連載小説
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5.辻斬り
とある寺の奥参堂にて・・・
一人の侍が木刀を振るっていた
「とぉ!」
ブゥゥゥン!!
「ハァ!!」
ブン!!
「・・・ふぅ」
一通り体を動かした侍・・・
汗を拭うと、静かに言った
「・・・さて、参ろうか。・・・どのような者がいるのか・・・楽しみだ・・・」
その侍は身なりを整え、立てかけていた刀を手にすると腰にした
そして、いずこかへと歩んでいった・・・




とある街、一棟の貧乏長屋、その一角
そこには、田崎 正之助という浪人がいた
見た目、若々しく齢20か30かといったところだった
どこかに仕官するでもなく、淡々と気ままにその日を過ごしているそんな生活を送っていた

「おいちゃーん!出来てるー?」
正之助が傘張りの内職をしているときであった。近所の子供達が2、3人が訪ねてきた
「うむ。これであろ?」
「わぁ!ありがとう!!おいちゃん」
作っておいた竹とんぼを渡してやるとうれしそうに外へ駆けていく
「やはり、子供は無邪気でよい。私もいつまでこの気ままな暮らしを続けていけるものか・・・。さて、これを済ませてしまおう」
傘の骨に糊を付け紙を貼っていく

そんな時・・・

「ごめんくださいまし」
と、誰かが来たようであった
「開いておる。入ってくれ」
「失礼します」
訪ねて来たのは、この長屋の者達がいつも世話になっている万屋の仁左衛門という男であった
万屋(よろずや)とは、俗にいう何でも屋。生活に必要ないろいろな物を売っていたり、各方面にとても顔で、人足の口入(職業斡旋)などや、他にも長屋などの貸し出し、今で言う不動産屋などもやっていた

「正之助様。どうですか?傘作りは?」
「うむ。大分板についてきたようだ」
「さようでございますか」
「一昨日頼まれた分はまだ出来てはおらぬが・・・」
「いえいえ。今日伺ったのは、傘を取りに来たのではありませぬよ」
「ならば・・・何を?」
万屋の仁左衛門はいつも決まって、商いの話をする時は、首に大陸から渡来したという眼鏡というものを垂らしてやってくる
今日も、その眼鏡を首から垂らしてやってきた
「さようでございますな。以前お聞きしましたが・・・剣の腕は如何ほどでございましたかな?」
「ふむ。剣の腕前か。比べる者が無い故にな・・・どうと言われても・・・」
「そこそこ・・・ということですかな?」
「・・・うむ。へっぴりの木偶ということも考えうるぞ?」
「いえいえ。あなた様のいつもなにごともドンと構えた立ち居振る舞いを見れば木偶ということはありますまい」
「買いかぶりすぎだ」
「そんなあなた様に、用心棒を頼みたいのでございますよ」
「用心棒?」
「はい。この度、あるお店でお城へ献上する織物があるのでございますが、それの用心棒をお願いしたいのです」
「・・・織物にか?」
「はい。とくにこれまで献上の品が狙われたことはございません。ですが、そのお店でいつも用心棒をなさっている方がその日に限っては、ついていけぬのでございます。ですから、手前の一番信用できるお人に用心棒をしていただきたいと先方よりご依頼がありましてな。正之助様が適任かと・・・」
「ふむ。・・・あいわかった。では、その依頼主とは?」
「はい。呉服商 藍屋と申します」
「呉服・・・藍屋」
「藍屋から城まで金子は、2両。一日、お店から城までの往復だけでこの額はよい値かと・・・」
「よかろう。で、その日取りはいつなのだ?」
「はい。明日、辰の刻(朝八時頃)には来てほしいと」
「明日の辰の刻・・・あいわかった。では、藍屋から城までの往復と言うことで」
「はい。では、私はこれで・・・」
と、仁左衛門は帰っていった

翌朝・・・辰の刻
藍屋につくと、藍屋主人、葵田又右衛門が支度に追われていた
「みなさん。今日はしっかりお願いしますね」
そう声を掛けているのが聞こえた
店の前には、いくつもの車が置かれ、そこに漆塗りの箪笥がいくつも乗せられていた
それに掲げられた木札には、これが城へと献上される品であるとのことが記されている
「ごめん。すまぬが藍屋のご主人であろうか?」
「はい。手前、葵田又右衛門と申します。お手前様は?」
「私は、田崎 正之助と申す者。万屋の仁左衛門殿から依頼を受けた者でござるが」
「おお、田崎様。お待ちしておりました。今日はよろしくおねがいいたします」
「世の中、なにがあるか分からぬもの。今まで襲われなかったからと今日は襲われぬ保障はないもの。なので気合を入れていく所存」
「さようでございますな。では、田崎様に付き添っていただきたいのはこれらの品々です。なにとぞ、よろしくお頼み申します」
「うむ。出来うる限り尽くそう」

