第二話 一千万コージと強制の視線 なけるぜ…
ブライトはあの後、仕方なく宿へと帰っていた。早く起きようと思っていたが、遅めに目が覚めてしまい、少しばかり遅めの朝食を食べていた。
そうしていると、ある情報が店内をざわめかした。
―あの兵隊たちやられたらしいぞ…
―ああ、軽傷だったが、皆大事がなかったようだ
―おい嘘だろっ!? 小隊とはいえ、魔物が町に来るようになるまではどんな魔の物だろうと、追い払い、退治していた兵隊の一つだぞっ!?
ざわざわとしている店内の声はもちろんブライトの耳朶を叩いていた。
酒場には、昨日図書館にいたある一人が椅子に座っていた。男がふと、ブライトを見た。
トランクを持ったブライトは、土がむきだしの道を歩いていた。
「…」
不機嫌そうな顔は、気のせいではないだろう。
あの時、バフォメットの書物を調べていた旅人だと分かり、頼みこんできたのだ。初めは店内だけ、しかし徐々に大きくなり、町長すらお出ましの事態だ。
なぜ分かったかというと、バフォメットの記録を見つけた時の声が印象に残っていたのだそうだ。
…最悪だぁ。
報酬に1000万上乗せという話だったが、それで話に乗る以前に、皆の視線が有無を言わせなかった。
精神的に余裕がなくなると、正確な判断が出来なくなるものだろう。小隊で無理だった相手に人一人でどうにかできるとは、普通は思わない。
ブライト自身も、この段々と事態が酷い事になってきている現状をどうにかできるのであれば、どうにかしたかったので、その条件に手を打った。
さすがに悠長に情報収集をする余裕はなく、早々に町を出た。
どうしようもない相手だったら、その場合は、うん、逃げよう。そして兵士に任せよう。何、くたばったと思うだろう。
しかし、もし人間側が悪いのであれば、どうにかしたい。
後述の場合、人間側に問題がありすぎてブライトとしては微妙な気分になるのだが。
トランクを持っているのは、もしもの事態に陥れば方向関係なく逃走できるようにするためだ。町に戻れない状況すら考えられる。
「…おいおい、ここは」
地図と情報を照らし合わせ、どの道を歩けばいいのか考えていると、あることに気付いた。
「俺の目的地じゃないか…」
ブライトが旅をしている理由となる場所だった。
「あーれー? この辺りの筈だけどなぁ…」
ブライトは、森の中を歩いていた。頭をがしがしとかきかながら、地図を睨んでいる。
「っ…」
地図を睨んでいた目が、辺りを見回す。魔力を感じた。
すっと目蓋を閉じ、神経を集中させる。
「…あっちか」
ゆっくりと目蓋を上げ、ブライトは感じた魔力の方角へと走っていった。
それから走っていたブライトは、剣呑に前方を睨んでいた。
「距離が、あるな…!」
強い魔力ほど、ただの人であろうと、離れていようが感じるようになっている。ならば、それほど強い魔力を持っているのだろう。どこにいるか途方に暮れる事はなさそうだ。
なるほど、兵隊があんなに早く敗れたのは、この魔力と今までの情報で発見が早かったからか。
さらに、上位の魔物ならば、魔力をある程度は抑制できるものだ。それをしないのは、誰が来ようとよほどの自身があるからだろう。
今更ながら、薄ら寒さを背に感じた。
段々と、魔力が強くなっていく。ならば、もう少しだろう。
椅子に座りこみ、魔道書を読んでいたバフォメットは、洞窟の入り口辺りに視線を滑らした。
「来たか…むっ一人じゃと…?」
今の今までに集団で返り討ちに遭ってきた事は分かっているだろうに。
それなのに一人きた者に、バフォメットは柔らかく笑った。
「勇志は認めるが…我を打ち負かせるほどの男じゃろかな…?」
ゆっくりと席を立ち、鎌を手にした。
巨大な洞窟が見える。茂みで上部分のみ視界に映るが、かなり大きい。
さらにそこから強い魔力を感じた。
「ここか」
表情を引き締める。続いた茂みが明け、洞窟の全体が見えた。
「…うわー。さすが…気付いてる…」
