我、この世界の勇者(見習い)と出会う!
一つの村を無事?救い、次の街へと向かっていた我はある一つの問題にぶち当たった。街の場所が分からなかったのである。どうやらあの村はなかなかに田舎であったようで丸二日彷徨っても街の影はおろか人の手による建造物に出会うことは無かった。
幸いなことに季節は春のようで凍えることもなく、食事も道中見つけた小川などから得ることができたので不自由することは無かった。しかし当てのない旅というものはあまり楽しいものではなく、一度村のほうに戻り道を聞こうかとも考えた。
そして、かさあ引き返そうと思い立ったその日に馬車を見つけることができたのは運が良かったと言えるだろう。
「ふむ、助かった。ちと道に迷ってしまっての……しかしいいのか?金を持っていない我なんかを乗せて」
「なあに気にすんな、本当に困ってる人を見捨てるほど俺は落ちぶれちゃいないよ。それにどうせそれを運ぶおまけさ、労力はたいして変わらんよ」
パシリッと馬車の手綱を鳴らしながら運転手が荷台にいる我に返事を返す。人が八人は座れるであろう荷台は運転手が示すソレ、大量の武具やポーション類など、で埋め尽くされていた。
「あと、礼ならそいつにも言ってやってくれ。あんたと違ってそいつは金を払って乗ってるからな」
「ふむ、そうだの。本来なら貸切であっただろう馬車にこのような何処ともわからぬ馬の骨を乗せてくれて感謝する」
「いえ、お気にせず。あんな草原を彷徨っていたなんて何か深い理由があるのでしょうし……それに困っているときはお互い様です」
はははと頬を掻きながら少年が答える。新品の剣を腰に下げ、すこしサイズの合わない革鎧を着た彼は正しく新米兵士といった出で立ちだった。
「かたじけない……しかしずいぶんと物騒な積荷と武装だの、向かう先では戦でもあるのか?」
「これは盗賊対策ってのもあるんですが、まあそんな所ですね。今向かってる街、バレスレアは魔界に近いので頻繁に討伐隊が組まれてるんですよ」
「魔界ねえ……そこには凶暴な魔物でもおるのか?」
「それはもちろん!なんたって魔王の娘によって作られたといわれる魔界ですから」
「魔王の娘とな……それはそれは……」
魔王の娘と聞いて心が振るえた。かつてない強大な敵との殺し合いへの期待、そして何よりもこの世界にも魔王が居ることが確認できたということ。魔王が居るということはつまり『勇者』の我がこの世界に存在する理由があることに他ならなかった。
「して、少年はその討伐隊に参加するといったところかの」
「いえ、僕はバレスレアで勇者になるための修業を受けに行きます」
どこか誇らしそうに少年が答える。そして少年が答えた「勇者になるための修業」という言葉が引っ掛かる。
「勇者になる修業?この世界にも勇者がおるのか?」
「この世界?勇者は割と有名だと思うんですが……」
「あー、すまん忘れてくれ。しかし、勇者とは修業してなれるものなのか?」
我の世界には勇者は我しかいなかった。正しくは我しか勇者になれなかったのだ。まだかろうじて下界に干渉できるほどの人間性を残した小神たちの力を束ね、一人の人間に与えることで下界に存在しながらも大神並の力を持つ魔王を討伐できる存在を作る。その複数の小神の力を授かった者が勇者であり、我であった。魔王を討伐した際に小神たちにその力を返しはしたが、人間が持つ「短い寿命の中で急激に成長できる」という特性により増幅された力は、神に返しても十分有り余るものであった。
それこそ、余った力で再度、魔王を討伐できるほどに。
だからこそ、修業して勇者になれるということに少しの驚きがあった。
「その、確実になれる訳ではないんです、正しくは勇者候補生と言ったところでしょうか」
なんでも少年が言うにはこの世界で勇者になるには二つの方法があるらしい。
一つが少年のようにこちらの世界の「主神」を信仰する教団とやらで修業を受け、十分な適正を持ち、即戦力となりうる実力を付けた者に「主神」の加護が司祭によって与えられるという方法。
もう一つが「主神」より直接遣わされた天使や戦乙女により加護を受け取る方法。
前述の方法で生まれた勇者は即戦力として使えるが与えられた加護があまり強くないので成長性は期待できない。なお勇者の適性は無いが加護を受けた者たちを聖騎士と呼ぶそうな。
そして後述の方法。加護を受けるのは何の変哲もない少年少女が主である。戦闘技術を持つわけではないので即戦力にはならないが、与えられる加護は司祭から受ける物とは格が違い、十分に成長したその力は千の魔物に匹敵するとか。
「そのせいで司祭様から加護を受けた勇者は「作り物」とか言われるんですけどね……」
「少年はその「作り物」の方になりに行くのか」
「あははは……勇者は僕の小さいころからの夢ですから。こう見えて結構できるんですよ僕。魔法もいくつか使えますし。この馬車も護衛を兼ねることで運賃を少し負けてもらってるです」
