8.その瞳にうつるのは…
澄み切ったソラ…
どこまでも高くを見透かせる
彼方に見えるのは天の川か……
無数の星星の瞬き
雲ひとつない夜空にはそんな輝きしかない…
ヒュルルルル………
ドドォーン………
星の瞬きに混ざって赤銅色の光が瞬く
しかし、それは一瞬
瞬きのうちに闇に消える
ヒュルルルル………
ドドォーン………
赤き大輪の花
夜空に瞬いては消えていく…
「……くそっ!まだダメだ!」
夜空に浮かぶ花を見上げて悪態をつく男
打ち上げの筒にひとつひとつ尺玉を込めていく
そうして、また空に花を咲かせていくのだ
「…これは、あそこの星の飛び方が悪いな…」
彼は、花火師だった
名を、清次郎
ここは、辺りに人もいない山の中…
そこには大きな沼があり花火の練習をするのにうってつけだった
ひとつひとつ丁寧に作った花火玉…
それを、筒に入れて打ち上げるのだ
「今日はこのぐらいにしておこう……すっかり冷えてしまった…」
息を吐けば白くなる
今は真冬であった
空が澄み渡りよく見えるこの時期が一番の練習時だった
夏に開かれる街の納涼花火それに向けての調整
職人花火において、腕がよく名も知れていた
しかし、最近は評判が落ちていた
理由は、魔法花火…
人外の法によって編み出された花火
昔からの職人花火が、赤銅色しか出せないのに対して、色とりどりの花火は見る者を魅了した
動きも、まるで意思を持つかのように大空を飛び回る
その人々を魅了する魔法花火に彼は幾度も悔しい思いをしていた
とある日…
松炭を買いに街へとやってきた時だった
「よう清次郎!」
ふと見ると向こうから、清次郎と同じくらいの年恰好の男がやってきた
「…弥助か」
「なんだなんだ?かつて同じ師匠の下、技を競い合った仲だと言うのにつれない奴だな?」
「・・・何か用か?」
「いいや。向こうからお前が見えたんでちっと声掛けようと思っただけだ」
「・・・そうか」
「今日は街に何しに来たんだ?」
「…お前には関係ない」
「ふん。大方、松炭でも買いに来たのだろう?」
「・・・」
「お前、いつまで普通の花火を作っているんだ?」
「・・・」
「そんな、いつまで経っても進歩のない花火なんてやめちまえよ!」
「っ!」
「花火屋の仕事は、花火を見てくださる人々を愉しませることだろう?なのにお前の花火と来たら、単色で吹き上げ、打ち上げで大輪だけだろう?そんなんじゃ、人を愉しませるなんて言えねぇぞ?」
どこか憐れむような顔をする弥助…
「うるさい!!お前に何が判る!技を磨くのが嫌になって魔法花火に手を出した奴が!!」
「修行がいやになったんじゃない!俺は進歩を目指しただけだ!そんな先のないモンにいつまでもしがみ付いてるのが嫌なだけだ!だが、魔法花火には、夢がある!希望がある!未来がある!!俺達、花火師が望んで止まなかったものがある!赤銅色の単色しか出ない花火に華があるか?見栄えがあるか?吹き上げだけで人々が喜ぶか?打ち上げて大輪咲かすだけのモノで愉しめるのか?いいや。俺はそうは思わない。世に神通力とか魔法といったものがある。それらを使った花火を人々は諸手を上げて愉しんでいる姿がある!だからこそ、俺はやめたんだ!」
色鮮やかな魔法花火…それが上がると人々は喝采を上げた。それに何度も苦渋を飲まされていたのが頭を過ぎる
「お前はいままでの努力も師匠から受け継いだものもすべて無駄だったと言いたいのかよ!」
「無駄とまでは言わない。受け継いだモノがあったからこそ魔法花火に賭けようと思っただけだ!」
「職人の腕ではなく、術を込める術者の腕が持て囃されるようなもの花火と言えるのか?」
「少なくとも、今のお前の花火よりも人々は喜んでくれると思うが?」
「っ!!」
「お前も早く魔法花火に変えろよ。昔のよしみで今なら、お前に一人いい術者を紹介できるぞ?」
「そんなん!」
「まぁ聞け!彼女はな、お前が幼女好きになってくれればすぐにでも力を貸すといっているんだ。腕のいい術者を紹介するとも言っているぞ?悪い話ではあるまい?」
「幼女?」
「ああ。俺の相棒として来てもらった奴…今は俺の嫁の話によるとな…幼女好きな奴を増やそうとしてるとかで…?各方面に渡って布教してるらしいんだ。俺もなすっかりあのぺったんこなあいつに夢中になっちまったんだが・・・。とにかく、力を借りたいとか、もしくは幼女好きならば快く力を貸すそうだぜ?」
「断る!」
「まぁ、そう結論を急くな。よく考えることだ。夏の納涼祭までまだ時がある。よく考えることだぜ?」
そういうとかつての仲間は去っていった…
弥助とは、かつて同じ師匠の元で修行した仲であった
長い年月に渡る下積みからやっと尺玉の中に入れる“星”作りや玉作りをやらせてもらえたときはお互い本当に手を叩き合って喜んだものだ…
そんなあいつが魔法花火に手を出したという事実…
清次郎は、心に暗澹とした気持ちを抱えて街を後にした
その日の夜も、練習場に来ていた
昼のことが気になって手につかない…
「・・・っ」
なんとか準備だけでも…と思うのだが…
“先のないモン…”
“夢…希望…未来…”
“人々の喜ぶ姿…愉しみ…”
「・・・っ!弥助!お前はあの修行を…っ!」
すぐにでも捨てられるようなモノだったのかよ!!
