読切小説
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鐘響くその丘で
私はある街にレポートを書く為にやってきた
その街は戦争で壊滅的な被害を受けたにもかかわらず、すぐに復興したという
その原動力は何だったのだろうか?それを知りたくてこうしてやってきた

カーン カーン カーン

駅前に広場には時計台から軽やかに鐘の音が響き渡っていく
広場には、お年寄りたちが集い平和なひと時を過ごしている
昔のことを聞くならば、生き字引に聞くのが一番であろうと彼らに昔のことを話してもらった

時計台があったから―
と、彼らは言った
かつて、この街には大きな製糸工場があった。戦時中も多くの糸を生産し、戦争が終わりに近づくと爆撃を受けるようになった。街や工場周辺などは徹底的に爆撃を受け、壊滅的な被害を受けたという。その時この時計台も崩れ落ちてしまった

遠い昔を思い出すように、その老人はかつてのことを語ってくれた

街が焼け野原になり戦争が終わって、皆生きる気力をなくしていた。それでも生きていかなければならない
皆、必死だった。わずかに残ったものを使い家を建て、食料を調達し命を明日へ、明日へとつなぐそれで精一杯だった
そんな時、一人の復員兵が街へと帰ってきた。彼は街の時計台を作った家の者だった
傷痍軍人となって帰ってきた彼の実家はすべて焼け、家族も亡くなっていた。物乞いのように生きていたという
あるとき彼は崩れ落ちた時計台の時計を直し始めた
戦争で不自由になった手足を引き摺りながら少しずつ…少しずつ直していった
彼の祖父と父が街の発展を祈り寄贈した時計。外国から輸入し、一つ一つ組み上げたという
こうして、時計は復活し街や人々はそれに励まされるように復興していった

時計の修理をした彼はどうなったのか―
と、聞いてみた。すると、時計の修理を終えると姿を消したらしい・・・

私達の話を聞いていたのか近くにいた老夫婦は、それとは違う話をしてくれた
街の復興には、櫻様が街を見守ってくれたから― と話をしてくれた

櫻様とは、この街の片隅に古くからある桜の木だという。小高い丘にあり、爆撃を受けてなおその一本だけ生き残ったそうだ。焼夷弾に焼かれながらも翌年花をつけた。そうして、桜は復活のシンボルとなった
戦後、時計が復活すると時同じくして、狂い咲きとも言えるように満開の花をつけるようになったらしい
この人ともそこで結ばれたのよ?と寄り添う夫婦が微笑ましく、私は彼らに礼を言い桜の木を見に行こうと足を向けた



―――――――――――――――――――――――――――――――――――


太正―――
とある街の時計屋に一人の男の子が生まれた
太正という和洋折衷の文化は、こんな田舎町にも花開き西洋のものを買い求めるものは多く、時計屋も繁盛していた
彼は、物心付く頃には注文を受けた家に品物を届けたり、壊れた物を受け取りに行ったりして家の手伝いをしていた
照和に入ると、彼の祖父や父は街の発展を願い、輸入物の鐘付き時計を街に寄贈した
そして駅前に、時計台がつくられた

彼はよく街外れの小高い丘に来た
手伝いの間に来ては街を眺める。あの時計台と街の様子を一望できたからだ
街の発展に貢献した家のことを誇らしく、街をやさしく包み込むように鳴り響く鐘の音を聞くのが好きだった

そんな彼だったが、ある日彼と同じように街を眺めている人がいるのに気が付いた
鮮やかな赤い着物を身に纏い、腰まで伸ばした黒髪を後ろで束ねている
顔立ちは白磁のように白く面長で、大きな眼がやさしげに街を眺めている
小ぶりな口元は紅を引いているかのように紅く、その美貌に目を奪われた
その日から彼は、街の景色と彼女に会う為に丘に来るようになった。会うといってもただ眺めるだけ。声を掛けても気が付かなかったのか、声が届かなかったのか、聞こえないのか…とにかく彼女は街を眺めているだけだった

その日、もう日が落ちかけていた。街から、カーンカーンカーン と鐘の音が鳴り響く。もう帰らなければと思ったとき、一瞬、彼女がこちらを向いた
交差する視線…
「あの!」と、この瞬間を逃すまいと声を掛ける
彼女は驚いた顔していた
そして、そのまま夕日に溶け込むように姿が消えた・・・
消えた?辺りをくまなく探してみたが彼女はいなかった
夢だったのか?化かされたのか?・・・わからない。とにかく明日また来てみようと思った
翌日、はやる気持ちを抑えて、いつものように丘に来た
彼女は・・・いた!いつものところに・・・
近づくと、こちらに気づいたのかやはり驚いた顔をした
声を掛ける
その日から彼と彼女の逢瀬が始まった

彼女はどうやら口が利けないらしい
名や住まいなどを聞いても顔を振るのみ
だから彼は、彼女のことをそこにある櫻にちなんで櫻の君と呼んだ。そう呼ぶとうれしかったのであろうか笑顔を見せてくれた。そして、彼はいろいろなことを話していった。家のこと、家族のこと、街のこと、そして、自分のこと・・・
聞くことすべてが珍しいのかうれしそうに話を聞いてくれた
いつしか、彼も彼女が何も言わなくてもなんとなくわかるほど、通じ合っていた
この頃、彼は時計屋を継ぐべく多忙な日々を送っていた
そんな多忙な中彼女の元へ通う。初めて組み上げた銀の懐中時計を見せたると、目を丸くして感心してくれたりするのがうれしかった
櫻の花びらを模った珊瑚のかんざしを贈り髪に刺してあげたら、照れたように赤くなったので彼女にキスしてみたら二人して真っ赤になったりと、幸せな日々を送っていた


