9章 『仕事人な奴ら』
「うぅ〜…これ以上は、ムリだよ〜……」
「フィロ…もっと力抜いて」
「い…い……痛〜〜〜い!?」
「わ、悪い…初めてだったか?」
「ん…ん〜ん、もう大丈夫……」
「じゃぁ…動かすぞ?」
「ゆっくり…ね?」
ジト〜〜〜
「ただのストレッチのはずが、色々と妄想が働く会話ですね」
「背中を押すフレンも紛らわしいのだ! 焼き殺すぞ!?」
「なぜ!?」
「そう硬くならずとも良い。 喫茶店の連中は皆気の良い奴ばかりじゃ」
「俺の中では幼女ばっかりって印象があるんだけど」
「確かに幼女メインではあるのう。 ワシがあそこで働くのもそれが理由じゃからな」
「え、じゃぁお店には幼女しかいないのか?」
「そこまでは言うておらん。 少なくとも厨房の連中は幼女ではないのじゃ」
「そっか」
今日は栄えある初出勤。
開店から夕刻までの勤務だ。
「こんな早く家出て、お店は開いてるのか?」
「大丈夫じゃ。 仕込みのために厨房連中は既に来ておるはずじゃ」
「あぁ、なるほど」
「チーフも恐らくいるじゃろうな」
「チーフって、責任者のこと?」
「うむ。 ちと中途半端な奴じゃが、上手く皆をまとめておる」
「へぇ〜」
アイリが認める程の人物だ、きっと凄い大物なんだろうなぁ。
「前も言うたが、お主は元々料理上手じゃ。 すぐ場に馴染めるじゃろ」
「アイリがそう言ってくれると、少しは気が楽になるよ」
「うむ!」
そんなわけでバイト先『露璃喫茶』へ向かう俺達だった。
はい到着。
喫茶店は自宅から徒歩20分程の距離にある。
近くもなければ遠くもない、何とも微妙な距離だ。
「いや〜、何度見ても胡散臭いなぁこの店は」
「これこれ。 仮にもココで働く身のお主がそんな事を言うてはいかんじゃろうが?」
「ごめん、つい」
まぁ胡散臭いとは言いつつも、実はこの店をかなり気に入っている俺。
この胡散臭さが癖になるというか何というか……。
いや、変な趣味に目覚めそうなので自重しよう。
「従業員は裏口から入るのが決まりなのじゃ」
そういう事らしいのでいざ裏口へ。
こちらは表と違い材料などの発注品が転がっており妙にゴタついている。
「おっとっと! ここは足の踏み場もないなぁ」
「客が来れば自ずと減ってゆく。 じゃからワシらが帰る頃には綺麗に片付いておるじゃろ」
「こんな量が、そんな短時間で減るかなぁ?」
「な〜に、お主も働けばわかる事じゃ」
「まぁ、それはそうか」
正体不明の箱を踏まないように気をつけながらスタッフルームを目指す。
「ここがスタッフルームじゃ。 休憩室と更衣室の役割も果たす便利な部屋じゃ」
「な、なるほど」
中は清潔感があり、休憩室にしてはかなり広い印象を受ける。
部屋の中にはさらに2つの扉があり、それぞれが男性用・女性用更衣室に分かれているようだ。
想像以上に豪華だったので少しドギマギしてしまう。
「挨拶の前に着替えておくとするかのう」
「え?」
「お主用のロッカーとコックコートは既に用意されておるはずじゃ。 更衣室に入ればわかるじゃろ」
「あぁ、わかった」
着替えのためアイリとは一旦別れ更衣室に入る。
「えっと、俺のロッカーは……」
更衣室はあまり広くなかった(ロッカーの数も少ない)。
自分の名前が書かれているロッカーを探す。
……お、あった! 『フレンお兄ちゃんのロッカー♪』
「………」
いや、だって仕方ないだろ?
そう書いてあったんだから……。
「ん〜…なんかちょっとした悪意を感じる」
いやいや!