もう俺の花火は駄目なのか?
喜ばれるものではないのか?
と…心が沈んでいく・・・
花火を打ち上げようと思っても、どうしてもやる気が起きない・・・
膝を抱えてぼぅっとしていた・・・
体が深深と冷え込むのも構わずにただただ考え込んでいると・・・
ふっと…急に体が温かくなった
「・・・?」
不思議に思って肩を見ると、蓑が掛けられていた
「・・・え?」
思わず振り向くと、誰かが立っていた
そして、何も言わずに走り去っていく
「待って!」
思わず大声を上げて呼び止めていた
その誰かさんは走るのやめた
「この蓑…ありがとう。お返しします…」
「・・・」
おずおずとこちらを向いたその人・・・
暗くてよく見えないが・・・
夜だというのに笠を被っているようだ
近くに寄って目を凝らしてみると…
笠の下から大きな瞳がひとつ…こちらを見ていた…
大きな瞳?
・・・
「っ?!」
理解した途端、声をあげそうになってしまった
「・・・」
大きな一つ目のひと・・・
その人は一言…
「…花火」
と言った
鈴の音のような可愛らしい声だった
「花火?」
「花火…」
「・・・」
「…いつも…見てる」
「え?」
「……」
「いつも?」
「…とても…きれい…」
「・・・」
この辺りには誰も住んではいないと思っていたが、彼女は見ていたという
「今日は…花火…しないの?」
「・・・」
「・・・」
「花火、見たい?」
「…うん」
「そうか…」
廃れ行くものかと気が沈んでいたが、まだまだ見たいと言ってくれる人はいるらしい
清次郎は、救われたような気がして準備をすることにした
「そこで、見ていてくれ。精魂かけて作っている花火を!」
ヒュルルルル………
ドドォーン………
赤き大輪の花
夜空に瞬いては消えていく…
一瞬の内に花開いては消えていく
少し離れたところで見ている彼女…
一時も逃すまいと夜空を見続ける大きな瞳
赤銅色の火の粉が映っては消えていく
ぽかんと口を開けたまま、花開くと笑顔になる彼女
悩みのことなど忘れて、彼女を見入っていた
あんなにも熱心に俺の花火を見入ってくれる者など本当に久しぶりだった
幼い頃、危ないからやめろと言われながらも屋根に上がって見続けた
あの時の感動が忘れらずにこの道を選んだ
修行をして、初めて打ち上げることが出来た花火…
綺麗だったと言ってくれた人々…
「もう一度…やってみるか」
僅かにもらった希望の光。花火を見たいという人はあそこではなくとも、もっと大勢いるはず…
華やかな魔法花火・・・
羨ましい
でも、こうしてこの花火を見たいと言ってくれる人はいる
綺麗だと言ってくれる人もいる
その人々のために頑張ってみよう・・・
それから彼女は日が暮れた後にやってきて、共に花火を見る…そんな日々が続いた
眩そうに…
楽しそうに…
見とれている姿
練習なんぞそっちのけで、彼女に見てもらう…ただそれだけでよかった
打ち上げる合間に話しかけると、少しずつ話をしてくれるようになっていた
一つ目の彼女は、名をユイと言った
人前に出るのは苦手で、人のいない山の中で鍛冶をしていると言う
ここより山一つ向こうに住んでいるらしい
日が暮れると、いつも決まった刻限に“どーん・・・どーん・・・”という音が聞こえてくる
何の音か?と気になった彼女は、山を越えてみることにしたそうだ
闇で見えなくなった足元を慎重に歩みながら、ふと夜空を見上げた時…その瞳に映った花火
とても感激したそうだ
以来、ここが見える山の片隅で眺めるのが彼女の日課になっていたそうだ
清次郎とユイの逢瀬…一緒に花火を愉しむ
彼女は本当に眩しそうに、楽しそうにしているのだ
花火の火縄に火を点けながら、無邪気に愉しむユイに次第に惹かれていった
「ユイのこと…もっと知りたい!」
ある日、清次郎は切り出してみた
「・・・」
「駄目かな?」
「・・・」
ユイの目が忙しなくあっちを見たりこっちを見たりしている
「・・・」
そうして俯くと一言…
「…う…ん」
恥ずかしそうに小さく返事をしてくれた
普段どんなことをしているのかとか聞くと、見てもらったほうが早いから…と、彼女の家へ呼ばれた
山一つ向こう…
そこだと言われなければ、見つからないような家があった
古い萱葺きの家…
屋根はしっかりと萱が葺かれていたが、蔓植物が覆い緑の山のようになってしまっている
中から出てきたユイ…
清次郎は、初めて日の下で彼女の容姿を見た
青い肌、一つ目で、その額にはちょこんとした角が生えている
藍色の着物を身に付け、黄色の帯がとてもよく似合っていた
それを見せたユイは自信なさげにうつむいている
「ユイ?」
「・・・」
うつむいたまま何も言わない
…もしかして普通の人と容姿が違うから見せたくないとか?
