メドゥーサと旅人の出会い
-ここは...どこだろうか...？-
目覚めてアベル・アッカーソンはそう思った。見知らぬ天井、岩壁に立て掛けられている絵や本棚、奥の方からはグツグツと何かを煮込んでいる音が聞こえてくる。そして自分は誰のかも知れぬベッドの上で寝ている。そして体を起こそうとした時足から鋭い痛みが走る。
-あ、そういや僕は...-
アベルはこうなった経緯を寝起きの頭で必死に思いだそうとした。
彼は町で転々としていた旅人だった。まだ２０歳前半と若く元気で満ち溢れていた。
彼はある町での滞在をやめ、別の町に行こうと山を登っていた。だがその山で迷ってしまい、気がつけば太陽が沈み辺りは暗くなっていた。日中にはこの山を抜け出せると鷹を括っていたので、カンテラなどの明かりはまったく持ってきてなかった。なので、手探りで道を探していると暗くて崖に気づかず、足を踏み外し落ちてしまったのだ。
幸い崖はそんなに高くなく落ちた先に草が茂っていたため、命に別状はなかったのだが足を骨折してしまいどうにも歩けない。
そこで助けを呼んで叫んでみても夜の山に近づく者はほとんどおらず旅人は覚悟を決め目を閉じようとした時だった。
どこかで女性の声が聞こえた。そこで一途の望みをかけ全力で叫び助けを呼んだ。
そしたらこちらに気づいたらしく向かってくる。足音はまったく聞こえず何かを引きずっている音が聞こえたが、アデルは自分は助かると安堵していたのでその音にはまったく疑惑を持たずただただその女性が来ることを待っていた。
そしてその女性らしき人影が彼の目の前まで来たときに、その女性の目があると思われる場所から緑色の光が放たれ、そこでアベルは意識を失った。
そこまで思い出したアベルはもう一度現状を確認する。多分その女性に助けられたのだと思う、あの緑色の光の事は気になるが、今は助けてくれた彼女に感謝をするべきだろう、そう考えていると奥の方から誰かが近づいてくる音がする。
彼女にお礼をするべきだと思い、奥の方へ顔を向ける。そこから出てきたのは「人間」の女性ではなかった。
人間の女性の上半身と蛇の下半身を持っている女性。魔物娘だった。
「ラミア...？」
アベルが率直な感想を述べる。
「確かに似ているけど違うわ。私はメドゥーサよ。」
そう彼女は言った。確かに外見はラミアそっくりだが、よく見たら髪の毛の結っている先が蛇でできており、その蛇達は一つ一つがシューシューと舌を出し入れしている
。
「メドゥーサ...？聞いた事がないな...。」
「そうでしょうね。私たちの種族、数が少ないのだから。」
「そうなのか...。」
「で、あんたは何であそこで怪我を負ったわけ？」
メドゥーサは指を指しながら聞く。
怪我をした経緯を聞かれたアベルはここに運ばれてくるまでに経緯を話した
。
「はぁ...？あんた馬鹿じゃないの？明かりの一つも用意もせずこの山を登っていたの？」
鋭い目つきを向けながらアベルを説教する。アベルは何も言い返せず頭を下げ説教を黙って聞いていた。
「まったく...。この辺は崖が多いというのに手探りで道を探そうなんて馬鹿にも程があるわよ。あの時私が通りがかっていな
かったら死んでいたわよ。」
「面目ない...。」
アベルはうなだれながらメドゥーサに謝った。
「はぁ...別に謝らなくて良いわよ。それより足の方は大丈夫？まだ痛む？」
相変わらず鋭い目つきを向けていたが、心配する気持ちは本当だった。
「ああ、大丈夫だよこんな怪我。ほら、イテテ...。」
アベルは足の怪我なんて屁でもない事を示すように足を空高く上げてみたが、その瞬間鋭い痛みが走り顔をしかめる。
「ほら見なさい！まだ治ってないじゃないの！」
メドゥーサはアベルの苦悶の表情を見た瞬間に心配そうな表情を浮かべる。
「心配してくれるのか...？」
アベルがそう言った瞬間メドゥーサは慌てふためいた。
「ば、馬鹿じゃないの！？ただあなたの馬鹿さ加減に呆れてただけよ！」
そう言いながらそっぽ向く。しかし彼女の頭に生えている蛇達は心配そうにアベルの方を伺っていた。
「ハハハ、迷惑掛けてすまない。」
「何笑ってるのよ...。言っとくけどその怪我は治療したわ。でもまともに歩けるまで二週間は掛かるわよ。」
「え！？骨折って普通は三ヶ月ぐらいするんじゃあ...。」
「私たちの魔力を甘く見ないでよ。骨折程度の傷ならお茶の子さいさいよ！」
アデルは威張るように言った。
「そうなのかぁ...。けど、歩けるまで二週間掛かるのか...。悪いんだけど、治るまでここに住まわせてくれないか？」
「言われなくてもそうするつもりだったわよ。このまま追い出してどこかでのたれ死んでしまったら私の気分が悪くなっちゃうわ！」
そう高圧的に言いながらも、どこか心配してくれるそぶりにアベルは確かな安堵を感じ始めていた。
「ありがとう！よろしくな！」
「こちらこそよろしくね。」
そう挨拶した後アベルは彼女の名前を知らないことに気がついた。
「そういえば君の名前は？」
「名前を聞くならあなたから先に名乗りなさいよ！」
「ああ、すまない。僕はアベル。」
「私はアデス。」
簡単な自己紹介を済ませた後、突然どこからか「グー」という音が鳴った。
「ん？何の音かしら？」
アデスは音の発生源を探そうと辺りを見渡す。
「はは...。そういや昨日から何も食べてなかったんだっけなぁ...。」
「ああ、あなたのお腹の音だったのね。ちょっと待ってね、今食べ物を持ってくるから。」
そう言ってアデスは部屋の奥に引っ込んだ。
「お待たせ、持ってきたわよ。」
しばらくするとアデスが鍋を持ってきた。その鍋からはおいしそうな香りが漂っていた。
「うまそうな臭いだぁ...。」
昨日から何も食べてなかったアベルはその香りだけで恍惚な表情になり口からはよだれがでていた。
「...口からよだれ垂れてるわよ。」
