3品目 『モフモフしたっていいじゃない』
深夜。
僕は自室のベッドの上で読書に勤しむ。
これは僕の趣味であり、日課でもある。
ペラ……
静かな夜にゆったりとした時間を過ごす。
そんなことかと思うかもしれないけれど、僕にとってはこの上ない幸せだ。
ペラ……
あ、言い忘れていた。
ベッドの上には、僕以外にもう1人。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん、なに?」
「最近さ、良くそこのお店で買い物してこない?」
「あぁ、うん。近くて安いし、品揃えもいいから」
「ふ〜ん?」
妹のリン。
3つ年下の16歳。
ややツリ目の瞳は、僕と同じく淡い碧眼。
こちらの地方では非常に珍しい、黒髪のツインテールっ娘(今は就寝前のため下している)。
その名の通り凛とした、とてもしっかりした妹だ。
母親曰く、リンが男の子だったら『ジークフリード』という名前を付けていたらしい。
そんな馬鹿な。
どんだけ厨二なんだよ。
息子ながら、小説家である母の考えることがまったく理解できない。
「リン、気になることでもあるの?」
「ん〜気になるっていうか、お兄ちゃんがあのお店に入り浸るなんて意外だな〜って」
「え、そんな風に見える?」
「うん、あたしにはそう見えるわ」
リンはベッドの上で足をパタパタと遊ばせる。
というかこの妹、兄のプライベートルームに平然と割り込んでくる。
別に読書を邪魔するわけでもないのだが、何故だか僕の傍にいたがる。
う〜ん……この年頃の女の子はわからん。
「はぁ……遂に、お兄ちゃんにも春がきたんだ」
「春? 今は秋だけど」
「……鈍チン」
「?」
リンからジットリとした視線が。
「というかリン。日付も変わってるし、そろそろ寝た方がいいって」
「いやよ。お兄ちゃんが寝るまで寝ないから」
「またそれか……」
「どうしてもって言うなら、お兄ちゃんと一緒に寝てあげるわ♪」
「じゃぁ、一緒に寝ようか?」
「えぇ。それじゃ、お兄ちゃん電気消して?」
「ごめん、嘘……」
「こんのヘタレ!」
翌日。
「店長、おはようございます」
「っすー。朝から珍しいっすねー?」
「今日は休日なので。それと……」
僕の背中から妹のリンがヒョッコリと顔を出す。
「こ、こんにちは」
「おやー? シロさん、そちらのお嬢さんはーどちら様っすかー?」
「僕の妹です。このお店の話をしたら、どうやら興味が湧いたみたいで」
「ははー、どうりでクリソツなわけっすー」
店長はニヤニヤしながら僕とリンを交互に見比べ、しきりに頷いてみせる。
「は、初めまして…妹のリンです。兄がいつもお世話になっています」
「あー、ご丁寧にどもっすー。お兄さんの面倒を見ているー、店長のイチカという者っすー。好きなように呼ぶっすよー」
あの〜店長、僕がヒモみたいに聞こえるんですけど。
「あ、はい。えっと、じゃぁ……イチカさん?」
「………」
店長から僕にジトっとした視線が突き刺さる。
あぁ、彼女は『さん』付けされるの嫌がってたっけ。
だからって、どうして僕?
前もって教えておけってことかな?
「はー、まーそれでイイっすー」
……イイんだ。
……人によってはイイんだ。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
「イチカさんに、その…私的なお願いとかしても大丈夫? 気を悪くしたりしないわよね?」
「あ〜うん、大丈夫だと思うよ。あんまり無茶なこと言わなければ」
「そっか」
リンが店長にお願い?
なんだろう、取り寄せとかかな?