とにかく、今は早く着替えないと。
「なかなか似合っておるではないか?」
「いやいや、アイリ程じゃないよ」
「うるさいのじゃ!」
現在厨房へ向かっている途中でございます。
「そうそう、1つ気になる事があるんだけど」
「なんじゃ?」
「もしかして男性従業員…俺だけ?」
「そうじゃが?」
「やっぱり……」
だから更衣室があんなに狭かったのか。
きっと女性用更衣室はあそこの数倍は広いんだろうなぁ。
そんな事を考えていると、
「アイリさん、彼が例の?」
「うむ。 なかなかの男じゃろう?」
「うんうん♪ すっごく僕好みかも♪」
アイリが誰かと話している。
「あ、あの……」
「あぁ、君がフレン君だね? アイリさんから話は聞いてるよ!」
「ど、どうも。 フレン=カーツです。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも♪ 僕はチーフのファンネル! 皆からは役職のチーフって呼ばれてるけど」
「それじゃぁ…チーフ?」
「ん? なにかな?」
「チーフは、『アルプ』ですよね?」
「うん、そうだよ!」
チーフは希少種中の希少種だった。
あぁ、だからアイリのやつ中途半端(性別的に)って言ってたのか。
「チーフも接客を?」
「僕はホールに出ないんだよ。 ウェイトレスは魔女達とアイリさんだけで人が足りてるから」
「あ、そうですか」
じゃぁ何してるんだろ?
てゆうか従業員の幼女達はやっぱり魔物だったか。
通りで小さいはずだ。
「フレンよ、今時珍しい僕っ子じゃ。 萌えるじゃろ?」
「新鮮ではあるかな」
「もう! フレン君ったら〜♪」
チーフはとても気さくな人だった。
「おっと、こんな事してる場合じゃなかったね! 早く他の従業員さん達を紹介しないと!」
そう言うとチーフは厨房へ俺を案内した。
アイリはホールの掃除をすると言いそこで別れた。
「いや〜君が入ってくれて本当に助かったよ! コックが急に2人も辞めちゃって困ってたんだ」
「え、何かあったんですか?」
「表向きは『産休』なんだけど、旦那様と1秒でも長く一緒にいたいんじゃないかな?」
「あぁ〜なるほど」
「僕も魔物だから、執拗に辞めるなとも言えなくてね〜」
辞めたコック2人というのはサキュバスとエキドナらしい。
まぁ確かに仕事より男を取るような組み合わせではある。
しかしさすがチーフ、色々と考えているみたいだ。
「チーフ、質問が」
「なにかな?」
「ここ、魔物しか働いていないんですか?」
「正確には、『魔物限定』だね」
「じゃぁ俺は?」
「特別待遇ってことになるのかな? なにせ緊急事態だったから」
「は、はぁ」
給与の事とかはどうなんだろ。
まぁでも、それはまた後でイイか。
「みんなー! 新しい子が入ったから集まってーー!」
チーフの掛け声で厨房の面子が集まり始める。
うわぁ…いろんな種類の魔物が……。
「集まったね? それじゃぁフレン君、自己紹介よろしく♪」
「あ、はい」
俺を凝視する7人。
普通なら萎縮するだろうけど、俺は慣れてるから大丈夫。
別に慣れたくはないんだけど。
「えっと…フレン=カーツです。 厨房に入るのは初めてなので、皆さんに迷惑を掛けるかもしれませんが…どうぞ、よろしくお願いします」
少し大袈裟に、深々と頭を下げる。
すると、
「あらあら〜♪可愛らしい子が入ってきたわね〜♪」←メインキャラ(ホルスタウロスのイサラ)
「あたしが何でも教えてあげちゃう♪」(インプのセラ)
「ずる〜い! あたしが教えるの〜〜!」(インプのソラ)
「人間か…どこまでやれるか見物だな」(リザードマンのレオナ)
「うふふっ…美味しそな匂い♪」(妖狐のスミレ)
「ま、仲良くしろよな!」(ゴブリンのメオ)
「……男、か」←メインキャラ(マンティスのレティ)
十人十色な反応が返ってきた。
「はーい、皆静かに!」
チーフが手を叩き場を治める。
「フレン君のお世話係だけど、イサラ姉さんとレティにお願いするね!」
「は〜い♪ お願いされちゃいま〜す♪」
「……仕方ない」
「「ええ〜〜!? ずる〜〜〜い!!」」
インプ2名が反対したものの無駄な抵抗に終わった。
