連載小説
[TOP][目次]
5泊目 『本当の気持ち』
「……となっております。露天風呂は零時までのご利用となりますのでご注意ください」
「「は〜いノノ」」
「旅館の説明は以上になります。どうぞ、ごゆっくりとお寛ぎください」
「あ、お兄さん!」
「はい?」

新規の宿泊客に一通りの説明を終え退室しようと立ち上がったそのとき、

「あのぉ〜…ま、また来てください!」
「は?」

客の片割れが良くわからんことを叫ぶ。

「え、えーと、お客様のお世話を頼まれた…ということでよろしいのでしょうか?」
「へ? あ、はい! 私、お兄さんにお世話してもらいたいです!」
「は、はぁ」

………。

「承りました。後程、またお伺いいたします」

深く頭を下げてから、今度こそ部屋を後にする。

「はぁ……」

やれやれ、また貧乏くじか……。
別にやんわり断っても良かったのだが、こういことはすぐ女将であるホノカの耳に入る。
そして何故か板長にこってり絞られる。
……いや良く考えたらどういうサイクルだよこれ。
旅館が完全に板長に支配されてないか?
まぁ、どの道俺は逆らえる身分ではないのだが……。
そんなネガティブな思考を巡らせていると、

『キャー! また来てくださいって言っちゃった! 恥ずかしいよぉ……///』
『あんたいつにも増して積極的だったわね?』
『だってすっっごく男前だったんだもん! まさにワイルド系って感じ♪』

客間から微かに会話が漏れ聞こえてきた。

『まぁ、確かにいい男だったわね。で、どうするの?』
『どうするって、なにが?』
『決まってるじゃない! 次あのお兄さんが来たら……ヤるの? ヤらないの?』
『ぇえ!? え、え〜っと…………』

………。

『……ヤっちゃおっか』

ヤんのかい!!

『決まりね! あ、ちなみに『種』は半分っこだからね?』
『うん♪』

おいおい…俺ここに戻ってこなくちゃいけないのか?
死にに行くようなもんだろ、これ。
あーくそ!
だから魔物の客は嫌なんだ!
今回はフェアリーとインプの組み合わせだったからまだマシかと思ったが、とんだ思い違いをしていたようだ。

「はぁ……」

溜め息が尽きない、今日この頃。












「……というわけなんだ。女将のお前から、あの客達に何とか言ってやってくれ」
「仕方ないっすねー。そういうことならーうちに任せおくっすーノ」
「恩に着る」

ホノカの私室。
この手の話なら、さすがのこいつも黙ってはいない。
というのも、ホノカは従業員が客に手を出されたから……というよりは、『俺が』客に手を出されることを嫌う。
言い方は悪いが、ホノカの性質を上手く利用させてもらう結果となる。

「ほむ。ならーすぐに恩を返してもらうことにするっすー」
「一応聞いとく。どうやって返せばいい?」
「簡単っすよーノ クロさんがうちの婿に……」
「くどいっ」
「はわ!?」

マセガキ狸の額にそこそこ威力の高いデコピンをお見舞いする。

「ほむ〜…クロさん酷いっすよ〜」
「なら、もう婿に来いなんて言わないことだな」
「それは聞けないっすねー。うちは絶対諦めないっすーヾ(*´∀`*)ノ」
「むかつくぐらい逞しいよ、お前」

俺、いつかこいつの押しに負けて婿に行ってしまうのだろうか。
………。
いやいやいやいや、ないない。
俺としたことが、危うくフラグを立ててしまうところだった。
いやぁ危なかった。

「お前はもっと外の世界を見ろ。俺なんかよりも、もっと育ちの良い男なんていくらでもいるぞ」
「別にーうちは育ちの良さになんて興味ないっすー」
「じゃなにが基準なんだ?」

俺がそう聞くと、ホノカはすくっと立ち上がり腰に手を当てふんぞり返る。

「『子宮がキュン♪』となったかどうかで決めるっす!」
「胸張って言うことでもねぇだろ……」

さすがは魔物。
夫を見つける第6感が研ぎ澄まされているというわけか。
……だからなんだって話だが。

「リン叔母さんからの又聞きっすけどー、うちの母もーお客だった父に『キュン♪』ときたらしいっすー。邪魔が入ってー堕とすのに1年かかったそうっすけどー」
「いや、大体の恋愛はそういうもんじゃねえか? よう知らんが」
「そうかもしれないっすねー。とにかくーうちはクロさんに『キュン♪』ときたっすー。それ以上でも以下でもないっすー」
「へ〜」

