連載小説
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30品目 『必殺管理人』
〜簡単なあらすじ〜

避暑のために訪れた貸し切りビーチは、文句のつけようがない程に素晴らしい場所でした。
1週間しかない滞在期間で最高の思い出を作ろう……僕達はそう心に誓った。












海水浴、2日目の午後。
天気は相変わらずの快晴。
今日も太陽が容赦なく僕達を照りつける。
そんな中、僕と店長は砂浜付近の浅瀬をプカプカと漂っていた。

「ほむー、本当に良いところっすねー」
「そうですね。こんな良い場所を僕達だけで独占していると思うと、何だか申し訳ない気分になっちゃいますよ」
「気にすることないっすよー。遊べるときに遊ぶ、これ商人の鉄則っす」
「えっと、商人関係ないんじゃ?」

2人で手を繋ぎながら仰向けになり真っ青な空を見上げる。
風は穏やかで波もほとんどなく、知らぬ間にどこかに流される心配もない。
だから別に手を繋ぐ必要はないのだが……まぁ、それは建前ということで。

「はー……幸せっす」
「はい、僕もです」

ロザリーさんは一泳ぎした後、今は浜辺で日光浴に興じている。
そして妹のリンはいまだにベッドの上。
いい加減そろそろ起き上がってもいい頃だと思うのだが……心配だから後で様子を見に行こう。
そういうわけで、今はなんだかんだで2人きり。
ちょっとしたデートのような時間を過ごしている。

「あーそういえばー、さっき伝書鳩が来たっすよー」
「え? 今時伝書鳩なんて使われているんですか?」
「商人の間ではー割と普通に扱われているっすよー。急な情報伝達には欠かせないんすよー。一般的にはー完全に廃れてるっすけどねー」
「はぁ、なるほど……確かにそっちの方が昼夜関係なく手紙のやりとりができますね」
「そゆことっすー」

使えるものは何でも使う、実に商人らしい。

「でも、正確に届けることってできるものなんですか? 結果的に頼るのは鳩なわけですし」
「その辺は問題ないっすよー。というよりー厳密には鳩じゃないんすよー」
「え?」
「最近は業界用語でー『ハーピー種』を鳩と呼ぶのが流行っているっすー」
「そ、そうなんですか? えっと、ということは……」
「今風に言うならー『伝書ハーピー』っすねー。『ハーピーお空のメール便』が安くて大変便利っすよー」
「………」

最近世間では魔物の職場進出が取り沙汰されているが、まさかここまでとは……。

「配達を頼む種族によってー若干料金が変わるんすよー」
「はぁ、そうなんですか?」
「っす。そっすねー…せっかく話題に上がったことっすからー、軽く説明してあげるっすー」

そう言うと店長は体を起こし、まるで泳ぎの補佐をするかのように僕を浜辺へと引っ張っていく。
そして波打ち際まで来ると、彼女は海水で湿った砂浜に指で何やら書き始める。
う〜ん、一体どんなシステムになっているのだろうか。

「ほむー、確かパンフレットにはー……」



〜ハーピーお空のメール便・料金案内〜

・ハーピー(お届け日時に指定がない場合はこちら。料金は80エル)
・ブラックハーピー(できるだけ早い配達をご希望されるお客様はこちら。料金は180エル)
・カラステング(お届け日時を受付日より3日以降に指定される場合はこちら。料金は120エル)
・セイレーン(ソングレターをご希望されるお客様はこちら。料金は出張価格込みで1680エル)

以上4種の中から条件に合った配送手段をお選びください。
尚送り主及び送り先のお客様は、配達員へのチップの寄贈はお控えください。
男性の場合身の安全を保証しかねます。



