夜の墓場で運動会〜ポロリもあるよ!〜
月の無い、真っ暗な真夜中。
普通なら静まり返っているはずの町外れの小さな墓地に、ザクッ、ザクッと土を掘る音が響く。
闇に溶け込むような黒いマントを纏った男が一人、スコップをとある墓の前の地面に突き立てていた。
彼の名はスライ。
職業は―職業と言えるかは不明だが―墓荒らしである。
この日も、遺体と一緒に墓に埋葬された高価な副葬品を求め、せっせと墓を掘っていたところだった。
やがて、スコップの先端が何かにぶつかる手ごたえを感じ、スライはニヤリと口元に笑みを浮かべる。
慎重に土を除けていくことしばし。ついに棺の全体が掘り出された。
スライは極力目立たないよう、マントの中からランタンで棺をそっと照らした。
見たところなかなか上質な棺である。
久々の「当たり」かと、スライはおもわずほくそ笑んだ。
「こりゃいいものが入ってそうだぜ」
思わずそうつぶやきながら、スライはいそいそと棺の蓋に手をかけた。
「さて、ご対面、っと…」
スライが棺の蓋を開けると、中には胸の前で手を組み、瞳を閉じた少女の遺体があった。
勿論、このような仕事(墓荒らし)をしている以上、彼も死体は見飽きるほど見ているので、恐怖だとか嫌悪感は特に感じない。
それよりも彼が関心のあるのは、遺体のそばにある、もしくは遺体が身につけている高価な装飾品などである。
しかし残念なことに、今回はあまりそういった類のものはないようだった。
せいぜい少女の遺体の首にかかっている金のネックレスくらいだろうか。
「何だよ、期待させやがって…シケてんなぁ」
舌打ちをしつつ、スライは遺体の首にかかっているネックレスに手を伸ばし、慎重に外した。
ランタンで照らすとそのネックレスはキラキラと黄金に輝き、なかなかの上物であるようだった。
「まぁこれだけでも十分か。…ありがとよ、こいつはありがたく頂いていくぜ」
ネックレスを懐に入れながら、スライは少女の遺体に向き直った。
…よく見るとかなりの美少女と言える。
細い指、傷一つ無い肌、銀色の長い髪、そして紫色の瞳。
もし彼女が生きていて町で見かけたら、思わず声をかけてしまうかもしれない、などとスライは考え…。
…いや、ちょっと待て。
…この死体、何でこんなに綺麗なんだ。
…それに。
…棺を開けたとき、この死体、眼を閉じてなかったか?
背筋に冷たいものが走るのを感じながら、スライはギギギと首を動かし、もう一度遺体の顔を見た。
…間違いなく、少女は目を開いていた。
そして。
ぱちぱちと数回瞬きをした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!???」
声にならない悲鳴をあげ、スライは後ろにひっくり返るように飛び退った。
しかし、彼は忘れていた。
彼の背後にも、大きな墓石があったことを。
思い切り墓石に後頭部を打ち付け、スライの意識は夜空に飛んだ。
ズキズキと頭に響く痛みに顔をしかめながら、スライは意識を取り戻した。
どうやらそう時間は経っていないようだった。
意識がはっきりしていくにつれ、先程の恐怖が蘇ってくる。
(あれは夢だ。俺は転んで頭を打ち、夢を見たんだ。そうだ。そうに違いない)
そう結論付けて、スライはゆっくりと身体を起こした。
そして、「それ」が夢ではなかったことをすぐに思い知ることとなる。
「あ゛ー♪」
先程まで遺体だったはずの少女は、今や完全に棺から抜け出し、スライの下半身に手をかけていた。
いつの間にか彼のズボンは半分脱がされており、少女の手は曝け出された彼の逸物に添えられている。
そして、どこか嬉しそうな表情で、口を開き、逸物へと顔を寄せ…。
(食われるっ!?)
身の危険を感じ、スライの頭がフル回転する。
「うわあああぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げ、スライは少女を思い切り突き飛ばした。
その瞬間。
「あっ」
「あ゛」
逸物に添えられていた少女の手が、肩からもげた。
あまりに予想外の事態に、二人ともしばし固まる。
やがて少女は困ったような表情でスライの顔を見た。
「…あ゛ー…」
…何か物凄く悪いことをしてしまったような気持ちになったスライであったが、すぐに気を取り直し、慌てて立ち上がり、ズボンをはく。
そして、一目散に逃げ出した。
「あ゛っ」
少女も慌てて立ち上がり、彼の後を追いかける。
暗いので何度も転びそうになりながらもスライは走り、やがて使われていない墓守の小屋へとたどり着いた。
(ここなら隠れられる!)
