連載小説
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9.やってきた福猫
雨が降っていた

ザァァァーーーー

大粒の雨が降りしきる
目の前を通り過ぎる白い筋
そんな中、林の中の細い道をずぶ濡れになりながらも傘を持って歩く者がいた
手に持つ傘はその雨ををうけ、滝のように水を受け流している

吹き付ける雨に色のあせた紋付羽織…黒い着流しはぐっしょりと濡れていた
男は街の同心で、矢崎平次郎といった
今日は街のはずれに用があったのでそこに行った帰りであった

相変わらずの豪雨
時折、暴風を伴って吹き付ける
辺りの木々は大きくしなり、その猛威を受け流している

ニィ・・・ニィ・・・

そんな時、耳の奥で何かが聞こえた気がした
豪雨が傘にあたる音と吹き付ける風の音…
細い道は川と化し、ビチャビチャと水が跳ねる

ミィ・・・

「?」
やはり何かが聞こえた
こんな日のこんな所で?
声の聞こえたところで耳を澄ます…

ミィ…

…やはり聞こえる
何かを待つような…心細いようなそんな声…
辺りを探す

声の主は、一匹の子猫であった
子猫は、木の根元にあった洞の中で鳴いていた
母親の姿はなく
一人ぽつんと、寒さに震え洞の中にまで入ってくる風雨に耐えていた
洞の先にかがんで手を差し出すと、驚いたのか逃げるように洞の奥で丸まってしまった
しばらく、手を差し出したままにしておくと何もしないということが分かったのかこちらに寄ってきた
手先をくんくんと鼻をつけて匂いを嗅いだ後、ちろっと舐めた…
怖がらせないように、掬うように手に持ってやる
両手で抱えるように持ってやると、やはり不安そうな瞳を向けた

「おまえ、一人か?」
“ミィ…”
「うちに来るか?」
“ミィ…”
問いに答えたわけではなかったろうが、このままにしておくのも…と思い、連れて帰ることにした
つぶらな瞳が見上げている
雨に濡れたその体はぶるぶると震えてしまっていた
持っていた手拭いでその体を拭いてやり、着物の前を少し開いて懐に抱きかかえてやると安心したかのような声を出した
素肌の温かさに安心したのか、街に付く頃には可愛らしい寝顔を見せていた

この大雨と、子猫を抱えたままではお役目は出来ぬと一旦家に帰ることにした
バシャバシャと水はけの悪い道を歩きながら家へと帰る

「…さてと、きちんと身を拭いてやって布団で寝かせてやらんとな…」
小さな三毛の猫
安心しきったようなその寝顔…
彼は、その寝顔に心癒されながら布団を掛けてやるのであった・・・

それが、この猫との出会いであった

その次の日、雨が止んだ
半ば強引に連れて来てしまったと、子猫をあの洞のところに戻してやることにした
「おまえは、母の元へ帰れ」
“ミィ・・・”
手を放そうとすると降りたくないとばかりにこちらを振り返り鳴く
「どうした?母の元へ帰りたくないのか?」
“ミィ・・・”
・・・首元を掴んで下ろしてやる
“ミィ…ミィミィ…”
こちらをいっぱいに見上げてミィミィ鳴く子猫
「ではな…」
後ろ髪を引かれる思いだったが・・・踵を返す
ミィミィミィィィ…!
さっきまでの声と違った大きな鳴き声
振り向くと、精一杯こちらを向いて、一生懸命こちらに歩んでくる子猫がいた
「おまえ・・・」
“ミィィ”
その瞳は潤んでいる
行かないでとばかりに、鳴く子猫
手を差し出すとぺろぺろと舐めだした
「家なんかで良いのか?」
“ミィ…”
懐に抱いてやると安心したかのような顔をして見上げている
うちに来るならば名を付けてやらぬとなと思う…
ミィと鳴くので、この猫の名を“みぃ”とした
手元に良い鈴がなかったために、普段いつも身に付けていたお守りの鈴をその首につけてやった

こうして、家に一匹の猫がやってきた
一緒に暮らしだすと、とても懐いた
昼はふらりとどこかへと行き、帰ってきて平次郎が胡坐をかいているとその上で丸まる
寝ると布団の中へともぐりこんできて、寒いと懐の中へと潜り込んで来る。そんな猫だった

一匹の猫が来たとは言え相変わらず、冴えない同心暮らし…
一人身故、爪に火を灯すような貧乏をしていると言うわけではなかったが…そんな暮らしも何とかしたいと思うようになっていた

ある日…

奉行所仲間の、佐伯叉十郎という男が家にやってきた
奉行所仲間といっても、佐伯は与力
身分は上だ
「よう!相変わらずの貧乏だな」
「来て早々それですか…」
「なに、元気そうでなにより…」
「何かご用ですか?」
「他人行儀はよせ。奉行所以外では俺もお前も身分などない。一緒に道場に通った仲ではないか」
二人はその昔、同じ道場に通い、身分関係なく兄弟のように接していた
「そう言ってもな…それで?なに用なのだ?」
「うむ。実はな…お前もそろそろ嫁でも貰ったらと思ってな」
「よせよせ!こんな貧乏同心のとこに来ようなどと言う女子が居るものか!」
「そうでもないぞ?美人で、気立てよし…そして、家柄も悪くはない。いい話だと思うが?」
うまい話には必ず裏がある…
「その裏はどうなっておるのだ?」
「うむ…」
黙ってしまった佐伯。どう話したものかと思案している…そんな様子からやはり尋常のことではないなと思う…
しばらく待っていると考えが纏まったのか話し出した
「…その者は、とあるお家に嫁いだのだが…家宝の香炉をなくしてしまったらしくての。それで、離縁を申し渡されたらしいのよ」
「…香炉一つでか?」
「なんでも、古の大陸より伝わり代々受け継いできた物らしいのだ。そして、その家へと入った途端に奇妙なことが起きるようになったとか・・・」
「単に、家の者達の不注意なのではないのか?」
「…そうだと良いのだが…。香炉はもちろん、蔵の中へと納められていた刀や甲冑、古物の類が忽然と姿を消したと言う」
「確かにそれは妙な話よな。その者が横流しを働いたと言わんがごとくではないか」
「うむ。家人によれば、彼女が嫁いだ途端にこのことが発覚、彼女の誠のほどを見極めてと言いながら結局、離縁させられてしまったのよ」
「なんと。…で?奉行所の方には訴えられているのか?」
「いや。奇妙なことになにも…彼女も離縁だけで訴えられているわけでもない。されど、彼女のお家は離縁されたと言う事と出戻りの烙印を娘につけさせとうないと云う事でな。私に誰か良い者は居らぬかと白羽を立ててきたのよ」
「・・・で、貧乏な俺のことを思い出したということか」
「そうだ。悪い話ではあるまい?そろそろお前も…」