「おう坊主」
ふと、だんまりを決め込んでいた運転手が少年に声をかける。我らはずいぶんと話し込んでいたようで、ふと気が付けば馬車は森の中に入っていた。
「その護衛の仕事だが、さっそく出番だぞ。魔物だ」
そう言って森の街道の先を指さす。
そこには一人の少女が剣を地に突き刺し、身構えていた。
まるで竜の鱗のから作られたような服を身にまとい、竜の足を模した靴を履いた、短髪の少女。何より目を引くのが人が持ちえない部位、ゆらゆらと揺れる尻尾である。
そんな緑色の魚のヒレのような耳当てを付けた彼女の目に燃えるのは大きな闘志とわずかな緊張、そして期待。
「あれは……リザードマン!」
「はあっ!?」
少年が叫んだ我のよく知る、知っていた魔物の名を聞いた時、思わずそんな声を上げてしまった。
まあ、運転手が魔物だといった時に少しは予想はしていたが出来ればその予想は外れてほしかった。しかしリザードマン……
「どう見ても奇抜な格好をした少女にしか見えんのだが」
「何言ってるんですか、どう見たってリザードマンですよ」
「さいですか……」
何言ってるんだこいつと言った目で見られたが、何言ってるんだこいつと問いただしたいのは我の方だ。
我の知るリザードマンは、文字通り直立したトカゲであったはずだ。主に沼地に生息し、沼の中から奇襲を仕掛けたり、群れで行動して巧みな連係で襲ってきたりと、蛇のように狡猾な奴らだった。間違ってもこんな森の中で、道のど真ん中に仁王立ちしたりはしないはずである。
「私は白樺山の族長が次女テオネ!その馬車に戦士が居るならば勝負を申し込む!」
……ましてやこのように正々堂々と名乗りを上げたりもしない。
「くそっ、お兄さんはここで待っててください!僕が何とかしますから!」
「おぬしは彼奴を倒すつもりか?」
「もちろんです!これはきっと主神から僕への試練ですから、では行ってきます!」
「……おう、ご武運を」
意気揚々と剣を引き抜き馬車から飛び降りる。そしてテオネと名乗った少女の前に降り立った少年は、彼女のように名乗りを上げた。
「僕は勇者……見習い……アルフレッド!あなたの勝負、僕が引き受けた!」
今、少年……アルフレッドの顔はきっと晴れ晴れとしてるのだろうが、正直バカなのかと。まず彼女が戦士との戦闘のみを望んでいたなら戦士など居ないと言ってしまえばそれで済んだ。そして戦うにしても馬車の護衛を優先するなら名乗りはしないで確実に早く倒すために奇襲でも何でもするべきなのだ。
魔法が使えるなら遠くから撃ち続けるだけでだいぶ相手への牽制にもなる。
「まあ、過ぎたことは仕方ないかの」
どうせならこの状況を楽しもうとにらみ合う彼らに目を向ける。世界は違うが勇者としての後輩になるであろうアルフレッドの実力を見るために。
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「ふふふ、私の挑戦を受けてくれてありがとう」
目の前の少女が地に刺さる剣を引き抜き、微笑む。その瞳は獲物を見つけた獣のように嬉々として輝き、それを表すかの如く彼女の尻尾がふりふりと揺れていた。
「僕はいずれは勇者になるんだ。お前のような相手に後れを取るわけにはいかないッ」
剣を構え直し、息を整える。一瞬その可憐な笑顔に見とれたが相手はリザードマン、腕試しと称して人々に勝負を挑みながら、卑怯にも不意打ちなどで相手を打ち負かして巣に持ち帰り喰らうと言われている危険な魔物。改めて気を引き締め、足に力を溜め……
「いざッ!」
地を蹴り付け、駆ける。初撃の袈裟切りをテオネに難無く防がれるが下からの逆袈裟に繋げ、さらに連撃を繋げる。返す刃で首を狙った横薙ぎ、さらにその胸に突きを放とうとしたとき
「ッ!!」
悪寒と同時に体をそらす、目の前を掠めたテオネの一撃は銀の曲線を空に引きながら、突きを放ってしまった自分の想像を切り伏せていた。
彼女が嗤う
お返しとばかりに放たれた袈裟切りを受け止める。それは女性から放たれたとは思えないほど重く、彼女が人ではないことを改めて確認させられた。彼女の連撃は続く。激流のように激しく蛇のように捕え辛い銀の輝きを何とかそらしながらも反撃する。
「っああ!」
一閃と同時に体をぶつけ、よろけたテオネに全力の蹴りを放ち、反動を利用して後ろに飛びんで距離をとり、唱える
「炎よ!」
「くっ、させないッ!」
唱えるのは自分が最も得意とする火炎呪文の発動詩。魔法の発動の予兆を感じ取ったテオネが地を爆ぜさせ駆けよる。魔物の筋力で打ち出された彼女の体は一瞬で僕までたどり着き
「なっ!?」
「ッッ…」
ガキリと音を立て、彼女の全力の一撃が地に突き立てた僕の剣に防がれる。鈍い衝撃が腕を走るが、痛みで声が出るのを抑え込み、残りの節を唱える!
