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前編 |
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その女の子は夢見る少女だった。
そう言えば聞こえはいい。 しかし、その女の子はその言葉で万人が思うような未来に希望を見る少女なんかでは決してないのだ。この十四年間、どこで育ち方を間違えたのか、そんな前向きで積極的で真っ当な女の子はできあがらなかった。代わりに出来てしまったのは後ろ向きで消極的でひねくれた女の子だった。 現状にも、未来にも、過去の思い出にも希望なんて持てない哀れな女の子。 悲しいことにそれが私だった。 それ故に私は鏡を見る度にため息をつく。 普段は前髪である程度隠しているが気に入らないムスっとした醜い顔。本当なら一度だって見たくないのだが、身だしなみを整えるにはこうして向かい合わなければならないのだ。 整えなければ、さらに醜く汚くなってしまう。 「はぁ……」 きっとこの先私が美しくなる、なんてことはない。私はこのまま変わらず醜くい続けるだろう。 外面も、内面も。 「美しく……なりたい、なぁ……」 叶わぬ夢。それは希望などではなく、一つの諦め──絶望だった。 そんなのは無理だ。もう自分は変われない。そんなことはわかっている。 だけれども、願ってしまうのだ。願う度に心が締め付けられるとわかっていても。 美しくなりたい、と。誰もが──いや、自分が美しいと思えるような女の子に、と。 例えば── ──お話に出てくるような可憐な少女に。 「……無理、だよね」 そうわかっていても願いは消えず、蜘蛛の糸のように私にまとわりついてしまった。 ある日のこと。 私はいつものように身だしなみを整えるために洗面台の鏡の前に立つ。また、あの顔を見なくてはならない。また、あの届くはずのない理想を想起してしまう。 もう、うんざりだった。毎日毎日、この時が一番気分が沈む。 だが、人間として生きる以上避けては通れない道── の、はずだった。 「おはよう■■■ちゃん」 「きゃっ!」 思わず悲鳴を上げてしまった。そして、そのまま体中の力が抜け、その場に崩れ落ちる。 それほどの衝撃。 「ん? あれ? ■■■ちゃん? どったの?」 「あ、あああ、あ──」 信じられない。ついに、ついに頭の中までダメになったのだろうか? 鏡の中に映るはずの私は、私とは似ても似つかない可愛らしい金髪碧眼の少女になっていた。 「あんた……なんなのよ!?」 私は顔をまさぐる。しかし、いつもと何ら変わりのない顔。だが、目の前の女の子も私と一緒の動きで顔に触れている。まさに鏡のように。 一体、何がどうなっているんだ? 「私? そりゃあ鏡に映ってるんだし、■■■ちゃん自身に決まってるでしょー」 「う、うそ! だって私、そんな!」 私はぷちりと髪の毛を一本。女の子も同じく。 「いたっ」 「ほ、ほら! 私は黒髪で、あなたは金髪! 全然違うじゃない!」 「そ、そりゃー、今は違うよ」 「い、今はって何よ! その言い方じゃあ、まるでいつかは同じになるみたいじゃない!」 「そうよ」 「な、何言って」 「私はね、■■■ちゃんの夢──■■■ちゃんが思い描く理想の■■■ちゃん。この度、■■■ちゃんは魔物になることが決まったの。そしてなんらかの手違いで鏡の中だけは少しだけ未来の方にずれちゃったの」 「魔物……?」 「ほら、見てー頭に角とか、お尻に尻尾とか付いてるでしょ?」 私は慌てて頭を確認するが『今』はないのだと気がつく。 いや、今も何も、生えてくるはずがないのだが。 「あ、あなたが魔物なんだってことはわかるわ。でも! 未来の私だとかなんとか言ってるけども、それは嘘でしょ!? そうやって私を騙して魂とか食べちゃう気なんでしょ!?」 「むむむ……そっか、まだあんまり魔物の存在は受け入れられてないよね……んー、困ったなぁ、そんな時代はとっくのとうに終わってるのにー……■■■ちゃん、腕組んでよー困ったポーズしたいからさー」 顔だけは困惑の表情になる。どうやら体の動きは私と同じでなくてはならないらしい。 「むむぅ……あ、そうだ。 ほらほら、■■■ちゃん。ちょっと服脱いでよ」 「はぁ!?」 「ほらほら、そっちが脱がないと脱げないんだからさー」 「……」 少しだけ、彼女のやりたいことが理解できたような気がする。 私は言われたとおりに上の服を全部脱ぐ。そして背中を向ける。 「あ、わかってくれたかな?」 「……」 私の左右の肩甲骨のてっぺんにはそれぞれ黒子が付いている。鏡の少女の方にも──それはあった。 「……」 あぁ……それにしても、同じ裸体のはずなのに、どうしてこんなにも差があるのだろうか。私の素肌より、何倍も何十倍も、彼女の方が美しく見える。 まるで、人形や絵のようだ。 劣等感に打ちひしがれながら前を向く。そして、よーく彼女の顔を見てみる。 