準備が出来るとすぐに藍屋一行は出立した
5つほどの車の横で腕組みをしながら周囲を警戒する
城へは、1刻ほどでついてしまった
特に、これといって怪しい素振りの者がいると言うことはなかった
城に着き申の刻になろうかと言う頃に藍屋主人は城の中から出てきた
姫お付の者、奥女中などに献上の品を届け、雑談などをして戻ってきたらしい
そのまま、何事もなく藍屋へと着いてしまった
日は落ちようとしていて、すでに薄暗くなっていた

「田崎様。今日はありがとうございました」
「なんの。私はなにも。何事もなく本当によかった」
「はい。依頼料ついては万屋さんのほうで・・・」
「うむ。ではこれにで、ごめん」
「ああ。明かりを・・・」
「ありがとう存じます。されど、お気遣いは無用にて」
「さようでございますか。では、お気を付けて」


特に何事もなく藍屋から立ち去ろうとした・・・
道の辻を曲がろうとしたときであった

「うわぁぁぁぁ!!」
「?!」
藍屋主人の悲鳴が聞こえた

「貴様!なに奴!」
急いで戻ってみると、刀を構えた何者かが主人の前にいた
主人は、尻餅をついて、手を突き出していた
「田崎様!」
主人の前に庇うように立つ
「貴様!意趣か?」
「・・・」
何者かは。振りかぶっていた刀を下ろし、正眼に構えた
「・・・よかろう」
正之助も刀を引き抜き、正眼に構える
・・・覆面をしているし、細部も薄暗さに邪魔されてよく見えない
わずかな夕闇の赤が刀を光らせた
やる気であるのは疑う余地のないほどの殺気を放っていた
ズッ・・・
足を踏みしめ、少しずつ横へと移動する
・・・
あたりに沈黙が立ち込めた

「・・・ひ!・・・ひひひ!人殺しーーーーー!人殺しーーーーー!!」
藍屋主人 葵田又右衛門が沈黙に耐え切れなくなって声を上げた
それを聞いた何者かはすぐに引いた
後ずさるように引くとそのまま、いずこかへと走り去っていった


「葵田殿!このこと、番屋へと急ぎ事の次第を届けた方がよい!」
「は・・・はい!」
「私は、あの者を追う!」
「お気をつけて・・・」
すぐに、追って見たがどこへ行ったものか、姿は煙のように消え失せた
夕飯時だというのに辺りには人一人おらず、しん…と静まり返っている
戻ってみると、岡引がいて、事情を聞いていた

主人は、腰が抜けたのか立てない様子で、店の番頭が寄り添うように心配していた
「するとなにかい?突然、覆面姿の侍がやってきていきなり斬り付けたのかい?」
「は・・・はい。道はこんなにも広いのに近づいてくるやいなやその侍は『おい!』と申しまして、そちらを見ますと・・・刀を振りかぶっておりました・・・。手前、恐ろしくなって悲鳴を・・・そしたら、田崎様が急いで駆けつけてくれたのです・・・」
「いままで、献上品が狙われたことは?そして、なにか恨みでも買うようなことに心当たりはねぇかい?」
「そんなことは、ただの一度もありませぬよ!それに、何故恨みを買うようなことをしなければならぬのですか!」
「ふぅむ。心当たりもねぇか・・・」
弱ったとばかりに顎をさする岡引
「葵田殿・・・ご無事でよかった」
「田崎様!ありがとう存じます。この礼はいかがしたらよいかと・・・」
「礼などいりませぬ。私は用心棒。給金ぶんの仕事をしたまで」
「田崎様・・・」
「あー。藍屋さん、ご浪人さん。すまねぇが人相とかを詳しく聞きてぇから、少しばかり番屋へきてくれねぇか?」
なんとか、番頭に起こしてもらった主人は肩を借りて立ち上がっていた
「はいわかりました。よろしくお願いします」
そうして、ことの説明のために番屋へと向かった



次の日、藍屋から4町(1町:約109m)離れた道筋で浪人者が何者かにいきなり切りつけられたという
幸いにも、浪人の仲間がすぐに駆けつけたらしく、事なきを得た・・・
その届出を受けて、奉行所では街の者に辻斬りの件、重々気をつけるようにとお触れをだした

そんな中、辻斬りを捕らえ名を上げ、一旗上げようとした浪人者が斬られた
場所は、藍屋から2町の目と鼻の先
すれ違いざまに一閃
腰帯を斬られた
戦意を無くした浪人者を見ると、辻斬りは何も言わずに立ち去って行ったらしい
そんなことが立て続けに起こった
いずれも、街の者が寝静まった夜更けに出るようになっていた

