16品目 『初詣なのじゃ!』
年越し前の大晦日。
僕達は日付の変わる零時前、町から少し離れた場所に位置する大きな神社で人混みに揉まれていた。
「す、凄い人の数……お兄ちゃん! あたしの手、絶対に離さないでよね!」
「あ、うん。努力するよ」
この神社は10年程前、東方出身の人々(魔物も含む)が寄り集まり、そして2年の歳月を経て建造されたものである。
参拝者をまず始めに出迎える鳥居と、神様が祀られているとされる社が立派なことはもちろんのこと、神社境内自体の広さも尋常ではない。
が、その他の再現率は見るに堪えず、せっかくの広い敷地には明らかに不自然なスペースが多々ある。
というか、どうしてあんなところに櫓(やぐら)が?
天辺に太鼓が数台備え付けてあるのが特に気になる。
いや、確かに大晦日から元旦にかけては祭りのような雰囲気はあるが、太鼓を引っ張り出してくるのは微妙にニュアンスが違うような……。
まぁ、東方出身の人々の中に本職の方がいないともなれば、今のこの神社の現状も頷ける。
「う〜ん、また人が増えたかなぁ」
「えぇ、毎年確実に増えてるわね…ってちょっと! 急に引っ張らないでよ!?」
「あ、ごめん」
しかし、そんな荒削りな神社も大晦日になればご覧の通り。
そもそも、『神社』という『異国の文化』を知っている人間が、この大陸では圧倒的に少ない。
要するに、『多少違っても気付かれない』ということだ。
さらに極端なことを言えば、『それっぽい事をしておけば、もうそれは立派な異国の文化』になる。
『これがジパングの神社で御座る』と言われれば、僕達異国の民はそれを信じる他ない。
よってその物珍しさゆえ、各地方から数多の人々がこの神社を訪れる…というわけだ。
「今、何時かしら?」
「零時まで15分ってところじゃないかな、たぶん」
「じゃぁもう少しね。ん〜早くおみくじ引いたり甘酒飲んだりしたいわね〜♪」
「甘酒なら、今からでも飲めるんじゃ……」
「色々と楽しむのは年が明けてからって決めてるの! 空気読んでよね!? 馬鹿!」
「そ、そうなんだ」
リンは初詣を楽しんでるなぁ。
僕がそう感じるのはちゃんとした理由がある。
「それにしても、スースーするわね……」
「ん、なにが?」
「っ……な、何でもないわよ!」
「?」
リンは東方の民族衣装、『浴衣(※)』を身につけている。
※『平安時代の湯帷子(ゆかたびら)がその原型とされる。湯帷子は平安中期に成立した倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)によると、内衣布で沐浴するための衣とされている。この時代、複数の人と入浴する機会があったため汗取りと裸を隠す目的で使用されたものと思われる。素材は、水に強く水切れの良い麻が使われていたという説がある。
安土桃山時代頃から湯上りに着て肌の水分を吸い取らせる目的で広く用いられるようになり、これが江戸時代に入って庶民の愛好する衣類の一種となった。
「ゆかた」の名は「ゆかたびら」の略である。』 by バフォペディアより
これは元々母のお下がりであり、リンへの着付けも毎年のように母が担っている。
というより、なぜ母がこんな代物を持っているのか、以前気になって問い詰めたのだが……
『ひ・み・つ♪』
若干イラッとした。
「こんなに人が多いなら、下駄じゃなくて草履にすれば良かったわ」
「ただでさえ歩き辛いだろうしね、浴衣着てると。転ぶと危ないし、腕組もうか?」
「は、はあ!?」
「転ぶと、危ないよ?」
「うっ」
渋々?僕の腕にしがみつくリン。
「お、お兄ちゃんは、ただの棒なんだから……か、勘違いしないでよね!?」
「はいはい。僕はただの棒だよ」
「っ……///」
僕はリンの浴衣姿を毎年見ているから慣れているけど、周囲の人々からは羨望の眼差しを向けられることもしばしば。
そして、その視線には僕も含まれている。
なぜなら、僕も『甚平(※)』なる東方の民族衣装を身につけているからだ。
※『甚平は「甚兵衛羽織」の略で「甚兵衛という名の人が着ていたことから」という起源説もあるが、江戸末期に庶民が着た「袖無し羽織(そでなしばおり)」が、「武家の用いた陣羽織(陣中で鎧・具足の上に着た上着)に形が似ていたことから」という説のほうが強いとされる。古老によれば、筒袖となって普及したのは大正時代。大阪であったという。