しかし、そう上手くはいかなかった。
小屋の扉には鍵がかかっていたのだ。
「くそっ!」
悪態をつきながら、どうにかこじ開けられないかと試してみるが、一向に開く気配はない。
小屋の陰からそっと来たほうを覗いてみると、キョロキョロと辺りを見回していた少女と目が合った。
「あ゛♪」
「げっ!?」
少女は嬉しそうな声を上げるともたもたとスライに向かって走り出し…、
そして、転んだ。
「あっ」
スライは一瞬逃げるのを忘れ、思わず声を出してしまっていた。
しかし少女は諦めず立ち上がろうとしたが、そこで二人とも衝撃の事実に気づく。
少女の、もう一方の腕も、肩からもげていた。
呆然とスライが見守る中、少女は必死に立ち上がろうとしたり、尺取虫のように動いてみたりと悪戦苦闘していたが、やがてどうにもならないことを悟ったらしい。
「……あ゛ー……」
少女は頭を上げ、泣きそうな顔でスライの顔を見た。
今なら至って安全に逃げることができる。
スライはそう考えてくるりと彼女に背を向け、
…そして数瞬の後ちらりと彼女を振り返った。
「あ゛ー…」
まだ泣きそうな顔でスライのことを見つめている。
スライはしばらく逡巡し、頭をボリボリとかきむしると、やがて諦めたように少女の方へと歩いていった。
「あ゛ー…?」
「勘違いするなよ。このまま放っておいたらあとで大騒ぎになるかもしれないし、俺の墓荒らしもバレるかもしれないから、仕方なくだからな!?」
そうぶっきらぼうに言い放つと、スライは少女の身体を担ぎ上げた。
そして2本の腕も拾うと、スライは人目につかないようこそこそと町へと歩き出した。
「…とりあえず…口の固い医者のところに連れて行ってみるか」
「あ゛ー♪」
「…何で嬉しそうな声出してるんだよ…」
スライはそう言うと大きくため息をついた。
町外れに近い裏路地、そこにある一軒の診療所。
スライはその入り口のドアをノックした。
「…誰よぉ、こんな真夜中に…」
明らかに不機嫌な声と共にドアが開く。
中から出てきたのは金髪に赤眼が特徴的な美女だった。
「…よぅ、レイラ」
スライは愛想笑いを浮かべながら彼女に挨拶する。
レイラという名の彼女は、この場所で診療所を営んでいるダンピールである。
スライは墓荒らしの前にもいろいろとやらかし、彼女の世話になったことがある。
スライが彼女の元を訪れたのは、彼女が口が固く信用に足る人物であるということと、
墓場の少女と同じく魔物娘だからこのような場合の解決法も知っているのではないかという推測からであった。
「…スライ? 何、また何かやらかしたわけ…って、何その担いでるの」
「いや、その、やらかしたと言うか何と言うか。とにかく中に入れてくれ」
「…まぁいいけど。入んなさい」
「ありがたい」
診療所に入り、スライはレイラと向かい合うように椅子に座った。
はぁ、と一つため息をつき、レイラが口を開く。
「…で、話っていうのは担いでるその娘のこと? 悪いけど、流石に殺人犯の手助けをするような真似はしたくないんだけど」
「そんなんじゃねぇよ。それがだな…」
「あ゛ー」
肩に担がれていた少女が声を発し、レイラが驚いたように彼女を見る。
「…詳しく話しなさい」
「そのつもりだ」
スライは事の顛末をレイラに話した。
話を聞き終えたレイラは、ふーむと一声うなり、
「なるほど、ね」
と言って、再び腕の無い少女を見つめた。
「それで、あんたはこの娘をどうしたいわけ?」
その問いに、スライは少し考えた後、口を開いた。
「……とりあえず、腕を治してやって欲しい。少なくとも腕がもげたのは俺のせい…だと思うし。できるか?」
「できるわよ」
あっさりとレイラは即答する。
「本当か?」
「本当よ。でも、あんたにも協力してもらわないといけないけどね」
「ああ、俺にできることなら」
「というか、あんたが最適でしょうね」
どういうことだ、とスライが尋ねると、レイラは少女の方に向き直りながら説明を始めた。
「この娘はゾンビ、魔王の魔力によって死体が再度動き出したものよ。腐ったりしてないのも、魔王の魔力の影響ね」
「ふむふむ」