「というわけでフレン君! 厨房について何かわからない事があったら、あの2人に遠慮なくどんどん聞いてね!」
「わかりました」
「フレンく〜ん♪ よろしくね〜♪」
「……よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
長い1日が始まりそうだ。
「改めまして〜…ワタシ〜、ホルスタウロスのイサラっていうの〜♪ 親しみを込めて〜、イサラお姉ちゃんって呼んでね〜♪」
「いや、そういうわけには……イサラさんって呼びますね」
「モ〜! フレン君てば恥ずかしがり屋さんなんだから〜♪」
「は、はぁ」
もう見たまんまノンビリした人だなぁ。
うちのフィロとは気が合いそうだ。
「………」
「あ、あの」
「レティ。 見ての通り、ただのマンティス」
「あ、よろしく、お願いします。 レティさん」
「レティでいい……あと、敬語やめて」
「……わかったよ、レティ」
「……うん」
こちらは真逆のタイプ。
無愛想…って程でもないけど、ちょっと取っ付きづらい感じがする。
悪い人ではなさそうだけど。
「え〜と〜、まず何から教えようか〜? お皿洗いとか〜基本的な事はできるんだよね〜?」
「それは大丈夫だと思います」
「レティちゃ〜ん、どうする〜?」
「……仕込み」
「あ〜! それがいいね〜♪」
「え、いきなり仕込み? 先に料理を覚えたほうが……」
「仕込み覚えれば、料理も覚える」
「そんな、ものかなぁ?」
「……そんなもの」
そんなわけで、料理人として必須な仕込みを教わることに。
「料理が上手な人でモ〜、意外と仕込みはできないものなのよ〜。 どうしてだと思う〜?」
「えっと、食べる人の人数分しか作らないから…ですか?」
「せいか〜い♪ 家庭で料理する人なんか〜、多くてもせいぜい5人前くらいでしょ〜?」
「なるほど…仕込みをする程の人数じゃないって事か。 言われてみれば俺もやった事ないですし」
来客数の分からない飲食店では、やはり開店前の仕込みが非常に大切なようだ。
この後、複数あるスープの味付けや材料の切り方・保存法などを覚えさせられた。
「お客様にお出しするものだから〜、どんな小さな作業モ〜絶対に気を抜いちゃだめよ〜?」
「肝に銘じます」
ノンビリした言動とは裏腹に的確なアドバイスをくれるイサラさん。
さすがプロの料理人だ……。
「……速さも大事」
「え?」
「ストックがないと、料理できない」
「あぁ、丁寧かつ迅速にってことね。 切れそうになったら追加すればイイのかな?」
「……うん」
一方のレティはというと……こちらは『見せて覚えさせる』タイプのようだ。
短時間で多くの食材を切り刻む彼女の腕は、もはや達人級といってもイイ。
あと包丁を使わず自分の『鎌』で調理することには驚いた。
「呑み込みが速くて〜、お姉ちゃん嬉しいな〜♪ レティちゃんモ〜そう思わな〜い?」
「……まぁ」
「これでも一応、料理人の端くれですから」
基本的な仕込みは今日中に覚えてしまいたい。
早くこの厨房の人達の力になってあげたい、不思議とそう思う。
昼過ぎ。
客の出入りが緩やかになり始めた時間帯のこと。
「モ〜教えることは教えたよね〜?」
「……イサラ、肉」
「あ〜! 忘れてた〜!」
「肉?」
どうやら肉の切断で最後らしい。
レティ曰く最も大変な作業とのこと。
「ちょうどストックも減ってきたから〜、凄く良いタイミングかモ〜♪」
「……これは、イサラが得意」
「え、レティの方が上手いんじゃ?」
「……苦手」
「ふ〜ん?」
切り上手なレティが苦手って…そんなに難しいのか?
「それじゃ〜フレンく〜ん、これを切ってみてね〜」
「あ、はい」
調理台に置かれたのは、脂の詰まったかなり大き目の肉(何の肉かは不明)。
「じゃぁ、いきます」
少し勢いをつけて包丁を振り下ろした。
が、グニュっとした弾力に阻まれ刃が上手く入らない。
「モ〜だめだよフレンく〜ん! そんなやり方したら〜お肉が可哀想でしょ〜?」
「す、すいません」
イサラさんに初めて怒られた。
「包丁を入れる前に〜、やるべき事があるでしょ〜?」
「やるべき事?」
なんだろ……。
あ、叩いて筋を切るとか?