「は！？申し訳ない...。」
「ふふふ...。その様子だと本当に昨日から何も食べてなかったのね。」
彼の様子を可笑しいと思ったアデスは口角を少し上げた。
「それで、その鍋の中身は何だい？」
「シチューよ。」
「シチュー！僕の大好物じゃないか！」
シチューという単語を聞いた瞬間に彼は欲しい物を買って貰う子供のように喜んだ。
「シチュー好きなの？」
「はい！何てたって子供の頃から食べ続けてきたからな！早く食べさせてくれ！」
「そんなにがっつかないの！あんた怪我人なんでしょうが！」
はしゃぐアベルをまるで母親のように叱る。
「す、すみません・・・。」
「分かればよろしい。じゃあ食べさせてあげるからね。」
「え？」
彼女の言葉を聞いた瞬間アベルは言葉を失った。
「ん？どうしたのよ？」
「いや...、腕は別に怪我はしていないし食べさせる必要はないんじゃないかと...。」
そう言われた瞬間アデスの目が丸くなった。
「ッ！あ、あんたの元気がなかったからそう言っただけよ！何期待してるの！？べ、別にあんたにただ単にあーんさせてシチュ
ー食べさせてあげたいなんて思ってないんだからね！！」
「そうか...。その、ありがとう！」
「ｯ！！」
彼の無邪気な笑顔を見たアデルは、背中に何かが這っているような感覚を受けた。
「そ、それじゃあ、これがシチューの入った鍋よ。」
そう言って彼の横の机に鍋を置く。
「それじゃあ、いただきます！」
アベルがそう言うと、スプーンを持ち鍋の中に入れ一口分を掬って口の中に入れる。
「あむ...。なんだこれはぁぁーーーッ！ンマイなあああッ！！」
彼は差し出されたシチューを食べるとあまりのおいしさに叫んでしまった。
「ッ！いきなり叫ばないでよ！」
「ああ、すまない。だけどなんだこれッ！？ンマイなぁぁぁーーーーッ！」
「そんなに褒めても何も出ないわよ。」
アデスはそう言ったがや彼女の頭に生えている蛇はうれしそうにを身をよじらしている。
「いやーこんな美味いシチューを食ったのは何年ぶりかなぁー！」
「そんなに美味しいの？何ならどんどん食べても良いわよ。」
「本当ですか！？ありがとうございます！」
こうして彼は鍋の中のシチューをどんどん食べていった。
「いやー、おいしかった！」
「それは良かったわね。...私の分まで食べたけど。」
「は！？それはすまなかった！」
「いや、良いのよ。あんたが元気そうで安心したから。」
彼女の分まで食べてしまった事にアベルは謝ったがアデスはその事を許した。
「でもおいしかったな〜。君みたいな人はお嫁さんに向いているよ〜！」
「な、なにいってんのよ！！」
そんな発言をしたアベルの頭を叩く
「あた！ハハハ...すまない。余計な事を言って...。」
「もう！今度そんな事言ったら顔面を殴るわよ！」
そんなことを言いながらも頭から生えている蛇はどこかうれしそうに身をよじらしていた。
「分かりました...。さて、これからどうしようかな。」
「ねぇ？アベルは何で旅をしているの？」
唐突にアデルがそう聞く。
「そうだね...。世界を見てみたかったから、かな。」
「そんな理由で？」
「ああ、そういう理由でだ。」
アベルはそう言い、腕を組みながら天井を見る。
「子供の頃、この世界を自分の目で見てみたいって思ったんだ。それで１８歳の頃家族に反対を押し切って旅に出たんだ。そして色んなものを見たよ。色んな風景や色んな魔物娘、魔物娘を信仰している国や魔物娘に反感を持っている国、とても楽しい旅だったよ。」
「へー...。でこんな山で死にそうなったと。」
「ああ...。本当に君には感謝しきれないよ。」
そう言ってアデスを見る。
「ええ、私に感謝しなさいよ！」
アデスは威張るようにそう言う
「ファァ〜...。」
アベルは不意にあくびが出た。気がつくと外は真っ暗になっていた。
「もう夜なのかぁ...。早いな...。」
「ええ、早いわね。...一人の時にはそう早く感じなかったなぁ...。」
「ん？何か言ったか？」
「な、何でも無いわよ！それより、もう眠いでしょう？早く寝なさい。」
「ああ、そうさせて貰うよ...。そういや君はどこで寝るんだ？」
「ソファーで眠るから大丈夫よ。」
アデスは部屋の隅にあるソファーを指差しながら言う。
「ええ！？あそこで寝るのか！？」
「何よ？文句ある？」
「そりゃ、女性をあんなところで寝かす訳には...。」
そう言いかける前にアデスがアベルの顔の前に人差し指を向ける。
「あんたは怪我人なんでしょ？他人の心配より自分の心配。さぁ、寝た寝た！」
「う...。分かったよ...。」
アベルはその事を不服に思いながらも布団を掛けて寝る体勢をとる。
「アベル」
不意にアデルから呼ばれる。
「ん？何だ？」
「その...。お休み。」
「ああ、お休み。」
そう言ってアベルは床に着いた。
「アベル...。寝たわよね？」
アデルはアベルが寝たかどうかを確かめるためにそっと近づく。
アベルの顔を見ると気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「もう...子供みたいに寝て...。」
そう言ってアベルの頭を撫でる。そしてアデルはアベルとあった昨日の事を思いだしていた。
アデルがアベルを助けた目的は至って単純であった。それは純粋に見捨てたく無かったのと、男だったからだ。
この辺は人がまったくと言ってもいい程人が通らない。そこで、魔物娘達は淡い希望を抱き昼も夜も男を捜しに行くのである。
アデスもその一人だったが、メドゥーサという種族はプライドが高く、強気な性格なため男には興味が無い振りをしていた。
そしてアベルと出会ったあの夜、散歩をしているとどこからか助けを呼ぶ男の声が聞こえてくる。最初は無視して通り過ぎよう
