連載小説
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4.姨捨
照りつけるような、ギラギラとした日の下を歩いていた
生暖かい風が木の枝を揺らす
そんな、枝の隙間から降り注ぐ木漏れ日
夏の強い日差しをいくらかやわらげてくれる
しかし、相変わらず辺りを覆う風は、緩く纏わり付くようだ

ギャ、ギャァギャァギャギャ・・・
バサッバサバサ・・・

カラスだろうか?嫌な声を上げて飛び立つ鳥・・・
そんな声に薄ら寒いものを感じる
そこは、誰も通ることのない獣道
さわさわと夏草が風に揺られる音がする
しかし、それ以外の音はしない・・・
真夏だと言うのに、蝉の鳴き声すらしない
時々、どこか遠くで鳴いている声が聞こえるのみ・・・
生き物の気配すらない・・・

体を伝うのは、汗であるのか冷や汗であるのか・・・
とにかく不気味な気配に私は及び腰になるのを抑えて先を急いでいた

数日前・・・
ご家老様より探索方である私の所へ直々にとある探索へと赴くようにお達しがあった
ある探索とは・・・
“人食い鬼が現れた”
と・・・

戦が終わりしこの頃、我が国は狭く急であった街道を新たにするために新しい道を作ることとなった。周りの諸国との交易を活発にし、国を豊かにする為の街道。道を作るところを検分していた矢先、検分をしていた者が鬼に襲われたという
白き髪を振り乱し、大きな口をあけ舌を垂らし獣のような素早さで噛み付こうとしてきたらしい・・・
刀を抜く暇も与えず、暗い森の中から飛び掛り首筋を狙ってきたと言う
這う這うの体で鬼から逃げ出したが、いつまでも追いすがって来た。もうダメかと思った矢先、森が途切れ日のよく当たるところへと来るともう追ってはこなかった。やっとのことで逃げ帰った・・・とのことであるらしい

「戦の世は終わり、これからは平和な世へと移ろうであろう。それに合わせ我が国も街道を整備し国の繁栄に尽くす・・・これこそ、我らの役目。民、百姓達が安心し幸せを噛み締めることが出来るような国を作ること、我らに課せられた使命ぞ?」
と、言うことで私は怪異の正体を突き止めるべく彼の地へ行くこととなったのである

その後、数日間私は城内にある書庫に篭り問題の地のことを調べることにした・・・
書庫にある記録を調べると驚くべきことが分かった
その地には、悲しき話が残っていた

戦の乱世・・・
彼の地は、飢饉に見舞われていた
度重なる戦乱により田畑を焼かれ、収穫の時期になると略奪が起こり、田畑を耕す時期になっても男どもは戦に取られ・・・
なんとか作物を作り命を繋いでいった
しかし、度重なる戦乱に神の怒りに触れたのか
雨が降らなくなってしまった・・・
蓄えも底を尽き、その村がとった方法とは・・・
姥捨て
年老いた者から村を離れ山に向かう・・・
山に向かった者達がどうなったかは・・・誰にもわからない
・・・そんな話

その話の真偽を確かめるべく、検分の者が襲われた地へ赴く前に舞台となった村に立ち寄った
村長は言った
「確かに、かつて戦の世において姨捨はなされました。少ない食料を分け合いましたが口減らしが必要となり、年老いた者から村から離れ山に行き・・・果てて逝きました・・・」
悲痛な顔をして長は答えてくれた
「彼らが入山したのはいずこでござろうか?」
長より聞き出したのは、やはりあの襲われたという地の近く

「行かねばなるまい・・・」
「…お気おつけなされ。その地の更に奥の山には滝がありまする。もし、鬼が住んでいるならばその辺りでありましょう」

本当に、彼の地に人食いが存在するのか・・・
私は長に礼を言い彼の地へと向かうことにした


身の高さを越える薄暗き藪
風に揺られる木々のざわめきすらも聞こえない・・・
時折、蝿や薮蚊が飛んできては嫌な羽音をたてる
そんな場所
その奥には何かが潜んでいるように思えた
汗ばむ手の平
足音を立てないよう慎重に歩む