惚れられた側は堪ったもんじゃないな……。

「ちなみに父はー母が勤めていた雑貨店の開業436人目のお客だったらしいっすー」
「ずいぶんと半端な数字だな」
「うちが言いたいのはー、過去や経歴が全てではないってことっすよー」
「ふ〜ん?」

………。

「惚れた男の手が血に汚れていても…お前は同じことが言えるのか?」
「もちのろんっすよーノ 例外はないっすねー」
「………」

重い話をしたつもりだったが、こいつ……即答しやがった。

「母がそうしたようにー、うちも自分の勘を信じてるっすー。だからー今でもクロさんを好きになったことをー、うちは後悔してないっすー」
「っ……」

ダメだ…やめてくれ……。
俺は……

「……休憩は終わりだ。仕事に戻る」
「クロさん?」

俺は半ば逃げるように部屋を後にする。
ホノカが心配そうに声をかけてきたが無視した。
………。
あいつに心配されるなんて…俺、どんな顔してたんだ……?












ゴシゴシ シュッシュッ

時間は深夜。
今は大浴場の夜間清掃中。
今回も作業の合間にひとっぷろ浴びてしまおうと画策している。

ゴシゴシ シュッシュッ

ちなみに露天の方はマリアに任せている。
というのも、露天は数十分前まで魔物による大乱交が行われていたらしく、おびただしい量の魔力(淫性)が充満しているとの報告を受けた。
そんな『事後現場』に人間の俺を投入するのはさすがに危険と判断され、大浴場清掃係のマリアと急遽入れ替えが行われた。
まぁ、当然の処置だろう。
そんな場所頼まれても行きたくない。

「よし、こんなところか」

浴槽以外の清掃を終え、とりあえず一段落。
遅くなる前にサッパリして、残りもさっさと済ませてしまおう。
そう思い、更衣室へ向かおうとしたそのとき……

ガララッ

「あら、クロードじゃない」
「い!?」

全裸の板長、降臨。

「なんであんたがここにいんのよ? マリアは?」
「………」

ゆっくりと視線を逸らす俺。

「あっち(露天)は例の魔物騒動があったんで、今日だけマリアと交代しました」
「あー、あれね。そっかそっか」

うんうんと頷きつつ、板長は風呂桶にお湯を溜めザバっと体を洗い流す。
そして自身の裸体を一切隠そうとせず、さも当たり前のように俺の目の前を横切り、これまた堂々と湯船につかる。
相も変わらず俺の存在を全く意識していない。
さすがっす。

「は〜〜生き返るわ〜♪」
「………」
「あんたも入るんでしょー?」
「ま、まぁ」
「なら早くしなさーい。遅くなると明日に響くわよー」
「………」

………。
なんだかなぁ……。












「ふ〜ん? ホノカとそんなこと話してたのね」

板長と何度目かわからない混浴。
先に言っておくが、決して望んでこうなったわけじゃない。
成り行きというやつだ。

「あいつの言ってること…どこまでが本気なのか、良くわからないんすよ」
「全部本気よ。冗談に聞こえるかもしれないけどね」
「マジっすか」
「確認するけどあんた、自分が『人殺し』だって打ち明けたのよね?」
「直接そうは言ってませんけど……『血に汚れている』、とは」
「なら、あの子もわかってるわよ。もう子供じゃないんだから」
「………」

ホノカの俺に対する気持ちに、皮肉にも板長のお墨付きが付いてしまった。
まったく、どうすりゃいいんだ……。

「ねぇクロード」
「はい?」

板長はぼんやりと湯気で霞んだ天井を見上げながら、

「前も聞いた気がするけど、あんたはどうしたいわけ〜?」

俺の1番悩んでいることを気だるそうに聞いてきた。

「……わかんねっす」
「そうやってずっと悩んでるつもり?」
「………」
「図体と『ナニ』だけはデカいくせに、肝心なところで女々しいんだから」
「っ……あんたになにがわかっ……!?」

激昂し隣に座る板長に殴りかかろうとした……のだが。

「落ち着きなさい。別に責めてるわけじゃないわ」
「………」

板長は俺の顔を片手で鷲掴みにしてきた。
いわゆる『アイアンクロー状態』だ。
程良い痛みのおかげで、頭に昇った血が急激にクールダウンしていく。

「引け目を感じるあんたの気持ちだって、あたしにもわかるわよ」
「………」

板長は俺の顔からそっと手を離すと、再び天井を見上げる。
……地味に痛かった。

「じゃぁ、なんであんなことを……」
「時には感情に身を委ねることも大事ってこと。今あんたが怒ったように、ね」
「はぁ」
「あんたには口で言うより、体感させた方が良いかな〜って思っただけよ。焚きつけるようなこと言って悪かったわね」
「いえ、別に……」