かと思ったが、彼女の見捨てたくない心情と魔物娘の本能がアデスを助けを呼ぶ方向へ突き動かした。
そして、アベルの目の前に行った時有無を言わせず石化させ、自分の住む洞窟へと運んでいったのだった。
自宅に運び明かりをつけ石化を解き、初めてその男の顔を見る。自分の好みの顔であった。
少年のようにあどけなさを残した顔。それだけでも襲ってしまいたくなったが、彼女のプライドがそうはさせなかった。
第一彼女は無理矢理襲うことはしない主義だったので、心を落ち着かせ彼を持ち上げた時に、彼の足が骨折していることに気づいた。
一瞬焦ったが、深呼吸をし、彼をベッドの上に寝かせて上げて魔力による治療を行った。
しかし、完全に治癒するまでの魔力は無かったので少し痛みを和らげる程度で治療した。
-後は彼の体の治癒力が直してくれるはず- そう思ったが、やはり心配だった。彼の精を貰えば完全に治療できるかもしれないと思ったが、そんなことをして彼に嫌われたくないと思い、その日は心配しながらも寝床に着いた。
そんなことを思い出していた。そして、今日の彼の笑顔の事も思い出していた。
-あの子供のような笑顔...- あの瞬間襲ってしまおうと思ったが、やはりまだ怪我が治っていないためやめておいた。
「あんな顔されたら、離したく無くなっちゃうわ...。」
そう言いながら撫でることをやめ、彼の頬にキスをした。
「お休み、アベル♥」
そしてアデスはソファーへと戻っていった。
そしてアベルは歩けるようになるまでの二週間、アデルに色々な事を教えて貰った。
メドゥーサという魔物娘はラミアの上位種であるが数が少なくこうした山の奥でひっそりと暮らしているという事や、この辺は魔物娘が多くまったくと言っていいほど人が通らないだとか、山から採れる山菜はおいしい物ばかりとか、どれもアベルにとってはただ普通に旅をしている以上の楽しさがあった。
彼女が一緒に居てくれる幸せもあったが、アデル自身はまだそのことには気づいてはなかった。
アデルとの交流が続いてアベルは彼女と徐々に打ち解けていった。
そしてある夜のことである。
「急に雨が降り始めたな...。」
今日は昼は快晴だったのに夜になると雨が土砂降りのように降り始めたのである。
「こりゃあ明日になるまで止まないな...って、アデル？そんな隅っこに縮こまってどうしたの？」
アベルが隅っこの方に目を向けると部屋の隅で縮こまっているアデスが目に入った。
「う、うるさいわね！あ、雨は嫌いなのよ！寒いし、そ、それにこんな時の雨はあれがあるから...。」
その時、一筋の閃光が走り、すぐ後に耳をつんざくような音が鳴り響いた。
「ひぅぅぅ！？」
「うお、雷まで落ちてきたか。あれ、アデル？さっきより縮こまってどうしたんだ？」
アデルがもう一度アデスを見ると、背を低くし頭を抱えて明らかにさっきより縮こまっていた。
「もしかして、かみな「きゃああああ！！い、いい言わないでよ！その言葉を聞くだけでも嫌になるわ！」
アベルはアデスが言いかけた言葉を叫びで封じた。
「その様子だと本当に嫌いなんだな...。」
「嫌いも何も、子供の頃からだいっ嫌いよ！！あの一瞬走る閃光！その後に起こる何かが爆発してような音！何もかもが嫌いなのよ！」
アデスは雷が嫌いな理由を必死に述べる。次の瞬間また閃光が走り、雷が落ちてきた。
「きゃああああああ！？」
「大丈夫か、アデス！」
「あんたは心配しなくてもいいわよ！！自分で何とかするわ！」
とは言っても一人の時に雷が起こったときはいつもベッドの中に入りガタガタ震えそのまま一睡もできず夜が明けることが多かった。しかし、今は怪我人のアベルがベッドの上で寝ている。無理矢理石化させてどかすことも考えたが、彼に嫌われたくなかったのでそれだけは避けた。だが、こうしてる今でも雷が落ちてくるかもしれない。どうにかして雷の恐怖を紛らわす方法を考えた結果、子供の頃父がやっていた方法を思い出した。
「ねぇ...アベル？」
アデスは何かを決心した様子でアベルに近づいてくる。
「な、何か用か？」
「あなた今居候の身よね...？」
低い声を出しながらゆっくりと近づく。
「は、はい。」
「じゃあ、私が何をしても文句は言わないよね...？」
遂にアベルのすぐ近くまで来た。
「あ、ああ。アデスに助けて貰った恩もあるし、僕からは何も言えないな。」
その言葉を聞いた瞬間、アデスはアベルの体に瞬時に巻き付いた。
「アデス！？何をやって...？」
そう言ってる間にも彼女はどんどんと巻き付き、遂にはアデスはアベルの体に抱きつき、ベッドの中に共に入っていた。
「私からの命令よ！！雨が止むまで私と一緒に寝なさい！」
彼女が思い出した方法とは、子供の頃父といっしょに寝ていた事だった。
たったそれだけのことだが、もっとも安心感があり雷の事も気にならずに眠りにつける唯一の方法だった。
もっとも父親以外の人と一緒に寝て安心するかは確証がなかったが、彼女はどこかでアベルなら安心できるという確証があった。
「え、ちょ！それは...。」
抱きつかれてアベルは暴れた。
「何よ！あんた文句は言わないってさっき言ったばかりじゃない！」
「でも、これは...。」
アデルは心底焦っていた。なぜならいつも近づいてこない彼女がこんなに近づいて自分の体を抱きしめている。
そして彼女のたわわに実った双丘、彼女の柔らかい肌、息遣いが体に当たっている。女の経験がないアベルにとっては心臓が破裂しそうな思いだった。
「いいから、おとなしくしなさい！」
アデスは暴れようとしているアベルの体を蛇の肢体で無理矢理押さえた。
「ぐえ...。わ、わかったよ...。」
きつく巻かれては手も足も出せないので、黙って言うことを聞くことにした。
「わかったんならそのまま動かないで私に抱きつかれてなさい！」
「抱きつかれるのは良いけど、腕まで巻き付かせるのはやめてくれないかな...？このままじゃ寝苦しいし。」
