10品目 『彼のエクスカリバーが』
「もう、水臭いじゃないですか〜イチカさん」
「っすー」
例の雑貨店には人影は2つ。
1つは店の店長で形部狸のイチカという小柄な少女のもの。
そしてもう1つは、
「お兄ちゃんがいないときは、代わりにあたしがお店を手伝いますから」
「ありがたいっすけどー、無理しなくてイイっすよー?」
「とんでもない! あたしはイチカさんと一緒に働けるだけで幸せですから♪」
「そ、そっすかー」
ファルシロン自慢の妹、リンのものだ。
なぜ彼女がここにいるのかというと、
「ロザリーに誘われたら、十中八九断れないんですよ、お兄ちゃん」
「喧嘩になるって言ってたっすねー」
「そうなんです。まぁ、大体お兄ちゃんが負けるんですけどね…血を吸われて」
「想像に難くないっすねー」
ファルシロンはロザリーと食事に出かける際、自宅にいたリンにお店を手伝うよう頼んだ。
口では「無責任!」「ヘタレ!」など散々兄を罵倒したリンだが、実のところ内心では嬉々としていた。
「そういうことですから、あたしをお兄ちゃんみたく好きなだけコキ使ってください!」
「………」
対する店長はやや警戒気味。
それもそのはず。
なぜなら、彼女には忘れることのできない苦い過去(3品目参照)があるからだ。
――カマをかけてみるっす。
「失礼っすけどー、なにかー裏がありそっすねー」
「え?」
自分に嘘は通用しない。
長年の商いで培った商人の勘と読心術で、妹さんの下心を白日の下に……
「あ、バレちゃいました?」
「………」
――隠す気ないんかい!
「いや〜その〜…ちょ、ちょっとで良いんですよ? できれば〜イチカさんの、その…『素敵』で『可愛い』、程良い感じに『モフモフ』した『尻尾』を触らせてくれたらな〜って……///」
リンはモジモジしながら恥ずかしそうに顔を紅く染め、上目遣いでこちらを見てくる。
自分の欲求をこうも簡単に曝け出すとは……その図太い神経を逆に褒め称えるべきか。
「まー、そのー……別にー構わないっすよー?」
「ほ、本当ですか!?」
「激しいプレイはー嫌っすけどー」
「わかってます! 前回のことはちゃんと反省してますから!」
若干不安は残るものの、シロの妹であるリンを信じたいという想いもある。
だから……
「や…やさしく…してほしいっす」
「!?」
少し照れてしまった。
それもそうだ、こんなこと言うのは生まれて初めてなのだから。
まぁしかし、ここまで言えばハードなプレイはさすがに……
「いただきまーーーす♥」
「はわーーー」
例によって、犯された―――
とあるレストランにて。
「ロザリーさん、昔からずっとその組み合わせですよね」
「い、いけませんの?」
「いえ、とんでもない。とても美味しそうに食べるので、僕も同じのにすれば良かったかなって」
「あら、では追加の注文を……」
「あぁいいんです! さすがに食べきれませんよ」
「ふふっ♪ 遠慮するあなたも、昔のままですわね?」
「あ、あはは…そうですか?」
行きつけのレストランで2人きりの食事。
もう何度目の入店かわからない(きっと3桁は優に超えているはず)。
リンも加わることが稀にあったが、最近では僕とロザリーさん2人だけの場合がほとんどだ。
ただ、貸し切りは初めてだ……。
「ふぅ…大変美味でしたわ。シェフ!」
「はい、お嬢様」
僕達の傍に控えていた人物が素早く反応する。
「とても満足でしたわ。昔ながらの味を、ありがとう」
「勿体なき御言葉にございます、お嬢様」
シェフは頭を深々と下げる。
ちなみに変わらないのは料理の味だけでなく、今ここにいるシェフもまた例外ではない。
この人は、僕達が初めてここを訪れた時からずっと料理を作り続けている。
物腰の柔らかそうな中年シェフは、10数年経った今でもあまり老けた印象を受けない。
只者ではない……そんな気がする。
