地上に瞬く赤い星
さくさくと小気味良い音を立てる新雪を追いかけて、薄明りの中山道を分け入ること数時間。
この辺りのはずなのだが、と僕はあたりを見回した。雪に包まれた木々がひっそりと佇むばかりで、僕のお目当てのものはなさそうである。
僕が探しているのは温泉だ。俗に言う秘湯であった。
僕と同じく温泉マニアの友人が、この辺りに温泉があるという情報を教えてくれたのだ。
温泉があれば、湯気が上がるし湿気のせいで雪の質も変わるはずで、近くにあればいくら木々で視界が遮られているとはいえ発見は難しくない。
つまり、この辺りにはないということだ。
友人がくれる情報はこういうところがあるのだ。すぐに情報を教えてくれるのは心底嬉しいのだが、何分情報が早すぎて本人が確認していないことも多い。
無駄足ではあったが、幸い雪も降らないでいい天気だし散歩にはよかったかもしれない。
一応この林も広いみたいだから、もう少し回ってみようか。
そんなことを思いながらため息をついて、またさくさくと足を進めた。
日もてっぺんが近いころ、そろそろ帰ろうかと思い始めたころである。
もくもくと立ち上る湯気の中、僕はしゃがみ込んで湯を確かめていた。
ついに見つけたのである。
湯はかなりぬめりが強い。それに湯が微かに橙色を帯びている。見たことのない質のものだ。
温度もほどほどに熱くちょうどいいくらいだ。冬でなければもうちょっと熱かっただろうか。
こういう自然法則的にありえない温泉が湧くようになったのは、魔物娘が現れてかららしい。地下に何かしらの変化があったのだろう。
僕は軽装になり、しばしその周囲を確かめた。
人がいると流石に裸になるのは抵抗があるからだ。いくら木々が視界を遮っていようとも、人の気配があると落ち着けない。
周囲に誰もいないことを確認すると、僕は服を脱いで、身体を震わせながらゆっくりと湯に浸かった。
以前に来た誰かが削ったのだろう、一部の岩肌がなだらかに傾けた椅子のような形につるつるに削られているのがありがたい。もたれても痛くない、というのは大きい。
湯はとろみが強く、沈めた身体をほぐすようにのしかかってきている。朝から歩き通した身体は疲れて冷えて散々だったから、心にまで染み渡るような思いだ。湯と気温の差が心地いい。
しかし。
おそらく魔物娘の影響があるであろう湯には、困った共通する特徴があるのだ。
股間の陰茎が恐ろしいほどに勃起している。
リラックスしたから、というのもあるだろうが、身体が非常に火照っているのだ。間違いなく湯の効能だろう。
僕は以前聞きかじった知識を確かめるために、湯を少し口に含んだ。
うん。甘い。間違いなく魔物娘の影響だな。甘い湯は魔物娘の影響を受けた場合にそうなるらしいのだ。
こうなると一度二度抜いたところで収まるものでもない。ちょうど椅子の角度もいい感じなことだし、こういう時にやるべきことは一つだ。
僕は目を閉じた。そう、居眠りである。
ちょうど疲れが眠気に替わってきたころなので、都合よく僕は眠りへと落ちていった。
温泉とは違う奇妙な熱に身体が包まれている。
身体をよじろうとしても動かない違和感に目を覚ますと、目の前に女の子の顔があった。薄いこげ茶色の肌をしている魔物娘だ。
「あ、起きた」
「え……えと、君は?」
寝そべる僕にのしかかっているその子の大きな橙色の目が何度か瞬いた。
「私、あかり。ラーヴァゴーレム」
ぽつぽつと話す彼女に僕は違和感を覚えた。
ラーヴァゴーレムという名は何度か聞いたことがあるが、確かかなり気性が荒い魔物娘だったはずだ。彼女は一見して大人しいと分かる。
あかりはぽへっと笑った。
「そう。そうだけどあなたに乗ったら空気が冷たくて」
彼女らは体温の変化で気性と身体の質が変わるらしい。
それで、僕にぴったりくっついているわけだ。潰れた大きい胸が卑猥だ。身体を起こすと、きっと身体が冷えて固まってしまうのだろう。そうなると性格が完全に内向的になるそうだ。
「今も背中が寒いからテンション上がらない。水じゃなくて温泉だからまだマシだけど、それでも冷える」
