ギャンブルマウントデーモン
テーブルゲーム同好会。
別名ギャンブル部。
といっても、金を掛けるわけではない。
流石にそれは先生方が許してはくれない。
ここで掛けられるのは。
「赤に2時間」
チップを積む。
掛けるのは己の自由。
即ち、時間であった。
生徒たちが見守る中、ルーレットが回転し、止まったのはーー。
「Red、5」
ディーラーが数字を告げる。
赤の5。歓声が上がる。
「良しッ!」
赤黒の倍率は二倍。つまり、4時間が俺に支払われる。
俺は大きくマイナスが減ったことを喜んだ。
現在-8時間。
かなり大掛かりなことを押し付けられる可能性があった。少しでも減らしておきたい。
「ダッチー、勝っちゃったの?」
引っ越しを手伝わせるために俺を12時間買うと豪語していた先輩が頬を膨らませた。
「まだまだこれからだけどな……」
ミニマムベットは10分。マックスは24時間だ。
4時間はそれなりに大きい収穫だった。
このまま掛けるか否か。
ルーレットは運要素が大きすぎる。
俺は席を立ち、部屋の隅に用意された卓へと着席した。
「掛けろよ、先輩」
「……本当にいいの?」
麻雀だ。
先輩は今プラス20時間。大勝ちだ。
このギャンブル部で唯一、24時間を超えて負ける可能性のある麻雀だが、逆に言えば24時間を超えて勝つ可能性もある。
先輩の顔が、デーモンらしく悪魔的に歪んだ。
「ふーん、いいじゃん。相手したげる」
ゲームスタートだ。
三色平和の三向聴。
ツモ次第ではタンヤオも見れるかなりの良型だ。ドラは北。俺の風だが、一枚もない以上流石に使えないと見たほうがいいだろう。
親は下家。南3局、半荘だから俺の親はもうない。
俺も浮いてはいるが、対面の先輩にはまだ親が残っている上に沈みも僅かだ。
この配牌、モノにせねば。
一巡目、ツモは八索。重なった。打一筒。
上家下家も同様に焦りが見える。
下家は沈んでいる。この親を活かしたいところだろう。
下家は打西。
「ポン」
上家が仕掛けた。微浮きのまま逃げ切るつもりか。
打北。ドラだ。間違いなく逃げ切りコースだ。
ツモは六萬。
悪くない。五萬がくれば一四七三面張の形になる。
打南。
「ポン」
対面の先輩が頬を緩めた。
ダブ南。早めの上がり狙いか。
そのまま打六索、打三筒と続いていく。
そして存外平和に進んで九巡目。
發を切れば一四七萬の三面張。リーピン、一萬以外でタンヤオ三色の付く超良型。
しかし現状一枚も切れていない發を切るのはリスクが高い。三元牌は中が切れている以上大三元はないだろうが。
先輩は笑みを堪え切れないとばかりに口元を歪め、上家も焦ったように目をギラつかせている。
ブラフか?
上家はツモ切りが続いている。十中八九索子の低め。發で当たっても高くないから心配しなくていい。
次に先輩だ。捨て牌に端牌が多いな。チャンタはない。南を鳴いたのはさっさと上がって親を回したいからだとする。ならば上がりやすい平たい待ちか……? 手出しも多く、手の組み替えの最中の線もある。直前が手出しの打二萬。あってもただのポンだろう。
此の期に及んで動きのない親が一番臭い。が、河からして思ったように進んでなさそうだ。当たったとしても安く済む、と祈りたい。
いける。俺は發を手に取った。
「リーチッ!」
カチャ、と牌が音を立てた。
先輩が興奮に笑みを浮かべた。青い肌に赤が僅かに滲む。目が細まった。
「ロン」
手牌がカチャカチャと整えられてから倒される。
發發北北東東東白白白。そして南南南。
字一色。問答無用で役満だ。
「ば、バカな……」
捨て牌には東一枚、中が二枚。それ以外の字牌はない。
無駄ヅモが無さすぎる。その上、中を先に切って要らないものを残す動きで隠している。4枚目の東まで……。
俺は呻いた。
読めるかっ……こんなもんっ……!!