「おそらく、近くに来た男性、つまりあなたの精に反応して蘇ったのね」
「……精?」
「そう。この娘も他の魔物娘と同様、サキュバスとしての本質があるわけ。あんただって魔物娘の話くらい聞くでしょ?」
確かにこのご時勢、魔物娘の話はあちこちでよく聞く。
「…なるほど」
「で、彼女は今、魔王の魔力を維持するための精が不足しているわけ。だからちょっとの衝撃で腕がとれちゃったのよ」
この時点で、スライはどこか嫌な予感がしていた。
「…で、俺が協力できること、ってのは?」
「この娘の精の補給」
「…つまり?」
「この娘とヤっちゃいなさい、ってこと」
「」
思わず絶句する。
「いや、しかしだな…」
うろたえながら、スライは少女の顔を見る。
少女はスライと目が合うと、
「あ゛ー♪」
と笑顔で嬉しそうな声を上げた。
…正直、非常に可愛い。
スライがなおもまごついていると、レイラは痺れを切らしたように立ち上がり、
「あーもう! 男ならぐちぐち言わないの! なんでも協力するって言ったでしょうが! ほらこっち!」
そう言うや否や、スライの手と少女の服をつかみ、診療所の奥の一室へと引っ張っていく。
そして二人を部屋に放り込むと、素早くドアを閉め、外から鍵をかけた。
「ちょ、おい! どういうつもりだ!?」
「その部屋好きに使っていいから。私はどこか別の所に行ってるから。それじゃ、ごゆっくり〜♪」
レイラの足音が遠ざかっていく。
スライはしばし呆然としていたが、部屋のベッドと少女を見比べ、そして覚悟を決めた。
「…こうなったのも俺の責任だしな…」
スライはベッドに腰掛けると、キョロキョロと辺りを見回していた少女に手招きした。
少女は嬉しそうにとてとてと歩いてくる。
「…その、何だ。今度は足とかがもげたりしないように、その、なるべく、優しく、するから、な」
スライはそう言って少女をベッドにそっと寝かせると、ゆっくりと彼女に覆いかぶさっていった……。
翌朝。
レイラがニヤニヤしながら部屋の鍵を開けると、中には既に起きている二人が居た。
スライは明らかにぐったりしており、それとは逆に少女はニコニコしてスライにもたれかかっている。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「なんだそりゃ…」
「いや、こういうときは言わなきゃと思って。それはそうと、ちゃんとヤったのね? …まぁ、その様子だと聞くまでもなさそうだけど」
「ああ。出し尽くした気がするぜ…」
「あらー、そんなに良かったんだ♪」
「…うぐ」
スライは顔を赤くして目を逸らした。
どうやら図星だったらしい。
「そんなことより、これで腕は治せるのか?」
慌てて話題を逸らそうとするスライを見てレイラはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふふ、多分大丈夫だと思うわよ。ほら、こっち来て」
レイラに手招きされ、少女がレイラの近くの椅子に座る。
レイラは少女の腕を少女の肩にくっつけ、持っていた針と糸でちくちくと切断面を縫い始めた。
「…おい、随分と適当に見えるんだが。本当にそんなんで治るのか?」
「まぁ見てなさいな。……よし、右腕終わり。ちょっと動かしてみて?」
レイラの言葉に、少女は右腕を動かした。
右手を握ったり開いたり、肘を曲げ伸ばししたり、肩を回してみたり。
見たところ問題はないようだった。
「凄ぇ、本当にくっついた」
「うん、私が思っていたよりはるかに治りが早いわね。…ゆうべ、何発ヤったのかしら」
「…うるせぇよ」
ニヤニヤしながら、レイラはもう片方の腕の治療に取り掛かる。
「で、あんたはこの娘をどうするつもりなの?」
ちくちくと縫いながら、レイラはスライに問いかけた。
その答えは、もう既にスライの中で出ていた。
「…俺が面倒見るよ。こんなことになったのも、俺の責任だしな」
「…ふーん」
「…何だよ」
「…実はこの娘に惚れたでしょ」
「」
スライは顔を真っ赤にして目を逸らした。