そういう彼女の下半身はどろどろに溶けて、湯に拡散しているようだった。濃い橙色が光を放ち、まるで溶岩に腰から下が呑まれているようだ。
いや、彼女らは溶岩のゴーレムなのだ。まさしく溶岩に呑まれているのである。
そして、僕の肉棒もその溶岩の中でみっしりと包まれている。
しかしあかりが動かないため、快感は少ししか生まれておらず、もどかしさがつのるばかりだ。
僕の身体を動かそうとしても、彼女から離れた溶岩が岩になって、それで完全に足が固定されてしまっている。手は自由だが、彼女もゴーレム種だけあってかなり重く、背中が岩になっていることもありピクリとも動かせない。ただ、触れた箇所を岩から溶岩に戻してぴくぴく反応するだけだ。
詰んでいた。まともにセックスも出来ず、ただただもどかしいほどの快感が延々と送られてくるだけ。
僕の上でぐったりしているあかりも興奮しているようだが、半分冷えた身体のうちに溜まっている興奮でも、たまに腰をちょっと動かすので限界のようだ。
僕もできることといえば、少し力を込めて肉棒を動かすことくらいだ。あとは背中を抱きしめてやったり、その程度である。
まったく性欲は発散できない。僕らはずっと、けだるい交わりを続けた。
冬の澄んだ空気に、星々が瞬く。暗いはずの夜でも、光を反射する雪はなお白い。でも、僕らにそれを見ている余裕はなかった。
僕らは互いに抱きしめ合い、身体を密着させるのに必死だった。
夜になり気温がさらに下がり、あかりの身体の石の部分が増えているのだ。僕に触れている部分はまた溶岩に戻っていくが、放っておくとすぐにまた石に戻ってしまう。
そんな中でも僕の身体には熱が溜まり、放出したいのだがいかんせん動いてくれない。
あかりは僕にぺったりと頬を当てて、すりすりと溶岩を擦り付けてくる。挟まれた胸がむにゅむにゅと形を変えた。
「このままここで永遠に繋がってようよ」
「お前、もう動けるだろ」
「動けないよ? もっと触ってくれないと」
彼女はからかうような口調で続ける。
「でも、結婚してくれるって言ってくれたら、興奮して動けるようになるかも」
それは紛れもなく脅迫であった。
僕は冷静に言った。
「もう意地張らずに足の溶岩を溶かしてくれよ」
既に気付いていた。
温泉の中の溶岩はあかりの意思で溶かしたり固めたりできるのだ。
僕は現在足を囚われていて、そのせいで全く身動きが取れない。
「でも」あかりは言う。「逃げるじゃん」
「逃げないよ」
こちとら数時間繋がりっぱなしで一擦りで間違いなく射精できるような状態なのだ。
熱はそれほどまでに高まっている。
「君とセックスしたい」
「私のこと好き?」
「わからない、けど」僕は続けた。「こんなに女の人と引っ付いていたことはない」
ううん、とあかりが考え込んだ。
「やっぱだめ。逃がさない」
「わかったよ」僕は観念した。「どうせ他に当てもない」
「なにそれ。ちゃんと好きになって」
無茶言うな、と言う代わりにその唇に自分の唇を重ねた。
あかりの目が細められ、固まっていた身体がほぐれていく。
僕に密着していたはずのあかりの身体がさらにどろどろに崩れ、ずっしりとした質量が僕の身体中を這い回った。
「あっ」
その感覚で射精していた。あかりが嬉しそうな顔をする。
僕はようやく訪れた長い長い射精を、力の抜けきっただるい身体で感じていた。
あかりがちかちかと光を放ち、周囲の雪が赤く照らされる。
いや、違う。今まで岩石になっていた部分が溶岩に戻り光が強まったのだ。
僕は足元の、というか底の感覚が急になくなって慌てた。
繋がったままのあかりが支えてくれる。
「綺麗だ」
思わず口をついた。
温泉の床は、全て赤く熱した溶岩になっていた。煌々と夜闇に輝く泉の中に、僕とあかりが浮いていた。星々にも負けない地上の星だ。
「これは全部あかりなのか?」
そうね、とあかりは笑った。
「じゃあ最初からいつでも抜け出せたんじゃないか」
そうね、とあかりは僕に抱き着いた。