丈が短く、袖に袂がなくて衿と身頃につけた付け紐は、右を表左は裏側で結び、ふつうの和服のように右前に着る。そろいの半ズボンをはくのが今では一般的であるが、昭和40年頃までは、甚平といえば膝を覆うぐらい長い上衣のみであった。
木綿あるいは麻製で、単衣仕立て。脇の両裾に馬乗り(うまのり/スリット)がある。短い半袖や七分袖の筒袖・平袖で、袖口が広め。衿は「棒衿」で衽(おくみ)はないのがふつう。付け紐で結ぶので帯を必要としない。袖も身頃も全体的にゆったりして、風通しが良い作りなので、夏のホームウエアとして涼しく着られる。
甚平に似た和服に作務衣がある。』 by バフォペディアより
神社が建造された8年前から母に強く勧められてきたのだが、派手なのはリンだけで十分という理由でなんとか拒んできた。
しかし8年目の今、どうせ目立つなら何をしても変わらないか……と悟った僕は、母に蔵から甚平を引っ張りだしてもらった。
というか……生地が薄いので相当寒い。
民族衣装と言っても着用時期が違うんじゃ……?
「そういえば、店長とロザリーさんはどうしたのかな?」
「誘いに行ってみたら、お店も屋敷ももぬけの殻だったわよ? しかも帰ってきたら、おばあちゃんまでいなくなってるし……」
「あ〜…たぶん皆ここに来てるんじゃないかな。人が多過ぎてわからないけど」
「そう、かもね。特におばあちゃん、こういう一大イベントとか絶対に見過ごさないわよ」
「昔からお祭り好きだったしね。あ、リンのお祭り好きはおばあちゃんに似たのか」
「べ、別に好きって程でもないわよ。ただ、お祭り事って年に1度あるかないかじゃない? だから、その…つい、気合いが入っちゃうというか……」
それは要約すると好きということになるんじゃないかな。
「まぁその話は置いといて……とにかく、少しでも社側へ移動しないと。このままだと、年が明けてからお参りするまで何時間も並ぶ羽目になりそうだ」
「そうね。多少強引だけど、掻き分けて行きましょ!」
「いや、それは周りの人に迷惑……」
「細かいことは気にしないの! ちょっとした悪行なんて、年越しなんだから神様だって大目に見てくれるわよ!」
「………」
神聖な神の領域で悪行と平気で口走る妹を、神様は許してくれるのだろうか?
3……2……1……
「「「「「イヤッハーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」
参拝者全員の歓喜の叫びが年越しを告げる。
どうでもいいが、毎年『イヤッハー』で統一されているのは何故だろうか。
神主様あたりが決めているのか、それとも元々こういった文化なのか……謎だ。
「よっし! それじゃ……」
リンは僕の腕から離れ、
「新年、明けましておめでとうございます。今年もまた、よろしくおねがいします」
新年の挨拶と共に軽く頭を下げる。
普段は粗暴な妹が、こういった場面では堅苦しいほど形式的なのだから不思議だ。
「うん。こちらこそ、よろしくおねがいします」
「………」
「………」
そして、10秒ほど沈黙。
「あの〜…お兄ちゃん?」
「はいはい、『コレ』だね」
「ありがと! お兄ちゃん♪」
「無駄遣い禁止ね」
「わ、わかってるわよ!」
『コレ』とはすなわち、『お年玉(※)』のことだ。
※お年玉(おとしだま、御年玉)は、正月に新年を祝うために贈答される品物のこと。単に年玉(としだま)ともいう。現在では特に子供に金銭を与える習慣及びその金銭の意で用いられている。年末に贈られる歳暮と異なり、目上の者が目下の者に贈るのが特徴。子から親への新年祝などの場合には表書きを「お年賀(御年賀)」とする。 by バフォペディアより
まぁ、僕が妹にお年玉を渡すようになったのは2年程前からで、渡すことはあってももらったことは1度もない。
目上の人が渡すということなので、年上の知り合いや親族の少ない僕には縁が薄い。
「それじゃ、早速甘酒でも飲みに行こうか」
「そうね! 混みだす前に早く……ん?」
「? リン、どうしたの?」
「んー、なんだか騒がしくない?」
「え?」
そう言われ僕は辺りを見回す。