「役満。32000点でーす」
先輩の笑みが花開いた。紛れもなく、俺を搦めとる食肉植物の花弁だ。
役満祝儀は10時間なので、これで18時間の負け。
もう点は殆ど残っていない。
そして親は先輩だ。
俺は絶望の中に光を見出すことはできなかった。
先輩の三巡目リーチに振り込んでアッサリと飛んだ。
視界がぐにゃりと歪んだ気がした。無理。
俺は累計で-62時間にもなって、それをまとめて先輩が買い上げた。デーモンである先輩にとって、この"時間"のやり取りは非常にしっくりくるらしい。
先輩はやたらご機嫌だ。
二日と半日分だ。通学時間はルール上ノーカンなので、月曜まで後を引くことになる。
土曜の午前零時、用意を終えた俺は先輩の家に連れられていた。静けさにとことこと靴の音が響く。
「ダッチーが二日間私のものなのかぁ」
「わかってるだろうけど」
購入した時間を利用しての宿題代行および逆レイプは禁止だ。元々逆レイプはセーフ、というよりノーコメントだったが、魔物娘がハッスルしてあまりにも性が乱れすぎたせいで先生直々にアウトを食らった。あくまで同好会なのに口を出されるのは偉業と言っていい。
それでも同好会の存在を先生が許してくれるのは、一部の先生がたまに利用しているからだ。端的に言うと癒着であった。
先輩は意味深な笑みを浮かべて頷いた。
「宿題をやらせようとは思わないよ。第一私先輩だからね。できないでしょ」
そう言えばそうだった。テーブルゲーム同好会内部ではタメ口が基本だから忘れてしまっていた。
「じゃあ、どうすんの。こんな時間から」
時刻はもう深夜である。
「そりゃ決まってるでしょ」
彼女が整った顔立ちをいやらしく歪めた。
「舐めて」
先輩の部屋は随分と可愛らしかった。少しヘタれてしまったぬいぐるみがベッドの上に置いてあるのが愛らしい。
そのベッドに座った先輩は、俺を床に座らせると靴下を脱ぎ去った。
そして片足を俺に向けて差し出したのだ。
硬直して動かない俺に、先輩が焦れたように言う。
「ほら、舐めるの」
微かに蒸れたような匂いのする、人とは違う青い肌。爪もちゃんと手入れされていることがわかる。
俺はその親指に、そっと舌を這わせた。
「んっ、ふっ」
それはしょっぱい汗の味がした。しかしどこか甘くも感じるのは魔物娘ゆえか。
クセになる味を何度も確かめていると、頭上から押し殺したような声がする。
股間に血が集まっていくのがわかる。
「あっ、ふふっ。そんなに美味しい?」
俺は返事がわりに指の間に舌を滑らせる。
先輩が桃色の声を上げた。
「くすぐったいよ、もう」
そう言いながら、残った脚で俺の頭を撫でてくる。
俺は自由がないから仕方ないんだと自分に言い聞かせながら、先輩の足先を丹念に舐めしゃぶった。
先輩の青い肌が艶めいている。言うまでもなく俺の唾液で。
「ねえ」先輩がくすりと笑った。「賭け、しない?」
「賭け……?」
放っておいても俺を後二日は自由にできるのに、何を言っているのだろうか。
首を傾げる俺に、先輩は落ち着きなさげに脚を組み替えた。
「そ、賭け。私、キリ悪いの嫌いだからさ。君が勝てば2時間をあげる。それで60時間になる」
「……負けたら?」
「当然2時間貰うわ。当たり前じゃない」
そりゃうまい話だけじゃないわな。
俺は床に座り込んだまま尋ねた。
「内容は?」
先輩が立ち上がり、心なしか濡れたスカートを脱ぎ捨てる。異常なまでのスタイルの良さを引き立てる、黒いレースのパンツ。思わず唾を飲み込んでいた。
「ダッチーが」先輩が言う。「私のおまんこを舐めて、射精しなかったら勝ち」
「却下で」
「え〜」
えーじゃないよ。
俺は魔物娘というものを軽く見てはいない。負けの見える勝負をするほど先輩を軽く見てもいない。デーモンは高位の魔物娘なのだ。見るだけでもアウトな可能性も十分にある。
受けるわけがなかった。
「じゃ、じゃあ。愛液を飲んで」
「却下」
それが無理だと言っているのだ。
最終的に、足首から太ももまで舐めて、おまんこを舐めちゃったら負けというルールになった。当然パンツ越しでもアウトだ。
代わりに、俺がもし手を抜いたら負け扱いな上にさらに1時間取られる。
そういうことになった。
バカなゲームだが、先輩が直立している以上これは簡単ではない。
太ももを伝ってきた愛液を避けつつ、辿った場所を覚えておく必要がある。
