連載小説
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第一話 大金にほいほいとつられてしまったのさ
 明るくざわめく声は大通りの商店から聞こえている。
 それを聞きながら食事を終えふーと一息つく旅人がいた。足元にはトランクがあり、満足を現すように両の手で腹をさすっている。
 男性で見た目から二十歳頃に見える。肩甲骨辺りまで伸びた黒髪を首元で括っており、席から立ち上がるとひゅんとゆれた。
 会計を済まして外に出ると、真上にある太陽の光を浴びる。それを眩しそうに目を細めた。
「んー…宿どこかなぁ…」
 この旅人、ブライトはついさっきこの町に訪れ、昼時なので宿より先に腹を満たしていた。腹がふくれた今、さっさと宿をとりゆっくりしたいものだ。そう考えたブライトは辺りに並ぶ商店の人々に宿を尋ねようと足を向けた。



 商店の話を聞いた結果。宿は一つしかなかった。それも酒場と混同になっており、騒がしい宿だ。
 今はまだ昼なのでいいが、酒場の真骨頂は夜の時間だ。仕事が終わり、疲れを吹き飛ばそうと多くの人が酒場に訪れる。それもあってブライトは残念そうな顔をして部屋にいる。
 もう一つ宿もあったが、満席とのことだ。くそう。
 このままいても退屈なので、ブライトは通った酒場にある掲示板を見に来ていた。
 酒場は旅人の癒しにもなる場所だ。なので、依頼があれば頼めるよう酒場には依頼用の掲示板が基本ある。
 金銭欲があるわけではないが、旅を続けるにも生きるにも金はいるので、何か出来るのであればやるようにしている。
「…3500万コージ!? えらく高額だな」
 コルクボードにピンで貼られている紙の中に他とは一線を超える金額のものがあった。
「…」
 ブライトはそれをじっと凝視し、胡乱に眉をよせる。
 高額な依頼はもちろん、その難易度にも比例する。しかし、ここまでの金額ならばしばらくは困らないだろう。
「…」
 椅子に座りこみ、右の手を口元にあて、さてどうしようかと考え込んだ。

 その紙には簡潔に言うと、『バフォメットに襲われる旅人や商人が続出しているから何とかしてくれ』と書かれていた。



「…ん」
 窓から差し込む朝日で目が覚め、霞みかかった頭のまま上体を起こす。ぼんやりとした状態でぼぅ…と思考を巡らせる。
「…ふぁああ…あーバフォメットの依頼やるんだっけ…」
 欠伸をして首筋をがしがしとかきながら呟いた。
 考えた結果、とりあえずその問題になっているバフォメットと合う事にした。
 そう考えた理由は、一部だろうが魔物と和解したとは言っても、やはり根っこからはそうとは言えないのが現状だからだ。そもそも和解の話も五、六年前ていどでしかないのだ。永らく教団の教えに生きていた人々に急に変われと言っても難しい話だろう。
 真実はそこにいたからと人が勝手に攻撃して、返り討ちにあっただけの可能性もある。実際、魔物は何ら罪がない事件が多々起こっていた。
 ブライトは殺生を好まない。できるのであれば、話し合いで終わらせたいのが本音だ。だが、そうもいかない様子であれば、決闘を、それでも収まらなければ『殺し合い』をしなければならない可能性を考慮しておかなければならない。



 さて、ブライトは今何をしているのかというと、情報を集めていた。昨日はもう日が落ちかけていたので、その日は外出を控え、明日にした。今はとりあえず図書館に向かっていた。
 教団の教えが強く広まっていた頃は魔物に関する書物は一切まわっておらず、魔物に関する情報はとりあえず、殺さなければならない存在とされていた。
 その理由は教団に不利となる知識が書かれていたので国と教団が隠していたのだ。
 しかし、それも五、六年前の話、今では魔物に関する書物は人々の間に出回っていた。
 宿の店主に図書館の場所を教えてもらい、その話と地図を頼りに町内を駆け回っている。
「とここか…」
 辺りの家よりも高い煉瓦の建物を発見する。地図で現在地を確認する。それに書かれている図書館の辺りの土地と現在地の景色が一致しているかを確かめる。
 確かめた結果、この建物が図書館だと分かり、中に入る。簡単に内部を歩き、構造を頭に入れる。
「けっこう多いな」
 入口から本棚を壁として道が二つになっている。所々は本棚がなく、二つの道が行き来できるようになっている。二階への階段はなく、これも所々にはしごが掛けられていた。一応本を読むテーブルなどはあるが、読むのは家でしろという事なのだろうか、この建物の大きさとテーブルの数が足りていない気がした。
「けっこう多いな…」
 これでは探すにも一苦労だ。
とりあえず本が整理され、案内図でどこにあるか大体分かるようだ。それに加え、魔物の本があるとしてもそう量はないだろう。思ったよりも早く見つけられるかもしれない。
 そう考えさっさと目的の本を探す事にした。