そんな気がした…
「ユイ。呼んでくれてありがとう」
「…うん…中に…」
家の中に導くユイ
囲炉裏に座るように勧めると、お茶の支度を始めた
赤々とした炭
鉄瓶が掛けられていて、薄く湯気を立てている
そんな支度の最中でもあまりこちらを見ようとしない…
顔を見られるのを嫌がるように俯きぎみだ
「ユイ。俺を見て?」
「…?」
ゆっくりとこちらを見るユイ
「俺は君に感謝してるんだ」
「・・・」
「あの日、君が来てくれなかったらあの寒空の下、凍え死んでいたかもしれない・・・」
「・・・」
「花火を綺麗と言ってくれた君…。あの時どんなに救われた気がしたか・・・」
そうして、落ち込んだことのあらましを聞かせた
彼女は黙ったまま何も言わない
ただ、じっとこちらを見て、耳を傾けていてくれている
聞き終わると、一言…
「…花火……きれいだった…。あなたの花火……わたし…もっと見たい…」
「ユイ!」
彼女を抱きしめていた
抵抗することなく受け容れるように抱きしめ返してくれるユイ
なんだか涙が出てきた
大きな瞳いっぱいに見つめる彼女
とても大切なような気がして、知らずに唇を奪っていた
口づけするとき、目を瞑ったけどずっと見つめられていたようだ
その後目を開いたら、驚いた顔をして頬を染めるのが可愛らしかった
その夜…
清次郎とユイはその身を重ねた
大きな瞳を潤ませて、頬を朱に染める
あまりしゃべらない彼女だが…やさしく微笑むそれはとても可愛らしかった
朝、目が覚めると、傍らにユイはいなかった
「ユイ?」
眠い目を擦りながら戸を開けると、もう日は高かった
伸びをして、いっぱいに空気を吸い込む
徐々に夜のことを思い出していた
拒むことなく受け容れてくれたユイ…
居間には、朝飯の支度をしている彼女がいた
青い布巾を被り、青い着物を着て赤い襷で袖を襷がけして微笑みながら朝飯を作るユイ
「おはよう」
「…おはよ」
じっとみていると、徐々に紅くなるその顔…
「…ご飯に…しよう…」
囲炉裏には、芋などが入った味噌汁がぐつぐつと煮えていた
ユイの手料理を、微笑む彼女とたべる朝ごはん
とてもおいしかった
朝食の後、彼女は鍛冶をするという
白装束に身を包み、火の神の神棚に祈りを捧げると、別人になったかのような引き締まった顔をして作業場に入っていった
カーン・・・カーン・・・
カンカンカンカン!!
作業場から響き渡る金属を叩く音・・・
後ろからなら見ていても良いと言っていたので、そっと中を窺う
中は整然としていた
壁一面にはなにに使うのか分からないような道具の数々。部屋の奥には轟々と音をたてる炉
炉のすぐ前には、叩き台
ユイは一心に、赤々と輝く金属片を叩いて形を整えている
飛び散る火の粉…
その様は、あの花火のようだった
時々、炉の中に炭を投げ入れる
赤々と緋色に燃える炉の中…
と…中で青く燃えるものがあるのに気が付いた
「…青い炎?…何が燃えている?なんだあれは?」
その後、青い炎を見続けた
ユイが、一息入れるのを待って聞いてみた
汗だくの彼女に冷たい濡れ布巾を差し入れる
「ユイ?訪ねたいことがあるんだ」
「?」
白装束がびっしょりと汗で濡れている
その透けた胸のふくらみに気恥ずかしさを感じて、あさっての方を見ながら聞いた
「炉の中…青く燃えていたモノがあったね。あれは何?」
「・・・」
首を少し傾け考える彼女
「・・・」
答えが出るまで辛抱強く待つ…
「…あれは…銅粉…です」
「どう…?」
「銅…の粉…です」
「銅は燃えるとあんな色になるの?」
「…はい」
…これは?もしかして…?
「ユイ!」
「?!」
「教えてくれ!他に、あの銅みたいに燃やすと色を出すものはあるのか?」
「…はい」
「本当かい?」
コクンと頷くユイ…
「教えてくれ!銅以外に色を出すものを!!」
ユイは、少しでも役に立つならと少しずつ教えてくれた
赤…黄…緑…青…白…と
「…わたしが…知っているの…これくらい…」
「ユイ!すごいよ!!すごいよ!ユイ!!」
思わず手を取って振っていた
これで花火を作ればあの魔法花火にひけは取らないだろう
みていろよ!!