………。

「思ってた以上にリアルだった!?」

しかもその利便性とコストパフォーマンスの高さが半端ではない。

「最近はー売り上げも右肩上がりみたいっすよー」
「僕、何故だか少し感動しちゃいました……」
「ははー、なんとなくわかるっすよー」

ちなみにセイレーンの料金が割高なのは、現役アイドルを使っているからという点にも感動した。
逞しく生きる彼女達……涙が出そうになった。

「商人のうちらはーだいたいブラックハーピーの速達を使うっすねー。少し高めっすけどー」
「それじゃぁ、さっき来た人も?」
「そっす」
「は〜……」

思わず感嘆の溜め息をつく。
今度お婆ちゃん(バフォメット)宛てに手紙を送るときは、僕も彼女達を頼ることにしよう。
そして心の底から言いたい……『お疲れ様です』と。

「ところで店長、届いた手紙はもう読んだんですか?」
「あー伝え忘れてたっすねー。リリィさんからでー明日の朝には到着するとのことっすー」
「あ、そうだったんですか」

この店長が認める程の人物なのだ、きっと色々な意味で大物に違いない。
う〜ん……いざ会うとなると、少し緊張してきてしまう。

「別に気負うことないっすよー? かしこまり過ぎるとー逆に彼女も嫌がるっすからー」
「そ、そうですね。気をつけます」

話が一段落すると、砂浜の上でM字座りをしてくつろぎ始める。

「………」
「………」

無言の空間が生まれると、僕は波の満ち引きをボ〜っと眺めている店長の水着に目を向けた。
彼女が着用しているのは、首の後ろで留めるワイヤー型の濃いオレンジ色の三角フリルビキニ。
非常に女性らしいチョイスである……というのもまたおかしな言い方だが、この水着のせいでますます店長の年齢的問題が謎に包まれてしまった。
そして何よりも注目すべき点は……

「………」

胸が……大きい?
小柄な店長にはやや不釣り合いなそれは、C……いやDはあるだろうか。
しかし、ふむ……大き過ぎず小さ過ぎず、なんとも絶妙な大きさ・形をしている。

「………(ゴクリ)」

何を今更と思うなかれ。
普段彼女は東方の民族衣装のようなものを仕事着として着用しているため、外見からバストを目測することは不可能だったのだ。
以前風邪の看病をしたことがあり彼女のアラレモナイ姿を拝んだことはあるが、さすがに僕も胸を凝視する程の図太い神経は持ち合わせていないわけで……。
そのためノースリーブにショートデニムの組み合わせですら僕にとってはとても新鮮な光景であり、ましてや店長が水着を着るともなれば、その興奮は言わずもがな。
………。
それにしても店長、こんなに大きかったんだ。

「……? どうかしたんすかー?」
「ぇ……あ、あぁいえ! 別に何も! あ、あははは……」
「?」

午後のひとときがゆっくりと過ぎていく。












数刻後のこと。
店長が突然『お嬢様にイタズラしてくるっすーノ』などと言いだし、デッキチェアで眠るロザリーさんにちょっかいをかけに行ってしまった。
そして当然のように1人取り残された僕。
これといってやることもないので、とりあえず海岸沿いをひたすら歩いていくことに。

「はぁ〜気持ち良いなぁ〜」

静かに鳴り響く波の音。
優しく身を撫でるような心地良い潮風。
こんな場所を毎日歩くことができたら、一体どれ程幸せだろうか。

「……ん?」

しばらく歩くと、長い砂浜も終着点へ。
代わりにゴツゴツとした岩場が視界に飛び込んできた。

「さすがにここまでは整備されていないんだ」

まぁこんな危ない所に人が入り込むなんて万に一つもないだろう。
だがしかし、だからこそ興味をそそられるというもの。
あまりアウトドア派ではない僕も思わず冒険心がくすぐられてしまう。

「よし、いけるとこまで……」

と、危険を顧みず岩場に足を踏み入れようとした。
すると……

じぃぃぃ〜〜〜〜〜

ふと誰かの視線を感じた。

「……?」

誰だろう……リンは別荘で眠っているし、店長とロザリーさんが僕の後を追いかけてきた様子もない。
このビーチの所有者であるリリィさんも到着は明日ということなのでまずあり得ない。
………。
気のせい?