「あの、イチカさん。1つお願いがあるんですけど……」
「うちにできることならー、やぶさかじゃないっすー」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
今まで緊張していたリンが急に元気を取り戻す。
「じゃぁ、イチカさんの尻尾……触らせてください!!」
「あー……」
店長の顔が微かにひきつる。
あぁ、嫌っぽいなコレ。
「あの、イチカさん?」
「あー、そのー、ほむー」
うわ〜苦しそうだ。
やぶさかじゃないとか言っちゃったし、断るに断れないって感じだ。
「……?」
店長からアイコンタクト通信が入った。
(なんとかするっすー)
(妹は1度言ったら聞かないんですよ。諦めてください)
(そんなー、後生っすからー)
僕は断腸の思い(嘘)でその通信を断つ。
まぁあれだ、いつもイタズラされている仕返しということで。
「イチカさ〜ん…フフフッ」
「はわー、犯されるっすー」
妹は手をワキワキとくねらせながら店長を角へと追い詰める。
対する店長は自分の尻尾を抱えてプルプルと震えている。
「そこだ!」
「いやーーー」
あ、捕まった。
「うううわあ〜〜〜♪ モ〜フ〜モ〜フ〜〜〜♥」
「離れるっすーー尻尾に顔を擦り付けるのはやめるっすーーー」
「う〜〜〜ん♪ 抱き枕にした〜〜〜い♥」
「逆毛に撫でるのはやめるっすーーあー引っ張るのもだめっすーーー」
我が妹によってモミクチャにされる店長。
というか店長、本意で嫌がっているはずなのに、こちらに拒絶感がまるで伝わってこない。
おそらくこれは、彼女独特の凹凸のない平淡な口調のせいだろう。
違いといえば、語尾の『ー』がちょっと伸びたくらいだ。
「もうこの際だから、イチカさんごとお持ち帰りする! お兄ちゃん、いいわよね!?」
「良くない良くない」
「うん、わかった! 続きは自分の部屋でするわね♪」
なにもわかってなかった。
「あ〜んも〜〜〜♥ イチカさんと永遠にモフモフしていた〜〜〜い♥」
「シロさん助けるっすーーー」
店長から必死のヘルプコール。
リンの標的はあくまで『尻尾』のはずなのに、いつの間にか『店長』に切り替わっている。
このままではアレだ、店長の貞操に関わるかもしれない。
さすがにそろそろ止めた方がいいか。
「リン、そこまで」
「ちょ…放しなさいよお兄ちゃん!」
リンを羽交い締めにして店長から遠ざける。
……妹を羽交い締めって、凄く変な気分だ。
「うー自慢の毛並みがーゴワゴワっすー」
「あ、あたしなら…ゴワゴワなイチカさんでも…モフモフできますから!」
「リン、落ち着こう。言ってることが良くわからない」
興奮状態のリンを鎮静させるのに要した時間―――――およそ2時間。
「ご、ごめんなさい」
「………」
店長は無言、目もちょっと死んでいる。
ゴワゴワになってしまった尻尾を自前の櫛で整えている。
「お、お兄ちゃん……」
「はぁ…しょうがないなぁ」
わざと止めなかった僕にも責任がある、ということで。
「店長、悪ノリが過ぎました。僕からもお詫びします」
そう言って、僕はやや大袈裟気味に頭を下げる。
それを見たリンも慌ててペコリ。
「……はー、まー正直驚いたっすー」
俯いていた店長がようやく顔を上げる。
「シロさんに似て清楚な妹さんかと思えばー、中身はとんだ悪魔だったっすー」
「あ、悪魔……」
リンの頭上に『ズーン』の効果音。
「ただの言い訳かもしれないですけど、妹はこう見えて生粋の可愛いモノ好きなんですよ。ちょっと…いや、かなり行き過ぎてるところありますけど」
「ちょ、お兄ちゃん!?」
言ってから思った。
全然フォローできていない。
「ど、どうして余計なこと言うのよ!? べ、別にあたしは、可愛いモノ、なんて……」
「なんて?」
「好き、なんかじゃ……」
「なんかじゃ?」
「………」
一息。
「……えぇそうよ! あたしは可愛いモノが好き大好き愛してる! 文句あるの!?」
「いや、ないです」
「それにお兄ちゃんだって、えっと…その…あぁんもう! とにかくバカ! お兄ちゃんのバカ!」
「はいはいバカでいいから、少し落ち着いて」
「1人だけ大人ぶっちゃって……もうバカ! お兄ちゃんのバカバカバカーーー!!」
あ〜やばい、収拾つかなくなってきた。
それに周りのお客さんも迷惑そうだ。
これはもう…アレしかない!
