グッド・バイブレーション
これでもかというくらい、大きく口を開けてあくびをする。フラストレーションはあくび一つじゃ解消されない。ため息と小さな舌打ちと、貧乏ゆすりも一緒にやってみたところで、大した効果は得られない。
「さ、さ、佐野くん。ず、随分眠そう、だね……?」
隣の席に座る根暗なケンタウロス――水口秋――がどもりながら話しかけてきた。彼女は普段は無口で、話しかけてもびくびくおどおどと今みたいにどもりながら話す。
「授業中、寝ないようにしたからね」
「そ、そ、そっか……それは偉い……とボクは思うな、うん……」
「……どうも。そういや、水口は授業中寝てるとこ見たことないね」
「えっ……と、と、ボクはその……ちゃんと二人分ノート取っておかないと、さ、さ、さ、佐野くんが困るだろうから」
水口は机の中から表紙の少しよれたノートを引っ張り出して見せた。彼女はいつも一日の授業が終わると俺にこのノートを貸してくれる。授業中寝てばかりの俺を気遣って、授業が終わるとノートを俺の机に置いて、写すように言ってくる。
「俺、別に水口にノート取れって言ってないだろ? ……確かに助かってるけどさ」
自分が情けなくって、つい、水口に当たってしまう。
「あ、ご、ご、ごめん……そういうつもりじゃなくって……」
「いや、いいよ……」
これ見よがしにため息をつくと、水口は半泣きの顔をさらに絶望的なまでに歪めた。苦笑しながら、なるべく優しい口調で話す。
「授業中寝る俺が悪いんだし、ほっといてくれていいよ。……というか、ほっていてくれないかな」
「でも、佐野くん、りゅ、りゅ、留年しかねない……よ?」
「水口が俺の代わりにノート取る理由にはならないだろ」
きっぱり言うと、水口はしょんぼりと肩を落とした。
「余計なおせっかい……っていうかさ」
「えっ……」
「後になって水口に迷惑だったって思われるのいやだから、やめてくれよ」
水口は文字通り絶句した。口をパクパクとさせる以外には石像のように固まった彼女を尻目に、机の横に下げた鞄から次の授業で使う教科書とノートを取り出す。どれも使用感がなく、新品同様と言ってよかった。
パラパラと捲って流し読みをする。授業では既に四十ページも進んでいたらしいが、どれも読んだ覚えがない。それでも内容が理解できるのはひとえに水口のおかげなんだろう。これからは自分でしっかりとこなさないとならない。ため息が出る。
ふと、しゃくり上げるような声がした。一瞬、喉元から鳩尾にかけて冷え切った吐き気のような感覚がして、背中を冷や汗が濡らした。
「あ、あの……水口」
慌てて隣の席の方を見ると、彼女は背中を丸めて顔を手で覆って泣いていた。
「ひっ……く……ごめんね、佐野くん……ごめん……迷惑だったよね……うくっ……」
「あ、いや……その……」
弁解するより前に、女子がわらわらと俺と水口の席の周りに集まってきた。
「水口さん、どうしたの? 大丈夫……?」
「佐野ー、水口さんに何したの?」
彼女たちの口調こそ穏やかだったが、俺を責める気が満々なのは容易に分かった。
「えー、いや、ちょっと……なんでもないよ」
「なんでもないってことないでしょう。かわいそう……コイツに何されたの? セクハラ? 今叩きのめしてあげるからね」
そう言って握り拳にはーっと息を吐く彼女を、水口は慌てて制した。
「違う、違くて……佐野くんは悪くない……ボクが……うっ……ひっく……悪いの……」
その水口の台詞はむしろ、ますます俺を責める空気を強くしたようだった。
悲壮感たっぷりに流れる水口の涙に、周りの女子だけでなく教室でたむろしていた男子も何事かとこちらを窺う。多くは非難の目を向けている。頭を抱えてうずくまりたかった。
いいタイミングで、いや、最悪のタイミングかもしれない。始業のチャイムが鳴った。
大半の飽きっぽい生徒はもう面白いことはなさそうだ、とめいめい授業の支度を始めた。周りの女子は「覚えてなさいよ」と悪役のような捨て台詞を残して席に戻っていった。
「佐野くん、ホントにごめんね……」
ゴシゴシと涙を制服の袖で拭って、水口は無理やりに笑顔を作った。目の周りは少し赤くなっていて、言い過ぎたな、と思った。
「いや……こちらこそ」
教師が教室に入り、号令の後、大抵の生徒にとって退屈な、授業が始まる。
横目で水口の方を見ると、ノートを二冊広げて丁寧に板書を写していた。
一体誰のために?
彼女の心遣いがつらかった。親切でやっていたことを余計なおせっかいと言われたのに。周りに分からないように、自嘲的な苦笑を漏らす。
今まで言い出せずに、"余計なおせっかい"に甘えてたのはどこの誰だったろう。
「……水口」
小声で彼女を呼ぶ。びくっと少し身体を跳ねかせて、おどおどと俺の方を向いた。
「俺、死ぬほど眠いから、寝るよ」
「えっ、あ、あ……うん……そう……」
「だからさ、悪いんだけど、ノート取っててもらえないかな?」
こうやって頼むのは初めてだ。水口はちょっと驚いたような表情をして、小さく頷いた。
「ありがと。今度、たい焼とか……奢るよ。多分」
俺は机に突っ伏して、目を瞑った。水口の走らせるペンの音が、耳をくすぐった。
ところで、授業中、寝ないようにしたのには理由があった。水口にしたキツい言い方も八つ当たりのようなもので、実際、ノートは取っていてほしかった。重ねて言うけど、水口に甘えていたわけだ。
次第に蜜のような眠気がトロトロと頭の中を満たし始め、俺から意識を奪い、惰眠の海へ引きずり込んだ。
夢を見た。
俺は街にいた。水口と並んで歩いていた。水口の四足の蹄がアスファルトをコツコツと小気味よく鳴らしている。彼女との間には少し距離があったはずだが、何時の間にか腕を組んでいた。意外とボリュームのある彼女の胸が、二の腕の辺りに押し付けられる。俺はズボンの上からでも分かるくらいに勃起していた。
それを見た水口は妖艶に、にんまりと笑って、ますます胸を押し付けてくる。
――二人きりになれるとこ、行こうか。
耳元で囁かれ、俺は首を縦に振った。声は水口の声だが、いつものどもったようなのじゃなく、妖艶な"女"の声をしていた。
いかにも、なホテルの前にやって来た。受付には誰も居なかった。客も居なかった。水口は俺を引っ張ってエレベーターへ入り、適当な部屋に入った。
夢っていい加減だな。俺は覚めてからいつも思う。
さて、部屋に入って最初に何をするのかと思いきや、ベッドに押し倒して緊縛とは恐れ入る。水口はテキパキと俺の手足をベッドに縛り付けた後、少し距離を取ってにやにやと俺を眺めた。いつの間にか、服ははぎ取られていた。
――佐野くん、自分のおちんちん見える? すっごいよ……♥
首を僅かに動かして、自分の性器を見る。痛々しいほどに勃起して、先端から透明な汁が汗のように垂れていた。
――どうしよっかなぁー♥ 縛られて、視姦されて、興奮しちゃうド変態の佐野くんのおちんちん、どうやっていじめよっかなぁー♥
普段の水口から想像もできない淫らで、淀みのない話しぶりだった。
――それ以上言うな。
叫ぼうとしても、胸元に何かが詰まったように声が出ない。
――足、手、胸、口、腋、お腹、髪……佐野くんは、どこでされるのがいいのかな♥
俺を縛りつけたベッドに、ゆっくり、艶めかしく、水口は近づいた。
がたがたともがいても、拘束は外れない。さほど頑丈そうでもない縄なのに、まったく切れる気配がない。その様子を見て、水口はますます口角を上げた。じりじりとベッドへと近づいてくる。
頬を紅潮させ、粗く息をつきながら、水口は俺の性器に手を伸ばした。
――止めろっ!