じぃぃぃ〜〜〜〜〜

……いや、やっぱり視線を感じる。
ただ、不思議と悪意は感じない。
見守られている……これはその類の暖かい視線だ。

「……誰か、いるんですか?」

僕は周囲に気を向けながら誰にでもなく声をあげる。
悪意はないにしても、姿が見えないというのはやはり気味が悪い。
応えてくれるかどうかはわからないがダメで元々。
もし姿を見せてくれないのであれば、一体店長達のもとへ戻りこの事を報告しよう。
………。
…………。
……………。

「………」

………。
ダメ、か。
仕方ない、戻って報告に……

ぐいっ ぐいっ

「ん?」

突然後ろからサーフパンツを引っ張られる。
何かと思い振り向くと、

「………」
「………」

中等部指定のスクール水着に身を包んだ『サハギン』の少女がそこにはいた。

「………」
「え、えっと……こんにちは?」
「ん」

短い発声と共にコクリと頷く彼女は、店長とは比べ物にならない程の見事な無表情。
サハギンは感情の凹凸が希薄だと聞いていたが、一応最低限の受け応えはしてくれるようだ。
それなら色々と聞いてみよう。

「あ〜えっと、あなたは誰ですか?」
「ん」

サハギンの少女は自身の胸元を指差す。
そこにはスクール水着特有の白い氏名欄があり、インクで『しぃ』と書かれていた。

「シィさん?」
「ん」
「ここで何を?」
「………」

シィという名の少女は砂浜に座りこむと指で何やら書き始めた。

concierge

「む、この文字は……」

これは異国語だ。去年大学で習った覚えがある。
concierge……読みは『コンシェルジュ』で合っていると思う。
しかし意味までは理解できない。

「………」
「あ、あー……」

聞くべきことは全て聞いてしまった。
もう何をどうすれば良いのかわからない。
………。
うん、こういうときは――――












「……というわけで、連れてきちゃいました」
「んノ」
「「………」」

サハギンの少女は『よっノ』とでも言いたげな様子で気軽に挨拶。
そして僕には2人分のジットリとした視線が突き刺さる。
あぁ…同じ視線でも何だかこれは冷たい。

「え、え〜っとですね……この人はシィさんといって、何でもコンシェルジュだとか」
「こんしぇるじゅ…っすか? 聞かない言葉っすねー」
「あ、やっぱり店長でもわかりませんか」
「お恥ずかしい限りっす」

う〜ん…と首を傾げる僕と店長。
するとロザリーさんが、

「確か、『管理人』としての役割があったと記憶にありますわ。政治の関係で遠方に出向くことが多々ありましたので、一応そこで見聞きしたことがありますの」
「管理人、ですか?」
「わたくしも詳しくはわかりませんが、あらゆる業務を一手に担うエリートであると聞き及んでいますわ。シィ、今の説明で間違いありませんわね?」
「ん」

シィさんがそんな大物だったとは……。
そしてそんな彼女を早速呼び捨てにするロザリーさんも大物だ。

「でもそれ、管理人というよりは『執事』に近い気がしませんか?」
「む」

僕の言葉に少しムッとした表情を見せるシィさん。

「まーそこは微妙な違いっすよねー。本人がどう名乗るかによるっすよー」
「ん」

『そう、私は管理人。決して執事ではないのだ!』とでも言いたげに胸を張るシィさん。
正直違いが良くわからない。

「あーところでシィさん? もしかしなくてもーリリィさんに雇われてるっすかー?」
「ん」
「やっぱそっすかー、なら安心っすねー」
「えっと、何が安心なんですか?」
「リリィさんはー自身の下で働く職員の能力にー決して妥協しない人っすからねー。シィさんはー正真正銘デキる女っすよー」
「はぁ、なるほど」

言われてみれば確かにそうだ。
こんな広いビーチをたった1人で管理している時点で、それ相応の能力が必要になってくるはずだ。

「いやー硬派なシロさんが女を連れてきたときはー正直驚いたっすー。ナンパしてきたのかと思ったっすよー」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 生まれてこのかた、自分から女性に声をかけたことなんてありません!」
「ほんとっすかー?」
「ほんとです!」
「知ってるっすよー。シロさん超奥手っすからねー」
「反論できない自分が情けないです!」