「当店を御贔屓にして頂き、光栄の至りであります。お嬢様、もしよろしければ、食後のデザートをサービスさせていただきますが」
「ありがとう、もらいますわ」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言うと、シェフは若いコックを数人引き連れ再び厨房へと姿を消した。
「毎度のことながら、一言一句変わらないですね」
「形式的なところが良いのではなくって? わたくしにとっては楽しみの1つですわ♪」
「あはは、そうですね」
夜の時間はゆったりと過ぎていく―――
「それじゃ! お疲れ様でした、イチカさん!」
「はぁ…はぁ…おつ、かれ……っすー」
ツルツルスベスベテカテカになったリンが店を後にする。
……実にハードだった。
妹さんには『優しく』という概念が存在しないのだろうか。
まるで腹を空かせた獣のように尻尾を弄んできた。
「……疲れたっす」
驚くべきは妹さんの変わり身の早さ。
お客が入店してくるや否や、獣からデキる女へと早変わり。
バイトの経験はないと言っていたが、初めてであそこまでの接客対応ができる人間はそういない。
普段なら優秀な人材が見つかれば即雇用するところだが……彼女には悪癖がある。
いや、たちの悪い性癖というべきか。
「はー」
………。
「今頃、よろしくやってるんすかねー」
ギシギシアンアンしてるんだろう、きっと。
ビュルビュルと盛大に出して、子作りに励んでいるんだろう。
シロさんのことだ、ピチピチと凶暴な精子でお嬢様の卵を一発で仕留めるんだろう。
「………」
止めよう。
考えると、悲しくなるから―――
「………」
とあるホテルの一室。
最高級という名に相応しい、見事なまでに彩られたスイートルーム。
いかにも高そうな骨董品や、異常なほど寝心地が良いダブルベッド。
だだっ広いシャワールームに加え、バーカウンターまで備え付けられている。
この部屋だけで一体いくらのお金が使われているのだろうか。
「気に入っていただけまして?」
「正直、落ち着かないです」
「ふふ、あなたらしいですわね」
今、バスローブ姿の僕達はベッドの上で寄り添うように天井を見つめている。
ロザリーさんの長い金髪からは、ほのかに花の香りが漂ってくる。
事後、ではないので……あしからず。
「それにしても、少し意外でしたわ」
「な、なにがです?」
妖艶な笑みを浮かべるロザリーさんが僕の左腕をそっと抱きかかえるようにして、
「昔からお堅いあなたが、わたくしと夜を共にする…などと、良く了承しましたわね?」
「御領主様の好意を無碍にするわけにはいきませんから」
「……本当に、それだけですの?」
「え?」
訝しげな表情を見せる彼女の顔がさらに近付く。
「わたくしには、あなたが無理をしているように見えますの」
「そ、そんなことは……」
「隠しても無駄ですわ。何年あなたを見てきたと思っていますの?」
「………」
燃える炎のように紅い瞳が僕の動揺した心を捉えて逃さない。
「らしくないあなたを組み伏せ、子を宿しても……面白くありませんわ」
「………」
「理由は…聞くだけ野暮ですわね?」
「……すみません」
ロザリーさんは僕から離れ、別の方向へ体を向ける。
数秒の沈黙の後、ややあってから、
「……ファルシロン?」
顔は見えないが、彼女の耳は真っ赤に染めあがっている。
「好きですわ、あなたのことが……どうしようもなく」
「………」
「あなたの血を初めて口にしたあの時から、ずっと」
「ロザリーさん、僕は……」
「でもあなたの心に……わたくしはいませんのね」
再び顔を向き合わせる。
「もう1つだけお聞きしますわ」
「……はい」
「あの狸は、あなたにとって…どういった存在ですの?」
「それは……」
答えられない。
「………」
「ふふ、わかりましたわ」
彼女は微笑む。