正之助は、辻斬りは殺り合える者を探し回っているのでは?と、思った。もしかしたら斬り損ねた私を探しているのかも知れぬとも思った
その翌日、正之助は番屋へと来ていた
「これは、あの時のご浪人」
「失礼する」
「なにか用ですかい?」
番屋にたまたまいたあの時の岡引
藍屋からそう遠くないところで立て続けに起こっている辻斬りの件について
自分なりの推論を話してみた
「確かに、藍屋付近で襲われていますな」
「あの時、もしも藍屋の主人が沈黙に耐え切れなくなって叫ばなければあの者と私はやり合っていたでしょう」
「・・・だから、もう一度田崎さんとやり合おうとあの辺りで見掛ける浪人を狙っていると仰りたいわけで?」
「そうだ」
「・・・ありえねぇわけでもなさそうだなぁ」
「こんなにも夜な夜な辻斬りに出てこられたんじゃ、街の者が迷惑だ。ここは一つ私があの者と斬り合ってみましょう」
「危険だ!田崎さん」
「なに、これ以上の非道、私も武士の端くれとして我慢のならんことよ。岡引の旦那は、物陰に隠れてことの始終を見届けてくれればよい事です」
「しかし・・・」
「このままでは、悪戯に時が過ぎるだけです。今はまだ、けが人は出ていない。されど、あやつの気が済まなくなったら怪我人ではなく死人が出ることとなるでしょう。それは何としてでも止めなければならぬこと!」
「わかりやした。あっしは物陰にでも隠れていやしょう」
「捕らえた暁には、縄をうち、牢へと任せたい」
「合点承知!」
そうして、その後夜回りが始まった

町方の夜の警護が厳しくなったために、しばらくは辻斬りを見たという話は、ふつりと消えた
そのため、夜回りもいったんやめた
しかし、正之助はまだあきらめては居らぬと踏んでいた
あの時の並々ならぬ闘気・・・いや殺気であったか?
いずれにしろ、やる気は十分といえる
あやつの心を満たす者が現れぬ限り、この騒ぎがおさまることはないだろう


騒ぎも薄れてきた頃合
正之助は、久しぶりに番屋の岡引の所へと足を運んでいた
「ごめん!」
「こりゃぁ、田崎様」
「あの騒ぎも大分薄れてきたな」
「・・・そうですな。とんと耳に入りやせん」
「そろそろ、またあやつが動き始めるような気がするのだ」
「なんですって?」
「町方の動きが鈍ってきたからな」
「・・・ふぅ。迷惑な話だ」
「あやつと対峙した時・・・並々ならぬ意志と言うか・・・やる気を感じたのだ。だから、またあやつは動くに違いない!」
「では・・・」
「うむ。今夜辺りから、私も夜回りをしようと思う」
「あっしもお供しますぜ」
「・・・そうか。よろしくたのむ」


夜・・・
藍屋より5町向こうの橋の袂でやはり、浪人が襲われた
だが、近くにあった蕎麦屋で夜食にありついていた役人と岡引が急ぎ向かったので事なきを得た

「やはり出ましたぜ!」
「・・・うむ。どうするか・・・」
「なにがで?」
「今晩、あやつをこちらから探す。どこかで待っていれば来ると言うわけでもなさそうだ」
「へぇ・・・」
「もしもの時は・・・」
「へい!任せておくんなさい!」
そうして、正之助は覚悟を決めた


その夜
夜目にもよく分かるようにと、提灯を手に持ち夜回りをしていた
あの時と同じ格好をし、藍屋を中心とした半径5町を何かを探すように・・・

ぱったりと人通りがなくなった夜分であった
川沿いを歩いていると、川の向かいの蔵の連なる道付近に何者かが立っているのを見かけた
どうやら、こちらを見ているらしい
闇の中のその者はよく見えない
だが・・・
僅かに、殺気を感じた
そのまま、ゆっくりと橋に向かって歩む
向こうの何者かも歩みを合わせるかのようについてくる
橋が見えてきた
提灯の明かりを目に入れないように歩む
橋を渡りだすと、何者かはぴたりと歩みを止めた
・・・誘っているか
何食わぬように歩む
目の前を通り過ぎようとした時であった!

チャキッ
ブゥン!!
僅かな金属の音と共に斬りかかってきた
すばやく身を翻してこれを避ける
「・・・お主」
「・・・」
「いや。何も言うまい」
辻斬りは刀を正眼に構えた
こちらは、少し腰を落とし鞘を掴み柄に手を添えた居合いの構え
チャキッっと鯉口を切った
辺りはしん…としていて何も聞こえぬ
投げ出された提灯が後ろでメラメラと燃えている

・・・・・・
悪戯に時が流れていく
「・・・(敵わんかもしれん・・・)」
その敵は並々ならぬ静かな殺気を放ってくる
一陣の風が吹き、どこかでパタンと音がしたときであった
「やぁ!!」
裂帛の声と共に、振りかぶり斬り込んで来た

