。捕まった奴は口を割るくらいなら自害するだろうし、ギルドの方も捕まった奴は問答無用で切り捨てると思う」
「だよな……。多分無駄だとは思うが、一応話を聞きに行ってみるか」
リフォンはそう言って牢屋へと歩き出し、
そして、急にふらっとよろめいた。
「ちょ、ちょっとリフォン、大丈夫?」
ミルラナとセトゥラが慌ててリフォンに駆け寄る。
「ああ、大丈夫だ。足元の段差に躓いただけさ。……まぁ、自業自得か」
そう言ってリフォンは苦笑する。
確かにリフォンの足元には、石畳が持ち上がったような段差があった。
リフォンが地面を殴りつけた際にできたものだろう。
「何だ、心配させないでくれよ、兄貴」
「おう、悪い悪い。それより、さっさと牢屋に行ってみようぜ」
リフォンはいつものように軽い口調でそう言ったが、ミルラナはまだ心配そうな表情をしていた。
確かに足元に段差はあったが、あれは躓いたのではなくよろけたように見える。
それに、心なしかリフォンの顔色が悪いような気もする。
「リフォン……本当に、大丈夫なの?」
「ああ。心配してくれてありがとうな」
リフォンは笑ってミルラナの頭をぽんぽんと撫でる。
未だ心配ではあったが、ミルラナは、それ以上追求できなかった。
牢屋の鉄格子を挟んで、リフォンたちは捕らえた密偵に向き合った。
両手両足を固く縛られ、口には猿轡をした状態で、床に転がされている。
だが、その目はリフォンたちを不適に睨みつけていた。
「無駄だとは思うが、聞いてみるか……。おい、お前らのアジトの場所を吐く気はないか?」
リフォンが駄目もとで訊いてみると、密偵はふん、と鼻で嘲笑った。
「……そもそも、猿轡をしたまんまじゃ文字通り話にならんよなぁ……。あれ、外したらどうなると思う?」
「……多分、舌噛み切るか隠し持っていた毒でも飲んで自害するでしょうね」
「……だよなぁ」
ミルラナの答えに、リフォンはため息をつく。
「自害する前に殴るとかして止めればいいんじゃない?」
「それじゃ結局話にならんだろ」
「……そっか」
セトゥラもうーん、と唸りながら頭を抱える。
ミルラナも何かを考えていたようだが、やがてぽつりと口を開いた。
「……私に、任せてくれない?」
リフォンとセトゥラがミルラナの方を見る。
「ミルラナ、何かいい方法があるのか?」
「まあ、ね……。ただ、一つ、約束してほしいことがあるの」
ミルラナの表情は暗く、口調も重い。
「約束?」
「ええ。……私一人でやるから、私が出てくるまで、外に出ていてほしいの。それとリフォン、その短剣、貸して」
「……おい、ミルラナ、お前、何する気だ?」
「お願い。私を信じて」
表情は暗いものの、ミルラナははっきりとそう言って、リフォンの目を正面から見据えた。
リフォンはしばし悩んでいたが、やがて、
「……わかった。頼んだぞ」
と言って、ミルラナの頭を軽く撫で、もともとは彼女のものだった短剣を手渡した。
そして、リフォンたちが牢屋から出て、中にはミルラナと密偵の二人きりとなった。
ミルラナは鉄格子を開けて中に入り、密偵のそばにしゃがみこんだ。
「……あなたは、頷くか首を振るだけでいいわ。アジトの場所を教えるつもりはある?」
密偵は再度鼻で笑った。
「……そう。仕方ないわね」
ミルラナの声のトーンが急に低くなる。
無機質で、冷たい、氷のような声。
「……私も、あなたたちと同じ、暗殺者だったの。それは知ってるでしょ?」
密偵は答えない。
「私たち暗殺者は、暗殺の技術の他に、拷問や尋問の技術も学ぶわ。それは勿論知ってるわよね?」
密偵は答えない。
「……“首斬りウサギ”のミルラナ、という名に聞き覚えはないかしら?」
密偵は答えない。だが、身体がわずかにびくっ、と動く。
「……じゃあ、“彼女”がどんな拷問を得意としていたかも、知らないのね?」
