8単位 『偶然必然』
「お兄さんお兄さん! 好きな娘にこのアクセサリーなんてどう? 安くしちゃうよ!」
「鉤爪装備はいらんかねー!? 格闘家さんには必須のアイテムだよー!」
「新商品『エクスローション』お買い得セール! この機会に是非ご利用くださ〜い!」
人間界、大都市クーゼンベルク東商業区にて。
朝起きるとベッドの横に、
『コヨミと出かけてくる お前は寮でのんびりしていろ byレイラ』
という置手紙があった。
まぁレイラの言うとおり、ゆっくり過ごして日頃の疲れを癒すのも悪くない。
悪くないんだけど……やっぱり落ち着かない。
なので、今日は俺1人で町の散策をしている。
「あの2人も、この町に来てるのかなぁ」
レイラではないが、この人間界でショッピングを楽しみたいのであれば、それはやはりこの大都市クーゼンベルクに勝るところはない。
あらゆる地方の特産から異国の珍品まで何でも揃っている、貿易の心臓部と言っても過言ではない。
ちなみに俺はこの町に程近い、小さな田舎町の出身だ。
なにか入用なら、この大都市を利用することも少なくなかった。
まぁ……拉致される前の話だけど。
「このままトンズラ……って、わけにもいかないよな〜」
今から故郷に帰れるのかと問われれば、答えはYES。
目と鼻の先にある町だ、そう時間はかからない。
が…別に誰が待っているわけでもなし。
薄情者と思うかもしれないけど、別段思い入れのある町でもない。
どの道、俺を連れ戻すためすぐにでも理事長が飛んできそうだ。
想像に難くない。
「……お? なんだアレ?」
ま、いっか。
今の生活が辛くて仕方無いってわけじゃないし。
俺の人生だ、楽しんだ者勝ち……だよな。
「あれ? こんな店あったかなぁ?」
特に予定もなく商業区をフラフラしていると、何やら怪しげな雰囲気を漂わせる店を発見した。
店内の様子を窺おうにも窓はなく、ただ看板に『薬・その他雑貨』と書かれているのみ。
こういった大きな町に良くある、胡散臭い店の定番だ。
「ん〜?」
しかし、胡散臭いわりにきちんと店を構えているため、それなりの儲けはあるのだと予測できる。
結果……
カランカランッ♪
興味本意で入店を決めてしまったのである。
「うお!? こ、この匂いは……」
店内は桃色の薄い靄がかかっており、濃密な甘ったるい匂いで充満していた。
棚には怪しげな薬瓶がズラリと並べられていて、思わず町の診療所を連想してしまう。
「薬の香りか何かかな? それにしては漏れ過ぎだろ」
外観からは想像も出来ないほど店内は広い。
これはもしや……魔力的な何かが作用してるのか?
いや、考えすぎかな?
「まいいか。えっと、店員さんは……」
「初めて見る顔っすねーお客さん」
「うお!?」
本日2度目の『うお』。
背後から腰をつつかれ、驚いて振り向く。
「人間のお客さんとはー珍しいっす。しかも男っすー」
「あ、あなたは?」
の〜んびりと間延びした、平淡で癖のある終始低音な口調。
先程目を覚ましたかのような寝起き面をしているが、目つきだけはやけに鋭い。
丸みのある獣耳と、頭に大きめの葉っぱを乗せた彼女の正体は、
「うちはー『形部狸』の『イチカ』とーいう者っす。ここのー店長やってるっすー」
「あ〜ど、どうも」
「……クンクン」
「え? あの、ちょっと?」
するとイチカと名乗る狸娘は、じっくりネットリ、まるで品定めでもするかのように俺を見回す。
同時に体中のにおいをクンクンと嗅いでくる。
「お客さんのことはー覚えたっす。もう一生忘れないっすー」
「は、はぁ」
「あとはー……」
「あとはーって…ぇえ!?」
今度は俺に、自身の体をスリスリと擦り付けてきた。
「ん、んっ…よい、せっとー」
「ちょ、ちょ、ちょ!?」
「……ペロペロ」
「ひあ!?」
いきなり頬を舐められ女みたいな声を上げてしまった。
「ふー。これでーマーキング完了っすー」
「……マ、マーキング?」
「他の商人にーお客さん取られるわけにはーいかないっすからー」
「あなたは犬ですか……」
初対面なのに何でも有りだなぁ……。
「あーうちがマーキングするのはー、気に入ったお客さんだけっすー」
「あ、そうなんですか? でも俺達、初対面ですよね?」
「訂正っす。お客さんはー、うちの婿候補っすー」
「婿!?」
「冗談っすよー……半分は」
「半分!?」
なんか、疲れてきた……。
「前置きがー長くなったっす。ようこそー『イチカ狸の媚薬店』へー」
「び、媚薬店……」
もしかしなくても、やっぱりそういった類の店だったか。
俺の危機感知能力もまだまだっす……。
ぉおっと、彼女の口癖がうつってしまった。
「それでー、本日はどういったご用件でー?」
「いや、あの〜…どういった店なのか気になって」
「あー、冷やかしっすかー? もしそうならー婿になってもらうっすよー?」
「無理矢理そっち方向へ話を持っていくな!」
「……てへペロ」
「てへペロ!?」
形部狸と話をするのは生まれて初めてだけど、な〜んかずっと彼女のペースなんだよなぁ。
頭が非常に切れる種族であることは聞いていたけど、これも彼女達特有の話術なのかな?
