魔物娘的Eコンプレックス
「……ッ」
四方を苔むした石畳によって形作られた、薄暗い室内にて。
そのダンピールは身ぐるみを全て剥がされ、生まれたままの状態で両手に枷を嵌められ、ギリギリ足裏が地面につく程度の高さで天井から吊り上げられていた。
更にその手枷は、嵌めた者の魔力を吸収してしまう性質も備えていた。おまけにこれは教団が使うようなチャチな物ではなく、ドワーフが丹精込めて作り上げた一品だ。魔力によらない彼女自身の力では到底破れない代物であった。
これによって今のダンピールは、ただの無力な女となっていたのである。
「ぬかったか……ッ」
こうなってしまった原因――数時間前に自ら犯してしまった失態を思い出し、悔しそうに歯ぎしりする。敵の外出パターンや活動時刻などの情報収集もぬかりなく行ったし、この日に実行する作戦も、それらの情報を元に三日三晩寝ずに考えた渾身の物だった。あの傲岸不遜なヴァンパイアを打ち倒すために、自分が出来る事は全てやった。
だが、実際はこのザマだ。
「私の計画に抜かりは無かった。全て上手く行っていた。なのになぜ、奴にこうも出し抜かれてしまったのだ……！」
「そんなに知りたいのなら、教えてあげましょうか？」
そう苦々しげに自問自答していたダンピールに対し、不意に嘲りの色が含まれた言葉が投げかけられる。意識を現実に引き戻し、その声のした方へ顔を向けると、そこには腕を組んで堂々と彼女の前に立つ一人のヴァンパイアがいた。彼女の後ろにあった鉄格子――この部屋と外の通路を繋ぐ唯一の出入り口は硬く閉められたままだった。
「ハァイ、麗しのお姫様。仇敵相手に完敗を喫した気分はどんなものかしら？」
その立ち姿、その優越感と嘲笑に満ちた顔を見て、囚われのダンピールはその表情を怒りに震え上がらせた。
「お前、アティス……ッ！」
「フフフッ、さしものダンピールも、こうなってしまえばただの女ね」
「黙れッ！ 男性を蹂躙し、己のいいように弄ぶ外道めッ！ お前達の歪んだ価値観のせいで、どれだけの男性が苦しめられたと思っている！」
枷と繋がった鎖を揺らし、ダンピールが目の前に立つ宿敵を睨みつける。一方でアティスと呼ばれたヴァンパイアは余裕の姿勢を崩す事無く、胸を僅かに反らし見下ろすようにダンピールを見据えながら言った。
「はいはい、ご高説ご苦労様。でもね、男に尽くすだけが、男にとっての幸せとは限らないのよ？」
「なにを、馬鹿な――」
「言い切れるのかしら？ 高々十数年しか生きていない上に、ロクに男も知らない処女のあなたが？ それに女から命令されて、虐められて、それで幸せを感じる男だって大勢居るのよ？ あなたは、そんな彼らの価値観をも否定するというの？」
「くっ――！」
ダンピールが苦虫を噛み潰したような顔で目をそらし、アティスが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。そしてアティスは薄ら笑いを見せながらダンピールへと近づき、ダンピールの形の整った顎を指で押し上げ、互いに目線を重ね合わせながら言った。
「私より年季で劣るあなたが、私に価値観の違いを説くだなんて百年早いわ。それに私を打ち倒そうとして逆にこちらの策に嵌められたんじゃ、もう説教する以前の問題よねえ？」
「くそっ、こちらの考えが見透かされていたなんて……！ 私が調べた時は、あの時間帯、あの寝室には――」
「彼はいないはずだったのに、かしら？」
「――ッ！」
アティスに先を言われ、ダンピールが鼻白む。だがそれに対して何か言い返そうとした直後、彼女はこの場所に自分達以外の何者かの気配があるのを感じた。
「え――？」
「あら、気づいたようね」
アティスの言葉には耳を貸さず、その気配のする場所――目の前のヴァンパイアの真横に目を向ける。
直後、ダンピールは自分の顔から血の気が引くのをはっきりと知覚した。
「う、ううん……」
「そんな、どうしてここに……！」
アティスの言っていた彼――一人の青年が、寝ぼけ眼を擦りながら立っていたのだ。
その青の寝間着に包まれた体つきは細かったが決して華奢では無く、それによって太くならない程度に筋肉のついたスマートな体つきをしていた。そしてその瞳は赤々と燃えるように暗く輝き、彼がもはや人間では無くなっていた事を如実に表していた。
そしてその姿を見た途端、ダンピールはそれまで青ざめていた顔を一気に茹で蛸のように赤くしていった。心臓の鼓動が爆発寸前にまで高まっていくのが嫌と言うほどに判る。
「私がここまで呼んであげたのよ。あなたのためにね」
「ど、どういう事だ！」
青年を意識して視界から外し、彼に意識が向かないよう努めてアティスを睨みつける。
その視線を何とも思わずに微笑したあと、アティスがそのダンピールの問いに答えた。
「だってあなた、私を打ち倒すのに躍起になっているのは、本当は彼を手に入れたいからなんでしょう？ 私が彼に辛く当たっているのを知って、その呪縛から彼を解放してあげたいと思った。違う？」
「そ――！」
図星。ダンピールが俯き、黙りこくる。得意げにアティスが続けた。
「だから、私はそこを利用したの。あなたの考えている通り、あの時間帯にあの寝室には私しかいなかった。彼にはその時、館の戸締まりを任せていたからね。二人別々に行動していたわけ。そのタイミングを狙って私を倒そうとした、あなたのその判断は正しかった」