「よっと!」
「……へ? えええええええ!?!?」
僕はリンをお姫様抱っこする。
「て、店長! とりあえず今日は帰ります! また後日、ちゃんと謝りにきますから!」
「………」
「は、恥ずかしいから! 早く降ろしなさいよーーー!!」
「それじゃぁ、また!」
僕はリンを抱えたままお店の外へ。
とりあえず落ち着くまで部屋に軟禁していよう。
……妹を軟禁って、なんか危ないな。
「………」
一連の出来事に唖然とする他なし。
「……可愛い…っすか」
いや、自分のことじゃない。
きっとその可愛いは、自分の尻尾に向けられた言葉だろう。
「店員さんいますか〜?」
「あー、今行くっすー」
………。
リンさん、要注意人物っす……メモメモ。
〜店長のオススメ!〜
『惚れ薬TK』
飲ませた相手を瞬時に惚れさせる薬。
ただ成功率はかなり低い。
1000回中1回くらい。
そんなに飲ませてる暇があるなら素直に告白しろって話。
TKの意味は『T(低)K(確率)』
価格→相場により変動
僕は自室のベッドの上で読書に勤しむ。
これは僕の趣味であり、日課でもある。
ペラ……
静かな夜にゆったりとした時間を過ごす。
そんなことかと思うかもしれないけれど、僕にとってはこの上ない幸せだ。
ペラ……
あ、言い忘れていた。
ベッドの上には、僕以外にもう1人。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん、なに?」
「最近さ、良くそこのお店で買い物してこない?」
「あぁ、うん。近くて安いし、品揃えもいいから」
「ふ〜ん?」
妹のリン。
3つ年下の16歳。
ややツリ目の瞳は、僕と同じく淡い碧眼。
こちらの地方では非常に珍しい、黒髪のツインテールっ娘(今は就寝前のため下している)。
その名の通り凛とした、とてもしっかりした妹だ。
母親曰く、リンが男の子だったら『ジークフリード』という名前を付けていたらしい。
そんな馬鹿な。
どんだけ厨二なんだよ。
息子ながら、小説家である母の考えることがまったく理解できない。
「リン、気になることでもあるの?」
「ん〜気になるっていうか、お兄ちゃんがあのお店に入り浸るなんて意外だな〜って」
「え、そんな風に見える?」
「うん、あたしにはそう見えるわ」
リンはベッドの上で足をパタパタと遊ばせる。
というかこの妹、兄のプライベートルームに平然と割り込んでくる。
別に読書を邪魔するわけでもないのだが、何故だか僕の傍にいたがる。
う〜ん……この年頃の女の子はわからん。
「はぁ……遂に、お兄ちゃんにも春がきたんだ」
「春? 今は秋だけど」
「……鈍チン」
「?」
リンからジットリとした視線が。
「というかリン。日付も変わってるし、そろそろ寝た方がいいって」
「いやよ。お兄ちゃんが寝るまで寝ないから」
「またそれか……」
「どうしてもって言うなら、お兄ちゃんと一緒に寝てあげるわ♪」
「じゃぁ、一緒に寝ようか?」
「えぇ。それじゃ、お兄ちゃん電気消して?」
「ごめん、嘘……」
「こんのヘタレ!」
翌日。
「店長、おはようございます」
「っすー。朝から珍しいっすねー?」
「今日は休日なので。それと……」
僕の背中から妹のリンがヒョッコリと顔を出す。
「こ、こんにちは」
「おやー? シロさん、そちらのお嬢さんはーどちら様っすかー?」
「僕の妹です。このお店の話をしたら、どうやら興味が湧いたみたいで」
「ははー、どうりでクリソツなわけっすー」
店長はニヤニヤしながら僕とリンを交互に見比べ、しきりに頷いてみせる。
「は、初めまして…妹のリンです。兄がいつもお世話になっています」
「あー、ご丁寧にどもっすー。お兄さんの面倒を見ているー、店長のイチカという者っすー。好きなように呼ぶっすよー」
あの〜店長、僕がヒモみたいに聞こえるんですけど。
「あ、はい。えっと、じゃぁ……イチカさん?」
「………」
店長から僕にジトっとした視線が突き刺さる。
あぁ、彼女は『さん』付けされるの嫌がってたっけ。
だからって、どうして僕?
前もって教えておけってことかな?
「はー、まーそれでイイっすー」
……イイんだ。
……人によってはイイんだ。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
「イチカさんに、その…私的なお願いとかしても大丈夫? 気を悪くしたりしないわよね?」
「あ〜うん、大丈夫だと思うよ。あんまり無茶なこと言わなければ」
「そっか」
リンが店長にお願い?
なんだろう、取り寄せとかかな?