全身全霊の抵抗。
俺は、目を覚ました。
◇ ◇ ◇
正直言えば、ショックだった。ボクのしたことが、彼にとって迷惑だったなんて。
横目で佐野くん……佐野翼くんを盗み見る。机に突っ伏して、深く呼吸をしている。
佐野くんは良く寝ている人だった。隣の席になったのは初めてだから、最初はびっくりした。六時間、授業があるとしたら、そのうち五時間は寝てる。
家では寝てないの、と訊くと、家でも寝てると返ってきて、起きてる方がレアな人なんだとなんだか感心した。
学校でも家でも寝ている人だから、成績はよろしくないようだった。というかドベだった。
あんまり心配になって隣になった御縁だからとノートを貸すと、渋々ながらも自分のノートに写して返してくれた。その効果が表れたのか、前回のテストではドベを免れたらしい。
その話を聞いて、ボクはとても喜んだと同時に、彼への恋心を自覚した。何であんな寝坊助を好きになったんだろう。考えてみても謎は解けず、悶々と一層想いが募るばかりだった。
自分の分と彼の分の板書の写しを済ませて、ボクは小さくため息をついた。
今まで、彼の言うとおり、ボクは余計なおせっかいで彼の分までノートを写してきた。ノートを渡す時の彼のはにかんだ表情と「ありがとう」の一言を得たいがために。
後悔と自己嫌悪の渦に飲み込まれそうになる。今、やっとのことで耐えられているのは、きっと初めて彼にノートの写しを頼まれたからだ。初めて、初めて、彼に頼まれごとをされた。今、ボクが写したノートは、余計なおせっかいなんかじゃない。
彼はきっと、ボクに負い目を感じていたんだろう。してもらうばっかりで、返すものがなくて。
だから、最近無理して授業中も起きていたんだろう。ボクは寝息を立て始めた彼の丸まった背中に視線を移す。思わず舌なめずりをしてしまう。
佐野くん、ちゃんとボクは返してもらってる。負い目を感じる必要なんてないよ。
ボクは彼の夢を覗き込む。
夢の中で彼を弄るのはなんて素敵なんだろう。顔が熱くなるのを感じた。
ボクが夢の中で佐野くんに何かするたびに、机の上で寝ている彼の身体がぴくぴくと反応して動く。股間の辺りを見ると、ズボンの下でおちんちんが膨らんでいるのがよく分かる。
教室の中に居る誰もが知らない彼の痴態。夢の中と現実の世界、ボクだけが知る二つの彼の姿。はぁ、と溜息をつく。彼が寝坊助で良かった、と唯一思う瞬間だった。
授業の終わりに彼が目を覚まして、もぞもぞと挙動不審な動きをする理由。夢の中でボクに無理やり犯されるときの表情。ボクだけが知ってるんだ。ボクだけが。
今日はいつもよりもハードに犯してあげようと思った。ここ最近、交わらなかった分、激しく。起きたときの反応が楽しみでしょうがない。
くくく、と周りにばれないようにボクは静かに笑った。
だけど、佐野くんが起きたときの反応は、ボクの期待していたものとは違っていた。
◇ ◇ ◇
がばっと顔を上げる。授業が始まってから、まだ二十分も経っていなかった。
身体がどことなくだるく、全身から汗が噴き出していた。シャツやズボンが肌に貼り付いて気持ち悪い。いや、それよりも気持ち悪いのは、股間の辺りだった。所謂我慢汁で下着はベトベトで、勃起した性器に濡れた布が纏わりついていた。
「さ、さ、佐野くん……だ、大丈夫?」
水口が心配そうに言った。慌てて、勃起しているのを見られないよう、不自然に見えない程度に身体を捻る。
「いや……ちょっと、具合悪くて……」
「そ、そっか……無理しない方が良いよ……?」
「……保健室行ってくるよ」
手を上げて、具合が悪いから保健室へ行く、と言うと教師は興味なさ気に了承した。アイコンタクトで水口にノートをよろしく、と告げる。彼女はこくりと頷いた。
保健室に行くと、鍵は開いていたが保健室の先生は居ないらしかった。机の上のティッシュを一枚とって、パンツの中を軽く拭いてから備え付けのベッドに横になる。
思わず深いため息が出る。今日が初めてじゃなかった。
最近、授業中に寝ていると必ずといっていいほど夢に水口が出てくる。大抵、淫らな内容だ。
夢に登場する彼女はいつものどもりじゃなく、別人のような喋り方をする。
夢というのは願望を映し出す鏡だと、どこかで聞いた。俺は淫乱な振る舞いをする水口に犯されることを望んでいるのだろうか。最低だ。
この夢を見始めてから、も常に夢での水口の姿がちらついてしまう。隣に座る水口、話しかけてくる水口、廊下を歩く水口。夢の中の彼女の姿を重ねてしまう。自分の願望を重ねて、現実の世界の水口に劣情を催す。最低だ。
家では不思議なことに、水口は夢に出てこない。授業中居眠りするときに限って、例の淫らな夢を見る。夢の中で何度も何度も射精し、彼女の膣内に欲望を吐き出した。授業が終わり、慌ててトイレに駆け込んでパンツの中を確認すると、多少我慢汁で濡れてはいるが精液は存在しないのが常だった。
寝なければそんな夢も見ない。が、一、二週間頑張って、そして、今日……結局ダメだったわけだ。 シーツにくるまって、また深くため息をついた。授業終了のチャイムが鳴った。
◇ ◇ ◇
保健室のドアを開け、静かに中へ入った。持ってきた自分の鞄と佐野くんの鞄をソファーに置いて、彼の寝ているベッドを探した。
カーテンが引かれているのは一か所だけ。多分、そこに寝ているのが佐野くんだろう。保健室の先生も居ないようだし、絶好のチャンスと言えた。
カーテンを開け、後ろ手に閉める。白いシーツの盛り上がりに向かって、声をかける。
「さ、さ、さ、佐野くん……」
「水口っ……」
返事、にしては少し、絞り出すような声だった。佐野くんはボクの居る方向とは反対の向きに寝ている。シーツの下で彼の身体が動いた。よく見ると、下腹部の辺りが特に――
「佐野くん……?」
もう一度名前を呼ぶと、彼の動きはピタッと止まった。数瞬、間をおいて彼はまたもぞもぞと動いた。多分、ズボンを上げたんだと思う。そして、寝返りをうってボクの姿を確認すると、頭からシーツを被って隠れてしまった。
「あ、あのっ、佐野くん……!」
「水口にオナニー見られた……死ぬ……」
「大丈夫! 大丈夫だから……ボク……」
むしろ、大歓迎だから!
済んでのところで飲み込む。ボクは現実世界ではあくまで地味で、無口で、どもりで、初心で、陰気なケンタウロス。淫乱で、加虐趣味もちで、勝手に人の夢を弄るナイトメアじゃない。
芋虫みたいにシーツにくるまってすすり泣く佐野くんもこれはこれでかわいいかも。ボクはシーツの端を掴んで、優しく声をかける。
「さっ、さの、さ、佐野くん……の、顔……見たい……から、捲ってもいい?」
「…………」
「め、め、捲るからね……?」
返事を待たず、ボクはシーツをゆっくりと捲った。佐野くんは顔を真っ赤にして、若干涙目になっていた。胸がきゅんとなった。
「佐野くん……あの、あの……今、なにしてたの?」
「…………言ったろ。オナニーしてた」
「だ、だ、誰のこと考えてしてたの……?」
佐野くんは恥ずかしそうに顔を手で覆って、暫くそのまま無言でいた。やがて、決心したようにため息交じりに言った。
「……水口」
「へ、へ、へぇ……ぼ、ボクで……その……シたんだ……」
ぞくぞく、と身体が震えた。顔が少し熱くなる。火照りが下腹部の方へ集まるような感覚。
「…………ごめん」
佐野くんは小さく呟いて、ベッドから出た。
「本当ごめん……。荷物、持ってきてくれたのか。ありがとう……」
そう言って足早に帰ろうとする彼の腕をボクは咄嗟に掴んだ。
「ま、待って」
「水口……」
ぐいぐいと元のベッドまで引っ張って、座らせる。佐野くんは素直に従ってくれた。
「ボク、謝りたくて」
「謝るって……水口は」
「ごめんなさい。ボクね、ボク……あのっ、その……あれ、えとっ……」
保健室に入る前から何回もシミュレーションしていたのに、肝心な時に言葉が出てこない。胸か喉か、つっかえたように。
「ま、ま、ま、まず最初に……ボクは、さ、さ、佐野くんの……くっ、く、こ、ことがっ……好きで……」
落ち着かなくって、指を絡めたりぎゅっと拳を作ったりする。佐野くんは相変わらず表情は曇らせたままだけど、真剣に話を聞いてくれていた。
「ぼ、ボク、居眠りしてる佐野くんの夢に……お邪魔、して……あの……その、え、え、えっちなことを……その、勝手にしてて……」
「……夢、って」
佐野くんは怪訝な表情で僕の顔を覗きこんだ。互いの目の近さに思わず、どきりとする。
「佐野くん……本当にごめんね」
「俺、水口の夢、最近よく見てたんだけど……」
「う、うん。あの、あの、ボクのせい……なんだよ、ね、実は」
「……すごいアレな、その……エロい夢なんだけど」
少し頬を染めて、恥ずかしそうに佐野くんは言った。
「うん。き、今日居眠りしたときも、ボク、佐野くんに悪戯したんだ」
「悪戯」
佐野くんはしっくりこない様子で、おうむ返しにした。
「その、ボク、ケンタウロス種だけど……ちょっと特殊で」
「……ナイトメア?」
「あ、うん……そう、ナイトメア。ごめんね、黙ってて」
「いや……別に……」
佐野くんは目線を下げて、自分の手を見つめた。彼の拳は閉じたり開いたり、落ち着かない様子だった。
「ボク、今日のこと謝りたくて……ごめん。いつも嫌がってたのに、無理やりしちゃって……」
「あ、その……嫌だったわけじゃ……」
即座に頭を振った直後、佐野くんは見る見る顔を赤くした。
「や……いや、っていうか……まぁ、その……なんだ…………良かった、けど」
「そ、そ、そ、そっか……」
「……俺、水口がナイトメアって知らなかったし、自分の願望が夢に出たのかと思って自己嫌悪って言うか。……こっちこそ、ごめん。八つ当たりみたいな真似して」
「ぼ、ぼ、ボクは別に……事実、おせっかいだったし」
あはは、と少し自嘲気味に笑うと、佐野くんはボクをいきなり抱き締めて、キスをした。唇と唇を触れさせるだけのキス。
「ん……さ、さ、さ、佐野、佐野くんっ」
「あ……ごめん、嫌だった……?」
「ち、ち、ちが、違うけど…………いきなり、そんな……」
かぁっと顔が熱くなる。佐野くんにさらに強くぎゅうっと抱きすくめられて、身体から力が抜けていく。
「わ、わ、わ……!」
「俺、お前のこと好きなんだ。おかしいか? おかしいよな、夢の中で良いようになぶられて、なぶられるうちに、変にお前のこと意識し出して……」
はぁ、と溜息をついて、佐野くんは再びボクの口を塞いだ。ぬるりと彼の舌が唇を割って口内に入りこむ。すごくびっくりしたけど、口を開けて彼の舌を受け入れた。
佐野くんの荒い鼻息が頬にかかる。舌をぎこちなくボクの舌に絡めながら、髪や肩を優しく撫でてくれた。キスは上手いと言えなかったけど、好きな人の舌を、唾液を享受するボクの身体は熱くなり始めた。