「いや、特に変わったところは……というより新年だし、元々騒がしいんじゃないかな」
「そう、なのかしら……」
「きっと気のせいだよ。ほら、早く行こう」
「え、えぇ」
リンはどうにも納得できない様子。
妹の勘(悪い予感)は確かに良く当たるが、さすがに新年早々悪いことなんて……
「あ」
「? お兄ちゃん?」
「あれ」
「あれ?」
僕は、見つけてしまった。
「櫓の上に人が…3人いるわね。で、それがなによ?」
「いや、もうちょっと良く見て」
「はあ?」
リンはグッと目を細める。
「上の3人が凄い勢いで太鼓叩いてるわね。しかも巫女さん(稲荷)や神主様(妖狐)の呼びかけにもまったく応じようとしないし……迷惑千万ね」
「………」
「はぁ〜…ホントどこにでもいるのね。新年迎えたからって調子に乗ってハッチャける奴」
「あ〜うん。そう、だね」
「? なによ、歯切れ悪いわね?」
「いや、その……」
周りに迷惑をかける行為は確かに許されない。
そしてそれが、
「見覚え、ない? あの3人の顔」
「え……………………あ」
身内であれば、尚のこと許されることではない。
しかも3人中1人が親族で、他2名が僕達と非常に親しい人物。
彼女達の負うべき責任が僕達に飛び火することは目に見えている。
「僕の、見間違いじゃないよね?」
「ぁ…ぁ……」
リンは口を開いたまましばらく呆然とする。
が、すぐに正気を取り戻すと、
「お、お兄ちゃん!? 他人のフリよ!」
「ぇえ!?」
「あ、甘酒はもういいから、おみくじだけ引いて…は、早く家に帰るわよ! いいわね!?」
「え、あ……」
「もう! 早く!!」
こうして僕達は、箱の中のおみくじを半ばひったくるかのように掴み取り、そのまま逃げるように神社を後にした。
店長、ロザリーさん、おばあちゃん……南無。
場所は自宅前。
神社から全速力で駆けてきた結果、片道50分かかる道のりを僅か5分で走破。
僕はともかく、下駄を履いたリンが何故ここまで速く走ることができたのかは不明。
人間やればできる……ということにしておいた方が幸せなのかもしれない。
「中、吉……」
「あれ、珍しい。大吉じゃなかったんだ」
「く、悔しい……!」
リンが悔しがるのも無理はない。
なぜなら妹は『7年連続大吉』という異例の記録を持っているからだ。
しかし今回はご覧の通り、大吉より1つ下の中吉を引き当てたらしい。
「まぁまぁ。中吉だって十分じゃないか」
「う、うるさいわね! うぅ…絶対あの3人があたしの運を吸い取ったのよ! そうに違いないわ!?」
「否定できないところが切ないなぁ……」
あの3人を目撃してしまったことこそが、中吉を手に取った所以だろう。
神様も意外としっかりしていらっしゃる……。
「はぁ〜……ところで、お兄ちゃんはどうだったの?」
「あぁ、僕は半吉」
「クスッ…無難ね」
「無難で何が悪い」
「というかお兄ちゃん、いっつもそんなのばっかり引いてる気がするんだけど」
「ん〜確かに。末吉と半吉と…うん、あとは良くて吉くらいかな」
「クスクス」
「クスクスやめい」
そんないかにも兄妹な会話をした後、
「う…大分寒くなってきたなぁ」
「そんな格好してるからよ。良くもまぁ真冬にそんなうっすい半袖着れるわね?」
「いや〜民族衣装だからって我慢してたけど…さすがに限界」
「じゃ、早いとこ家に入りましょ」
「うん、そうだね」
後日。
祖母の犯した罪をやはり僕達が追及されることになったのは、また別のお話……
〜店長のオススメ!〜
『カリフラワー』
食べてもよし
ねじ込んでもよし
価格→200エル
僕達は日付の変わる零時前、町から少し離れた場所に位置する大きな神社で人混みに揉まれていた。
「す、凄い人の数……お兄ちゃん! あたしの手、絶対に離さないでよね!」
「あ、うん。努力するよ」
この神社は10年程前、東方出身の人々(魔物も含む)が寄り集まり、そして2年の歳月を経て建造されたものである。
参拝者をまず始めに出迎える鳥居と、神様が祀られているとされる社が立派なことはもちろんのこと、神社境内自体の広さも尋常ではない。
が、その他の再現率は見るに堪えず、せっかくの広い敷地には明らかに不自然なスペースが多々ある。
というか、どうしてあんなところに櫓(やぐら)が?