いや、視線を感じて声をかけたという点では正しいのかもしれない。
間違ってもナンパではないと思うが。

「まーそれはさておきー、影の管理人さんが登場したところでーそろそろ別荘に戻らないっすかー? イイ感じに夕焼け空っすよー」

言われてみれば、辺りはすっかり茜色に染まっていた。
沈みゆく太陽はとても綺麗で、それでいてどこか物悲しい。

「暗くなると危険ですし、そうしましょうか」

新しく知り合ったサハギンの管理人シィさんを仲間に加え、僕達は別荘を目指して歩き出す。
まだ滞在期間には幾分余裕がある。
早めに休んで明日に備えた方が賢明だろう。
……しかしそんなことを考えていた矢先、僕は世にも不思議な体験をする。

「そうと決まれば早く戻りますわよ。ちょうどお腹も空いていまたし。シィ!」
「ん(なんぞ?)」
「あなた、料理はできまして?」
「ん(当然じゃボケ)」

……ん?
なんだ?

「それは好都合ですわ♪ なら、ファルシロンと協力して最高級の夕食を準備なさい。コンシェルジュであるあなたなら造作もないことですわよね?」
「ん(デカ乳に言われんでも最高の飯食わしたるわ)」

………。
どういう仕組みなのか、シィさんの考えていることが僕の脳に直接響き渡る。
『第2の声』とでもいうのか、やたらと口の悪さが目立つが……。
ロザリーさんは普通に話してるけど、気付いているのだろうか?

「あの、ロザリーさん」
「あら、なんですの?」
「えっと、シィさんほとんど喋っていませんけど、何を考えていのかわかるんですか?」

僕の問いにロザリーさんは肩をすくめて、

「『ん』、だけで全てが把握できれば苦労しませんわよ。フィーリングですわ、フィーリング」
「あ、やっぱりそうですか……。店長もそんな感じですか?」
「そっすねー。うちはー表情の微妙な変化で判断してるっすけどー」
「そ、そうですよね」

どうやら2人はシィさんから発せられる『第2の声』を感じ取れていないようだ。
となると、何故僕だけが聞き取れるのだろうか?
まぁどちらにしろ、意思の疎通ができるので別に悪いことではないのだが……。
いや、まだ完全に彼女の思考が読めると決まったわけじゃない。
本人と直接話して確かめてみよう。

「……シィさん、先程はありがとうございました」
「む(なんやあんちゃん? 突然わいに礼なんぞしよってからに)」

や、やくざ?

「ほら、岩場に足を踏み入れようとした僕を止めてくれたじゃないですか」
「ん(なんやそんなことかいな。別に気にせんでええわ。仕事や仕事)」
「それでもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
「………」

僕は立ち止まると、お礼と共に深々と頭を下げる。
前を歩く店長とロザリーさんは僕達のやり取りに気付いていない。

「……ん(律儀なあんちゃんやなぁ……気に入ったわ!)」
「え?」

シィさんは僕の肩をポンっと叩くと、

「ん(今日からわいらは義兄妹や! 困ったことがあれば遠慮なく相談しいや!)」
「あ、ありがとう、ございます」
「む(なんや、兄貴が妹分に敬語なんて使っちゃぁ示しがつかんやろ?)」
「え? あ、うん……そうだね、シィ」
「ん(それでええんや! たっぷり可愛がってくれな、兄者!)」



結局僕とシィを結ぶこの奇怪な現象についてはわからずじまいだった。
しかしそれとは別に、僕に2人目の妹?ができました。

なんとも不思議な関係が出来上がってしまった―――――





2日目 終了





〜店長のオススメ!〜

『うまのふん』

用途不明

価格 → 1エル
13/03/20 12:50更新 / HERO
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■作者メッセージ
前々から登場をほのめかしていた新キャラとは別のシィ参上!
今回彼女の『第2の声』はやーさんぽかったですが、登場回ごとに変えたり変えなかったり……

執筆速度が低下中ですがお許しを!
感想いただけると嬉しいっすノ

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