連載小説
[TOP][目次]
17品目 『押すな言うたら押すのじゃ!』
「いやー、先日はお世話になったっすー」
「いえいえ、どうか気にしないでください」

元旦から数日経ったある日。
形部狸であるイチカ店長が経営する雑貨店が本日から再び開業。
ということで、僕も例によってお店の手伝いに、といった次第であります。

「年越しとはいえーハメまくった…じゃないっすね。ハメを外し過ぎたっすー」
「仕方ないですよ。店長にとっては、久しぶりの祖国の恒例行事だったんですから」
「そう言ってもらえると助かるっすー。何せこっちの大陸に渡ってからというものー5年以上は初詣に縁がなかったっすからー」
「やっぱり、お店を構えるための地盤固めに苦労してたんですか?」
「そっすねー。商業組合の信用やー為替レートに目を光らせる日々が続いてたっすー」
「はぁ、商売するのも大変なんですねぇ」
「まー商人なら誰しもが通る道っすよー」

時期が時期なだけに客足は疎ら。
やることと言えば商品の品出しと、店長とのマンツーマントークくらいだ。
正直、非常に暇である。

「ところで店長」
「っすー?」

カウンターで金額合わせをしている店長が顔だけこちらに向けて返事をする。
その間も指先だけでお金の勘定をしている……凄いなこの人。

「こんな早い時期にお店を開けるのは、なにか考えがあるんですか?」
「もちのろんっすよー」
「あぁ、やっぱり」
「理由わかるっすかー? シロさん当ててみるっすー」
「え? えっと、そうですねぇ……」
「ちなみに言うとー、商売関係ないっすー」
「え」

いきなり可能性の高い選択肢を潰されてしまった。

「開業する日程を今日に指定していたから、仕方なく?」
「そーんなしょっぱい理由じゃないっすー。しかも商売絡んでるっすよー」
「あ、そうでした。んーそれじゃぁ、いつもの気まぐれですか?」
「当たらずしも遠からずっすかねー。というかシロさん、『いつもの』とか失礼っすよー」
「す、すみません。つい……」

店長のきまぐれ半分?
う〜ん…いよいよわからなくなってきた。

「答え、知りたいっすかー?」
「はい、是非」
「そっすかー。でも教えないっすー」
「ぇえ!?」

まさかのおあずけ!?

「知りたければーもっとうちと仲良くするっすー」
「仲良く、ですか?」

もう十分仲が良い気がするんだけど……。

「すみません、具体的にはどうすれば……」
「これにサインするっすー。そうすれば教えてあげるっすー」
「えっと、これは?」

カウンターを盛大に飛び越えてきた店長から差し出されたのは、細かな字でびっしりと埋め尽くされた1枚の書類だった。

「特に意味のあるものじゃないっすー。ここにシロさん本人の直筆とー拇印さえ押してくれればー、うちらは晴れて仲良しこよしっすー」
「は、はぁ」
「あー内容は読まなくていいっすよー? 難しいことが書いてあるっすけどー、要するにー『永遠に仲良くすることを誓いますか?』みたいな感じっすー」
「な、なるほど」

店長はそう言っているが、僕はこっそりと書類の内容に目を通す。
そしてまず僕が感じたのは、これがかなり『強力な誓約書』であるということ。
この規約を破れば『死刑』もあり得る程のものだ。

「店長? これ、もしかして……」
「あー見ちゃダメっすー」
「ぶふっ」

僕の顔に店長の『遠心力尻尾アタック』が炸裂。
しかし見た目程ダメージはない。
むしろ、凄くモフッとした。

「あれ、書類が……」

のけ反っている間に、店長は僕の手から書類をひったくったようだ。

「内容は見なくていいっすー。シロさんは黙ってここにサインさえすればいいっすよー」
「いや、でもこれ……」

大学で法学を学ぶ僕には、この書類の形式に見覚えがあった。

「『婚姻届』…なんじゃないですか? 見たことない型ですけど」
「………」

以前講義で学んだのだが、書類だけで事実上『結婚』することができるという法律が存在するらしい。
事情により結婚を表沙汰にできない場合や、人によってはこの書類を武器に結婚を強要することもあるという(後者は魔物絡みの場合がほとんど)。

「う、嘘は言ってないっすよー? 永遠に仲良くするという意味では間違ってないっすー」
「ま、まぁそうですけど……」
「そっすー。じゃさっさとサインするっすー」
「この流れでまだサインさせようとするんですか!?」
「まー、『筆跡は完全に真似ることができる』っすからー、正直あと必要なのはーシロさんの拇印だけなんすよねー」
「え」

今さらっととんでもないこと口走ったぞこの人。

「拇印もーうちがその気になれば楽勝っすけどねー」
「と、言いますと?」
「方法は色々あるっすけどー、1番楽なのはー寝込みっすねー」
「た、確かに楽ですね。完全に無防備ですし」
「ついでに筆もおろしてあげるっすー」
「おおう……」

店長がさっきから物騒だ。

「まー、冗談っすけどねー」

そう言うと、店長は書類をビリビリに破き火遁の術?で証拠隠滅を図った。

「忍者ですかあなたは!? シノブさんも使いませんよそんな渋い術!」
「いやー商人の嗜(たしな)みっすよー♪」
「得意気になってるところ申し訳ないんですけど、あんまり褒めてませんよ?」

商人が皆ほいほい忍術使える世の中なんて嫌過ぎる。

「あー話が大分逸れたっすー。知りたいのはー開店の理由っすよねー?」
「あ、はい」
「………」

店長はプイッと視線を逸らし、

「間違ってもーシロさんと一緒にいたかったから…なーんて理由じゃないっすよー?」
「………」

やっと、答えが聞けた。

「……なにニヤついてるんすかー?」
「いえ、何でもありません」
「むー…理由教えてあげないっすよー?」
「大丈夫ですよ。もうなんとなくわかりましたから」



なぜだろう。
心がほのかに温まる、そんな幸せな気持ちになった―――――





〜店長のオススメ!〜

『右手の恋人』

東洋では有名な甘いお菓子
寒い地方で好んで食されているらしい

価格→1箱48個入り800エル
12/09/28 07:17更新 / HERO
戻る 次へ

■作者メッセージ
だいぶ間を空けてしまいましたっ
少し忙しくなってきたので次回の更新も遅くなりそうでっす

狼少年もたまには真実を言うのです(o`・ω・)

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33