「好き、とまではいかずともその手前…といったところですわね?」
「………」
「恐らくわたくしも、同じような立ち位置なのではなくって?」
……そう、なのだろうか。
「先程も申し上げましたわね? 『何年もあなたを見てきた』と。あなたの考えていることくらい、手に取るようにわかりますわ」
「ロザリーさんがそう言うなら、きっとその通りなんでしょうね。僕は…自分の気持ちが、良くわからなくて……」
「優柔不断というより、ただ単純に初(うぶ)なだけですわね? まるで子供のようですわ」
彼女は怪しげな笑みを浮かべる。
「純粋無垢で穢れを知らないあなたを犯す……ふふ、堪りませんわ♥」
「@@;」
「しかし、まだその時ではないようですわね」
そう言うと、彼女は僕の額にキスをする。
「……今日はもうお帰りなさい。お父様とお母様には、わたくしから上手く言っておきますわ」
「え、えっと……」
「気にする必要はなくってよ? あなたの心は、いずれわたくしの『モノ』になるのですから♪」
「っすー」
店の扉に『closed』と書かれた小さな看板をぶら下げて、早3時間。
眠る気も起きず、店の前をウロウロ。
ただひたすら悶々とした時間だけが過ぎていく。
「………」
時刻はもう既に零時を回っている。
明日も普段通り営業がある。
いい加減店に戻ろうか……
「……店長?」
「!」
「こんな時間まで、どうかしたんですか?」
――シロさんを待っていた、なんて…言えるはずがないっす。
「………」
「あ、あの〜…店長?」
ジットリとした視線が突き刺さる。
「お早いお帰りっすねー」
「は、はい。向こうでイロイロありまして」
「ほー? 『イロイロ』っすかー?」
「あ、いえ、その……」
堪らず目を逸らす。
実際やましいことをしてきたわけではないが、100%否定できる状況でもない。
「クンクン」
「うあ!?」
一瞬目を離した隙に、店長のパーフェクト嗅覚が発動。
僕の体の隅から隅まで、クンカクンカとニオイという名の情報を取得していく。
音もなく間合いを詰めるとは……さすがです。
「っすー?」
「な、なんですか?」
店長は心底意外そうな表情を浮かべながら、
「お嬢様と『結合』した形跡がーないっすねー?」
「け、結合って……」
また生々しい言い方を……。
「店長が思っているようなことは、なにもありませんでしたよ」
「………」
その言葉で納得したのか、店長はススっと僕の体から離れる。
「店長。僕、1つだけわかったことがあります」
「?」
小さく首を傾げる店長に、僕は自分の気持ちを伝える。
「僕は、店長とロザリーさんが……好きです」
店長は表情を変えない。
「でもその好きは、何と言えばいいのか…恋とは、少しだけ違うんです」
続ける。
「大切な…そう、僕にとって店長とロザリーさんは、とても大切な存在なんです」
「大切……」
「気が多い男だと蔑んでも構いません。けど、それでも僕は――」
店長は人差し指で僕の唇を制する。
「っ?」
「よーくわかったっすー」
はぁ、と溜め息。
そして、
「自分はどちらか選べない。だからーうちらに『選ばせる』と、そゆことっすねー?」
「えっと……」
「大方ー、お嬢様にも同じようなことー言ってきたんすよねー?」
「は、はい」
「はー」
また溜め息。
「シロさんはー、とんだナルシストっすー」
「返す言葉もありません……」
「ただー」
店長は僕に背を向け、
「面白そっすねー」
「え?」
「14年のビハインドはー、どうあっても埋められないっすー」
再び顔を合わせる。
「それでもシロさんはー、新参のうちをー対等に扱ってくれるっすー」
「………」
「単純にー、嬉しいっすー」
店長の無表情が、ほんの少しだけ綻んだ。
「お嬢様にはー申し訳ないっすけどー」
「)´ω`(;」
両手で頬を挟まれた。
「圧倒的にー、うちが有利っすねー」
これで良かったのだろうか?