天辺に太鼓が数台備え付けてあるのが特に気になる。
いや、確かに大晦日から元旦にかけては祭りのような雰囲気はあるが、太鼓を引っ張り出してくるのは微妙にニュアンスが違うような……。
まぁ、東方出身の人々の中に本職の方がいないともなれば、今のこの神社の現状も頷ける。
「う〜ん、また人が増えたかなぁ」
「えぇ、毎年確実に増えてるわね…ってちょっと! 急に引っ張らないでよ!?」
「あ、ごめん」
しかし、そんな荒削りな神社も大晦日になればご覧の通り。
そもそも、『神社』という『異国の文化』を知っている人間が、この大陸では圧倒的に少ない。
要するに、『多少違っても気付かれない』ということだ。
さらに極端なことを言えば、『それっぽい事をしておけば、もうそれは立派な異国の文化』になる。
『これがジパングの神社で御座る』と言われれば、僕達異国の民はそれを信じる他ない。
よってその物珍しさゆえ、各地方から数多の人々がこの神社を訪れる…というわけだ。
「今、何時かしら?」
「零時まで15分ってところじゃないかな、たぶん」
「じゃぁもう少しね。ん〜早くおみくじ引いたり甘酒飲んだりしたいわね〜♪」
「甘酒なら、今からでも飲めるんじゃ……」
「色々と楽しむのは年が明けてからって決めてるの! 空気読んでよね!? 馬鹿!」
「そ、そうなんだ」
リンは初詣を楽しんでるなぁ。
僕がそう感じるのはちゃんとした理由がある。
「それにしても、スースーするわね……」
「ん、なにが?」
「っ……な、何でもないわよ!」
「?」
リンは東方の民族衣装、『浴衣(※)』を身につけている。
※『平安時代の湯帷子(ゆかたびら)がその原型とされる。湯帷子は平安中期に成立した倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)によると、内衣布で沐浴するための衣とされている。この時代、複数の人と入浴する機会があったため汗取りと裸を隠す目的で使用されたものと思われる。素材は、水に強く水切れの良い麻が使われていたという説がある。
安土桃山時代頃から湯上りに着て肌の水分を吸い取らせる目的で広く用いられるようになり、これが江戸時代に入って庶民の愛好する衣類の一種となった。
「ゆかた」の名は「ゆかたびら」の略である。』 by バフォペディアより
これは元々母のお下がりであり、リンへの着付けも毎年のように母が担っている。
というより、なぜ母がこんな代物を持っているのか、以前気になって問い詰めたのだが……
『ひ・み・つ♪』
若干イラッとした。
「こんなに人が多いなら、下駄じゃなくて草履にすれば良かったわ」
「ただでさえ歩き辛いだろうしね、浴衣着てると。転ぶと危ないし、腕組もうか?」
「は、はあ!?」
「転ぶと、危ないよ?」
「うっ」
渋々?僕の腕にしがみつくリン。
「お、お兄ちゃんは、ただの棒なんだから……か、勘違いしないでよね!?」
「はいはい。僕はただの棒だよ」
「っ……///」
僕はリンの浴衣姿を毎年見ているから慣れているけど、周囲の人々からは羨望の眼差しを向けられることもしばしば。
そして、その視線には僕も含まれている。
なぜなら、僕も『甚平(※)』なる東方の民族衣装を身につけているからだ。
※『甚平は「甚兵衛羽織」の略で「甚兵衛という名の人が着ていたことから」という起源説もあるが、江戸末期に庶民が着た「袖無し羽織(そでなしばおり)」が、「武家の用いた陣羽織(陣中で鎧・具足の上に着た上着)に形が似ていたことから」という説のほうが強いとされる。古老によれば、筒袖となって普及したのは大正時代。大阪であったという。
丈が短く、袖に袂がなくて衿と身頃につけた付け紐は、右を表左は裏側で結び、ふつうの和服のように右前に着る。そろいの半ズボンをはくのが今では一般的であるが、昭和40年頃までは、甚平といえば膝を覆うぐらい長い上衣のみであった。