「んっ……ふ……♥」
「はぁっ……じゅる……ふぅ……」
ずるっ、と口から舌を引き抜かれる。ちゅうちゅうと佐野くんの舌を吸うようにしてたのを、多少強引に引き剥がされた形になり、少し恥ずかしくなった。
互いにベッドに座り直してから、ボクはくたりと、頭を佐野くんの肩に預けた。佐野くんはボクの髪を不慣れな手つきで梳いてくれた。
暫く、そのままでいた。空調の動作する音と二人の熱を帯びた吐息だけが、保健室に響いている。
「…………違う」
不意に、佐野くんはボクを押しのけて、ベッドから立ち上がった。
「え?」
「違うよ……」
佐野くんは靴を脱いでベッドの上に飛び乗り、寝そべった。突然のことで、ボクは目を丸くするだけだ。
「水口、乗ってくれ」
「…………は」
「早く、乗れ。俺の上に跨れ」
蹄が汚れていないか確認してから、佐野くんの言うとおりベッドに上り、彼に跨った。ベッドが軋んだが、重みで壊れる心配はなさそうだった。
佐野くんはボクの腕をぐいっと引っ張って、自分の顔にボクの顔を近づけさせた。
「水口……いつもみたいに、してくれよ」
顔を真っ赤にした佐野くんの頼みに、胸の内側と下腹部の辺りがざわめいた。
「縛ってもいいし……犯してくれたって構わない。というか……あの、犯されたいんだ。水口に無理やりされたい……」
佐野くんは切なげに懇願して、すでに硬くなり始めた男性器をズボン越しにボクの下半身にすりつけた。
眠っていたボクの心の影の部分。夢の中だけの人格が揺り起こされたような気がした。普段夢の中で目にしてきた、普段の彼からは考えられない行動。それが今、現実のボクに現実の彼が現実に――
ぞわぞわと嗜虐心がくすぐられた。
「さ、さ、佐野くん……変態だね?」
ボクがそう言うと彼は頷いて、あぁ、と溜息を漏らした。
「お前がそうしたんだろ……お前にそうされたんだよ……!」
もぞもぞと、ボクの身体の下でもどかしそうに彼の身体がねじれた。
ボクは体重をずしりとかけて、佐野くんの身体を動けないよう押しつぶした。肺を圧迫されて、彼は苦しげな吐息をひゅーひゅーと吐いた。
ボクは構うことなく上半身を前かがみにして、佐野くんの手首を掴み、ベッドの上に押さえつけた。
「くひっ、くひひっ……♥ 佐野くん、苦しそうだけど……なんでおちんちんこんなにおっきくしてるのかな?」
「はぁっ……あっ……はぁ……」
「ねぇ、ほら……こんなに硬くしちゃってさぁ♥」
ボクは身体をゆっくり、前後に揺らした。馬の下半身が佐野くんの身体をごしごしと愛撫するたび、ベッドがギシギシと音を立てた。他人が見たら、十中八九、ボクが佐野くんをレイプしているようにしか見えないだろうな。そんな想像がますます、ボクを昂らせる。
「さっき佐野くん、ボクのせいで変態にされたって言ってたけど、違うと思うな……」
「んぅ……ぐ……」
「佐野くん、元からマゾっぽいもん♥ 普通の人、今みたいに力づくで犯されたいって思わないよ? 最初にボクが佐野くんの夢にお邪魔したときだって……♥」
「やめ、て……」
やめてほしいとは思えない表情で、佐野くんは言った。
「……へぇ、やめてほしいんだ? 本当にやめていいのかなぁ♥ ボク、知ってるもん。佐野くんがそう言うときは誘ってるときだって……♥」
ボクは身体の動きを止めて、手を離した。佐野くんはそのままくたりとベッドに横たわっている。
少し身体をずらして、ボクは下半身の秘所を隠していた服を剥いだ。外気に撫でられてひくひくとその敏感な部分が蠢いた。
「ね、佐野くん。ボクのココもこんなになっちゃってるよ♥ 見える?」
「……うん」
佐野くんは少し首をもたげて、ボクの女性器を食い入るように見つめた。そこは愛液で濡れていて、カーテンの上から差し込む淡い外光を反射していた。ボクが指で割れ目を広げて見せると、彼は興奮した様子でちょっと手を伸ばした。と思うと、佐野くんはすぐ我に返って恥ずかしそうに手を引っ込めた。
「触りたい? ふふっ、夢の中で何回も触らせて、舐めさせて……二人が繋がったの、覚えてるよね……♥」
こくり、と佐野くんは頷いた。
「こっちじゃ、初めてだもんね。お互いに……♥」
腰から下を覆う蒼い体毛が両の前脚の間の一箇所だけよけている。桜色の性器が、またぴくりと動いた。見せつけてる感じ、見られてる感じ、それらを意識するだけでぞわりぞわりと身体の内側が疼いてくる。
ボクは自分の秘所に手をやり、そろそろと弄った。指の腹で表面をなぞると遠慮深げに形を変え、粘ついた水音を佐野くんの真っ赤な耳へ届けた。胸の最奥で、湿った熱気が苦しげにのたうち、あまやかな吐き気がボクを襲う。
「あっ、あっ……♥ さ、佐野くん……佐野くん……♥ あはっ……ちゃんと見てる……? ボクが気持ち良くなってるところ……♥」
「み、見てる……よ……」
佐野くんは切なげな表情を浮かべて、肩で息をしていた。彼の手がするすると彼の下半身に伸びたのをボクは見逃さない。すかさず彼の手を掴んだ。
「ダメ、だよ……?」
ボクは佐野くんの両の手首を、ベッドの端の辺りに無理やり押し付けた。ベッドの周辺を一通り見渡して、目当ての物を探した。言ってしまえば演出だから、何でもよかった。果たして、それは彼のズボンに見つけた。ズボンからベルトを引き抜いて、彼の両手首とベッドの柵の一本にぐるりと巻きつけた。痛くないように多少緩く、気分が出るように多少きつめに。
「せっかちさんは……お仕置き、しちゃうからね……?」
きっちり、と両手の拘束が完了されて初めて、佐野くんは遅すぎる抵抗をした。スティールの柵とベルトの金具がカチカチと楽しげな音を歌った。
期待感たっぷりに息を荒げて、わざとらしく歯を鳴らして、佐野くんは身をよじった。
「オシオキ、って……」
「お仕置きはお仕置き……だよ。佐野くんの大好きな、お・し・お・き♥」
ごくり、と佐野くんの喉仏が上下に一往復した。
ボクは手を伸ばして、人差し指の腹でその男性的な凹凸に沿って彼の喉を撫でた。ぴくん、と彼の身体が跳ねる。そのまま喉の上、顎、唇をつるりとなぞる。
唇を割って、指を入れる。佐野くんはすんなりと受け入れた。ボクの指にちゅぱちゅぱと吸い付き、丁寧に舌を這わせ、唾液を絡ませる。全部、ボクが何遍もやらせて仕込んだことだけど、現実にさせるのは今日が初めてだ。
「おいしい? 佐野くん……。ボクの、舐めるの……とってもとっても、好きだよね……♥」
佐野くんは返事の代わりに、一層音を立ててボクの指を吸った。
「あははっ。赤ちゃんみたいで、かわいいね……♥ ボクのオナニーに使った指、おいちいでちゅかー?」
「ふぅ……ふぅっ……」
佐野くんは一心不乱、といった様子でボクの指をしゃぶり続けた。彼は言葉責めされながらの奉仕に微妙な力加減を忘れ、ボクの指を軽く、かじった。
「あんっ♥ もう、ダメだよぉ、噛みついちゃ……♥ 乱暴なんだから♥」
ボクは指を佐野くんの口から引っこ抜いた。佐野くんは文字通り、口惜しそうに唇をぺろりと舐めた。
「ごめん……」
「はぁ……まったく、しょうがないなぁ♥」
佐野くんの唾液でベトベトの指を自分の口に運ぶ。ジュルジュルと大袈裟に音を立てて舐めとって見せる。
「佐野くんの……んっ♥」
「水口、俺もう……」
「だーめ♥」
ボクは自分の指を口から引き抜いた。佐野くんがボクの身体の下でもどかしそうに腰をくねらせる。ボクは少し身体を後ろにずらして、後ろ脚をベッドの下に降ろした。ちょうど彼の下半身の膨らみに、ボクのアソコが来るように。
そして、ズボンのチャックを慎重に開ける。ホックを外してズボンと下着を膝の下まで下ろしてやる。晒された佐野くんのおちんちんは脈動していて、先端から透明な汁が伝っていた。
「あぅ……」
「くくっ、あはっ、あははは……♥ あはぁ、ゆ、ゆ、夢で会うときより興奮してるんだね♥」
夢で見た佐野くんのよりも、一回り位大きいそれに指を絡めた。
「ね……佐野くん。今から、佐野くんのこと犯しちゃうよ♥ 佐野くんの初めて、ボクが奪っちゃうよ♥」
「は、やく……」
「んー? 早く、なに?」
佐野くんは恥ずかしそうに顔を横に逸らした。ボクは佐野くんのモノから手を離して、両手で佐野くんの頭を無理やりこちらへ向かせた。
「佐野くん……早く、犯されたい?」
佐野くんは荒く息をついて、ボクの眼を見た。
「犯されたいです。はい、言ってごらん?」
数瞬、躊躇った後、佐野くんは切れ切れにその言葉を繰り返した。
「おか、されたい……です」
「んー♥ よく言えたね、えらいえらい♥」
ボクは両手を離して、佐野くんの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「じゃ……ご希望通り、犯してあげるよ♥」
佐野くんのモノを指で包んで、ゆっくりとボクは腰を下げる。入口の辺りに鈴口がくちゅりと触れ、入りこんでくる。
「んんっ♥」
「水口っ、うぁっ……!」
「佐野くん……あっ、入っちゃった♥ 佐野くんのおちんちん、ボクの中に……入っちゃったよ♥」
心配していた破瓜の痛みは無かった。あったとしても、好きな人を受け入れ……いや、犯しているという快楽にそれどころではなかっただろう。
「うぅ……あ……」
「佐野くん、まだイっちゃダメだからね? 我慢だよ、我慢♥」
佐野くんは返事をするのも苦しそうにこくこくと頷いた。
「じゃあ、動くよ♥」
ゆっくり、ゆっくり、ボクは腰をずらす。膣の中をぬるりと佐野くんのおちんちんが撫で上げる。
「あっ、あっ、う……」
ベッドの支柱に縛られた両手が震えて、ベルトの金具がかちかちと音を立てている。無防備な胸元をこしょこしょとくすぐると、佐野くんは苦しそうに身をよじった。
かわいい――♥
「ああ、佐野くん佐野くん……うっ、うっ、うっ……♥」
堪らず上半身を倒して彼の首筋や頬をべろべろと舐め上げる。唾液を潤滑油代わりにしながら、つんつんと舌先で耳を突くと彼は軽く声を上げた。
「あー♥ 弱点発見だぁ♥」
首をちょっと傾げて耳たぶを口に含んで吸ってみたり、穴の周りを舌でなぞったり、軽く噛んでみたり、佐野くんは面白いくらいに敏感に反応してくれた。
「ほら、ほらぁ、気持ちいいんでしょ♥ んっ、ふ……」
「う、あ……あっ、水口ぃ……」
ボクの中で佐野くんのはびくびくと脈打って、今にも爆ぜそうなのが分かるくらいだった。
「もーちょっと我慢、だよ♥」
空いた右手を佐野くんの頭に回して、左手でぷちぷちと彼のワイシャツのボタンを外す。慣れたものだ。何回も練習したし、何回も夢の中で外したんだから、今、手間取ることなんてありえない。
肌蹴させ、空気に触れた佐野くんの乳首を左手の指でくにくにと弄び、右手で彼の髪を撫でつけながら、舌は耳を愛撫して――ああ、これは夢?
