プロローグ
一年近く、行方をくらませていた彼が、I県の山中で発見されたのは十一月の半ば秋が深まり、もうすぐ冬の到来する季節だった。
私は彼とは俗にいう幼馴染の間柄、中学までは同じ学校で学び、高校に進学してからは疎遠になってしまったものの、たまに会っては飲みに行き、年賀状のやり取りもするなど社会人になってからも悪い関係では無かった。
その彼が行方不明になっていてからは心を痛め、心配をしていたが、その報せを聞いたときはほっと胸を撫で下ろしたものだった。
しかし、発見された後の彼の経過は良くなかったらしく後遺症の様なものが残ってしまっているそうだ。あのことが余程にショックだったのかしら――と彼の発見とその後のことを知らせてくれた彼の両親はそう電話でこぼしていた。
彼が山中で警察に発見されたとき、第一発見者であった巡査に自分は神隠しにあっていた。
河童に会ったのだと話していたらしい。
当然のことながら警察は彼の言った戯言は相手にせず、発見された時の彼の健康状態の良さから誘拐事件として捜査をしていたが、そもそも彼が行方不明になった際に多数の人員や警察犬が懸命に捜索したにも関わらず彼の足取りがまるで消えたように見つからず、今回の捜査も彼を誘拐したと思しきものは影も形も見つからず、まるで最初から誘拐犯などいなかったかのように何の手掛かりも見つけることができなかった。
そして彼は誘拐されたショックで記憶の混乱が起きた。更に言うと精神に異常をきたしたと警察や家族から判断され、自分が報せを受ける四週間前に彼はF県の精神病院に入院し、更に隔離病棟へと移されたらしい。
そして彼は今でも医者や見舞い人に異世界に迷い込んだと話しては、流されているそうだ。
妄想の対応としてはそれが当たり前で正しい判断なのだろうと自分も思ったが、彼の経歴を知っている自分としては、可哀想に思ってしまい、親友である自分だけでもせめて彼の話を聞いてあげようと思ったのだった。
看護師に案内され私は彼の病室に向かいながら、彼が精神に異常をきたし、風変わりな空想をするようになったのは、誘拐されただけでなく、その直前に彼に起こった出来事も起因しているのだろうかと考えていた。
彼は失踪する一か月前に離婚していた。
また聞きした話や、彼と飲んでいる際に彼がこぼしていた愚痴からの推測でしかないが、妻との関係が悪化しており、夫婦喧嘩も頻繁に起こっていたらしい。
そしてとうとう問題は離婚にまで発展し、彼の元妻は一人娘を連れて家を出て行ってしまったのだ。
彼が失踪する前に最後に会った時、彼はとても憔悴しており、心ここにあらずといった状態だった。
離婚した彼の妻子を責めることは出来ないがそんな大きな心の傷の残る事が会った直後に誘拐されたのならば、精神が掻き乱れるのは仕方がない、納得もすると思えた。
看護師が病室の扉を開けると、白い清潔感のある病室の内部に白いカーテンが掛けられ、これまた白いリネンの敷かれたベッドで、彼が寝転がりながら本を読んでいた。
彼は私に気づくと、おや、よく来てくれた、久しぶりですねぇ――とここでの生活が退屈なのか嬉しそうな顔でそう言った。
私は彼に具合は大丈夫かと聞くと彼はすこぶる健康ですともと答え、腕を回して見せた。
「この様に、身体はすっかり健康なんですが、医者たちは万が一の事があるといけないと言って中々退院の許可を出してくださらないんですよ」
と、彼は退屈そうに身体を伸ばしており、最後に分かれた時の彼とは本当に同一人物なのだろうかと思ってしまった。
後に、医者に聞いた話だと今年で三十五になる彼の肉体はどんな生活を送っていたにせよ、年齢に見合わぬ程に不自然なまでに健康だったそうだ。
彼は「実のところはね、どうやら私は気狂いと思われてここにいるようなんですよ」と、どうやら自分の置かれている現状に気づいているらしかった。
私はもしかして医者がそんなことを言ったのかと言うと。
「いえいえ、医者は直接そう言った訳ではないんですが、まあ一月程ここで暮らせば薄々感づきますよ。医者が言うには記憶がまだ正常に戻ってないというのですが、私の記憶は正常です。欠け一つとてありませんよ。」と彼は笑った。
「ああ、そうそう私がどこでなにをしていたか聞きますか?話の種にはなるでしょう。本にするもよし、テレビに売り込むもよしですよ。」
その問に私はああ、その話を聞きに来たんだ。他の者は取り合わないみたいだけど友人の私はちゃんと聞くよと言うと。
「おお、そう言ってくれるのは君が初めてですよ。友達というのもいいものですねぇ。はい、それでは私が体験した異世界での話を始めましょうか」
あれは君と別れてから直ぐのことでした――と彼は語り始めた。