その反応に、レイラはまたもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「まぁ、この娘もあんたにぞっこんみたいだし、二人で幸せに暮らしなさいな。…あと、ちゃんとした仕事に就いたほうがいいと思うわよ?」
「あぁ、わかってるさ」
「…よし、左腕も終わったわよ」
少女が左腕を動かしているのを見ながら、ふとレイラはスライに問いかけた。
「そういえば、この娘、なんて名前なの?」
「え?」
少しの沈黙が辺りを支配する。
「…え、まさかあんた、この娘の名前、知らないの?」
「…墓場では必死だったからなぁ…墓石を見れば書いてあると思うが」
「シンシア」
予想外の声。
スライとレイラは同時に少女の方を見た。
間違いなく、この少女が発した声だった。
「…え、お前、喋れたのか!?」
「スライの、“せい”を、たくさん、もらったから」
呆然とするスライをよそに、シンシアはたどたどしくも一生懸命話し続ける。
「スライは、わたしに、もういちど、いきる、よろこびを、あたえて、くれました。スライは、わたしの、おうじさま、です」
そこまで話し、シンシアは花が咲くような笑顔を浮かべ、
「スライ、ありがとう。だいすき、です」
そう、言った。
当のスライは、耳まで真っ赤になって必死に顔を逸らしていた。
「いやー、お熱いことで♪」
「うるせぇよ!」
当然のごとくレイラにからかわれる。
ニヤニヤしていたレイラだが、ふと思い出したかのようにスライにそっと耳打ちした。
「あ、そうだ。ちゃんと頻繁に精を補給してあげなさいよ? じゃないとシンシア、腐っちゃうから」
「…わ、わかったよ! あぁもう、行くぞ、シンシア!」
「あ゛ー♪」
「あれ!?」
「あー、もう精が切れてきたんじゃない? こりゃ早いうちに補給しないとねぇ♪」
「だからうるせぇよ!?」
レイラの笑い声を背に、スライは逃げるように診療所を飛び出した。
シンシアの手を、しっかりと握りながら。
普通なら静まり返っているはずの町外れの小さな墓地に、ザクッ、ザクッと土を掘る音が響く。
闇に溶け込むような黒いマントを纏った男が一人、スコップをとある墓の前の地面に突き立てていた。
彼の名はスライ。
職業は―職業と言えるかは不明だが―墓荒らしである。
この日も、遺体と一緒に墓に埋葬された高価な副葬品を求め、せっせと墓を掘っていたところだった。
やがて、スコップの先端が何かにぶつかる手ごたえを感じ、スライはニヤリと口元に笑みを浮かべる。
慎重に土を除けていくことしばし。ついに棺の全体が掘り出された。
スライは極力目立たないよう、マントの中からランタンで棺をそっと照らした。
見たところなかなか上質な棺である。
久々の「当たり」かと、スライはおもわずほくそ笑んだ。
「こりゃいいものが入ってそうだぜ」
思わずそうつぶやきながら、スライはいそいそと棺の蓋に手をかけた。
「さて、ご対面、っと…」
スライが棺の蓋を開けると、中には胸の前で手を組み、瞳を閉じた少女の遺体があった。
勿論、このような仕事(墓荒らし)をしている以上、彼も死体は見飽きるほど見ているので、恐怖だとか嫌悪感は特に感じない。
それよりも彼が関心のあるのは、遺体のそばにある、もしくは遺体が身につけている高価な装飾品などである。
しかし残念なことに、今回はあまりそういった類のものはないようだった。
せいぜい少女の遺体の首にかかっている金のネックレスくらいだろうか。
「何だよ、期待させやがって…シケてんなぁ」
舌打ちをしつつ、スライは遺体の首にかかっているネックレスに手を伸ばし、慎重に外した。
ランタンで照らすとそのネックレスはキラキラと黄金に輝き、なかなかの上物であるようだった。
「まぁこれだけでも十分か。…ありがとよ、こいつはありがたく頂いていくぜ」
ネックレスを懐に入れながら、スライは少女の遺体に向き直った。
…よく見るとかなりの美少女と言える。
細い指、傷一つ無い肌、銀色の長い髪、そして紫色の瞳。
もし彼女が生きていて町で見かけたら、思わず声をかけてしまうかもしれない、などとスライは考え…。
…いや、ちょっと待て。
…この死体、何でこんなに綺麗なんだ。
…それに。
…棺を開けたとき、この死体、眼を閉じてなかったか?