ボクの本心、本当のパーソナリティは夢にあった――それを、彼は引きずり出してくれた。夢の中なら、佐野くんと気兼ねなくおしゃべりできた。どもらず話せた。佐野くんの好きなことを読み取って、それを行動に移せた。
でも、それは夢だからできたこと。ボクはボクを佐野くんの夢と偽って、佐野くんと交わっただけ。愛し合ってなんかいなかった。ただの自慰にすぎないことは、分かっていた。
「水口、もう……限界、だ、って……!」
「もうダメ? もう我慢できない?」
「あっ、あっ……!」
ここぞとばかり、ボクが腰を揺すると佐野くんは身体を反らせて、ビクビクと軽く痙攣した。膣の中でも断続的な震えと、熱いどろどろが肉の壁に貼り付いてくるのを感じる。ボクも、身体の芯が熱っぽくぐらついて、蕩けたバターみたいな快感が全身をくすぐったく刺激した。
「イっちゃった……? あは、あは♥」
見れば分かるだろ、とでも言いたげに佐野くんは潤んだ目をボクに向けて、また身を少しよじった。余韻は冷めていないらしい。
「くくくっ、うひひひひ……♥」
おちんちんはまだ膣内で硬度を保っていた。腰を小刻みに動かすと、佐野くんは女の子みたいな喘ぎ声を上げた。
「水口っ、それやめっ……あっ!」
「ああ♥ 佐野くん、そんな声上げないで? ボク、もっといじめたくなっちゃうよ♥」
陸に上がった魚みたいに開いた佐野くんの口に、舌を這い込ませ、声を奪う。
「んっ、んー……!」
「はぁ、はぁ、んふ……♥ あふ……佐野くん、佐野くんっ……♥」
夢中になって、佐野くんの舌とボクの舌とで追いかけっこをしているうちに、繋がっていた部分がぬるりと抜けてしまった。
「ぷはっ……、あははっ、佐野くん気持ち良かった? こ、こ、こんなに、いっぱい……えへ♥」
少し腰を浮かして、ボクの秘所から垂れる佐野くんの白い精液を見せてあげる。佐野くんは恥ずかしそうに顔を赤らめて、でもボクのソコから目を離さなかった。
遅れて、ツンと淫猥な性の香りが鼻をついた。
佐野くんの顔から、彼の下半身の方へ視線を落とすと、べとべとに汚れたおちんちんがまた頭をもたげているのを見つけた。
「まだ、足りない?」
髪をくしゃくしゃと撫でてあげると、佐野くんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……そろそろ、手、外してあげるね」
ベッドの支柱に留められていたベルトを外すと、佐野くんは両手をボクの腕に絡めた。それが、何だかすごく嬉しかった。
さっきまでえっちして、それに自分の恥ずかしいところ見せてたのに――それより何故だか恥ずかしくて、平生のどもりが戻ってきた。
「さ、さ、さ、佐野くんっ……あ、あっ、いや、な、なんでもない」
気を取り直して、ボクはベッドから下りて佐野くんを抱き起した。そして向きをベッドの横へ変えて座ってもらい、佐野くんの前に跪いて両足の間に顔を埋めた。
「き、き、綺麗に……したげるから……♥」
「あ、ああ……」
ぴんと立ち上がったおちんちんの裏筋を舌でれろっと舐め上げると、佐野くんの腰が跳ねた。繰り返し、繰り返し、根元から丁寧に混ざり合った愛液と精液を舐めとっていく。ちゅっ、ちゅっと保健室の静けさに水音と、佐野くんの溜息が響く。ボクが唇をちょっと動かしたり、舌でつついたり、息を吹きかけたりするだけで、佐野くんは身体をよじって気持ちよさそうにする。
嬉しい――嬉しい――嬉しい!
鈴口の辺りにキスをすると佐野くんはボクの髪をくしゃりと掴んだ。
「あっ、ご、ごめん……」
見上げると、佐野くんは真っ赤な顔を申し訳なさそうに歪めていた。それを見て、ボクは思わずにんまりと笑わずにいられなかった。
おちんちんの頭の方から一気に呑み込んで、じゅるじゅると吸ってやる。
「うあっ、水口……うっ、うっ、そんな急にされたら……!」
「んっふっふっふ〜♥ んー、んー?」
咥えたまま喉を鳴らすと、佐野くんは一々電気が走ったみたいに反応して、ボクの髪を控えめにだけどくしゃりと掴んだ。
あああっ♥ かわいいよ佐野くん……♥
「んー、ふ……♥ れろっ」
口の中で飴を転がすみたいに鈴口を舌でくすぐって、頬でぐにぐにと締め付けて、そのまま首を上下に動かしてみる。
ちゅっちゅっ、という水音がじゅるじゅるという水音に淫猥さを増し、佐野くんの表情から余裕の色が段々と引いていくのが分かった。
あ、もう少しでイっちゃうんだね♥
「んー♥ んぅー♥」
「あっ、う、水口、それダメだって……あっ」
佐野くんはぐっとボクの頭を押さえつけて、そして口の中に大量の精を放った。どく、どくと三、四回に分けて吐かれた精はボクの喉を通って、胃の方へと落ちて行く。
おちんちんから口を離さないで、ごくり、ごくりと喉を鳴らして飲み込む。
「まら、にょうろーにのほっれるれひょ♥」
陰嚢の影の辺りを指で探って、ぐにぐにと刺激する。ちゅうちゅうと吸い出すとやっぱり残っていた精液が出てきた。
「はぁっ、水口、も、もういいよ……」
「んん……」
ちゅぱっとおちんちんから口を離す。ボクはまだまだ足りないんだけど……まあ、いいか。これからは……って、そうだよ、これから!