「あの、イチカさん。1つお願いがあるんですけど……」
「うちにできることならー、やぶさかじゃないっすー」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
今まで緊張していたリンが急に元気を取り戻す。
「じゃぁ、イチカさんの尻尾……触らせてください!!」
「あー……」
店長の顔が微かにひきつる。
あぁ、嫌っぽいなコレ。
「あの、イチカさん?」
「あー、そのー、ほむー」
うわ〜苦しそうだ。
やぶさかじゃないとか言っちゃったし、断るに断れないって感じだ。
「……?」
店長からアイコンタクト通信が入った。
(なんとかするっすー)
(妹は1度言ったら聞かないんですよ。諦めてください)
(そんなー、後生っすからー)
僕は断腸の思い(嘘)でその通信を断つ。
まぁあれだ、いつもイタズラされている仕返しということで。
「イチカさ〜ん…フフフッ」
「はわー、犯されるっすー」
妹は手をワキワキとくねらせながら店長を角へと追い詰める。
対する店長は自分の尻尾を抱えてプルプルと震えている。
「そこだ!」
「いやーーー」
あ、捕まった。
「うううわあ〜〜〜♪ モ〜フ〜モ〜フ〜〜〜♥」
「離れるっすーー尻尾に顔を擦り付けるのはやめるっすーーー」
「う〜〜〜ん♪ 抱き枕にした〜〜〜い♥」
「逆毛に撫でるのはやめるっすーーあー引っ張るのもだめっすーーー」
我が妹によってモミクチャにされる店長。
というか店長、本意で嫌がっているはずなのに、こちらに拒絶感がまるで伝わってこない。
おそらくこれは、彼女独特の凹凸のない平淡な口調のせいだろう。
違いといえば、語尾の『ー』がちょっと伸びたくらいだ。
「もうこの際だから、イチカさんごとお持ち帰りする! お兄ちゃん、いいわよね!?」
「良くない良くない」
「うん、わかった! 続きは自分の部屋でするわね♪」
なにもわかってなかった。
「あ〜んも〜〜〜♥ イチカさんと永遠にモフモフしていた〜〜〜い♥」
「シロさん助けるっすーーー」
店長から必死のヘルプコール。
リンの標的はあくまで『尻尾』のはずなのに、いつの間にか『店長』に切り替わっている。
このままではアレだ、店長の貞操に関わるかもしれない。
さすがにそろそろ止めた方がいいか。
「リン、そこまで」
「ちょ…放しなさいよお兄ちゃん!」
リンを羽交い締めにして店長から遠ざける。
……妹を羽交い締めって、凄く変な気分だ。
「うー自慢の毛並みがーゴワゴワっすー」
「あ、あたしなら…ゴワゴワなイチカさんでも…モフモフできますから!」
「リン、落ち着こう。言ってることが良くわからない」
興奮状態のリンを鎮静させるのに要した時間―――――およそ2時間。
「ご、ごめんなさい」
「………」
店長は無言、目もちょっと死んでいる。
ゴワゴワになってしまった尻尾を自前の櫛で整えている。
「お、お兄ちゃん……」
「はぁ…しょうがないなぁ」
わざと止めなかった僕にも責任がある、ということで。
「店長、悪ノリが過ぎました。僕からもお詫びします」
そう言って、僕はやや大袈裟気味に頭を下げる。
それを見たリンも慌ててペコリ。
「……はー、まー正直驚いたっすー」
俯いていた店長がようやく顔を上げる。
「シロさんに似て清楚な妹さんかと思えばー、中身はとんだ悪魔だったっすー」
「あ、悪魔……」
リンの頭上に『ズーン』の効果音。
「ただの言い訳かもしれないですけど、妹はこう見えて生粋の可愛いモノ好きなんですよ。ちょっと…いや、かなり行き過ぎてるところありますけど」
「ちょ、お兄ちゃん!?」
言ってから思った。
全然フォローできていない。
「ど、どうして余計なこと言うのよ!? べ、別にあたしは、可愛いモノ、なんて……」
「なんて?」
「好き、なんかじゃ……」
「なんかじゃ?」
「………」
一息。
「……えぇそうよ! あたしは可愛いモノが好き大好き愛してる! 文句あるの!?」
「いや、ないです」
「それにお兄ちゃんだって、えっと…その…あぁんもう! とにかくバカ! お兄ちゃんのバカ!」
「はいはいバカでいいから、少し落ち着いて」
「1人だけ大人ぶっちゃって……もうバカ! お兄ちゃんのバカバカバカーーー!!」
あ〜やばい、収拾つかなくなってきた。
それに周りのお客さんも迷惑そうだ。
これはもう…アレしかない!
「よっと!」
「……へ? えええええええ!?!?」
僕はリンをお姫様抱っこする。
「て、店長! とりあえず今日は帰ります! また後日、ちゃんと謝りにきますから!」
「………」
「は、恥ずかしいから! 早く降ろしなさいよーーー!!」
「それじゃぁ、また!」
僕はリンを抱えたままお店の外へ。
とりあえず落ち着くまで部屋に軟禁していよう。
……妹を軟禁って、なんか危ないな。
「………」
一連の出来事に唖然とする他なし。
「……可愛い…っすか」
いや、自分のことじゃない。
きっとその可愛いは、自分の尻尾に向けられた言葉だろう。
「店員さんいますか〜?」
「あー、今行くっすー」
………。
リンさん、要注意人物っす……メモメモ。
〜店長のオススメ!〜
『惚れ薬TK』
飲ませた相手を瞬時に惚れさせる薬。
ただ成功率はかなり低い。
1000回中1回くらい。
そんなに飲ませてる暇があるなら素直に告白しろって話。
TKの意味は『T(低)K(確率)』
価格→相場により変動
12/07/26 22:53更新 / HERO
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