暗殺者の少女
「…チッ、抵抗して余計な手間かけさせやがって」
「まぁいいじゃねぇか。その分なかなかの収穫だぜ」
「…おいちょっと待て。そこの棚から変な音が」
「あぁ?……何だ、ワーラビットのガキか」
「…流石にこんなチビだと犯る気にはならねぇな。邪魔だしサクッと殺しちまうか?」
「…いや、持って帰って売っ払っちまおう。こういうのを買う物好きもいるからな」
「…だ、そうだ。残念だったな、おチビさん」
・・・・・・・・・・・・
薄暗い路地を、一人の男が静かに歩く。
その身のこなしに隙はなく、いつでも腰の剣を抜けるように注意を払っている。
彼の名はケサルド。この辺りでも名の知れた賞金稼ぎだ。
各地で暗躍していると言われる、とある巨大暗殺ギルドの一味がこの辺りに潜伏しているらしく、それを調査し、可能であれば捕縛・もしくは殲滅するのが今回の仕事だった。
奴らのターゲットは、主に裏の仕事の障害となる腕利きの冒険者や傭兵、賞金稼ぎなどである。
すなわち、彼自身もターゲットに含まれているのである。
しかし何しろ相手は暗殺者。ほとんど実態は掴めていない。
いつ、どこから、どうやって襲ってくるか全くわからない。
これまでに、数多くの顔も名前も知らない同業者が奴らによって消されている。
極めて危険な仕事だった。
だが、だからこそ、自分にしか出来ない仕事だと、彼は確信していた。
…ふと、路地の影で何かが動く。
「っ!」
ケサルドは目にもとまらぬ速さで剣を抜き、身構えた。影だけではなく、周りへの注意も怠らない。
「ひゃっ!?」
悲鳴を上げて現れたのは、一人の少女だった。
頭にはピンと立った長い耳、そしてウサギのような足。ワーラビットだ。
「女か。こんな所で何をしている」
「…わ、私、その、そこの、娼館の、娼婦で…! お願いです、殺さないで…」
ワーラビットの少女は目に涙を浮かべ、ガタガタと震えながら後ずさる。
…確かに少女は露出の多い扇情的な服を身にまとっており、いかにも娼婦といった出で立ちだった。
顔立ちも愛らしく、さぞかし人気のあることだろう。
彼は少し気を緩め、ふう、と小さく息を吐き、剣を鞘に収めた。
…だが、それでも警戒は完全には解かない。この少女が暗殺者でないという証拠はない。
「…驚かせてすまなかった」
「い、いえ…。私の方こそ、ごめんなさい。この辺りには暗殺ギルドがあるという噂も聞いていたので…」
「…暗殺ギルドの連中は君のような一般人は狙わないと思うが?」
「確かにそうなのかもしれませんが、やっぱり怖いものは怖いですよぅ」
少女はまだ怯えているようだった。だがどことなくあどけない仕草が魅力的だった。
「…それなら、こんな所にいないで、早いところ安全な場所に行くことだな」
「は、はいっ。……その、もし良ければ、お店の前までついて来てくれませんか…?」
上目遣いでケサルドの顔を見ながら、少女は言う。一々仕草が愛らしい。
彼はため息をつきつつ、答えた。
「…仕方ないな」
「ありがとうございますっ」
そう言って少女はケサルドの腕に素早くしがみつく。
彼の腕に、少女の小振りながら柔らかい胸がぎゅっと押し付けられた。
「……」
だが、ケサルドはそれを気にせず、それよりもしがみつかれても武器を抜けるか、周りに不審な点はないかなどを素早く確認していた。
しがみつかれたのは利き腕ではない。武器を抜くのには問題ないようだ。周りにも怪しいものはない。
それでも警戒しつつ、薄暗い路地を歩く。
「…もし良ければ、このままお店に入っちゃいませんか?」
「…何?」
「こう見えて私、上手だって評判なんですよ? 天にも昇るほど気持ちよくしてあげますから…♪」
少女は潤んだ熱っぽい目で、彼の顔を覗き込む。
だが、彼はそんな少女の言葉を一蹴する。
「…悪いが、今は仕事中だ。それどころじゃない」
「…どうしても、駄目、ですか…?」
「駄目だ」