まさに誰かを待っているかのように、人とは違う少女が壁にもたれている。
「…来たか」
回れ右をして帰りたいなぁ…。そう思ったブライトだが、とりあえず話してみる事にした。
「人を、襲っているという話を聞いた。それは本当か?」
戦闘態勢をとらないブライトにバフォメットは目を丸くした。
「…珍しい、今までの奴らは、我を見るなり襲い掛かってきたのじゃがな」
「戦闘を避けれるのなら避けたいだけだ」
それを聞いて、バフォメットは面白そうに笑った。
「ならば…我が戦い、敗れなければここから動かないと言えば」
「戦うさ…」
そう言うと、バフォメットが鎌を構えた。
ブライトが目を閉じ、深く呼吸をした。
「けど、さっきの言葉は本心じゃないだろ?」
その言葉にバフォメットがぴたりと止まる。
「どういう意味じゃ?」
「戦闘を好まないが、必要ならば戦闘をする。それを確認しただけだろ?」
「それはどうじゃろか? 確認ではなく、ただ無類の戦闘好きの可能性もあるじゃろ?」
尊大に言った言葉に、ブライトは真っすぐ返した。
「ならなぜ軽傷なんだ?」
バフォメットの眉がぴくりと動く。
「小隊の兵隊全てが軽傷でとまり、酷い傷だとされた旅の人も、かなり危険とまではいってない…戦いが好きなら、それで止めれるとは思わないけどな」
「それはお主の考えじゃろ、自身の理論を他人に押し付けるな」
バフォメットがくりっとした目でぎっと睨む。
「戦いもせず、理論を並べるのは臆病者じゃよ?」
「それはお前の考えじゃろ、自身の理論を他人に押し付けるな…だったよな?」
そっくりそのまま返された言葉にバフォメットは眉を寄せる。
「お主、あまり良い性格ではないな…」
「褒め言葉ありがとうございます」
ブライトが紳士のような、礼の作動をとる。
バフォメットが何と言ったらいいか分からない顔をしてから、表情を引き締めた。
「お主が戦う意思がないのであれば、我は離れんよ」
彼女のマントと髪が自身の魔力でゆれる。
「あーそっ…だったら」
腰にかけた剣に手をかける。それを見て、バフォメットは息をつく。
「ふん、さっさとすれば余計な時間を使わなかったものを」
「言っただろ? 俺は出来る限り、戦闘は避けたい」
ブライトの持つ剣は一般に広まっている剣の一つ、ショートソード。特に装飾もない単純な剣だった。
ゆっくりと近づいていくブライトを見て、バフォメットはにぃ…と笑った。
「まぁ…早々に白旗は上げないでくれよ?」
バフォメットそう呟くと同時に、全身から魔力を解き放つ。ブライトが一旦距離をとる。
瞬間、風の唸る音が耳朶を叩いた。
「っ!?」
咄嗟の反応で、間近まで迫っていたバフォメットの鎌を剣でふさぐ、金属の衝突する音が響いた。
「ほお…たいていの輩はこれで終わったのじゃがな…」
面白そうに言ったバフォメットが魔力を解き放つ。それをもろに受け、ブライトは後方に吹き飛ぶ。辛くも何とか態勢を立て直し、眼前の鎌の進入を拒んだ。
成人したての男より、少女の力の方が強い。これでは攻撃に回れない。弾き飛ばし、距離をとりたいが、それも難しい。
ぐっと鎌の力が強まる。
「にゃろ…!」
鎌と剣がせめぎ合い、かちかちと音を鳴らす。
剣を鎌の刃の上を滑らしながらバフォメットの横に出る。
一閃、攻撃は出来たが、それは右頬の僅かにしか効果がなかった。
けれど、それで十分だ。
「っ!?」
バフォメットが目を見開き、瞠目する。同時にブライトから大きく距離を取る。
苦しげに息を吐き出し右頬に右手を当てた。
「その剣…ただの武器ではないな…!」
攻撃を避けた時、バフォメットには、刃に何か文字が刻まれている事に気付いた。
「ああ、お呪いをかけていてな」
バフォメットがお呪い…?と呟いた。
「まあ、魔術と思ってくれ」
敵に言っているとは思えない言葉に、バフォメットはふっと笑う。
傷は治っていた。苦しみもなくなった様子だった。