褒めちぎると、真っ赤になってしまったユイ
そんな彼女に微笑みながら、どんな花火を作ってやろうかと心弾ませる清次郎だった
その夜…
「ユイ。ここで花火を打ち上げることは出来ないけど…」
そう言って懐から取り出したのは…
線香花火
庭先で、二人寄り添って火をつける
「わぁ♪きれい…」
パチパチと手元で爆ぜる
勢いよく爆ぜる様子に目を細めて楽しんでいる
勢いがなくなると名残惜しそう…
最後の火の玉が現れると、落ちないで…とじっと見つめているその様子…
「「あっ」」
二人同時に火の玉が落ちた
見事に同時に声が出たのに照れながら笑い合う
手持ちの線香花火が切れたとき、清次郎は言った
「ユイ。俺は、あんな花火に負けないすごい花火を作ってやる!見ていてくれ!」
「…うん」
多くを語らない彼女だが…その瞳は頑張ってと言っているようにやさしい目をしていた
それから、苦難の日々だった
色の出し方…
中に詰める星の飛び方…
今までにない職人花火を!と…
傍らには、ユイが…
清次郎は、彼女を心の支えに花火を作っていった
夏のある夜・・・
それは行われた
大川の畔で行われる納涼祭
大勢の人々が川に…橋に…舟に…押しかける
家々の屋根に上り楽しみにする者もいる
屋形船を使い酒のつまみに…と、する者も多かった
打ち上げの場は、魔法花火と職人花火と判れていた
先に職人花火、後に魔法花火と続く
花火の見た目・技などを見比べる為の審査がある
花火に魔法が紛れてはないかなどと厳しい審査があった
玉のすり替えがないように厳しい管理もされていた
職人花火の場へと向かうときに、清次郎は弥助に会った
「よう!やっぱりお前は職人花火か…術者を紹介するといっているのに魔法花火を蹴っちまうなんて正気じゃねぇな。まぁ、そんな廃れていくものが好きならいつまでも、そんなしみったれた花火に執着してろ!」
「・・・」
清次郎は何も言わない
「あばよ清次郎!俺はお前の花火を蔑みながら見るとしよう!」
と、去っていく弥助
「・・・弥助。俺はな、もう魔法とか職人とかそんなのはどうでも良いんだ。ただ見てもらいたい人がいるんだ…ただそれだけなんだよ」
心静かに呟く清次郎
その心は穏やかだった
清次郎は審査の術者達に念入りに見てもらった
後で、魔法花火だったのでは?と疑いを持たれるのが嫌だったからだ
打ち上げる順も職人花火の最後にしてもらった
「待っていろ?ユイ。お前のためだけに作った花火…。俺の想い受け取ってくれ!!」
街を見渡すことの出来る山の上…そこにいるであろうユイのことを思い浮べながらその時が来るのを待った
あらかた打ち終わり、清次郎の番となった
「ユイ…」
愛しい女の名を呼んで打ち上げ筒を撫でる
「見ていてくれ」
ポン!
軽い音と共に打ち出される花火
ヒュルルルル………
ドドォーン………
ある程度名の知れていた清次郎
どんな花火を打ち上げるのかと人々は見守った
花開いた花火に息を呑む人々
黄色ような白のような色をした大輪の花火が夜空に開いた
それは、菊の花が開いたようだった
間髪いれずに打ち上げられる花火…
赤…緑…青く…
そんな花火が次々に打ち上がる
赤い花びらに黄色いおしべを思わせるような赤と黄色二重になった牡丹のような花火
まるで、柳の木が風になびくかのような緑の線が空から地へと伸びる花火
決して、魔法花火に負けるものではなかった
これは、魔法花火では?と息をまく者もいたが、審査の術者が入念に鑑定したことが伝えられるとその技と心意気に驚いたようだった
実際、魔法花火に手を出してしまう者は多かった
あくまでも、職人花火にこだわったその花火…
最後の一発…
清次郎は、祈るような気持ちで火縄に火をつけた
打ち上げられたその花火には、ユイに教えてもらった鉱物
それらが順に花開く
赤・黄・緑・青・白…
そして…
止めとばかりに小さく飛び散るかのような星が瞬く
それは、あの夜二人でやった線香花火の瞬きだった
「ユイ・・・見ているか?俺が今ここで打ち上げられているのも君あってのことだ。ありがとう」
深い感謝と愛しているぞと…
清次郎は、この色の出せる鉱物のことを他の職人達に教えた
魔法花火に押されて悔しい思いをしていた職人達…
それは、彼らの再出発だった
こうして、職人花火も魔法花火も共に隆盛していく
その後、色鮮やかで工夫を凝らした花火が夜空を彩る
その輝きは魔法花火に負けないくらい
そんな花火が各地の空を彩る
空を見上げる人々の顔を笑顔にする
その花火師は、請われればどんな辺境でも行くという
見てくれる人のもとへと…
楽しみにしてくれる人のもとへと…
そして彼の傍らには、いつも一つ目のひとが寄り添っているという…
どこまでも高くを見透かせる
彼方に見えるのは天の川か……
無数の星星の瞬き
雲ひとつない夜空にはそんな輝きしかない…
ヒュルルルル………
ドドォーン………
星の瞬きに混ざって赤銅色の光が瞬く
しかし、それは一瞬