「いつまでもー邪魔しちゃ悪いっすね。うちはー冷やかし大歓迎っすからー、どうぞごゆっくりー」
「ど、どうも」
そう言い残し、イチカ店長はテコテコと店の奥へと引っ込んでしまった。
……何がしたかったんだあの人は?
「ふぅ、もうなんかお腹いっぱいだなぁ……までもせっかくだし、ちょっとだけ見ていこうかな」
それに、なにか気になったものがあれば買ってもいいだろう。
冷やかし大歓迎と言われると、何故か手ぶらで帰るのに若干の抵抗を覚える。
さすが、商売上手の狸さんだ。
「うわ〜胡散くせ〜」
わかってた。
わかってたけど、つい口から零れ出てしまった俺の本音。
「『惚れ薬』って実在したんだなぁ……」
胡散臭いが。
「『スペルマンD』? あぁ、精力剤か」
胡散臭い。
「『エッグスナイパー』……なんだコレ?」
説明文
『なかなか子供ができない、そんなあなたに! これさえあれば、あなたも夢の子沢山!! 排卵・受精率共に驚異の99,999999%の実績! この機会にぜひお買い求めを……』
「め、目が滑る……」
アダルト用品店かここは!?
……いや、落ち着いて深呼吸だ。
そもそもここは魔物の経営する媚薬店、こんな物が置いてあったって不思議でもなんでもない。
というか、表の看板書き直せって。
薬に雑貨ときたら医薬用品店と勘違いするだろうが。
「あの2人にお土産でもと思ったけど、特に目ぼしい物もないし…そろそろ失礼しようかな」
無理に買い物をしていく必要もないだろうと自分に言い聞かせ、俺は店の出入り口に手をかけようとした。
すると……
カランカランッ♪
「もう、だからあんた達は女としての魅力が…………あ」
「あ」
見知った顔が入店してきた。
「な…な…な、な、ななな!?」
「あ、ロイ君だ! おひさ〜ノ」
「……よノ」
「あぁ、フィルチにシノ。元気してた? あと、リンも……」
「なんであんたがここにいるわけーーーー!!??」
「うお!?」
はい、3度目の『うお』。
鼓膜が破れそうになった。
「こ、ここは男子禁制…女子だけの花園よ!? どうしてあんたみたいな肉壁がいんのよ!?」
「肉壁言うなコラ!」
「リ、リンちゃん落ち着いて!」
「……ワロス」
久しぶりに会ったっていうのに、失礼なやつだなぁ……。
まぁリン(メドゥーサ)もそうだけど、フィルチ(リャナンシー)とシノ(サハギン)も相変わらずで安心した。
俺の数少ない学友達だから、不思議と大事に思えてしまう。
「それとリンちゃん、別に男の人が来ても問題ないと思うけど?」
「……同意」
「ちょ、ちょっと!? あんた達一体どっちの味方なの!?」
「ロイ君」「……ロイ」
「こんの裏切り者ーーーーーーーーー!!!」
「ひゃう!?」「………」
ペシン!と頭を叩かれるフィルチとシノ。
「ごめんねロイ君? リンちゃん、良くこうやってヒスっちゃう時あるんだ」
「……マジワロス」
「ちょ…ヒスってなんかいないわよ!?」
「あぁいや、別に気にしてないよ。というか2人共、叩かれてたけど大丈夫?」
「うん、いつものことだし」
「……習慣」
あぁ、こうやってリンの理不尽な怒りをいつも黙って受け止めているのか……偉いな。
「あ、あたしを無視するなーーー!」
「リン…別に無視してるつもりはないよ」
「だ、だって! だって…あんた、あの2人とばっかり喋って……ブツブツ」
「え? なんだって?」
「〜〜〜〜〜〜! なんでもないわよ! このっバカちん!!!」
「バ、バカちん!?」
「もうリンちゃんってば、素直じゃないんだから〜」
「……テラワロス」
この後も罵倒罵倒の嵐。
リンのやつ……俺になんか恨みでもあるのか?