俺より俺のことを理解している板長。
ダメだ…俺はやっぱりこの人には敵わない。
色々な意味で。

「ま、あたしが言えるのはここまでね。後はあんたの好きにしなさい」
「……うっす」

話が一区切りすると、2人の間に一瞬の沈黙が流れる。
そして、

「ねぇクロード」
「はい?」
「さっき、あたしのこと…殴ろうとしたわよね?」











ギロリと睨まれた。

「ぇ…え? あ、い、いやあれは……!」
「ふふ、冗談よ冗談! 今回『だけ』は見逃してあげる」
「はぁ…勘弁してくださいよ……」

やっぱり、この人には敵わない。












翌日早朝。
厨房で仕込みを手伝わされた後、空いた時間を利用してホノカの私室に足を運ぶ。
昨晩の大浴場での出来事に感化されたのかと聞かれれば…まぁ、YES。
ともかく狸のあいつに、1つ言っておきたいことがあった。

「ホノカー? 起きてるかー?」
「起きてるっすよー。今お着替え中っすけどー、クロさんになら見られてもイイっすー」
「OK。じゃあと5分待つ」
「クロさんイケズっすー」
「つかお前、女将のくせに活動開始がおせーんだよ。なんで下っ端の方が早起きなんだ」
「重役出勤ってやつっすよー」
「うざ……」



5分後。



「いやーお待たせしたっすーノ それでーなにかご用っすかー? こんな時間からークロさんが訪ねてくるなんて珍しいっすー」
「いや、大した用じゃない」

一瞬間を空け、

「お前に、言いたいことがある」
「っす?」

言いたいこと? 給料の請求か? クレームか? みたいな顔で俺を見つめるホノカ。
確かにそれらも気になるところではあるが、そうではない。

「……はー」

俺は大きく深呼吸して、狸娘にこう言ってやった。





「お前のこと、好きか嫌いかっつたら、まぁ…………『ギリギリ好きだ』」
「……はわ?」





言うだけ言って、俺はそそくさとホノカの部屋から出て行った。
言い方はともかく、なんとか伝えることはできた。
あーくそ……自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
15の小娘に『好きだ』なんて…俺もガキなんかなぁ……。





クロードが去って数分後。

「うち…好きって、言われたっすか?」←『ギリギリ』という言葉が聞こえていない

………。

「………」

………。

「は…はわ…はわわ……」



はわああああああああああああああああああああああああああああああ−−−−−

本日。
ホノカは仕事をサボった。





〜従業員ステータス〜

『ホノカ』(忍者)
HP 200
MP 120

特技・魔法
「クナイで色々」〜クナイで色々な攻撃をする。MP10
「錬金」〜MPを消費してアイテムを作り出す。MP10

特性
「心づけ」〜戦闘中にお金を渡すと、金額に応じた特殊な行動をとる。
「代わり身」〜物理・魔法攻撃を受けた際に一定確率で発動。ダメージを無効化する。


『クロード』(大剣士)
HP 400
MP 100

特技・魔法
「破光斬」〜敵全体に中ダメージ。MP10
「斬鉄剣」〜5ターンの予備動作後に発動。敵全体を一撃で葬り去る。予備動作中は防御力が大きく低下する。現在ブランクにより使用不可。MP50
「ヘイスト」〜味方1人のすばやさを上げる。MP5
「サンダラ」〜敵全体に雷属性の中ダメージ。MP10
「ホワイトウィンド」〜味方全体のHPを全回復させる。現在ブランクにより使用不可。MP40
「マイティガード」〜味方全体に物理軽減・魔法軽減・属性無効の効果を付与。現在ブランクにより使用不可。MP40

特性
「サイトアウト」〜敵の物理攻撃を一定確率で回避した後、背後に回り込み攻撃を加える。
「ブランク」〜長期間戦線離脱しているため本来の力を発揮できていない状態。
「帯電体質」〜雷属性の攻撃を受ける、もしくは攻撃をした場合、体に電気を帯電させる。この状態で物理攻撃をする、もしくはされた場合、敵を一定確率で麻痺させる。この特性はクロードが過去に4度雷に打たれていることが由来となっている。



※次回はマリア・リンのステータスをご紹介いたします。
13/12/31 14:47更新 / HERO
戻る 次へ

■作者メッセージ
少し時間に余裕ができました!
しかし長くは続きませんorz

この期間中になるべく多くの話を書かなくては……!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33