「…」
 ぐぅ〜。
「…もう昼か」
 ブライトは本を読む事に苦痛はあまり感じない。集中してしまえば数時間あっという間だった。
 その為、腹の音が鳴るまで本以外何も見えていなかった。
 伸びをして肩を回す。ほとんど態勢を変えていなかったためか、その度に音がなる。
「まいったな…」
 量が多い。とにかく細かく分類されている。だのに、背表紙の題名を見ようが特定が出来ないのだ。
 それならば明らかに違うと分かればそれは無視すればいいと思いもした。しかし、一つの本に目的の魔物は載っていなかったのだが、見逃せないそれなりに知恵となる文があったりして隅々までじっくりと呼んでしまった。
「まあ、食いにいくか…あ、これどうしようか…」
 魔物関係がテーブル近くだった事もあり、ブライトはテーブルで本を読んでいた。
 テーブルは端を本でまるでブライトは守る防壁のように積み立てあげられていた。
 これ片づけないといけないよな…。その防壁を見ながら面倒と顔に出しながらブライトはそう考えていた。
 管理人の一人がブライトをじっと見ている。口には出さないが目が片づけろと強制している。
「…」
 なんだか気まずくて、それに気付いていないように振舞いながら、ブライトは本を棚に戻していった。



「あ〜」
 一旦酒場に戻り、食事を平らげブライトはテーブルにへばりつきながら低く呻いた。
 色々な疲れが体を鈍らしている。だんだんと目蓋が重くなっているのは気のせいではないだろう。
 ふと、酒場に入ってくる三人ほどの男を見た。項垂れて、何か落ち込んでいるように見えた。酒場の店主がその人たちの所に駆けつける。
「ん? もう一人はどうした?」
 地元なのか、ブライトと同じ旅人なのか定かではないが、一人足りないようだ。
「…あのバフォメットのせいで…入院を」
 ぎりっと強く歯噛みして、呪うように言った言葉にブライトは察しがついた。あの依頼だろう。
 あの反応から比較的深い仲だと分かる。ならば、ここにいるということはそこまでの重症ではないのだろう。絆が深くて重症人を放っておくはずがない。
「…殺すまではしないのか…」
 そして重傷までもいかない。
 ぼそりと呟いたブライトは、体の疲労を少しでも和らげようと甘い物を注文した。