アベルは駄目もとでそんな事を言った。
「ああ、確かに寝苦しいかもしれないわね。ほら腕を出しなさい。」
案外素直に許可してくれたので、アベルは巻き付きが緩くなった蛇の肢体の中から腕を出した。
「ありがとう、アデス。」
「じゃあもう寝るわよ！いつ雷がくるかは分からないんだし。」
そして、そのままアベルとアデスは動かなくなった。
しばらくするとアデスは安心するように深い眠りに落ちていった。
一方アベルはというと、寝るどころかパッチリ目が冴えてしまった。
なぜなら、彼女の子供のようにかわいい寝顔が目の前にあったからだ。顔の向きを変えようとしても蛇の肢体に押さえ込まれており、何より彼女が抱きついているためだった。
-とてもかわいい顔だ...- そう思っていた。そして彼の中にある欲望が生まれた。
-この顔を触ってみたい- いけないことだと知りつつも、その欲望を抑えることができなかった。
幸い腕は先程の事で解放されていた。
アベルは手を伸ばしアデルの顔へと触れていく。そして遂に彼女の頬にその手が触れた。
-あたたかい...。- 触れた瞬間アベルはそう思った。
だが、触れた瞬間に彼女が顔をしかめた。
-起きたか！？きっと殴られる！- そう思い身構えたが、一向に起きる気配はなく、しばらくすると顔は元の表情へと戻っていった。
しばらく起きる気配がないことを察知したアベルはこれみよがしに彼女の顔を触りまくった。
頬、鼻、おでこ、触れる所は触りまくった。触っている時に彼女の顔がくすぐったそうにしかめたが、触っている当の本人は気づいてはなかった。
こうして触っていく内にアベルの目がある一点に止まった。
それは彼女の唇だった。とても柔らかそうでふっくらしている唇を触りたくなったのだ。
しかし、それでは彼女が起きてしまうのではないかと葛藤した。触るか触らないかを悩んだ。そして、悩んだ末少しだけなら大丈夫だろう、という結果になった。
そしてアベルの指がアデスの唇に触れた。とても柔らかい感触であり、まるでみかんの実を触っているかのような錯覚を受けた。
アベルが夢中になって触っていると不意に彼女の唇の中に指が入った。
-まずい！早く抜かなくては！- そう思い抜こうとするが彼女の唇から指が離れない。そればかりかアデルの指をしゃぶってきたのだ。
赤子のように唇をすぼめ、指に吸い付き丹念に舐めていた。女性経験がないアデルからしたらとてもつない快感であり、それだけでも体中の力が抜けていった。
しばらくすると、アデスが口をすぼめることをやめた。その瞬間彼女の口から指を引き抜いた。引き抜いた手には彼女の唾液がついていおり、月に照らされて妖艶に光っていた。
やっとのことで引き抜いたアデルは疲れ果てており、そのまま泥のように眠った。
そして翌朝彼女に叩き起こされた事は言うまでもない。
そしてあっという間に二週間が経ち、二人のお別れの日が来た。
二人はこれが最後になるかもしれないと思い、ベッドに座り話をしていた。
「...寂しくなるわね...。」
そうアデスが寂しく呟く。
「...そう、だね...。」
アベルもそう別れを惜しむように呟く。
「...荷物はまとめた？」
「いや、まだまとめてない...。」
「そう...。」
しばらく沈黙が続く。
「早くまとめなさいよ。日が暮れてしまうわ。」
「...実は、まだ迷ってることがあるんだ。」
アベルはそう呟いた。
「何を迷うことがあるの？これから貴方は荷物を持って次の町に行って、私も元の生活に戻る。それだけのことじゃない。」
「いや、そうじゃないんだ。」
アデルはアベルの言っている意味が分からなかった。
「...はっきり言うよ。僕はここに留まろうかと思っているんだ。」
その事を聞いたアデスは驚きを隠せなかった。
「何を言ってるの！？子供の頃から旅は夢だったとか言ってたじゃない！何処へでも行きなさいよ！こんな辛気くさいところ何かに留まら「辛気くさくなんかない！！」
彼女が言い終わる前にアベルは怒号をあげる。
「ごめん怒鳴ったりなんかして...。でもここは素晴らしい場所だよ。確かにここは世界よりかは狭い場所だし、僕の夢も叶えられない。でも、僕の夢よりも大切なものを見つけたんだ！」
そう言うとアデスの手を握る。
「え、ちょ！？アベル！？」
アデルの顔が赤くなる。
「それはアデル！君だ！僕は君に惚れてしまった！！君の全てに魅了されてしまった！もう君と離れたくない！だから僕と結婚してくれ！！」
渾身を込めて彼女にプロポーズをした。
「......。」
彼女は俯いたまま何も喋ろうとはしない。
「あー...。どうだった僕の渾身のプロポーズ...？だめだった...？」
アベルは不安になり彼女の様子を伺った時だった。不意に彼女は顔を上げてアベルの顔に近づいた。
「ッ！？」
次の瞬間アベルとアデスは唇を重ねていた。
「ん！？んん...んんん！」
アベルは激しく動揺した。キスなんかしたこともないし、何より好きな人が唐突にキスをしてきたことに驚いていた。
「んん...ん、ん....ぷはぁ！」
アベルの唇からアデスがやっと離れる。実際は数秒程度だったが、二人にとっては長い時間に思えた。
「はぁ...はぁ...。もう...そんなこと言ってぇ...。もう絶対離さないわよ！」
息絶え絶えに彼女は先ほどのプロポーズの返事をする。
「ああ...それでも良い。僕は君を好きになってしまったのだから...。」
アベルはアデスを抱きしめる。アデスもアベルの体に蛇の肢体を巻き付かせていく。
「...アデス・アデル...。」
不意にアデスがそう言う。
「え...？」
「アデス・アデル。私のフルネーム。あなたは...？」
「アベル・アッカーソン・・・。」
「じゃあ、よろしくね！アデル！」
「ああ、こちらこそ！」
そして二人はまた口づけを交わした。