キィィィィン

こちらも刀を抜き放ちそれを受ける
かん高い音が辺りに響き渡る
「っく!」
なんという重い一撃か!
力負けしそうな勢いになんとか振り払い次の一撃に備える
間髪いれずに踏み込んできた
袈裟懸けの振り
体を捻ってこれをかわすと、そのまま振り向き様に胴を薙ぐ
だが、そこに辻斬りはいなかった
「?!」
そいつは音もなく上に飛んでいた
「っくぅ!!」
上からの一撃!振りかぶった刀が火の光を受けてきらりと光るのが見えた
これを喰らったならばどうなるか・・・
寒気を感じる前に体が動いていた
無理に迎撃しようとはせずに、受ける瞬間膝を折って転げるようにこれをかわした
ばっ!
そのまま二転・・・
立ち上がると、辻斬りは何事もなかったように追撃するでもなくそこに立ち構えていた
「・・・っ・・・はぁ・・・はぁ・・・
息を整える
剣の腕ではこやつを倒すことは恐らく出来ないだろう・・・ならばどうする?
無意識に顔が歪む
こちらもあやつと同じように正眼に構える
「・・・」
「・・・?」
わずかだが、そいつが笑ったような気がした
だが、それも一瞬のこと、次の瞬間!
「はぁぁ!!」
すばやく踏み込んで振りかぶっていた
キィィィン!
その一撃を受け止め・・・ようとしたが・・・
その衝撃、それは手が痺れてしまうほどのものだった
「くぅ!!」
瞬間、刀を手放した正之助。それを見た辻斬りはカタをつけようとそのまま振り下ろそうとした
しかし、正之助はそのまま一歩踏み込んで腰を落とすと同時に辻斬りの腹に掌底を叩き込んだ
「っ?!」
片手で腹に手を当てそのまま倒れこむ辻斬り
正之助はすぐさま立ち上がると、首筋に手刀を叩き込んだ
「かはっ!・・・」
苦しそうに呻くとそのまま倒れこんだ

「だんな!!」
事の次第を見守っていた岡引が物陰から出てきた
「大事無い」
「これは、例の辻斬りですかい?」
「そのようだ・・・」
「けっ!覆面なぞ被りやがって!!」
岡引が十手で覆面を取る・・・
「お?これは?」
そこから、長い髪が零れ落ちた
正之助は側に座り人相を確かめよう胸倉を掴んだ、そのときであった!
ちゅぅ!
「っ?!うむぅ!!」
バッ!!
突然起き上がったと思った瞬間に唇を奪われていた・・・
咄嗟に辻斬りの腹に刀の柄がめり込んでいた

「ハァハァハァ・・・」
荒く息をしながら、正之助は手を見ながら手を握ったり開いたりした
「大丈夫ですかい!だんな!」
「・・・この者・・・女・・・だ」
「女ぁ?!」
「この胸の感触は・・・確かに・・・」
「女が辻斬りを働いていたと言うんですかい?」
「そのようだ・・・」
正之助は、正直ほっとした
口づけをしてきた者が男だったら、この者は男色だったことになる。男に唇を奪われるなどなんとしても嫌だった
「すぐに、縄を打ち一晩番屋の牢に入れておけ!」
「へい!」
そうして、辻斬りを捕らえたということは奉行所へと伝わり、翌日裁きを申し渡られることとなった


翌朝・・・

「これより、白洲を行う。一同の者面を上げよ」
そこには、辻斬りの侍、捕らえた田崎 正之助、被害者一同が呼び出されていた
お白洲の土間には、辻斬りがうな垂れていた。それは、蜥蜴の魔物であった。名を、志保。数年前にこの街へとやってきた。大層な剣の腕前で、とある寺に厄介になっていたらしい
「さて、蜥蜴人 志保。その方、夜な夜な市中にて辻斬りを行ったとあるが・・・これに相違ないな?」
「相違ございませぬ」
「そなたのような、女侍が何故辻斬りなどという騒ぎを起こしたか申してみよ」

「わたくしが辻斬りを行いましたのは・・・」
皆がその理由に耳を澄ます
「行いましたのは、私の婿を探す為でございます!」
「はぁ?」
「わたくしは、いつもわたくしを倒すことの出来る強い殿方を探しておりました。試合を持ちかけても、わたくしが女だと知ると断ってきたり、試合になっても相手にならず・・・。このままでは、いたずらに日が過ぎるだけと思い、辻斬り騒ぎをを起こしたしだいです。その中にわたくしを倒すことが出来るような殿方を・・・と思ったのです!」
「打ち倒すことができる者がいなかった故、辻斬りを起こしたと申すか?」
「はい。決して意趣などではござりませぬ!その証拠に、決して誰も傷付けてはおらぬはず!」
「たわけ!辻斬りを起こす・・・そのこと、侍の風上にも置けぬ奴!恥を知れ!!」
つい、正之助は叱っていた
「控えい!奉行の面前であるぞ!」
「は・・・」
「さて、傷付けてはおらぬというが・・・その方らはどうじゃ?」

「藍屋、葵田又右衛門。その方はどうじゃ?」
「私は、すぐに田崎様に助けていただいたのでこれといって・・・」
「うむ。そちらの浪人はどうじゃ?」
「私も特に。帯を切られただけで・・・」
「では、この者を捕らえた田崎 正之助・・・そなたはどうじゃ?」