「でも、実際は……」
顔を伏せたままで言い淀みながら、ダンピールはその時の事――館に侵入してからの一部始終を頭の中で再生し始めた。
丸い月の浮かぶ夜更けの事。三階裏手の壁面に嵌め込まれた窓の一つから館の中に侵入し、手に入れた見取り図に従って音も無く中を進む。絨毯の敷かれた廊下を通り、階段を下り、やがて自分の背丈の二倍はあろうかと言うほどの高さを持つ扉の前までやって来た。
情報通りならば、この時間帯、ここにはあの憎きヴァンパイアしかいない。意を決して中に飛び込み、そしてすぐに愕然とした。
普段ならここに居ないはずの彼が――アティスに虐げられていた男がそこにいたのだ。ベッドに腰掛け、誰かを待っているかのようにくつろいでいた。そしてダンピール同様、彼もまたそのダンピールの姿を見て大いに驚いていた。
「あいつまさか、これを知ってて……！」
ダンピールが後ろから手枷を嵌められ、アティスによって組み伏せられたのは、彼がそう声を上げた直後だった。
「悪いけど、あなたが来るのはすぐにわかったの。あなたの放つ魔力の波を、私が忘れる訳がないものねえ」
得意げに言いながら、アティスが自然な動作で青年の肩に手を回して横並びに抱き寄せる。
「さ、あなた。お目覚めの時間よ♪」
そしてそれまでとは打って変わって柔和な口調で、青年の耳元に――ダンピールに見せつけるように――口を近づけ、アティスがそっと囁く。するとそれまで眠たそうにしていた青年が、それによって真に目を覚ました。
「……あ、あれ？ ここ、寝室じゃないぞ。どうしてこんな所に……」
「ごめんなさいね。ちょっと用が出来ちゃって、あなたに転移呪文をかけさせてもらったの。まあ、あなたなら、これくらいで文句は言わないわよねえ？」
「転移って、いったいどうして――あ」
アティスに問いかけようとして、青年の視界に全裸で拘束されていたダンピールが映る。その直後、そのあられもない姿を見た青年は、ダンピールと同じくらいに顔を真っ赤にして反射的に目をそらした。
「お、お前、どうしてこんな所に……」
「どうしてって、それは……」
「私からこの人を奪おうとしたのよねえ？ 私を骨抜きにして、主導権を奪おうとした。でしょう？」
青年の問いかけに対してまともに言葉を返せずにいたダンピールに代わって、アティスが彼女の来た理由をさらりと言ってのける。そうして胸中を暴露されて息をのむダンピールを無視して、アティスが肩を竦めて言葉を続けた。
「まったく、あなた如きがこの私に刃向かおうだなんて、身の程知らずにも程があるわよねえ。仮にもこの私に。――あなたもそう思うでしょう？」
「え、それは」
「う、うるさい！ その人が人間だった頃から、いつもいつもその人を玩具にして！ 少しは相手の気持ちを考えたことはあるのか！ ――あなただって、本当は彼女の命令に従うのに嫌気が差しているんでしょう？ そうなんでしょう！？」
そして青年に同意を求めてきたアティスに負けじと、ダンピールもまたその攻撃の矛先を青年に向けてきた。両者は揃って青年の顔を真っ直ぐ見つめていたが、この時片方は余裕の面持ちを崩さず、もう片方は余裕の欠片も無いように目に涙を溜めていた。
「ねえ、そうでしょ、あなた？」
「返事を、返事を聞かせてください！」
二組の視線が青年に鋭く突き刺さる。だが。
「……はあ」
だが青年はそのどちらにも答えようとはせず、ただ困り果てたようにため息を吐いた。
「――え？」
そんな今の状況に対して心底失望したような、心の底から吐き出されたため息を吐く青年の姿を見た途端、魔物娘『二人』が同時にたじろいだ。
ダンピールは元より、それまで余裕の態度を崩さなかったアティスまでもが、まるで捨てられた子犬のようにその表情に不安と焦燥の色を貼り付けていた。
「あ、あなた？ なによその反応？」
「ど、どうしたの？ ねえ」
「お前達さあ……」
そして頭を掻きながら、一息に吐き出すように青年が言った。
「俺達親子なんだから仲良くしようぜ」
「な、仲良くですってえ！？」
一瞬の沈黙の後、先に動いたのはアティスだった。さも不機嫌そうに眉間に皺を刻みながら、そう大声で叫んで青年に詰め寄っていく。
「あなたは私が、この子、キャスとな、仲良くなれって、そう言いたいの！？」
「ああそうだよ。お前あの子の母親だろ？ ダンピールだからって毛嫌いしないで、ちゃんとあの子の事も愛してやれよ」
「そ、それは、もちろん、キャスの事は愛しているわよ。種族関係なしに一人の娘として。だけど、それとこれとは話が違うの」
「どう違うんだ？」
青年の問いかけに対し、母親であるアティスは自分の娘のダンピール――キャスを真っ直ぐみつめながら声高に答えた。
「あの子は私の娘である前に、私にとって恋のライバルなのよ！ あなたの傍にいていいのはこの私！ なのにキャスってば、私を差し置いてあなたの一番になろうとしているのよ！ そんなの、到底許せるものではないわ！」
「いいや、それは違う！ ――父様、母様の言葉に惑わされてはいけません！」
母親の言葉を遮るように彼女よりも大きな声を出しつつ、キャスが青年に訴える。
「あなたの一番は、この私をおいて他にいないのです！ 父様への私の想いは誰にも……そう、物心がついて初めて父様の姿を見た時から、誰よりも強い物であると自負しております！」