私は彼とは俗にいう幼馴染の間柄、中学までは同じ学校で学び、高校に進学してからは疎遠になってしまったものの、たまに会っては飲みに行き、年賀状のやり取りもするなど社会人になってからも悪い関係では無かった。
その彼が行方不明になっていてからは心を痛め、心配をしていたが、その報せを聞いたときはほっと胸を撫で下ろしたものだった。
しかし、発見された後の彼の経過は良くなかったらしく後遺症の様なものが残ってしまっているそうだ。あのことが余程にショックだったのかしら――と彼の発見とその後のことを知らせてくれた彼の両親はそう電話でこぼしていた。
彼が山中で警察に発見されたとき、第一発見者であった巡査に自分は神隠しにあっていた。
河童に会ったのだと話していたらしい。
当然のことながら警察は彼の言った戯言は相手にせず、発見された時の彼の健康状態の良さから誘拐事件として捜査をしていたが、そもそも彼が行方不明になった際に多数の人員や警察犬が懸命に捜索したにも関わらず彼の足取りがまるで消えたように見つからず、今回の捜査も彼を誘拐したと思しきものは影も形も見つからず、まるで最初から誘拐犯などいなかったかのように何の手掛かりも見つけることができなかった。
そして彼は誘拐されたショックで記憶の混乱が起きた。更に言うと精神に異常をきたしたと警察や家族から判断され、自分が報せを受ける四週間前に彼はF県の精神病院に入院し、更に隔離病棟へと移されたらしい。
そして彼は今でも医者や見舞い人に異世界に迷い込んだと話しては、流されているそうだ。
妄想の対応としてはそれが当たり前で正しい判断なのだろうと自分も思ったが、彼の経歴を知っている自分としては、可哀想に思ってしまい、親友である自分だけでもせめて彼の話を聞いてあげようと思ったのだった。
看護師に案内され私は彼の病室に向かいながら、彼が精神に異常をきたし、風変わりな空想をするようになったのは、誘拐されただけでなく、その直前に彼に起こった出来事も起因しているのだろうかと考えていた。
彼は失踪する一か月前に離婚していた。
また聞きした話や、彼と飲んでいる際に彼がこぼしていた愚痴からの推測でしかないが、妻との関係が悪化しており、夫婦喧嘩も頻繁に起こっていたらしい。
そしてとうとう問題は離婚にまで発展し、彼の元妻は一人娘を連れて家を出て行ってしまったのだ。
彼が失踪する前に最後に会った時、彼はとても憔悴しており、心ここにあらずといった状態だった。
離婚した彼の妻子を責めることは出来ないがそんな大きな心の傷の残る事が会った直後に誘拐されたのならば、精神が掻き乱れるのは仕方がない、納得もすると思えた。
看護師が病室の扉を開けると、白い清潔感のある病室の内部に白いカーテンが掛けられ、これまた白いリネンの敷かれたベッドで、彼が寝転がりながら本を読んでいた。
彼は私に気づくと、おや、よく来てくれた、久しぶりですねぇ――とここでの生活が退屈なのか嬉しそうな顔でそう言った。
私は彼に具合は大丈夫かと聞くと彼はすこぶる健康ですともと答え、腕を回して見せた。
「この様に、身体はすっかり健康なんですが、医者たちは万が一の事があるといけないと言って中々退院の許可を出してくださらないんですよ」
と、彼は退屈そうに身体を伸ばしており、最後に分かれた時の彼とは本当に同一人物なのだろうかと思ってしまった。
後に、医者に聞いた話だと今年で三十五になる彼の肉体はどんな生活を送っていたにせよ、年齢に見合わぬ程に不自然なまでに健康だったそうだ。
彼は「実のところはね、どうやら私は気狂いと思われてここにいるようなんですよ」と、どうやら自分の置かれている現状に気づいているらしかった。
私はもしかして医者がそんなことを言ったのかと言うと。
「いえいえ、医者は直接そう言った訳ではないんですが、まあ一月程ここで暮らせば薄々感づきますよ。医者が言うには記憶がまだ正常に戻ってないというのですが、私の記憶は正常です。欠け一つとてありませんよ。」と彼は笑った。
「ああ、そうそう私がどこでなにをしていたか聞きますか?話の種にはなるでしょう。本にするもよし、テレビに売り込むもよしですよ。」
その問に私はああ、その話を聞きに来たんだ。他の者は取り合わないみたいだけど友人の私はちゃんと聞くよと言うと。
「おお、そう言ってくれるのは君が初めてですよ。友達というのもいいものですねぇ。はい、それでは私が体験した異世界での話を始めましょうか」
あれは君と別れてから直ぐのことでした――と彼は語り始めた。
16/07/19 00:15更新 / MADNAG
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