「でも、この景色を見てもらいたくて」
わかるかもしれない。僕はそう思った。
「私はともかく、この景色は好きでしょ?」
「僕は」僕は遮るように言った。「僕はあかりも好きだよ」
「嘘。あんなに面倒そうだったのに」
僕は小さく笑った。
「僕は勿体ぶる女が好きなんだ」
「なにそれ」
「君のように重い女がいいってことだよ」
なんだと、とあかりが笑いながらのしかかってくる。どっしりとした重みに身体が傾いても、湯に交じった彼女が支えてくれる。
彼女の身体は細く柔らかく、されどしっかりと溶岩の重みと熱を伝えてくる。
ちゅ、と唇が合わさると、とろりと唾液を含まされる。熱い。肉棒が瞬時に固さを取り戻した。
あかりが熱に浮かされたような顔で、しっとりと腰を揺らした。
僕が応えるようにあかりを抱きしめると、どこまでもずぷずぷと手が沈む。
「スライムみたいだ」
僕がそういうと、体内に沈んだ腕が岩にまとわりつかれ固められた。目だけが笑っていないあかりが言う。
「初夜に別の女の話するなんて勇気あるね?」
「いや……ごめんなさい」
もし陰茎が同様に固められたら僕は死ぬ。いや、死ぬわけじゃないが、酷い目にあう。その確信が、抵抗を許さなかった。
そうでなくても、このまま彼女が僕を支えるのをやめれば僕は沈んでしまうのだ。
殺されはしないだろうが、恐ろしさはある。
うんうんと頷いた彼女が、僕の手をその大きな胸に誘導した。
そして手のひらと胸がまとめて岩に包まれる。
「揉めってこと?」
「揉まなくてもいいけど」
しかしそう言うあかりの瞳は期待するように細められていて、僕はだぷんだぷんの胸を丹念に揉みこんだ。
「んっ、ぁっ、ふぅ」
女だ。
その重たい胸に両手で触れて、目の前にいる魅力的な存在が子孫を孕める存在なのだと改めて認識できた。
子を孕む存在として認識されたのを感じ取ったのか、嬉しそうに、淫靡に微笑むあかり。
突き立った剛直が、異常なまでの熱に包まれている。
あかりが腰をゆする。肉棒がねっとりとしごかれ、精液を出させようとしてくる。
ただそこにあるだけだった溶岩が、僕の身体のあちこちを擦って熱を移してくる。
「早く出してよ」
あかりは射精を堪える僕にそう言って、また何度か腰を揺すった。
しかし僕はまだ射精したくなかった。絶対に一番濃いのを出したい。あと、そろそろ体力的に限界で、射精したら気を失いそうだったのもある。
不満そうなあかり。群青の空に光る星々。赤く染められ、溶け始めている雪。
それをもう少し見ていたかった。
むーっとしていたあかりの顔がぱっと花開いた。
「じゃあ、こうしよ?」
地面がせり出してきて、薄く湯を張ったような状態になる。
僕らは溶岩のベッドの上でぺったりと重なりあった。あかりの溶岩の手は、隙間さえあれば入り込む。
さっきと似たような体勢、でも今度は自由に動ける。
しかし動かない。ただ、僕は美しい夜空を見上げて、そんな僕を彼女が見つめている。
僕はふと思いついた。
「目が覚めたら、ここに温泉旅館を開こう」
「それはいいね。私、女将さんかあ」
彼女はその姿を想像したのか、期待するような笑みを浮かべた。
そして僕の首筋に頬を擦り付けてくる。
「なに?」
「お客さんに取られないようにマーキングしとかなきゃ」
「どっちかっていうと僕が心配だよ」僕はついと目を逸らした。「こんなに可愛い女将さんだからね」
あかりは「えへへ」と照れたように笑って、そして妖艶に目を細めた。
「じゃあ、マーキングしてもらわないと」胎に僕の手を導いたあかりが言う。「この中に、たっぷりとね」
僕はまだインキュバスになっていない、ただの人間だ。体力的に限界を感じているし、きっと寝てしまうだろう。
だが、この優しい溶岩に抱かれて眠るのならばそれもいいと、僕は必死に腰を動かした。
硬直と快感、そして弛緩。
どこまでも沈んでしまいそうな重い身体は、しかし愛すべき地上の星に暖かく支えられていた。
「絶対逃がさないから」
彼女の湿った声がぼんやりとした頭に響く。
