今、任務の待機時間を利用し、俺は教団の牢獄にいる。


俺が罪を犯した訳じゃない。

ウチの上司が罪を犯したのである。


「なあなあスヴァル君さぁ、独房はホント退屈だぜ……」


「独房に退屈させないもてなしがあるとでも？」


「違うんだよ、退屈っていうか、何ていうかこう……、生半可な退屈じゃなくて、『あー退屈で退屈自体をしのぐぞー！』みたいなさぁ」


「意味が分かりません(笑)」


「ブッ飛ばすぞロリコン^^」


鉄格子の向かいで俺に愚痴ってくる人物。

そう、この人物こそ『マリー＝オルトリンデ』なのである。


俺の上司で、階級が大佐。

歳はいくつか聞いたことはないが、見た目は幼女そのものである。

７〜８才の顔立ちに、白黒チェック柄のスーツを着こなす謎の女性。


見た目は幼女、階級は大佐。


おかしな見た目におかしな上下関係だが、現在この通り独房で一人寂しく過ごしている。


「それにしてもさぁ、何で私がこんな目に遭わなきゃなんないんだ……」


「大佐のだらしない行動が公になったのが原因じゃないですか。自業自得です」



何を隠そう、この人は『魔女』なのである。


俺がそのことを知ったのはつい最近の事で、『私、一応魔法使いだから☆』とか何とか言って部屋一面に飴を降らせた時には唖然としたのを覚えている。


とはいえ、俺が気になっていた魔術の原理を聞くと返ってきた答えはやはり『いつの間にか出来るようになってた』だった。


「だってさぁ、大佐だからって敵を蹴散らす仕事より書類のサイン書く仕事の方が多いってどういうことなんだよ！っていう」


「んで、魔法でペンに命令して自分はぐうたら寝てたら誰かにチクられたんですよね」


「ここを出たらソイツを真っ先に使い魔にしてこき使ってやるんだ……フフフフ」


「…………。そんな事よりマリー大佐、大事なお話が」


「……黒ミサの事だろう？あーあー行きたかったなーもー」


どうやら黒ミサには行かなかった様だ。


「大佐は魔法でスケープゴート出来るんじゃないんですか？
何故しなかったのです？」


「黒ミサの事もあって、警戒を強める為かどうかは知らないけど、ここの警備が増えたんだよ。
だから敢えて堂々と転移しても良いかなー……なんて思ってたんだけど、これ以上刑罰が重くなるのは避けたかったからね。
こんな苦労はもう十分さぁ」


首を横に振り、早くこっから出たいなー、とも呟いた。


「なるほど、怖じ気づいたと」


「テメー後で覚えとけよ。
……それよりスヴァル君、顔を貸してくれるかい？」


「？　こうですか？」


マリー大佐と俺は鉄格子越しに向き合った。(俺は立て膝をついているが)