先輩の艶やかな肌を舐めれば舐めるほど、コポコポと湧き出した愛液が線を描いていく。
舐め続けたら理性を失う媚薬だ。間違いなく俺は敗北するだろう。
丹念に脚の外側に舌を這わせる俺の頭を、先輩が撫でてくる。
「ほら、外側はもう全部舐めたでしょ」
何としても俺に愛液を飲ませたい先輩が急かしてくる。
俺は誤魔化されずに、両側をずり下げられたパンツの下もしっかりと舐めきった。
先輩がにんまりと笑みを深める。内側を舐めやすいようにと、脚を少し開いた。
ここからは時間との勝負だ。頼むぞ俺の理性。
ふくらはぎにまで伝ってきた愛液に舌が触れる。舌がまるで無数の触手に纏わり付かれたかのような幻覚に襲われるが、そのままべろりと大きく舐め上げる。甘酸っぱい。
じくじくと疼く舌を意図的に無視して、そのまま反対側も舐める。
先輩の股間からは液が随時足されているが、パンツがクッションになり実際に垂れてくる量はそれほど多くない。
逆に言えば、パンツがクッションになっているからこそ、俺にも勝ちの目があるくらいにマシになっている。
先輩が震わせた脚を両手で抱え込んで、膝横から股間のすぐ下までを勢いよく舐め尽くした。
先輩の喘ぎ声が耳を淫らに犯す。
舌は既に肉棒よりも敏感になり、空気の流れでさえ快感に変換して俺に伝えてくる。
舐めたい。パンツに吸い付くのも当然アウトだ。わかっている。が、パンツをズラして細い隙間に舌を突き込みたい。
俺は溢れ出る欲望を抑えるのに、天才的なアイデアを一瞬で思いついた。
先輩の膝を持ち上げて曲げ、シワになったそこに舌を突っ込むのだ。先輩の湿った声が笑い声に変わった。
どうしようもなく変態的だが、俺が勝つにはそれしかなかった。
舌が少し落ち着いてから、俺は言った。
「先輩」そして勝ち誇った。「終わりましたよ」
先輩は苦々しげな顔をしていたかと思うと、一転明るい顔をした。
「ま、これで60時間になったんだしいいや」
俺はビビった。
今までは俺と先輩がプライベートで賭けをして、俺が勝つと毎回セクハラを仕掛けて来ていたのだ。
そう、先輩がこうして俺の自由を買い上げて過ごすのは何も初めてではない。
最初は2時間。
晩飯を一人で食うのが寂しいからとお呼ばれした。
調理と片付けどっちをやるかのコイントスで俺は勝ち、片付けを担当した。
皿を洗っている間、悔しそうな顔をした先輩に痴漢のように尻をずっと撫でられていた。
次も2時間。
恋人繋ぎで、喫茶店にカップル限定メニューを食べに行った。食べてる間も手は繋いだままだった。
俺は合計の値段を当てる賭けに負け、馬鹿高いデザート代を俺が持つことになった。
先輩はにこにこしていた。
その次は6時間。
カラオケに行き、ひたすらラブソングを歌わされ、聞かされた。
採点で勝ち、狭いカラオケボックス内でむすっとした先輩にぴったりと密着されることになった。服の下に入り込んだ先輩の手が身体を這う感覚は今でも思い出せる。
そして今回。
賭けに負けたはずの先輩は、にっこりと笑っている。
怖い。
空気を読まない舌が、喉を鳴らすのに合わせて快感を送り込んでくる。
先輩がキリのいい数字を好んだというのに納得していない俺は首を傾げた。
ウェットティッシュで下半身を拭いた先輩は上機嫌に笑ったまま言った。
「立って」
言われるがままに立つと、先輩がぐったりと身体を預けてくる。
慌てて支えた俺の耳元で、先輩が細く艶かしい息を吐いた。
「服、脱がせてよ」
俺は恐る恐る先輩の服に手を当てた。
身体を擦り付けてくる、先輩のシャツのボタンを外すたびに、先輩の抱きつく力が強まる。
先輩のブラはパンツと同じく黒いレースのもので、先輩の大人らしさとエロさを強調するものだ。目が離せない。
先輩がむにょん、とそれを俺の胸に押し付けて言う。
「抱っこして」先輩が言った。「ベッドに寝かせて」
そろりと首元に手が回される。
首の後ろから先輩の手がいやらしく脳を撫でるような幻覚を振り切って、太ももと背中を抱きかかえる。
ぽすんとベッドに下ろすと、先輩が猫のように大きく伸びをした。
機嫌が良さげな先輩と対照的に、俺は気味が悪くて仕方なかった。
本来、ギャンブル部の連中は賭けに負けてニコニコしてられるほど呑気ではないのだ。
俺は顎に手を当てて推理した。
風邪か……?