と、藪の足元に何かを見つけた
掌より少し大きめの石
ここいらの石は皆、丸石なのに対してその石は所々欠けているように見えた
手にとって見ると、石に何か人の手を加えたような後があった
こびりついた泥を掃うとやはり何かが彫られていた
そこには、手を合わせた菩薩か地蔵のようなものがでてきた
「・・・?」
人も近寄らぬ獣道
ならばこれは・・・まさか
深い藪を掻き分けるとそこからは急な斜面となっていた
斜面を登り藪越えた先には、開けたところがあった
そこは、草も木も生えていなかった
「・・・」
辺りを囲む藪にはどこにも道はなく何故ここには何もないのだかわからない
向こうの松の木の下には、先ほどの石より大きなものがある
風雨に晒され形が分からなくなっている地蔵・・・
苔むしたモノ・・・
倒れ朽ちたモノ

・・・一体誰が?
姨捨の者達によるものだろうか・・・
ここをもっとよく調べてみようとした時であった

ガサガサ!!

奥からなにか物音が近づいてくる
私は、いつでも刀を抜けるように身構えた・・・


「・・・っ!」
ひと目見てギョッとした
白き髪の毛、褐色の肌、だらしがなく口からでている長い舌
そんな女が、顔を出した
『ひ…と?・・・おとこ?・・・おとこぉ!!』
こちらを見ると、うれしそうにそう言って飛び掛ってきた
人に有るまじき脚力で飛び跳ねると、口を大きく開けたのが見えた
抜刀するより早く圧し掛かられた
てっきり、前回の者が首筋を狙われたと聞いたものだから、首筋を腕で庇った
だが、いくら待っても首を噛み千切られる素振りはない
「?」
腕を下ろしてみると、女は腹にまたがり私を見下して言った
「いただきます♪」
獲物を捕獲したというニヤついた目と大きな口が見えた・・・


女は私をがっちりと押さえ込むと、頭と顎を手で押さえ無理やり口を開けさせた
女は口づけするように舌を差し込んで、口内を嘗めはじめた
「っ?!」
口の中に女の舌と唾が入ってきたと思ったら、言い知れない感覚が襲った
「!???」
唾液が口の中に流れ込むにしたがって甘い痺れがすべてを麻痺させる
「ああっあああ!!!」
女からあふれ出す唾液が私の中へ流れ込む
飲み込むまいとしても、言い知れない感覚が口の中を襲い無意識に飲み込んでしまう
私は、口や臓腑から体の中を溶かされてしまったかのような感覚に恐怖した
そして、何も考えられなくなった・・・
抵抗をしなくなった私を見つめると、女は剥ぎ取るように袴を脱がせた
晒される分身・・・
下半身を見つめ、鼻元ですんすんと臭いを嗅いでにやりと笑ったかと思うと、一気に口に含んだ
「ううう。うぁぁぁぁぁぁ!!」
臓腑で味わった痺れが分身を襲った

舌で…口の中で…
変幻自在にかわる口の中・・・
それは、私に更なる快楽を与えた
知らずと、股間から競り上がる感覚
我慢することも出来ずにそのまま放つ

「あはっ♪」
そう言った、女の口の中は白い精をたくさん含んでいた
「・・・足りない!もっと・・・もっと・・・!!」
再び、我が分身をしゃぶり始めた
その舌で舐められれば舐められるほど
口を窄め扱けば扱くほどに
我慢などできずに、精を放ってしまった

