連載小説
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博士からのおつかい/マンドラゴラ
「さて、着いた」

「―――勘弁してくれよ…もう」


スヴァルこと俺と、研究者アサギリを無理矢理連れ出し、マンドラゴラを採取する事になった。


緩急ついた原っぱに、生い茂る木々――そう、ここは『ローレル草原』と呼ばれる場所だ。
色とりどりの花が咲き、視覚聴覚嗅覚で自然をまんべんなく感じられる。


「アサギリ、マンドラゴラはここ一帯に埋まっているんだよな?」

「そうだけど、別に僕を連れてまで来ることは無かったんじゃないのかね」

「まあまあ、そう言うな。たまには外に出て新鮮な空気を楽しめ」

「やれやれ……」



男二人で草原を歩いていても何もときめく事は起こる筈もない訳だが、自然を肌で感じながら歩くのはとても気分がいい。


「見た感じ、あまり埋まってないな」

「そこまでポンポン埋まっている訳じゃないさ。
一応マンドラゴラは危険な生き物だからね」

「言われなくとも知っているさ。資料は見てきたからな」


マンドラゴラは地中から引き抜き地上に出た瞬間、耳をつんざく産声をあげる。

産声を聞いた者は、理性を失う。

人間に限らず、魔物も含め。


採取は簡単だが、採取した後が特殊なだけに、マンドラゴラの根っこは貴重な素材となっていて、今は貴重植物として扱われ始めている。

根っこは高値で取り引きされるが故に、乱獲する人間が増えたのだ。

巷にはマンドラゴラ専用の耳栓が売っているため、比較的楽に入手は可能だ。


「耳栓は持っているんだろ?」

「もちろん。持ってきて―――あれ?」

「まさか、無いなんて言うなよ」


ポケットにしっかり入れてきたはず……だったのだが。


「……すまん、落とした、かも」

「僕は帰ってもいいんじゃないか……そんな気がしてきたよ」


はぁ…、とため息をついたアサギリが不意に、


「な、何だ!?今のは……?」


と、おののいた。


「ため息をついたり驚いたり忙しい奴だな……どうした?」

「今、誰かに『助けて』と言われた気が……した、様な?」

「はぁ?そんな馬鹿な……第一何にも聞こえてないぞ」

「…………こっちからか?」


アサギリは周囲を見渡し、駆け出した。


「おいアサギリ!どこ行くんだ!おい!」


アサギリは白衣を翻し草原を駆ける。
それに追い付くように、俺も走る。


(意外に足速いなあいつ……!)


ザザザッと草木をかき分け走り抜け、アサギリが木の陰に隠れる。

それにようやく追い付き、声をかけた。


「声が聞こえた……とか言ったな。空耳ではないのか?」

「間違いない。この先からだ」


アサギリはしきりに様子を伺っている。
耳を澄ませると、どうやら人がいる様だ。

覗いてみると、大柄な男と細い男が二人、下品な笑いを草原に響かせていた。


「あいつらか?」

「んな訳無いだろ。むしろ、か細い声だった」

「あいつらは一体何をしているんだ――」




『兄貴、今年は少ないっすね』

『弟よ、仕方ない事だ。
今年は気候が安定しなかったからな、もしかしたら例年よりも採れていないかもしれん』

『それは残念っす。仕方ない事っすけど』

『自然の摂理だ。こればかりは割り切らないと生きていけん。
分かってるじゃないか、弟よ』

『もちろんっすよ兄貴。ヘヘッ』




「会話の内容からするに、採集家みたいだが……?」

「よく見ろスヴァル。あれを―――」


大柄な男の側には、大きな籠に、大小サイズの違うマンドラゴラ達が中でじっとしていた。

どのような方法であのような光景が出来るのか今は想定もつかなかったが、スヴァルとアサギリは脳内で1つの結論を下した。


「「乱獲を行っているのか……!」」


二人の行く先に1つ、可愛らしく咲いているマンドラゴラの花が―――


「させるかぁぁぁ!」


アサギリが二人の前でポーズを取り、立ち塞がった。


「うわわっ、なんすか!?」

「誰だテメーら?オレ達《プラチナブラザーズ》に何か用かよ?」

「僕の名は『アサギリ=レイヤード』。つーか―――」

「名前マンドラゴラ関係ねぇ!」


俺がデカい方の男に飛び蹴りをかました。
結構吹き飛んだな、よし!