ちりん…
   ミィ…

そんな話をしていると、いつ戻ったのかみぃが部屋に入ってきた

「おまえ、猫を飼いだしたのか。ならばやはり嫁をもらえ。内心に寂しさが募っているのではないのか?あるのだろう?」
「いや、大雨の日に雨に打たれて寒そうにしていたのでな、雨を拭いて温めてやったら居ついてしまったのよ」
胡坐の上に丸まるみぃ…
その耳は話を聞くかのようにぴくぴくと動いている
「嫁をもらえ。されば、寂しさを感じることはなくなるぞ?それに、この家は奉行所に顔が利く…出世もできよう。彼女の家からも付け届けが届く。悪い話ではあるまい?」
「・・・考えさせてもらおう」
「あまり、時はないぞ?」
そう言って、佐伯は帰っていった

「あいつ…俺に嫁をと勧めてきたぞ…みぃ」
“ミィ…”
つぶらな瞳で見上げるみぃ…
みぃの頭を撫でながら言った
「俺は、そんな者娶る気はない。それに、出世だってそんなものに頼らずに己が手柄でしたいものだ」
“ミィ…”
「手柄をあげれば、お前にうまいものを食わせてもやれるしな」
“ミィ!”
“うまいもの”に反応したのか笑顔のような明るい顔をしたみぃ
そんなみぃに和みながら、その場に横になる平次郎だった・・・




ある日…
ある大店が大騒ぎになった
『ない!ないないない!!』
『ここにあった青磁の壷も、手に入れるのが困難だった絵巻も…どこにもない!!』
盗難であった
市中の同心たちがこの店に来て見ると、高価なものを入れて置いたという蔵の中から品々が消えたらしい
蔵の鍵は掛かっており、どこにも不審はなかったという…
蔵の中からは、同心たちが奇妙なものを見つけた

“またたびの美耶 参上”

そんな張り紙だった
朱で書かれたその紙…
皆、頭を捻った
そんな賊は聞いたことがなかった


その後も、“またたびの美耶”は街中を荒らすようになっていた
前日、異常のないことを確認しながら、翌朝には金品が盗まれ、あの張り紙が張られている
大店に限らず、小さな店も武家屋敷にまで被害はあった

町方の必死の探索に関わらず、その網目を潜り抜けるかのように“またたび”は盗みを働くのだ…
質屋や古物屋などに探りを入れても盗品が持ち込まれたということもない
時々、こそ泥がどこからか盗品を持ち込んで通報されると言ったことぐらいしか、これといって動きはなかった
街の外に持ち出された可能性を考えて、街道筋、川筋などにも目を光らせて探索にあたったが…これと言って特に目ぼしいものはなかった
平次郎も探索に刈りだされていたが、特にこれといった成果もなく、他の者達同様無駄足に終わっていた…



平次郎は最近少し悩み…?いや、少々もどかしく思うことがあった
最近、みぃがつれないのだ
忙しくしている為、構ってやれないからなのか?
前までは、夜になると一緒に布団へと入りいつの間にか懐へと潜り込んでいるのにいないのだ
どこをほっつき歩いているのか、朝帰りで蜘蛛の巣を体にたくさん付け埃だらけで帰ってくることも多い
猫のすること故いちいち気に留めることも無いのだが…あんなに懐いていたのに…心配であった
今日も朝帰りだった
「みぃ!まったくどこ行っているんだ?そんな埃まみれで…」
“ミィ…”
しゅんとうな垂れたみぃを掴むと、水を容れた桶に入れわしゃわしゃと洗ってやる
「ミィ!ミィミィミィィィ!!」
「水が嫌ならそんなに汚れて帰ってくるんじゃない。お前はいつも俺の懐に入ろうとするからなよく洗ってやらんと!」
「ミィィィィ!!」
みぃの悲鳴・・・
洗い終わってしっかりと拭きとってやると泣き顔をしていた
すぐに懐へと入れてやる
懐であやすように撫でていてやるとすぐに寝息をたて始める
疲れていたようだ・・・
まったく、心配をかける奴だ
深く寝ているのを確認すると布団へと入れてやり、そのまま奉行所へと行く平次郎であった


奉行所では、朝であるのに騒然としていた
聞けば、また“またたびの美耶”が出たと言う
今度は武家屋敷が2軒ほどであった

「おう!平次郎いいとこに来た!」
声の主を探すと佐伯叉十郎だった
「佐伯…様。どうなされました?」
「今度のまたたびは武家屋敷にでた。しかも続けて2軒だぞ」
廊下の片隅に寄ると、佐伯は声を落として言った
「らしいな」
「でだ。前に縁談があると言ったな?」
「ああ。・・・まさか?」
「そのまさかだ!片方はあのお家だよ」
「かの家には、まだ高価なものがあったのか?」
「聞くところによればそうらしいのだが・・・」
言葉を濁した佐伯・・・
「どうした?」
「うむ…。盗まれたと言っているものに、前に盗まれたものの名があったのだ」
「?」
「つまりだ、前に盗まれたものもまたたびのせいにする腹らしいのだ」
「はぁ?なぜそんなことを?」
「わからん。とにかく、またたびの札が蔵にあったらしい」
「盗まれたと言う事実を…いや、屋敷に前にも盗人が入り込み金品を盗まれたと言うことを隠す為か・・・世間が騒いでいるうちにこの騒ぎに乗じる腹積もりか・・・くだらん」
吐き捨てるように平次郎は言った
「・・・さよう」
酒を飲んで、ふたり 武家の汚さとその潔癖さにあきれを通り越して憐れに思うのだった









夜、人通りが途絶えた頃・・・
一つ…
黒い影があった
その影は音もなくまるで、疾風のように走っていく
突然、その影が宙に浮いた
地から一気に飛び上がり、武家屋敷の塀の上を飛び越え中に消えていった・・・








「ふう・・・。またたびの奴め。こんな夜中にも探索しなくてはならなくしおって!これでは、みぃの寝顔を楽しみながら寝ることも叶わん・・・。ずずずずぅ・・・」
橋の袂にあった蕎麦の屋台で蕎麦を啜っている時であった

ピーーーゥ
  ピーーーー
    ピーーーー!!