逃げないよ。僕の言葉は音にならず、僕の心だけに響いた。
この辺りのはずなのだが、と僕はあたりを見回した。雪に包まれた木々がひっそりと佇むばかりで、僕のお目当てのものはなさそうである。
僕が探しているのは温泉だ。俗に言う秘湯であった。
僕と同じく温泉マニアの友人が、この辺りに温泉があるという情報を教えてくれたのだ。
温泉があれば、湯気が上がるし湿気のせいで雪の質も変わるはずで、近くにあればいくら木々で視界が遮られているとはいえ発見は難しくない。
つまり、この辺りにはないということだ。
友人がくれる情報はこういうところがあるのだ。すぐに情報を教えてくれるのは心底嬉しいのだが、何分情報が早すぎて本人が確認していないことも多い。
無駄足ではあったが、幸い雪も降らないでいい天気だし散歩にはよかったかもしれない。
一応この林も広いみたいだから、もう少し回ってみようか。
そんなことを思いながらため息をついて、またさくさくと足を進めた。
日もてっぺんが近いころ、そろそろ帰ろうかと思い始めたころである。
もくもくと立ち上る湯気の中、僕はしゃがみ込んで湯を確かめていた。
ついに見つけたのである。
湯はかなりぬめりが強い。それに湯が微かに橙色を帯びている。見たことのない質のものだ。
温度もほどほどに熱くちょうどいいくらいだ。冬でなければもうちょっと熱かっただろうか。
こういう自然法則的にありえない温泉が湧くようになったのは、魔物娘が現れてかららしい。地下に何かしらの変化があったのだろう。
僕は軽装になり、しばしその周囲を確かめた。
人がいると流石に裸になるのは抵抗があるからだ。いくら木々が視界を遮っていようとも、人の気配があると落ち着けない。
周囲に誰もいないことを確認すると、僕は服を脱いで、身体を震わせながらゆっくりと湯に浸かった。
以前に来た誰かが削ったのだろう、一部の岩肌がなだらかに傾けた椅子のような形につるつるに削られているのがありがたい。もたれても痛くない、というのは大きい。
湯はとろみが強く、沈めた身体をほぐすようにのしかかってきている。朝から歩き通した身体は疲れて冷えて散々だったから、心にまで染み渡るような思いだ。湯と気温の差が心地いい。
しかし。
おそらく魔物娘の影響があるであろう湯には、困った共通する特徴があるのだ。
股間の陰茎が恐ろしいほどに勃起している。
リラックスしたから、というのもあるだろうが、身体が非常に火照っているのだ。間違いなく湯の効能だろう。
僕は以前聞きかじった知識を確かめるために、湯を少し口に含んだ。
うん。甘い。間違いなく魔物娘の影響だな。甘い湯は魔物娘の影響を受けた場合にそうなるらしいのだ。
こうなると一度二度抜いたところで収まるものでもない。ちょうど椅子の角度もいい感じなことだし、こういう時にやるべきことは一つだ。
僕は目を閉じた。そう、居眠りである。
ちょうど疲れが眠気に替わってきたころなので、都合よく僕は眠りへと落ちていった。
温泉とは違う奇妙な熱に身体が包まれている。
身体をよじろうとしても動かない違和感に目を覚ますと、目の前に女の子の顔があった。薄いこげ茶色の肌をしている魔物娘だ。
「あ、起きた」
「え……えと、君は?」
寝そべる僕にのしかかっているその子の大きな橙色の目が何度か瞬いた。
「私、あかり。ラーヴァゴーレム」
ぽつぽつと話す彼女に僕は違和感を覚えた。
ラーヴァゴーレムという名は何度か聞いたことがあるが、確かかなり気性が荒い魔物娘だったはずだ。彼女は一見して大人しいと分かる。
あかりはぽへっと笑った。
「そう。そうだけどあなたに乗ったら空気が冷たくて」
彼女らは体温の変化で気性と身体の質が変わるらしい。
それで、僕にぴったりくっついているわけだ。潰れた大きい胸が卑猥だ。身体を起こすと、きっと身体が冷えて固まってしまうのだろう。そうなると性格が完全に内向的になるそうだ。
「今も背中が寒いからテンション上がらない。水じゃなくて温泉だからまだマシだけど、それでも冷える」