いや、少なくとも悪くはない。
この選択が、僕にどのような運命を辿らせるのかはわからない。
ただ1つ言えること。
僕には、大切な女性が
『2人』いる。
〜店長のオススメ!〜
本日休業日
「っすー」
例の雑貨店には人影は2つ。
1つは店の店長で形部狸のイチカという小柄な少女のもの。
そしてもう1つは、
「お兄ちゃんがいないときは、代わりにあたしがお店を手伝いますから」
「ありがたいっすけどー、無理しなくてイイっすよー?」
「とんでもない! あたしはイチカさんと一緒に働けるだけで幸せですから♪」
「そ、そっすかー」
ファルシロン自慢の妹、リンのものだ。
なぜ彼女がここにいるのかというと、
「ロザリーに誘われたら、十中八九断れないんですよ、お兄ちゃん」
「喧嘩になるって言ってたっすねー」
「そうなんです。まぁ、大体お兄ちゃんが負けるんですけどね…血を吸われて」
「想像に難くないっすねー」
ファルシロンはロザリーと食事に出かける際、自宅にいたリンにお店を手伝うよう頼んだ。
口では「無責任!」「ヘタレ!」など散々兄を罵倒したリンだが、実のところ内心では嬉々としていた。
「そういうことですから、あたしをお兄ちゃんみたく好きなだけコキ使ってください!」
「………」
対する店長はやや警戒気味。
それもそのはず。
なぜなら、彼女には忘れることのできない苦い過去(3品目参照)があるからだ。
――カマをかけてみるっす。
「失礼っすけどー、なにかー裏がありそっすねー」
「え?」
自分に嘘は通用しない。
長年の商いで培った商人の勘と読心術で、妹さんの下心を白日の下に……
「あ、バレちゃいました?」
「………」
――隠す気ないんかい!
「いや〜その〜…ちょ、ちょっとで良いんですよ? できれば〜イチカさんの、その…『素敵』で『可愛い』、程良い感じに『モフモフ』した『尻尾』を触らせてくれたらな〜って……///」
リンはモジモジしながら恥ずかしそうに顔を紅く染め、上目遣いでこちらを見てくる。
自分の欲求をこうも簡単に曝け出すとは……その図太い神経を逆に褒め称えるべきか。
「まー、そのー……別にー構わないっすよー?」
「ほ、本当ですか!?」
「激しいプレイはー嫌っすけどー」
「わかってます! 前回のことはちゃんと反省してますから!」
若干不安は残るものの、シロの妹であるリンを信じたいという想いもある。
だから……
「や…やさしく…してほしいっす」
「!?」
少し照れてしまった。
それもそうだ、こんなこと言うのは生まれて初めてなのだから。
まぁしかし、ここまで言えばハードなプレイはさすがに……
「いただきまーーーす♥」
「はわーーー」
例によって、犯された―――
とあるレストランにて。
「ロザリーさん、昔からずっとその組み合わせですよね」
「い、いけませんの?」
「いえ、とんでもない。とても美味しそうに食べるので、僕も同じのにすれば良かったかなって」
「あら、では追加の注文を……」
「あぁいいんです! さすがに食べきれませんよ」
「ふふっ♪ 遠慮するあなたも、昔のままですわね?」
「あ、あはは…そうですか?」
行きつけのレストランで2人きりの食事。
もう何度目の入店かわからない(きっと3桁は優に超えているはず)。
リンも加わることが稀にあったが、最近では僕とロザリーさん2人だけの場合がほとんどだ。
ただ、貸し切りは初めてだ……。
「ふぅ…大変美味でしたわ。シェフ!」
「はい、お嬢様」
僕達の傍に控えていた人物が素早く反応する。
「とても満足でしたわ。昔ながらの味を、ありがとう」
「勿体なき御言葉にございます、お嬢様」
シェフは頭を深々と下げる。
ちなみに変わらないのは料理の味だけでなく、今ここにいるシェフもまた例外ではない。
この人は、僕達が初めてここを訪れた時からずっと料理を作り続けている。
物腰の柔らかそうな中年シェフは、10数年経った今でもあまり老けた印象を受けない。
只者ではない……そんな気がする。