「えっと」
「フレンく〜ん? 今〜、叩いて筋を切る〜なんて考えてなかった〜?」
「うっ……」
肉の事になると鋭いぞ、このお姉ちゃん……。
「しょうがないな〜。 ワタシが〜お手本見せてあげる〜」
「お願いします」
イサラさんはそう言うと、おもむろに肉を持ち上げ『揉み』始めた。
「イサラさん…何を?」
「なにって〜、お肉を柔らかくしてるのよ〜?」
「そ、それで柔らかくなるんですか?」
「……なる」
「マジ?」
「……マジ」
本当だろうか。
にわかに信じられない。
「モ〜ミモ〜ミ〜〜♪」
「………」
「………」
イサラさんが揉み始めてから約2分。
「嘘…切れる!?」
「ね〜? 柔らかいでしょ〜?」
「な、なんで?」
「……さぁ」
不思議だ…不思議すぎる。
叩いてやっと柔らかくなるような肉が、ものの数分揉んだだけでこうも変わるものなのか……。
「フレン君モ〜練習したら〜?」
「いや、俺は別に……」
「でモ〜、練習するたびにお肉を出すのは〜ちょっと勿体ないよね〜」
「まぁ、確かに」
思考を巡らせるイサラさん。
そして何を思ったのか、自らの豊満(超巨大)なメロンを抱きかかえるようにしてこう言った。
「そうだ〜! ワタシのオッパイで練習すれば良いんだよ〜♪」
「ぇえ!?」
「そうすれば〜フレン君も練習になるし〜、オッパイの張りも解消できて〜一石二鳥だよ〜♪」
「あ、ありがたいですけど…遠慮させていただきます!!」
「え〜? 良いアイディアだと思ったんだけどな〜……」
どうやら本気だったらしい。
こうやって知らぬ間に男を誘惑するんだな、ホルスタウロスって。
イイ勉強になった。
「そういえば、レティはどうして肉を切るのが苦手なんだ? やっぱり切れないから?」
「……違う」
「え、じゃぁ」
「……グロい、嫌い」
「あぁ、なるほど……」
まぁ確かにグロいかもしれないけど。
てゆうか彼女肉食だよなぁ?
大丈夫なのか? 生態的に……。
そんなこんなで夕方に。
「今日は本当にありがとうございました」
「……別に」
「ワタシ達モ〜と〜っても楽しかったよ〜♪ またお仕事しに来るんでしょ〜?」
「はい。 大学が始まるまでは毎日、朝から夕方まで入るつもりです」
「そっか〜、また会えるんだね〜♪ お姉ちゃん楽しみにしてるね〜♪」
「あ、あははっ……」
「……遅刻、厳禁」
「うん、了解」
厨房の人達とチーフに挨拶をし、着替えるため更衣室へ行く(インプの双子に言い寄られた)。
「む? おぉ、お主も終わったようじゃな」
「あぁ、けっこう疲れたよ」
スタッフルームでアイリと合流。
そういえば勤務中、1度もアイリと顔を合わせなかった。
いやまぁ、それはそうか。
俺はホールに出ないわけだし。
「まったく…ホールの魔女共には困ったものじゃ」
「ん、なんかあった?」
「いや、お主を紹介しろとうるさくてのう…そちらの相手をする方が疲れたわい……」
「お、お疲れ」
そっちはそっちで大変だったらしい。
「して、どうじゃ? 続けられそうかのう?」
「大丈夫。 皆イイ人達だし、楽しく仕事ができそうだよ」
「うむ、それはなによりじゃ!」
着替えを済ませ喫茶店を後にする俺とアイリ。
「まったく…こやつはどこへ行ってもモテるのう……」
「ん? なんか言った?」
「何でもないのじゃ!」
「な、なんだよ?」
とりあえずメンバーの顔と名前は覚えた。
アルプでチーフのファンネルさん。
今日お世話になったホルスタウロスのイサラさんに、マンティスのレティ。
インプで双子のセラとソラ。
リザードマンのレオナさんにゴブリンのメオ。
そして妖狐のスミレさん(要注意人物)。
あぁ、あと多数の魔女達。
あれ、そういえば店のオーナー(社長)がいなかったなぁ。
今度チーフに聞いてみるかな。
「のうお主、聞きたいことがあるのじゃが」
「ん?」
「ダイガクが始まっても、ここで働く気はあるのかのう?」
「ん〜……」
さっきまで考えていたことを聞かれた。
でも、もう答えは出ている。
「俺は続けたいと思ってる。 夕方から入る事になるだろうけど」