目覚めてアベル・アッカーソンはそう思った。見知らぬ天井、岩壁に立て掛けられている絵や本棚、奥の方からはグツグツと何かを煮込んでいる音が聞こえてくる。そして自分は誰のかも知れぬベッドの上で寝ている。そして体を起こそうとした時足から鋭い痛みが走る。
-あ、そういや僕は...-
アベルはこうなった経緯を寝起きの頭で必死に思いだそうとした。
彼は町で転々としていた旅人だった。まだ２０歳前半と若く元気で満ち溢れていた。
彼はある町での滞在をやめ、別の町に行こうと山を登っていた。だがその山で迷ってしまい、気がつけば太陽が沈み辺りは暗くなっていた。日中にはこの山を抜け出せると鷹を括っていたので、カンテラなどの明かりはまったく持ってきてなかった。なので、手探りで道を探していると暗くて崖に気づかず、足を踏み外し落ちてしまったのだ。
幸い崖はそんなに高くなく落ちた先に草が茂っていたため、命に別状はなかったのだが足を骨折してしまいどうにも歩けない。
そこで助けを呼んで叫んでみても夜の山に近づく者はほとんどおらず旅人は覚悟を決め目を閉じようとした時だった。
どこかで女性の声が聞こえた。そこで一途の望みをかけ全力で叫び助けを呼んだ。
そしたらこちらに気づいたらしく向かってくる。足音はまったく聞こえず何かを引きずっている音が聞こえたが、アデルは自分は助かると安堵していたのでその音にはまったく疑惑を持たずただただその女性が来ることを待っていた。
そしてその女性らしき人影が彼の目の前まで来たときに、その女性の目があると思われる場所から緑色の光が放たれ、そこでアベルは意識を失った。
そこまで思い出したアベルはもう一度現状を確認する。多分その女性に助けられたのだと思う、あの緑色の光の事は気になるが、今は助けてくれた彼女に感謝をするべきだろう、そう考えていると奥の方から誰かが近づいてくる音がする。
彼女にお礼をするべきだと思い、奥の方へ顔を向ける。そこから出てきたのは「人間」の女性ではなかった。
人間の女性の上半身と蛇の下半身を持っている女性。魔物娘だった。
「ラミア...？」
アベルが率直な感想を述べる。
「確かに似ているけど違うわ。私はメドゥーサよ。」
そう彼女は言った。確かに外見はラミアそっくりだが、よく見たら髪の毛の結っている先が蛇でできており、その蛇達は一つ一つがシューシューと舌を出し入れしている
。
「メドゥーサ...？聞いた事がないな...。」
「そうでしょうね。私たちの種族、数が少ないのだから。」
「そうなのか...。」
「で、あんたは何であそこで怪我を負ったわけ？」
メドゥーサは指を指しながら聞く。
怪我をした経緯を聞かれたアベルはここに運ばれてくるまでに経緯を話した
。
「はぁ...？あんた馬鹿じゃないの？明かりの一つも用意もせずこの山を登っていたの？」
鋭い目つきを向けながらアベルを説教する。アベルは何も言い返せず頭を下げ説教を黙って聞いていた。
「まったく...。この辺は崖が多いというのに手探りで道を探そうなんて馬鹿にも程があるわよ。あの時私が通りがかっていな
かったら死んでいたわよ。」
「面目ない...。」
アベルはうなだれながらメドゥーサに謝った。
「はぁ...別に謝らなくて良いわよ。それより足の方は大丈夫？まだ痛む？」
相変わらず鋭い目つきを向けていたが、心配する気持ちは本当だった。
「ああ、大丈夫だよこんな怪我。ほら、イテテ...。」
アベルは足の怪我なんて屁でもない事を示すように足を空高く上げてみたが、その瞬間鋭い痛みが走り顔をしかめる。
「ほら見なさい！まだ治ってないじゃないの！」
メドゥーサはアベルの苦悶の表情を見た瞬間に心配そうな表情を浮かべる。
「心配してくれるのか...？」
アベルがそう言った瞬間メドゥーサは慌てふためいた。
「ば、馬鹿じゃないの！？ただあなたの馬鹿さ加減に呆れてただけよ！」
そう言いながらそっぽ向く。しかし彼女の頭に生えている蛇達は心配そうにアベルの方を伺っていた。
「ハハハ、迷惑掛けてすまない。」
「何笑ってるのよ...。言っとくけどその怪我は治療したわ。でもまともに歩けるまで二週間は掛かるわよ。」
「え！？骨折って普通は三ヶ月ぐらいするんじゃあ...。」
「私たちの魔力を甘く見ないでよ。骨折程度の傷ならお茶の子さいさいよ！」
アデルは威張るように言った。
「そうなのかぁ...。けど、歩けるまで二週間掛かるのか...。悪いんだけど、治るまでここに住まわせてくれないか？」
「言われなくてもそうするつもりだったわよ。このまま追い出してどこかでのたれ死んでしまったら私の気分が悪くなっちゃうわ！」
そう高圧的に言いながらも、どこか心配してくれるそぶりにアベルは確かな安堵を感じ始めていた。
「ありがとう！よろしくな！」
「こちらこそよろしくね。」
そう挨拶した後アベルは彼女の名前を知らないことに気がついた。
「そういえば君の名前は？」
「名前を聞くならあなたから先に名乗りなさいよ！」
「ああ、すまない。僕はアベル。」
「私はアデス。」
簡単な自己紹介を済ませた後、突然どこからか「グー」という音が鳴った。
「ん？何の音かしら？」
アデスは音の発生源を探そうと辺りを見渡す。
「はは...。そういや昨日から何も食べてなかったんだっけなぁ...。」
「ああ、あなたのお腹の音だったのね。ちょっと待ってね、今食べ物を持ってくるから。」
そう言ってアデスは部屋の奥に引っ込んだ。
「お待たせ、持ってきたわよ。」
しばらくするとアデスが鍋を持ってきた。その鍋からはおいしそうな香りが漂っていた。
「うまそうな臭いだぁ...。」
昨日から何も食べてなかったアベルはその香りだけで恍惚な表情になり口からはよだれがでていた。
「...口からよだれ垂れてるわよ。」
「は！？申し訳ない...。」