「当店を御贔屓にして頂き、光栄の至りであります。お嬢様、もしよろしければ、食後のデザートをサービスさせていただきますが」
「ありがとう、もらいますわ」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言うと、シェフは若いコックを数人引き連れ再び厨房へと姿を消した。
「毎度のことながら、一言一句変わらないですね」
「形式的なところが良いのではなくって? わたくしにとっては楽しみの1つですわ♪」
「あはは、そうですね」
夜の時間はゆったりと過ぎていく―――
「それじゃ! お疲れ様でした、イチカさん!」
「はぁ…はぁ…おつ、かれ……っすー」
ツルツルスベスベテカテカになったリンが店を後にする。
……実にハードだった。
妹さんには『優しく』という概念が存在しないのだろうか。
まるで腹を空かせた獣のように尻尾を弄んできた。
「……疲れたっす」
驚くべきは妹さんの変わり身の早さ。
お客が入店してくるや否や、獣からデキる女へと早変わり。
バイトの経験はないと言っていたが、初めてであそこまでの接客対応ができる人間はそういない。
普段なら優秀な人材が見つかれば即雇用するところだが……彼女には悪癖がある。
いや、たちの悪い性癖というべきか。
「はー」
………。
「今頃、よろしくやってるんすかねー」
ギシギシアンアンしてるんだろう、きっと。
ビュルビュルと盛大に出して、子作りに励んでいるんだろう。
シロさんのことだ、ピチピチと凶暴な精子でお嬢様の卵を一発で仕留めるんだろう。
「………」
止めよう。
考えると、悲しくなるから―――
「………」
とあるホテルの一室。
最高級という名に相応しい、見事なまでに彩られたスイートルーム。
いかにも高そうな骨董品や、異常なほど寝心地が良いダブルベッド。
だだっ広いシャワールームに加え、バーカウンターまで備え付けられている。
この部屋だけで一体いくらのお金が使われているのだろうか。
「気に入っていただけまして?」
「正直、落ち着かないです」
「ふふ、あなたらしいですわね」
今、バスローブ姿の僕達はベッドの上で寄り添うように天井を見つめている。
ロザリーさんの長い金髪からは、ほのかに花の香りが漂ってくる。
事後、ではないので……あしからず。
「それにしても、少し意外でしたわ」
「な、なにがです?」
妖艶な笑みを浮かべるロザリーさんが僕の左腕をそっと抱きかかえるようにして、
「昔からお堅いあなたが、わたくしと夜を共にする…などと、良く了承しましたわね?」
「御領主様の好意を無碍にするわけにはいきませんから」
「……本当に、それだけですの?」
「え?」
訝しげな表情を見せる彼女の顔がさらに近付く。
「わたくしには、あなたが無理をしているように見えますの」
「そ、そんなことは……」
「隠しても無駄ですわ。何年あなたを見てきたと思っていますの?」
「………」
燃える炎のように紅い瞳が僕の動揺した心を捉えて逃さない。
「らしくないあなたを組み伏せ、子を宿しても……面白くありませんわ」
「………」
「理由は…聞くだけ野暮ですわね?」
「……すみません」
ロザリーさんは僕から離れ、別の方向へ体を向ける。
数秒の沈黙の後、ややあってから、
「……ファルシロン?」
顔は見えないが、彼女の耳は真っ赤に染めあがっている。
「好きですわ、あなたのことが……どうしようもなく」
「………」
「あなたの血を初めて口にしたあの時から、ずっと」
「ロザリーさん、僕は……」
「でもあなたの心に……わたくしはいませんのね」
再び顔を向き合わせる。
「もう1つだけお聞きしますわ」
「……はい」
「あの狸は、あなたにとって…どういった存在ですの?」
「それは……」
答えられない。
「………」
「ふふ、わかりましたわ」
彼女は微笑む。
「好き、とまではいかずともその手前…といったところですわね?」
「………」
「恐らくわたくしも、同じような立ち位置なのではなくって?」
……そう、なのだろうか。