瞬きのうちに闇に消える
ヒュルルルル………
ドドォーン………
赤き大輪の花
夜空に瞬いては消えていく…
「……くそっ!まだダメだ!」
夜空に浮かぶ花を見上げて悪態をつく男
打ち上げの筒にひとつひとつ尺玉を込めていく
そうして、また空に花を咲かせていくのだ
「…これは、あそこの星の飛び方が悪いな…」
彼は、花火師だった
名を、清次郎
ここは、辺りに人もいない山の中…
そこには大きな沼があり花火の練習をするのにうってつけだった
ひとつひとつ丁寧に作った花火玉…
それを、筒に入れて打ち上げるのだ
「今日はこのぐらいにしておこう……すっかり冷えてしまった…」
息を吐けば白くなる
今は真冬であった
空が澄み渡りよく見えるこの時期が一番の練習時だった
夏に開かれる街の納涼花火それに向けての調整
職人花火において、腕がよく名も知れていた
しかし、最近は評判が落ちていた
理由は、魔法花火…
人外の法によって編み出された花火
昔からの職人花火が、赤銅色しか出せないのに対して、色とりどりの花火は見る者を魅了した
動きも、まるで意思を持つかのように大空を飛び回る
その人々を魅了する魔法花火に彼は幾度も悔しい思いをしていた
とある日…
松炭を買いに街へとやってきた時だった
「よう清次郎!」
ふと見ると向こうから、清次郎と同じくらいの年恰好の男がやってきた
「…弥助か」
「なんだなんだ?かつて同じ師匠の下、技を競い合った仲だと言うのにつれない奴だな?」
「・・・何か用か?」
「いいや。向こうからお前が見えたんでちっと声掛けようと思っただけだ」
「・・・そうか」
「今日は街に何しに来たんだ?」
「…お前には関係ない」
「ふん。大方、松炭でも買いに来たのだろう?」
「・・・」
「お前、いつまで普通の花火を作っているんだ?」
「・・・」
「そんな、いつまで経っても進歩のない花火なんてやめちまえよ!」
「っ!」
「花火屋の仕事は、花火を見てくださる人々を愉しませることだろう?なのにお前の花火と来たら、単色で吹き上げ、打ち上げで大輪だけだろう?そんなんじゃ、人を愉しませるなんて言えねぇぞ?」
どこか憐れむような顔をする弥助…
「うるさい!!お前に何が判る!技を磨くのが嫌になって魔法花火に手を出した奴が!!」
「修行がいやになったんじゃない!俺は進歩を目指しただけだ!そんな先のないモンにいつまでもしがみ付いてるのが嫌なだけだ!だが、魔法花火には、夢がある!希望がある!未来がある!!俺達、花火師が望んで止まなかったものがある!赤銅色の単色しか出ない花火に華があるか?見栄えがあるか?吹き上げだけで人々が喜ぶか?打ち上げて大輪咲かすだけのモノで愉しめるのか?いいや。俺はそうは思わない。世に神通力とか魔法といったものがある。それらを使った花火を人々は諸手を上げて愉しんでいる姿がある!だからこそ、俺はやめたんだ!」
色鮮やかな魔法花火…それが上がると人々は喝采を上げた。それに何度も苦渋を飲まされていたのが頭を過ぎる
「お前はいままでの努力も師匠から受け継いだものもすべて無駄だったと言いたいのかよ!」
「無駄とまでは言わない。受け継いだモノがあったからこそ魔法花火に賭けようと思っただけだ!」
「職人の腕ではなく、術を込める術者の腕が持て囃されるようなもの花火と言えるのか?」
「少なくとも、今のお前の花火よりも人々は喜んでくれると思うが?」
「っ!!」
「お前も早く魔法花火に変えろよ。昔のよしみで今なら、お前に一人いい術者を紹介できるぞ?」
「そんなん!」
「まぁ聞け!彼女はな、お前が幼女好きになってくれればすぐにでも力を貸すといっているんだ。腕のいい術者を紹介するとも言っているぞ?悪い話ではあるまい?」
「幼女?」
「ああ。俺の相棒として来てもらった奴…今は俺の嫁の話によるとな…幼女好きな奴を増やそうとしてるとかで…?各方面に渡って布教してるらしいんだ。俺もなすっかりあのぺったんこなあいつに夢中になっちまったんだが・・・。とにかく、力を借りたいとか、もしくは幼女好きならば快く力を貸すそうだぜ?」
「断る!」
「まぁ、そう結論を急くな。よく考えることだ。夏の納涼祭までまだ時がある。よく考えることだぜ?」
そういうとかつての仲間は去っていった…
弥助とは、かつて同じ師匠の元で修行した仲であった
長い年月に渡る下積みからやっと尺玉の中に入れる“星”作りや玉作りをやらせてもらえたときはお互い本当に手を叩き合って喜んだものだ…
そんなあいつが魔法花火に手を出したという事実…
清次郎は、心に暗澹とした気持ちを抱えて街を後にした
その日の夜も、練習場に来ていた
昼のことが気になって手につかない…
「・・・っ」
なんとか準備だけでも…と思うのだが…
“先のないモン…”
“夢…希望…未来…”
“人々の喜ぶ姿…愉しみ…”
「・・・っ!弥助!お前はあの修行を…っ!」
すぐにでも捨てられるようなモノだったのかよ!!