どこからともなく呼子の音が聞こえてきた
「うっ!!ごほっ!!…っっっ!!…オヤジ!!勘定!ここに置くぞ?」
「へぃ毎度!」
呼子の音のする方へと咽ながらも急いで向かう

「どこだ?この方角は…武家の多くある方だが…?」
向こうの通りに役人や提灯を持った者達が走っていくのが見える
それに後れぬようにひた走った

「賊はどこですか!!」
「おう!矢崎!どうやら、またたびはこの屋敷に忍び込んだらしい!」
構えの立派な門が目の前にそびえている
中からは、家人と思われる者が弓を肩に掛けながらやってきて言った
「当屋敷にて不審な者を見つけたので、これに矢を放ちました所、確かに当たり申した。矢に血がついておりました故、手傷を負ったものと思われまする。まだそこいらに潜んでいるとも知れぬので見回りのほどをお願いしたい」
「これはご苦労様です。・・・皆の者!またたびと思われる者は手負いぞ!これを逃してはならぬすぐに追うのだ!!」
「「「はっ!!」」」

そうして、一斉の捕り物が始まった
まず、屋敷の周りを探し始めた平次郎は塀から道を横切るような血の跡を見つけた
「・・・これか。・・・あちらへと続いているな」
血の跡を追う

どのくらい追ったか・・・遠くに足を引き摺るように走る者を見つけた
まだ遠い…と、そのまま追いすがる
近くまで追いつくとこちらに気が付いたようで、その者はさっと屋根に飛び上がってしまった
「・・・!」
なんと・・・一気に屋根に飛び上がってしまったぞ?!
唖然としながらも追う
時々、屋根の上にちろりと見える姿や影を追いながら・・・

ちりん…

時々、屋根から屋根へと飛び移る時に鈴の音だろうか?音がする
この音は・・・
どこかで・・・?
頭の隅に引っかかるものを感じながらも、思い出せずにいた

それにしても、いつまで“またたび?”は走り続けるというのだろうか?
そろそろ、限界だった
・・・どうするか?
少し、一計を考えた
草履を脱ぎ足袋のまま走ることにした
さっきと違って、足音があまりしなくなった

“またたび”から少し遅れて追う
追いずらくなるが物陰に隠れるようにその影を追った

しばらくして“またたび”は音もなく地に下りてきた
そこは、とある袋小路だった

ちりん…

物陰に隠れ“またたび”が出てくるのを待った

しかし、一向に出てくる気配はない
逃したか?と、袋小路へと踏み込んでみると・・・
誰もいなかった

「・・・くそっ!逃したか」
踵を返して辺りの探索をしようとした時・・・

ちりん…

鈴の音がした・・・



音のした所には、一匹の猫がいた



大八車の下・・・隠れるように横たわっていた…






家に帰った平次郎は・・・信じられないといった面持ちで布団に横たわる家猫を見ていた
あの時…大八車から見つけた猫は、足に傷を負っていた。荒い息をして苦しそうに横たわっていた
抱き上げると、ちりんと・・・鈴の音がした。気を失っているのか起きる様子がなかった
信じたくない気持ちで明かりの下に連れてくると…やっぱりそれは“みぃ”だった

それほど深い傷ではなかったが血が出ていたので手当てを行う
酒を持ってきて口に含み吹きかけると、痛かったのか聞いたこともない声を出して飛び起きた
「みぃ!どこでなにをしてきたんだ!こんな傷までこしらえて!」
ミィ・・・
すまなさそうに身を縮めて首をすくめる
「・・・あんまり、心配をかけるな・・・」
ミィ・・・
布団に添い寝してやると、しばらくして みぃ は安心したのか寝てしまった


「これから・・・どうしたものか・・・」
世を騒がす賊を捕まえてみれば同心の家猫だったなど…
めまいを覚えた
雨をしのいでいるその様子を憐れに思い連れてきてしまったが…
まさか、普通の猫ではなく化け猫の類だったとは…
明日からどうすればいいのだろうか…
考えるうちにどうやら眠ってしまったようだった…

頬や唇がくすぐったい…
目を瞑ったまま口元に手をやると温かい何かが手にあたった
「?」
「ミィ…」
薄目を開けると、胸元に乗って口元をぺろぺろ舐めているみぃだった
「みぃ!おまえ足はもういいのか?」
「ミィィィ…!」
大丈夫と言いたげにすくっと立って見せるが…歩き方はふらふらとしている
「まだ、ダメだ!足が治るまで動くなよ?」
ミィ・・・
「まったく、心配ばかりさせおって!」
足の怪我が治らないうちはみぃは大人しくしていた
言いつけを守って家でじっとしているようであった…



足の怪我が治らないうち…には、やはり“またたび”の動きはさっぱりと途絶えた
みぃが“またたび”であったという事実…どうしたものか?と苛む日々
相変わらず、盗品の情報もなく悪戯に時だけが流れる
そんな日々に、奉行所の各面々は慌しかったが、平次郎はどこかやる気の起こらない日々を過ごしていた…
このまま、みぃがまたたびをやめてくれたのならどんなにいいか…
でも、もし俺がみぃがまたたびであることを承知の上であると、告げたのならばみぃはどうするのだろうか?
正体を知られたと、どこかに行ってしまうだろうか?
せめて、なんでまたたびになったのかが分かればなんとかなるものを…
みぃを撫でながらも、怖ろしくなって聞けずにいた平次郎だった



「平次郎!少し付き合え」
お勤めが終わり、奉行所を出ようとすると佐伯が呼び止めてきた
「何か用か?」
何も言わずに、歩いていく佐伯…
平次郎も何も言わずについていく

辺りは、活気のある街中…
川沿いの道を歩んでいく
川では、荷物を積み下ろしている荷役や船頭達の声
近くの店からは、帳簿をつけながらそれらを受け容れている番頭風の男などが慌しくしている
忙しく駆け回っている彼らの間を通り抜けながら、お互い何も言わぬまま歩む
人気がなくなると佐伯が腕を組みながら言った
「最近、やる気がないように見受けられるがどうした?」
「・・・」
「またたびが手傷を負ったあの日の後から様子がおかしいぞ?」
「・・・」
「お前…なにか悩みがあるのか?」
「・・・」
何も言わずにまたふらっと歩く

“わーーーー!!”
そんな時、向こうから数人の子供達が歓声を上げながら手に何かをぶら下げて走り去って行った

「みぃがな…」
「あの猫がどうした?」
「うむ…」

そのまま歩くと、魚屋が見えてきた。店先には蟹が積まれていた
子供達が手にしていたのも蟹であった。安くてうまいのでおやつとしていたのだろう
「おやじ!蟹をもらおうか」
「へい!6文頂やす」
一山数文の蟹…茹でてあってみぃのみやげに丁度いいと買い求めた