体調が悪くてニコニコするのはもう狂っていると思わざるを得ないが、子供は熱を出すとテンションが上がると聞いたことがある。
そういうことか! 俺は納得した。
そして。
「私、頭撫でろって言った……?」
「嫌だった?」
「嫌じゃない……そのまま撫でてて欲しい……」
先輩の身体は相も変わらず抜群のスタイルを誇っているが、やたら火照っていることがわかる。
つまり風邪だ。俺は確信した。
「このままおやすみしような〜」
「なんで子供扱いなの……いいけど」
もごもごと文句を言った先輩は、しばらくおとなしく撫でられていたかと思うと、きゅぅと弱々しく俺の腕をつまんだ。
「その……そ、添い寝してほしい」
「えっ」
口調が随分子供っぽくなっている。やはり、風邪が原因で幼児退行しているのかもしれない。
先輩が不安そうに表情を歪めた。
「だめ……?」
「だめじゃないよ〜」
俺は完全に育児モードに入って、先輩の横に寝転んで頭を撫で、ずっとそばにいることをことさらにアピールした。
一つの枕の上で向かい合う先輩がほっとしたようなあどけない顔をした。
「ゆめって呼んで」
先輩の名前だ。
「ゆめちゃん、おやすみ」
「……えへへ」
先輩が頬を赤くした。かつてないほどに頬がゆるゆるだ。恥ずかしかったが名前を呼んでよかったと思えた。写真を残しておきたいが、もしもそれで正気に戻られると世界の損失だ。迂闊なことはできない。
「ダッチ、ちょっとさむい」
いかに盗撮するか考え込んでいた俺の胸元に先輩がそっと手を当てる。
はいはい、と布団を一緒になって被ると、口元まで布団を引き上げた先輩が「違うの」と言った。
「ぎゅってして」
「えっ」
「だめ……?」
「だめじゃないよ」
完全に幼児退行されると俺には成すすべがない。そのことに気づくのはあまりに遅く、俺は触れるだけで皮膚を犯されるような快感をもたらすその身体を、力強く抱きしめざるを得なかった。
「うぉっ」
これは想像よりもヤバい。
服越しなのに、身体が明確に気持ち良さを感じ取り射精しようと肉棒を張り切らせている。腰に全力で力を入れた。
脚を絡めようとしていた先輩がむっとする。
「服、ぬいで。いたい」
「あぁ……」
俺は終わりを感じ取り、そっと上半身を起こした。
色々な覚悟や決意が必要なものなのだろうが、十分に積み重ねてきた想いが、俺に服を脱ぐことを許した。
俺は、もう先輩のことを好きになっていたのだ。
きっと、初めて自由を買われた日から。
服を脱いで先輩を抱きしめると、無闇な柔らかさと確かな張りが、魅力的な女体の感覚を伝えてくる。
再び襲いくる快感と射精欲は、一度受け入れてしまうと腰の辺りに留まり逃げ出してはいかなかった。
みっともなく射精しなかったことにほっとしていると、胸の辺りに何かこりっとした感触がした。
「先輩」
「ゆめ」即座に訂正が入る。「ゆめちゃんって呼ぶの」
「ゆめちゃん」
「……何?」
「ブラジャーは?」
「……んふふ」
どうやら俺が服を脱いでいる間に脱ぎ捨ててしまったらしい。
先輩が、いやゆめちゃんが答え合わせをするかのように、俺の脚の間に片脚を突っ込んで腰を合わせてくる。
屹立した肉棒が、ゆめちゃんのお腹に押されて俺の腹と挟まる。
すぐ横に、湿りとはもはや言えない、濡れた肉の感触がした。
パンツも脱いでいるのだ。
ぐいぐいと力強く身体を押し付けて来ていたゆめちゃんは、完全に密着すると落ち着いたように身体から力を抜いた。肉棒の横にあった淫穴が、ちょうど竿と向かい合う位置にズレた。
鼻のぶつかりそうな位置にいるゆめちゃんが、ほんの少しだけ顎を上げてキスをしてくる。
「ダッチ」
「ん?」
「ぱこぱこして」
「……んん〜」
「だめ?」
「まだだめ」
俺は続けた。
「賭けを、しよ?」
「賭け?」
「そ。俺が言おうとしてることを当てたら、ゆめちゃんの勝ち。外したら負け」
「ええー」
「そのかわり、ゆめちゃんが勝ったら俺の一生をあげます」
「え……えっ?」
「もし負けたら、ゆめちゃんの一生を貰います」
「……それって、結婚?」
ゆめちゃんが呆然としている。
「おめでとう」俺は目を閉じて言った。「正解です」
「えっ。い、今のは違くて」
「じゃあナシにする?」
「し、しない! しないけど、これって」
慌てるゆめちゃんを落ち着かせるように、そっと唇を合わせて暫く。