金属のぶつかる音が絶え間なく響く。もう百あたりは響いている頃だ。
能力的にはブライトは劣るが、少しの一撃だろうとバフォメットは避けたいので、強く出る事は難しい。
それがこの状況を作っている。
「はぁ…はぁ…!」
ブライトが肩で息をする。対して、バフォメットは頬を汗が少し伝っているだけだ。
人と魔物、ブライトの体力が先に尽きる事は当然だろう。
動きが段々と鈍っている。
その隙に、バフォメットが大きく出た。
「隙だらけじゃなぁ!」
バフォメットの声と同時に、金属が弾かれる音が聞こえる。剣が宙を舞った。
「っ!」
尻もちをつき、鎌が首元にあてられる。
「…どうやら、我の勝ちじゃな、思ったよりも楽しめたよ」
バフォメットの息が少し不規則だった。それなりには体力が消耗しているのだろう。
「…やっぱり慣れないなぁ…」
はあっとため息をつくブライトにバフォメットは怪訝に眉を寄せる。
観念したような様子には見えない。そう怪訝に思ったバフォメットの眼前に、白いものが映った。
「っ!?」
反射で後ろに下がりそれを鎌で裂く。びりっという音を聞き、ひらひらと風に乗るそれは紙だった。
ふと、バフォメットはあの男に視線を滑らす。こちらと少し距離をとっている。先の鎌で傷ついた様子がなく、ほっと安堵の様子を見せる。
ブライトが態勢を低くし、構えているのでバフォメットも警戒した。
あの紙は、まさか。
澄んだ音がバフォメットの鼓膜を優しく叩く。ブライトが柏手を打っていた。
「おん あびらうんけん ばざら だどばん」
静かに、しかし、力強い声が辺りに静かに轟いた。
瞬間、ブライトから力があふれ出した。バフォメットが息をのみ、瞠目する。
ブライトが懐に手を入れ、外に出すと、先ほどと同じ紙を持っていた。長い四角形の紙を、ブライトが放つ。
風が吹いた。紙はそれに流される。バフォメットはそう予想した。だが。
「なっ!?」
それは、バフォメットへと向かってくる。本能が警戒して、咄嗟に魔力で防壁を築いた。
「いんだらやそわか!!」
ぱちぱちと、静電気のような音。次いで紙が閃光をまとい、雷の音を鳴らしながら白い刃へと変わり、魔力の防壁に叩きつける。
「っ!」
その衝撃に、バフォメットが歯噛みする。盾で防いでも反動が来るように魔力で築いた盾だろうと反動は来る。
さらに、相手の威力がこちらの防御を粉砕するほどなら、その衝撃が防御をはった本人に跳ね返る。それはなかったが、人の扱う魔法にしては桁外れの威力にバフォメットはブライトを睥睨する。
バフォメットが地を蹴り、人には成しえない早さでブライトに間近まで駆ける。魔力の奔流を叩きつけようと、鎌を持っていない左の手をブライトに向けた。
普通の人には見えない黒い気がブライトに襲い掛かる。
ブライトが、右の手の人指しと薬の指のみ立て、それ以外の指を手の平に納めた形を作った。そして、その手を横に勢いよくふった。
「禁!」
魔力の奔流がブライトの眼前で跳ね返る。ふと、ブライトの前に不可視の防壁がある事にバフォメットは気付いた。
「…お主、魔術師だったのか…!」
さきほどとはうって違い、ブライトは冷静だった。息は上がっているが、剣を振るっていた時よりも、余裕があるように見える。
「まあ、そうだ。俺の使う術はここらとは系統が違ってな、ここに合わせる為に剣を使っていたんだが…やっぱり慣れない事はしないもんだな」
ブライトが、右の手で作っているのは刀印と呼ばれる印だ。それをバフォメットの方に向ける。
「こいよ…祓ってやるからよ」
バフォメットは笑った。希望がわいたような顔を作りながら。
しかし、俯いていたのでブライトには見えなかった。
そうしていると、ある情報が店内をざわめかした。
―あの兵隊たちやられたらしいぞ…
―ああ、軽傷だったが、皆大事がなかったようだ
―おい嘘だろっ!? 小隊とはいえ、魔物が町に来るようになるまではどんな魔の物だろうと、追い払い、退治していた兵隊の一つだぞっ!?
