読切小説
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My Dear
 旅の道中、よく出会う女の子がいる。
魔物娘であるため、実際に『女の子』なのかどうかまではわからないが、見た目は少なくとも女の子だ。
5度目となる今回は栗鼠のような彼女によく似合う、緑が生い茂る深い森の中だった。

『ラタトスク』と呼ばれる半獣種族の少女『ラナ』。
情報屋らしく、旅をしながら色々な情報を仕入れているらしい彼女とは妙な縁があるようだ。
これまで色々と各地の秘境や特産物など、多少は情報料をぼったくられるものの、
冒険に彩りを与えてくれるものばかり提供してくれるラナに好意を抱いていないと言えば嘘になる。
あどけなさを残した小生意気そうな表情は、慣れてくればなかなか愛嬌があって可愛らしい。
ラタトスク特有の大きな尻尾もチャーミングだ。
これまでの短い時間の中で彼女に惹かれていたのは間違いないだろう。
ただ、恋人関係になりたいか、と言われればそれは別だった。
何しろ今の関係がとても心地良い。もしそういう関係になるとしてもちゃんと段階を踏んでいきたいものだ。

「それで、ラナ。君はなんでこんなところに?」
「ただの偶然さ。ここの森にはいい薬になる薬草が自生してるからね」
「店で買えばいいじゃないか。ラナの稼ぎなら訳ないだろう?」
「それはそれ、だよ。ただより高いものはないからね。できるだけ自前で用意したいのさ」

飄々とした口調で大きな尻尾を揺らめかせながらそう語る。
胡散臭さがにじみ出るほどに芝居がかったその語りに怪訝な表情をしていると、なにかに気がついたようにこちらに近づく。

「おや、おにーさん。よく見ると怪我してるじゃないか」
「ん? あぁ、ヤブを突っ切ったときに色々引っ掛けたみたいだ。別にたいしたことないよ」
「いやいや、こういう小さな傷は放って置くと危ないよ? ちょっと待ってて」

ゴソゴソとポーチをまさぐり中から葉っぱの入った袋と液体入りの小瓶、それとすり鉢を取り出す。
見たところラナが先程言っていた薬草らしい。
『薬草の調合もできるのか』と感心しそうになるが、流石にそこまで厄介になるわけにも行かない。

「ラナ、気持ちは嬉しいがそれは君が自分のために採ってきたものだろう? 俺のことは気にしなくても……」
「そのとおり。自分のために採ってきたものだ。自分のために使うことの何がイケないのかな?」
「む……。そういうことならお言葉に甘えるよ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」

 森のさざめきの中にゴリゴリという音が響く。
少々手持ち無沙汰を感じてきた頃、ようやくそれは完成した。
本当に薬草だったということと、ここまで真摯に対応されたことに若干の罪悪感を覚える。

「そんなに気にしなくてもいいよ。ボクが好きでやってることだから」
「とは言え、されっぱなしは性に合わないんだ。何かお礼をさせてくれないか」
「お礼……お礼かぁ……。あ、ちょっと火照ってくるかもしれないけど気にしないでね」

少しづつ、すり潰した薬草を傷口に塗っていく。
ピリピリとした感触のあと、言われたように傷口が火照ったように熱くなる。
随分と即効性のある薬草なんだなと感心していると、最後の傷口の処置を終えたラナが道具を片付け始める。

「ところで、おにーさんはなんでこんな森の中に?」
「大したことじゃないんだが、この森の奥にそれはそれは綺麗な鍾乳洞があるらしい。ただ、森が深くてあまり人が入り込まないって話らしいからちょっと冒険心が擽られてな。もう少しここらに居るつもりだったから暇つぶしにと思ったんだ」
「秘境探索ってやつだね。おにーさん、そういうの好きだもんねぇ」
「だってワクワクするだろう? ただ、森の中がここまで藪だらけの未開の地だとは思わなかったけどな」
「そりゃそうだろうさ」
「……? ラナ?」