「集え!爆ぜろッ!」
左手に集められた魔力が紅蓮の炎となり、弾け、拡散する。短い詠唱で使える、単純だが使い勝手のいい魔法「爆炎」。至近距離でしか効果が無いが直撃すれば並の人間なら一撃で倒せる威力を持つ……はずだが
「嘘だろ……」
煙が晴れた後にはその肌に煤を付けたテオネが立っていた。
しかし効果はあったようで彼女の左腕はだらりと力が抜けていた。
「あはは、まさか誘い込まれるなんてね。なんとか防げたけど左腕がやられちゃったよ」
それでも彼女は笑う。その眼に闘志と、強敵に出会えた歓喜を燃やし。
「うん、まだやれる、戦える!さあヤろうよ!最後まで!」
僕はその姿に見とれていた。話に聞いていた狡猾で卑怯な魔物はそこに居なく、気高い誇りと燃える闘志を持った戦士がそこに居た。
片腕になりながらも堂々と剣を構える彼女は美しかった。
「ああ、行くぞ!」
剣を上段に構える。誇り高い戦士に応えるための全力の一撃の為。
そして終幕の一撃の一歩を踏み出そうとしたとき
テオネの腕を一本の矢が貫いた
幸いなことに季節は春のようで凍えることもなく、食事も道中見つけた小川などから得ることができたので不自由することは無かった。しかし当てのない旅というものはあまり楽しいものではなく、一度村のほうに戻り道を聞こうかとも考えた。
そして、かさあ引き返そうと思い立ったその日に馬車を見つけることができたのは運が良かったと言えるだろう。
「ふむ、助かった。ちと道に迷ってしまっての……しかしいいのか?金を持っていない我なんかを乗せて」
「なあに気にすんな、本当に困ってる人を見捨てるほど俺は落ちぶれちゃいないよ。それにどうせそれを運ぶおまけさ、労力はたいして変わらんよ」
パシリッと馬車の手綱を鳴らしながら運転手が荷台にいる我に返事を返す。人が八人は座れるであろう荷台は運転手が示すソレ、大量の武具やポーション類など、で埋め尽くされていた。
「あと、礼ならそいつにも言ってやってくれ。あんたと違ってそいつは金を払って乗ってるからな」
「ふむ、そうだの。本来なら貸切であっただろう馬車にこのような何処ともわからぬ馬の骨を乗せてくれて感謝する」
「いえ、お気にせず。あんな草原を彷徨っていたなんて何か深い理由があるのでしょうし……それに困っているときはお互い様です」
はははと頬を掻きながら少年が答える。新品の剣を腰に下げ、すこしサイズの合わない革鎧を着た彼は正しく新米兵士といった出で立ちだった。
「かたじけない……しかしずいぶんと物騒な積荷と武装だの、向かう先では戦でもあるのか?」
「これは盗賊対策ってのもあるんですが、まあそんな所ですね。今向かってる街、バレスレアは魔界に近いので頻繁に討伐隊が組まれてるんですよ」
「魔界ねえ……そこには凶暴な魔物でもおるのか?」
「それはもちろん!なんたって魔王の娘によって作られたといわれる魔界ですから」
「魔王の娘とな……それはそれは……」
魔王の娘と聞いて心が振るえた。かつてない強大な敵との殺し合いへの期待、そして何よりもこの世界にも魔王が居ることが確認できたということ。魔王が居るということはつまり『勇者』の我がこの世界に存在する理由があることに他ならなかった。
「して、少年はその討伐隊に参加するといったところかの」
「いえ、僕はバレスレアで勇者になるための修業を受けに行きます」
どこか誇らしそうに少年が答える。そして少年が答えた「勇者になるための修業」という言葉が引っ掛かる。
「勇者になる修業?この世界にも勇者がおるのか?」
「この世界?勇者は割と有名だと思うんですが……」
「あー、すまん忘れてくれ。しかし、勇者とは修業してなれるものなのか?」