瞬きを繰り返していた目が、トロンと垂れたのを見て、俺は唇を離した。
ゆめちゃんが呟く。
「……いいってこと、だよね? 私が、私が好きにしていいんだよね? ね?」
俺が頷くと、ゆめちゃんは僕の肩を押しやって仰向けにし、その上にのしかかってきた。
布団が頭まで被され、薄暗い中にゆめちゃんの顔だけがぼんやりと見える。周囲の音は薄れて、ゆめちゃんの声がやけにはっきりと聞こえた。
「今から、ダッチを犯すから。残り時間ずっと、繋がってようね」
暗闇に、ゆめちゃんの紅い瞳が妖しく輝いた。
別名ギャンブル部。
といっても、金を掛けるわけではない。
流石にそれは先生方が許してはくれない。
ここで掛けられるのは。
「赤に2時間」
チップを積む。
掛けるのは己の自由。
即ち、時間であった。
生徒たちが見守る中、ルーレットが回転し、止まったのはーー。
「Red、5」
ディーラーが数字を告げる。
赤の5。歓声が上がる。
「良しッ!」
赤黒の倍率は二倍。つまり、4時間が俺に支払われる。
俺は大きくマイナスが減ったことを喜んだ。
現在-8時間。
かなり大掛かりなことを押し付けられる可能性があった。少しでも減らしておきたい。
「ダッチー、勝っちゃったの?」
引っ越しを手伝わせるために俺を12時間買うと豪語していた先輩が頬を膨らませた。
「まだまだこれからだけどな……」
ミニマムベットは10分。マックスは24時間だ。
4時間はそれなりに大きい収穫だった。
このまま掛けるか否か。
ルーレットは運要素が大きすぎる。
俺は席を立ち、部屋の隅に用意された卓へと着席した。
「掛けろよ、先輩」
「……本当にいいの?」
麻雀だ。
先輩は今プラス20時間。大勝ちだ。
このギャンブル部で唯一、24時間を超えて負ける可能性のある麻雀だが、逆に言えば24時間を超えて勝つ可能性もある。
先輩の顔が、デーモンらしく悪魔的に歪んだ。
「ふーん、いいじゃん。相手したげる」
ゲームスタートだ。
三色平和の三向聴。
ツモ次第ではタンヤオも見れるかなりの良型だ。ドラは北。俺の風だが、一枚もない以上流石に使えないと見たほうがいいだろう。
親は下家。南3局、半荘だから俺の親はもうない。
俺も浮いてはいるが、対面の先輩にはまだ親が残っている上に沈みも僅かだ。
この配牌、モノにせねば。
一巡目、ツモは八索。重なった。打一筒。
上家下家も同様に焦りが見える。
下家は沈んでいる。この親を活かしたいところだろう。
下家は打西。
「ポン」
上家が仕掛けた。微浮きのまま逃げ切るつもりか。
打北。ドラだ。間違いなく逃げ切りコースだ。
ツモは六萬。
悪くない。五萬がくれば一四七三面張の形になる。
打南。
「ポン」
対面の先輩が頬を緩めた。
ダブ南。早めの上がり狙いか。
そのまま打六索、打三筒と続いていく。
そして存外平和に進んで九巡目。
發を切れば一四七萬の三面張。リーピン、一萬以外でタンヤオ三色の付く超良型。
しかし現状一枚も切れていない發を切るのはリスクが高い。三元牌は中が切れている以上大三元はないだろうが。
先輩は笑みを堪え切れないとばかりに口元を歪め、上家も焦ったように目をギラつかせている。
ブラフか?
上家はツモ切りが続いている。十中八九索子の低め。發で当たっても高くないから心配しなくていい。
次に先輩だ。捨て牌に端牌が多いな。チャンタはない。南を鳴いたのはさっさと上がって親を回したいからだとする。ならば上がりやすい平たい待ちか……? 手出しも多く、手の組み替えの最中の線もある。直前が手出しの打二萬。あってもただのポンだろう。
此の期に及んで動きのない親が一番臭い。が、河からして思ったように進んでなさそうだ。当たったとしても安く済む、と祈りたい。
いける。俺は發を手に取った。
「リーチッ!」
カチャ、と牌が音を立てた。
先輩が興奮に笑みを浮かべた。青い肌に赤が僅かに滲む。目が細まった。
「ロン」
手牌がカチャカチャと整えられてから倒される。
發發北北東東東白白白。そして南南南。
字一色。問答無用で役満だ。
「ば、バカな……」
捨て牌には東一枚、中が二枚。それ以外の字牌はない。
無駄ヅモが無さすぎる。その上、中を先に切って要らないものを残す動きで隠している。4枚目の東まで……。
俺は呻いた。
読めるかっ……こんなもんっ……!!