「先程も申し上げましたわね? 『何年もあなたを見てきた』と。あなたの考えていることくらい、手に取るようにわかりますわ」
「ロザリーさんがそう言うなら、きっとその通りなんでしょうね。僕は…自分の気持ちが、良くわからなくて……」
「優柔不断というより、ただ単純に初(うぶ)なだけですわね? まるで子供のようですわ」
彼女は怪しげな笑みを浮かべる。
「純粋無垢で穢れを知らないあなたを犯す……ふふ、堪りませんわ♥」
「@@;」
「しかし、まだその時ではないようですわね」
そう言うと、彼女は僕の額にキスをする。
「……今日はもうお帰りなさい。お父様とお母様には、わたくしから上手く言っておきますわ」
「え、えっと……」
「気にする必要はなくってよ? あなたの心は、いずれわたくしの『モノ』になるのですから♪」
「っすー」
店の扉に『closed』と書かれた小さな看板をぶら下げて、早3時間。
眠る気も起きず、店の前をウロウロ。
ただひたすら悶々とした時間だけが過ぎていく。
「………」
時刻はもう既に零時を回っている。
明日も普段通り営業がある。
いい加減店に戻ろうか……
「……店長?」
「!」
「こんな時間まで、どうかしたんですか?」
――シロさんを待っていた、なんて…言えるはずがないっす。
「………」
「あ、あの〜…店長?」
ジットリとした視線が突き刺さる。
「お早いお帰りっすねー」
「は、はい。向こうでイロイロありまして」
「ほー? 『イロイロ』っすかー?」
「あ、いえ、その……」
堪らず目を逸らす。
実際やましいことをしてきたわけではないが、100%否定できる状況でもない。
「クンクン」
「うあ!?」
一瞬目を離した隙に、店長のパーフェクト嗅覚が発動。
僕の体の隅から隅まで、クンカクンカとニオイという名の情報を取得していく。
音もなく間合いを詰めるとは……さすがです。
「っすー?」
「な、なんですか?」
店長は心底意外そうな表情を浮かべながら、
「お嬢様と『結合』した形跡がーないっすねー?」
「け、結合って……」
また生々しい言い方を……。
「店長が思っているようなことは、なにもありませんでしたよ」
「………」
その言葉で納得したのか、店長はススっと僕の体から離れる。
「店長。僕、1つだけわかったことがあります」
「?」
小さく首を傾げる店長に、僕は自分の気持ちを伝える。
「僕は、店長とロザリーさんが……好きです」
店長は表情を変えない。
「でもその好きは、何と言えばいいのか…恋とは、少しだけ違うんです」
続ける。
「大切な…そう、僕にとって店長とロザリーさんは、とても大切な存在なんです」
「大切……」
「気が多い男だと蔑んでも構いません。けど、それでも僕は――」
店長は人差し指で僕の唇を制する。
「っ?」
「よーくわかったっすー」
はぁ、と溜め息。
そして、
「自分はどちらか選べない。だからーうちらに『選ばせる』と、そゆことっすねー?」
「えっと……」
「大方ー、お嬢様にも同じようなことー言ってきたんすよねー?」
「は、はい」
「はー」
また溜め息。
「シロさんはー、とんだナルシストっすー」
「返す言葉もありません……」
「ただー」
店長は僕に背を向け、
「面白そっすねー」
「え?」
「14年のビハインドはー、どうあっても埋められないっすー」
再び顔を合わせる。
「それでもシロさんはー、新参のうちをー対等に扱ってくれるっすー」
「………」
「単純にー、嬉しいっすー」
店長の無表情が、ほんの少しだけ綻んだ。
「お嬢様にはー申し訳ないっすけどー」
「)´ω`(;」
両手で頬を挟まれた。
「圧倒的にー、うちが有利っすねー」
これで良かったのだろうか?
いや、少なくとも悪くはない。
この選択が、僕にどのような運命を辿らせるのかはわからない。
ただ1つ言えること。
僕には、大切な女性が
『2人』いる。
〜店長のオススメ!〜
本日休業日
12/08/15 21:55更新 / HERO
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