背筋に冷たいものが走るのを感じながら、スライはギギギと首を動かし、もう一度遺体の顔を見た。
…間違いなく、少女は目を開いていた。
そして。
ぱちぱちと数回瞬きをした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!???」
声にならない悲鳴をあげ、スライは後ろにひっくり返るように飛び退った。
しかし、彼は忘れていた。
彼の背後にも、大きな墓石があったことを。
思い切り墓石に後頭部を打ち付け、スライの意識は夜空に飛んだ。
ズキズキと頭に響く痛みに顔をしかめながら、スライは意識を取り戻した。
どうやらそう時間は経っていないようだった。
意識がはっきりしていくにつれ、先程の恐怖が蘇ってくる。
(あれは夢だ。俺は転んで頭を打ち、夢を見たんだ。そうだ。そうに違いない)
そう結論付けて、スライはゆっくりと身体を起こした。
そして、「それ」が夢ではなかったことをすぐに思い知ることとなる。
「あ゛ー♪」
先程まで遺体だったはずの少女は、今や完全に棺から抜け出し、スライの下半身に手をかけていた。
いつの間にか彼のズボンは半分脱がされており、少女の手は曝け出された彼の逸物に添えられている。
そして、どこか嬉しそうな表情で、口を開き、逸物へと顔を寄せ…。
(食われるっ!?)
身の危険を感じ、スライの頭がフル回転する。
「うわあああぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げ、スライは少女を思い切り突き飛ばした。
その瞬間。
「あっ」
「あ゛」
逸物に添えられていた少女の手が、肩からもげた。
あまりに予想外の事態に、二人ともしばし固まる。
やがて少女は困ったような表情でスライの顔を見た。
「…あ゛ー…」
…何か物凄く悪いことをしてしまったような気持ちになったスライであったが、すぐに気を取り直し、慌てて立ち上がり、ズボンをはく。
そして、一目散に逃げ出した。
「あ゛っ」
少女も慌てて立ち上がり、彼の後を追いかける。
暗いので何度も転びそうになりながらもスライは走り、やがて使われていない墓守の小屋へとたどり着いた。
(ここなら隠れられる!)
しかし、そう上手くはいかなかった。
小屋の扉には鍵がかかっていたのだ。
「くそっ!」
悪態をつきながら、どうにかこじ開けられないかと試してみるが、一向に開く気配はない。
小屋の陰からそっと来たほうを覗いてみると、キョロキョロと辺りを見回していた少女と目が合った。
「あ゛♪」
「げっ!?」
少女は嬉しそうな声を上げるともたもたとスライに向かって走り出し…、
そして、転んだ。
「あっ」
スライは一瞬逃げるのを忘れ、思わず声を出してしまっていた。
しかし少女は諦めず立ち上がろうとしたが、そこで二人とも衝撃の事実に気づく。
少女の、もう一方の腕も、肩からもげていた。
呆然とスライが見守る中、少女は必死に立ち上がろうとしたり、尺取虫のように動いてみたりと悪戦苦闘していたが、やがてどうにもならないことを悟ったらしい。
「……あ゛ー……」
少女は頭を上げ、泣きそうな顔でスライの顔を見た。
今なら至って安全に逃げることができる。
スライはそう考えてくるりと彼女に背を向け、
…そして数瞬の後ちらりと彼女を振り返った。
「あ゛ー…」
まだ泣きそうな顔でスライのことを見つめている。
スライはしばらく逡巡し、頭をボリボリとかきむしると、やがて諦めたように少女の方へと歩いていった。
「あ゛ー…?」
「勘違いするなよ。このまま放っておいたらあとで大騒ぎになるかもしれないし、俺の墓荒らしもバレるかもしれないから、仕方なくだからな!?」
そうぶっきらぼうに言い放つと、スライは少女の身体を担ぎ上げた。
そして2本の腕も拾うと、スライは人目につかないようこそこそと町へと歩き出した。
「…とりあえず…口の固い医者のところに連れて行ってみるか」
「あ゛ー♪」
「…何で嬉しそうな声出してるんだよ…」
スライはそう言うと大きくため息をついた。
町外れに近い裏路地、そこにある一軒の診療所。
スライはその入り口のドアをノックした。