我の世界には勇者は我しかいなかった。正しくは我しか勇者になれなかったのだ。まだかろうじて下界に干渉できるほどの人間性を残した小神たちの力を束ね、一人の人間に与えることで下界に存在しながらも大神並の力を持つ魔王を討伐できる存在を作る。その複数の小神の力を授かった者が勇者であり、我であった。魔王を討伐した際に小神たちにその力を返しはしたが、人間が持つ「短い寿命の中で急激に成長できる」という特性により増幅された力は、神に返しても十分有り余るものであった。
それこそ、余った力で再度、魔王を討伐できるほどに。
だからこそ、修業して勇者になれるということに少しの驚きがあった。
「その、確実になれる訳ではないんです、正しくは勇者候補生と言ったところでしょうか」
なんでも少年が言うにはこの世界で勇者になるには二つの方法があるらしい。
一つが少年のようにこちらの世界の「主神」を信仰する教団とやらで修業を受け、十分な適正を持ち、即戦力となりうる実力を付けた者に「主神」の加護が司祭によって与えられるという方法。
もう一つが「主神」より直接遣わされた天使や戦乙女により加護を受け取る方法。
前述の方法で生まれた勇者は即戦力として使えるが与えられた加護があまり強くないので成長性は期待できない。なお勇者の適性は無いが加護を受けた者たちを聖騎士と呼ぶそうな。
そして後述の方法。加護を受けるのは何の変哲もない少年少女が主である。戦闘技術を持つわけではないので即戦力にはならないが、与えられる加護は司祭から受ける物とは格が違い、十分に成長したその力は千の魔物に匹敵するとか。
「そのせいで司祭様から加護を受けた勇者は「作り物」とか言われるんですけどね……」
「少年はその「作り物」の方になりに行くのか」
「あははは……勇者は僕の小さいころからの夢ですから。こう見えて結構できるんですよ僕。魔法もいくつか使えますし。この馬車も護衛を兼ねることで運賃を少し負けてもらってるです」
「おう坊主」
ふと、だんまりを決め込んでいた運転手が少年に声をかける。我らはずいぶんと話し込んでいたようで、ふと気が付けば馬車は森の中に入っていた。
「その護衛の仕事だが、さっそく出番だぞ。魔物だ」
そう言って森の街道の先を指さす。
そこには一人の少女が剣を地に突き刺し、身構えていた。
まるで竜の鱗のから作られたような服を身にまとい、竜の足を模した靴を履いた、短髪の少女。何より目を引くのが人が持ちえない部位、ゆらゆらと揺れる尻尾である。
そんな緑色の魚のヒレのような耳当てを付けた彼女の目に燃えるのは大きな闘志とわずかな緊張、そして期待。
「あれは……リザードマン!」
「はあっ!?」
少年が叫んだ我のよく知る、知っていた魔物の名を聞いた時、思わずそんな声を上げてしまった。
まあ、運転手が魔物だといった時に少しは予想はしていたが出来ればその予想は外れてほしかった。しかしリザードマン……
「どう見ても奇抜な格好をした少女にしか見えんのだが」
「何言ってるんですか、どう見たってリザードマンですよ」
「さいですか……」
何言ってるんだこいつと言った目で見られたが、何言ってるんだこいつと問いただしたいのは我の方だ。
我の知るリザードマンは、文字通り直立したトカゲであったはずだ。主に沼地に生息し、沼の中から奇襲を仕掛けたり、群れで行動して巧みな連係で襲ってきたりと、蛇のように狡猾な奴らだった。間違ってもこんな森の中で、道のど真ん中に仁王立ちしたりはしないはずである。
「私は白樺山の族長が次女テオネ!その馬車に戦士が居るならば勝負を申し込む!」
……ましてやこのように正々堂々と名乗りを上げたりもしない。
「くそっ、お兄さんはここで待っててください!僕が何とかしますから!」
「おぬしは彼奴を倒すつもりか?」
「もちろんです!これはきっと主神から僕への試練ですから、では行ってきます!」
「……おう、ご武運を」
意気揚々と剣を引き抜き馬車から飛び降りる。そしてテオネと名乗った少女の前に降り立った少年は、彼女のように名乗りを上げた。