ボクはこれからのボクと佐野くんのことを考えてみて、うわーとバラ色の予想図が頭の中に展開されたのを感じた。
「服着てもいい?」
「ど、ど、どうぞ。ぼ、ボクも……きき、きっ、着なきゃ」
お互い、服を手繰り寄せて、背を向けてそれを着た。
「ベルト、どこ?」
「あ、えと……あ、これ……」
ベルトはベッドの傍に落ちていた。拾い上げて手渡す時に、指が触れて思わず赤くなる。さっきまではこんな――いや、もうよそう。
ベルトをしっかりと締めて、佐野くんはベッドから立った。ボクも一緒にカーテンを開いて、汚してしまったシーツを洗濯機に放りいれた。
「水口」
「何――」
「好き」
佐野くんはボクの背中と腰の辺りに手を回して、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「さ、さ、さ、佐野くん」
「順序が何だか、逆のような気もするんだけど……」
佐野くんははにかんで、言った。
「水口、秋。好き、だから……恋人になってほしい」
「ぼ、ボク……あの、そのっ……!」
顔を俯かせると、そこは佐野くんの腕の中で、自然、胸に顔を埋める格好になる。
「う、う、うん。その、あの……ボク、ボクも佐野くん、翼くんのこと、好きだから……」
佐野くんは抱きしめる力を少し弱めて、右手でボクの髪を撫でた。くしゃくしゃと、心地よい。それこそ、夢にまで見た――
「両想い」
ボクと翼くん、どちらが言ったのかもう覚えていない。
「帰ろうか」
「うん……♥」
並んで保健室を出ると、外はもう夕方で日も落ち始めていて、紫色から紺色に変わっていた。
「なあ、えーと、秋?」
「なっ、な、何……? その、つ、翼……くん」
翼くんはちょっと苦笑いして、頭を掻いた。
下の名前で呼び合うことがこんなに気持ちの良い事だったなんて、ボク、夢にも思わなかった。
「いや、その……夢、の中っていうか、さっき、シてた時と、普段と全然違うなと思って」
「あっ、い、い、いやかな……?」
「いやとかじゃないよ。ただ……なんだ、ギャップがかわいくって」
「はっ! えっ! ちょっと、も、もう一回言って!」
「恥ずかしいから、やだ!」
日が落ちれば、暗くなる。暗くなれば、人目も気にしなくていい。人目を気にしなくていいなら。ボクらは自然と手を繋いで、学校から家まで帰っていった。
「じゃ、また……」
分かれ道で、名残惜しく手を離してから、翼くんは少し思案した後ボクを軽く抱きしめてちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。
さっきは平気で舌を絡ませていたのに、この触れるだけのキスの方がボクをより強く揺さぶった。
こんな気持ちになるなんて、夢にも思わなかった。
翼くんを強く抱き返して、ボクは改めて彼と恋人になった喜びを噛みしめた。
「さ、さ、佐野くん。ず、随分眠そう、だね……?」
隣の席に座る根暗なケンタウロス――水口秋――がどもりながら話しかけてきた。彼女は普段は無口で、話しかけてもびくびくおどおどと今みたいにどもりながら話す。
「授業中、寝ないようにしたからね」
「そ、そ、そっか……それは偉い……とボクは思うな、うん……」
「……どうも。そういや、水口は授業中寝てるとこ見たことないね」
「えっ……と、と、ボクはその……ちゃんと二人分ノート取っておかないと、さ、さ、さ、佐野くんが困るだろうから」
水口は机の中から表紙の少しよれたノートを引っ張り出して見せた。彼女はいつも一日の授業が終わると俺にこのノートを貸してくれる。授業中寝てばかりの俺を気遣って、授業が終わるとノートを俺の机に置いて、写すように言ってくる。
「俺、別に水口にノート取れって言ってないだろ? ……確かに助かってるけどさ」
自分が情けなくって、つい、水口に当たってしまう。
「あ、ご、ご、ごめん……そういうつもりじゃなくって……」
「いや、いいよ……」
これ見よがしにため息をつくと、水口は半泣きの顔をさらに絶望的なまでに歪めた。苦笑しながら、なるべく優しい口調で話す。
「授業中寝る俺が悪いんだし、ほっといてくれていいよ。……というか、ほっていてくれないかな」
「でも、佐野くん、りゅ、りゅ、留年しかねない……よ?」
「水口が俺の代わりにノート取る理由にはならないだろ」
きっぱり言うと、水口はしょんぼりと肩を落とした。
「余計なおせっかい……っていうかさ」
「えっ……」
「後になって水口に迷惑だったって思われるのいやだから、やめてくれよ」
水口は文字通り絶句した。口をパクパクとさせる以外には石像のように固まった彼女を尻目に、机の横に下げた鞄から次の授業で使う教科書とノートを取り出す。どれも使用感がなく、新品同様と言ってよかった。
パラパラと捲って流し読みをする。授業では既に四十ページも進んでいたらしいが、どれも読んだ覚えがない。それでも内容が理解できるのはひとえに水口のおかげなんだろう。これからは自分でしっかりとこなさないとならない。ため息が出る。
ふと、しゃくり上げるような声がした。一瞬、喉元から鳩尾にかけて冷え切った吐き気のような感覚がして、背中を冷や汗が濡らした。
「あ、あの……水口」
慌てて隣の席の方を見ると、彼女は背中を丸めて顔を手で覆って泣いていた。
「ひっ……く……ごめんね、佐野くん……ごめん……迷惑だったよね……うくっ……」
「あ、いや……その……」
弁解するより前に、女子がわらわらと俺と水口の席の周りに集まってきた。
「水口さん、どうしたの? 大丈夫……?」
「佐野ー、水口さんに何したの?」
彼女たちの口調こそ穏やかだったが、俺を責める気が満々なのは容易に分かった。
「えー、いや、ちょっと……なんでもないよ」
「なんでもないってことないでしょう。かわいそう……コイツに何されたの? セクハラ? 今叩きのめしてあげるからね」
そう言って握り拳にはーっと息を吐く彼女を、水口は慌てて制した。
「違う、違くて……佐野くんは悪くない……ボクが……うっ……ひっく……悪いの……」
その水口の台詞はむしろ、ますます俺を責める空気を強くしたようだった。
悲壮感たっぷりに流れる水口の涙に、周りの女子だけでなく教室でたむろしていた男子も何事かとこちらを窺う。多くは非難の目を向けている。頭を抱えてうずくまりたかった。
いいタイミングで、いや、最悪のタイミングかもしれない。始業のチャイムが鳴った。
大半の飽きっぽい生徒はもう面白いことはなさそうだ、とめいめい授業の支度を始めた。周りの女子は「覚えてなさいよ」と悪役のような捨て台詞を残して席に戻っていった。
「佐野くん、ホントにごめんね……」
ゴシゴシと涙を制服の袖で拭って、水口は無理やりに笑顔を作った。目の周りは少し赤くなっていて、言い過ぎたな、と思った。
「いや……こちらこそ」
教師が教室に入り、号令の後、大抵の生徒にとって退屈な、授業が始まる。
横目で水口の方を見ると、ノートを二冊広げて丁寧に板書を写していた。
一体誰のために?
彼女の心遣いがつらかった。親切でやっていたことを余計なおせっかいと言われたのに。周りに分からないように、自嘲的な苦笑を漏らす。
今まで言い出せずに、"余計なおせっかい"に甘えてたのはどこの誰だったろう。
「……水口」
小声で彼女を呼ぶ。びくっと少し身体を跳ねかせて、おどおどと俺の方を向いた。
「俺、死ぬほど眠いから、寝るよ」
「えっ、あ、あ……うん……そう……」
「だからさ、悪いんだけど、ノート取っててもらえないかな?」
こうやって頼むのは初めてだ。水口はちょっと驚いたような表情をして、小さく頷いた。
「ありがと。今度、たい焼とか……奢るよ。多分」
俺は机に突っ伏して、目を瞑った。水口の走らせるペンの音が、耳をくすぐった。
ところで、授業中、寝ないようにしたのには理由があった。水口にしたキツい言い方も八つ当たりのようなもので、実際、ノートは取っていてほしかった。重ねて言うけど、水口に甘えていたわけだ。
次第に蜜のような眠気がトロトロと頭の中を満たし始め、俺から意識を奪い、惰眠の海へ引きずり込んだ。
夢を見た。
俺は街にいた。水口と並んで歩いていた。水口の四足の蹄がアスファルトをコツコツと小気味よく鳴らしている。彼女との間には少し距離があったはずだが、何時の間にか腕を組んでいた。意外とボリュームのある彼女の胸が、二の腕の辺りに押し付けられる。俺はズボンの上からでも分かるくらいに勃起していた。
それを見た水口は妖艶に、にんまりと笑って、ますます胸を押し付けてくる。
――二人きりになれるとこ、行こうか。
耳元で囁かれ、俺は首を縦に振った。声は水口の声だが、いつものどもったようなのじゃなく、妖艶な"女"の声をしていた。
いかにも、なホテルの前にやって来た。受付には誰も居なかった。客も居なかった。水口は俺を引っ張ってエレベーターへ入り、適当な部屋に入った。
夢っていい加減だな。俺は覚めてからいつも思う。
さて、部屋に入って最初に何をするのかと思いきや、ベッドに押し倒して緊縛とは恐れ入る。水口はテキパキと俺の手足をベッドに縛り付けた後、少し距離を取ってにやにやと俺を眺めた。いつの間にか、服ははぎ取られていた。
――佐野くん、自分のおちんちん見える? すっごいよ……♥
首を僅かに動かして、自分の性器を見る。痛々しいほどに勃起して、先端から透明な汁が汗のように垂れていた。
――どうしよっかなぁー♥ 縛られて、視姦されて、興奮しちゃうド変態の佐野くんのおちんちん、どうやっていじめよっかなぁー♥
普段の水口から想像もできない淫らで、淀みのない話しぶりだった。
――それ以上言うな。
叫ぼうとしても、胸元に何かが詰まったように声が出ない。
――足、手、胸、口、腋、お腹、髪……佐野くんは、どこでされるのがいいのかな♥
俺を縛りつけたベッドに、ゆっくり、艶めかしく、水口は近づいた。
がたがたともがいても、拘束は外れない。さほど頑丈そうでもない縄なのに、まったく切れる気配がない。その様子を見て、水口はますます口角を上げた。じりじりとベッドへと近づいてくる。
頬を紅潮させ、粗く息をつきながら、水口は俺の性器に手を伸ばした。
――止めろっ!