木綿あるいは麻製で、単衣仕立て。脇の両裾に馬乗り(うまのり/スリット)がある。短い半袖や七分袖の筒袖・平袖で、袖口が広め。衿は「棒衿」で衽(おくみ)はないのがふつう。付け紐で結ぶので帯を必要としない。袖も身頃も全体的にゆったりして、風通しが良い作りなので、夏のホームウエアとして涼しく着られる。
甚平に似た和服に作務衣がある。』 by バフォペディアより
神社が建造された8年前から母に強く勧められてきたのだが、派手なのはリンだけで十分という理由でなんとか拒んできた。
しかし8年目の今、どうせ目立つなら何をしても変わらないか……と悟った僕は、母に蔵から甚平を引っ張りだしてもらった。
というか……生地が薄いので相当寒い。
民族衣装と言っても着用時期が違うんじゃ……?
「そういえば、店長とロザリーさんはどうしたのかな?」
「誘いに行ってみたら、お店も屋敷ももぬけの殻だったわよ? しかも帰ってきたら、おばあちゃんまでいなくなってるし……」
「あ〜…たぶん皆ここに来てるんじゃないかな。人が多過ぎてわからないけど」
「そう、かもね。特におばあちゃん、こういう一大イベントとか絶対に見過ごさないわよ」
「昔からお祭り好きだったしね。あ、リンのお祭り好きはおばあちゃんに似たのか」
「べ、別に好きって程でもないわよ。ただ、お祭り事って年に1度あるかないかじゃない? だから、その…つい、気合いが入っちゃうというか……」
それは要約すると好きということになるんじゃないかな。
「まぁその話は置いといて……とにかく、少しでも社側へ移動しないと。このままだと、年が明けてからお参りするまで何時間も並ぶ羽目になりそうだ」
「そうね。多少強引だけど、掻き分けて行きましょ!」
「いや、それは周りの人に迷惑……」
「細かいことは気にしないの! ちょっとした悪行なんて、年越しなんだから神様だって大目に見てくれるわよ!」
「………」
神聖な神の領域で悪行と平気で口走る妹を、神様は許してくれるのだろうか?
3……2……1……
「「「「「イヤッハーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」
参拝者全員の歓喜の叫びが年越しを告げる。
どうでもいいが、毎年『イヤッハー』で統一されているのは何故だろうか。
神主様あたりが決めているのか、それとも元々こういった文化なのか……謎だ。
「よっし! それじゃ……」
リンは僕の腕から離れ、
「新年、明けましておめでとうございます。今年もまた、よろしくおねがいします」
新年の挨拶と共に軽く頭を下げる。
普段は粗暴な妹が、こういった場面では堅苦しいほど形式的なのだから不思議だ。
「うん。こちらこそ、よろしくおねがいします」
「………」
「………」
そして、10秒ほど沈黙。
「あの〜…お兄ちゃん?」
「はいはい、『コレ』だね」
「ありがと! お兄ちゃん♪」
「無駄遣い禁止ね」
「わ、わかってるわよ!」
『コレ』とはすなわち、『お年玉(※)』のことだ。
※お年玉(おとしだま、御年玉)は、正月に新年を祝うために贈答される品物のこと。単に年玉(としだま)ともいう。現在では特に子供に金銭を与える習慣及びその金銭の意で用いられている。年末に贈られる歳暮と異なり、目上の者が目下の者に贈るのが特徴。子から親への新年祝などの場合には表書きを「お年賀(御年賀)」とする。 by バフォペディアより
まぁ、僕が妹にお年玉を渡すようになったのは2年程前からで、渡すことはあってももらったことは1度もない。
目上の人が渡すということなので、年上の知り合いや親族の少ない僕には縁が薄い。
「それじゃ、早速甘酒でも飲みに行こうか」
「そうね! 混みだす前に早く……ん?」
「? リン、どうしたの?」