「………残念です…♪」
ぞくりと背中に走る悪寒。
これまでのあどけない少女の声とは同じようでまるで違う、氷の刃のような冷たい声。
ケサルドは身の危険を感じ、とっさに少女を振り払い、腰の剣を引き抜こうとする。
が、その瞬間目の前で何かがキラリと閃いた。
「…な…っ!?」
そこまでしか声にならなかった。
大きく切り裂かれたケサルドの喉から鮮血が噴き出す。
返り血を浴びながら、少女は冷たい笑みを浮かべる。
少女の両手には、いつ、どこから現れたのかわからない、2振りの短刀が握られていた。
信じられないという表情のまま、ケサルドはその場に崩れ落ち、息絶えた。
ワーラビットの少女は、広がっていく血溜まりを一瞥すると、口元に冷たい笑みを浮かべたまま、静かに闇の中へと消えていった…。
翌日。
当然のごとく、街中は騒然としていた。
無残に喉を切り裂かれた賞金稼ぎの死体が発見されたためである。
街の人々は暗殺ギルドの仕業だと噂し、恐怖に震えた。
一日を通して表通りを歩く人は少なく、代わりに普段より多くの衛兵たちが足早にあちこちを歩いていた。
夜になるとより一層人通りは少なくなり、街は静まり返っていた。
それから数日経っても、街の人々の不安は消えなかった。
これまではこの界隈でも多くの客が訪れていた娼館「アルティエット」も、最近はずっと閑散としていた。
ケサルドの死体の発見場所に近いということも災いしたのだろう。
「アルティエット」のNo.1娼婦でありオーナーでもあるサキュバス、メーティアは静まり返った店の外を眺めながら、悩ましげなため息をついていた。
「…流石に、店のすぐ裏であんなことがあったんじゃ、お客さんなんて来ないわよねぇ…」
メーティアはそう独り言を漏らし、再度ため息をついた。
そんな時、メーティアは外の路地を歩いてくる人影に気がついた。
店から漏れる明かりに人影が照らされ、メーティアは少し驚いたような表情になる。
「…あら、メルストさん?」
「やぁ、メーティアさん。…流石にまだ空いてるねぇ。まぁあんなことがあったんだから、仕方ないんだろうけどね」
メルストと呼ばれた男はそう言って苦い顔をする。
彼はこの街の衛兵である。仕事はきちんとこなすが、非番の日はよくこの店を訪れる、常連客だ。
「…そうなのよねぇ。それよりメルストさんこそ、あんなことがあってからまだ数日しか経ってないのに、こんなイケナイお店に来てていいのかしら?」
「ここのところは物凄く忙しかったよ。今日はようやくの非番なのさ。あんなことがあったからこそ、遊べる時に遊んでおかないとね」
肩をすくめてみせるメルストに、メーティアも思わずくすくすと笑う。
「呆れた人ね。…それで、今日は誰をご指名かしら?」
「そうだなぁ…ミルラナちゃん、いる?」
「ミルラナね。…ミルラナ、メルストさんがご指名よー」
「はーい」という声と共に、店の奥からワーラビットの少女が駆けてくる。
「わ、メルストさん。今日は、お仕事大丈夫なんですか?」
「非番だからね。大丈夫だよ」
「そうなんですかぁ。それじゃ、楽しんでいってくださいね♪」
「ああ。是非ともそうさせてもらうよ」
ミルラナはメルストに腕を絡め、店の奥の個室へと入っていく。
そして部屋の扉に鍵をかけると、互いにすっと離れた。
「…ご苦労さん。相変わらず見事なもんだ」
メルストは先程とはうってかわって淡々とした口調でそう言った。
ミルラナも同じように、先程とは別人のような冷たい表情で部屋のベッドに腰掛ける。
そして、メルストに向かって手を突き出した。
「お世辞はいいわ。それより、報酬」
「…全く、いつもながらさっきまでとはまるで別人だよな」
苦笑しつつ、メルストはミルラナに小さな皮袋を手渡した。
ミルラナは見た目の割にずしりと重いその皮袋を受け取り、一瞥してからベッドサイドの小さな引き出しに放り込んだ。