ざわざわとしている店内の声はもちろんブライトの耳朶を叩いていた。
酒場には、昨日図書館にいたある一人が椅子に座っていた。男がふと、ブライトを見た。
トランクを持ったブライトは、土がむきだしの道を歩いていた。
「…」
不機嫌そうな顔は、気のせいではないだろう。
あの時、バフォメットの書物を調べていた旅人だと分かり、頼みこんできたのだ。初めは店内だけ、しかし徐々に大きくなり、町長すらお出ましの事態だ。
なぜ分かったかというと、バフォメットの記録を見つけた時の声が印象に残っていたのだそうだ。
…最悪だぁ。
報酬に1000万上乗せという話だったが、それで話に乗る以前に、皆の視線が有無を言わせなかった。
精神的に余裕がなくなると、正確な判断が出来なくなるものだろう。小隊で無理だった相手に人一人でどうにかできるとは、普通は思わない。
ブライト自身も、この段々と事態が酷い事になってきている現状をどうにかできるのであれば、どうにかしたかったので、その条件に手を打った。
さすがに悠長に情報収集をする余裕はなく、早々に町を出た。
どうしようもない相手だったら、その場合は、うん、逃げよう。そして兵士に任せよう。何、くたばったと思うだろう。
しかし、もし人間側が悪いのであれば、どうにかしたい。
後述の場合、人間側に問題がありすぎてブライトとしては微妙な気分になるのだが。
トランクを持っているのは、もしもの事態に陥れば方向関係なく逃走できるようにするためだ。町に戻れない状況すら考えられる。
「…おいおい、ここは」
地図と情報を照らし合わせ、どの道を歩けばいいのか考えていると、あることに気付いた。
「俺の目的地じゃないか…」
ブライトが旅をしている理由となる場所だった。
「あーれー? この辺りの筈だけどなぁ…」
ブライトは、森の中を歩いていた。頭をがしがしとかきかながら、地図を睨んでいる。
「っ…」
地図を睨んでいた目が、辺りを見回す。魔力を感じた。
すっと目蓋を閉じ、神経を集中させる。
「…あっちか」
ゆっくりと目蓋を上げ、ブライトは感じた魔力の方角へと走っていった。
それから走っていたブライトは、剣呑に前方を睨んでいた。
「距離が、あるな…!」
強い魔力ほど、ただの人であろうと、離れていようが感じるようになっている。ならば、それほど強い魔力を持っているのだろう。どこにいるか途方に暮れる事はなさそうだ。
なるほど、兵隊があんなに早く敗れたのは、この魔力と今までの情報で発見が早かったからか。
さらに、上位の魔物ならば、魔力をある程度は抑制できるものだ。それをしないのは、誰が来ようとよほどの自身があるからだろう。
今更ながら、薄ら寒さを背に感じた。
段々と、魔力が強くなっていく。ならば、もう少しだろう。
椅子に座りこみ、魔道書を読んでいたバフォメットは、洞窟の入り口辺りに視線を滑らした。
「来たか…むっ一人じゃと…?」
今の今までに集団で返り討ちに遭ってきた事は分かっているだろうに。
それなのに一人きた者に、バフォメットは柔らかく笑った。
「勇志は認めるが…我を打ち負かせるほどの男じゃろかな…?」
ゆっくりと席を立ち、鎌を手にした。
巨大な洞窟が見える。茂みで上部分のみ視界に映るが、かなり大きい。
さらにそこから強い魔力を感じた。
「ここか」
表情を引き締める。続いた茂みが明け、洞窟の全体が見えた。
「…うわー。さすが…気付いてる…」
まさに誰かを待っているかのように、人とは違う少女が壁にもたれている。
「…来たか」
回れ右をして帰りたいなぁ…。そう思ったブライトだが、とりあえず話してみる事にした。
「人を、襲っているという話を聞いた。それは本当か?」
戦闘態勢をとらないブライトにバフォメットは目を丸くした。