もう俺の花火は駄目なのか?
喜ばれるものではないのか?
と…心が沈んでいく・・・
花火を打ち上げようと思っても、どうしてもやる気が起きない・・・
膝を抱えてぼぅっとしていた・・・
体が深深と冷え込むのも構わずにただただ考え込んでいると・・・
ふっと…急に体が温かくなった
「・・・?」
不思議に思って肩を見ると、蓑が掛けられていた
「・・・え?」
思わず振り向くと、誰かが立っていた
そして、何も言わずに走り去っていく
「待って!」
思わず大声を上げて呼び止めていた
その誰かさんは走るのやめた
「この蓑…ありがとう。お返しします…」
「・・・」
おずおずとこちらを向いたその人・・・
暗くてよく見えないが・・・
夜だというのに笠を被っているようだ
近くに寄って目を凝らしてみると…
笠の下から大きな瞳がひとつ…こちらを見ていた…
大きな瞳?
・・・
「っ?!」
理解した途端、声をあげそうになってしまった
「・・・」
大きな一つ目のひと・・・
その人は一言…
「…花火」
と言った
鈴の音のような可愛らしい声だった
「花火?」
「花火…」
「・・・」
「…いつも…見てる」
「え?」
「……」
「いつも?」
「…とても…きれい…」
「・・・」
この辺りには誰も住んではいないと思っていたが、彼女は見ていたという
「今日は…花火…しないの?」
「・・・」
「・・・」
「花火、見たい?」
「…うん」
「そうか…」
廃れ行くものかと気が沈んでいたが、まだまだ見たいと言ってくれる人はいるらしい
清次郎は、救われたような気がして準備をすることにした
「そこで、見ていてくれ。精魂かけて作っている花火を!」
ヒュルルルル………
ドドォーン………
赤き大輪の花
夜空に瞬いては消えていく…
一瞬の内に花開いては消えていく
少し離れたところで見ている彼女…
一時も逃すまいと夜空を見続ける大きな瞳
赤銅色の火の粉が映っては消えていく
ぽかんと口を開けたまま、花開くと笑顔になる彼女
悩みのことなど忘れて、彼女を見入っていた
あんなにも熱心に俺の花火を見入ってくれる者など本当に久しぶりだった
幼い頃、危ないからやめろと言われながらも屋根に上がって見続けた
あの時の感動が忘れらずにこの道を選んだ
修行をして、初めて打ち上げることが出来た花火…
綺麗だったと言ってくれた人々…
「もう一度…やってみるか」
僅かにもらった希望の光。花火を見たいという人はあそこではなくとも、もっと大勢いるはず…
華やかな魔法花火・・・
羨ましい
でも、こうしてこの花火を見たいと言ってくれる人はいる
綺麗だと言ってくれる人もいる
その人々のために頑張ってみよう・・・
それから彼女は日が暮れた後にやってきて、共に花火を見る…そんな日々が続いた
眩そうに…
楽しそうに…
見とれている姿
練習なんぞそっちのけで、彼女に見てもらう…ただそれだけでよかった
打ち上げる合間に話しかけると、少しずつ話をしてくれるようになっていた
一つ目の彼女は、名をユイと言った
人前に出るのは苦手で、人のいない山の中で鍛冶をしていると言う
ここより山一つ向こうに住んでいるらしい
日が暮れると、いつも決まった刻限に“どーん・・・どーん・・・”という音が聞こえてくる
何の音か?と気になった彼女は、山を越えてみることにしたそうだ
闇で見えなくなった足元を慎重に歩みながら、ふと夜空を見上げた時…その瞳に映った花火
とても感激したそうだ
以来、ここが見える山の片隅で眺めるのが彼女の日課になっていたそうだ
清次郎とユイの逢瀬…一緒に花火を愉しむ
彼女は本当に眩しそうに、楽しそうにしているのだ
花火の火縄に火を点けながら、無邪気に愉しむユイに次第に惹かれていった
「ユイのこと…もっと知りたい!」
ある日、清次郎は切り出してみた
「・・・」
「駄目かな?」
「・・・」
ユイの目が忙しなくあっちを見たりこっちを見たりしている
「・・・」
そうして俯くと一言…
「…う…ん」
恥ずかしそうに小さく返事をしてくれた
普段どんなことをしているのかとか聞くと、見てもらったほうが早いから…と、彼女の家へ呼ばれた
山一つ向こう…
そこだと言われなければ、見つからないような家があった
古い萱葺きの家…
屋根はしっかりと萱が葺かれていたが、蔓植物が覆い緑の山のようになってしまっている
中から出てきたユイ…
清次郎は、初めて日の下で彼女の容姿を見た
青い肌、一つ目で、その額にはちょこんとした角が生えている
藍色の着物を身に付け、黄色の帯がとてもよく似合っていた
それを見せたユイは自信なさげにうつむいている
「ユイ?」
「・・・」
うつむいたまま何も言わない
…もしかして普通の人と容姿が違うから見せたくないとか?