「そうだ、それでだな……」


両頬にそっと手を添えられ、顔を近づけてくる。


「な、何をするんですか……？」


「別にちゅーしてやっても構わないけど、どうする？」


「からかわないで下さいよ、全く…」


「冗談だって、そんな照れるなよなー。私が視たいのはお前の【瞳】だ」


「……瞳？」


「お前の【瞳】から情景を視る。私の魔法でな」


「はあ……でも看守が許すはずが」


チラチラと周囲を軽く見渡す。


「ああ、看守はもう私の使い魔だ。その心配はない」


「！　大佐、あなたまさか……」


「虜にしちゃった♪(てへぺろ)」


……ちゃっかりしている上司だ、全く。
誰のせいで部下にいらない苦労が絶えないと思っているんだ。


「ほら、私と焦点を合わせろ」


マリー大佐の瞳は澄んだエメラルド色をしている。
そして相変わらずの幼い顔立ち。正直、照れないこともない。


「……もういいぞ」


頬に置かれていた手が離れ、大佐はニヤニヤと笑い始めた。


「スヴァル君、やはり君は面白いねぇ！
見つからないように調査するどころか、自分から見つかりに行く様な無茶をするなんてさぁ、上司としては称賛に値するよ」


「一応、ありがとうございますとは言っておきます」


「しかもカッコつけた割には結構な大失態だね、これも計算の内かい？」


「いえ、ただのミスですよ……」


「ふふっ、君も間抜けな行動をする事もあるんだと、親近感を更に持ったよ」


さっきの仕返しとばかりに、ニヤニヤしながらわざとらしく俺を煽る。


「ま、色々聞いてきたみたいだから上出来でしょ。
レポートは書いたのかい？」


「ええ、ちゃんと出しましたよ。魔術の事は解らずじまいでしたが……」


「ん、それでいい。魔術うんぬんは当分ほっときな。
んで、クラスアップしたきゃもっと仕事をこなさないとね」


「本当に解らないもんですか、原理は」


「解ってたら君にだってとっくに教えてる筈さ。
言い忘れたけど、解った事がひとつある」


「……それは何です？」


「エネルギー媒体として男性の精液が関係している、と私は思う」


「……それは何故です？」


「何かみなぎってくるから！(ドヤァ」


「……大佐に聞いた俺がバカでした」



私は真面目に考えたんだが……と聞こえたが敢えてスルーした。


「そうそう、スヴァル君。私からお願いがあるんだがいいかい？」


手を差し出されたので何だろうと覗きこむと、大佐の手のひらにあったのは謎のＩＣチップだった。


「私の使い魔と一緒に機械室へ行って、私の情報諸々、全部ぶっ壊して来て欲しい。いわば情報の改ざんだな」


「……このチップは？」


「私の作った特製ウィルス入りだ。
ウィルスをばらまくと共にデスクトップが怖い熊さんの絵になる」


「それ必要性ないでしょ、二番目」


思わず敬語を忘れた。


「スヴァル中尉、僕がサポートします」


「ああ、こいつがその使い魔だ。名前を『トバリ＝スクルド』というんだ」


「大佐の為にも、協力宜しくお願いします」


「ああ、宜しく」


ますます厄介になってしまった。

看守の若い男が加わって余計に。






俺が中尉だけあって、難なく機械室には入れたが問題はそこではない。


問題はチップを入れる前、怪しげな機械にパスワードを入れなければまず動作しないということだ。


「中尉、ここは僕に」


「……パスワードを知っているのか？」


「いえいえ、知ってる訳無いじゃないですか。
だから、無理矢理こじ開けます」


「こじ開ける……？」


「僕、機械には強いので。ちょっと待ってて下さい」


パスワード解除をトバリに任せ、機械室を改めて見渡した。


さながら機械室、静かな室内に稼働している機械音だけが響く。


「……よしっ、オッケーです」


「もう出来たのか？手際がいいな」


「この役職につくまで、ハッカーやってましたから。
今はさすがに足を洗いました……はは」


「なるほどな」


チップを機械に埋め込み、ウィルスを流し始める。


「マリー大佐の担当が出来て、とても良かったです。
その……、して貰った時はアレでしたが」


「…………。相手していて疲れないか？」


「そんな滅相もない！出会った女性の中じゃとびきりの美人さんですよ。
それに優しいし、牢獄でも『退屈だな』とは言いながらも僕にいつも話しかけてくれました」


トバリはふぅ、と息をつき思い返すかのように目を閉じた。


「どうやら終わったみたいだ」


デスクトップを見ると、やたらポップな血みどろの熊の顔が現れた。


「さて、戻るか」


「あ、パスワードをかけ直します。誰にも解けないやつをね」


「ああ、頼む」



一通り工作を終えた後、牢獄へと戻った。


「お帰り。上手くいったかい？」


「ええ、一応は。これからどうするんです？」


「今、上層部の奴を操って私の入獄期間を出来るだけ減らしているんだ。
その為の情報の改ざんだって訳さね」


「しかし、疑われやしませんか？」


「スヴァル君…私を甘く見ないで欲しいな。ちゃんと手は打ってあるのさ」


「さすがです、マリー大佐！」


「ありがとう、トバリ君。やはり君を選んで正解だったよ。
私の目に狂いは無かった」


「マリー大佐……//」


「二人共、良くやってくれた。今日はもう下がれ、スヴァル中尉。
……まだ私は休めそうもないし、もう少しの辛抱だ。
トバリ君、食事の用意を頼めるかい？」


「はい、お持ちします！」


トバリは勢いよく駆け出していった。


「……どうしてこうなった」


仮にも牢獄だというのに看守が罪人にたぶらかされているという現実がここにある。


(教団も案外適当なんだな……)


俺は牢獄を後にした。







後日。


「あー、シャバの空気は最高さぁ！」


「いつの時代の人ですか……全く」


「いやー、あんな狭い所もう二度と行きたくはないね。
……そんな事より、君に報告しよう」


「はい？」


「――今日からこちらの部署に配属されました、
『トバリ＝スクルド』と申します！これから宜しくお願いします、先輩！」


「という訳だ。良かったな、先輩(笑)」


「……俺の上司がこんなに投げやりな訳が…あったか……」



俺の苦労が報われる事は、当分無い。

■作者メッセージ
はい、サイドストーリー補完です。

一応上司を出したかったので、女性で魔女にしました。

当初、看守のトバリ君には名前がありませんでしたｗ

魔物調査員にも上下関係がある、ということでもしかしたら今後また出てくるかも…？

それでは、また。