「…確かに受け取ったわ。じゃ、あとはいつも通り…」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。悪いが、早くもお前に次の仕事があってな」
それを聞いたミルラナは露骨に渋い顔をした。
「…冗談でしょ? まだ仕事が終わってからちょっとしか経ってないのよ?」
「…残念だが冗談なんかじゃないんだ。…ほい、これ」
メルストはミルラナに小さくたたんだ羊皮紙を手渡した。
彼女が羊皮紙を開いてみると、そこにはとある賞金稼ぎの情報が書かれていた。
「…リフォン・リーラム、こいつが次のターゲットってこと?」
「そういうことだ」
羊皮紙には似顔絵や身体的特徴なども書かれていた。
似顔絵だから実物とは少なからず異なるだろうが、ミルラナがそれらから感じた第一印象は、
「…何か、全然腕利きの賞金稼ぎには見えないわね」
…ということだった。
「見た目はな。だが、話によるととんでもない強さのバケモノらしいぞ。…お前、『ブラックムーン』は知ってるか?」
「当たり前でしょ。東の方にある、かなりの規模の暗殺ギルドよ」
「…そうだ。その『ブラックムーン』の上から3番目の支部が、そいつ一人のおかげで壊滅したらしい」
これには流石のミルラナも耳を疑った。
「…ちょっと、何それ。どういう方法で壊滅させたのよ」
「…ギルド支部の場所を突き止めた後は、単身で正面から突入したんだそうだ」
「………は?」
「…で、瞬く間にギルドメンバーは全滅。支部のリーダーが逃げる暇もなかった。リーダー含めそこのメンバーは“全員捕縛され”、その後処刑された」
「…ねぇ、ちょっと意味がわからないんだけど。それに、私の聞き間違いでなければ、今“全員捕縛された”って言わなかった?」
「…ああ、そう言ったよ」
「…ってことは何? そいつ、“誰も殺さずに”ギルドメンバー全員を倒してギルドを壊滅させた、ってこと?」
「…そういうことになるな」
ミルラナは思わず立ち上がり、メルストに詰め寄った。
「冗談じゃないわ! 殺す気マンマンの大量の暗殺者たちに真正面から挑んで、あっという間に全員殺さず無力化したとか、正真正銘のバケモノじゃない! そんなのを私一人で殺れっていうの!?」
「落ち着けよ、俺に言ってもどうしようもないだろ!? それに、『彼』はお前のことを買っているからこそ、この仕事をお前に頼んだんだろ。…それに」
メルストはそこまで言ってから一度言葉を切り、続けた。
「…俺たちは『道具』だ。使えない『道具』がどうなるかくらい、お前だって知ってるだろ」
「……っ…!」
ミルラナはぐっ、と言葉に詰まる。
彼女たち暗殺者は、ただの道具に過ぎない。
もし誰かが失敗したなら、他の暗殺者がその誰かのあとを継ぐ。
ただし、仕事に失敗したその誰かは、他の暗殺者によって消される。
暗殺ギルドにおける、暗殺者の絶対の掟だった。
「…まぁ、悪いことばかりでもないぞ。報酬も破格だしな。それに、お前だって、自分が『使えない道具』だなんて思ってないんだろ?」
その言葉を聞いて、ミルラナは小さくふっ、と笑った。
「…当たり前でしょ。いいわ、やってみせる」
そう言ったミルラナの手には、いつの間にか短刀が握られており、冷たい刃がメルストの首筋にあてられていた。
「……何度見てもいつ抜いたのかわからん、とんでもない早業だよ…」
メルストの額につっ、と冷や汗が流れる。
ミルラナは小さく微笑むと、鮮やかな仕草で短刀を腰の鞘に戻し、再びベッドに腰掛けた。
「…これで話は終わりね。それじゃ、あとはいつも通り適当にヤってる演技でもしましょ」
「…なぁ、演技じゃなくて普通にヤってもいいんじゃないのか?」
「悪いけど、あなたとじゃそんな気になれないの」
「…俺だって金払ってるってのに、つれない奴だぜ、全く…」
そう言ってメルストは苦笑したのだった。
「まぁいいじゃねぇか。その分なかなかの収穫だぜ」