「僕は勇者……見習い……アルフレッド!あなたの勝負、僕が引き受けた!」
今、少年……アルフレッドの顔はきっと晴れ晴れとしてるのだろうが、正直バカなのかと。まず彼女が戦士との戦闘のみを望んでいたなら戦士など居ないと言ってしまえばそれで済んだ。そして戦うにしても馬車の護衛を優先するなら名乗りはしないで確実に早く倒すために奇襲でも何でもするべきなのだ。
魔法が使えるなら遠くから撃ち続けるだけでだいぶ相手への牽制にもなる。
「まあ、過ぎたことは仕方ないかの」
どうせならこの状況を楽しもうとにらみ合う彼らに目を向ける。世界は違うが勇者としての後輩になるであろうアルフレッドの実力を見るために。
-----------
「ふふふ、私の挑戦を受けてくれてありがとう」
目の前の少女が地に刺さる剣を引き抜き、微笑む。その瞳は獲物を見つけた獣のように嬉々として輝き、それを表すかの如く彼女の尻尾がふりふりと揺れていた。
「僕はいずれは勇者になるんだ。お前のような相手に後れを取るわけにはいかないッ」
剣を構え直し、息を整える。一瞬その可憐な笑顔に見とれたが相手はリザードマン、腕試しと称して人々に勝負を挑みながら、卑怯にも不意打ちなどで相手を打ち負かして巣に持ち帰り喰らうと言われている危険な魔物。改めて気を引き締め、足に力を溜め……
「いざッ!」
地を蹴り付け、駆ける。初撃の袈裟切りをテオネに難無く防がれるが下からの逆袈裟に繋げ、さらに連撃を繋げる。返す刃で首を狙った横薙ぎ、さらにその胸に突きを放とうとしたとき
「ッ!!」
悪寒と同時に体をそらす、目の前を掠めたテオネの一撃は銀の曲線を空に引きながら、突きを放ってしまった自分の想像を切り伏せていた。
彼女が嗤う
お返しとばかりに放たれた袈裟切りを受け止める。それは女性から放たれたとは思えないほど重く、彼女が人ではないことを改めて確認させられた。彼女の連撃は続く。激流のように激しく蛇のように捕え辛い銀の輝きを何とかそらしながらも反撃する。
「っああ!」
一閃と同時に体をぶつけ、よろけたテオネに全力の蹴りを放ち、反動を利用して後ろに飛びんで距離をとり、唱える
「炎よ!」
「くっ、させないッ!」
唱えるのは自分が最も得意とする火炎呪文の発動詩。魔法の発動の予兆を感じ取ったテオネが地を爆ぜさせ駆けよる。魔物の筋力で打ち出された彼女の体は一瞬で僕までたどり着き
「なっ!?」
「ッッ…」
ガキリと音を立て、彼女の全力の一撃が地に突き立てた僕の剣に防がれる。鈍い衝撃が腕を走るが、痛みで声が出るのを抑え込み、残りの節を唱える!
「集え!爆ぜろッ!」
左手に集められた魔力が紅蓮の炎となり、弾け、拡散する。短い詠唱で使える、単純だが使い勝手のいい魔法「爆炎」。至近距離でしか効果が無いが直撃すれば並の人間なら一撃で倒せる威力を持つ……はずだが
「嘘だろ……」
煙が晴れた後にはその肌に煤を付けたテオネが立っていた。
しかし効果はあったようで彼女の左腕はだらりと力が抜けていた。
「あはは、まさか誘い込まれるなんてね。なんとか防げたけど左腕がやられちゃったよ」
それでも彼女は笑う。その眼に闘志と、強敵に出会えた歓喜を燃やし。
「うん、まだやれる、戦える!さあヤろうよ!最後まで!」
僕はその姿に見とれていた。話に聞いていた狡猾で卑怯な魔物はそこに居なく、気高い誇りと燃える闘志を持った戦士がそこに居た。
片腕になりながらも堂々と剣を構える彼女は美しかった。
「ああ、行くぞ!」
剣を上段に構える。誇り高い戦士に応えるための全力の一撃の為。
そして終幕の一撃の一歩を踏み出そうとしたとき
テオネの腕を一本の矢が貫いた
14/11/19 03:35更新 / kiri
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