「なにをいけしゃあしゃあと！ この人を最初に見初めたのは私なのよ！ それを横から掠め取ろうだなんて、節操なしもいい所だわ！ 恥を知りなさい！」
「恥を知るのはあなたの方だ！ あなたは最初、父様を生涯の伴侶としてでは無く、ただの下僕として見ていたはずだ！ なぜなら人間と自分を対等に置いて考えようなどと言う事は、ヴァンパイアは絶対にしないからだ！ それを父様が同族になった途端に、掌を返すように平然と自分の夫だなんだと……虫が良すぎるとは思わないのかッ！」
「ま、まあまあ、二人とも落ち着けって。俺は二人とも好きなんだし、両方同じくらいに愛し」
「黙ってて！」
「あ、はい」
母と娘に鬼気迫る表情で介入を拒絶され、父である青年が弱々しくため息を吐く。
いくらなんでもどつき過ぎだ。一瞬そう思ったが、青年はその後に少し考え、それも仕方無いかと諦めたように首を横に振った。
元々ヴァンパイアとダンピールの相性は悪い。今回はそれに加え、同じ男性を愛してしまってもいる。だから結果としてああも意固地になっているのだろう。そして自分達の元から巣立っていったキャスが、過去何度もこうして同じように襲撃を繰り返していたのも、アティスの神経を逆撫でし両者の関係をややこしくしているのに一役買っていた。
もっとも、この時のキャスの親離れの理由が、自分のようなダンピールに対して平然と勝利を収められる程の狡猾さを持つアティスに勝つため、自ら鍛錬を積んでアティスを越えるためだったというのは、当の父も母も知る由の無い事であったのだが。
とにかく、アティスとキャスは血の繋がった親子である。だが今回の問題に関して言えば、二人は恋のライバル同士だ。愛に生きる魔物ゆえに、親子としての情けや気負いは存在しなかった。
「――ふん、せいぜいそうやって粋がっているがいいわ。まさかあなた、今の自分の置かれた状況を忘れた訳じゃないわよねえ？」
その青年の意識を現実に引き戻すかのように、アティスの優越感に満ちた声がその場に満ちた。しかし実際に彼の意識をこちらに引き戻したのは彼女の台詞ではなく、その台詞を耳にすると同時に股座から感じた、気持ちよさにも似た熱っぽいくすぐったさであったのだが。
そのくすぐったさを認めた直後、足下からねっとりとした妻の声が聞こえてきた。
「さあ、あなた。今からあの子に見せつけてやりましょう」
嫌な予感がして青年が真下に目を向ける。
「ちょ、おま――」
案の定、そこにはズボンと下着を脱がされ剥き出しになった脚に腕を絡めて、すっかり硬くなった肉棒に頬ずりをするアティスの姿があった。
「おい、なにやってんだ！」
「なにって、二人の愛の確認に決まっているでしょう？ 私達がどれだけ深く愛し合っているのかを、あの子に見せてやらないと」
快楽に屈服し、愛欲に蕩けきった顔――自分が人間だった頃には一度も見た事のない顔を浮かべて自ら肉棒に擦り寄ってくる妻の姿を見下ろして、いやがおうにも青年の欲求が高まっていく。そしてこの時、アティスは全身から魔力を放出して青年の欲情を誘っていた。ダンピールであるキャスはそのアティスの手段にいち早く気づき、必死の形相で声を荒げた。
「いけません！ 父様、気を強く持ってください！ そのままでは、母様の思うがままにされてしまいます！」
「ふふっ、残念だけど、もう手遅れよ。彼はもう私しか見えていない――さあ、あなた。今からご奉仕してさしあげますからね」
一度キャスに対してそう告げた後、アティスの瞳にはもはや愛しい旦那様の肉棒しか映されていなかった。そして当の青年もまた、自分の足下でアティスが自信の肉棒を銜え込んでいく様を、その場にキャスがいないかのように平然と受け入れていった。
「ちゅ……ずちゅ、くちゅ、ちゅるるっ……むちゅ……ぷあっ……あなたのおちんちん、いつ食べても美味しい……❤」
「あ、うああ、ああああ――」
口全体に肉棒を頬張り満面の笑みを浮かべるアティスと、一切の抵抗を止めてその彼女に身を委ねる青年を交互に見て、キャスはまるで目の前で恋人が寝取られている様を見せつけられているかのように、その顔を悲痛に歪めていった。体を揺らして鎖を鳴らすが、その程度で二人が止まる事は全くなかった。
アティスはその顔を幸せに染めていき、青年はそんなキャスの愛撫を前に微笑んでさえいる。このままでは、どんどん二人だけの世界に行ってしまう。早く何とかしないと、本当に自分だけ蚊帳の外に置いて行かれてしまう。焦りの色を隠す事なく、がむしゃらに体を揺すぶるが何も起きない。早く何とかしないと――。
「――ん？」
と、その時、体を揺らしている内にキャスはある事を思いついた。試しに体を前後に軽く揺らした後、キャスは小さく笑みをこぼしながら眼前でお楽しみの真っ最中だった二人を見据える。
しかもこの時、アティスは肉棒から口を離して小休止していた。更にこの時になっても、その目は肉欲に溺れきり、愛しい夫の肉棒しか見えていない。
やるなら今だ。
「……ふう、それじゃあもう一回、今度は射精するまで、じっくりと味わわせて――」
「もらったあ！」
勢いを付け、体を大きく前に揺らしたキャスが、青年のうっすら割れ目の入った腹をその両足でがっしりと挟み込む。
「父様ッ！」
「な、なんと言う事を！」
「いや、お前、これは――」
そして青年の体を脚で挟んだまま、自身の体が後ろに揺り戻される勢いを利用して青年をアティスの元から引っ張り出し、そのまま自分の傍へと引き込んでいった。