そんな彼らに忍び寄る暗い影があった
国が大陸で始めた戦争。それは、世界を巻き込み大きなものに発展していった
連日の勝利に皆が湧く
そんな世の中に彼女は憂いを持ったようだった


ある日・・・
泣きはらしたような顔で彼は彼女の元を訪れた
彼女が心配したのか寄り添うと、彼は一通の封筒を差し出した
中からは、血のように赤い色をした紙
―赤紙
召集令状として恐れられたそれ・・・
戦争に行かなくてはならない現実に彼らは打ちのめされた
―大丈夫だ。すぐに帰れるさ。それまでこれを俺だと思って持っていてくれ。大切にしてくれよ?
そう言って彼は銀の懐中時計を託した
彼女は、それを胸に待ち続けた


彼は、南方に送られた。しかし、マラリアに罹り後方へ移送された
体も回復に至る頃、衝撃的な事件が起こる。玉音放送であった
これで国へ帰れる。そう思った。半島行きの汽車に乗った彼が見たものは・・・

広大な―平原だった
北の地のとある強制収容所。長い地獄の日々の始まりだった
そこに来た者達を待っていたのは、寒さ・飢え・イジメ・・・
-40℃になろうかという過酷な労働条件…まともな防寒具もなく鉄道建設のために借り出される人々
わずかに与えられる食料をかき込み飢えに耐える。特に酷かったのがイジメである。北国の兵隊やかつての同胞だった者達のイジメだ
幸いにも彼は手先が器用で時計や機械などの品を直せたりして兵隊などの受けがよかった為にイジメを免れることが出来た
しかし、身近にいた者達が過酷な状況に耐え切れず亡くなって行く様は、彼を苦しめた
そんな時、故郷を、櫻の君を想う。必ず帰ってやるぞと・・・


その日、一隻の船がその港に入ってきた
大勢の者達が乗り込んでいた
夢にまで見た祖国。家族は?恋人は?故郷は?それぞれを胸に彼らは降り立った

その男が船を下りたのは、最後も最後。あの彼だった
ゆっくり、ゆっくりと体を松葉杖で支えながら歩む
帰ってきた夫の労をねぎらいながらうれしそうに去って行くそんな家族を傍目に見ながら、彼は故郷への汽車へ乗る

駅に着いた彼の目には、変わり果てた街が飛び込んできた
焼け野原になった街
時計台も崩れ落ちていた
駅の周囲には、粗末なバラックが立ち並び本当に故郷かと目を疑った
彼の家は焼けていた。家族も亡くなっていた。見覚えのある者がその惨状を語った
防空壕に直撃弾を受けそこにいた皆が亡くなったそうだ
街も丘もすべてが焼かれ大勢の人々が亡くなったと―
櫻の君はどうなったか―――
それだけが気がかりだった
丘はすべてが焼けていた
あの櫻は焼けていたがなんとか生き残ったようだ

涙が止め処なくでた。嗚咽はいつまでも続いた
家族が、彼女が、街が、すべてのものがなくなった悲しみに・・・

傷痍軍人である自分を引き取ってくれる者など、いない。彼は物乞いのように親類の家をたらい回しに回りながら命を繋いでいった

彼は、ある決心をした
少しでも幸せだったあの頃のようにと、祖父と父のそして自分の誇りであった時計を直そうと…
時計台は瓦礫に埋もれていた。時計も盗難に会うこともなく、壊れていたがその姿を留めていた
そうして、少しずつ修理が始まった・・・


カーン カーン カーン

その音が鳴り響いたとき、街の人々は歓声を上げた
暗く荒んだ人々の心に、希望の音が鳴り響いた瞬間だった

久しぶりに丘へ行ってみようと思った
彼女が…待っているそんな気がしたからだ
もう、彼は衰弱しきっていた。一歩…一歩…歩くごとに悲鳴を上げる体を引き摺って
丘にたどり着いたときには、もう夕暮れ時が迫っていた
・・・やはり、彼女の姿はどこにも見当たらなかった
やはり、彼女も亡くなってしまったのだろうか・・・
枯れ果てたと思っていた涙がまた頬を伝う
そんな時・・・

カーン カーン カーン

あの音が響き渡った

・・・・・・

視線を感じて、櫻の木を見てみると・・・
木の陰には夢にまで見た彼女が立っていた
ずっと…ずっと…会いたかった彼女
なんだか目がぼやけてよく見えない
彼女は・・・泣いているようだった
あの鮮やかな赤い着物の一部は焦げたように黒くなっていた

―ああ、ようやく会えた・・・

松葉杖を捨て、一歩、一歩、彼女に近づく
もう一歩で彼女に触れられるというところで足がもつれて転びそうになる
そんな彼を我慢できずに彼女は抱きしめた

・・・おかえりなさい
―――ああ、ただいま

固く抱擁をかわす。そして、二人は口付けをした・・・


その後、彼らがどうなったか知るものはいない・・・


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レポートを書き上げた私は、春の日にまたあの街に来ていた
街は桜一色に染まっていた
あの桜のある丘は公園となっており、多くの人々が集っていた
大輪の花を咲かせた桜の木。圧倒的な存在感を周囲に誇り、私を出迎えてくれた
まるで、狂おしく恋をしているかのように歓喜に満ちている―そう思った
辺りを見渡せば周り中、カップルだらけだ。一人で来ている人も、グループで来ている人々も皆幸せそうだ

―この桜は恋を知っているのだろうか。恋をするという喜びを知っているのだろうか・・・

そんな感想を抱いた私は、幸せのお裾分けをもらった気がして持っていた飲み物で乾杯をした
10/10/19 22:07更新 / 茶の頃

■作者メッセージ
最近こんなのしか浮かばない・・・orz

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