数十分後。
店の奥からヒョッコリと現れたイチカ店長。
彼女の仲裁の甲斐あって、なんとか騒ぎは収まった。
フィルチとシノは俺達を放置して店内を物色していた。
おい、止めてくれよ。
「営業妨害っすからー、痴話喧嘩も程々にお願いっすー」
「「はあ!?」」
「冗談っすー」
この人は、まったく……。
「はぁ……で? あんたはここへ何しに来たわけ?」
「あぁいや、特に目的はないよ。興味があったから覗いてみただけ」
「ふ〜ん? 人間にこの店は普通認識されないはずなんですけど?」
「え、そうなの?」
「そっす。ここは魔物かー、あるいは素質のある者しかー入れないようになってるっすー」
「へ、へー」
「ねぇ店長、素質のある人間ってどういうことなの? 少なくともあたしには、こいつが素質のある逸材には見えないんだけど」
「お、お前なぁ……」
リンは本当に容赦がない。
まぁ間違ってはいないから反論できないんだけど……。
「簡単なことっす。女性ならー人1倍性欲を持て余した者、男性はー体内に魔力を循環させている者のことを指してるっすー」
「じゃぁなに? こいつの体には魔力が帯びてるってこと?」
「そういうことにーなるっす。うちはー目視できないっすけどー」
「魔力……俺に?」
………。
うん、今更驚くようなことでもない。
あれだけ魔物魔物魔物な環境で生活していれば、そりゃ少なからず魔物の影響を受けるだろう。
拉致られた身だけど、入学前に覚悟はしていたことだ。
「あら、意外と冷静なのね?」
「まぁ、今更って感じかな」
「……ふ〜ん?」
ちょっと意外…みたいな目を向けてくるリン。
どうだ、オレの神経は図太いんだ!
恐れ入ったか!?
「そんなことより店長、予約してた例の……」
そんなことより……orz
「あーアレっすね。少しだけ待つっすー」
「やっとアレが手に入るのね! 3週間も待った甲斐があったわ〜♪」
「リン、アレってなに?」
「あ、あんたには関係ないでしょ!?」
「お、教えてくれたっていいだろ!?」
「絶っっっっっ対にイヤ!!!」
「なんだと!? こうなったら、力ずくでも……!」
「あら、あたしとやろうってわけ?」
「ぐっ!?」
リンの蛇達に睨まれ後ずさる。
まぁ冷静に考えてみると、PTが俺だけの状態で石化攻撃なんて受けたらジ・エンドなわけで。
「ふん! 賢明な判断ね!」
「く、くっそ〜……!」
今回は素直に負けを認めたけど、次こそは必ず……!
「まいどー、どうもっす。またのーご来店、お待ちしてるっすー」
イチカ店長に別れを告げ、俺達は胡散臭さ漂う媚薬店を後にする。
あぁ帰り際に、
『2本で1本分の値段にするっす。ぜひ買っていくっすー』
『え? 急にどうしたんですか?』
『お近づきの印っすー』
『はぁ…それじゃぁ、お言葉に甘えて……』
といった感じのやりとりがあり、俺は狸印の漢方薬を2本購入。
レイラとコヨミさんへのお土産ということでちょうど良かった。
「……意外」
「え?」
「うん。店長がサービスするなんて、普通じゃ絶対にあり得ないんだよ?」
「あ〜…そう、なんだ?」
「よっぽどあんたの事が気に入ったのね、店長」
新顔のお客に使う常套手段かと思ってたけど……そっか、珍しいんだ。
これは、また店に顔を出さないと申し訳ないな。
「そういえば、リンも随分店長と仲良かったな」
「あたしはあそこの常連様だから、まっ! 当然ね!」
「へー」
「ぐっ…もうちょっとリアクションとりなさいよ……!」
「あ、ロイ君知ってた? 大学の購買部の商品って、実はほとんどがあの店の物なんだよ?」
「ぇえ!? そ、それは知らなかった……」
あの狸店長、薬以外にも色々製造してたんだ。
まさか……購買部で売ってる食べ物なんかもあの人が出荷してるのか?