「…誰よぉ、こんな真夜中に…」
明らかに不機嫌な声と共にドアが開く。
中から出てきたのは金髪に赤眼が特徴的な美女だった。
「…よぅ、レイラ」
スライは愛想笑いを浮かべながら彼女に挨拶する。
レイラという名の彼女は、この場所で診療所を営んでいるダンピールである。
スライは墓荒らしの前にもいろいろとやらかし、彼女の世話になったことがある。
スライが彼女の元を訪れたのは、彼女が口が固く信用に足る人物であるということと、
墓場の少女と同じく魔物娘だからこのような場合の解決法も知っているのではないかという推測からであった。
「…スライ? 何、また何かやらかしたわけ…って、何その担いでるの」
「いや、その、やらかしたと言うか何と言うか。とにかく中に入れてくれ」
「…まぁいいけど。入んなさい」
「ありがたい」
診療所に入り、スライはレイラと向かい合うように椅子に座った。
はぁ、と一つため息をつき、レイラが口を開く。
「…で、話っていうのは担いでるその娘のこと? 悪いけど、流石に殺人犯の手助けをするような真似はしたくないんだけど」
「そんなんじゃねぇよ。それがだな…」
「あ゛ー」
肩に担がれていた少女が声を発し、レイラが驚いたように彼女を見る。
「…詳しく話しなさい」
「そのつもりだ」
スライは事の顛末をレイラに話した。
話を聞き終えたレイラは、ふーむと一声うなり、
「なるほど、ね」
と言って、再び腕の無い少女を見つめた。
「それで、あんたはこの娘をどうしたいわけ?」
その問いに、スライは少し考えた後、口を開いた。
「……とりあえず、腕を治してやって欲しい。少なくとも腕がもげたのは俺のせい…だと思うし。できるか?」
「できるわよ」
あっさりとレイラは即答する。
「本当か?」
「本当よ。でも、あんたにも協力してもらわないといけないけどね」
「ああ、俺にできることなら」
「というか、あんたが最適でしょうね」
どういうことだ、とスライが尋ねると、レイラは少女の方に向き直りながら説明を始めた。
「この娘はゾンビ、魔王の魔力によって死体が再度動き出したものよ。腐ったりしてないのも、魔王の魔力の影響ね」
「ふむふむ」
「おそらく、近くに来た男性、つまりあなたの精に反応して蘇ったのね」
「……精?」
「そう。この娘も他の魔物娘と同様、サキュバスとしての本質があるわけ。あんただって魔物娘の話くらい聞くでしょ?」
確かにこのご時勢、魔物娘の話はあちこちでよく聞く。
「…なるほど」
「で、彼女は今、魔王の魔力を維持するための精が不足しているわけ。だからちょっとの衝撃で腕がとれちゃったのよ」
この時点で、スライはどこか嫌な予感がしていた。
「…で、俺が協力できること、ってのは?」
「この娘の精の補給」
「…つまり?」
「この娘とヤっちゃいなさい、ってこと」
「」
思わず絶句する。
「いや、しかしだな…」
うろたえながら、スライは少女の顔を見る。
少女はスライと目が合うと、
「あ゛ー♪」
と笑顔で嬉しそうな声を上げた。
…正直、非常に可愛い。
スライがなおもまごついていると、レイラは痺れを切らしたように立ち上がり、
「あーもう! 男ならぐちぐち言わないの! なんでも協力するって言ったでしょうが! ほらこっち!」
そう言うや否や、スライの手と少女の服をつかみ、診療所の奥の一室へと引っ張っていく。
そして二人を部屋に放り込むと、素早くドアを閉め、外から鍵をかけた。
「ちょ、おい! どういうつもりだ!?」
「その部屋好きに使っていいから。私はどこか別の所に行ってるから。それじゃ、ごゆっくり〜♪」
レイラの足音が遠ざかっていく。
スライはしばし呆然としていたが、部屋のベッドと少女を見比べ、そして覚悟を決めた。
「…こうなったのも俺の責任だしな…」
スライはベッドに腰掛けると、キョロキョロと辺りを見回していた少女に手招きした。
少女は嬉しそうにとてとてと歩いてくる。
「…その、何だ。今度は足とかがもげたりしないように、その、なるべく、優しく、するから、な」
スライはそう言って少女をベッドにそっと寝かせると、ゆっくりと彼女に覆いかぶさっていった……。