「んー、なんだか騒がしくない?」
「え?」
そう言われ僕は辺りを見回す。
「いや、特に変わったところは……というより新年だし、元々騒がしいんじゃないかな」
「そう、なのかしら……」
「きっと気のせいだよ。ほら、早く行こう」
「え、えぇ」
リンはどうにも納得できない様子。
妹の勘(悪い予感)は確かに良く当たるが、さすがに新年早々悪いことなんて……
「あ」
「? お兄ちゃん?」
「あれ」
「あれ?」
僕は、見つけてしまった。
「櫓の上に人が…3人いるわね。で、それがなによ?」
「いや、もうちょっと良く見て」
「はあ?」
リンはグッと目を細める。
「上の3人が凄い勢いで太鼓叩いてるわね。しかも巫女さん(稲荷)や神主様(妖狐)の呼びかけにもまったく応じようとしないし……迷惑千万ね」
「………」
「はぁ〜…ホントどこにでもいるのね。新年迎えたからって調子に乗ってハッチャける奴」
「あ〜うん。そう、だね」
「? なによ、歯切れ悪いわね?」
「いや、その……」
周りに迷惑をかける行為は確かに許されない。
そしてそれが、
「見覚え、ない? あの3人の顔」
「え……………………あ」
身内であれば、尚のこと許されることではない。
しかも3人中1人が親族で、他2名が僕達と非常に親しい人物。
彼女達の負うべき責任が僕達に飛び火することは目に見えている。
「僕の、見間違いじゃないよね?」
「ぁ…ぁ……」
リンは口を開いたまましばらく呆然とする。
が、すぐに正気を取り戻すと、
「お、お兄ちゃん!? 他人のフリよ!」
「ぇえ!?」
「あ、甘酒はもういいから、おみくじだけ引いて…は、早く家に帰るわよ! いいわね!?」
「え、あ……」
「もう! 早く!!」
こうして僕達は、箱の中のおみくじを半ばひったくるかのように掴み取り、そのまま逃げるように神社を後にした。
店長、ロザリーさん、おばあちゃん……南無。
場所は自宅前。
神社から全速力で駆けてきた結果、片道50分かかる道のりを僅か5分で走破。
僕はともかく、下駄を履いたリンが何故ここまで速く走ることができたのかは不明。
人間やればできる……ということにしておいた方が幸せなのかもしれない。
「中、吉……」
「あれ、珍しい。大吉じゃなかったんだ」
「く、悔しい……!」
リンが悔しがるのも無理はない。
なぜなら妹は『7年連続大吉』という異例の記録を持っているからだ。
しかし今回はご覧の通り、大吉より1つ下の中吉を引き当てたらしい。
「まぁまぁ。中吉だって十分じゃないか」
「う、うるさいわね! うぅ…絶対あの3人があたしの運を吸い取ったのよ! そうに違いないわ!?」
「否定できないところが切ないなぁ……」
あの3人を目撃してしまったことこそが、中吉を手に取った所以だろう。
神様も意外としっかりしていらっしゃる……。
「はぁ〜……ところで、お兄ちゃんはどうだったの?」
「あぁ、僕は半吉」
「クスッ…無難ね」
「無難で何が悪い」
「というかお兄ちゃん、いっつもそんなのばっかり引いてる気がするんだけど」
「ん〜確かに。末吉と半吉と…うん、あとは良くて吉くらいかな」
「クスクス」
「クスクスやめい」
そんないかにも兄妹な会話をした後、
「う…大分寒くなってきたなぁ」
「そんな格好してるからよ。良くもまぁ真冬にそんなうっすい半袖着れるわね?」
「いや〜民族衣装だからって我慢してたけど…さすがに限界」
「じゃ、早いとこ家に入りましょ」
「うん、そうだね」
後日。
祖母の犯した罪をやはり僕達が追及されることになったのは、また別のお話……
〜店長のオススメ!〜
『カリフラワー』
食べてもよし
ねじ込んでもよし
価格→200エル
12/09/14 22:33更新 / HERO
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