「怪我をしたのだ」
「なんだ。家猫が怪我を負ったからと心配で元気がないのか…」
「…う…む」
「…まったく人騒がせな」

家に着くと、みぃが門前で出迎えてくれた
「帰ったぞみぃ。ほら土産だ」
「みゃう!!」
うれしそうな声を出して横についてくる
ぴんと立てたしっぽがそのうれしさを物語っていた

座敷に佐伯を座らせておいて、徳利と杯を持って戻ると佐伯が言った
「やはり、嫁をもらえ。家猫一匹で仕事にも力が入らぬようでは先が思いやられるぞ?」
酒をやりながら、蟹を食べる
「・・・」
「ミィ…」
膝の上で両手を揃えてものほしそうに蟹を見つめるみぃ…
みぃの頭を撫でて、蟹を丁度いい大きさに割ると一回口で殻を割ってやってからみぃに与える
「ミィ!!」
うれしそうに食べだすみぃ
カリカリと音を立てながら食べるみぃを見ながら平次郎は言った
「そうよな…だが、嫁をもらう気にはならん」
「何故だ?」
「それは…」
今の平次郎にとってみぃは家族だった
それに、みぃは人かたになれるのだ
猫のあやかし…
みぃがまたたびかもしれないということを、兄弟のような仲と言えども佐伯に言うわけにはいかなかった
「猫に情が移ったのか…まったくお前と言う奴は…」
あきれたのかぐいっと杯を煽る佐伯
「あの日、帰ると怪我をしていてな・・・。どうやら、鼠捕りに引っかかったようなのよ。元気をなくしたその姿を見ているとな…」
力なく笑う
「またたびは怪我を治したらまたやってくるだろう。またたびの捕り物は我らにとって急務。このまま放置するわけにもいかん!おかげで町奉行所の評判はがた落ちなのはお前とて知っておろう?お前だって手柄を立てるいい機会だぞ?そんな猫一匹に構っていないでやる気を出せ!やる気を!!」
「…そうよな」
「それで、嫁をもらって子供でも出来れば多少悩みがあってもなんともなくなるほど忙しくなろう」
「…嫁…子供」
ふと、みぃを見れば真剣な顔をして平次郎の顔を見つめていた
目が合う
にゃぁ…
と言って懐に潜り込もうとしてきた
それを抱きしめる
「話を進めても良いな?」
「待ってくれ。話を進めるのはまたたびを捕らえてからにしてくれ!」
「何故だ?」
「それは…」
再び沈黙した平次郎に根負けしたのか佐伯は言った
「わかった。どうしても気が乗らぬならば仕方がない。だが、事が済んだら話を進めるそれでよいな?」
「…ああ」
そうして、佐伯は帰って行った

そのまま、ごろんと横になるとみぃを抱えていった
「みぃ…俺はどうしたらいいんだ?」
「ミィ…」
このまま、またたびを続けるのかと問いかけたかったが…言うことも出来ずにいた



みぃの足が治ると、再びまたたびは出た
やはり、体に埃や蜘蛛の巣を付けて家に帰ってくる
いない翌朝には、またたびが出たと奉行所から呼び出される日々…


ある日、佐伯自らが指揮して夜回りをしている時だった
岡引が手に御用提灯を持ち、同心たちが目を皿のようにして夜の街を見回りをしていた
そんな時、小さくカラン…と音がした
その音のしたほうを見ると、黒い影がすっと屋根の上を通り抜けるのが見えた
皆、目の色を変えてこれを追った
平次郎は気が気ではなかった
だから、誰よりも早く駆けこれを追った

川沿いを走る影
街を通り抜け、さらに下流へと走り抜ける
海へと抜ける河口…
そこには、一軒のあばら家があった
影はそこに入っていった
気が進まなかったが…十手を握り締めると一気に踏み込む
「またたびの美耶!神妙に縛につけ!!」

暗い内部…
目を凝らすと…
奥に誰かが立っていた

ちりん…

鈴の音が聞こえた
「…ご主人」
その声は、泣きそうな声だった
その場に立ち尽くす平次郎
またたびは、しゃくりを上げながら力なく蹲った

それを見た平次郎はすぐにまたたびの横をすり抜けると奥の壁を蹴り壊した
「行け!」
「え?」
「行くのだ!!」
「な…んで?」
「行けったら行け!!」
無理にまたたびを立たせて蹴り壊したとこから外へと押し出す
「なんで?」
「家に帰ったら、聞かせてもらうぞ!“みぃ”!!」
「っ!!」
「行けぇぇぇ!!」
闇に消えていくみぃ…
すぐ後ろから大勢の足音が聞こえてきた

蹴り壊した所をさらに壊して言った
くそ!!あの野郎が!!
「矢崎!またたびは?!」
「逃げられた!まだ遠くに行ってはおらぬはず!!」
そう言ってあばら家を飛び出そうとする
「待て!平次郎!!」
佐伯が飛び出そうとする平次郎を諫めた
「すぐにこの辺りを探索するのだ!もしかしたら、盗品があるやも知れぬ!」
そう言って、皆にまたたびの探索と盗品の探索をするように命じた

「平次郎!やっとやる気をだしたか」
「…そうでもないさ」
「だが、ここまでまたたびを追い詰めたのだ。これで、盗品が出ればな…」

あばら家や付近の使われていない小屋を探すと確かに盗品と思われるものが出てきた
だが…盗まれたすべてに対してその量はまだまだ足りなかった

結局、その後一日、付近を探し回ることとなった
盗品を一部だが取り返したと言うことは街中に広がり奉行所の一応の面目は保てたが、平次郎にはどうでもいいことだった
疲れきっていた。なんとか逃がせたが…みぃはどうしているだろうか?
大人しく家で待っているだろうか?
それとも…逃げ出したか…
心が痛い
あの時は必死だった
とにかく、捕まらないようにと思った
同心の家猫がという…保身?
いや…家族がいなくなってしまうと考えるとどうしても、素知らぬ顔をして捕縛する気にはならなかった

重い体を引き摺って家に帰る
いつもなら、門扉のところで足を揃えて出迎えてくれるが…やはりいなかった
「今帰った…」
中に呼びかけてみても、しんと静まり返りやはりいないようだった