「お主ならそう言うと思ったのじゃ!」
誰かが俺を必要としてくれる。
だから俺は、それに応えたい。
それに、新しい出会いもたくさんあった。
こんな環境に恵まれて……俺は、幸せなのかもしれない。
〜おまけ〜
「フレンがいないと寂しいね〜」
「私はあの糞ビッチが憎くて仕方ないのだが」
「まぁまぁ。 アイリさんはその内飽きるでしょう」
「だといいがな」
「そうすれば大義名分の下、ティータが新たな新人としてフレンさんと一緒に……」
「ティータ…こんがりか生焼けか、選ばせてやる」
「冗談です」
「………zzz」
「フィロ…もっと力抜いて」
「い…い……痛〜〜〜い!?」
「わ、悪い…初めてだったか?」
「ん…ん〜ん、もう大丈夫……」
「じゃぁ…動かすぞ?」
「ゆっくり…ね?」
ジト〜〜〜
「ただのストレッチのはずが、色々と妄想が働く会話ですね」
「背中を押すフレンも紛らわしいのだ! 焼き殺すぞ!?」
「なぜ!?」
「そう硬くならずとも良い。 喫茶店の連中は皆気の良い奴ばかりじゃ」
「俺の中では幼女ばっかりって印象があるんだけど」
「確かに幼女メインではあるのう。 ワシがあそこで働くのもそれが理由じゃからな」
「え、じゃぁお店には幼女しかいないのか?」
「そこまでは言うておらん。 少なくとも厨房の連中は幼女ではないのじゃ」
「そっか」
今日は栄えある初出勤。
開店から夕刻までの勤務だ。
「こんな早く家出て、お店は開いてるのか?」
「大丈夫じゃ。 仕込みのために厨房連中は既に来ておるはずじゃ」
「あぁ、なるほど」
「チーフも恐らくいるじゃろうな」
「チーフって、責任者のこと?」
「うむ。 ちと中途半端な奴じゃが、上手く皆をまとめておる」
「へぇ〜」
アイリが認める程の人物だ、きっと凄い大物なんだろうなぁ。
「前も言うたが、お主は元々料理上手じゃ。 すぐ場に馴染めるじゃろ」
「アイリがそう言ってくれると、少しは気が楽になるよ」
「うむ!」
そんなわけでバイト先『露璃喫茶』へ向かう俺達だった。
はい到着。
喫茶店は自宅から徒歩20分程の距離にある。
近くもなければ遠くもない、何とも微妙な距離だ。
「いや〜、何度見ても胡散臭いなぁこの店は」
「これこれ。 仮にもココで働く身のお主がそんな事を言うてはいかんじゃろうが?」
「ごめん、つい」
まぁ胡散臭いとは言いつつも、実はこの店をかなり気に入っている俺。
この胡散臭さが癖になるというか何というか……。
いや、変な趣味に目覚めそうなので自重しよう。
「従業員は裏口から入るのが決まりなのじゃ」
そういう事らしいのでいざ裏口へ。
こちらは表と違い材料などの発注品が転がっており妙にゴタついている。
「おっとっと! ここは足の踏み場もないなぁ」
「客が来れば自ずと減ってゆく。 じゃからワシらが帰る頃には綺麗に片付いておるじゃろ」
「こんな量が、そんな短時間で減るかなぁ?」
「な〜に、お主も働けばわかる事じゃ」
「まぁ、それはそうか」
正体不明の箱を踏まないように気をつけながらスタッフルームを目指す。
「ここがスタッフルームじゃ。 休憩室と更衣室の役割も果たす便利な部屋じゃ」
「な、なるほど」
中は清潔感があり、休憩室にしてはかなり広い印象を受ける。
部屋の中にはさらに2つの扉があり、それぞれが男性用・女性用更衣室に分かれているようだ。
想像以上に豪華だったので少しドギマギしてしまう。
「挨拶の前に着替えておくとするかのう」
「え?」
「お主用のロッカーとコックコートは既に用意されておるはずじゃ。 更衣室に入ればわかるじゃろ」
「あぁ、わかった」
着替えのためアイリとは一旦別れ更衣室に入る。
「えっと、俺のロッカーは……」
更衣室はあまり広くなかった(ロッカーの数も少ない)。
自分の名前が書かれているロッカーを探す。
……お、あった! 『フレンお兄ちゃんのロッカー♪』
「………」
いや、だって仕方ないだろ?
そう書いてあったんだから……。
「ん〜…なんかちょっとした悪意を感じる」
いやいや!