「…珍しい、今までの奴らは、我を見るなり襲い掛かってきたのじゃがな」
「戦闘を避けれるのなら避けたいだけだ」
それを聞いて、バフォメットは面白そうに笑った。
「ならば…我が戦い、敗れなければここから動かないと言えば」
「戦うさ…」
そう言うと、バフォメットが鎌を構えた。
ブライトが目を閉じ、深く呼吸をした。
「けど、さっきの言葉は本心じゃないだろ?」
その言葉にバフォメットがぴたりと止まる。
「どういう意味じゃ?」
「戦闘を好まないが、必要ならば戦闘をする。それを確認しただけだろ?」
「それはどうじゃろか? 確認ではなく、ただ無類の戦闘好きの可能性もあるじゃろ?」
尊大に言った言葉に、ブライトは真っすぐ返した。
「ならなぜ軽傷なんだ?」
バフォメットの眉がぴくりと動く。
「小隊の兵隊全てが軽傷でとまり、酷い傷だとされた旅の人も、かなり危険とまではいってない…戦いが好きなら、それで止めれるとは思わないけどな」
「それはお主の考えじゃろ、自身の理論を他人に押し付けるな」
バフォメットがくりっとした目でぎっと睨む。
「戦いもせず、理論を並べるのは臆病者じゃよ?」
「それはお前の考えじゃろ、自身の理論を他人に押し付けるな…だったよな?」
そっくりそのまま返された言葉にバフォメットは眉を寄せる。
「お主、あまり良い性格ではないな…」
「褒め言葉ありがとうございます」
ブライトが紳士のような、礼の作動をとる。
バフォメットが何と言ったらいいか分からない顔をしてから、表情を引き締めた。
「お主が戦う意思がないのであれば、我は離れんよ」
彼女のマントと髪が自身の魔力でゆれる。
「あーそっ…だったら」
腰にかけた剣に手をかける。それを見て、バフォメットは息をつく。
「ふん、さっさとすれば余計な時間を使わなかったものを」
「言っただろ? 俺は出来る限り、戦闘は避けたい」
ブライトの持つ剣は一般に広まっている剣の一つ、ショートソード。特に装飾もない単純な剣だった。
ゆっくりと近づいていくブライトを見て、バフォメットはにぃ…と笑った。
「まぁ…早々に白旗は上げないでくれよ?」
バフォメットそう呟くと同時に、全身から魔力を解き放つ。ブライトが一旦距離をとる。
瞬間、風の唸る音が耳朶を叩いた。
「っ!?」
咄嗟の反応で、間近まで迫っていたバフォメットの鎌を剣でふさぐ、金属の衝突する音が響いた。
「ほお…たいていの輩はこれで終わったのじゃがな…」
面白そうに言ったバフォメットが魔力を解き放つ。それをもろに受け、ブライトは後方に吹き飛ぶ。辛くも何とか態勢を立て直し、眼前の鎌の進入を拒んだ。
成人したての男より、少女の力の方が強い。これでは攻撃に回れない。弾き飛ばし、距離をとりたいが、それも難しい。
ぐっと鎌の力が強まる。
「にゃろ…!」
鎌と剣がせめぎ合い、かちかちと音を鳴らす。
剣を鎌の刃の上を滑らしながらバフォメットの横に出る。
一閃、攻撃は出来たが、それは右頬の僅かにしか効果がなかった。
けれど、それで十分だ。
「っ!?」
バフォメットが目を見開き、瞠目する。同時にブライトから大きく距離を取る。
苦しげに息を吐き出し右頬に右手を当てた。
「その剣…ただの武器ではないな…!」
攻撃を避けた時、バフォメットには、刃に何か文字が刻まれている事に気付いた。
「ああ、お呪いをかけていてな」
バフォメットがお呪い…?と呟いた。
「まあ、魔術と思ってくれ」
敵に言っているとは思えない言葉に、バフォメットはふっと笑う。
傷は治っていた。苦しみもなくなった様子だった。
金属のぶつかる音が絶え間なく響く。もう百あたりは響いている頃だ。