座敷に行くと…いた
いつも平次郎が座っているところに、身を縮めるように丸まっていた
「みぃ…」
呼びかけると、ぴくりとその耳が動いた
みぃの傍らに膝を付いて座る
「何故…何故なのだ」
ゆっくりと顔を持ち上げたみぃ…
その顔はどこか悲しげだった

みぃは起き上がると、向こうの部屋へと続く襖を開きその向こうに消えた
すると、見慣れない影が畳みに浮き上がった。唖然としていると襖の向こうから見慣れない女子がこちらへと歩んできた
「…みぃ…なのか?」
「ん…」
近くに寄ってきた女子は少女ともいえるあどけなさを残していた


「何故…賊などに…」
「ご主人…なんでわかったのにゃ?」
「分かるさ。分からないはずがない…」
「?」
「おまえにくれてやったその鈴は、俺が幼少の頃から身に付けてたものだからだ。幼き頃、俺のことを案じてくれた母上…お守りをわざわざ遠くの神社にまで行ってもらってきてくれたのだ。肌身離さず持っていたお守り・・・それに付いていた鈴だぞ?わからないはずもない」
「そうだったのか…ご主人に貰った鈴だからどうしても外したくなかったの…」
「おまえと言う奴は…」
「なんで、逃がしたにゃ?」
「・・・おまえは・・・俺の家族なんだぞ?おまえの正体を知ったとき…悩んだ。すぐにでも問いただしてやろうとも思ったさ。でも…おまえがどこかに行ってしまうのでないかとな…怖ろしくなったのだ」
「家族…」
「おまえを連れてきたあの日…おまえの寝顔に心癒された。一人身で今までいた俺にとっておまえは癒してくれる者だったんだ」
「ご主人…」
「おまえ…どこかに行ってしまうのか?正体がばれたからとか…人かたになれるのがばれたからとどこかに行ってしまうのか?」
「そんなことないにゃ!わたしはご主人のことが大好きにゃ!!」
「みぃ…俺を好いてくれるのか?」
「あたりまえにゃ!あの日…雨を拭きとって抱いてくれたあの温もりは忘れないにゃ!」
「そうか…。なぁみぃ…もっとよくおまえを見せてくれ…」
平次郎はみぃをやさしく抱きよせた
ねこみみ…どこか利発そうなその顔…手足は猫そのままに大きくしたようなものだった
長い2本しっぽが可愛らしかった
人と違うその体…よく見ようとじろじろと見る平次郎に、みぃは言った
「ああ!もう我慢できないにゃ!!」
そう言って平次郎を押し倒したみぃ
「みぃ?」
「ごしゅじん・・・人の姿で触れ合えるようになったらこうしたかったのにゃ!」
覆い被さるように顔を近づけて…
ちゅっ! と口づけをした
「みぃ?!」
「ごしゅじん…好きにゃ!はむ…!ん…ちゅっ!!」
みぃの舌が平次郎の口の中に滑り込んできて口内を弄るように舐めていく
舌を見つけ出すと執拗に舐めだした
「ちゅ…ぢゅっ…。あはぁ…ごしゅじん」
みぃの舌はざらざらとしていて舌を合わせるたびに、後から後から唾が湧いてくる
大好きな獲物を目の前にしたような目つきで、顔を赤く染めながら口を貪る
ひたむきに口づけをするみぃ…柔らかな彼女の感触にいつしか平次郎の股間は硬くなっていた
「ごしゅじん?」
突然、にやりと笑うみぃ…
「はぁ…はぁ…っ。なんだみぃ…」
「ここがこんなになっているんだにゃ」
「うっ…それは…」
「うれしいにゃ。わたしを期待してこんなにもなってくれているごしゅじん…大丈夫にゃ!すぐにでもこの暴れん棒を諫めてあげるんだにゃ!」
そういうと、みぃは平次郎に見せ付けるように帯を解いていく
少しずつ見せつけられる平次郎…否応がなく興奮する
みぃが、腹の上で腰を擦り付けながら着物を脱いでいく
真っ白い肩が見え…
小ぶりの乳房が目をくぎ付けにした
そして…見えそうで見えなかったみぃの素股が露になった
「おまえ…なにもつけてないのか?」
「腰巻なんて動きづらいにゃ!それに…その方が…ごしゅじんの目をくぎ付けにできるにゃ!」

自らの匂いを擦り付けるように、みぃは肌を合わせていく
そうして、二人の夜は更けていくのであった


早朝…
互いに裸のまま布団の中で目を覚ました
「おはよう…みぃ」
「おはようだにゃ」
「…可愛いな」
「にゃっ!」
恥ずかしいのか、平次郎の胸に隠れるように顔をくっつけたみぃ
「いまさら、恥ずかしがることもなかろ?」
「恥ずかしいにゃ…」
そんなみぃに微笑ながら、肌の感触を愉しむように手を滑らせる平次郎
顔にねこみみが頬を撫でる
「にゃぁぁぁっ!」
その耳の中をぺろぺろと舐めてやるとぴくんぴくんとする
それがおもしろくていつまでもそうしてしまう平次郎だった

「もう!ごしゅじんったら!!」
「すまんすまん!おまえがあんまりにも可愛いんでな」
「ごしゅじんがその気ならわたしはこの暴れん棒を…」
「いや、この後すぐにでもお勤めに行かねばならんからそれはよしてくれ」
「…みぃはいつでもごしゅじんのがほしいにゃ!」
「そうか」
「そうにゃ!」
そう言って今度はぺろぺろと平次郎の乳首を舐め始めるみぃ…
「…うっ!」
「どうしたにゃ?…ちろっ…」
「ああっ…」
「なんにゃ?…噛みっ…」
「うぁ…」
「ごしゅじん…こんなにも暴れん棒がびくびくしているのによせと言うのかにゃ?」
「駄目だ!これから…」
「お勤めなんて無視すればいいにゃ!これからは二人でいつまでもこうしていればいいにゃ!」
「俺には…またたびの後始末が…」
「にゃっ!」
またたびの名を出した途端に、みぃは気まずそうな顔をした

「みぃ…」
「ごしゅじん…」
「みぃ…聞かせてくれ。何故またたびになったのか」
「・・・」
うつむいたまま少しずつ話し出したみぃ

最初は…単に“うまいもの”に惹かれたの
それを買うにはお金が必要だと…
だから、売ればお金になるものを…と思った
わたしは猫に化けられる猫叉…
だから、どこでも忍び込めるしなんでもできると思ってた
でも、ごしゅじんの仕事が同心だと分かった
悪いことをしてる者を捕まえるのが仕事…
人のものを盗んでいるという自覚はあった
だからやめようとした…
でも…
ある日、ごしゅじんに嫁の話が出た
大好きなごしゅじん…他の女に獲られると思った
だから、仕事を忙しくしてやればそんなことに構っている余裕はないだろうと思った…