時間の感覚などどこにもない
幾度も夜が来たような気がするしそうでない気もする
私は、ただただ女の与えてくれるこの快楽に身を委ねてしまっていた・・・


「はぁはぁはぁ・・・ああ好いぞ・・・ああっ・・・っく!!」
「またぁ・・・またでたぁ♪」
上目使いにうれしそうな顔をしてこちらを見る。そんな顔を見ると、もっとくれてやりたいと思うようになっていた
口が離れると、頭を掴んで口に咥えさせる
そんな私の様子に満足したのか、満面の笑みを浮べるこいつ
果てるのはこれで何度目になるのだろうか、もうそんなことはどうでもよかった
信じられないほどの回数、その量も尋常ではない
すべてをこいつに・・・身を任せてしまいたいと思うようになっていた

そんな時・・・

・・・ドン
 ・・・ドン
  ・・・ドン

今は、一体いつなのだかわからなくなっていた頃・・・
どこからともなく、腹に響くような太鼓の音が聞こえてきた
ああ、あれは登城開始の音だ・・・

『民百姓が安心して幸せになるような国作りを・・・』

「!!」
誰かが言っていたことを、唐突に思い出した
・・・城の太鼓が私を正気に戻してくれた
こんなことをしている暇ではない・・・と
だが・・・どうする?こいつから離れたくないとも思う

相変わらず女は股間を舐めしゃぶる・・・
下半身には尚ずっと甘い痺れが走り続ける
体は貪欲に快楽を求めようと女の頭をぐいぐいと下半身に押し付ける
されど、それとは別にまるで心の中にもう一つの自分が出来たかのように冷徹にそんな自分を見つめる心があった
「なんとかして、このことをご家老さまに伝えねば・・・」
と・・・

女は飽きたのか私のイチモツをペロッと舐めると私の顔を見てにやりと笑った
しかし、すぐに今度は別の場所を舐め始めた。肩だった
「うぐぁ・・・がっ・・・うぁああああああああああああああああああ!!」
何があったかわからなかった
イチモツを舐められていたような痺れが肩を襲う
肩を溶かされてしまうかのような気持ちよさを感じたとき、こいつは噛み付いた
治りかけの傷口を舐められたかのような感覚と、俊敏になっている傷口に刃を刺された様な感覚に恐怖した
本能か体がそれから逃れようと女を押しのけ逃げ出そうとするものの、がっちりと組み伏せられていて逃げ出せない
振り上げた手は空を掴むばかり

どのくらい経ったのか
いつしか甘い痺れは治まっていた
女は・・・
肩口を見ている
目を窄めて、うっとりと見ていた
肩を見れば歯形がくっきりと刻まれていて赤くなっていた
女と視線が合う
まるで、お前は私のモノだと言わんがごとくにやけると見せ付けるように舌を出した
「もう・・・あんたは私のモンだ!・・・♪♪」
そう言って、すりよってくる女

あれから幾時たったのだろうか・・・
女はさっきから分身にむしゃぶりついていて、離れようとしない
私の目の前には、女の尻が揺れている
無防備だなと思い触れたらどうなるかと思った
尻に手を添えて、女の下の口を見やる
肉の蕾が赤くなって縮こまっていた
悪戯心に火が付いた
舌で蕾を刺激してやる
「?!!」
ビクッと女の背が仰け反る
構わずに舐めてやる
「あっああああっ!!!」
私の分身にしゃぶりつくのも忘れて腹の上でビクビクとしている
女の下の口がビクビクとしているのをお構いなく、手で開いてやる
そして、蕾もキュッと摘んでぐりぐりと指を差し込んでやった
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁッぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!』
今度は女が悲鳴を上げる方だった
下の口を舌で舐め上げ、共に指を差し込んでかき混ぜてやる
背を弓のようにしならせ、びくびくと失神したかのように気絶する女・・・
「っ!っく!!」
上に覆い被さる女をなんとか押しのけて立ち上がる
一瞬、迷いが頭に浮かぶ
しかし・・・
一刻も早くここから逃げなければ・・・と言う思いもある
民百姓のために・・・

そこいらに散乱している持ち物を一つにまとめて山を駆け下る
身なりを整えている暇はない
山を駆け下り獣道を走る
どのくらいしたか・・・

ガサッ!ガサガサガサッ!!!