「ちょっ、キャス――むぐぅ！」
「んっ、ちゅ、くちゅ――ぴちゅ、ちゅっ」
そして青年の非難を聞く暇も無く、腹に脚を絡ませたまま、元々自分が背伸びをして届くくらいの位置にあった青年の唇に自分の唇を重ね合わせる。更にそのまま唇を割り開いて青年の口の中に舌を潜り込ませ、強引に互いの舌を絡ませ合う。
「くちゅ、ちゅ、ぴちゅ……ちゅっ」
「んっ、ちゅ、じゅるるっ、くちゅ……」
あくまでも柔らかく、ねっとりと。一方的に犯すのでは無く、互いに気持ちよくなるための暖かな愛撫を心がける。それでいて水っぽい音をわざと立て、見せつけるように口の端から唾液を垂れ流していく。
「ちゅっ……くちゅ、ぴちゅ……ぷあっ」
「ぷはぁっ、はあ、はあ……」
そんな強引に始まったキスもやがて終わり、別れを名残惜しむかのように唾液の糸を引きながら互いの唇が離れていく。そして脚で腹をがっしり固定したまま、キャスがびっくりするほど淫蕩な笑みを浮かべながら青年に言った。
「ふう、ふう……えへへ。父様に私の初めて、捧げちゃったぁ……」
「初めてって、お前……」
「はい。私のファーストキス、父様にあげちゃいました……。それで、その……後は、こちらの方を……」
脚を動かし、自らの濡れそぼった秘所を青年の腹に押し当てる。ぐちょ、ぐちょと厭らしい水音を立てるその部分を見せながら、とろんとした表情でキャスが言った。
「こちらの初めても……父様に捧げたいな、って、思うんですけど……いいですか……？」
「キャス……俺は……」
「だーめー！」
だが青年が口を開いた刹那、二人の空間をぶち壊すように大声を出しながらアティスがその青年の足下に絡みつく。そして目尻に涙を溜めながら、キッと青年を睨みつつ必死すぎる口調で言った。
「駄目よ！ あなたは私のモノ！ あなたは私だけのモノなの！ その瑞々しい唇も、サラサラの髪も、この暖かい体も血液も、おっきくなったおちんちんも、全部私のモノなの！ いくら娘だからって、これだけは譲れないわ！」
「ゆ、譲れないのは私も同じです！ いくら母様が相手だからって、これだけは譲れません！ 父様は私のモノです！」
「ああ……」
腹と脚にそれぞれ絡みつきながら再び争奪戦を始めた二人を前に、青年は三度ため息を吐いた。そこには「もうどうにでもしてくれ」という、諦めの色が込められていた。
その時、不意にアティスが努めて冷静な口調を作って言った。
「――なら、こうしましょう。私とあなた、より彼を気持ちよくさせた方が、この方の本当の妻になるというのは」
「はあ！？」
「どうかしら？ これなら文句は言えない筈だけど？」
突然の事に唖然とする青年を差し置いて、アティスが笑みを浮かべてキャスに語りかける。そしてそれを受けたキャスもまた、自信たっぷりにそれに答えた。
「ええ。いいわよ。この際、白黒はっきりつけておくとしましょうか」
「交渉成立ね」
「おい、待て、俺は」
「でもその前に、ちょっと待ってくれない？ 私だけこの体勢でやるのは、あまりにもアンフェアではないかしら？」
「それもそうね。じゃあ宙ぶらりんの状況からは解放してあげるわね。でもその枷は外せないわ。ダンピールの魔力は、ヴァンパイアにとってはただ放たれるだけでダメージに繋がるのだから。それこそアンフェアよ」
「ええ。それでいいわ」
「良くない。全然良くない」
青年の主張を無視して、魔物娘二人がトントン拍子で話を進めていく。キャスが青年の腹から脚を離し、立ち上がったアティスが魔力を放って鎖を消し、キャスを部分的に解放する。
「……ふう。やっぱり自分の足で立てるのは良い事ね」
「あら、本当に良い事はこれから始まるって言うのに、それだけで満足しちゃうのかしら？」
「そ、それとこれとは話が別だ！ 私だって、気持ちよくなりたいんだ……！」
「……それは私だって同じよ。私ももっと気持ちよくなりたい。だから……」
母と娘の視線が同時に青年を捉える。この瞬間、青年はもはや逃げ道がどこにも無い事を悟った。
「さあて、あなた？ 怖がらなくてもいいのよ？ 今から私がうーんとキモチヨクさせてあげるんだから……ね？」
「父様……その、こういうことは初めてなんですけど……私、精一杯頑張ります。精一杯、父様を気持ちよくさせてあげます……！」
「……やれやれ……」
肝心な所で揃って人の話を聞かないのはさすが親子だな。そう心の中で呟いた後、青年は自ら前へと進み、二人の体を優しく抱き寄せた。
「あ……っ」
「やぁん……」
愛する者の不意打ちを受け、二人が喜びに打ち震える。
「キャス」
「ッ――はい」
「アティス」
「……はい」
その二人の耳元で、青年が静かに囁いた。
「今日は、朝まで……な」
「……はい……ッ」
「〜〜ッ！」
腹を括った青年の言葉に、アティスがとてもヴァンパイアとは思えない程にしおらしく返事を返す。キャスに至っては嬉しさの余り、言葉も出せずにいた。
青年が一歩下がり、肉棒を誇示するように腰を逸らして二人の前に立つ。母と娘は同じ速さでゆっくりと腰を下ろし、その黒々とそそり立つ肉棒の前に自らの顔を持って行く。
蕩けきった目でその肉棒をうっとりと眺める。瞳にそれだけを映したまま、亀頭の両側に軽く啄む程度のキスをする。そして唇を触れ合わせたまま青年の顔を見上げ、淫らに微笑みながら言った。
「それでは、ご奉仕……」
「……いたします❤」
夜はこれからだ。