そう思っていたのに、今度は見回りに刈り出されてごしゅじんがあまり構ってくれなくなった
泣きそうになった…
だから、やめようと思った
ある日、やめたらごしゅじんにいっぱい構ってもらおうと思ったら、矢を射られていた
追いかけられて…もう駄目…と思ったら…
気が付くと…家で寝てた
どうしたのかは…わからなかった
だから、あの時おとなしくしてた…

「・・・」
その話を聞きながら黙って先を促した

あの時、追いかけてくるのがごしゅじんだってすぐにわかった
必死に息を切らして追いかけてくる
捕まったらどうなるか…正体を知られたらと思おうと…怖かった
だから、必死で逃げたのに…あばら家で見つかった時…絶望した…

「そうだったのか…」
「・・・」
「みぃ。矢で怪我を負った時追いかけたのはこの俺よ」
「っ?!」
「追いかけている間、おかしいと思っていた。聞こえるはずがない音が時々聞こえていたからな…」
「・・・」
「袋小路に降りるまたたびを見て、しめた!と思った」
「・・・」
「でも、いくら待ってもまたたびは出てこない…逃がしたかと行って見ると、鈴の音がした。大八車の下におまえを見つけたとき…愕然とした…どうしたらいいかと思い悩む日々が続いた…だから、おまえには足が治るまで絶対に外へ出るなと言ったのだ」
「・・・」
「なぁ…みぃ。これを機会に盗賊はやめろ。おまえがどうかなってしまったら俺はどうすればいいのだ?」
「…ぐすっ…ずっ…。ごしゅじんんん!ごめんっ!ごめんよう!!」
「わかればいいのだ。盗んだものはまだあるな?」
「うん。いろいろなところに置かしてもらっている」
「…誰に?」
「猫仲間にゃ!」
そのとき、何かが平次郎の頭に閃いた

「みぃ…猫仲間と言ったな」
「そうにゃ」
「・・・」
「?」
「いい事を考え付いたぞ!しばし出てくる。家にいろよ?聞きたいことがある!」
「う…うん」

支度をして急いで奉行所へと向かう…
まだ早い時間であったが、またたび対策に奉行所に夜通し詰めている者は多くいた
「おお!矢崎!早いな?また、奴が出たか?」
「いえ、またなにかあったのでは?と目が覚めてしまいまして…」
「そうか…。あと少し…だったのになぁ…本当に惜しかった。またたびとは何者なのだろうか…」
「さぁ…」
まさか、うちの家猫ともいえず、言葉を濁す…
「まぁ良い。おまえも来た所だし、しばし顔でも洗ってくるか…」
と、その同心は厠へと行ってしまった

平次郎は、急いで街の地図を広げていままで被害にあった家々に印を書き加えていった

「平次郎!取り逃がしたのが、さも悔しいと見える!」
「佐伯様…」
「どうだ?今度でそうなところはわかったか?」
「さぁ…」
「おまえの脚力…あんなにもいいとは知らなんだ。また、追い詰めてくれよ?!」
「そうだな…」
佐伯…すまん…そう思いながら今はみぃのことを何とかしようと思うのであった

見回りに出ると言って奉行所を飛び出し、急いで家に帰る
みぃは暇そうにしていた
「みぃ!今帰ったぞ!!」
「おかえり。それで聞きたいことって?」
「うむ。みぃ!これを見てくれ」
例の地図を見せる
「これは…」
盗みに入った家々を記したものと知って目が泳ぐみぃ…
「この中に、盗みに入っていない家はあるか?」
「入っていない?…えーと少し待って…」

みぃは、ここはあれだし…この家はあーだったしと、あーだこうだといろいろと思い出しながら印にバツを付けて行く
唯一点、印にバツを加えていないところが現れた…
「ここは?」
「ここには入っていないよ?ここのお嫁さんがね?いつも行くと何かおいしいものくれたり、遊んでくれたりしたの!だから、この家には盗みには入っていないの!」
「…やはり」

平次郎は頭をめぐらした
武家の面子を保ちたがる家は多い
何かあったら恥と言い隠したがる家は多い
良い家柄だと言うことで必要以上に誇りを誇るお家もまた然り
ならば、おそらく…

その家は、佐伯が縁談を持ってきて勧めた女子がかつて離縁を申し渡されたお家だった
“またたび”本人のみぃが入っていないと言うならば…みぃとは別にこの家には盗人がいた…あるいはまだいると言うことだ
このお家ならば奉行所に顔が利く。またたびの朱の張り紙をひそかに入手し、お家の盗難事件を闇に屠ってしまうことなど容易いだろう…

「みぃ!おまえとおまえの猫仲間の力を借りたい!」
「にゃ?」
「もし、ことが俺の考えどおりになった暁には、生鰹節(なまり)だろうが鯵だろうが鰯だろうがおまえとその仲間達にいくらでも食わせてやろう!!」
「本当かにゃ?!みんな喜ぶにゃ!」
「ああ!おまえ以外の“またたびの美耶”確実に見つけ出してひっ捕らえてくれるわ!!」
「にゃ?他にもいるのか?」
「ああ」
「・・・で?何をすればいいのかにゃ?」
「ああ、まずな…」

このお家の周りに住んでいる猫たちに怪しい者を見なかったか…、こそこそとしている者はいないか…盗みが行われた前後におかしな者はいなかったかと聞いてくれるように頼んだ
人とは違う目線にいる猫たち。当然人の目に映っても警戒されるはずもなく、そのときの様子を見ている可能性があった

その日のうちに、平次郎は佐伯にその家のことを聞きに行った
「あの御家のことを聞きたいだと?」
「ああ。あの家には不審な者はいなかったか?」
「いや。待て…」
そういうと、佐伯は書庫へと赴き彼のお家について調べだした