………。
ま、まぁいいや!
今のところ体に害があるってわけでもないし!
「あら、もう夕方ね。あんた、これからどうするの?」
「ん〜、このまま寮に帰るつもりだけど」
「だったらロイ君! わたし達とごはん食べにいこうよ!」
「……激しく同意」
「ちょ、ちょっと! なに勝手なこと……」
「リンちゃんリンちゃん! いい機会だし、このままロイ君と親睦を深めようよ!」
「べ、別にあたしは…こんな奴と、仲良くなんてなりたく……」
「……照れ隠し乙」
「シノ…あんたねぇ!」
「じゃぁ決まり! ロイ君、行こ♪」
「あ、あぁ」
「……魚介系希望」
「ちょ…ま、待ちなさいよあんた達!? あたしを置いて行くなーーーーーーー!!!」
騒がしくも愉快な休日を過ごしました。
〜おまけ〜
「こ、これは!?」
「狸印の漢方薬……主様、これを一体どこで手に入れたのですか?」
「普通に町で、ですけど……もしかして、なにかまずかったですか?」
「むしろ、その逆だ。良くこんな稀少品を入手できたな」
「ぇえ?」
「狸印の商品は巷でも良く見かけますが、漢方薬ともなれば話は別。万病の特効薬として、 非常に高値で取引される代物です」
「そ、そんなエ○クサーみたいなものだったんですか!?」
「せ○いじゅの雫とも言えるな」
「レイラ? それを言うならマ○シムトマトではないですか?」
「コヨミは考えが古いぞ? 今はティア○ルの薬が旬だ!」
「レイラは間違っています! 回復アイテムと言えばやはりエリ○シールです!」
「いーや! 救○スプレーだ!」
「いーえ! いに○えの秘薬です!」
「反○香だ!」
「宝○輪です!」
……なんの話?
「鉤爪装備はいらんかねー!? 格闘家さんには必須のアイテムだよー!」
「新商品『エクスローション』お買い得セール! この機会に是非ご利用くださ〜い!」
人間界、大都市クーゼンベルク東商業区にて。
朝起きるとベッドの横に、
『コヨミと出かけてくる お前は寮でのんびりしていろ byレイラ』
という置手紙があった。
まぁレイラの言うとおり、ゆっくり過ごして日頃の疲れを癒すのも悪くない。
悪くないんだけど……やっぱり落ち着かない。
なので、今日は俺1人で町の散策をしている。
「あの2人も、この町に来てるのかなぁ」
レイラではないが、この人間界でショッピングを楽しみたいのであれば、それはやはりこの大都市クーゼンベルクに勝るところはない。
あらゆる地方の特産から異国の珍品まで何でも揃っている、貿易の心臓部と言っても過言ではない。
ちなみに俺はこの町に程近い、小さな田舎町の出身だ。
なにか入用なら、この大都市を利用することも少なくなかった。
まぁ……拉致される前の話だけど。
「このままトンズラ……って、わけにもいかないよな〜」
今から故郷に帰れるのかと問われれば、答えはYES。
目と鼻の先にある町だ、そう時間はかからない。
が…別に誰が待っているわけでもなし。
薄情者と思うかもしれないけど、別段思い入れのある町でもない。
どの道、俺を連れ戻すためすぐにでも理事長が飛んできそうだ。
想像に難くない。
「……お? なんだアレ?」
ま、いっか。
今の生活が辛くて仕方無いってわけじゃないし。
俺の人生だ、楽しんだ者勝ち……だよな。
「あれ? こんな店あったかなぁ?」
特に予定もなく商業区をフラフラしていると、何やら怪しげな雰囲気を漂わせる店を発見した。
店内の様子を窺おうにも窓はなく、ただ看板に『薬・その他雑貨』と書かれているのみ。
こういった大きな町に良くある、胡散臭い店の定番だ。
「ん〜?」
しかし、胡散臭いわりにきちんと店を構えているため、それなりの儲けはあるのだと予測できる。
結果……
カランカランッ♪
興味本意で入店を決めてしまったのである。
「うお!? こ、この匂いは……」
店内は桃色の薄い靄がかかっており、濃密な甘ったるい匂いで充満していた。
棚には怪しげな薬瓶がズラリと並べられていて、思わず町の診療所を連想してしまう。
「薬の香りか何かかな? それにしては漏れ過ぎだろ」
外観からは想像も出来ないほど店内は広い。
これはもしや……魔力的な何かが作用してるのか?