すぐ近くから何かが迫ってくる音がしてきた
もう、来たのか?
すでに体は限界だった
それでも、喝を入れてひた走りに走った

『はぁっ・・・はぁっ・・・待って・・・待ってよぅ』
後から声が聞こえる
声が聞こえるほどの距離に居ると言うことなのか?
泣きそうに哀願する声に足が止まりそうになる

突然、視界が開けた
目の前が真っ白になる
そのまま走ると、後ろから声がした
振り返ってみる
『・・・行かないでよぅ。ふたりでいようよぅ・・・』
あの女だった
日陰の中で悲しそうにこちらを見ている
どうやらこちらには来れない?ようだ
ここから先には、あの村がある
かつて、彼女が人だったときに姨捨を行った村・・・
魔の者となってからは人だったときのことなど忘れたのかもしれない
でも、あそこからこちらに来ないということは、かつての思いがどこかに残っているのかもしれない・・・
悲しそうな顔をして女は自分の指を口に入れながら去っていった・・・




私はその場にへたり込んだ
見れば体は傷だらけ、血だらけであった
唐突に喉が渇いた
竹筒にはまだ水が残っていた
・・・うまい
まるで何年も口にいれてなかったかのように体に染み込むかのようだった

それにしても・・・あの者・・・魔性の類に違いあるまい
あの時のことを考える
あの女に舐められ、下のモノを吸われたとき・・・
脳天から足のつま先まで何かが走り抜けるかのように甘い痺れが通り抜けていった
何も考えられなくなって・・・何度も果ててしまった
あの獲物をねぶるかのような眼つき・・・思い出すだけであの痺れが甦ってくるようだ
知らずに分身が硬くなる・・・

私は知らぬ間に肩口を触っていた
肩についたこの歯形・・・下のモノを吸われたときと同じ・・・いや、もっと強い痺れが肩を襲い・・・
・・・っ
わからない・・・体から魂までを熱い泥の中へと引きずり込まれたかのような・・・
はぁ・・・はぁ・・・
・・・やめよう。考えるだけで、あの者のところへと戻りたくなって来る
それよりも、せっかく正気を取り戻したのだ。早く城へと戻り、事の次第をご家老様に報告しなければ!


一息入れた後、身なりを整えその足で城へと向かった

「良くぞ戻った!」
ご家老様は、私を見るなりそう言った
「はっ!」
「やはり、鬼がおったのだな!」
私の身なりは、着物や袴は破れ草履も無い裸足・・・
髪は浮浪のように乱れ、髭は伸び放題という有様であった
「はっ。彼の地には姨捨を行った記録がありその山に向かいましたところ、かの鬼がいたしだいです。私も襲われましたが・・・なんとか隙をみて逃げ出したしだいにございまする」
「して、鬼の数は?兵を集め鬼退治をしなくてはな!」
「・・・わかりませぬ。されど、悪戯に兵を動かすのは如何なものかと」
「何故じゃ?」
「後どれほどの鬼が潜んでいるのか皆目見当もつきませぬ。そして、どれほどの被害が出るか・・・」
「しかし、街道はどうなる?あの地をおいて他に道を通す所などあるまい」
そう、あそこは計画の上でもっとも適していると思われていた
もう一つ、計画された場もあったがそこは川を渡らねばならず不可とされた
川は流れが速く、大水が流れるとすぐに溢れ氾濫する
橋を架ければ流される始末・・・
そのために川を渡る案は見送られた