「…不審な者…。特に…身分は調べてあるし、出自…も調べた。おかしなものは…」
「ならば、ここ最近この御家に入ったものはいないのか?」
「…一年前、板前が入っているな…。一年半前には奉公人が一人入っているな…」
「そうか」
「まさかお前!そ奴らが盗人…もしくは手引きをしていると思っているのか?!」
「…まだわからん」
「…ばかな…」
「良家同士の縁談ではどのくらいの金が動くのか知りもしないが…それを盗まれた可能性もある」
「だから、盗みをしたと思われても離縁だけで済まされたと?」
「おそらくな」
どちらの御家にとっても痛みがあった。だからこそ片方は香炉や貴重な品々を盗まれても離縁だけで済ました
片や、盗みをしたと思われてもそれを覆す証拠もないから黙って離縁を甘んじた
まこと…良家という武家の誇りや恥と思うその思想は、平次郎達からしたら馬鹿馬鹿しかった
「わかった平次郎。内々に調べてみよう…」
「うむ。こちらも少し動いてみる。もし、捕り物になったならばきっと手柄を立ててくれようぞ?」

翌日…
みぃが飛び跳ねるように平次郎の元へとやってきた
「ごしゅじん!いたにゃ!!怪しい奴いたにゃ!」
「どういう奴だった?」
「…えーと板前にゃ!あと…ほうこうにんとか言う奴にゃ!真夜中に、こそこそと裏門を開けて中に誰かを引き入れていたにゃ!」
「そうか!でかした!!」
「ごしゅじん…なでなでしてほしいにゃ!」
「そうか…そらおいで?」
「うん♪」
座ると、飛びついてきたみぃを抱きしめてやる
すりすりと甘えるみぃを撫でながら、かの盗賊どもをどう料理してやろうかと思案をした

「みぃ。奴らの盗人宿は分かるか?」
「そこまでは分からないにゃ…」
「では、まだ朱の張り紙はあるな?」
「うん…」
「盗品をすぐにでも他へ移せるか?」
「…なんとか」
「そうか…ならばよい」
平次郎はほくそ笑んだ…

すぐに、佐伯へと板前と奉公人が怪しいと言うことを告げ、幾人かの同心や岡引が四六時中見張ることとなった
特に、怪しい素振りを見せない奴らだったが、板前の動きが気になった
食材を探すふりをして、いつもとある船宿へと寄るのだ
船宿を調べてみると、とある一行が貸切で泊まっていて旅人はもちろん町人達も近寄れなかった
この船宿は裏手に舟を引き入れることが出来た。そして、この船宿がある場所は街を流れるいろいろな川に繋がっていて、舟を使えばどこにでも行けた
ますますもってここは怪しかった

みぃの猫仲間は中の様子を探ってくれた
柄の悪い男達が酒を飲んでいて、時折匕首を磨いている…
船宿の中庭には蔵があり、そこにかつてあの御家に置いてあった品々を見たといっていた
ならば…と、平次郎は佐伯に踏み込む許可を打診した
確実にすべての賊を捕まえられるのであろうかと言われた
それに対して、自信を持って捕まえられると言い切った
踏み込みは、二日後にしてもらった
どこに抜け穴が存在するか分からぬからとそれを調べてからと言ったのだ

猫たちのおかげで抜け穴などの存在はないことが分かっていた
平次郎は、みぃに言った
「今まで盗んだものをすべてあの蔵もしくはあの船宿の床下、天井に隠すのだ」
「すべて?一日じゃ無理だよう」
「二日後の昼までだ」
「・・・わかったにゃ。なんとかしてみるにゃ」
川沿いの、とあるところの見張りを買って出て、みぃの中への侵入を手助けする
あの驚くべき身体能力で音もなく潜り込んでは中に品々を置いていくみぃ…
賊どもに知られることもなく彼女が盗んだ品々は、二日後の朝にはすべてが運び入れられていた

この日、佐伯は与力の権限を使って近隣の街から役人達を手配していた
街の者達に知られることなく彼らは街へと入り、捕り物の刻を今か今かと待ちわびた

その夜…
船宿の者が入り口を閉じようとした時であった

「奉行所与力、佐伯叉十郎である!宿改めを行う!神妙にいたせ!!」
一気に踏み込む
突然のことに、賊どもは驚き慌て、匕首を抜き放って抵抗しようとする者もいたがすぐにひっ捕らえられた
舟で逃げようとした者もいたが、舟が川に出てくると一斉に川が明るくなった
明かりを消しておいた役人達の舟が明かりを灯したのだ
取り囲むように川に浮かぶ御用提灯…
それを見て、逃げようという気力すらなくなった賊どもであった

平次郎は、着流しを襷掛けした気合の入った出で立ちで鉢巻に鉄板を縫い付けた鉢がねを額に締めて十手片手に、同僚と二階へと踏み込んだ
「御用である!神妙にいたせ!」
二階の奥の間には、落ち着き払った年配の男がどっしりと腰を下ろしていた
「これはこれはお役人様…一体何事ですかな?」
「ここが盗人宿であるとの通報を受けてやってきたのだ!」
「なんですと?盗人宿?一体誰がそんな根も葉もないことを…」
「では、ここには盗人などいない…盗品といったものもないというのだな?」
「さようですな。信じられぬのならば…どこでも好きに探せばいいことです」
薄笑いをしてその男は言った

「それっ!!」
と、皆に探すように言った
同心から、岡引は押入れや箪笥の中までありとあらゆるところを調べた
平次郎は、冷たく男を見つめた
平然とする男…
同僚が焦ったようにやってきて首を振る
それを見てにやにやと笑い出した男…
「如何なさいましたか?」
おちょくるようにそう言った男…
「…っ!天井裏から床下を探せ!」
焦ったような芝居をしながら平次郎は、仲間達に指示した
大きな木槌を持ってきて、畳を剥いで床を壊す
と…
出たぞ!!]
皆が大声で叫んだ
「なっ!そんなはずは・・・?!」
にやにやとしたその顔が一変、驚愕へと変わる

天井裏を探していた者達もたちまち出たと叫びだした
驚き真っ青になっていくその男に、佐伯は言った
「直前まで余裕を見せていたその胆力恐れ入った。だが、物が出た以上!観念せよ!!平次郎!縄を打て!!」
「はっ!」
縄を打つ直前になって男は暴れた
皆で押さえつけられて「見苦しい!」と言われ、がっくりとうな垂れた
こうして、一大捕り物は終焉を迎えたのだった

男は、調べてみると諸国をまたにかけた盗人であった
これまでもいくつも盗みを重ね、蛇のようにしつこく用心深く狙いながら、一度狙ったら骨までしゃぶりつくすような悪党だった
当然、男やその側近達は市中引き回しの上、はりつけに掛けられ…二度とこの世で見ることはなくなった