「たざき・・・まさのすけ・・・」

辻斬りが、正之助の名を心に刻むかのように呟いた
「私も特には、ございませぬ。されど・・・」
「うむ。その方たちに特に被害はないのじゃな」
「はい」
奉行は少し考えるように沈黙すると、厳かに言った

「・・・裁きを申し渡す」
「蜥蜴人 志保!その方、己が身勝手な理由により、辻斬りを起こし、世間を騒がせたこと断じて許されん!よって・・・」
そのとき、そこにいる者達がゴクリと唾を飲み込む音がした
「よって・・・奉行所門前にて百叩きの刑とする」
「百叩き?!」
そこにいる一同が驚きの声を上げた
「控えい!!本来ならば、市中引き回しの上晒しに掛ける所であるが・・・」
「被害をこうむった者が怪我一つしておらぬこと、蜥蜴人であるということを考慮すれば一考するに値するであろう。なお、百叩きの執行人は、田崎 正之助とする!」
「・・・は?お奉行様今なんと?」
聞き間違えかと思った
「その方が、志保を百叩きするのだ」
「私がでございますか?!」
「何を言っておる。その方、志保を妻としたのではないのか?」
「いつ、私がこの者を妻にしたと?!」
とんでもない言い草に抗議の声を上げた
「・・・?その方、志保を打ち倒した後、契ったのではないのか?」
「何故、そのようなこととなったとお思いか?」
「蜥蜴人は、己よりも強い者を夫として迎えるもの。打ち倒した後、猛烈なる求婚を求められたのではないのか?」
「私が打ち倒した後、すぐに縄を打ちました故、そのようなことにはなっておりませぬ!」
「・・・本当か?志保よ」
「いいえ。お奉行様!わたくしは確かに契りの口づけを交わしました!!」
「なんと!ならば契ってないとは?」
「縄を掛けようと近づいた時に唇を奪われ申したが、あれは契りなどではございませぬ!」
「そんな・・・」
志保が悲しそうな顔をした
「唇を奪われておるのではないか!もはやそなたが志保と無関係と言うわけではないようだ。よって、そのことは当人同士で決めよ!」
「正之助様!わたくしは、あなた様の妻・・・どんな責めも耐えてみせましょうぞ」
顔を朱に染め、笑顔な志保
「・・・なんと・・・ああっ・・・嵌められた・・・
正之助は愕然とした
「これにて、本日の白洲これまで!!」


その日の午後、奉行所前に立て札が掲げられた
“右なる者、婿探しと称し辻斬りを行いしこと不届き千万、よって奉行の寛大なるご沙汰により百叩きの刑とする”

『辻斬りはあの女侍だったのかよ・・・』
『・・・婿探し?また迷惑な!』
『蜥蜴では仕方あるまいな・・・』
『けが人は出ておらぬと言うしな・・・』
『あの女侍を捕らえたのが、後の叩き人というぞ?』
『では、あの者が蜥蜴の夫となるということか?』
『お奉行様も粋なことをしてくださる!』
『いよっ!叩き人!!妻となる女だからと言って手ぇ抜くなよ!!』
『世帯持ったら、最初が肝心よ!きちんと躾ねぇと後が大変だぁな』
『うちのかかぁも、躾けてやりてぇ〜・・・』
『躾が必要なのはあんたの方だ〜!!こぉんなところで道草しおって!!』
『げぇ!かぁちゃん!!』
あははは!と、集まった者達の声
そんな中、百叩きは始まった

「蜥蜴人 志保。これより、百叩きを執り行う。己が犯した罪、しかと心に刻み悔い改めよ!」
「はい」
「では、いざ参る!」

「い〜〜〜ちぃ〜〜〜!」

バシィィ!!

「正之助様の・・・」

「にぃ〜〜〜い〜〜〜!」

バシィィィ!!

「くっ!」

「さぁ〜〜〜ん〜〜〜!」

バシィィン!

「ああ・・・」


役人が数を数える
正之助は何も言わずにもくもくとそれに合わせて志保を打つ

『妻を打っているというのに何も声をかけないとは・・・』
『慰めの一言ぐらいあってもいいような・・・』
『あの蜥蜴は咎人ぞ?あの夫もまた耐えているのだ』
『それにしても、あの打ち方・・・一切力を緩めることなく打ち続けているな』
『あれも、妻を思うが故・・・だろう』
『なんだか・・・あの二人に惚気られているようだ・・・』

「よんじゅ〜〜〜う〜は〜〜〜ちぃ〜〜〜!」

バシィィィン!!

「ああん・・・」
「・・・まだ、半分にも達してはおらぬぞ?犯した罪を悔い改める気持ちを心に刻むのだ・・・」
「ああ!正之助様がお声を掛けてくれた!!」

「よんじゅ〜〜〜う〜くぅ〜〜〜!」

バシィィィ!!

「耐え忍ぶのも妻の務め・・・」

「ごぉ〜〜〜じゅ〜うぅ〜〜〜!」

バシン!!