四方を苔むした石畳によって形作られた、薄暗い室内にて。
そのダンピールは身ぐるみを全て剥がされ、生まれたままの状態で両手に枷を嵌められ、ギリギリ足裏が地面につく程度の高さで天井から吊り上げられていた。
更にその手枷は、嵌めた者の魔力を吸収してしまう性質も備えていた。おまけにこれは教団が使うようなチャチな物ではなく、ドワーフが丹精込めて作り上げた一品だ。魔力によらない彼女自身の力では到底破れない代物であった。
これによって今のダンピールは、ただの無力な女となっていたのである。
「ぬかったか……ッ」
こうなってしまった原因――数時間前に自ら犯してしまった失態を思い出し、悔しそうに歯ぎしりする。敵の外出パターンや活動時刻などの情報収集もぬかりなく行ったし、この日に実行する作戦も、それらの情報を元に三日三晩寝ずに考えた渾身の物だった。あの傲岸不遜なヴァンパイアを打ち倒すために、自分が出来る事は全てやった。
だが、実際はこのザマだ。
「私の計画に抜かりは無かった。全て上手く行っていた。なのになぜ、奴にこうも出し抜かれてしまったのだ……！」
「そんなに知りたいのなら、教えてあげましょうか？」
そう苦々しげに自問自答していたダンピールに対し、不意に嘲りの色が含まれた言葉が投げかけられる。意識を現実に引き戻し、その声のした方へ顔を向けると、そこには腕を組んで堂々と彼女の前に立つ一人のヴァンパイアがいた。彼女の後ろにあった鉄格子――この部屋と外の通路を繋ぐ唯一の出入り口は硬く閉められたままだった。
「ハァイ、麗しのお姫様。仇敵相手に完敗を喫した気分はどんなものかしら？」
その立ち姿、その優越感と嘲笑に満ちた顔を見て、囚われのダンピールはその表情を怒りに震え上がらせた。
「お前、アティス……ッ！」
「フフフッ、さしものダンピールも、こうなってしまえばただの女ね」
「黙れッ！ 男性を蹂躙し、己のいいように弄ぶ外道めッ！ お前達の歪んだ価値観のせいで、どれだけの男性が苦しめられたと思っている！」
枷と繋がった鎖を揺らし、ダンピールが目の前に立つ宿敵を睨みつける。一方でアティスと呼ばれたヴァンパイアは余裕の姿勢を崩す事無く、胸を僅かに反らし見下ろすようにダンピールを見据えながら言った。
「はいはい、ご高説ご苦労様。でもね、男に尽くすだけが、男にとっての幸せとは限らないのよ？」
「なにを、馬鹿な――」
「言い切れるのかしら？ 高々十数年しか生きていない上に、ロクに男も知らない処女のあなたが？ それに女から命令されて、虐められて、それで幸せを感じる男だって大勢居るのよ？ あなたは、そんな彼らの価値観をも否定するというの？」
「くっ――！」
ダンピールが苦虫を噛み潰したような顔で目をそらし、アティスが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。そしてアティスは薄ら笑いを見せながらダンピールへと近づき、ダンピールの形の整った顎を指で押し上げ、互いに目線を重ね合わせながら言った。
「私より年季で劣るあなたが、私に価値観の違いを説くだなんて百年早いわ。それに私を打ち倒そうとして逆にこちらの策に嵌められたんじゃ、もう説教する以前の問題よねえ？」
「くそっ、こちらの考えが見透かされていたなんて……！ 私が調べた時は、あの時間帯、あの寝室には――」
「彼はいないはずだったのに、かしら？」
「――ッ！」
アティスに先を言われ、ダンピールが鼻白む。だがそれに対して何か言い返そうとした直後、彼女はこの場所に自分達以外の何者かの気配があるのを感じた。
「え――？」
「あら、気づいたようね」
アティスの言葉には耳を貸さず、その気配のする場所――目の前のヴァンパイアの真横に目を向ける。
直後、ダンピールは自分の顔から血の気が引くのをはっきりと知覚した。
「う、ううん……」
「そんな、どうしてここに……！」
アティスの言っていた彼――一人の青年が、寝ぼけ眼を擦りながら立っていたのだ。
その青の寝間着に包まれた体つきは細かったが決して華奢では無く、それによって太くならない程度に筋肉のついたスマートな体つきをしていた。そしてその瞳は赤々と燃えるように暗く輝き、彼がもはや人間では無くなっていた事を如実に表していた。
そしてその姿を見た途端、ダンピールはそれまで青ざめていた顔を一気に茹で蛸のように赤くしていった。心臓の鼓動が爆発寸前にまで高まっていくのが嫌と言うほどに判る。
「私がここまで呼んであげたのよ。あなたのためにね」
「ど、どういう事だ！」
青年を意識して視界から外し、彼に意識が向かないよう努めてアティスを睨みつける。
その視線を何とも思わずに微笑したあと、アティスがそのダンピールの問いに答えた。
「だってあなた、私を打ち倒すのに躍起になっているのは、本当は彼を手に入れたいからなんでしょう？ 私が彼に辛く当たっているのを知って、その呪縛から彼を解放してあげたいと思った。違う？」
「そ――！」
図星。ダンピールが俯き、黙りこくる。得意げにアティスが続けた。
「だから、私はそこを利用したの。あなたの考えている通り、あの時間帯にあの寝室には私しかいなかった。彼にはその時、館の戸締まりを任せていたからね。二人別々に行動していたわけ。そのタイミングを狙って私を倒そうとした、あなたのその判断は正しかった」
「でも、実際は……」