「……あぁ、嘘でしょ」 目の色や、まつげ眉毛の整え方、そんな些細な違いはあれど、彼女の体のパーツは私のものと一致していた。 写真と見比べるまでもなく、それはわかった。何故なら、わかった途端にいつも感じていた憎しみが湧き出てきたからだ。 その憎しみには、多分嫉妬も混ざっている。 でも、それもそのはずなのだ。彼女が言うには、その姿は私が夢にまで見た理想の姿なのだから。 「ね? 信じてくれた?」 「……はぁ」 信じるつもりはないけども……正直、なんだかどうでもよくなってしまった。 彼女の美しさとか、可愛さを前にしたらどうでもよくなった。 あぁ、少しいじくるだけで私はこんなにも可愛くなれるのか……なら私の存在なんていらないかも。 私の魂なんて、彼女にあげてしまった方がいいのかも──いや、あげるべきだ。この世にはより可愛いものの方が残るべきだ。 そんな自暴自棄な考えが頭を埋めていった。 「いいわ、信じる」 「えへへ、やったー……で、信じてもらえたところで一つお願いがあるんだけども」 「なに?」 お、早速来たか。さて、どんな悪魔的なお願いが来るだろうか。 「その、さ。こんな近くで見つめ合ってると恥ずかしいから少し離れよう」 「……っ」 彼女は顔を真っ赤にして言う。 そして私の顔も熱くなる。 もしかしたら私の方も…… ……いや、多分、それは、ない、と、思う。 「まったくさぁ、■■■ちゃんはもっと自分を大切にしなよー……髪は乙女の命なんだよー?」 「……別にいいでしょ。あなたのと違って私のは全然綺麗じゃないし。それに乙女なんて言える身分じゃないしね」 「もー、そういうこと言うー」 場所を移して自室。まだ道を誤る前の私が使っていたドレッサーの鏡を久々に開放し、その前に座る。今までは自室でまで自分の顔を見たくなかったから封印していたのだが……まさかずっと洗面台で彼女と話すわけにはいかない。 「綺麗とか綺麗じゃないとかそういう問題じゃないよ! ていうか、そんな風に自分ばっかりいじめてるから綺麗になれないんだよー!」 「……いじめる……もしもここで私が髪の毛を全部抜いちゃったりしたら、未来の姿であるあなたはどうなるのかしらね」 「ひ、ひどいよぉー! つるっぱげになっちゃうじゃんか……」 「ふふふ」 まぁ、もちろんそんなもったいないことはしない。この子は私に取って代わる存在なのだ。悪魔の魂を取るシステムがどうなのかは知らないが、大方あっているだろう。だから彼女には美しく可憐な存在でいてもらわなければならないのだ。 「……」 ひねくれた私から見ても素直に可愛いと思える存在。こうして少しいじめて反応を観るのもいいけども、実際に手で触れてみたくなった。 「ねぇ」 「ん? なぁに?」 「あなたってこっち側に来れないの?」 「うん。行けない。私がそっちに行く時はね、それはあなたが私になる時だよ。同じ世界に同じ存在が二つあることはできないの。私がそっちに行った瞬間、あなたと私は同化して一人の魔物になるんだよ」 「じゃあ、私はあなたに触れることはできないの?」 「そうだね」 「ふぅん……」 残念だ。できればそのサラサラの髪に、柔らかそうな顔に、触れてみたかったのに。 「でも、あなたが私になるまでの間なら、こうやっていくらでもお話しできるんだよー」 「いくらでも……は無理かな」 「え? どうして!? 私と話すのイヤ?」 可愛らしくこちらを見つめてくる少女。体の動きがこちら基準でなければもっと可憐な仕草がついたことだろう。 「ごめんね……私、学校に行かなくちゃいけないから」 あんまり長く話していると遅刻してしまう。 「そう、そうなのね! じゃあまた、帰ってきたらお話ししてくれる!?」 それを聞いた少女は元気いっぱいに笑顔を見せる。あぁ、あともう少ししたら私はこんな純粋な子になれるのか…… でも正直、彼女になるよりも、私はこうやって外から彼女を観ていたい気もする。 「うん。またね……『私』」 「待ってるからねー!」 「……〜♪」 いつもはなんてことない教室の風景。でも今日はいつもと違って見えた。 そう遠くない未来、私は今の自分とおさらばして、あんな美しい姿でここにいられるのだ。 なんだかそう思うと楽しくて仕方がない。 クラスメートのあの子やあの子はどんな反応をするだろうか? きっと悔しがったり、見とれてくれるに違いない。 「……〜♪」 それに、それまでの間はあの子を独り占めにできるんだ。あの子と話せるのは自分だけなのだ。それだけでたまらないほどの優越感が心を満たしてくれる。 おかげで授業に集中できない。 頭の中もあの美しい少女でいっぱいなのだから── 「おかえりなさい!」 「ただいま」 家に帰るとすぐにドレッサーの前に向かう。 すると彼女はそこにいた。もしかしたらあれは一時の妖精の悪戯なのかと不安にもなったがそんなことはなかった。 「ねぇねぇ、今日楽しそうだったねー何かいいことあったの?」 「あれ? 見てたの?」 