いや、考えすぎかな?
「まいいか。えっと、店員さんは……」
「初めて見る顔っすねーお客さん」
「うお!?」
本日2度目の『うお』。
背後から腰をつつかれ、驚いて振り向く。
「人間のお客さんとはー珍しいっす。しかも男っすー」
「あ、あなたは?」
の〜んびりと間延びした、平淡で癖のある終始低音な口調。
先程目を覚ましたかのような寝起き面をしているが、目つきだけはやけに鋭い。
丸みのある獣耳と、頭に大きめの葉っぱを乗せた彼女の正体は、
「うちはー『形部狸』の『イチカ』とーいう者っす。ここのー店長やってるっすー」
「あ〜ど、どうも」
「……クンクン」
「え? あの、ちょっと?」
するとイチカと名乗る狸娘は、じっくりネットリ、まるで品定めでもするかのように俺を見回す。
同時に体中のにおいをクンクンと嗅いでくる。
「お客さんのことはー覚えたっす。もう一生忘れないっすー」
「は、はぁ」
「あとはー……」
「あとはーって…ぇえ!?」
今度は俺に、自身の体をスリスリと擦り付けてきた。
「ん、んっ…よい、せっとー」
「ちょ、ちょ、ちょ!?」
「……ペロペロ」
「ひあ!?」
いきなり頬を舐められ女みたいな声を上げてしまった。
「ふー。これでーマーキング完了っすー」
「……マ、マーキング?」
「他の商人にーお客さん取られるわけにはーいかないっすからー」
「あなたは犬ですか……」
初対面なのに何でも有りだなぁ……。
「あーうちがマーキングするのはー、気に入ったお客さんだけっすー」
「あ、そうなんですか? でも俺達、初対面ですよね?」
「訂正っす。お客さんはー、うちの婿候補っすー」
「婿!?」
「冗談っすよー……半分は」
「半分!?」
なんか、疲れてきた……。
「前置きがー長くなったっす。ようこそー『イチカ狸の媚薬店』へー」
「び、媚薬店……」
もしかしなくても、やっぱりそういった類の店だったか。
俺の危機感知能力もまだまだっす……。
ぉおっと、彼女の口癖がうつってしまった。
「それでー、本日はどういったご用件でー?」
「いや、あの〜…どういった店なのか気になって」
「あー、冷やかしっすかー? もしそうならー婿になってもらうっすよー?」
「無理矢理そっち方向へ話を持っていくな!」
「……てへペロ」
「てへペロ!?」
形部狸と話をするのは生まれて初めてだけど、な〜んかずっと彼女のペースなんだよなぁ。
頭が非常に切れる種族であることは聞いていたけど、これも彼女達特有の話術なのかな?
「いつまでもー邪魔しちゃ悪いっすね。うちはー冷やかし大歓迎っすからー、どうぞごゆっくりー」
「ど、どうも」
そう言い残し、イチカ店長はテコテコと店の奥へと引っ込んでしまった。
……何がしたかったんだあの人は?
「ふぅ、もうなんかお腹いっぱいだなぁ……までもせっかくだし、ちょっとだけ見ていこうかな」
それに、なにか気になったものがあれば買ってもいいだろう。
冷やかし大歓迎と言われると、何故か手ぶらで帰るのに若干の抵抗を覚える。
さすが、商売上手の狸さんだ。
「うわ〜胡散くせ〜」
わかってた。
わかってたけど、つい口から零れ出てしまった俺の本音。
「『惚れ薬』って実在したんだなぁ……」
胡散臭いが。
「『スペルマンD』? あぁ、精力剤か」
胡散臭い。
「『エッグスナイパー』……なんだコレ?」
説明文
『なかなか子供ができない、そんなあなたに! これさえあれば、あなたも夢の子沢山!! 排卵・受精率共に驚異の99,999999%の実績! この機会にぜひお買い求めを……』
「め、目が滑る……」
アダルト用品店かここは!?