「役満。32000点でーす」
先輩の笑みが花開いた。紛れもなく、俺を搦めとる食肉植物の花弁だ。
役満祝儀は10時間なので、これで18時間の負け。
もう点は殆ど残っていない。
そして親は先輩だ。
俺は絶望の中に光を見出すことはできなかった。
先輩の三巡目リーチに振り込んでアッサリと飛んだ。
視界がぐにゃりと歪んだ気がした。無理。
俺は累計で-62時間にもなって、それをまとめて先輩が買い上げた。デーモンである先輩にとって、この"時間"のやり取りは非常にしっくりくるらしい。
先輩はやたらご機嫌だ。
二日と半日分だ。通学時間はルール上ノーカンなので、月曜まで後を引くことになる。
土曜の午前零時、用意を終えた俺は先輩の家に連れられていた。静けさにとことこと靴の音が響く。
「ダッチーが二日間私のものなのかぁ」
「わかってるだろうけど」
購入した時間を利用しての宿題代行および逆レイプは禁止だ。元々逆レイプはセーフ、というよりノーコメントだったが、魔物娘がハッスルしてあまりにも性が乱れすぎたせいで先生直々にアウトを食らった。あくまで同好会なのに口を出されるのは偉業と言っていい。
それでも同好会の存在を先生が許してくれるのは、一部の先生がたまに利用しているからだ。端的に言うと癒着であった。
先輩は意味深な笑みを浮かべて頷いた。
「宿題をやらせようとは思わないよ。第一私先輩だからね。できないでしょ」
そう言えばそうだった。テーブルゲーム同好会内部ではタメ口が基本だから忘れてしまっていた。
「じゃあ、どうすんの。こんな時間から」
時刻はもう深夜である。
「そりゃ決まってるでしょ」
彼女が整った顔立ちをいやらしく歪めた。
「舐めて」
先輩の部屋は随分と可愛らしかった。少しヘタれてしまったぬいぐるみがベッドの上に置いてあるのが愛らしい。
そのベッドに座った先輩は、俺を床に座らせると靴下を脱ぎ去った。
そして片足を俺に向けて差し出したのだ。
硬直して動かない俺に、先輩が焦れたように言う。
「ほら、舐めるの」
微かに蒸れたような匂いのする、人とは違う青い肌。爪もちゃんと手入れされていることがわかる。
俺はその親指に、そっと舌を這わせた。
「んっ、ふっ」
それはしょっぱい汗の味がした。しかしどこか甘くも感じるのは魔物娘ゆえか。
クセになる味を何度も確かめていると、頭上から押し殺したような声がする。
股間に血が集まっていくのがわかる。
「あっ、ふふっ。そんなに美味しい?」
俺は返事がわりに指の間に舌を滑らせる。
先輩が桃色の声を上げた。
「くすぐったいよ、もう」
そう言いながら、残った脚で俺の頭を撫でてくる。
俺は自由がないから仕方ないんだと自分に言い聞かせながら、先輩の足先を丹念に舐めしゃぶった。
先輩の青い肌が艶めいている。言うまでもなく俺の唾液で。
「ねえ」先輩がくすりと笑った。「賭け、しない?」
「賭け……?」
放っておいても俺を後二日は自由にできるのに、何を言っているのだろうか。
首を傾げる俺に、先輩は落ち着きなさげに脚を組み替えた。
「そ、賭け。私、キリ悪いの嫌いだからさ。君が勝てば2時間をあげる。それで60時間になる」
「……負けたら?」
「当然2時間貰うわ。当たり前じゃない」
そりゃうまい話だけじゃないわな。
俺は床に座り込んだまま尋ねた。
「内容は?」
先輩が立ち上がり、心なしか濡れたスカートを脱ぎ捨てる。異常なまでのスタイルの良さを引き立てる、黒いレースのパンツ。思わず唾を飲み込んでいた。
「ダッチーが」先輩が言う。「私のおまんこを舐めて、射精しなかったら勝ち」
「却下で」
「え〜」
えーじゃないよ。
俺は魔物娘というものを軽く見てはいない。負けの見える勝負をするほど先輩を軽く見てもいない。デーモンは高位の魔物娘なのだ。見るだけでもアウトな可能性も十分にある。
受けるわけがなかった。
「じゃ、じゃあ。愛液を飲んで」
「却下」
それが無理だと言っているのだ。
最終的に、足首から太ももまで舐めて、おまんこを舐めちゃったら負けというルールになった。当然パンツ越しでもアウトだ。
代わりに、俺がもし手を抜いたら負け扱いな上にさらに1時間取られる。
そういうことになった。
バカなゲームだが、先輩が直立している以上これは簡単ではない。
太ももを伝ってきた愛液を避けつつ、辿った場所を覚えておく必要がある。