顔を伏せたままで言い淀みながら、ダンピールはその時の事――館に侵入してからの一部始終を頭の中で再生し始めた。
丸い月の浮かぶ夜更けの事。三階裏手の壁面に嵌め込まれた窓の一つから館の中に侵入し、手に入れた見取り図に従って音も無く中を進む。絨毯の敷かれた廊下を通り、階段を下り、やがて自分の背丈の二倍はあろうかと言うほどの高さを持つ扉の前までやって来た。
情報通りならば、この時間帯、ここにはあの憎きヴァンパイアしかいない。意を決して中に飛び込み、そしてすぐに愕然とした。
普段ならここに居ないはずの彼が――アティスに虐げられていた男がそこにいたのだ。ベッドに腰掛け、誰かを待っているかのようにくつろいでいた。そしてダンピール同様、彼もまたそのダンピールの姿を見て大いに驚いていた。
「あいつまさか、これを知ってて……！」
ダンピールが後ろから手枷を嵌められ、アティスによって組み伏せられたのは、彼がそう声を上げた直後だった。
「悪いけど、あなたが来るのはすぐにわかったの。あなたの放つ魔力の波を、私が忘れる訳がないものねえ」
得意げに言いながら、アティスが自然な動作で青年の肩に手を回して横並びに抱き寄せる。
「さ、あなた。お目覚めの時間よ♪」
そしてそれまでとは打って変わって柔和な口調で、青年の耳元に――ダンピールに見せつけるように――口を近づけ、アティスがそっと囁く。するとそれまで眠たそうにしていた青年が、それによって真に目を覚ました。
「……あ、あれ？ ここ、寝室じゃないぞ。どうしてこんな所に……」
「ごめんなさいね。ちょっと用が出来ちゃって、あなたに転移呪文をかけさせてもらったの。まあ、あなたなら、これくらいで文句は言わないわよねえ？」
「転移って、いったいどうして――あ」
アティスに問いかけようとして、青年の視界に全裸で拘束されていたダンピールが映る。その直後、そのあられもない姿を見た青年は、ダンピールと同じくらいに顔を真っ赤にして反射的に目をそらした。
「お、お前、どうしてこんな所に……」
「どうしてって、それは……」
「私からこの人を奪おうとしたのよねえ？ 私を骨抜きにして、主導権を奪おうとした。でしょう？」
青年の問いかけに対してまともに言葉を返せずにいたダンピールに代わって、アティスが彼女の来た理由をさらりと言ってのける。そうして胸中を暴露されて息をのむダンピールを無視して、アティスが肩を竦めて言葉を続けた。
「まったく、あなた如きがこの私に刃向かおうだなんて、身の程知らずにも程があるわよねえ。仮にもこの私に。――あなたもそう思うでしょう？」
「え、それは」
「う、うるさい！ その人が人間だった頃から、いつもいつもその人を玩具にして！ 少しは相手の気持ちを考えたことはあるのか！ ――あなただって、本当は彼女の命令に従うのに嫌気が差しているんでしょう？ そうなんでしょう！？」
そして青年に同意を求めてきたアティスに負けじと、ダンピールもまたその攻撃の矛先を青年に向けてきた。両者は揃って青年の顔を真っ直ぐ見つめていたが、この時片方は余裕の面持ちを崩さず、もう片方は余裕の欠片も無いように目に涙を溜めていた。
「ねえ、そうでしょ、あなた？」
「返事を、返事を聞かせてください！」
二組の視線が青年に鋭く突き刺さる。だが。
「……はあ」
だが青年はそのどちらにも答えようとはせず、ただ困り果てたようにため息を吐いた。
「――え？」
そんな今の状況に対して心底失望したような、心の底から吐き出されたため息を吐く青年の姿を見た途端、魔物娘『二人』が同時にたじろいだ。
ダンピールは元より、それまで余裕の態度を崩さなかったアティスまでもが、まるで捨てられた子犬のようにその表情に不安と焦燥の色を貼り付けていた。
「あ、あなた？ なによその反応？」
「ど、どうしたの？ ねえ」
「お前達さあ……」
そして頭を掻きながら、一息に吐き出すように青年が言った。
「俺達親子なんだから仲良くしようぜ」
「な、仲良くですってえ！？」
一瞬の沈黙の後、先に動いたのはアティスだった。さも不機嫌そうに眉間に皺を刻みながら、そう大声で叫んで青年に詰め寄っていく。
「あなたは私が、この子、キャスとな、仲良くなれって、そう言いたいの！？」
「ああそうだよ。お前あの子の母親だろ？ ダンピールだからって毛嫌いしないで、ちゃんとあの子の事も愛してやれよ」
「そ、それは、もちろん、キャスの事は愛しているわよ。種族関係なしに一人の娘として。だけど、それとこれとは話が違うの」
「どう違うんだ？」
青年の問いかけに対し、母親であるアティスは自分の娘のダンピール――キャスを真っ直ぐみつめながら声高に答えた。
「あの子は私の娘である前に、私にとって恋のライバルなのよ！ あなたの傍にいていいのはこの私！ なのにキャスってば、私を差し置いてあなたの一番になろうとしているのよ！ そんなの、到底許せるものではないわ！」
「いいや、それは違う！ ――父様、母様の言葉に惑わされてはいけません！」
母親の言葉を遮るように彼女よりも大きな声を出しつつ、キャスが青年に訴える。
「あなたの一番は、この私をおいて他にいないのです！ 父様への私の想いは誰にも……そう、物心がついて初めて父様の姿を見た時から、誰よりも強い物であると自負しております！」
「なにをいけしゃあしゃあと！ この人を最初に見初めたのは私なのよ！ それを横から掠め取ろうだなんて、節操なしもいい所だわ！ 恥を知りなさい！」