そんな気がした…
「ユイ。呼んでくれてありがとう」
「…うん…中に…」
家の中に導くユイ
囲炉裏に座るように勧めると、お茶の支度を始めた
赤々とした炭
鉄瓶が掛けられていて、薄く湯気を立てている
そんな支度の最中でもあまりこちらを見ようとしない…
顔を見られるのを嫌がるように俯きぎみだ
「ユイ。俺を見て?」
「…?」
ゆっくりとこちらを見るユイ
「俺は君に感謝してるんだ」
「・・・」
「あの日、君が来てくれなかったらあの寒空の下、凍え死んでいたかもしれない・・・」
「・・・」
「花火を綺麗と言ってくれた君…。あの時どんなに救われた気がしたか・・・」
そうして、落ち込んだことのあらましを聞かせた
彼女は黙ったまま何も言わない
ただ、じっとこちらを見て、耳を傾けていてくれている
聞き終わると、一言…
「…花火……きれいだった…。あなたの花火……わたし…もっと見たい…」
「ユイ!」
彼女を抱きしめていた
抵抗することなく受け容れるように抱きしめ返してくれるユイ
なんだか涙が出てきた
大きな瞳いっぱいに見つめる彼女
とても大切なような気がして、知らずに唇を奪っていた
口づけするとき、目を瞑ったけどずっと見つめられていたようだ
その後目を開いたら、驚いた顔をして頬を染めるのが可愛らしかった
その夜…
清次郎とユイはその身を重ねた
大きな瞳を潤ませて、頬を朱に染める
あまりしゃべらない彼女だが…やさしく微笑むそれはとても可愛らしかった
朝、目が覚めると、傍らにユイはいなかった
「ユイ?」
眠い目を擦りながら戸を開けると、もう日は高かった
伸びをして、いっぱいに空気を吸い込む
徐々に夜のことを思い出していた
拒むことなく受け容れてくれたユイ…
居間には、朝飯の支度をしている彼女がいた
青い布巾を被り、青い着物を着て赤い襷で袖を襷がけして微笑みながら朝飯を作るユイ
「おはよう」
「…おはよ」
じっとみていると、徐々に紅くなるその顔…
「…ご飯に…しよう…」
囲炉裏には、芋などが入った味噌汁がぐつぐつと煮えていた
ユイの手料理を、微笑む彼女とたべる朝ごはん
とてもおいしかった
朝食の後、彼女は鍛冶をするという
白装束に身を包み、火の神の神棚に祈りを捧げると、別人になったかのような引き締まった顔をして作業場に入っていった
カーン・・・カーン・・・
カンカンカンカン!!
作業場から響き渡る金属を叩く音・・・
後ろからなら見ていても良いと言っていたので、そっと中を窺う
中は整然としていた
壁一面にはなにに使うのか分からないような道具の数々。部屋の奥には轟々と音をたてる炉
炉のすぐ前には、叩き台
ユイは一心に、赤々と輝く金属片を叩いて形を整えている
飛び散る火の粉…
その様は、あの花火のようだった
時々、炉の中に炭を投げ入れる
赤々と緋色に燃える炉の中…
と…中で青く燃えるものがあるのに気が付いた
「…青い炎?…何が燃えている?なんだあれは?」
その後、青い炎を見続けた
ユイが、一息入れるのを待って聞いてみた
汗だくの彼女に冷たい濡れ布巾を差し入れる
「ユイ?訪ねたいことがあるんだ」
「?」
白装束がびっしょりと汗で濡れている
その透けた胸のふくらみに気恥ずかしさを感じて、あさっての方を見ながら聞いた
「炉の中…青く燃えていたモノがあったね。あれは何?」
「・・・」
首を少し傾け考える彼女
「・・・」
答えが出るまで辛抱強く待つ…
「…あれは…銅粉…です」
「どう…?」
「銅…の粉…です」
「銅は燃えるとあんな色になるの?」
「…はい」
…これは?もしかして…?
「ユイ!」
「?!」
「教えてくれ!他に、あの銅みたいに燃やすと色を出すものはあるのか?」
「…はい」
「本当かい?」
コクンと頷くユイ…
「教えてくれ!銅以外に色を出すものを!!」
ユイは、少しでも役に立つならと少しずつ教えてくれた
赤…黄…緑…青…白…と
「…わたしが…知っているの…これくらい…」
「ユイ!すごいよ!!すごいよ!ユイ!!」
思わず手を取って振っていた
これで花火を作ればあの魔法花火にひけは取らないだろう
みていろよ!!