「うん、だって鏡はどこにでもいっぱいあるでしょ? 今の私はね、あなたが鏡に映れば存在できるの」 確かにそうだ。私は持っていないけども、クラスの女子は手鏡を持っている子が多い。そのどれかに私がちらりと映る可能性はあるだろう。 「で、どんないいことがあったの?」 彼女は嬉しそうに聞いてくる。まるで自分のことのように。実際、自分のことのようなものか。 「秘密」 彼女は純粋で天然だ。きっとそれが自分に関することだとは気付いていないのだろう。 「えー! 教えてよー!」 「『私』にはわからないことだよー」 「えー! 教えて! 教えてよー!」 悔しがる彼女の顔もまた可愛い……それは未来の私の姿なんだから、ナルシシズムに浸っている気がしないでもないけども、そんなことは彼女の前ではどこかに吹き飛んでしまう。 「ぶー……そんな意地悪するんなら話してあげないよー」 「ふぅん……そうなんだ」 「もう話してあげないからねっ!」 「……いいわよ、別に」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……やっぱり話そっか」 「ぷふふっ!」 やっぱり。 いくらひねくれていようとも、私は誰かと話すのが大好きだったりする。だからきっと彼女もと思ったが……予想よりもずっとそうだったみたいだ。 思わず吹き出してしまった。 「うぅ……笑わないでよぉ!」 「ごめんね……あまりにも可愛いもんだからつい」 「あんまり自分のこと可愛いって言うのどうかと思うけどもねー」 「ぐぅ」 仕返しとばかりに痛いところを突っ込まれてしまった。 「い、いいじゃない。今の私と『私』とじゃあ別次元ってくらいに違うんだから」 「そんなことないよー」 「そんなことあるって」 「うぅん、そんなことないよ」 彼女は有無を言わせない表情で語りかけてくる。でもそれさ、威圧的だとかそんな感じではなく──圧倒的に優しい表情。 私の顔でも、こんな風に出来たんだってくらい優しい顔。 「■■■ちゃんは醜いとか思ってても、私から見れば全然可愛いよ。そんな前髪で隠しちゃってたら見にくいままでもったいないよー」 面と向かって褒められた。 あんまり経験の無い状況に私はしどろもどろしてしまう。 「……ま、まぁ、魔物化したら、ね……」 私は誤魔化す。 なんだか自分からもらったとは思えないほどピュアな言葉をもらい、どうしていいかわからない。 「……なんか、変なこと言っちゃったね。これじゃ人のこと言えないかも」 「そ、そうよ、なんだかんだ、『私』の方もナルシストなんじゃない」 「そりゃあ、■■■ちゃんがそうなんだからそうなんでしょ」 「むむむ……」 鶏が先か卵が先か、その答えは出ないけども鶏が先かひよこが先かの答えは出てしまうのだ。 こうなると勝てない。 悔しいなぁ…… その後、何時間も彼女と話し続けた。 親にはバレないよう気を使い、ときおりリビングにも顔を見せながら。 もしバレたら色々と大変なことになってしまうだろう。 最悪の場合、病院に連れて行かれるかもしれない。 「まぁ、でも、私の存在も病気みたいなものなのかもね」 「そうだとしても、私にとっては嬉しい存在よ。でも入院とかさせられたらあなたとは会えなくなるだろうからずっとは話せなさそうね」 気がつくともう夜だった。 母親からも寝るよう言われる、そんな時間。 「……ねぇねぇ、また明日も会えるのよね?」 「うん、もちろんだよ」 「さっきも思ったんだけども……『私』は、私の夢とか妄想とかじゃないんだよね?」 「うん。大丈夫だよ。私は明日も明後日も、その日が来るまでずっと鏡の中で待ってるよ」 「そう……良かった」 私は彼女を見つめる。ここから先、何時間も彼女と会えないのだ。彼女が夢にまで出てきてしまうくらいに、彼女の姿を目に、脳裏に焼き付けておきたかった。 「……うぅ、なんだか恥ずかしいよ……」 彼女顔を赤くする。その紅潮した顔とは違い、揺るぎない青を持った瞳。 私はそこに吸い込まれる。 「……ねぇ、ちょっと目を閉じてくれない?」 「? わかった」 言われたとおり、彼女は目を閉じた。 私は彼女と鏡越しに手を合わせる。その指が絡み合うことはないのだけれども、それでも十分だった。 そして私は──そのまま冷たい鏡面に口づけをした。 「……もういいよ?」 「──? どうしたの?」 「何でもない」 そう、何でもない。 何の意味もない行為だ。 それでも、どうしてだろうか。 心臓が高鳴る。 「おやすみ。また明日ね」 「うん、おやすみなさい」 17/09/16 13:01 鯖の味噌煮
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前にTwitterでも呟いてたし、隠すまでもなくバレバレだとは思いますけども、ちょっと雰囲気を
後編は短めだと思います。 |
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