とにかく、今は早く着替えないと。
「なかなか似合っておるではないか?」
「いやいや、アイリ程じゃないよ」
「うるさいのじゃ!」
現在厨房へ向かっている途中でございます。
「そうそう、1つ気になる事があるんだけど」
「なんじゃ?」
「もしかして男性従業員…俺だけ?」
「そうじゃが?」
「やっぱり……」
だから更衣室があんなに狭かったのか。
きっと女性用更衣室はあそこの数倍は広いんだろうなぁ。
そんな事を考えていると、
「アイリさん、彼が例の?」
「うむ。 なかなかの男じゃろう?」
「うんうん♪ すっごく僕好みかも♪」
アイリが誰かと話している。
「あ、あの……」
「あぁ、君がフレン君だね? アイリさんから話は聞いてるよ!」
「ど、どうも。 フレン=カーツです。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも♪ 僕はチーフのファンネル! 皆からは役職のチーフって呼ばれてるけど」
「それじゃぁ…チーフ?」
「ん? なにかな?」
「チーフは、『アルプ』ですよね?」
「うん、そうだよ!」
チーフは希少種中の希少種だった。
あぁ、だからアイリのやつ中途半端(性別的に)って言ってたのか。
「チーフも接客を?」
「僕はホールに出ないんだよ。 ウェイトレスは魔女達とアイリさんだけで人が足りてるから」
「あ、そうですか」
じゃぁ何してるんだろ?
てゆうか従業員の幼女達はやっぱり魔物だったか。
通りで小さいはずだ。
「フレンよ、今時珍しい僕っ子じゃ。 萌えるじゃろ?」
「新鮮ではあるかな」
「もう! フレン君ったら〜♪」
チーフはとても気さくな人だった。
「おっと、こんな事してる場合じゃなかったね! 早く他の従業員さん達を紹介しないと!」
そう言うとチーフは厨房へ俺を案内した。
アイリはホールの掃除をすると言いそこで別れた。
「いや〜君が入ってくれて本当に助かったよ! コックが急に2人も辞めちゃって困ってたんだ」
「え、何かあったんですか?」
「表向きは『産休』なんだけど、旦那様と1秒でも長く一緒にいたいんじゃないかな?」
「あぁ〜なるほど」
「僕も魔物だから、執拗に辞めるなとも言えなくてね〜」
辞めたコック2人というのはサキュバスとエキドナらしい。
まぁ確かに仕事より男を取るような組み合わせではある。
しかしさすがチーフ、色々と考えているみたいだ。
「チーフ、質問が」
「なにかな?」
「ここ、魔物しか働いていないんですか?」
「正確には、『魔物限定』だね」
「じゃぁ俺は?」
「特別待遇ってことになるのかな? なにせ緊急事態だったから」
「は、はぁ」
給与の事とかはどうなんだろ。
まぁでも、それはまた後でイイか。
「みんなー! 新しい子が入ったから集まってーー!」
チーフの掛け声で厨房の面子が集まり始める。
うわぁ…いろんな種類の魔物が……。
「集まったね? それじゃぁフレン君、自己紹介よろしく♪」
「あ、はい」
俺を凝視する7人。
普通なら萎縮するだろうけど、俺は慣れてるから大丈夫。
別に慣れたくはないんだけど。
「えっと…フレン=カーツです。 厨房に入るのは初めてなので、皆さんに迷惑を掛けるかもしれませんが…どうぞ、よろしくお願いします」
少し大袈裟に、深々と頭を下げる。
すると、
「あらあら〜♪可愛らしい子が入ってきたわね〜♪」←メインキャラ(ホルスタウロスのイサラ)
「あたしが何でも教えてあげちゃう♪」(インプのセラ)
「ずる〜い! あたしが教えるの〜〜!」(インプのソラ)
「人間か…どこまでやれるか見物だな」(リザードマンのレオナ)
「うふふっ…美味しそな匂い♪」(妖狐のスミレ)
「ま、仲良くしろよな!」(ゴブリンのメオ)
「……男、か」←メインキャラ(マンティスのレティ)
十人十色な反応が返ってきた。
「はーい、皆静かに!」
チーフが手を叩き場を治める。
「フレン君のお世話係だけど、イサラ姉さんとレティにお願いするね!」
「は〜い♪ お願いされちゃいま〜す♪」
「……仕方ない」
「「ええ〜〜!? ずる〜〜〜い!!」」
インプ2名が反対したものの無駄な抵抗に終わった。
