とある電車の優先席で
今日、告白された。
男の子に。
産まれて初めて。
彼と《昼間》に話をしたのは初めて。
私より少し背の高い彼が、顔を真っ赤に染めて。少しどもりながら、私の事を好きだと言ってくれた。
と、突然呼び出してごめんなさい。
初めま、して。ボクの名前は・・・・・・え!知ってる?う、嬉しい な・・・・・・ボクそんなに目立つ方じゃないから・・・・・・・ははは・・・・・・
い、いや、そうじゃなくて!!
突然呼び出したのは訳があって・・・・・・
その・・・・・・・・・・・・ぼ、ボクは・・・・・・・・・・・あ、あなたの。・・・・・ことが・・・・・・・・・・・
深呼吸を一つ挟んで、彼が紡いでくれた四文字。
好きです
私が彼の告白を聞いて真っ赤になりながらあたふたしていると、彼も慌ててあたふたして、返事はここにお願いします。と言ってメールアドレスの書かれた紙を渡して、風のように走って去ってしまった。
そして、今。携帯電話を開きながら電車に揺られている。
彼からもらったメールアドレスを間違えないように入力し、あとは・・・・・・・・・
本文に、返事を書くだけ。
彼は、自分のことを目立たないと言っていたけど、私の方が、目立たない方だ。
そう・・・・彼と私は似たもの同士。
だから、私は・・・・・・彼より以前から彼のことを意識していた。
けど・・・・・・・彼と私には根本から違う所がある・・・・・・・・
その違いを意識すると、私の尻尾が悲しそうになびき、下半身の毛並みがシュンとなる。
私は・・・・・魔物娘。黒い馬の下半身を持つ、ナイトメアだ。
今も、『ケンタウロス種優先』。と書かれた電車の優先席に座っている。
魔物と人間が混在する現在では魔物と人間のカップルはそう珍しくない。けど、それは私にとっては一歩を踏み出せない一因である。
それと・・・・・・・・私は彼に大きな秘密を隠している。
彼を初めて意識したその日。
私は、フラフラと彼の後を尾けて・・・・・・・彼の家を見つけて、彼が寝静まったのを確認すると、産まれて初めて男の人の夢に入り込んだ。
欲望のままに彼の上で腰を振る淫らな私。
彼の精を受け止めて満たされた気持ちになる。
そして、ハッと気づく。
まるでストーカーのような、犯罪者のような私の行動。
たまらなくなった私は夢から抜け、家に逃げ去った。
次の日、彼に合わせる顔がなくてドキドキしながら登校する。
しかし、彼はいつも通りだった。
夢は総じて壊れやすく忘れやすいもの・・・・・・・・・私はホッとしたような残念なような、複雑だった。
それからも我慢できず、何回も彼の夢の中に入り込んで、彼に気づかれないように、彼の精を味わっている。
彼には言えない。私の【夜】の顔。
・・・・・・・・彼に、軽蔑されるかもしれない、もう1つの顔。
それが、私の一歩をさらに重いものにしていた。
メールアドレスを入力してから何も操作されない携帯が痺れを切らし省電力モードになり、画面の照明が消える。
ハッとして、私は本文の入力画面に切り替える。
彼も私の返事を待っているに違いない・・・・・・・・・・はやく、返事をしなければ・・・・・・・・・
自分の素直な気持ちを打ってみる
「わたしも」
「私も」
「私もす」
そこまで打って・・・・・・私の頭に夢の中の快楽で歪んだ私の淫らな顔が横切る。
クリアキーを押して全文消す。
だめ・・・・・・・・
やっぱり、こんな私じゃだめ・・・・・・・・・だめだよ・・・・・・・・・・・・
そのまま指を動かす
「ご」
「ごめん」
「ごめんなさ」
そこまで打って、指が止まる。
彼を好きという気持ちが、そこから先を打つのを許さなかった。
またクリアキーで全部消す。
もう、全部話してしまおうか・・・・・・・・・
彼を尾けていたこと。彼の夢に入ったこと。夢の中の淫らな私のこと。
「ほんとは」
「ホントは」
「ホントはわたし」
そこまで打って、また消してしまった。
彼は、夢のことなんてたぶん覚えてない。
覚えてないのに、こんなこと言われたらきっと困っちゃう。
それに、いくら優しい彼でも受け止めてくれないかもしれない。そんなことになったら、私・・・・・・・・・・
電車の車掌さんが次の駅をアナウンスする。
もうすぐ降りなければ・・・・・・・・・・・
また省電力の黒い画面になった携帯を覗く。
そこには泣きそうな顔の私。
何で泣きそうなんだろう・・・・・・・・・・・・・・・
彼を待たせてるから?
隠し事があるから?
・・・・・・・・・・違う
彼のことが、好きだからだ。
携帯を閉じて、深く息を吸って、吐いて、深呼吸する。
そうだ。
好きなんだ。
彼の告白が嬉しかったのも、夜に彼の元に言ってしまうのも、今、こんなにも苦しくて泣きそうなのも・・・・・・・
全部、彼が好きだからなんだ。
携帯を開いて、ボタンを押す。
「好き」
送信
送信完了の画面を確認して、携帯を閉じる。
私のもう一つの顔のことは、今は言わない。
けど、彼なら、私が好きになった彼なら受け止めてくれる。そう信じて。
私が好きになった彼を信じて・・・・・・・
電車を降りると、私に気づいた同じクラスの友達が声をかけてくれた。
そうだ。彼女にいろいろ相談してみよう。
彼に、もっともっと、私を好きになってもらうために。
友達と話していると、携帯が鳴った。
好きと送った後に設定した、彼専用の着メロが響き渡った。
11/07/03 20:00更新 / 腐乱死巣