「…おいちょっと待て。そこの棚から変な音が」
「あぁ?……何だ、ワーラビットのガキか」
「…流石にこんなチビだと犯る気にはならねぇな。邪魔だしサクッと殺しちまうか?」
「…いや、持って帰って売っ払っちまおう。こういうのを買う物好きもいるからな」
「…だ、そうだ。残念だったな、おチビさん」
・・・・・・・・・・・・
薄暗い路地を、一人の男が静かに歩く。
その身のこなしに隙はなく、いつでも腰の剣を抜けるように注意を払っている。
彼の名はケサルド。この辺りでも名の知れた賞金稼ぎだ。
各地で暗躍していると言われる、とある巨大暗殺ギルドの一味がこの辺りに潜伏しているらしく、それを調査し、可能であれば捕縛・もしくは殲滅するのが今回の仕事だった。
奴らのターゲットは、主に裏の仕事の障害となる腕利きの冒険者や傭兵、賞金稼ぎなどである。
すなわち、彼自身もターゲットに含まれているのである。
しかし何しろ相手は暗殺者。ほとんど実態は掴めていない。
いつ、どこから、どうやって襲ってくるか全くわからない。
これまでに、数多くの顔も名前も知らない同業者が奴らによって消されている。
極めて危険な仕事だった。
だが、だからこそ、自分にしか出来ない仕事だと、彼は確信していた。
…ふと、路地の影で何かが動く。
「っ!」
ケサルドは目にもとまらぬ速さで剣を抜き、身構えた。影だけではなく、周りへの注意も怠らない。
「ひゃっ!?」
悲鳴を上げて現れたのは、一人の少女だった。
頭にはピンと立った長い耳、そしてウサギのような足。ワーラビットだ。
「女か。こんな所で何をしている」
「…わ、私、その、そこの、娼館の、娼婦で…! お願いです、殺さないで…」
ワーラビットの少女は目に涙を浮かべ、ガタガタと震えながら後ずさる。
…確かに少女は露出の多い扇情的な服を身にまとっており、いかにも娼婦といった出で立ちだった。
顔立ちも愛らしく、さぞかし人気のあることだろう。
彼は少し気を緩め、ふう、と小さく息を吐き、剣を鞘に収めた。
…だが、それでも警戒は完全には解かない。この少女が暗殺者でないという証拠はない。
「…驚かせてすまなかった」
「い、いえ…。私の方こそ、ごめんなさい。この辺りには暗殺ギルドがあるという噂も聞いていたので…」
「…暗殺ギルドの連中は君のような一般人は狙わないと思うが?」
「確かにそうなのかもしれませんが、やっぱり怖いものは怖いですよぅ」
少女はまだ怯えているようだった。だがどことなくあどけない仕草が魅力的だった。
「…それなら、こんな所にいないで、早いところ安全な場所に行くことだな」
「は、はいっ。……その、もし良ければ、お店の前までついて来てくれませんか…?」
上目遣いでケサルドの顔を見ながら、少女は言う。一々仕草が愛らしい。
彼はため息をつきつつ、答えた。
「…仕方ないな」
「ありがとうございますっ」
そう言って少女はケサルドの腕に素早くしがみつく。
彼の腕に、少女の小振りながら柔らかい胸がぎゅっと押し付けられた。
「……」
だが、ケサルドはそれを気にせず、それよりもしがみつかれても武器を抜けるか、周りに不審な点はないかなどを素早く確認していた。
しがみつかれたのは利き腕ではない。武器を抜くのには問題ないようだ。周りにも怪しいものはない。
それでも警戒しつつ、薄暗い路地を歩く。
「…もし良ければ、このままお店に入っちゃいませんか?」
「…何?」
「こう見えて私、上手だって評判なんですよ? 天にも昇るほど気持ちよくしてあげますから…♪」
少女は潤んだ熱っぽい目で、彼の顔を覗き込む。
だが、彼はそんな少女の言葉を一蹴する。
「…悪いが、今は仕事中だ。それどころじゃない」
「…どうしても、駄目、ですか…?」
「駄目だ」
「………残念です…♪」
ぞくりと背中に走る悪寒。
これまでのあどけない少女の声とは同じようでまるで違う、氷の刃のような冷たい声。