……いや、落ち着いて深呼吸だ。
そもそもここは魔物の経営する媚薬店、こんな物が置いてあったって不思議でもなんでもない。
というか、表の看板書き直せって。
薬に雑貨ときたら医薬用品店と勘違いするだろうが。
「あの2人にお土産でもと思ったけど、特に目ぼしい物もないし…そろそろ失礼しようかな」
無理に買い物をしていく必要もないだろうと自分に言い聞かせ、俺は店の出入り口に手をかけようとした。
すると……
カランカランッ♪
「もう、だからあんた達は女としての魅力が…………あ」
「あ」
見知った顔が入店してきた。
「な…な…な、な、ななな!?」
「あ、ロイ君だ! おひさ〜ノ」
「……よノ」
「あぁ、フィルチにシノ。元気してた? あと、リンも……」
「なんであんたがここにいるわけーーーー!!??」
「うお!?」
はい、3度目の『うお』。
鼓膜が破れそうになった。
「こ、ここは男子禁制…女子だけの花園よ!? どうしてあんたみたいな肉壁がいんのよ!?」
「肉壁言うなコラ!」
「リ、リンちゃん落ち着いて!」
「……ワロス」
久しぶりに会ったっていうのに、失礼なやつだなぁ……。
まぁリン(メドゥーサ)もそうだけど、フィルチ(リャナンシー)とシノ(サハギン)も相変わらずで安心した。
俺の数少ない学友達だから、不思議と大事に思えてしまう。
「それとリンちゃん、別に男の人が来ても問題ないと思うけど?」
「……同意」
「ちょ、ちょっと!? あんた達一体どっちの味方なの!?」
「ロイ君」「……ロイ」
「こんの裏切り者ーーーーーーーーー!!!」
「ひゃう!?」「………」
ペシン!と頭を叩かれるフィルチとシノ。
「ごめんねロイ君? リンちゃん、良くこうやってヒスっちゃう時あるんだ」
「……マジワロス」
「ちょ…ヒスってなんかいないわよ!?」
「あぁいや、別に気にしてないよ。というか2人共、叩かれてたけど大丈夫?」
「うん、いつものことだし」
「……習慣」
あぁ、こうやってリンの理不尽な怒りをいつも黙って受け止めているのか……偉いな。
「あ、あたしを無視するなーーー!」
「リン…別に無視してるつもりはないよ」
「だ、だって! だって…あんた、あの2人とばっかり喋って……ブツブツ」
「え? なんだって?」
「〜〜〜〜〜〜! なんでもないわよ! このっバカちん!!!」
「バ、バカちん!?」
「もうリンちゃんってば、素直じゃないんだから〜」
「……テラワロス」
この後も罵倒罵倒の嵐。
リンのやつ……俺になんか恨みでもあるのか?
数十分後。
店の奥からヒョッコリと現れたイチカ店長。
彼女の仲裁の甲斐あって、なんとか騒ぎは収まった。
フィルチとシノは俺達を放置して店内を物色していた。
おい、止めてくれよ。
「営業妨害っすからー、痴話喧嘩も程々にお願いっすー」
「「はあ!?」」
「冗談っすー」
この人は、まったく……。
「はぁ……で? あんたはここへ何しに来たわけ?」
「あぁいや、特に目的はないよ。興味があったから覗いてみただけ」
「ふ〜ん? 人間にこの店は普通認識されないはずなんですけど?」
「え、そうなの?」
「そっす。ここは魔物かー、あるいは素質のある者しかー入れないようになってるっすー」
「へ、へー」
「ねぇ店長、素質のある人間ってどういうことなの? 少なくともあたしには、こいつが素質のある逸材には見えないんだけど」
「お、お前なぁ……」
リンは本当に容赦がない。
まぁ間違ってはいないから反論できないんだけど……。
「簡単なことっす。女性ならー人1倍性欲を持て余した者、男性はー体内に魔力を循環させている者のことを指してるっすー」
「じゃぁなに? こいつの体には魔力が帯びてるってこと?」
「そういうことにーなるっす。うちはー目視できないっすけどー」
「魔力……俺に?」
………。
うん、今更驚くようなことでもない。
あれだけ魔物魔物魔物な環境で生活していれば、そりゃ少なからず魔物の影響を受けるだろう。
拉致られた身だけど、入学前に覚悟はしていたことだ。
「あら、意外と冷静なのね?」
「まぁ、今更って感じかな」
「……ふ〜ん?」
ちょっと意外…みたいな目を向けてくるリン。
どうだ、オレの神経は図太いんだ!