先輩の艶やかな肌を舐めれば舐めるほど、コポコポと湧き出した愛液が線を描いていく。
舐め続けたら理性を失う媚薬だ。間違いなく俺は敗北するだろう。
丹念に脚の外側に舌を這わせる俺の頭を、先輩が撫でてくる。
「ほら、外側はもう全部舐めたでしょ」
何としても俺に愛液を飲ませたい先輩が急かしてくる。
俺は誤魔化されずに、両側をずり下げられたパンツの下もしっかりと舐めきった。
先輩がにんまりと笑みを深める。内側を舐めやすいようにと、脚を少し開いた。
ここからは時間との勝負だ。頼むぞ俺の理性。
ふくらはぎにまで伝ってきた愛液に舌が触れる。舌がまるで無数の触手に纏わり付かれたかのような幻覚に襲われるが、そのままべろりと大きく舐め上げる。甘酸っぱい。
じくじくと疼く舌を意図的に無視して、そのまま反対側も舐める。
先輩の股間からは液が随時足されているが、パンツがクッションになり実際に垂れてくる量はそれほど多くない。
逆に言えば、パンツがクッションになっているからこそ、俺にも勝ちの目があるくらいにマシになっている。
先輩が震わせた脚を両手で抱え込んで、膝横から股間のすぐ下までを勢いよく舐め尽くした。
先輩の喘ぎ声が耳を淫らに犯す。
舌は既に肉棒よりも敏感になり、空気の流れでさえ快感に変換して俺に伝えてくる。
舐めたい。パンツに吸い付くのも当然アウトだ。わかっている。が、パンツをズラして細い隙間に舌を突き込みたい。
俺は溢れ出る欲望を抑えるのに、天才的なアイデアを一瞬で思いついた。
先輩の膝を持ち上げて曲げ、シワになったそこに舌を突っ込むのだ。先輩の湿った声が笑い声に変わった。
どうしようもなく変態的だが、俺が勝つにはそれしかなかった。
舌が少し落ち着いてから、俺は言った。
「先輩」そして勝ち誇った。「終わりましたよ」
先輩は苦々しげな顔をしていたかと思うと、一転明るい顔をした。
「ま、これで60時間になったんだしいいや」
俺はビビった。
今までは俺と先輩がプライベートで賭けをして、俺が勝つと毎回セクハラを仕掛けて来ていたのだ。
そう、先輩がこうして俺の自由を買い上げて過ごすのは何も初めてではない。
最初は2時間。
晩飯を一人で食うのが寂しいからとお呼ばれした。
調理と片付けどっちをやるかのコイントスで俺は勝ち、片付けを担当した。
皿を洗っている間、悔しそうな顔をした先輩に痴漢のように尻をずっと撫でられていた。
次も2時間。
恋人繋ぎで、喫茶店にカップル限定メニューを食べに行った。食べてる間も手は繋いだままだった。
俺は合計の値段を当てる賭けに負け、馬鹿高いデザート代を俺が持つことになった。
先輩はにこにこしていた。
その次は6時間。
カラオケに行き、ひたすらラブソングを歌わされ、聞かされた。
採点で勝ち、狭いカラオケボックス内でむすっとした先輩にぴったりと密着されることになった。服の下に入り込んだ先輩の手が身体を這う感覚は今でも思い出せる。
そして今回。
賭けに負けたはずの先輩は、にっこりと笑っている。
怖い。
空気を読まない舌が、喉を鳴らすのに合わせて快感を送り込んでくる。
先輩がキリのいい数字を好んだというのに納得していない俺は首を傾げた。
ウェットティッシュで下半身を拭いた先輩は上機嫌に笑ったまま言った。
「立って」
言われるがままに立つと、先輩がぐったりと身体を預けてくる。
慌てて支えた俺の耳元で、先輩が細く艶かしい息を吐いた。
「服、脱がせてよ」
俺は恐る恐る先輩の服に手を当てた。
身体を擦り付けてくる、先輩のシャツのボタンを外すたびに、先輩の抱きつく力が強まる。
先輩のブラはパンツと同じく黒いレースのもので、先輩の大人らしさとエロさを強調するものだ。目が離せない。
先輩がむにょん、とそれを俺の胸に押し付けて言う。
「抱っこして」先輩が言った。「ベッドに寝かせて」
そろりと首元に手が回される。
首の後ろから先輩の手がいやらしく脳を撫でるような幻覚を振り切って、太ももと背中を抱きかかえる。
ぽすんとベッドに下ろすと、先輩が猫のように大きく伸びをした。
機嫌が良さげな先輩と対照的に、俺は気味が悪くて仕方なかった。
本来、ギャンブル部の連中は賭けに負けてニコニコしてられるほど呑気ではないのだ。
俺は顎に手を当てて推理した。
風邪か……?