全身全霊の抵抗。
俺は、目を覚ました。
◇ ◇ ◇
正直言えば、ショックだった。ボクのしたことが、彼にとって迷惑だったなんて。
横目で佐野くん……佐野翼くんを盗み見る。机に突っ伏して、深く呼吸をしている。
佐野くんは良く寝ている人だった。隣の席になったのは初めてだから、最初はびっくりした。六時間、授業があるとしたら、そのうち五時間は寝てる。
家では寝てないの、と訊くと、家でも寝てると返ってきて、起きてる方がレアな人なんだとなんだか感心した。
学校でも家でも寝ている人だから、成績はよろしくないようだった。というかドベだった。
あんまり心配になって隣になった御縁だからとノートを貸すと、渋々ながらも自分のノートに写して返してくれた。その効果が表れたのか、前回のテストではドベを免れたらしい。
その話を聞いて、ボクはとても喜んだと同時に、彼への恋心を自覚した。何であんな寝坊助を好きになったんだろう。考えてみても謎は解けず、悶々と一層想いが募るばかりだった。
自分の分と彼の分の板書の写しを済ませて、ボクは小さくため息をついた。
今まで、彼の言うとおり、ボクは余計なおせっかいで彼の分までノートを写してきた。ノートを渡す時の彼のはにかんだ表情と「ありがとう」の一言を得たいがために。
後悔と自己嫌悪の渦に飲み込まれそうになる。今、やっとのことで耐えられているのは、きっと初めて彼にノートの写しを頼まれたからだ。初めて、初めて、彼に頼まれごとをされた。今、ボクが写したノートは、余計なおせっかいなんかじゃない。
彼はきっと、ボクに負い目を感じていたんだろう。してもらうばっかりで、返すものがなくて。
だから、最近無理して授業中も起きていたんだろう。ボクは寝息を立て始めた彼の丸まった背中に視線を移す。思わず舌なめずりをしてしまう。
佐野くん、ちゃんとボクは返してもらってる。負い目を感じる必要なんてないよ。
ボクは彼の夢を覗き込む。
夢の中で彼を弄るのはなんて素敵なんだろう。顔が熱くなるのを感じた。
ボクが夢の中で佐野くんに何かするたびに、机の上で寝ている彼の身体がぴくぴくと反応して動く。股間の辺りを見ると、ズボンの下でおちんちんが膨らんでいるのがよく分かる。
教室の中に居る誰もが知らない彼の痴態。夢の中と現実の世界、ボクだけが知る二つの彼の姿。はぁ、と溜息をつく。彼が寝坊助で良かった、と唯一思う瞬間だった。
授業の終わりに彼が目を覚まして、もぞもぞと挙動不審な動きをする理由。夢の中でボクに無理やり犯されるときの表情。ボクだけが知ってるんだ。ボクだけが。
今日はいつもよりもハードに犯してあげようと思った。ここ最近、交わらなかった分、激しく。起きたときの反応が楽しみでしょうがない。
くくく、と周りにばれないようにボクは静かに笑った。
だけど、佐野くんが起きたときの反応は、ボクの期待していたものとは違っていた。
◇ ◇ ◇
がばっと顔を上げる。授業が始まってから、まだ二十分も経っていなかった。
身体がどことなくだるく、全身から汗が噴き出していた。シャツやズボンが肌に貼り付いて気持ち悪い。いや、それよりも気持ち悪いのは、股間の辺りだった。所謂我慢汁で下着はベトベトで、勃起した性器に濡れた布が纏わりついていた。
「さ、さ、佐野くん……だ、大丈夫?」
水口が心配そうに言った。慌てて、勃起しているのを見られないよう、不自然に見えない程度に身体を捻る。
「いや……ちょっと、具合悪くて……」
「そ、そっか……無理しない方が良いよ……?」
「……保健室行ってくるよ」
手を上げて、具合が悪いから保健室へ行く、と言うと教師は興味なさ気に了承した。アイコンタクトで水口にノートをよろしく、と告げる。彼女はこくりと頷いた。
保健室に行くと、鍵は開いていたが保健室の先生は居ないらしかった。机の上のティッシュを一枚とって、パンツの中を軽く拭いてから備え付けのベッドに横になる。
思わず深いため息が出る。今日が初めてじゃなかった。
最近、授業中に寝ていると必ずといっていいほど夢に水口が出てくる。大抵、淫らな内容だ。
夢に登場する彼女はいつものどもりじゃなく、別人のような喋り方をする。
夢というのは願望を映し出す鏡だと、どこかで聞いた。俺は淫乱な振る舞いをする水口に犯されることを望んでいるのだろうか。最低だ。
この夢を見始めてから、も常に夢での水口の姿がちらついてしまう。隣に座る水口、話しかけてくる水口、廊下を歩く水口。夢の中の彼女の姿を重ねてしまう。自分の願望を重ねて、現実の世界の水口に劣情を催す。最低だ。
家では不思議なことに、水口は夢に出てこない。授業中居眠りするときに限って、例の淫らな夢を見る。夢の中で何度も何度も射精し、彼女の膣内に欲望を吐き出した。授業が終わり、慌ててトイレに駆け込んでパンツの中を確認すると、多少我慢汁で濡れてはいるが精液は存在しないのが常だった。
寝なければそんな夢も見ない。が、一、二週間頑張って、そして、今日……結局ダメだったわけだ。 シーツにくるまって、また深くため息をついた。授業終了のチャイムが鳴った。
◇ ◇ ◇
保健室のドアを開け、静かに中へ入った。持ってきた自分の鞄と佐野くんの鞄をソファーに置いて、彼の寝ているベッドを探した。
カーテンが引かれているのは一か所だけ。多分、そこに寝ているのが佐野くんだろう。保健室の先生も居ないようだし、絶好のチャンスと言えた。
カーテンを開け、後ろ手に閉める。白いシーツの盛り上がりに向かって、声をかける。
「さ、さ、さ、佐野くん……」
「水口っ……」
返事、にしては少し、絞り出すような声だった。佐野くんはボクの居る方向とは反対の向きに寝ている。シーツの下で彼の身体が動いた。よく見ると、下腹部の辺りが特に――
「佐野くん……?」
もう一度名前を呼ぶと、彼の動きはピタッと止まった。数瞬、間をおいて彼はまたもぞもぞと動いた。多分、ズボンを上げたんだと思う。そして、寝返りをうってボクの姿を確認すると、頭からシーツを被って隠れてしまった。
「あ、あのっ、佐野くん……!」
「水口にオナニー見られた……死ぬ……」
「大丈夫! 大丈夫だから……ボク……」
むしろ、大歓迎だから!
済んでのところで飲み込む。ボクは現実世界ではあくまで地味で、無口で、どもりで、初心で、陰気なケンタウロス。淫乱で、加虐趣味もちで、勝手に人の夢を弄るナイトメアじゃない。
芋虫みたいにシーツにくるまってすすり泣く佐野くんもこれはこれでかわいいかも。ボクはシーツの端を掴んで、優しく声をかける。
「さっ、さの、さ、佐野くん……の、顔……見たい……から、捲ってもいい?」
「…………」
「め、め、捲るからね……?」
返事を待たず、ボクはシーツをゆっくりと捲った。佐野くんは顔を真っ赤にして、若干涙目になっていた。胸がきゅんとなった。
「佐野くん……あの、あの……今、なにしてたの?」
「…………言ったろ。オナニーしてた」
「だ、だ、誰のこと考えてしてたの……?」
佐野くんは恥ずかしそうに顔を手で覆って、暫くそのまま無言でいた。やがて、決心したようにため息交じりに言った。
「……水口」
「へ、へ、へぇ……ぼ、ボクで……その……シたんだ……」
ぞくぞく、と身体が震えた。顔が少し熱くなる。火照りが下腹部の方へ集まるような感覚。
「…………ごめん」
佐野くんは小さく呟いて、ベッドから出た。
「本当ごめん……。荷物、持ってきてくれたのか。ありがとう……」
そう言って足早に帰ろうとする彼の腕をボクは咄嗟に掴んだ。
「ま、待って」
「水口……」
ぐいぐいと元のベッドまで引っ張って、座らせる。佐野くんは素直に従ってくれた。
「ボク、謝りたくて」
「謝るって……水口は」
「ごめんなさい。ボクね、ボク……あのっ、その……あれ、えとっ……」
保健室に入る前から何回もシミュレーションしていたのに、肝心な時に言葉が出てこない。胸か喉か、つっかえたように。
「ま、ま、ま、まず最初に……ボクは、さ、さ、佐野くんの……くっ、く、こ、ことがっ……好きで……」
落ち着かなくって、指を絡めたりぎゅっと拳を作ったりする。佐野くんは相変わらず表情は曇らせたままだけど、真剣に話を聞いてくれていた。
「ぼ、ボク、居眠りしてる佐野くんの夢に……お邪魔、して……あの……その、え、え、えっちなことを……その、勝手にしてて……」
「……夢、って」
佐野くんは怪訝な表情で僕の顔を覗きこんだ。互いの目の近さに思わず、どきりとする。
「佐野くん……本当にごめんね」
「俺、水口の夢、最近よく見てたんだけど……」
「う、うん。あの、あの、ボクのせい……なんだよ、ね、実は」
「……すごいアレな、その……エロい夢なんだけど」
少し頬を染めて、恥ずかしそうに佐野くんは言った。
「うん。き、今日居眠りしたときも、ボク、佐野くんに悪戯したんだ」
「悪戯」
佐野くんはしっくりこない様子で、おうむ返しにした。
「その、ボク、ケンタウロス種だけど……ちょっと特殊で」
「……ナイトメア?」
「あ、うん……そう、ナイトメア。ごめんね、黙ってて」
「いや……別に……」
佐野くんは目線を下げて、自分の手を見つめた。彼の拳は閉じたり開いたり、落ち着かない様子だった。
「ボク、今日のこと謝りたくて……ごめん。いつも嫌がってたのに、無理やりしちゃって……」
「あ、その……嫌だったわけじゃ……」
即座に頭を振った直後、佐野くんは見る見る顔を赤くした。
「や……いや、っていうか……まぁ、その……なんだ…………良かった、けど」
「そ、そ、そ、そっか……」
「……俺、水口がナイトメアって知らなかったし、自分の願望が夢に出たのかと思って自己嫌悪って言うか。……こっちこそ、ごめん。八つ当たりみたいな真似して」
「ぼ、ぼ、ボクは別に……事実、おせっかいだったし」
あはは、と少し自嘲気味に笑うと、佐野くんはボクをいきなり抱き締めて、キスをした。唇と唇を触れさせるだけのキス。
「ん……さ、さ、さ、佐野、佐野くんっ」
「あ……ごめん、嫌だった……?」
「ち、ち、ちが、違うけど…………いきなり、そんな……」
かぁっと顔が熱くなる。佐野くんにさらに強くぎゅうっと抱きすくめられて、身体から力が抜けていく。
「わ、わ、わ……!」
「俺、お前のこと好きなんだ。おかしいか? おかしいよな、夢の中で良いようになぶられて、なぶられるうちに、変にお前のこと意識し出して……」
はぁ、と溜息をついて、佐野くんは再びボクの口を塞いだ。ぬるりと彼の舌が唇を割って口内に入りこむ。すごくびっくりしたけど、口を開けて彼の舌を受け入れた。
佐野くんの荒い鼻息が頬にかかる。舌をぎこちなくボクの舌に絡めながら、髪や肩を優しく撫でてくれた。キスは上手いと言えなかったけど、好きな人の舌を、唾液を享受するボクの身体は熱くなり始めた。