ケサルドは身の危険を感じ、とっさに少女を振り払い、腰の剣を引き抜こうとする。
が、その瞬間目の前で何かがキラリと閃いた。
「…な…っ!?」
そこまでしか声にならなかった。
大きく切り裂かれたケサルドの喉から鮮血が噴き出す。
返り血を浴びながら、少女は冷たい笑みを浮かべる。
少女の両手には、いつ、どこから現れたのかわからない、2振りの短刀が握られていた。
信じられないという表情のまま、ケサルドはその場に崩れ落ち、息絶えた。
ワーラビットの少女は、広がっていく血溜まりを一瞥すると、口元に冷たい笑みを浮かべたまま、静かに闇の中へと消えていった…。
翌日。
当然のごとく、街中は騒然としていた。
無残に喉を切り裂かれた賞金稼ぎの死体が発見されたためである。
街の人々は暗殺ギルドの仕業だと噂し、恐怖に震えた。
一日を通して表通りを歩く人は少なく、代わりに普段より多くの衛兵たちが足早にあちこちを歩いていた。
夜になるとより一層人通りは少なくなり、街は静まり返っていた。
それから数日経っても、街の人々の不安は消えなかった。
これまではこの界隈でも多くの客が訪れていた娼館「アルティエット」も、最近はずっと閑散としていた。
ケサルドの死体の発見場所に近いということも災いしたのだろう。
「アルティエット」のNo.1娼婦でありオーナーでもあるサキュバス、メーティアは静まり返った店の外を眺めながら、悩ましげなため息をついていた。
「…流石に、店のすぐ裏であんなことがあったんじゃ、お客さんなんて来ないわよねぇ…」
メーティアはそう独り言を漏らし、再度ため息をついた。
そんな時、メーティアは外の路地を歩いてくる人影に気がついた。
店から漏れる明かりに人影が照らされ、メーティアは少し驚いたような表情になる。
「…あら、メルストさん?」
「やぁ、メーティアさん。…流石にまだ空いてるねぇ。まぁあんなことがあったんだから、仕方ないんだろうけどね」
メルストと呼ばれた男はそう言って苦い顔をする。
彼はこの街の衛兵である。仕事はきちんとこなすが、非番の日はよくこの店を訪れる、常連客だ。
「…そうなのよねぇ。それよりメルストさんこそ、あんなことがあってからまだ数日しか経ってないのに、こんなイケナイお店に来てていいのかしら?」
「ここのところは物凄く忙しかったよ。今日はようやくの非番なのさ。あんなことがあったからこそ、遊べる時に遊んでおかないとね」
肩をすくめてみせるメルストに、メーティアも思わずくすくすと笑う。
「呆れた人ね。…それで、今日は誰をご指名かしら?」
「そうだなぁ…ミルラナちゃん、いる?」
「ミルラナね。…ミルラナ、メルストさんがご指名よー」
「はーい」という声と共に、店の奥からワーラビットの少女が駆けてくる。
「わ、メルストさん。今日は、お仕事大丈夫なんですか?」
「非番だからね。大丈夫だよ」
「そうなんですかぁ。それじゃ、楽しんでいってくださいね♪」
「ああ。是非ともそうさせてもらうよ」
ミルラナはメルストに腕を絡め、店の奥の個室へと入っていく。
そして部屋の扉に鍵をかけると、互いにすっと離れた。
「…ご苦労さん。相変わらず見事なもんだ」
メルストは先程とはうってかわって淡々とした口調でそう言った。
ミルラナも同じように、先程とは別人のような冷たい表情で部屋のベッドに腰掛ける。
そして、メルストに向かって手を突き出した。
「お世辞はいいわ。それより、報酬」
「…全く、いつもながらさっきまでとはまるで別人だよな」
苦笑しつつ、メルストはミルラナに小さな皮袋を手渡した。
ミルラナは見た目の割にずしりと重いその皮袋を受け取り、一瞥してからベッドサイドの小さな引き出しに放り込んだ。
「…確かに受け取ったわ。じゃ、あとはいつも通り…」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。悪いが、早くもお前に次の仕事があってな」