「ふふふ...。その様子だと本当に昨日から何も食べてなかったのね。」
彼の様子を可笑しいと思ったアデスは口角を少し上げた。
「それで、その鍋の中身は何だい？」
「シチューよ。」
「シチュー！僕の大好物じゃないか！」
シチューという単語を聞いた瞬間に彼は欲しい物を買って貰う子供のように喜んだ。
「シチュー好きなの？」
「はい！何てたって子供の頃から食べ続けてきたからな！早く食べさせてくれ！」
「そんなにがっつかないの！あんた怪我人なんでしょうが！」
はしゃぐアベルをまるで母親のように叱る。
「す、すみません・・・。」
「分かればよろしい。じゃあ食べさせてあげるからね。」
「え？」
彼女の言葉を聞いた瞬間アベルは言葉を失った。
「ん？どうしたのよ？」
「いや...、腕は別に怪我はしていないし食べさせる必要はないんじゃないかと...。」
そう言われた瞬間アデスの目が丸くなった。
「ッ！あ、あんたの元気がなかったからそう言っただけよ！何期待してるの！？べ、別にあんたにただ単にあーんさせてシチュ
ー食べさせてあげたいなんて思ってないんだからね！！」
「そうか...。その、ありがとう！」
「ｯ！！」
彼の無邪気な笑顔を見たアデルは、背中に何かが這っているような感覚を受けた。
「そ、それじゃあ、これがシチューの入った鍋よ。」
そう言って彼の横の机に鍋を置く。
「それじゃあ、いただきます！」
アベルがそう言うと、スプーンを持ち鍋の中に入れ一口分を掬って口の中に入れる。
「あむ...。なんだこれはぁぁーーーッ！ンマイなあああッ！！」
彼は差し出されたシチューを食べるとあまりのおいしさに叫んでしまった。
「ッ！いきなり叫ばないでよ！」
「ああ、すまない。だけどなんだこれッ！？ンマイなぁぁぁーーーーッ！」
「そんなに褒めても何も出ないわよ。」
アデスはそう言ったがや彼女の頭に生えている蛇はうれしそうにを身をよじらしている。
「いやーこんな美味いシチューを食ったのは何年ぶりかなぁー！」
「そんなに美味しいの？何ならどんどん食べても良いわよ。」
「本当ですか！？ありがとうございます！」
こうして彼は鍋の中のシチューをどんどん食べていった。
「いやー、おいしかった！」
「それは良かったわね。...私の分まで食べたけど。」
「は！？それはすまなかった！」
「いや、良いのよ。あんたが元気そうで安心したから。」
彼女の分まで食べてしまった事にアベルは謝ったがアデスはその事を許した。
「でもおいしかったな〜。君みたいな人はお嫁さんに向いているよ〜！」
「な、なにいってんのよ！！」
そんな発言をしたアベルの頭を叩く
「あた！ハハハ...すまない。余計な事を言って...。」
「もう！今度そんな事言ったら顔面を殴るわよ！」
そんなことを言いながらも頭から生えている蛇はどこかうれしそうに身をよじらしていた。
「分かりました...。さて、これからどうしようかな。」
「ねぇ？アベルは何で旅をしているの？」
唐突にアデルがそう聞く。
「そうだね...。世界を見てみたかったから、かな。」
「そんな理由で？」
「ああ、そういう理由でだ。」
アベルはそう言い、腕を組みながら天井を見る。
「子供の頃、この世界を自分の目で見てみたいって思ったんだ。それで１８歳の頃家族に反対を押し切って旅に出たんだ。そして色んなものを見たよ。色んな風景や色んな魔物娘、魔物娘を信仰している国や魔物娘に反感を持っている国、とても楽しい旅だったよ。」
「へー...。でこんな山で死にそうなったと。」
「ああ...。本当に君には感謝しきれないよ。」
そう言ってアデスを見る。
「ええ、私に感謝しなさいよ！」
アデスは威張るようにそう言う
「ファァ〜...。」
アベルは不意にあくびが出た。気がつくと外は真っ暗になっていた。
「もう夜なのかぁ...。早いな...。」
「ええ、早いわね。...一人の時にはそう早く感じなかったなぁ...。」
「ん？何か言ったか？」
「な、何でも無いわよ！それより、もう眠いでしょう？早く寝なさい。」
「ああ、そうさせて貰うよ...。そういや君はどこで寝るんだ？」
「ソファーで眠るから大丈夫よ。」
アデスは部屋の隅にあるソファーを指差しながら言う。
「ええ！？あそこで寝るのか！？」
「何よ？文句ある？」
「そりゃ、女性をあんなところで寝かす訳には...。」
そう言いかける前にアデスがアベルの顔の前に人差し指を向ける。
「あんたは怪我人なんでしょ？他人の心配より自分の心配。さぁ、寝た寝た！」
「う...。分かったよ...。」
アベルはその事を不服に思いながらも布団を掛けて寝る体勢をとる。
「アベル」
不意にアデルから呼ばれる。
「ん？何だ？」
「その...。お休み。」
「ああ、お休み。」
そう言ってアベルは床に着いた。
「アベル...。寝たわよね？」
アデルはアベルが寝たかどうかを確かめるためにそっと近づく。
アベルの顔を見ると気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「もう...子供みたいに寝て...。」
そう言ってアベルの頭を撫でる。そしてアデルはアベルとあった昨日の事を思いだしていた。
アデルがアベルを助けた目的は至って単純であった。それは純粋に見捨てたく無かったのと、男だったからだ。
この辺は人がまったくと言ってもいい程人が通らない。そこで、魔物娘達は淡い希望を抱き昼も夜も男を捜しに行くのである。
アデスもその一人だったが、メドゥーサという種族はプライドが高く、強気な性格なため男には興味が無い振りをしていた。
そしてアベルと出会ったあの夜、散歩をしているとどこからか助けを呼ぶ男の声が聞こえてくる。最初は無視して通り過ぎよう
かと思ったが、彼女の見捨てたくない心情と魔物娘の本能がアデスを助けを呼ぶ方向へ突き動かした。