「んっ……ふ……♥」
「はぁっ……じゅる……ふぅ……」
ずるっ、と口から舌を引き抜かれる。ちゅうちゅうと佐野くんの舌を吸うようにしてたのを、多少強引に引き剥がされた形になり、少し恥ずかしくなった。
互いにベッドに座り直してから、ボクはくたりと、頭を佐野くんの肩に預けた。佐野くんはボクの髪を不慣れな手つきで梳いてくれた。
暫く、そのままでいた。空調の動作する音と二人の熱を帯びた吐息だけが、保健室に響いている。
「…………違う」
不意に、佐野くんはボクを押しのけて、ベッドから立ち上がった。
「え?」
「違うよ……」
佐野くんは靴を脱いでベッドの上に飛び乗り、寝そべった。突然のことで、ボクは目を丸くするだけだ。
「水口、乗ってくれ」
「…………は」
「早く、乗れ。俺の上に跨れ」
蹄が汚れていないか確認してから、佐野くんの言うとおりベッドに上り、彼に跨った。ベッドが軋んだが、重みで壊れる心配はなさそうだった。
佐野くんはボクの腕をぐいっと引っ張って、自分の顔にボクの顔を近づけさせた。
「水口……いつもみたいに、してくれよ」
顔を真っ赤にした佐野くんの頼みに、胸の内側と下腹部の辺りがざわめいた。
「縛ってもいいし……犯してくれたって構わない。というか……あの、犯されたいんだ。水口に無理やりされたい……」
佐野くんは切なげに懇願して、すでに硬くなり始めた男性器をズボン越しにボクの下半身にすりつけた。
眠っていたボクの心の影の部分。夢の中だけの人格が揺り起こされたような気がした。普段夢の中で目にしてきた、普段の彼からは考えられない行動。それが今、現実のボクに現実の彼が現実に――
ぞわぞわと嗜虐心がくすぐられた。
「さ、さ、佐野くん……変態だね?」
ボクがそう言うと彼は頷いて、あぁ、と溜息を漏らした。
「お前がそうしたんだろ……お前にそうされたんだよ……!」
もぞもぞと、ボクの身体の下でもどかしそうに彼の身体がねじれた。
ボクは体重をずしりとかけて、佐野くんの身体を動けないよう押しつぶした。肺を圧迫されて、彼は苦しげな吐息をひゅーひゅーと吐いた。
ボクは構うことなく上半身を前かがみにして、佐野くんの手首を掴み、ベッドの上に押さえつけた。
「くひっ、くひひっ……♥ 佐野くん、苦しそうだけど……なんでおちんちんこんなにおっきくしてるのかな?」
「はぁっ……あっ……はぁ……」
「ねぇ、ほら……こんなに硬くしちゃってさぁ♥」
ボクは身体をゆっくり、前後に揺らした。馬の下半身が佐野くんの身体をごしごしと愛撫するたび、ベッドがギシギシと音を立てた。他人が見たら、十中八九、ボクが佐野くんをレイプしているようにしか見えないだろうな。そんな想像がますます、ボクを昂らせる。
「さっき佐野くん、ボクのせいで変態にされたって言ってたけど、違うと思うな……」
「んぅ……ぐ……」
「佐野くん、元からマゾっぽいもん♥ 普通の人、今みたいに力づくで犯されたいって思わないよ? 最初にボクが佐野くんの夢にお邪魔したときだって……♥」
「やめ、て……」
やめてほしいとは思えない表情で、佐野くんは言った。
「……へぇ、やめてほしいんだ? 本当にやめていいのかなぁ♥ ボク、知ってるもん。佐野くんがそう言うときは誘ってるときだって……♥」
ボクは身体の動きを止めて、手を離した。佐野くんはそのままくたりとベッドに横たわっている。
少し身体をずらして、ボクは下半身の秘所を隠していた服を剥いだ。外気に撫でられてひくひくとその敏感な部分が蠢いた。
「ね、佐野くん。ボクのココもこんなになっちゃってるよ♥ 見える?」
「……うん」
佐野くんは少し首をもたげて、ボクの女性器を食い入るように見つめた。そこは愛液で濡れていて、カーテンの上から差し込む淡い外光を反射していた。ボクが指で割れ目を広げて見せると、彼は興奮した様子でちょっと手を伸ばした。と思うと、佐野くんはすぐ我に返って恥ずかしそうに手を引っ込めた。
「触りたい? ふふっ、夢の中で何回も触らせて、舐めさせて……二人が繋がったの、覚えてるよね……♥」
こくり、と佐野くんは頷いた。
「こっちじゃ、初めてだもんね。お互いに……♥」
腰から下を覆う蒼い体毛が両の前脚の間の一箇所だけよけている。桜色の性器が、またぴくりと動いた。見せつけてる感じ、見られてる感じ、それらを意識するだけでぞわりぞわりと身体の内側が疼いてくる。
ボクは自分の秘所に手をやり、そろそろと弄った。指の腹で表面をなぞると遠慮深げに形を変え、粘ついた水音を佐野くんの真っ赤な耳へ届けた。胸の最奥で、湿った熱気が苦しげにのたうち、あまやかな吐き気がボクを襲う。
「あっ、あっ……♥ さ、佐野くん……佐野くん……♥ あはっ……ちゃんと見てる……? ボクが気持ち良くなってるところ……♥」
「み、見てる……よ……」
佐野くんは切なげな表情を浮かべて、肩で息をしていた。彼の手がするすると彼の下半身に伸びたのをボクは見逃さない。すかさず彼の手を掴んだ。
「ダメ、だよ……?」
ボクは佐野くんの両の手首を、ベッドの端の辺りに無理やり押し付けた。ベッドの周辺を一通り見渡して、目当ての物を探した。言ってしまえば演出だから、何でもよかった。果たして、それは彼のズボンに見つけた。ズボンからベルトを引き抜いて、彼の両手首とベッドの柵の一本にぐるりと巻きつけた。痛くないように多少緩く、気分が出るように多少きつめに。
「せっかちさんは……お仕置き、しちゃうからね……?」
きっちり、と両手の拘束が完了されて初めて、佐野くんは遅すぎる抵抗をした。スティールの柵とベルトの金具がカチカチと楽しげな音を歌った。
期待感たっぷりに息を荒げて、わざとらしく歯を鳴らして、佐野くんは身をよじった。
「オシオキ、って……」
「お仕置きはお仕置き……だよ。佐野くんの大好きな、お・し・お・き♥」
ごくり、と佐野くんの喉仏が上下に一往復した。
ボクは手を伸ばして、人差し指の腹でその男性的な凹凸に沿って彼の喉を撫でた。ぴくん、と彼の身体が跳ねる。そのまま喉の上、顎、唇をつるりとなぞる。
唇を割って、指を入れる。佐野くんはすんなりと受け入れた。ボクの指にちゅぱちゅぱと吸い付き、丁寧に舌を這わせ、唾液を絡ませる。全部、ボクが何遍もやらせて仕込んだことだけど、現実にさせるのは今日が初めてだ。
「おいしい? 佐野くん……。ボクの、舐めるの……とってもとっても、好きだよね……♥」
佐野くんは返事の代わりに、一層音を立ててボクの指を吸った。
「あははっ。赤ちゃんみたいで、かわいいね……♥ ボクのオナニーに使った指、おいちいでちゅかー?」
「ふぅ……ふぅっ……」
佐野くんは一心不乱、といった様子でボクの指をしゃぶり続けた。彼は言葉責めされながらの奉仕に微妙な力加減を忘れ、ボクの指を軽く、かじった。
「あんっ♥ もう、ダメだよぉ、噛みついちゃ……♥ 乱暴なんだから♥」
ボクは指を佐野くんの口から引っこ抜いた。佐野くんは文字通り、口惜しそうに唇をぺろりと舐めた。
「ごめん……」
「はぁ……まったく、しょうがないなぁ♥」
佐野くんの唾液でベトベトの指を自分の口に運ぶ。ジュルジュルと大袈裟に音を立てて舐めとって見せる。
「佐野くんの……んっ♥」
「水口、俺もう……」
「だーめ♥」
ボクは自分の指を口から引き抜いた。佐野くんがボクの身体の下でもどかしそうに腰をくねらせる。ボクは少し身体を後ろにずらして、後ろ脚をベッドの下に降ろした。ちょうど彼の下半身の膨らみに、ボクのアソコが来るように。
そして、ズボンのチャックを慎重に開ける。ホックを外してズボンと下着を膝の下まで下ろしてやる。晒された佐野くんのおちんちんは脈動していて、先端から透明な汁が伝っていた。
「あぅ……」
「くくっ、あはっ、あははは……♥ あはぁ、ゆ、ゆ、夢で会うときより興奮してるんだね♥」
夢で見た佐野くんのよりも、一回り位大きいそれに指を絡めた。
「ね……佐野くん。今から、佐野くんのこと犯しちゃうよ♥ 佐野くんの初めて、ボクが奪っちゃうよ♥」
「は、やく……」
「んー? 早く、なに?」
佐野くんは恥ずかしそうに顔を横に逸らした。ボクは佐野くんのモノから手を離して、両手で佐野くんの頭を無理やりこちらへ向かせた。
「佐野くん……早く、犯されたい?」
佐野くんは荒く息をついて、ボクの眼を見た。
「犯されたいです。はい、言ってごらん?」
数瞬、躊躇った後、佐野くんは切れ切れにその言葉を繰り返した。
「おか、されたい……です」
「んー♥ よく言えたね、えらいえらい♥」
ボクは両手を離して、佐野くんの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「じゃ……ご希望通り、犯してあげるよ♥」
佐野くんのモノを指で包んで、ゆっくりとボクは腰を下げる。入口の辺りに鈴口がくちゅりと触れ、入りこんでくる。
「んんっ♥」
「水口っ、うぁっ……!」
「佐野くん……あっ、入っちゃった♥ 佐野くんのおちんちん、ボクの中に……入っちゃったよ♥」
心配していた破瓜の痛みは無かった。あったとしても、好きな人を受け入れ……いや、犯しているという快楽にそれどころではなかっただろう。
「うぅ……あ……」
「佐野くん、まだイっちゃダメだからね? 我慢だよ、我慢♥」
佐野くんは返事をするのも苦しそうにこくこくと頷いた。
「じゃあ、動くよ♥」
ゆっくり、ゆっくり、ボクは腰をずらす。膣の中をぬるりと佐野くんのおちんちんが撫で上げる。
「あっ、あっ、う……」
ベッドの支柱に縛られた両手が震えて、ベルトの金具がかちかちと音を立てている。無防備な胸元をこしょこしょとくすぐると、佐野くんは苦しそうに身をよじった。
かわいい――♥
「ああ、佐野くん佐野くん……うっ、うっ、うっ……♥」
堪らず上半身を倒して彼の首筋や頬をべろべろと舐め上げる。唾液を潤滑油代わりにしながら、つんつんと舌先で耳を突くと彼は軽く声を上げた。
「あー♥ 弱点発見だぁ♥」
首をちょっと傾げて耳たぶを口に含んで吸ってみたり、穴の周りを舌でなぞったり、軽く噛んでみたり、佐野くんは面白いくらいに敏感に反応してくれた。
「ほら、ほらぁ、気持ちいいんでしょ♥ んっ、ふ……」
「う、あ……あっ、水口ぃ……」
ボクの中で佐野くんのはびくびくと脈打って、今にも爆ぜそうなのが分かるくらいだった。
「もーちょっと我慢、だよ♥」
空いた右手を佐野くんの頭に回して、左手でぷちぷちと彼のワイシャツのボタンを外す。慣れたものだ。何回も練習したし、何回も夢の中で外したんだから、今、手間取ることなんてありえない。
肌蹴させ、空気に触れた佐野くんの乳首を左手の指でくにくにと弄び、右手で彼の髪を撫でつけながら、舌は耳を愛撫して――ああ、これは夢?