翌朝。
レイラがニヤニヤしながら部屋の鍵を開けると、中には既に起きている二人が居た。
スライは明らかにぐったりしており、それとは逆に少女はニコニコしてスライにもたれかかっている。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「なんだそりゃ…」
「いや、こういうときは言わなきゃと思って。それはそうと、ちゃんとヤったのね? …まぁ、その様子だと聞くまでもなさそうだけど」
「ああ。出し尽くした気がするぜ…」
「あらー、そんなに良かったんだ♪」
「…うぐ」
スライは顔を赤くして目を逸らした。
どうやら図星だったらしい。
「そんなことより、これで腕は治せるのか?」
慌てて話題を逸らそうとするスライを見てレイラはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふふ、多分大丈夫だと思うわよ。ほら、こっち来て」
レイラに手招きされ、少女がレイラの近くの椅子に座る。
レイラは少女の腕を少女の肩にくっつけ、持っていた針と糸でちくちくと切断面を縫い始めた。
「…おい、随分と適当に見えるんだが。本当にそんなんで治るのか?」
「まぁ見てなさいな。……よし、右腕終わり。ちょっと動かしてみて?」
レイラの言葉に、少女は右腕を動かした。
右手を握ったり開いたり、肘を曲げ伸ばししたり、肩を回してみたり。
見たところ問題はないようだった。
「凄ぇ、本当にくっついた」
「うん、私が思っていたよりはるかに治りが早いわね。…ゆうべ、何発ヤったのかしら」
「…うるせぇよ」
ニヤニヤしながら、レイラはもう片方の腕の治療に取り掛かる。
「で、あんたはこの娘をどうするつもりなの?」
ちくちくと縫いながら、レイラはスライに問いかけた。
その答えは、もう既にスライの中で出ていた。
「…俺が面倒見るよ。こんなことになったのも、俺の責任だしな」
「…ふーん」
「…何だよ」
「…実はこの娘に惚れたでしょ」
「」
スライは顔を真っ赤にして目を逸らした。
その反応に、レイラはまたもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「まぁ、この娘もあんたにぞっこんみたいだし、二人で幸せに暮らしなさいな。…あと、ちゃんとした仕事に就いたほうがいいと思うわよ?」
「あぁ、わかってるさ」
「…よし、左腕も終わったわよ」
少女が左腕を動かしているのを見ながら、ふとレイラはスライに問いかけた。
「そういえば、この娘、なんて名前なの?」
「え?」
少しの沈黙が辺りを支配する。
「…え、まさかあんた、この娘の名前、知らないの?」
「…墓場では必死だったからなぁ…墓石を見れば書いてあると思うが」
「シンシア」
予想外の声。
スライとレイラは同時に少女の方を見た。
間違いなく、この少女が発した声だった。
「…え、お前、喋れたのか!?」
「スライの、“せい”を、たくさん、もらったから」
呆然とするスライをよそに、シンシアはたどたどしくも一生懸命話し続ける。
「スライは、わたしに、もういちど、いきる、よろこびを、あたえて、くれました。スライは、わたしの、おうじさま、です」
そこまで話し、シンシアは花が咲くような笑顔を浮かべ、
「スライ、ありがとう。だいすき、です」
そう、言った。
当のスライは、耳まで真っ赤になって必死に顔を逸らしていた。
「いやー、お熱いことで♪」
「うるせぇよ!」
当然のごとくレイラにからかわれる。
ニヤニヤしていたレイラだが、ふと思い出したかのようにスライにそっと耳打ちした。
「あ、そうだ。ちゃんと頻繁に精を補給してあげなさいよ? じゃないとシンシア、腐っちゃうから」
「…わ、わかったよ! あぁもう、行くぞ、シンシア!」
「あ゛ー♪」
「あれ!?」
「あー、もう精が切れてきたんじゃない? こりゃ早いうちに補給しないとねぇ♪」
「だからうるせぇよ!?」
レイラの笑い声を背に、スライは逃げるように診療所を飛び出した。
シンシアの手を、しっかりと握りながら。
13/02/13 09:29更新 / クニヒコ