そして、アベルの目の前に行った時有無を言わせず石化させ、自分の住む洞窟へと運んでいったのだった。
自宅に運び明かりをつけ石化を解き、初めてその男の顔を見る。自分の好みの顔であった。
少年のようにあどけなさを残した顔。それだけでも襲ってしまいたくなったが、彼女のプライドがそうはさせなかった。
第一彼女は無理矢理襲うことはしない主義だったので、心を落ち着かせ彼を持ち上げた時に、彼の足が骨折していることに気づいた。
一瞬焦ったが、深呼吸をし、彼をベッドの上に寝かせて上げて魔力による治療を行った。
しかし、完全に治癒するまでの魔力は無かったので少し痛みを和らげる程度で治療した。
-後は彼の体の治癒力が直してくれるはず- そう思ったが、やはり心配だった。彼の精を貰えば完全に治療できるかもしれないと思ったが、そんなことをして彼に嫌われたくないと思い、その日は心配しながらも寝床に着いた。
そんなことを思い出していた。そして、今日の彼の笑顔の事も思い出していた。
-あの子供のような笑顔...- あの瞬間襲ってしまおうと思ったが、やはりまだ怪我が治っていないためやめておいた。
「あんな顔されたら、離したく無くなっちゃうわ...。」
そう言いながら撫でることをやめ、彼の頬にキスをした。
「お休み、アベル♥」
そしてアデスはソファーへと戻っていった。
そしてアベルは歩けるようになるまでの二週間、アデルに色々な事を教えて貰った。
メドゥーサという魔物娘はラミアの上位種であるが数が少なくこうした山の奥でひっそりと暮らしているという事や、この辺は魔物娘が多くまったくと言っていいほど人が通らないだとか、山から採れる山菜はおいしい物ばかりとか、どれもアベルにとってはただ普通に旅をしている以上の楽しさがあった。
彼女が一緒に居てくれる幸せもあったが、アデル自身はまだそのことには気づいてはなかった。
アデルとの交流が続いてアベルは彼女と徐々に打ち解けていった。
そしてある夜のことである。
「急に雨が降り始めたな...。」
今日は昼は快晴だったのに夜になると雨が土砂降りのように降り始めたのである。
「こりゃあ明日になるまで止まないな...って、アデル？そんな隅っこに縮こまってどうしたの？」
アベルが隅っこの方に目を向けると部屋の隅で縮こまっているアデスが目に入った。
「う、うるさいわね！あ、雨は嫌いなのよ！寒いし、そ、それにこんな時の雨はあれがあるから...。」
その時、一筋の閃光が走り、すぐ後に耳をつんざくような音が鳴り響いた。
「ひぅぅぅ！？」
「うお、雷まで落ちてきたか。あれ、アデル？さっきより縮こまってどうしたんだ？」
アデルがもう一度アデスを見ると、背を低くし頭を抱えて明らかにさっきより縮こまっていた。
「もしかして、かみな「きゃああああ！！い、いい言わないでよ！その言葉を聞くだけでも嫌になるわ！」
アベルはアデスが言いかけた言葉を叫びで封じた。
「その様子だと本当に嫌いなんだな...。」
「嫌いも何も、子供の頃からだいっ嫌いよ！！あの一瞬走る閃光！その後に起こる何かが爆発してような音！何もかもが嫌いなのよ！」
アデスは雷が嫌いな理由を必死に述べる。次の瞬間また閃光が走り、雷が落ちてきた。
「きゃああああああ！？」
「大丈夫か、アデス！」
「あんたは心配しなくてもいいわよ！！自分で何とかするわ！」
とは言っても一人の時に雷が起こったときはいつもベッドの中に入りガタガタ震えそのまま一睡もできず夜が明けることが多かった。しかし、今は怪我人のアベルがベッドの上で寝ている。無理矢理石化させてどかすことも考えたが、彼に嫌われたくなかったのでそれだけは避けた。だが、こうしてる今でも雷が落ちてくるかもしれない。どうにかして雷の恐怖を紛らわす方法を考えた結果、子供の頃父がやっていた方法を思い出した。
「ねぇ...アベル？」
アデスは何かを決心した様子でアベルに近づいてくる。
「な、何か用か？」
「あなた今居候の身よね...？」
低い声を出しながらゆっくりと近づく。
「は、はい。」
「じゃあ、私が何をしても文句は言わないよね...？」
遂にアベルのすぐ近くまで来た。
「あ、ああ。アデスに助けて貰った恩もあるし、僕からは何も言えないな。」
その言葉を聞いた瞬間、アデスはアベルの体に瞬時に巻き付いた。
「アデス！？何をやって...？」
そう言ってる間にも彼女はどんどんと巻き付き、遂にはアデスはアベルの体に抱きつき、ベッドの中に共に入っていた。
「私からの命令よ！！雨が止むまで私と一緒に寝なさい！」
彼女が思い出した方法とは、子供の頃父といっしょに寝ていた事だった。
たったそれだけのことだが、もっとも安心感があり雷の事も気にならずに眠りにつける唯一の方法だった。
もっとも父親以外の人と一緒に寝て安心するかは確証がなかったが、彼女はどこかでアベルなら安心できるという確証があった。
「え、ちょ！それは...。」
抱きつかれてアベルは暴れた。
「何よ！あんた文句は言わないってさっき言ったばかりじゃない！」
「でも、これは...。」
アデルは心底焦っていた。なぜならいつも近づいてこない彼女がこんなに近づいて自分の体を抱きしめている。
そして彼女のたわわに実った双丘、彼女の柔らかい肌、息遣いが体に当たっている。女の経験がないアベルにとっては心臓が破裂しそうな思いだった。
「いいから、おとなしくしなさい！」
アデスは暴れようとしているアベルの体を蛇の肢体で無理矢理押さえた。
「ぐえ...。わ、わかったよ...。」
きつく巻かれては手も足も出せないので、黙って言うことを聞くことにした。
「わかったんならそのまま動かないで私に抱きつかれてなさい！」
「抱きつかれるのは良いけど、腕まで巻き付かせるのはやめてくれないかな...？このままじゃ寝苦しいし。」
アベルは駄目もとでそんな事を言った。