道具を片付け終わったラナがすっくと立ち上がりこちらに振り向く。
その表情はいつものこちらを見透かしたようなものではなく、色の混じった粘り気のあるモノだった。

「駄目だよ、不用心にそういう噂を信じちゃさ。ま、ボクが流したモノだから仕方ないんだけどね」
「……どういうことだ?」
「いやね、おにーさんが聞いた噂はボクが前もって『おにーさんにだけ』流すようにってお願いしておいた真っ赤なウソさ」
「なっ……!?」
「それだけじゃないよ。おにーさんが引っ掛けた藪もボクが色々細工を仕掛けておいたものなのさ」
「ふざっ……ッ、あ……?」

ラナに詰め寄ろうとした身体に力が入らず、思わずへたりこんでしまう。
傷口に塗られて火照った体の熱は、いつの間にやら思考にモヤを掛け、股間を張り詰めさせていた。
一瞬ビクッと驚いたようだったラナは、安堵したようにホッと一息つくと近づいてくる。

「ちゃんと効いてきたみたいだね、おクスリ」
「騙……したのか……?」
「ちょっと心苦しいけどね。でも、薬草自体は本物だよ。ちょっと気持ちよくなるおクスリも混ぜただけさ」

睨みつけるだけの気力もわかないほどに身体が火照って仕方がない。
傷口に刷り込むように塗られた媚薬は、自分の身体が自分のものではないと錯覚するほどに強力だった。
『眼の前の雌を押さえつけて孕ませたい』という浅ましい雄の欲求がふつふつと脳裏に浮かんでは必死に振り払う。
たとえ騙されたとしても、それをやってしまっては本当に『終わり』だ。
全てが瓦解してしまう。それだけは嫌だ。
それが、たとえ仕向けられたものだとしても、彼女の泣き顔は見たくなかった。

「…………何の……ために……こんな」
「そりゃもう、おにーさんと二人っきりになりたかったから。ボク、おにーさんのこと大好きだし」
「――――っ」
「ごめんね、他の娘たちの仲介は得意だけど、ボク自身のことになるとちょっと不器用なんだ」
「不器用ってモンじゃないだろ、これは……!」
「あはは……。でも、おにーさんはこうしてボクの情報にまんまと引っかかってくれた。そこはまぁ、流石ボクって感じだね」

半分ほどしか開かれていない小生意気そうな半目を更に薄くしながら、興奮した様子で頬を撫でてくる。
愛おしそうに柔らかく、愛でるようにゆっくりと。

「動けないかな? 動けないよね。……ごめんね。こうでもしなくちゃおにーさんを他のヒトに取られちゃいそうで怖くてさ」
「『こんな事したら嫌われる』……とは……思わ……なかったのか……?」
「そしたらボクのこと好きになってくれるまでずーっとえっちなことしてあげるよ」

しかし、自信満々そうにそう言うラナの表情がどんどん陰っていく。
それは今までに見たことがないほどに怯えた、不安そうな表情だった。
まるで怖い夢をみて眠れずに親に添い寝をせがむ子供のような表情だった。

「……ね、ボクのこと、ホントに嫌いになっちゃった?」
「…………っ!」

正直、それはズルいと思う。
こっちは頑張って我慢してると言うのに、無意識なのかこれも策略なのか、こちらの理性を崩してくる。
嫌いになんてなれるはずもなかった。嫌いになっているのなら、騙された時点で犯してる。
むしろ彼女もこちらを好いているという多幸感が、情欲にまみれた思考を塗り上げた。
惚れたら敗けとはよく言ったものだと思う。
事実、騙されたばかりだと言うのに彼女に対する情愛の念がとめどなく溢れていた。

シュンとしているラナを抱き寄せる。
薬のせいで力の加減ができず、押さえつけるのに必死だった欲望が沸騰する。

「あ、えぁ!? な、なんでうごけっ……!?」
「動けないわけじゃない……。動いたら我慢できそうになかったから動けなかった……」
「あ、ぅ……あ、え、ぇと……その……」

珍しく狼狽えて身体を硬直させているラナに、少し毒気が抜けてしまう。
それと同時に湧き上がる愛おしさに抱きしめる力が更に強くなった。

「い、いた……いたいよおにーさん……」
「……悪い。でも、我慢できない。……こうなったのは君のせいだ。責任取れよ」
「あぅ……お、おにーさん……怒ってる……?」
「怒ってない。ラナが俺を好いてくれていたように、俺もラナが好きなだけだ」
「え……?」