「・・・恐れながら・・・私に腹案がありまする」
「腹案じゃと?」
「はっ」
「・・・申してみよ」
「隣の国の国境すぐのところで川を渡ってしまうのです」
「あれは、無理とされたのではなかったか?」
「はい。あそこを渡ってしまえば川に沿う丘の上を街道とすることが出来まする」
「確かに。されど、大水ごとに橋を流されるのでは、旅をする者達にとって安心できる道ではあるまい」
そう、それが最大の問題。しかし、それを打開する案を考えていた
「・・・流れ橋。と言うものを聞いたことはござりますか?」
「流れ橋じゃと?」
「はっ。とある地にて、やはり、大水の折何度も橋を流されたことにより考え出された橋にござりまする。橋桁と橋脚を故意に繋げない作りとなっており、大水の際には橋脚はそのままとなり橋桁のみ流される仕組み。橋桁を縄や鎖にて繋げておけば、水勢が弱まりました折、また橋脚に戻せば橋として使うことが出来まする」
「ほう。そのようなものが考案されているとは知らなんだ」
「国境に作ることにより、関所に用人を置き大水の際に対応させることも可能かと」
「なるほどな」
「川の流れに沿い街道が出来ますればあの地を大きく迂回することとなり万が一、鬼が近くに来ても川を渡ることになり旅の者たちもすぐに逃げおおすことが出来ましょう」
「確かに、いかに鬼とてあの川を渡るのはきつかろう」
「あの地を忌地とし人が近寄れないようにしてしまうのがよろしかろうと思われまする」
「・・・うむ。街道の整備は急務。そのような時に兵を回す余裕は確かにないのう」
そして、ご家老様は考え込んでしまった
街道には、旅人が安全に旅を続けられる必要がある。鬼や魔の者が旅人を襲うようなことがあってはならない
もう一押しなにか案を出さなければご家老さまは首を縦には振らないだろう
探索のおり、各地に行った時に聞いた話をもう一つ出してみることにした

「ご家老様。さらに、橋と街道を作り上げた後、その人足を使い川そのものの流れを治水することも考えねばなりますまい」
「どういうことじゃ?」
「はっ。街道を作ることによって一部の者達は栄えましょう。されど、それだけでな恐らく国の民すべてを豊かにすることは叶いますまい。現にあの川の下流に住む者達は大水の度に田畑を流され困り果てておりまする。広大な平地があるにもかかわらず、出水にて耕すことも出来ない地。治水を行い川の流れを弱めることが出来ましたならば、あの地の新田開発を進めればもっと豊かになることとなりましょう」
「いかにして、治水を行うのじゃ?」
「はい。これは、山深き盆地にて考案されたものでございまするが・・・堤を作りまする」
「堤とな?」
「川の中にわざと障害となるものを沈めまする。そうして、それと川の流れをぶつけ勢いを削ぐ方法にござりまする」
「急な流れをわざとモノにあてて力を削ぐか・・・」
「はい。そうすれば、いかに流れの速い川とて穏やかな川となるでしょう」
長く考え込んでいたご家老様は「うむ」と一声頷くと笑みを浮べて言った
「その方、良くぞ思いついた!街道整備と共に治水を行い新田開発に努めるか!確かにこれならば街道整備の人足をそのまま新田開発に使える。でかした!」
「は。ありがたきお言葉」
ご家老様のお褒めの言葉・・・
しかし、私は違うことを考えていた
街道をずらすことが出来れば、あの姨捨の地には誰も近づかなくなるだろう。そうすれば・・・
・・・それを考えただけで、体が疼く・・・

そうして、街道は川を渡る案とすることとなったのであった
私は城内にて、必要物資の出納や人足の管理を任されることとなった


ある日の夜更け
今日中に終わらせようと思っていた人足帳のまとめを行っていた時であった
「お疲れ様にございます。まだ、居残りででありましょうか?」
「今日中にこれを終わらしてしまいたいのです」
同じ役人が挨拶をしてきた
「お手前様は、探索方でしたな。座り仕事は慣れませんか?」
彼は、私を指差してそう言った
指摘で気づいたのだが・・・
私はいつの間にか左手であの歯形を触っていた
「はぁ・・・どうやらそのようで・・・」
「ならば、そうそうに引き上げられたほうがよろしかろうと・・・。では、ごめん」
会釈をして去って行く同僚