褒めちぎると、真っ赤になってしまったユイ
そんな彼女に微笑みながら、どんな花火を作ってやろうかと心弾ませる清次郎だった
その夜…
「ユイ。ここで花火を打ち上げることは出来ないけど…」
そう言って懐から取り出したのは…
線香花火
庭先で、二人寄り添って火をつける
「わぁ♪きれい…」
パチパチと手元で爆ぜる
勢いよく爆ぜる様子に目を細めて楽しんでいる
勢いがなくなると名残惜しそう…
最後の火の玉が現れると、落ちないで…とじっと見つめているその様子…
「「あっ」」
二人同時に火の玉が落ちた
見事に同時に声が出たのに照れながら笑い合う
手持ちの線香花火が切れたとき、清次郎は言った
「ユイ。俺は、あんな花火に負けないすごい花火を作ってやる!見ていてくれ!」
「…うん」
多くを語らない彼女だが…その瞳は頑張ってと言っているようにやさしい目をしていた
それから、苦難の日々だった
色の出し方…
中に詰める星の飛び方…
今までにない職人花火を!と…
傍らには、ユイが…
清次郎は、彼女を心の支えに花火を作っていった
夏のある夜・・・
それは行われた
大川の畔で行われる納涼祭
大勢の人々が川に…橋に…舟に…押しかける
家々の屋根に上り楽しみにする者もいる
屋形船を使い酒のつまみに…と、する者も多かった
打ち上げの場は、魔法花火と職人花火と判れていた
先に職人花火、後に魔法花火と続く
花火の見た目・技などを見比べる為の審査がある
花火に魔法が紛れてはないかなどと厳しい審査があった
玉のすり替えがないように厳しい管理もされていた
職人花火の場へと向かうときに、清次郎は弥助に会った
「よう!やっぱりお前は職人花火か…術者を紹介するといっているのに魔法花火を蹴っちまうなんて正気じゃねぇな。まぁ、そんな廃れていくものが好きならいつまでも、そんなしみったれた花火に執着してろ!」
「・・・」
清次郎は何も言わない
「あばよ清次郎!俺はお前の花火を蔑みながら見るとしよう!」
と、去っていく弥助
「・・・弥助。俺はな、もう魔法とか職人とかそんなのはどうでも良いんだ。ただ見てもらいたい人がいるんだ…ただそれだけなんだよ」
心静かに呟く清次郎
その心は穏やかだった
清次郎は審査の術者達に念入りに見てもらった
後で、魔法花火だったのでは?と疑いを持たれるのが嫌だったからだ
打ち上げる順も職人花火の最後にしてもらった
「待っていろ?ユイ。お前のためだけに作った花火…。俺の想い受け取ってくれ!!」
街を見渡すことの出来る山の上…そこにいるであろうユイのことを思い浮べながらその時が来るのを待った
あらかた打ち終わり、清次郎の番となった
「ユイ…」
愛しい女の名を呼んで打ち上げ筒を撫でる
「見ていてくれ」
ポン!
軽い音と共に打ち出される花火
ヒュルルルル………
ドドォーン………
ある程度名の知れていた清次郎
どんな花火を打ち上げるのかと人々は見守った
花開いた花火に息を呑む人々
黄色ような白のような色をした大輪の花火が夜空に開いた
それは、菊の花が開いたようだった
間髪いれずに打ち上げられる花火…
赤…緑…青く…
そんな花火が次々に打ち上がる
赤い花びらに黄色いおしべを思わせるような赤と黄色二重になった牡丹のような花火
まるで、柳の木が風になびくかのような緑の線が空から地へと伸びる花火
決して、魔法花火に負けるものではなかった
これは、魔法花火では?と息をまく者もいたが、審査の術者が入念に鑑定したことが伝えられるとその技と心意気に驚いたようだった
実際、魔法花火に手を出してしまう者は多かった
あくまでも、職人花火にこだわったその花火…
最後の一発…
清次郎は、祈るような気持ちで火縄に火をつけた
打ち上げられたその花火には、ユイに教えてもらった鉱物
それらが順に花開く
赤・黄・緑・青・白…
そして…
止めとばかりに小さく飛び散るかのような星が瞬く
それは、あの夜二人でやった線香花火の瞬きだった
「ユイ・・・見ているか?俺が今ここで打ち上げられているのも君あってのことだ。ありがとう」
深い感謝と愛しているぞと…
清次郎は、この色の出せる鉱物のことを他の職人達に教えた
魔法花火に押されて悔しい思いをしていた職人達…
それは、彼らの再出発だった
こうして、職人花火も魔法花火も共に隆盛していく
その後、色鮮やかで工夫を凝らした花火が夜空を彩る
その輝きは魔法花火に負けないくらい
そんな花火が各地の空を彩る
空を見上げる人々の顔を笑顔にする
その花火師は、請われればどんな辺境でも行くという
見てくれる人のもとへと…
楽しみにしてくれる人のもとへと…
そして彼の傍らには、いつも一つ目のひとが寄り添っているという…
11/05/28 22:33更新 / 茶の頃
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