そういう彼女の下半身はどろどろに溶けて、湯に拡散しているようだった。濃い橙色が光を放ち、まるで溶岩に腰から下が呑まれているようだ。
いや、彼女らは溶岩のゴーレムなのだ。まさしく溶岩に呑まれているのである。
そして、僕の肉棒もその溶岩の中でみっしりと包まれている。
しかしあかりが動かないため、快感は少ししか生まれておらず、もどかしさがつのるばかりだ。
僕の身体を動かそうとしても、彼女から離れた溶岩が岩になって、それで完全に足が固定されてしまっている。手は自由だが、彼女もゴーレム種だけあってかなり重く、背中が岩になっていることもありピクリとも動かせない。ただ、触れた箇所を岩から溶岩に戻してぴくぴく反応するだけだ。
詰んでいた。まともにセックスも出来ず、ただただもどかしいほどの快感が延々と送られてくるだけ。
僕の上でぐったりしているあかりも興奮しているようだが、半分冷えた身体のうちに溜まっている興奮でも、たまに腰をちょっと動かすので限界のようだ。
僕もできることといえば、少し力を込めて肉棒を動かすことくらいだ。あとは背中を抱きしめてやったり、その程度である。
まったく性欲は発散できない。僕らはずっと、けだるい交わりを続けた。
冬の澄んだ空気に、星々が瞬く。暗いはずの夜でも、光を反射する雪はなお白い。でも、僕らにそれを見ている余裕はなかった。
僕らは互いに抱きしめ合い、身体を密着させるのに必死だった。
夜になり気温がさらに下がり、あかりの身体の石の部分が増えているのだ。僕に触れている部分はまた溶岩に戻っていくが、放っておくとすぐにまた石に戻ってしまう。
そんな中でも僕の身体には熱が溜まり、放出したいのだがいかんせん動いてくれない。
あかりは僕にぺったりと頬を当てて、すりすりと溶岩を擦り付けてくる。挟まれた胸がむにゅむにゅと形を変えた。
「このままここで永遠に繋がってようよ」
「お前、もう動けるだろ」
「動けないよ? もっと触ってくれないと」
彼女はからかうような口調で続ける。
「でも、結婚してくれるって言ってくれたら、興奮して動けるようになるかも」
それは紛れもなく脅迫であった。
僕は冷静に言った。
「もう意地張らずに足の溶岩を溶かしてくれよ」
既に気付いていた。
温泉の中の溶岩はあかりの意思で溶かしたり固めたりできるのだ。
僕は現在足を囚われていて、そのせいで全く身動きが取れない。
「でも」あかりは言う。「逃げるじゃん」
「逃げないよ」
こちとら数時間繋がりっぱなしで一擦りで間違いなく射精できるような状態なのだ。
熱はそれほどまでに高まっている。
「君とセックスしたい」
「私のこと好き?」
「わからない、けど」僕は続けた。「こんなに女の人と引っ付いていたことはない」
ううん、とあかりが考え込んだ。
「やっぱだめ。逃がさない」
「わかったよ」僕は観念した。「どうせ他に当てもない」
「なにそれ。ちゃんと好きになって」
無茶言うな、と言う代わりにその唇に自分の唇を重ねた。
あかりの目が細められ、固まっていた身体がほぐれていく。
僕に密着していたはずのあかりの身体がさらにどろどろに崩れ、ずっしりとした質量が僕の身体中を這い回った。
「あっ」
その感覚で射精していた。あかりが嬉しそうな顔をする。
僕はようやく訪れた長い長い射精を、力の抜けきっただるい身体で感じていた。
あかりがちかちかと光を放ち、周囲の雪が赤く照らされる。
いや、違う。今まで岩石になっていた部分が溶岩に戻り光が強まったのだ。
僕は足元の、というか底の感覚が急になくなって慌てた。
繋がったままのあかりが支えてくれる。
「綺麗だ」
思わず口をついた。
温泉の床は、全て赤く熱した溶岩になっていた。煌々と夜闇に輝く泉の中に、僕とあかりが浮いていた。星々にも負けない地上の星だ。
「これは全部あかりなのか?」
そうね、とあかりは笑った。
「じゃあ最初からいつでも抜け出せたんじゃないか」
そうね、とあかりは僕に抱き着いた。
「でも、この景色を見てもらいたくて」
わかるかもしれない。僕はそう思った。