私は唖然とした
指摘を受けるまで歯形を触っていたことすら意識していなかったのだ
あの甘い痺れ・・・
すべてを投げ出して浸ってしまいたいと思うことがたまにある
寝ていると時々夢の中に出てきては、私をじらすあの女・・・
体が求めるのか・・・朝起きてみると精を放ってしまっている時がある
だが、まだダメだ
街道が出来上がるまでは・・・
欲望に負けそうのなるのを、説伏せる

どのくらいの歳月が足ったのか・・・
その街道は出来上がった
狂いそうになるのを堪えた
堪らずに、股間に手が伸びたこともあった
だが、それでは満足できなかった
やはり・・・あの女でなければ・・・

その日、街道の開通を祝って祭りが催された
国の殿様、家臣、国外の来賓などさまざまな人々が、この国の未来を祝う
そんな中私は人々の祝いの宴を一人、そっと抜け出した

早く・・・速く・・・はやく・・・ハヤク・・・

体が疼く・・・
待ち焦がれたあの快感・・・
知らずに手が肩口に消えることなく残った歯形を触る
もはや、一刻の時間も惜しい
はぁ・・・はぁ・・・
いつしか、あの女のように大口を開けて舌を垂らしていた
夢に出てきてしまうほど、私はあの女に焦がれていた

お役目に対する義理はすべて果たした
街道は無事に通り民百姓は豊かな未来を築くだろう
あの姨捨の山は人々の記憶から消されこの先ずっと禁忌とされて誰も近づくことさえなくなるだろう
そうすれば・・・ふたりきり・・・
自然と笑みが浮かぶ・・・

私はあの襲われた辺りにいた
獣道・・・両側には深き藪・・・
どこだ?
ガサガサと辺りを探すと千切れたような草履を見つけた
あの時なくなった草履であった
そこから、奥へ・・・奥へ・・・
藪に阻まれながらも坂を昇る
と・・・開けたところに出た
見渡すと、いつか見た朽ちた地蔵が祈りを捧げている・・・
どこだ?あいつは・・・

“奥の山には滝がありまする。もし、鬼が住んでいるならばその辺りでありましょう”
かつて、誰かが言っていた話・・・
「滝・・・」

どこからか水の流れる音がしてきた
「・・・」
「?」
視線を感じた
どこだ?・・・どこからだ?
「どこだ?」

ガサッガサガサガサ!

近くの藪の中から何かが飛び出してきた
・・・白き髪・・・赤き手足・・・大きな口で・・・長い舌・・・
あの女・・・だ
女は驚いたような顔をしている
「あ・・・あああ・・・」

私は、片の着物を脱ぎあの歯型が見えるように、と女に見せた
「!!・・・戻ってきたっ・・・戻ってきたぁーーー!!!」
女は戻ってきた喜びなのか
目をまん丸に開けると抱きついてきた
いつかつけた歯形を確認するかのように、女は肩の歯形にむしゃぶりつく
「どこに行っていたんだよぅ」
「すまん。待たせた・・・」
思いっきり抱きしめてやった
甘い痺れが全身を駆け巡る
全身の肉が緩んでしまうかとも思えたが、なんとか踏み留まる
「さあ、もっと奥へ行こう。ここでは誰かに見つかってしまうかもしれぬ。ふたりっきりで居られる場所へ・・・」
力抜ける体に鞭を打ち、女の髪を撫でながら気力を振り絞る
滝のある崖には洞穴のような穴が開いていた
そこで、女を下ろしてやる
甘える女に身をゆだねながら思った
ここでいい。これですべてを忘れられる・・・



以後、彼らの姿を見たものはいない・・・
11/04/03 22:12更新 / 茶の頃
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