密偵は答えない。だが、その身体ががくがくと震えている。
「……じゃあ、教えてあげる。まずはね、短剣を用意するの。よく斬れる、普通の短剣を。丁度、こういうのね」
ミルラナはそう言って、リフォンから借りた短剣を密偵に見せた。
刃に映った密偵の目が、左右にしきりに動いている。
「でね、その短剣で、首の、そうね、この辺りから、ゆっくりと、斬るの」
言いながらミルラナはゆっくりと密偵の首筋を指先で撫でた。
密偵の身体の震えはさらに強くなり、わずかに汗がにじんできている。
「そう、この辺り。わかるでしょ? この脈打つ辺り。ほら、ここ。凄く、脈打ってるの。感じるでしょ?」
ミルラナは密偵の頸動脈をなぞるように指を動かす。
密偵はさらにがくがくと震えだす。ミルラナの指先に感じる脈もどんどん速くなってきている。
「……でもね、ここは後回し。ここを傷つけないように、ゆっくり、丁寧に、まず、皮だけ斬るの」
密偵は答えない。いや、答えられない。
ミルラナは、恐ろしく冷え切った声で、淡々と続ける。
「皮を斬るとね、肉が見えるの。ほら、ここの肉。他にも肉はあるけど、こういうのをね、手で、ゆっくりと、掻き分けるの」
密偵はその場から逃げ出そうと必死に身体を動かすが、身動きが取れない。
「手でゆっくり掻き分けるとね、肉がいくつかに綺麗に分かれるの。そして、その奥にね、太くて、脈打つ、血管があるの」
密偵は必死に首を振り、逃げようとする。
「それでね、その血管をね、傷つけないように、優しく、優しく、首の外まで、そっと、引っ張るの」
密偵はなおも逃げようとする。目には涙が浮かんでいる。
「そうするとね、どくん、どくん、って脈打つ血管が、首の外に、出てくるの。素敵でしょ?」
むーっ! むーっ! と密偵が呻く。
「それでね、その血管をね、その人に見せてあげようと思ってね、もっと引っ張るの。勿論、優しく、ゆっくりとね」
密偵は呻きながら必死に暴れる。
「でもね、大体の人は、ちゃんと見てくれないの。だからね、仕方ないから、私は、ゆっくりと、短剣を、その太い血管に、あてるの」
密偵の呻き声が大きくなる。
「そしてね、そっと、優しく、静かに、短剣を、すっ、って引くの」
密偵は既に半狂乱だ。
ミルラナは刃を立てないよう、短剣を密偵の首筋にそっとあて、
「動くと、失敗、しちゃうよ?」
と囁いた。
密偵は涙を零し、身体を震わせる。
ミルラナは、少しずつ短剣の刃を立てながら、
「……ところで、もう一度訊くけど、色々と話をしてくれる気に、なった?」
密偵はがくがくと激しく頷いた。
「本当に?」
刃を徐々に立てながら。
密偵は刃から逃げるようにしながらもがくがくと頷く。
「口のそれ、外しても、自殺とかしないで、話してくれる?」
刃を徐々に立てながら。
密偵は必死に頷いた。
「約束、だからね?」
ミルラナはそう言って、先程と同じように、頸動脈をつっと撫で、その一点に短剣の先を軽くあてた。
密偵はミルラナから逃げるように動きながら、壊れたおもちゃのように頷いた。
ミルラナはそれを確認すると、すっと密偵から身を離した。
そして自分の頬を両手で2回ほど叩き、リフォンたちを呼びに牢屋の外へと歩いていった。
密偵は、彼女の姿が見えなくなった後も、がくがくと震え、涙を流していた。
「……終わったわ」
牢屋から出てきたミルラナが、リフォンたちにそう告げる。
「本当か?」
「ええ。多分全部話してくれると思う」
そう言いながらミルラナは短剣をリフォンに返す。その表情はやや暗かった。
「凄いな……ミルラナ、暗い顔してるけど、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫よ」
「そうか……無理させて悪かった。ありがとうな」
リフォンはそう言ってミルラナの頭を撫でる。