「あああん・・・正之助さまぁ・・・」


五十を越えた辺りから志保の声音が変わってきた・・・
『おい・・・』
『ああ。なんだかなぁ・・・』
『色っぽくていいなぁ・・・』
そんな声がちらほらと・・・


「はちじゅうぅ〜〜〜ごぉ〜〜〜!」

バシィィィン!!

「あっ・・・ああん!」
「お主・・・これはそなたの不始末を咎めているのだぞ?そのような声を出して・・・すまぬと思わぬのか!」

「はちじゅうぅ〜〜〜ろぉ〜くぅ〜〜〜!」

バシィン!

「あん・・・はぁぁぁん・・・も・・・申し訳・・・」
「・・・」

「はちじゅうぅ〜〜〜ななぁ〜〜〜!」

バシィィィン!!

「あん・・・ありませぬぅぅぅ・・・」

「はちじゅうぅ〜〜〜はちぃ〜〜〜!」

バシン!

「あんっ!・・・志保は・・・しほはぁ・・・」

「はちじゅうぅ〜〜〜くぅ〜〜〜!」

バシィィィン!!

「ああん・・・幸せで・・・ございますぅぅぅ・・・」
「っ!!」

・・・なんの見世物か・・・と正之助はこうなった経緯を悔いた
これでは、私が見世物ではないか・・・
打ち倒した後のあの一瞬の気の緩み・・・
まさか、女で、蜥蜴人だったとは・・・
あの一瞬の接吻・・・それだけでこんなことになるとは・・・

悔いている間に、数は終わりに近づいていく
これからのことを考えると気が重い・・・
観衆は皆後もう少しだと励ましている
これが終わったらどうしろと言うのだろうか・・・


「きゅ〜〜〜じゅぅ〜〜〜は〜〜ち〜〜〜!!」

バシィィィ!

「正之助様!志保が成し遂げるところ・・・見ていてくださいましね!」

「きゅ〜〜〜じゅぅ〜〜〜くぅ〜〜〜!!」

バシィン!!

『頑張れ!後一回だ!!』
『俺たちも応援しているぞ!!』
『あんた達の門出を見ていてやるぜ!!』

「「「「「ひゃぁ〜〜〜くぅ〜〜〜!!」」」」」

バシィィンンンン!!

「あん!・・・はぁ・・・はぁ・・・正之助さま・・・志保は、耐え切りました・・・」

『よくやった!!』
『よう頑張った!』

大歓声が上がる

「咎人 志保!これにて、百叩きを終わりとする。これに懲りて以降、罪の意識を持ち続けることを祈る。仕置終了!解き放て!」
役人が縄を解いてやる

「・・・」
正之助はどうしたものかと、思案した
このままでは間違いなく志保が抱きついてくるだろう
ともすると、観衆の面前で・・・と言うことになりかねぬ・・・
大体、志保を妻にするなど私がいつ言ったのか!
納得のいかぬまま一礼すると一旦、奉行所内へと入ることにした

『どうしたー?女をそのままにして?』
『なんか一言ぐらい言ってやれよー』
『何も言わないまま放っておくのか?』

志保はすぐに立ち上がれないようでへたり込んでいる
「正之助様・・・」
熱を持ったかのように顔が赤い志保
目は涙を湛えて、微笑んでいる
「・・・志保」
「はい」
「ご苦労・・・」
「・・・はい!!」
満面の笑顔
仕方がないので手を貸してやる
おずおずと差し出された手。握ってやると飛び掛るように抱きつかれた
「っ?!」
「正之助様!!志保は・・・志保はぁ・・・」
「・・・志保!こっちに・・・」
「正之助様?」
「いいから来い!!」
「やん・・・そんな…このようなところで・・・」
「なにを言っておる!とにかく、ここではなく!こっちにこい!!」
手を掴んで人々の前から急いで離れる
囃し立てる人々の声が聞こえるが、無視して走り抜ける
人通りのない寺の前まで来ると、手を放してやる

「志保と言ったな。私はおまえを妻に迎える気はない」
「なんと?正之助様!」
「だいたい、そなたが蜥蜴だと知っておればあの時、そなたを捕らえようなどとは思わなかった」
「されど、わたしと正之助様は出会ってしまったのです。どうしても、嫌と申すならば・・・」
「申すならば?」
「申すならば、無理やりでにも!!
そういうと、飛び掛ろうとした志保
咄嗟にまた、腰を下ろして掌底を叩き込んでしまった
「・・・ぐぅ!!」
苦しそうなうめき声を上げて倒れこんだ志保
「・・・はぁ。・・・どうせよと?」
とにかく、そのままに出来ぬと寺の境内に寝かせることにした
迷いもあったが・・・そのまま放置
そうして、正之助は帰路についた

長屋に着くと、長屋仲間が囃し立てた
「よお!正之助さんあの別嬪蜥蜴さんはどうしたんだ?」
「いい機会じゃぁないか。もらってあげなよ!」
「百叩きまでしてやったんだ。妻としておやんなさいよ?」
同じ長屋の人々まで話が通っているらしく、皆口々にそのことを言う・・・
「・・・私はまだ妻を迎える気はない。今のままが気に入っているのだ」
そう言って家に入った
後からため息が聞こえたが、気にしない・・・