体調が悪くてニコニコするのはもう狂っていると思わざるを得ないが、子供は熱を出すとテンションが上がると聞いたことがある。
そういうことか! 俺は納得した。
そして。
「私、頭撫でろって言った……?」
「嫌だった?」
「嫌じゃない……そのまま撫でてて欲しい……」
先輩の身体は相も変わらず抜群のスタイルを誇っているが、やたら火照っていることがわかる。
つまり風邪だ。俺は確信した。
「このままおやすみしような〜」
「なんで子供扱いなの……いいけど」
もごもごと文句を言った先輩は、しばらくおとなしく撫でられていたかと思うと、きゅぅと弱々しく俺の腕をつまんだ。
「その……そ、添い寝してほしい」
「えっ」
口調が随分子供っぽくなっている。やはり、風邪が原因で幼児退行しているのかもしれない。
先輩が不安そうに表情を歪めた。
「だめ……?」
「だめじゃないよ〜」
俺は完全に育児モードに入って、先輩の横に寝転んで頭を撫で、ずっとそばにいることをことさらにアピールした。
一つの枕の上で向かい合う先輩がほっとしたようなあどけない顔をした。
「ゆめって呼んで」
先輩の名前だ。
「ゆめちゃん、おやすみ」
「……えへへ」
先輩が頬を赤くした。かつてないほどに頬がゆるゆるだ。恥ずかしかったが名前を呼んでよかったと思えた。写真を残しておきたいが、もしもそれで正気に戻られると世界の損失だ。迂闊なことはできない。
「ダッチ、ちょっとさむい」
いかに盗撮するか考え込んでいた俺の胸元に先輩がそっと手を当てる。
はいはい、と布団を一緒になって被ると、口元まで布団を引き上げた先輩が「違うの」と言った。
「ぎゅってして」
「えっ」
「だめ……?」
「だめじゃないよ」
完全に幼児退行されると俺には成すすべがない。そのことに気づくのはあまりに遅く、俺は触れるだけで皮膚を犯されるような快感をもたらすその身体を、力強く抱きしめざるを得なかった。
「うぉっ」
これは想像よりもヤバい。
服越しなのに、身体が明確に気持ち良さを感じ取り射精しようと肉棒を張り切らせている。腰に全力で力を入れた。
脚を絡めようとしていた先輩がむっとする。
「服、ぬいで。いたい」
「あぁ……」
俺は終わりを感じ取り、そっと上半身を起こした。
色々な覚悟や決意が必要なものなのだろうが、十分に積み重ねてきた想いが、俺に服を脱ぐことを許した。
俺は、もう先輩のことを好きになっていたのだ。
きっと、初めて自由を買われた日から。
服を脱いで先輩を抱きしめると、無闇な柔らかさと確かな張りが、魅力的な女体の感覚を伝えてくる。
再び襲いくる快感と射精欲は、一度受け入れてしまうと腰の辺りに留まり逃げ出してはいかなかった。
みっともなく射精しなかったことにほっとしていると、胸の辺りに何かこりっとした感触がした。
「先輩」
「ゆめ」即座に訂正が入る。「ゆめちゃんって呼ぶの」
「ゆめちゃん」
「……何?」
「ブラジャーは?」
「……んふふ」
どうやら俺が服を脱いでいる間に脱ぎ捨ててしまったらしい。
先輩が、いやゆめちゃんが答え合わせをするかのように、俺の脚の間に片脚を突っ込んで腰を合わせてくる。
屹立した肉棒が、ゆめちゃんのお腹に押されて俺の腹と挟まる。
すぐ横に、湿りとはもはや言えない、濡れた肉の感触がした。
パンツも脱いでいるのだ。
ぐいぐいと力強く身体を押し付けて来ていたゆめちゃんは、完全に密着すると落ち着いたように身体から力を抜いた。肉棒の横にあった淫穴が、ちょうど竿と向かい合う位置にズレた。
鼻のぶつかりそうな位置にいるゆめちゃんが、ほんの少しだけ顎を上げてキスをしてくる。
「ダッチ」
「ん?」
「ぱこぱこして」
「……んん〜」
「だめ?」
「まだだめ」
俺は続けた。
「賭けを、しよ?」
「賭け?」
「そ。俺が言おうとしてることを当てたら、ゆめちゃんの勝ち。外したら負け」
「ええー」
「そのかわり、ゆめちゃんが勝ったら俺の一生をあげます」
「え……えっ?」
「もし負けたら、ゆめちゃんの一生を貰います」
「……それって、結婚?」
ゆめちゃんが呆然としている。
「おめでとう」俺は目を閉じて言った。「正解です」
「えっ。い、今のは違くて」
「じゃあナシにする?」
「し、しない! しないけど、これって」
慌てるゆめちゃんを落ち着かせるように、そっと唇を合わせて暫く。
瞬きを繰り返していた目が、トロンと垂れたのを見て、俺は唇を離した。
ゆめちゃんが呟く。
「……いいってこと、だよね? 私が、私が好きにしていいんだよね? ね?」
俺が頷くと、ゆめちゃんは僕の肩を押しやって仰向けにし、その上にのしかかってきた。
布団が頭まで被され、薄暗い中にゆめちゃんの顔だけがぼんやりと見える。周囲の音は薄れて、ゆめちゃんの声がやけにはっきりと聞こえた。
「今から、ダッチを犯すから。残り時間ずっと、繋がってようね」
暗闇に、ゆめちゃんの紅い瞳が妖しく輝いた。
19/09/08 15:48更新 / けむり