ボクの本心、本当のパーソナリティは夢にあった――それを、彼は引きずり出してくれた。夢の中なら、佐野くんと気兼ねなくおしゃべりできた。どもらず話せた。佐野くんの好きなことを読み取って、それを行動に移せた。
でも、それは夢だからできたこと。ボクはボクを佐野くんの夢と偽って、佐野くんと交わっただけ。愛し合ってなんかいなかった。ただの自慰にすぎないことは、分かっていた。
「水口、もう……限界、だ、って……!」
「もうダメ? もう我慢できない?」
「あっ、あっ……!」
ここぞとばかり、ボクが腰を揺すると佐野くんは身体を反らせて、ビクビクと軽く痙攣した。膣の中でも断続的な震えと、熱いどろどろが肉の壁に貼り付いてくるのを感じる。ボクも、身体の芯が熱っぽくぐらついて、蕩けたバターみたいな快感が全身をくすぐったく刺激した。
「イっちゃった……? あは、あは♥」
見れば分かるだろ、とでも言いたげに佐野くんは潤んだ目をボクに向けて、また身を少しよじった。余韻は冷めていないらしい。
「くくくっ、うひひひひ……♥」
おちんちんはまだ膣内で硬度を保っていた。腰を小刻みに動かすと、佐野くんは女の子みたいな喘ぎ声を上げた。
「水口っ、それやめっ……あっ!」
「ああ♥ 佐野くん、そんな声上げないで? ボク、もっといじめたくなっちゃうよ♥」
陸に上がった魚みたいに開いた佐野くんの口に、舌を這い込ませ、声を奪う。
「んっ、んー……!」
「はぁ、はぁ、んふ……♥ あふ……佐野くん、佐野くんっ……♥」
夢中になって、佐野くんの舌とボクの舌とで追いかけっこをしているうちに、繋がっていた部分がぬるりと抜けてしまった。
「ぷはっ……、あははっ、佐野くん気持ち良かった? こ、こ、こんなに、いっぱい……えへ♥」
少し腰を浮かして、ボクの秘所から垂れる佐野くんの白い精液を見せてあげる。佐野くんは恥ずかしそうに顔を赤らめて、でもボクのソコから目を離さなかった。
遅れて、ツンと淫猥な性の香りが鼻をついた。
佐野くんの顔から、彼の下半身の方へ視線を落とすと、べとべとに汚れたおちんちんがまた頭をもたげているのを見つけた。
「まだ、足りない?」
髪をくしゃくしゃと撫でてあげると、佐野くんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……そろそろ、手、外してあげるね」
ベッドの支柱に留められていたベルトを外すと、佐野くんは両手をボクの腕に絡めた。それが、何だかすごく嬉しかった。
さっきまでえっちして、それに自分の恥ずかしいところ見せてたのに――それより何故だか恥ずかしくて、平生のどもりが戻ってきた。
「さ、さ、さ、佐野くんっ……あ、あっ、いや、な、なんでもない」
気を取り直して、ボクはベッドから下りて佐野くんを抱き起した。そして向きをベッドの横へ変えて座ってもらい、佐野くんの前に跪いて両足の間に顔を埋めた。
「き、き、綺麗に……したげるから……♥」
「あ、ああ……」
ぴんと立ち上がったおちんちんの裏筋を舌でれろっと舐め上げると、佐野くんの腰が跳ねた。繰り返し、繰り返し、根元から丁寧に混ざり合った愛液と精液を舐めとっていく。ちゅっ、ちゅっと保健室の静けさに水音と、佐野くんの溜息が響く。ボクが唇をちょっと動かしたり、舌でつついたり、息を吹きかけたりするだけで、佐野くんは身体をよじって気持ちよさそうにする。
嬉しい――嬉しい――嬉しい!
鈴口の辺りにキスをすると佐野くんはボクの髪をくしゃりと掴んだ。
「あっ、ご、ごめん……」
見上げると、佐野くんは真っ赤な顔を申し訳なさそうに歪めていた。それを見て、ボクは思わずにんまりと笑わずにいられなかった。
おちんちんの頭の方から一気に呑み込んで、じゅるじゅると吸ってやる。
「うあっ、水口……うっ、うっ、そんな急にされたら……!」
「んっふっふっふ〜♥ んー、んー?」
咥えたまま喉を鳴らすと、佐野くんは一々電気が走ったみたいに反応して、ボクの髪を控えめにだけどくしゃりと掴んだ。
あああっ♥ かわいいよ佐野くん……♥
「んー、ふ……♥ れろっ」
口の中で飴を転がすみたいに鈴口を舌でくすぐって、頬でぐにぐにと締め付けて、そのまま首を上下に動かしてみる。
ちゅっちゅっ、という水音がじゅるじゅるという水音に淫猥さを増し、佐野くんの表情から余裕の色が段々と引いていくのが分かった。
あ、もう少しでイっちゃうんだね♥
「んー♥ んぅー♥」
「あっ、う、水口、それダメだって……あっ」
佐野くんはぐっとボクの頭を押さえつけて、そして口の中に大量の精を放った。どく、どくと三、四回に分けて吐かれた精はボクの喉を通って、胃の方へと落ちて行く。
おちんちんから口を離さないで、ごくり、ごくりと喉を鳴らして飲み込む。
「まら、にょうろーにのほっれるれひょ♥」
陰嚢の影の辺りを指で探って、ぐにぐにと刺激する。ちゅうちゅうと吸い出すとやっぱり残っていた精液が出てきた。
「はぁっ、水口、も、もういいよ……」
「んん……」
ちゅぱっとおちんちんから口を離す。ボクはまだまだ足りないんだけど……まあ、いいか。これからは……って、そうだよ、これから!
ボクはこれからのボクと佐野くんのことを考えてみて、うわーとバラ色の予想図が頭の中に展開されたのを感じた。
「服着てもいい?」
「ど、ど、どうぞ。ぼ、ボクも……きき、きっ、着なきゃ」
お互い、服を手繰り寄せて、背を向けてそれを着た。
「ベルト、どこ?」
「あ、えと……あ、これ……」
ベルトはベッドの傍に落ちていた。拾い上げて手渡す時に、指が触れて思わず赤くなる。さっきまではこんな――いや、もうよそう。
ベルトをしっかりと締めて、佐野くんはベッドから立った。ボクも一緒にカーテンを開いて、汚してしまったシーツを洗濯機に放りいれた。
「水口」
「何――」
「好き」
佐野くんはボクの背中と腰の辺りに手を回して、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「さ、さ、さ、佐野くん」
「順序が何だか、逆のような気もするんだけど……」
佐野くんははにかんで、言った。
「水口、秋。好き、だから……恋人になってほしい」
「ぼ、ボク……あの、そのっ……!」
顔を俯かせると、そこは佐野くんの腕の中で、自然、胸に顔を埋める格好になる。
「う、う、うん。その、あの……ボク、ボクも佐野くん、翼くんのこと、好きだから……」
佐野くんは抱きしめる力を少し弱めて、右手でボクの髪を撫でた。くしゃくしゃと、心地よい。それこそ、夢にまで見た――
「両想い」
ボクと翼くん、どちらが言ったのかもう覚えていない。
「帰ろうか」
「うん……♥」
並んで保健室を出ると、外はもう夕方で日も落ち始めていて、紫色から紺色に変わっていた。
「なあ、えーと、秋?」
「なっ、な、何……? その、つ、翼……くん」
翼くんはちょっと苦笑いして、頭を掻いた。
下の名前で呼び合うことがこんなに気持ちの良い事だったなんて、ボク、夢にも思わなかった。
「いや、その……夢、の中っていうか、さっき、シてた時と、普段と全然違うなと思って」
「あっ、い、い、いやかな……?」
「いやとかじゃないよ。ただ……なんだ、ギャップがかわいくって」
「はっ! えっ! ちょっと、も、もう一回言って!」
「恥ずかしいから、やだ!」
日が落ちれば、暗くなる。暗くなれば、人目も気にしなくていい。人目を気にしなくていいなら。ボクらは自然と手を繋いで、学校から家まで帰っていった。
「じゃ、また……」
分かれ道で、名残惜しく手を離してから、翼くんは少し思案した後ボクを軽く抱きしめてちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。
さっきは平気で舌を絡ませていたのに、この触れるだけのキスの方がボクをより強く揺さぶった。
こんな気持ちになるなんて、夢にも思わなかった。
翼くんを強く抱き返して、ボクは改めて彼と恋人になった喜びを噛みしめた。
14/05/31 14:29更新 / ニノウデ