それを聞いたミルラナは露骨に渋い顔をした。
「…冗談でしょ? まだ仕事が終わってからちょっとしか経ってないのよ?」
「…残念だが冗談なんかじゃないんだ。…ほい、これ」
メルストはミルラナに小さくたたんだ羊皮紙を手渡した。
彼女が羊皮紙を開いてみると、そこにはとある賞金稼ぎの情報が書かれていた。
「…リフォン・リーラム、こいつが次のターゲットってこと?」
「そういうことだ」
羊皮紙には似顔絵や身体的特徴なども書かれていた。
似顔絵だから実物とは少なからず異なるだろうが、ミルラナがそれらから感じた第一印象は、
「…何か、全然腕利きの賞金稼ぎには見えないわね」
…ということだった。
「見た目はな。だが、話によるととんでもない強さのバケモノらしいぞ。…お前、『ブラックムーン』は知ってるか?」
「当たり前でしょ。東の方にある、かなりの規模の暗殺ギルドよ」
「…そうだ。その『ブラックムーン』の上から3番目の支部が、そいつ一人のおかげで壊滅したらしい」
これには流石のミルラナも耳を疑った。
「…ちょっと、何それ。どういう方法で壊滅させたのよ」
「…ギルド支部の場所を突き止めた後は、単身で正面から突入したんだそうだ」
「………は?」
「…で、瞬く間にギルドメンバーは全滅。支部のリーダーが逃げる暇もなかった。リーダー含めそこのメンバーは“全員捕縛され”、その後処刑された」
「…ねぇ、ちょっと意味がわからないんだけど。それに、私の聞き間違いでなければ、今“全員捕縛された”って言わなかった?」
「…ああ、そう言ったよ」
「…ってことは何? そいつ、“誰も殺さずに”ギルドメンバー全員を倒してギルドを壊滅させた、ってこと?」
「…そういうことになるな」
ミルラナは思わず立ち上がり、メルストに詰め寄った。
「冗談じゃないわ! 殺す気マンマンの大量の暗殺者たちに真正面から挑んで、あっという間に全員殺さず無力化したとか、正真正銘のバケモノじゃない! そんなのを私一人で殺れっていうの!?」
「落ち着けよ、俺に言ってもどうしようもないだろ!? それに、『彼』はお前のことを買っているからこそ、この仕事をお前に頼んだんだろ。…それに」
メルストはそこまで言ってから一度言葉を切り、続けた。
「…俺たちは『道具』だ。使えない『道具』がどうなるかくらい、お前だって知ってるだろ」
「……っ…!」
ミルラナはぐっ、と言葉に詰まる。
彼女たち暗殺者は、ただの道具に過ぎない。
もし誰かが失敗したなら、他の暗殺者がその誰かのあとを継ぐ。
ただし、仕事に失敗したその誰かは、他の暗殺者によって消される。
暗殺ギルドにおける、暗殺者の絶対の掟だった。
「…まぁ、悪いことばかりでもないぞ。報酬も破格だしな。それに、お前だって、自分が『使えない道具』だなんて思ってないんだろ?」
その言葉を聞いて、ミルラナは小さくふっ、と笑った。
「…当たり前でしょ。いいわ、やってみせる」
そう言ったミルラナの手には、いつの間にか短刀が握られており、冷たい刃がメルストの首筋にあてられていた。
「……何度見てもいつ抜いたのかわからん、とんでもない早業だよ…」
メルストの額につっ、と冷や汗が流れる。
ミルラナは小さく微笑むと、鮮やかな仕草で短刀を腰の鞘に戻し、再びベッドに腰掛けた。
「…これで話は終わりね。それじゃ、あとはいつも通り適当にヤってる演技でもしましょ」
「…なぁ、演技じゃなくて普通にヤってもいいんじゃないのか?」
「悪いけど、あなたとじゃそんな気になれないの」
「…俺だって金払ってるってのに、つれない奴だぜ、全く…」
そう言ってメルストは苦笑したのだった。
13/03/25 16:15更新 / クニヒコ
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