その後・・・
いつものように、仁左衛門殿が来ているときであった
長屋の住人が訪ねてきた
「田崎さん。人が訪ねてきているよ」
「人?」
「えらい別嬪さんじゃぁないか。大事にしておあげ!」
赤子を背負った長屋住民がにこにことしながらそう言った
「・・・別嬪・・・まさか」

住人がその場から立ち去ると、戸の向こうに人影が立った

青色の小紋の着物・・・
黄色の帯
裾から見える人とは違った手・・・
四角い木箱を包んだような紫の風呂敷を持っていた
顔を見れば・・・
いつかの辻斬り・・・こと志保だった
白い肌・・・紅をさし・・・とても美しかった
侍姿の時と違って、物腰が柔らかくなっていて目を疑った

「正之助様」
「・・・志保。どうしてここが」
「いろいろと訪ね歩きました」

「田崎様?なにかとお話がございましょう。私はこれにて・・・」
仁左衛門殿が気を利かせて帰っていった

志保を上がらせて、茶を出してやる
「・・・それで、何ようかな?」
「はい。わたくしをあなた様の妻にして戴とうございます」
「・・・それは、無理と申し上げたはずです」
「何故でございますか?」
「私のような貧乏な食い詰め浪人のところではなく、もっとよい男がこの世には多くおるでしょう」
「しかし、あなた様はわたくしを打ち倒したのです。もはや、あなた様以外は考えられませんわ。貧乏をお気にされているのですか?ならば・・・」
と言うと、持ってきた風呂敷を広げ、中の箱を開けた
そこには、切餅がいくつか入っていた
「支度金です」
「支度金ですと?!」
「それと、これを・・・」
一通の書・・・
それがなんであるのか、正之助にはすぐに分かった
それは、証文だった。前に、長屋住民が風邪を拗らせてしまった時に、金貸しから借りたものだった
「あなた様は、長屋の中の病人のためにお金を借りて薬を差し上げたのですってね。わたくし、そんなあなた様に惚れ直しました。ですから、ここに居させて下さい」
「志保殿。これを・・・」
正之助は懐から、一両を取り出すと差し出した
「これは?」
「その証文の額です。そして、支度金を持ってお引き取りください。私は、今の生活が気に入っているのです」
「わたくしは、あなた様をあきらめる気はございませぬ」
「・・・なんと言われ様と、私の心は変わりはせぬ」
「あなた様が、首を縦に振るまであなた様の元へ通いまする」
「・・・」
しっかりと正之助を見据える志保・・・
その一途さにどうしたらいいのか分からなくなっていた
それはそうと、あの時のことを少しばかり聞いてみることにした
「志保・・・」
「はい!」
「なぜ、あの時藍屋付近に出没していたのだ」
「最初の時・・・お会いしたあなた様を見て・・・出来る方とお見受けしました」
「私は志保と剣を交え、敵わぬ・・・恐らく斬られると覚悟をしていた」
「わたくしの目的はお強いお方を探すこと・・・血を見るのは好きではございませぬ」
「そうか・・・」
「はい!ですから、薄れる意識の中あなた様に口づけを・・・」
「・・・」
苦い顔になった正之助
あの一瞬の気の緩みがこんな事態になっているのだ
「口づけだけでなく、わたくしはあなた様と契りとうございます!」
熱い眼差しの志保・・・
心のうろたえを悟られないように、逃げるように言った
「・・・とにかく、今日のところはお帰り頂こう」
立ち上がり、戸を開いて帰るように進める
「そんな・・・っ・・・。では、今日のところははこれにて・・・また」
少し耐えるようにそう言ってその日は帰っていった


翌日・・・明け六つ

「正之助様ーーー?正之助さまーーー!」
朝っぱらから志保の元気のよい声が聞こえてきた
眠い目を擦りながら、戸を開けると・・・

「正之助様!おはようございまする!ご飯まだでしょう?作りに参りました!」
「志保殿?そのような事は・・・」
「いいえ!わたくしはあなた様の妻なのです!例え今はあなた様と一緒の暮らしが出来ずとも、いつかきっと!!」
「・・・」
「なので、少々お台所を借ります!」
元気のよい志保に気押されてしまった正之助
眠気でぼぅとしていたために押し切られた

「生きのよいあさりが手に入りました。なので、あさりのお味噌汁を作りまする!」
見れば、砂抜きをしたと思われるあさりを入れた桶が戸の下に置いてあった

てきぱきと朝飯の支度をする志保・・・
飯を炊き、味噌汁を作る手際の良さ
朝食を作る間、ずっと志保のしっぽが楽しそうに動いていた
「・・・蜥蜴・・・か」
物珍しそうに正之助はその様子を見ていた
気が付けば、目の前に一汁一菜の膳が並べられていた
「はい!正之助様!!」
茶碗にご飯を盛って差し出している
「あ・・・ああ」
驚きを持って、ご飯と志保を見比べる
ふふっと、ニコニコとしている志保
互いに箸を持つ
「「いただきます」」
一礼をして、頬張る