「というわけでフレン君! 厨房について何かわからない事があったら、あの2人に遠慮なくどんどん聞いてね!」
「わかりました」
「フレンく〜ん♪ よろしくね〜♪」
「……よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
長い1日が始まりそうだ。
「改めまして〜…ワタシ〜、ホルスタウロスのイサラっていうの〜♪ 親しみを込めて〜、イサラお姉ちゃんって呼んでね〜♪」
「いや、そういうわけには……イサラさんって呼びますね」
「モ〜! フレン君てば恥ずかしがり屋さんなんだから〜♪」
「は、はぁ」
もう見たまんまノンビリした人だなぁ。
うちのフィロとは気が合いそうだ。
「………」
「あ、あの」
「レティ。 見ての通り、ただのマンティス」
「あ、よろしく、お願いします。 レティさん」
「レティでいい……あと、敬語やめて」
「……わかったよ、レティ」
「……うん」
こちらは真逆のタイプ。
無愛想…って程でもないけど、ちょっと取っ付きづらい感じがする。
悪い人ではなさそうだけど。
「え〜と〜、まず何から教えようか〜? お皿洗いとか〜基本的な事はできるんだよね〜?」
「それは大丈夫だと思います」
「レティちゃ〜ん、どうする〜?」
「……仕込み」
「あ〜! それがいいね〜♪」
「え、いきなり仕込み? 先に料理を覚えたほうが……」
「仕込み覚えれば、料理も覚える」
「そんな、ものかなぁ?」
「……そんなもの」
そんなわけで、料理人として必須な仕込みを教わることに。
「料理が上手な人でモ〜、意外と仕込みはできないものなのよ〜。 どうしてだと思う〜?」
「えっと、食べる人の人数分しか作らないから…ですか?」
「せいか〜い♪ 家庭で料理する人なんか〜、多くてもせいぜい5人前くらいでしょ〜?」
「なるほど…仕込みをする程の人数じゃないって事か。 言われてみれば俺もやった事ないですし」
来客数の分からない飲食店では、やはり開店前の仕込みが非常に大切なようだ。
この後、複数あるスープの味付けや材料の切り方・保存法などを覚えさせられた。
「お客様にお出しするものだから〜、どんな小さな作業モ〜絶対に気を抜いちゃだめよ〜?」
「肝に銘じます」
ノンビリした言動とは裏腹に的確なアドバイスをくれるイサラさん。
さすがプロの料理人だ……。
「……速さも大事」
「え?」
「ストックがないと、料理できない」
「あぁ、丁寧かつ迅速にってことね。 切れそうになったら追加すればイイのかな?」
「……うん」
一方のレティはというと……こちらは『見せて覚えさせる』タイプのようだ。
短時間で多くの食材を切り刻む彼女の腕は、もはや達人級といってもイイ。
あと包丁を使わず自分の『鎌』で調理することには驚いた。
「呑み込みが速くて〜、お姉ちゃん嬉しいな〜♪ レティちゃんモ〜そう思わな〜い?」
「……まぁ」
「これでも一応、料理人の端くれですから」
基本的な仕込みは今日中に覚えてしまいたい。
早くこの厨房の人達の力になってあげたい、不思議とそう思う。
昼過ぎ。
客の出入りが緩やかになり始めた時間帯のこと。
「モ〜教えることは教えたよね〜?」
「……イサラ、肉」
「あ〜! 忘れてた〜!」
「肉?」
どうやら肉の切断で最後らしい。
レティ曰く最も大変な作業とのこと。
「ちょうどストックも減ってきたから〜、凄く良いタイミングかモ〜♪」
「……これは、イサラが得意」
「え、レティの方が上手いんじゃ?」
「……苦手」
「ふ〜ん?」
切り上手なレティが苦手って…そんなに難しいのか?
「それじゃ〜フレンく〜ん、これを切ってみてね〜」
「あ、はい」
調理台に置かれたのは、脂の詰まったかなり大き目の肉(何の肉かは不明)。
「じゃぁ、いきます」
少し勢いをつけて包丁を振り下ろした。
が、グニュっとした弾力に阻まれ刃が上手く入らない。
「モ〜だめだよフレンく〜ん! そんなやり方したら〜お肉が可哀想でしょ〜?」
「す、すいません」
イサラさんに初めて怒られた。
「包丁を入れる前に〜、やるべき事があるでしょ〜?」
「やるべき事?」
なんだろ……。
あ、叩いて筋を切るとか?