 空の色が青から赤に転じようとしていた時刻。ブライトは声を上げた。
「あった!」
 その言葉に周りの人が一斉にこちらを見る。それにブライトはばつが悪そうに本だけを見た。
 『〈バフォメット〉 魔界に潜む魔獣の一種。幼い少女のような外見だが、魔物の中では最高峰の力を持ち、無数の魔女達を率いる異教徒集団「サバト」を統べる種族である。』
「魔獣なのに人の姿をしているのか…」
 どこかずれた発言をしながらブライトは続きを読んだ。
『また、彼女達のうちの一匹は魔王軍の最高幹部であるとされ、人間と魔物の双方から畏怖される存在である。』
「…」
 そのまま黙々と読んでいたのだが、気になった部分があり、ぼそりと呟いた。
「…幼い少女の背徳と魅了を知り、魔物らしく快楽に忠実であれ…それがサバトの教義なのか…」
 『教義を広め信者を増やすべく「永遠の若さ」や「高い魔力」を得られるとして人間の女性を誘惑し、自身の魔力を分け与えて「魔女」へと変えてしまう。』
 魔物の中には、人間の女を自分たちと同じ眷族へと変えてしまうものもいる。そういった魔物は人と暮らしている事はあまりない。
「少女に魔女か…若さと魔力をあげるから私と契約するんだ、てっとこかな…」
 『サバトの教義を再確認するための快楽の饗宴を繰り広げるのだという。』
「これはどうなんだ…」
 魔物は性に対し、非常に貪欲だ。なので、これはおかしくないのだが、それでも眉を寄せてしまう。
 ふと、目に留まる文があった。
 『彼女達の多くは魔界に生息するとされ、滅多に目撃される事はないが、稀に魔界以外の場所で目撃されている。』
 この文献からすると、今ここにいるという事は何か理由があるという事なのだろうか。
 『彼女達と出会った場合、決して彼女達を退治しようなどと考えてはならない。並の実力では彼女達には一切太刀打ちできず、返り討ちにあった上に襲い掛かられ、「幼い少女の背徳と魅力」をたっぷりと身体に教え込まれる事になるだろう。』
 果たして、バフォメットを打ち負かす程の実力が、自分にはあるのだろうか。考えようが、彼女達の実力を知らないので想像しかできないのだが。
 続きを読もうとしたが、ふと辺りがざわめいている事に気付く。ここにいる人々が外に出る。図書館の管理人ですら外に出て行っていた。
「…?」
 何か奇妙な予感がして、しおりを挟みブライトも外へと駆けた。



 町の中心となる広場がよく見える場所がこの図書館から近い所にある。辺りの人がそこに向かっている。
 そこには、一つの小さい兵隊がいた。見ればそこら中にそれを見物する人々がいた。綺麗に並んだ兵隊の前に立っている隊長らしき人が何かを言っていた。声を腹から出して響かせているのでここからでも耳を澄ませば問題なく聞こえた。
「諸君も知っての通り、この辺りに害をなす魔物がおる! その被害は日々増えるばかり、あまつには腕の立つ冒険者ですら襲われている!」
 聞く限り、バフォメットの退治をするように見えた。
 なるほど、数で押すのか。
 その後も、長い儀式のようなものが続き、その後兵士は解散となった。おそらく朝早くに出撃するのだろう。
 解散と同時に見物をしていた者もちりぢりとなっていく。ブライトも図書館に戻ろうとしたが。
「…」
 図書館は閉まっていた。





 大地と木々を照らす光の中で、伸びをする少女がいた。
 腰まである胡桃の色をした髪は、両の端にある獣の頭蓋骨で二つに分かれている。その骨に、囲まれたようにある天辺の頭部より、後方にある山羊の角は彼女の髪より少し濃い色をしていた。
 人の耳に位置する部分にある獣を思わせる耳が、ぴくぴくとゆれる。
 空を見上げると眩しかったのか、くりっとした大きな目にある滅紫の瞳は、目蓋で細められた。しかし、表情は満足に溢れていた。
 綺麗な桜の花びらのような唇が開いた。
「うむ、今日もいい天気じゃ」
 子ども特有の高く、そしてあまいお菓子のような少女の声だった。
 もう一度より一層強く伸びをした。右の手を空に向かって掲げ、左の手で右の手首を掴む。両腕の手首から先は、獣の毛がもふもふとしていた。足も同様で膝辺りから毛に覆われている。
 ほんの僅かなふくらみが胸元にはある。
 両の胸元にある小さなピンクの突起、下半身の股の部分と腰回りのみ藤紫の鎧で隠し、深緑のマントで背が見えない以外、隠している部分はほとんどない。
 マントの一部が盛り上がっているのは、ふさふさの尻尾のせいだろう。
 顔立ちは少女のそれなのに、ふと見ると異性を感じさせる愛おしさを感じた。
ふぅ、と息を吐き、傍の木に立てかけた鎌を手に取り、近くの絶壁にぽっかりと空いた洞窟に足を運ぶ。
 その姿は、被害を増大させていると囃し立てられたバフォメットだった。
12/02/25 18:16更新 / ばめごも
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■作者メッセージ
魔物娘要素が少ないですね…すみません。
次からはブライトとバフォメットが会います。…たぶん。
ブ「なんで自信なさげなんだ…」
計画もくそもなく作ったのもので…
ブ「…」
そ、それでは、次であいばびょっ!
ブ「舌噛むなよ…」

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