「恥を知るのはあなたの方だ！ あなたは最初、父様を生涯の伴侶としてでは無く、ただの下僕として見ていたはずだ！ なぜなら人間と自分を対等に置いて考えようなどと言う事は、ヴァンパイアは絶対にしないからだ！ それを父様が同族になった途端に、掌を返すように平然と自分の夫だなんだと……虫が良すぎるとは思わないのかッ！」
「ま、まあまあ、二人とも落ち着けって。俺は二人とも好きなんだし、両方同じくらいに愛し」
「黙ってて！」
「あ、はい」
母と娘に鬼気迫る表情で介入を拒絶され、父である青年が弱々しくため息を吐く。
いくらなんでもどつき過ぎだ。一瞬そう思ったが、青年はその後に少し考え、それも仕方無いかと諦めたように首を横に振った。
元々ヴァンパイアとダンピールの相性は悪い。今回はそれに加え、同じ男性を愛してしまってもいる。だから結果としてああも意固地になっているのだろう。そして自分達の元から巣立っていったキャスが、過去何度もこうして同じように襲撃を繰り返していたのも、アティスの神経を逆撫でし両者の関係をややこしくしているのに一役買っていた。
もっとも、この時のキャスの親離れの理由が、自分のようなダンピールに対して平然と勝利を収められる程の狡猾さを持つアティスに勝つため、自ら鍛錬を積んでアティスを越えるためだったというのは、当の父も母も知る由の無い事であったのだが。
とにかく、アティスとキャスは血の繋がった親子である。だが今回の問題に関して言えば、二人は恋のライバル同士だ。愛に生きる魔物ゆえに、親子としての情けや気負いは存在しなかった。
「――ふん、せいぜいそうやって粋がっているがいいわ。まさかあなた、今の自分の置かれた状況を忘れた訳じゃないわよねえ？」
その青年の意識を現実に引き戻すかのように、アティスの優越感に満ちた声がその場に満ちた。しかし実際に彼の意識をこちらに引き戻したのは彼女の台詞ではなく、その台詞を耳にすると同時に股座から感じた、気持ちよさにも似た熱っぽいくすぐったさであったのだが。
そのくすぐったさを認めた直後、足下からねっとりとした妻の声が聞こえてきた。
「さあ、あなた。今からあの子に見せつけてやりましょう」
嫌な予感がして青年が真下に目を向ける。
「ちょ、おま――」
案の定、そこにはズボンと下着を脱がされ剥き出しになった脚に腕を絡めて、すっかり硬くなった肉棒に頬ずりをするアティスの姿があった。
「おい、なにやってんだ！」
「なにって、二人の愛の確認に決まっているでしょう？ 私達がどれだけ深く愛し合っているのかを、あの子に見せてやらないと」
快楽に屈服し、愛欲に蕩けきった顔――自分が人間だった頃には一度も見た事のない顔を浮かべて自ら肉棒に擦り寄ってくる妻の姿を見下ろして、いやがおうにも青年の欲求が高まっていく。そしてこの時、アティスは全身から魔力を放出して青年の欲情を誘っていた。ダンピールであるキャスはそのアティスの手段にいち早く気づき、必死の形相で声を荒げた。
「いけません！ 父様、気を強く持ってください！ そのままでは、母様の思うがままにされてしまいます！」
「ふふっ、残念だけど、もう手遅れよ。彼はもう私しか見えていない――さあ、あなた。今からご奉仕してさしあげますからね」
一度キャスに対してそう告げた後、アティスの瞳にはもはや愛しい旦那様の肉棒しか映されていなかった。そして当の青年もまた、自分の足下でアティスが自信の肉棒を銜え込んでいく様を、その場にキャスがいないかのように平然と受け入れていった。
「ちゅ……ずちゅ、くちゅ、ちゅるるっ……むちゅ……ぷあっ……あなたのおちんちん、いつ食べても美味しい……❤」
「あ、うああ、ああああ――」
口全体に肉棒を頬張り満面の笑みを浮かべるアティスと、一切の抵抗を止めてその彼女に身を委ねる青年を交互に見て、キャスはまるで目の前で恋人が寝取られている様を見せつけられているかのように、その顔を悲痛に歪めていった。体を揺らして鎖を鳴らすが、その程度で二人が止まる事は全くなかった。
アティスはその顔を幸せに染めていき、青年はそんなキャスの愛撫を前に微笑んでさえいる。このままでは、どんどん二人だけの世界に行ってしまう。早く何とかしないと、本当に自分だけ蚊帳の外に置いて行かれてしまう。焦りの色を隠す事なく、がむしゃらに体を揺すぶるが何も起きない。早く何とかしないと――。
「――ん？」
と、その時、体を揺らしている内にキャスはある事を思いついた。試しに体を前後に軽く揺らした後、キャスは小さく笑みをこぼしながら眼前でお楽しみの真っ最中だった二人を見据える。
しかもこの時、アティスは肉棒から口を離して小休止していた。更にこの時になっても、その目は肉欲に溺れきり、愛しい夫の肉棒しか見えていない。
やるなら今だ。
「……ふう、それじゃあもう一回、今度は射精するまで、じっくりと味わわせて――」
「もらったあ！」
勢いを付け、体を大きく前に揺らしたキャスが、青年のうっすら割れ目の入った腹をその両足でがっしりと挟み込む。
「父様ッ！」
「な、なんと言う事を！」
「いや、お前、これは――」
そして青年の体を脚で挟んだまま、自身の体が後ろに揺り戻される勢いを利用して青年をアティスの元から引っ張り出し、そのまま自分の傍へと引き込んでいった。
「ちょっ、キャス――むぐぅ！」