「私はともかく、この景色は好きでしょ?」
「僕は」僕は遮るように言った。「僕はあかりも好きだよ」
「嘘。あんなに面倒そうだったのに」
僕は小さく笑った。
「僕は勿体ぶる女が好きなんだ」
「なにそれ」
「君のように重い女がいいってことだよ」
なんだと、とあかりが笑いながらのしかかってくる。どっしりとした重みに身体が傾いても、湯に交じった彼女が支えてくれる。
彼女の身体は細く柔らかく、されどしっかりと溶岩の重みと熱を伝えてくる。
ちゅ、と唇が合わさると、とろりと唾液を含まされる。熱い。肉棒が瞬時に固さを取り戻した。
あかりが熱に浮かされたような顔で、しっとりと腰を揺らした。
僕が応えるようにあかりを抱きしめると、どこまでもずぷずぷと手が沈む。
「スライムみたいだ」
僕がそういうと、体内に沈んだ腕が岩にまとわりつかれ固められた。目だけが笑っていないあかりが言う。
「初夜に別の女の話するなんて勇気あるね?」
「いや……ごめんなさい」
もし陰茎が同様に固められたら僕は死ぬ。いや、死ぬわけじゃないが、酷い目にあう。その確信が、抵抗を許さなかった。
そうでなくても、このまま彼女が僕を支えるのをやめれば僕は沈んでしまうのだ。
殺されはしないだろうが、恐ろしさはある。
うんうんと頷いた彼女が、僕の手をその大きな胸に誘導した。
そして手のひらと胸がまとめて岩に包まれる。
「揉めってこと?」
「揉まなくてもいいけど」
しかしそう言うあかりの瞳は期待するように細められていて、僕はだぷんだぷんの胸を丹念に揉みこんだ。
「んっ、ぁっ、ふぅ」
女だ。
その重たい胸に両手で触れて、目の前にいる魅力的な存在が子孫を孕める存在なのだと改めて認識できた。
子を孕む存在として認識されたのを感じ取ったのか、嬉しそうに、淫靡に微笑むあかり。
突き立った剛直が、異常なまでの熱に包まれている。
あかりが腰をゆする。肉棒がねっとりとしごかれ、精液を出させようとしてくる。
ただそこにあるだけだった溶岩が、僕の身体のあちこちを擦って熱を移してくる。
「早く出してよ」
あかりは射精を堪える僕にそう言って、また何度か腰を揺すった。
しかし僕はまだ射精したくなかった。絶対に一番濃いのを出したい。あと、そろそろ体力的に限界で、射精したら気を失いそうだったのもある。
不満そうなあかり。群青の空に光る星々。赤く染められ、溶け始めている雪。
それをもう少し見ていたかった。
むーっとしていたあかりの顔がぱっと花開いた。
「じゃあ、こうしよ?」
地面がせり出してきて、薄く湯を張ったような状態になる。
僕らは溶岩のベッドの上でぺったりと重なりあった。あかりの溶岩の手は、隙間さえあれば入り込む。
さっきと似たような体勢、でも今度は自由に動ける。
しかし動かない。ただ、僕は美しい夜空を見上げて、そんな僕を彼女が見つめている。
僕はふと思いついた。
「目が覚めたら、ここに温泉旅館を開こう」
「それはいいね。私、女将さんかあ」
彼女はその姿を想像したのか、期待するような笑みを浮かべた。
そして僕の首筋に頬を擦り付けてくる。
「なに?」
「お客さんに取られないようにマーキングしとかなきゃ」
「どっちかっていうと僕が心配だよ」僕はついと目を逸らした。「こんなに可愛い女将さんだからね」
あかりは「えへへ」と照れたように笑って、そして妖艶に目を細めた。
「じゃあ、マーキングしてもらわないと」胎に僕の手を導いたあかりが言う。「この中に、たっぷりとね」
僕はまだインキュバスになっていない、ただの人間だ。体力的に限界を感じているし、きっと寝てしまうだろう。
だが、この優しい溶岩に抱かれて眠るのならばそれもいいと、僕は必死に腰を動かした。
硬直と快感、そして弛緩。
どこまでも沈んでしまいそうな重い身体は、しかし愛すべき地上の星に暖かく支えられていた。
「絶対逃がさないから」
彼女の湿った声がぼんやりとした頭に響く。
逃げないよ。僕の言葉は音にならず、僕の心だけに響いた。
19/08/24 18:02更新 / けむり