「ああ、確かに寝苦しいかもしれないわね。ほら腕を出しなさい。」
案外素直に許可してくれたので、アベルは巻き付きが緩くなった蛇の肢体の中から腕を出した。
「ありがとう、アデス。」
「じゃあもう寝るわよ！いつ雷がくるかは分からないんだし。」
そして、そのままアベルとアデスは動かなくなった。
しばらくするとアデスは安心するように深い眠りに落ちていった。
一方アベルはというと、寝るどころかパッチリ目が冴えてしまった。
なぜなら、彼女の子供のようにかわいい寝顔が目の前にあったからだ。顔の向きを変えようとしても蛇の肢体に押さえ込まれており、何より彼女が抱きついているためだった。
-とてもかわいい顔だ...- そう思っていた。そして彼の中にある欲望が生まれた。
-この顔を触ってみたい- いけないことだと知りつつも、その欲望を抑えることができなかった。
幸い腕は先程の事で解放されていた。
アベルは手を伸ばしアデルの顔へと触れていく。そして遂に彼女の頬にその手が触れた。
-あたたかい...。- 触れた瞬間アベルはそう思った。
だが、触れた瞬間に彼女が顔をしかめた。
-起きたか！？きっと殴られる！- そう思い身構えたが、一向に起きる気配はなく、しばらくすると顔は元の表情へと戻っていった。
しばらく起きる気配がないことを察知したアベルはこれみよがしに彼女の顔を触りまくった。
頬、鼻、おでこ、触れる所は触りまくった。触っている時に彼女の顔がくすぐったそうにしかめたが、触っている当の本人は気づいてはなかった。
こうして触っていく内にアベルの目がある一点に止まった。
それは彼女の唇だった。とても柔らかそうでふっくらしている唇を触りたくなったのだ。
しかし、それでは彼女が起きてしまうのではないかと葛藤した。触るか触らないかを悩んだ。そして、悩んだ末少しだけなら大丈夫だろう、という結果になった。
そしてアベルの指がアデスの唇に触れた。とても柔らかい感触であり、まるでみかんの実を触っているかのような錯覚を受けた。
アベルが夢中になって触っていると不意に彼女の唇の中に指が入った。
-まずい！早く抜かなくては！- そう思い抜こうとするが彼女の唇から指が離れない。そればかりかアデルの指をしゃぶってきたのだ。
赤子のように唇をすぼめ、指に吸い付き丹念に舐めていた。女性経験がないアデルからしたらとてもつない快感であり、それだけでも体中の力が抜けていった。
しばらくすると、アデスが口をすぼめることをやめた。その瞬間彼女の口から指を引き抜いた。引き抜いた手には彼女の唾液がついていおり、月に照らされて妖艶に光っていた。
やっとのことで引き抜いたアデルは疲れ果てており、そのまま泥のように眠った。
そして翌朝彼女に叩き起こされた事は言うまでもない。
そしてあっという間に二週間が経ち、二人のお別れの日が来た。
二人はこれが最後になるかもしれないと思い、ベッドに座り話をしていた。
「...寂しくなるわね...。」
そうアデスが寂しく呟く。
「...そう、だね...。」
アベルもそう別れを惜しむように呟く。
「...荷物はまとめた？」
「いや、まだまとめてない...。」
「そう...。」
しばらく沈黙が続く。
「早くまとめなさいよ。日が暮れてしまうわ。」
「...実は、まだ迷ってることがあるんだ。」
アベルはそう呟いた。
「何を迷うことがあるの？これから貴方は荷物を持って次の町に行って、私も元の生活に戻る。それだけのことじゃない。」
「いや、そうじゃないんだ。」
アデルはアベルの言っている意味が分からなかった。
「...はっきり言うよ。僕はここに留まろうかと思っているんだ。」
その事を聞いたアデスは驚きを隠せなかった。
「何を言ってるの！？子供の頃から旅は夢だったとか言ってたじゃない！何処へでも行きなさいよ！こんな辛気くさいところ何かに留まら「辛気くさくなんかない！！」
彼女が言い終わる前にアベルは怒号をあげる。
「ごめん怒鳴ったりなんかして...。でもここは素晴らしい場所だよ。確かにここは世界よりかは狭い場所だし、僕の夢も叶えられない。でも、僕の夢よりも大切なものを見つけたんだ！」
そう言うとアデスの手を握る。
「え、ちょ！？アベル！？」
アデルの顔が赤くなる。
「それはアデル！君だ！僕は君に惚れてしまった！！君の全てに魅了されてしまった！もう君と離れたくない！だから僕と結婚してくれ！！」
渾身を込めて彼女にプロポーズをした。
「......。」
彼女は俯いたまま何も喋ろうとはしない。
「あー...。どうだった僕の渾身のプロポーズ...？だめだった...？」
アベルは不安になり彼女の様子を伺った時だった。不意に彼女は顔を上げてアベルの顔に近づいた。
「ッ！？」
次の瞬間アベルとアデスは唇を重ねていた。
「ん！？んん...んんん！」
アベルは激しく動揺した。キスなんかしたこともないし、何より好きな人が唐突にキスをしてきたことに驚いていた。
「んん...ん、ん....ぷはぁ！」
アベルの唇からアデスがやっと離れる。実際は数秒程度だったが、二人にとっては長い時間に思えた。
「はぁ...はぁ...。もう...そんなこと言ってぇ...。もう絶対離さないわよ！」
息絶え絶えに彼女は先ほどのプロポーズの返事をする。
「ああ...それでも良い。僕は君を好きになってしまったのだから...。」
アベルはアデスを抱きしめる。アデスもアベルの体に蛇の肢体を巻き付かせていく。
「...アデス・アデル...。」
不意にアデスがそう言う。
「え...？」
「アデス・アデル。私のフルネーム。あなたは...？」
「アベル・アッカーソン・・・。」
「じゃあ、よろしくね！アデル！」
「ああ、こちらこそ！」
そして二人はまた口づけを交わした。
13/11/19 18:18更新 / こりき