能力的にはブライトは劣るが、少しの一撃だろうとバフォメットは避けたいので、強く出る事は難しい。
それがこの状況を作っている。
「はぁ…はぁ…!」
ブライトが肩で息をする。対して、バフォメットは頬を汗が少し伝っているだけだ。
人と魔物、ブライトの体力が先に尽きる事は当然だろう。
動きが段々と鈍っている。
その隙に、バフォメットが大きく出た。
「隙だらけじゃなぁ!」
バフォメットの声と同時に、金属が弾かれる音が聞こえる。剣が宙を舞った。
「っ!」
尻もちをつき、鎌が首元にあてられる。
「…どうやら、我の勝ちじゃな、思ったよりも楽しめたよ」
バフォメットの息が少し不規則だった。それなりには体力が消耗しているのだろう。
「…やっぱり慣れないなぁ…」
はあっとため息をつくブライトにバフォメットは怪訝に眉を寄せる。
観念したような様子には見えない。そう怪訝に思ったバフォメットの眼前に、白いものが映った。
「っ!?」
反射で後ろに下がりそれを鎌で裂く。びりっという音を聞き、ひらひらと風に乗るそれは紙だった。
ふと、バフォメットはあの男に視線を滑らす。こちらと少し距離をとっている。先の鎌で傷ついた様子がなく、ほっと安堵の様子を見せる。
ブライトが態勢を低くし、構えているのでバフォメットも警戒した。
あの紙は、まさか。
澄んだ音がバフォメットの鼓膜を優しく叩く。ブライトが柏手を打っていた。
「おん あびらうんけん ばざら だどばん」
静かに、しかし、力強い声が辺りに静かに轟いた。
瞬間、ブライトから力があふれ出した。バフォメットが息をのみ、瞠目する。
ブライトが懐に手を入れ、外に出すと、先ほどと同じ紙を持っていた。長い四角形の紙を、ブライトが放つ。
風が吹いた。紙はそれに流される。バフォメットはそう予想した。だが。
「なっ!?」
それは、バフォメットへと向かってくる。本能が警戒して、咄嗟に魔力で防壁を築いた。
「いんだらやそわか!!」
ぱちぱちと、静電気のような音。次いで紙が閃光をまとい、雷の音を鳴らしながら白い刃へと変わり、魔力の防壁に叩きつける。
「っ!」
その衝撃に、バフォメットが歯噛みする。盾で防いでも反動が来るように魔力で築いた盾だろうと反動は来る。
さらに、相手の威力がこちらの防御を粉砕するほどなら、その衝撃が防御をはった本人に跳ね返る。それはなかったが、人の扱う魔法にしては桁外れの威力にバフォメットはブライトを睥睨する。
バフォメットが地を蹴り、人には成しえない早さでブライトに間近まで駆ける。魔力の奔流を叩きつけようと、鎌を持っていない左の手をブライトに向けた。
普通の人には見えない黒い気がブライトに襲い掛かる。
ブライトが、右の手の人指しと薬の指のみ立て、それ以外の指を手の平に納めた形を作った。そして、その手を横に勢いよくふった。
「禁!」
魔力の奔流がブライトの眼前で跳ね返る。ふと、ブライトの前に不可視の防壁がある事にバフォメットは気付いた。
「…お主、魔術師だったのか…!」
さきほどとはうって違い、ブライトは冷静だった。息は上がっているが、剣を振るっていた時よりも、余裕があるように見える。
「まあ、そうだ。俺の使う術はここらとは系統が違ってな、ここに合わせる為に剣を使っていたんだが…やっぱり慣れない事はしないもんだな」
ブライトが、右の手で作っているのは刀印と呼ばれる印だ。それをバフォメットの方に向ける。
「こいよ…祓ってやるからよ」
バフォメットは笑った。希望がわいたような顔を作りながら。
しかし、俯いていたのでブライトには見えなかった。
12/02/25 18:17更新 / ばめごも
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