恐れ入ったか!?
「そんなことより店長、予約してた例の……」
そんなことより……orz
「あーアレっすね。少しだけ待つっすー」
「やっとアレが手に入るのね! 3週間も待った甲斐があったわ〜♪」
「リン、アレってなに?」
「あ、あんたには関係ないでしょ!?」
「お、教えてくれたっていいだろ!?」
「絶っっっっっ対にイヤ!!!」
「なんだと!? こうなったら、力ずくでも……!」
「あら、あたしとやろうってわけ?」
「ぐっ!?」
リンの蛇達に睨まれ後ずさる。
まぁ冷静に考えてみると、PTが俺だけの状態で石化攻撃なんて受けたらジ・エンドなわけで。
「ふん! 賢明な判断ね!」
「く、くっそ〜……!」
今回は素直に負けを認めたけど、次こそは必ず……!
「まいどー、どうもっす。またのーご来店、お待ちしてるっすー」
イチカ店長に別れを告げ、俺達は胡散臭さ漂う媚薬店を後にする。
あぁ帰り際に、
『2本で1本分の値段にするっす。ぜひ買っていくっすー』
『え? 急にどうしたんですか?』
『お近づきの印っすー』
『はぁ…それじゃぁ、お言葉に甘えて……』
といった感じのやりとりがあり、俺は狸印の漢方薬を2本購入。
レイラとコヨミさんへのお土産ということでちょうど良かった。
「……意外」
「え?」
「うん。店長がサービスするなんて、普通じゃ絶対にあり得ないんだよ?」
「あ〜…そう、なんだ?」
「よっぽどあんたの事が気に入ったのね、店長」
新顔のお客に使う常套手段かと思ってたけど……そっか、珍しいんだ。
これは、また店に顔を出さないと申し訳ないな。
「そういえば、リンも随分店長と仲良かったな」
「あたしはあそこの常連様だから、まっ! 当然ね!」
「へー」
「ぐっ…もうちょっとリアクションとりなさいよ……!」
「あ、ロイ君知ってた? 大学の購買部の商品って、実はほとんどがあの店の物なんだよ?」
「ぇえ!? そ、それは知らなかった……」
あの狸店長、薬以外にも色々製造してたんだ。
まさか……購買部で売ってる食べ物なんかもあの人が出荷してるのか?
………。
ま、まぁいいや!
今のところ体に害があるってわけでもないし!
「あら、もう夕方ね。あんた、これからどうするの?」
「ん〜、このまま寮に帰るつもりだけど」
「だったらロイ君! わたし達とごはん食べにいこうよ!」
「……激しく同意」
「ちょ、ちょっと! なに勝手なこと……」
「リンちゃんリンちゃん! いい機会だし、このままロイ君と親睦を深めようよ!」
「べ、別にあたしは…こんな奴と、仲良くなんてなりたく……」
「……照れ隠し乙」
「シノ…あんたねぇ!」
「じゃぁ決まり! ロイ君、行こ♪」
「あ、あぁ」
「……魚介系希望」
「ちょ…ま、待ちなさいよあんた達!? あたしを置いて行くなーーーーーーー!!!」
騒がしくも愉快な休日を過ごしました。
〜おまけ〜
「こ、これは!?」
「狸印の漢方薬……主様、これを一体どこで手に入れたのですか?」
「普通に町で、ですけど……もしかして、なにかまずかったですか?」
「むしろ、その逆だ。良くこんな稀少品を入手できたな」
「ぇえ?」
「狸印の商品は巷でも良く見かけますが、漢方薬ともなれば話は別。万病の特効薬として、 非常に高値で取引される代物です」
「そ、そんなエ○クサーみたいなものだったんですか!?」
「せ○いじゅの雫とも言えるな」
「レイラ? それを言うならマ○シムトマトではないですか?」
「コヨミは考えが古いぞ? 今はティア○ルの薬が旬だ!」
「レイラは間違っています! 回復アイテムと言えばやはりエリ○シールです!」
「いーや! 救○スプレーだ!」
「いーえ! いに○えの秘薬です!」
「反○香だ!」
「宝○輪です!」
……なんの話?
12/02/14 08:42更新 / HERO
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