「んっ、ちゅ、くちゅ――ぴちゅ、ちゅっ」
そして青年の非難を聞く暇も無く、腹に脚を絡ませたまま、元々自分が背伸びをして届くくらいの位置にあった青年の唇に自分の唇を重ね合わせる。更にそのまま唇を割り開いて青年の口の中に舌を潜り込ませ、強引に互いの舌を絡ませ合う。
「くちゅ、ちゅ、ぴちゅ……ちゅっ」
「んっ、ちゅ、じゅるるっ、くちゅ……」
あくまでも柔らかく、ねっとりと。一方的に犯すのでは無く、互いに気持ちよくなるための暖かな愛撫を心がける。それでいて水っぽい音をわざと立て、見せつけるように口の端から唾液を垂れ流していく。
「ちゅっ……くちゅ、ぴちゅ……ぷあっ」
「ぷはぁっ、はあ、はあ……」
そんな強引に始まったキスもやがて終わり、別れを名残惜しむかのように唾液の糸を引きながら互いの唇が離れていく。そして脚で腹をがっしり固定したまま、キャスがびっくりするほど淫蕩な笑みを浮かべながら青年に言った。
「ふう、ふう……えへへ。父様に私の初めて、捧げちゃったぁ……」
「初めてって、お前……」
「はい。私のファーストキス、父様にあげちゃいました……。それで、その……後は、こちらの方を……」
脚を動かし、自らの濡れそぼった秘所を青年の腹に押し当てる。ぐちょ、ぐちょと厭らしい水音を立てるその部分を見せながら、とろんとした表情でキャスが言った。
「こちらの初めても……父様に捧げたいな、って、思うんですけど……いいですか……？」
「キャス……俺は……」
「だーめー！」
だが青年が口を開いた刹那、二人の空間をぶち壊すように大声を出しながらアティスがその青年の足下に絡みつく。そして目尻に涙を溜めながら、キッと青年を睨みつつ必死すぎる口調で言った。
「駄目よ！ あなたは私のモノ！ あなたは私だけのモノなの！ その瑞々しい唇も、サラサラの髪も、この暖かい体も血液も、おっきくなったおちんちんも、全部私のモノなの！ いくら娘だからって、これだけは譲れないわ！」
「ゆ、譲れないのは私も同じです！ いくら母様が相手だからって、これだけは譲れません！ 父様は私のモノです！」
「ああ……」
腹と脚にそれぞれ絡みつきながら再び争奪戦を始めた二人を前に、青年は三度ため息を吐いた。そこには「もうどうにでもしてくれ」という、諦めの色が込められていた。
その時、不意にアティスが努めて冷静な口調を作って言った。
「――なら、こうしましょう。私とあなた、より彼を気持ちよくさせた方が、この方の本当の妻になるというのは」
「はあ！？」
「どうかしら？ これなら文句は言えない筈だけど？」
突然の事に唖然とする青年を差し置いて、アティスが笑みを浮かべてキャスに語りかける。そしてそれを受けたキャスもまた、自信たっぷりにそれに答えた。
「ええ。いいわよ。この際、白黒はっきりつけておくとしましょうか」
「交渉成立ね」
「おい、待て、俺は」
「でもその前に、ちょっと待ってくれない？ 私だけこの体勢でやるのは、あまりにもアンフェアではないかしら？」
「それもそうね。じゃあ宙ぶらりんの状況からは解放してあげるわね。でもその枷は外せないわ。ダンピールの魔力は、ヴァンパイアにとってはただ放たれるだけでダメージに繋がるのだから。それこそアンフェアよ」
「ええ。それでいいわ」
「良くない。全然良くない」
青年の主張を無視して、魔物娘二人がトントン拍子で話を進めていく。キャスが青年の腹から脚を離し、立ち上がったアティスが魔力を放って鎖を消し、キャスを部分的に解放する。
「……ふう。やっぱり自分の足で立てるのは良い事ね」
「あら、本当に良い事はこれから始まるって言うのに、それだけで満足しちゃうのかしら？」
「そ、それとこれとは話が別だ！ 私だって、気持ちよくなりたいんだ……！」
「……それは私だって同じよ。私ももっと気持ちよくなりたい。だから……」
母と娘の視線が同時に青年を捉える。この瞬間、青年はもはや逃げ道がどこにも無い事を悟った。
「さあて、あなた？ 怖がらなくてもいいのよ？ 今から私がうーんとキモチヨクさせてあげるんだから……ね？」
「父様……その、こういうことは初めてなんですけど……私、精一杯頑張ります。精一杯、父様を気持ちよくさせてあげます……！」
「……やれやれ……」
肝心な所で揃って人の話を聞かないのはさすが親子だな。そう心の中で呟いた後、青年は自ら前へと進み、二人の体を優しく抱き寄せた。
「あ……っ」
「やぁん……」
愛する者の不意打ちを受け、二人が喜びに打ち震える。
「キャス」
「ッ――はい」
「アティス」
「……はい」
その二人の耳元で、青年が静かに囁いた。
「今日は、朝まで……な」
「……はい……ッ」
「〜〜ッ！」
腹を括った青年の言葉に、アティスがとてもヴァンパイアとは思えない程にしおらしく返事を返す。キャスに至っては嬉しさの余り、言葉も出せずにいた。
青年が一歩下がり、肉棒を誇示するように腰を逸らして二人の前に立つ。母と娘は同じ速さでゆっくりと腰を下ろし、その黒々とそそり立つ肉棒の前に自らの顔を持って行く。
蕩けきった目でその肉棒をうっとりと眺める。瞳にそれだけを映したまま、亀頭の両側に軽く啄む程度のキスをする。そして唇を触れ合わせたまま青年の顔を見上げ、淫らに微笑みながら言った。
「それでは、ご奉仕……」
「……いたします❤」
夜はこれからだ。
13/01/24 01:07更新 / 蒲焼