信じられない、といった表情をする。
それはそうだろう。先程まで不安そうに嫌われてないか心配していたのだ。
追い詰めておいて怖気づく小心者っぷりは少々笑えるが、それも彼女の魅力だろう。

「もう一度言う。俺はラナ、君が好きだ」
「――ッ。……ふ、ぐぅ……うえぇぇぇぇ」
「!? ら、ラナ!?」

堰を切ったように急に泣き出した彼女に、思わず昂っていた情欲が引っ込む。
泣かせたくないと思っていたのに泣かせてしまった罪悪感と、あまりにも意外すぎる状況に困惑する。

「うぐ、うぅぅ……! よかったぁ……よかったよぅ……。えぐ、おにーさんがイジワルなことっいうがらぁ……!」
「あ、あのな。騙されたのはこっちだぞ。……まったく、少しづつでも仲良くなれたらなんて思ってた俺がバカだった……!」
「ううううう……そごまでおもっでぐれたなんでぇぇぇぇぇ……ごめんねぇぇぇぇ……」
「あーもう、いろいろ台無しだぞ君。ほら、落ち着くまでこうしててやるから、な?」
「うぅ……ありがとぉ……」

策士策に溺れるってこういうことを言うのだろうか。
こちらをまんまと罠に嵌めてきた情報操作能力は大したものなのに、自分のことになるとポンコツがすぎる。
それからしばらく、森の静寂は可愛らしい顔を台無しにした栗鼠の泣き声が残響していた。

―――
――


「……落ち着いたか?」
「うん……ありがと……」

スンッという鼻音と共に、これまでの痴態が恥ずかしかったのか肩にしがみつくように顔を埋めてくる。
少々うめき声も聞こえるが、頭を撫でて落ち着かせてると次第にそれも聞こえなくなっていた。

「……ね、ホントにボクのこと好き?」
「あぁ」
「ホントにホント? もう怒ってない? 嫌いになってない?」
「ホントに好きだよ。神様にだって誓っていい」
「……じゃあちゅーして? 安心させてほしいな……」

泣きはらして真っ赤になった眼を上目遣いに、こちらの様子を伺うように見上げてくるラナは非常に愛らしかった。
忘れかけていた昂ぶりが一気に呼び覚まされて、身体に熱が籠もっていく。

「……わかったよ、ほら。顔上げて?」
「んぅ……ちゅ、んんっ……」

控えめなキスの後、離した唇を追いかけられて深くキスされる。
意外とがっつかれて面食らうが、彼女が求めるがままにお返しをすると蕩けたように脱力する。
どれだけの時間そうしていたかもわからないが、離した唇をつなぐ銀色のアーチが、その長さを物語っていた。

「……っは。……これで信じてくれるか?」
「やっ……もっと。もっとして? 不安なこと忘れるくらいいっぱいしてくれなきゃやーぁ……」
「はいはい。仰せのとおりに」

普段の様子からは想像もつかないほどに甘えん坊になった彼女を見て更に気持ちが昂っていく。
気がつけば密着して互いの唇を貪り合い、時間を忘れてただひたすらにキスをする。

「……あぅ。……おにーさんのけだもの……♥」
「……元はと言えば君のせいだろ。……責任取れよな」
「……♥ いーよ。 ボクをおにーさんの所有物にして?♥」

キスだけで蕩けたラナの服をゆっくりと噛みしめるように剥いでいく。
ラナも負けじとこちらの情欲を誘うようにスリスリと股間を撫でながら少しづつズボンをずらしていく。

深い深い森の中、交わる男女の二つ影。
泣き声は嬌声へと変わり、愛を囁く音色になる。
求めあい、愛し合い、貪り合う。
ひたすらに、ただただ愛おしい君と、時間を忘れて。
18/11/14 18:13更新 / キール

■作者メッセージ
ラタトスクちゃんへの熱いリビドーが迸ったので、まだあまり魔物娘図鑑について知らないですが勢いに任せました。

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