「えっと」
「フレンく〜ん? 今〜、叩いて筋を切る〜なんて考えてなかった〜?」
「うっ……」
肉の事になると鋭いぞ、このお姉ちゃん……。
「しょうがないな〜。 ワタシが〜お手本見せてあげる〜」
「お願いします」
イサラさんはそう言うと、おもむろに肉を持ち上げ『揉み』始めた。
「イサラさん…何を?」
「なにって〜、お肉を柔らかくしてるのよ〜?」
「そ、それで柔らかくなるんですか?」
「……なる」
「マジ?」
「……マジ」
本当だろうか。
にわかに信じられない。
「モ〜ミモ〜ミ〜〜♪」
「………」
「………」
イサラさんが揉み始めてから約2分。
「嘘…切れる!?」
「ね〜? 柔らかいでしょ〜?」
「な、なんで?」
「……さぁ」
不思議だ…不思議すぎる。
叩いてやっと柔らかくなるような肉が、ものの数分揉んだだけでこうも変わるものなのか……。
「フレン君モ〜練習したら〜?」
「いや、俺は別に……」
「でモ〜、練習するたびにお肉を出すのは〜ちょっと勿体ないよね〜」
「まぁ、確かに」
思考を巡らせるイサラさん。
そして何を思ったのか、自らの豊満(超巨大)なメロンを抱きかかえるようにしてこう言った。
「そうだ〜! ワタシのオッパイで練習すれば良いんだよ〜♪」
「ぇえ!?」
「そうすれば〜フレン君も練習になるし〜、オッパイの張りも解消できて〜一石二鳥だよ〜♪」
「あ、ありがたいですけど…遠慮させていただきます!!」
「え〜? 良いアイディアだと思ったんだけどな〜……」
どうやら本気だったらしい。
こうやって知らぬ間に男を誘惑するんだな、ホルスタウロスって。
イイ勉強になった。
「そういえば、レティはどうして肉を切るのが苦手なんだ? やっぱり切れないから?」
「……違う」
「え、じゃぁ」
「……グロい、嫌い」
「あぁ、なるほど……」
まぁ確かにグロいかもしれないけど。
てゆうか彼女肉食だよなぁ?
大丈夫なのか? 生態的に……。
そんなこんなで夕方に。
「今日は本当にありがとうございました」
「……別に」
「ワタシ達モ〜と〜っても楽しかったよ〜♪ またお仕事しに来るんでしょ〜?」
「はい。 大学が始まるまでは毎日、朝から夕方まで入るつもりです」
「そっか〜、また会えるんだね〜♪ お姉ちゃん楽しみにしてるね〜♪」
「あ、あははっ……」
「……遅刻、厳禁」
「うん、了解」
厨房の人達とチーフに挨拶をし、着替えるため更衣室へ行く(インプの双子に言い寄られた)。
「む? おぉ、お主も終わったようじゃな」
「あぁ、けっこう疲れたよ」
スタッフルームでアイリと合流。
そういえば勤務中、1度もアイリと顔を合わせなかった。
いやまぁ、それはそうか。
俺はホールに出ないわけだし。
「まったく…ホールの魔女共には困ったものじゃ」
「ん、なんかあった?」
「いや、お主を紹介しろとうるさくてのう…そちらの相手をする方が疲れたわい……」
「お、お疲れ」
そっちはそっちで大変だったらしい。
「して、どうじゃ? 続けられそうかのう?」
「大丈夫。 皆イイ人達だし、楽しく仕事ができそうだよ」
「うむ、それはなによりじゃ!」
着替えを済ませ喫茶店を後にする俺とアイリ。
「まったく…こやつはどこへ行ってもモテるのう……」
「ん? なんか言った?」
「何でもないのじゃ!」
「な、なんだよ?」
とりあえずメンバーの顔と名前は覚えた。
アルプでチーフのファンネルさん。
今日お世話になったホルスタウロスのイサラさんに、マンティスのレティ。
インプで双子のセラとソラ。
リザードマンのレオナさんにゴブリンのメオ。
そして妖狐のスミレさん(要注意人物)。
あぁ、あと多数の魔女達。
あれ、そういえば店のオーナー(社長)がいなかったなぁ。
今度チーフに聞いてみるかな。
「のうお主、聞きたいことがあるのじゃが」
「ん?」
「ダイガクが始まっても、ここで働く気はあるのかのう?」
「ん〜……」
さっきまで考えていたことを聞かれた。
でも、もう答えは出ている。
「俺は続けたいと思ってる。 夕方から入る事になるだろうけど」
「お主ならそう言うと思ったのじゃ!」
誰かが俺を必要としてくれる。
だから俺は、それに応えたい。
それに、新しい出会いもたくさんあった。
こんな環境に恵まれて……俺は、幸せなのかもしれない。
〜おまけ〜
「フレンがいないと寂しいね〜」
「私はあの糞ビッチが憎くて仕方ないのだが」
「まぁまぁ。 アイリさんはその内飽きるでしょう」
「だといいがな」
「そうすれば大義名分の下、ティータが新たな新人としてフレンさんと一緒に……」
「ティータ…こんがりか生焼けか、選ばせてやる」
「冗談です」
「………zzz」
11/03/22 22:56更新 / HERO
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