「あ、兄貴!テメーら…兄貴になんて事をしやがるっす!」

「僕達はただの通りすがりの妖精だ。だから人間を蹴り飛ばしても許される」


眼鏡をくいっと上げつつも、鋭い眼光はそのままの鋭さを保っている。


「横暴すぎるっす!てゆーか白衣とスーツを着た妖精がいる訳無いっす!」

「うぐっ……弟よ。これは試練だ」

「兄貴!大丈夫っすか!?」


大柄な男はフラフラと立ち上がった。


「くっ……蹴りが浅かったか」

「妖精だか何だか知らねーが、上等だ。
やられたらやり返す、それがオレ達《プラチナブラザーズ》のやり方だからな!」

「兄貴……カッコいい!」

「プラチナプラチナって……何かムカつく名前なんだが、どう思うスヴァル」

「プラチナムカつく」


【鎖ノ手錠】を引き出し、構える。

アサギリは特に何も構えない。
ポケットに手を入れ、怪しげなポーズをとっている。

(※要は丸腰である)


「兄貴……コイツらヤバそうっす!」

「弟よ、オレ達には夢がある。
マンドラゴラを売りさばき、億万長者になる、とな。
夢を叶えるまでは、死ぬ訳にはいか―――」

「よいしょっと」



見事に鎖が絡みました。がっちり。


「油断、したか……」

「兄貴……カッコ悪いっす」


「さ、これらは後で教団に渡すか……ん?」

「ふむ―――これは一体……?」


アサギリは籠の中のマンドラゴラを調べていた。


「何か分かったのか?」

「眠り方が不自然すぎる――もとい、採取してからの保存がおかしいんだ」

「どういう事だ?」


「これは――非合法の中の非合法……催眠採取だ」


「催眠採取……?」


催眠採取。

植物や魔物自体に催眠術を施し、思考を停止させ、何も感じさせなくするもの。

勿論人間にも通用する。
ただし、魔術ではないので完全ではない。
むしろカテゴリーは【呪い・呪術】の部類になる。


「ヘヘッ、兄貴の目のつけどころは間違ってなかったっす」

「マンドラゴラは一人を育ててあげれば半永久的に根は生えるのに―――なぜこんなに引っこ抜いて独占しようとするんだ……」

「アサギリ、放っておけ。
そいつらは後できっちり身柄を教団に渡すからな」



「……未然に止められなくて、すまない」

籠の中のマンドラゴラ達に侘びた。

目を覚ましても、運命の人になりうる人物に引き抜かれることは、もうない。

人間にはない彼女らだけの運命を、あろうことか――姑息な手で、人間が、台無しにした。

アサギリはそれを思い、侘びたのだった。



「さて、お姫様を引き抜きますか」

「耳栓、持ってないぞ?」


程良い大きさの可愛らしい花を目前にし、アサギリと俺は座っていた。


「僕は、大丈夫な気がするんだ。きっと彼女は、大丈夫」


土を少し掘り起こし、茎を掴む。

俺は一応耳を塞ぐ。


「……いくぞ」


グッと力をこめて、踏ん張り―――


「―――――ぷはっ」


花に似合った、可憐な少女が、姿を現した。

マンドラゴラの少女はアサギリと目を合わせる―――いわゆる、アイコンタクトだ。


「――――か」




可愛すぎるじゃないか。



アサギリはおもむろに少女を抱きしめた。


「良かった、最初に逢えたのがあなたで」

「……僕はアサギリ。一応研究者だ。
家族は妻がいる、ユニコーンの女性で、医者をやっていて、それから―――」

「あーちゃん、って呼んでもいい?」


アサギリは面食らった様な表情をしたが、すぐに顔がほころび、


「もちろん、良いともさ。それじゃ、僕からあげる君の名前は―――」





「よく、寝てるな」

「まぁ色々あったし、疲れたんだろう」


例のなんとかブラザーズを教団に引き渡し、(しかも二人とも罪人だったので賞金が貰えた)三人で帰り道を歩いていた。


「まさか罪人だったとはな……」

「スヴァルにとっちゃ嬉しい誤算じゃないか?」

「まあな。
それより、俺の推測を聞いてくれないか?」


俺はアサギリにビシッと人差し指を立てた。


「何の推測だ?」

「その娘、テレパスが使えるみたいだな」

「うん、分かってる」


あっさりと流され、拍子抜けした。


「テレパシーなら僕に届いた声も説明がつくし、植物達にはよくある特殊能力だよ。
それをわざわざ、今更どや顔して言うのは観察力が足らないんじゃない?」

「こ、今回だけだ……今回だけ」

「はいはい、分かったよ」


やれやれと、わざとらしく肩をすくめたアサギリ。

アサギリは背中におぶっている「新しい家族」を背負い直した。


「賑やかになりそうだな」

「ああ、ならない訳がないさ」


そして、語りかける様にそれを口にする―――



「宜しくな、ローリエ」



夕日が鮮やかに、その幼い寝顔を照らしていた。
12/04/15 02:29更新 / ちーきく
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■作者メッセージ
お待たせしました。

マンドラゴラ編です、ええ、意外に短くまとまりました。

もっと広げようか悩んだのですが、アイディアが浮かばなかったもので。
一話完結っぽくなりました。

この「ローリエ」ちゃんも大事なチョイ役にする予定です。はい。

次回をどうしようかな…とか思ったり、ドラゴンの読みきりも進めないとな〜とか感じていたり、白蛇のヤンデレ巫女書きてえな〜とか……(←お楽しみに!)

色々思うところありますが、今回はこの辺で。

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