「・・・どうでしょう?」
「・・・」
正直なことを言えばよく分からなかった
志保がいて、朝飯を共にしていると言う事実
口の中に入れた飯の味が分からなくなるほど、心が揺らいでいた
「おいしくなかったですか?」
「いや・・・うまい・・・」
そう言って、今はご飯に集中しようと味わうことにした
「・・・ほっ・・・」
「・・・確かに生きのよいあさりだ・・・」
十分に味噌汁に染み出たあさりのうまみと味噌の味が正之助の口の中で踊っていた
目を閉じて味を愉しみたくなるようなうまさ
「・・・ふふ」
ゆるりと咀嚼しながら食べているとうれしそうに笑う声が聞こえた
目を開けると覗き込まれるように見られていた
「・・・如何なされた?」
「あなた様をよく見ようと・・・」
そう言うと志保の顔が赤くなった
「・・・」
「・・・」
互いにちらちらと見る
目が合うたびに微笑む志保に正之助は気恥ずかしくなった
そうこうしているうちに、食べ終わってしまった
「馳走になった」
「はい。お粗末さまでした」
そうして、茶まで入れてくれた
静かに頂く
「・・・志保よ。襲わぬというのならばここに来てもよい・・・」
茶を飲みながら思案していたことを正之助は口にした
「・・・はい!」
うれしそうな志保の声
「・・・」
うつむいてそれでいいのかと考えている時だった
「・・・正之助様ならばいつ襲われても構いませぬ!」
「っ!」
志保を見れば、頬を赤らめてしっぽを抱きかかえその先端を口に入れて舐めていた
なんとも色っぽい・・・
あつく見つめるその目は、潤んでいる
熱に浮かされているような顔だ
「正之助様・・・もっとお顔をよく見せてくださりませ」
「・・・っ」
とても気恥ずかしくなって後を向いてしまった正之助だが・・・
追い討ちをかけるように、その背にしな垂れかかった志保
胸に手を回され肩辺りに感じる頭の重さ
その下に感じる柔らかなふくらみ・・・
だんだんと心拍が上がるのを感じていた
「っあ・・・」
「正之助様ぁ・・・お慕いしておりまする・・・」


そんな時・・・
バタン!!
大きな音がした
振り向くと、戸を下敷きに長屋住人達が地に這って押しくら饅頭になっていた
『へへへへ!』
『すみやせん田崎さん』
『俺たちに構わず、先を・・・』
『見ちゃいられないよー!そこは田崎さんが別嬪さんを押し倒さなきゃ!』
やいのやいのと声が上がる

頭が痛かった・・・
ゆらりと立ち上がると・・・
「出てけー!!」
一喝した
あわてた住人達が転げるように出てった
荒い息を静めて・・・一言

「・・・志保」
「はい」
「気分がすぐれん。今日のところは帰ってくれ」
「何故でありましょうか?」
「とにかく帰ってくれ」
「お気分が優れないと言うのでしたならば、わたくしが看病を・・・」
「ならん!」
「・・・はい。失礼しまする・・・」
しゅん…とうな垂れて去っていく志保
少し正之助の良心が痛んだ


『あんたが戸を破るからこうなったんだ!』
『かぁちゃんこそ俺の後ろでひっくり返ってたべ!』
『なにおぅ!この宿ろくが!』
『なぁ、志保さん』
『はい・・・』
『田崎さんは今はあんな風だが、やさしい人だすぐに迎えてくれるさ』
『はい!いつまでも待ちまする!』
『・・・ったくこんないい別嬪さんがいるのに、田崎さんったら・・・』
『田崎さんのどこさ惚れたんだ?』
『わたくしを打ち倒したこと・・・情にほだされず、力をゆるめることなく百叩きしてくださったこと・・・そして、わたくしのご飯をおいしいと言って召し上がってくれたこと・・・』
『いいねぇ!新婚さんは!!』
『おっとぅ・・・うちらもまた頑張ってみるか?』
『おまえ・・・』
そんな声が正之助の耳にまで聞こえてきた
見れば、井戸の端で長屋住民達が志保を交えてしゃべっていた

「・・・」
志保か・・・
確かに、いい機会やも知れぬ
だが・・・
気ままな日常、すぐに変える気はなかった
少しずつ・・・少しずつな・・・
そう思いなおし、また傘づくりへと正之助は戻っていった



昼時・・・
「正之助様?正之助様ーーー!!」
また元気な志保の声が聞こえる
さて今日はどんな日となるやら・・・
静かで気ままな暮らしが、騒がしく面白い日々に変わったことを愉しみながら
志保を中へと入れてやろうと正之助は腰を上げたのであった・・・
11/04/17 20:42更新 / 茶の頃
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■作者メッセージ
リザードマンさん・・・どうしてこうなった?!

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