ミルラナも、リフォンに撫でられることで強張っていた身体と心が解れていくのを感じていた。
(……リフォンと出会ってから、私、本当に変わっちゃったんだなぁ)
リフォンに出会う前のミルラナであれば、あのくらいの拷問は平然とできたはずなのに。
今では口で言う事はできても、実際にやろうとは思わない。
ミルラナは、彼女の中でリフォンがいかに大きな存在となっているかを改めて実感していた。
リフォンたちは再度密偵の入っている牢の前へと向かった。
密偵は未だガタガタと震えており、ミルラナの姿を見るとびくっと身体を強張らせる。
ミルラナはそっと密偵のそばにしゃがみこむと、密偵の首をそっと撫でながら、小声で囁いた。
「それじゃ、口のそれ、外すから。ちゃんと、話してね。約束、でしょ?」
密偵はがくがくと頷く。
ミルラナが密偵の猿轡を外すと、密偵は全てをぶちまけるように話し始めた。
「はぁっ、はぁっ……!! あ、アジトの、場所は、裏路地の、酒場、『三本足の鴉』の、地下だ。奥の個室の、クローゼットが、地下への、隠し通路になっている。ギルドの連中が、何人この街にいるかは、知らねぇ。だが、この街の、リーダーは、基本的に、地下のアジトにいるはずだ。俺はただの連絡役で、本当にこれ以上知らねぇんだ。頼む、信じてくれ……!!」
「ありがと」
ミルラナはそっと密偵に囁くと、リフォンたちのもとへと戻った。
「……だ、そうよ。嘘は言ってないと思うわ」
リフォンは呆気にとられた様子でミルラナの顔を見た。
「……ああ。……なぁ、何をしたんだ?」
「……ちょっと、ね。……ごめん、言いたくないの」
「……そうか。嫌な気分になるようなことをさせてしまって、本当に済まなかった。……ありがとう」
「……うん」
リフォンの言葉に、ミルラナは少しほっとしたような表情で頷いた。
「……さて、アジトの場所はわかったわけだし、あとは……」
「……正面から突入、でしょ?」
重苦しい雰囲気を振り払うように、わざとおどけた調子でリフォンが言うと、ミルラナもそれに合わせておどけた調子でそう返した。
リフォンがにっ、と不敵に笑う。
「……そういうことだ」
「よーし、腕が鳴るぞー!!」
セトゥラもやる気十分、といった感じで腕を回し……。
「……ちょっと待って。セトゥラ、まさかあなたも来るつもりなの?」
「え、当たり前じゃん」
ミルラナの問いかけに、セトゥラはさも当然というように答える。
「何言ってるの!? 駄目に決まってるでしょ! 確かにさっきは助けられたけど、これは遊びじゃないのよ!?」
だが、そんなミルラナの言葉を制したのは、意外にもリフォンだった。
「いや、ミルラナ。セトゥラも連れて行こう」
「リフォンまで何言ってるの!? 相手は暗殺者で、セトゥラは一般人なのよ!?」
「わかってる。だが、なりゆきとはいえ俺たちと一緒に行動して、事実こうして暗殺ギルドを敵に回してしまった以上、そうも言ってられない。それなら、いっそ一緒に行動した方が安全だ。幸い、セトゥラもある程度の自衛能力はあるしな」
反論できず、うぐ、とミルラナは言葉に詰まる。
「セトゥラ、巻き込んでしまったのは俺たちだから偉そうなことは言えんが、ミルラナの言ってることも事実だ。絶対一人で突撃したり、無謀な真似はするんじゃないぞ」
「おー! 兄貴の背中はアタイが守るからなっ!」
セトゥラは嬉しそうにそう言って、リフォンの腕にしがみついた。
「……〜〜〜〜っ……」
ミルラナは声にならないうめき声を上げながらリフォンとセトゥラをジト目で睨んでいた。
ともかく、情報は手に入った。
あとは、突入するのみ。
13/04/03 16:51更新 / クニヒコ
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