すべてが終わった後、佐伯が平次郎の家を訪ねてきた
「ご免!平次郎!いるか?」
佐伯を出迎えたのは…たくさんの猫たちだった
「「「「にゃぁー!」」」」
「なんだ?どうしたというのだ!これは?!」
「…佐伯。よく来た。まあ上がれ」
「いたのならすぐに返事をしろ!」
猫たちを掻き分けて座敷に進むと、そこも猫だらけだった
いつものように徳利と杯を持って佐伯の前に座る平次郎…
すぐに、猫たちがやってきて懐きだした

「これはどういうことなのだ!」
「なに。こやつらに働き分の報酬をくれてやったらこうなったまでよ」
「働き分?報酬?どういうことだ?」
「うむ…。そうよな…説明が難しい。どう話せばよいか…」
「こんなにも猫を見たのは初めてだ!ここいら一帯の猫が集まっているのでないか?」
「たぶんな」
猫たちを見ながら微笑む平次郎
「一匹の猫を飼い出したと思ったら、ここいらの猫を手なずけてしまうとは…一体お前は何をしたのだ…」
「それはそうと…。用の赴きはなんだ?」
「ああ。あの家の事の顛末だ」
「そうか…」

話は、盗難にあった家と離縁を申し渡された者のことだった
かの家にいた板前と奉公人は捕まり遠島となった
盗難にあった品々はすべて戻り、金子も戻った
戻っていないのは、離縁を言い渡された女子だけとなり離縁は破棄されることとなった
「だから、平次郎すまぬが…あの話なかったことにしてくれ…」
肩を落とす佐伯…
「なんの。いいって事よ」
そう言って愉快そうに杯を呷る平次郎
「それにしても…あの豪胆な盗人…自分の持ち物の中にまたたびの張り紙をいくつも入れておくなど…豪胆にもほどがある」
「よっぽど、役人を舐めていたということだろうな」
素知らぬ顔をして、そう言い放った平次郎
「うむ…。そうなのか?」
納得の行かない顔をして、考え込んでしまった佐伯
「佐伯…実はな、貴様に言わねばならぬ事があるのよ」
「む?どうした?」

「美依!」
向こうの部屋へと声を掛けると猫又姿の女子がやってきた
「・・・!」
唖然としている佐伯…
「俺の連れ添いの美依だ。よろしくな」
「妻の美依と申します。以後お見知りおきを…」
うやうやしく平次郎の横に座りお辞儀をする美依
「猫のあやかしか?」
「ああ」
「あの、“みぃ”と言っていた?」
「そうだ」
「・・・」
唖然と美依を見つめる佐伯だったが…なにかに気が付いたような顔をすると訝しげに言った
「おまえ・・・まさか?」
「・・・さぁな」
あえて、何も言わずにそう言うと…
佐伯は、突然笑い出した
「くっはははは!!あはっ!あははははは!!!」
すべて分かったというような屈託のない笑いだった

「おまえ!あの豪胆な盗人が知ったらなんというだろうな?」
「さぁな。だが…今までいろいろな人を食い物にしてきんだ。天罰よ」
「そうさな。だが…平次郎!もっと俺を信用しろ!俺とお前は兄弟同然だろうが!」
「すまん。だが…俺も追い詰められていたのよ。こいつを心底好いてしまっていたからな」
「にゃ?」
「そうか…おまえからそんなことを聞けるとは思わなんだ。さて、すっきりしたしこれにて失礼しよう!大事にしてやれよ?」
「当たり前だ!なんていったってこいつは俺にとって招き猫同然なのだからな!」
そう言って美依を抱き寄せる
「そうか!ではな?」
微笑みながら佐伯は帰っていった…

「招き猫?わたしがにゃ?」
「そうだ!福猫ともいえる。ありがとう美依!」

実際、あの事件で手柄を立てれた
あんな大物を捕らえられるということはもうないだろう
あれで手当ても増えた
盗みに入られた店や武家などからは、付け届けをされるようになった
おかげで、実の入りも増えて美依と一緒にうまいものをたらふく食べられるようになった
当然、頑張ってくれた猫たちにもお裾分けをした
美依のおかげでぞくぞくと幸せが舞い込んでくる
毎日が幸せだった…



数ヵ月後…

「たいへん!たいへん!たいへんなのにゃ!!」
「どうした?美依」
「ごしゅじん?赤ちゃん…」
「出来たのか?!」
「にゃ!」
「…で」
「で?」
「でかしたーーーーーーーー!!」
力いっぱいに抱きしめる
「おなか!おなか!!」
「ああっ?!すまぬ!!つい!」

こうして、今度は子宝を運んできてくれたようだ
我が家の招き猫様はどんだけ幸せを運んできてくれるのだろうか?
これから生まれるであろう子供に思いを馳せる
二人、笑顔をの絶えない幸せな日々がいつまでも続くのであった












11/06/12 08:35更新 / 茶の頃
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■作者メッセージ

「手柄をあげれば、お前にうまいものを食わせてもやれるしな」
“ミィ!”

うまいもの・・・
わたしの脳裏にすぐに生鰹節(なまり)がよぎった

雨に打たれて拾われた次の日に食べさせてくれたものだ
わざわざ手で千切って、口で噛んで柔らかいのを確認して少しずつご主人は食べさせてくれたのだ
それを食べたことも、そんな風に食べさせてくれる人も今までいなかった
だから、あの味は忘れない
鰹がおいしかったのはもちろんのこと…人の温かさもあの時知った
だから、わたしはご主人が好き!
ご主人の胸の温かさも好き!
胡坐の上で丸まると、やさしく包み込んでくれるのも好き!
人かたになれるのを知っていたのに、何も言わずに…悪いことしてたのに何も云わずになんでわたしがそうしたかまで聞いてくれた。困った奴と顔が言っていたけど何も言わずに受け容れてくれた
そして、いろいろあった。ごしゅじんが捕り物で踏み込むなんて時は本当に心配したけど…何事もなくてよかった…
あの後、ご主人はわたしのことを福猫とか招き猫と言っている…
手柄をたてれたこと、いろいろなとこから付け届けが増えたからと生鰹節もいろいろなおいしいものもたくさんくれるようになった
そして、お腹に赤ちゃんが出来たことを告げたときのごしゅじんの顔…
すごい笑顔で…抱きしめてくれた♪

ごしゅじん…大好き!!いつまでもずぅっと!!





猫又さんでした
しっぽが2つあるとか、猫に化けれるとか…かわいい
残念なことに猫にはいつも逃げられる…何故だ?!撫でたいのに触らせてくれないとか…orz
それにしても、“渡世”も長かったけどこれも長くなったもんだ…
長々とお付き合いありがとうございました。では、また…ノシ

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