第四話 『……妖女め』
施設のベッドにレミィナを寝かせた後、彼女の希望によって部屋の中には私だけが残った。リリムが体調不良など滅多にあることではないようで、領主達も騒いでいたし、シュトルヒに乗ったことが原因ではないかという者もいた。領主やミシュレは理不尽な連中ではないが、この状況では私が責任を負わされることもあり得るだろう。
だがそれ以上に、レミィナの容態を気にする必要がある。ただの乗り物酔いなら良いのだが。彼女は普段から自分の翼で飛んでいるが、パイロットでも他人の操縦する飛行機に乗ると酔う奴はいる。
「姫、大丈夫ですか?」
「……わたしとしたことが、魔力切れだなんて……」
レミィナの声はいつもの健康的なものではなく、か細く弱々しかった。息は整ってきたように見えるが、未だにぐったりとベッドに横たわっている。赤い瞳が虚ろに、ぼんやりと私を見つめていた。
「魔力切れ?」
「シュトルヒに魔力を入れちゃったから……わたし、空っぽなの」
掠れた声に、私は危機感を覚えた。魔物の魔力はイコール生命力ではないようだが、魔物達にとって極めて重要なものだというのは間違いないだろう。魔物の姫であるレミィナも例外ではないはずで、飛行機の燃料として魔力を使えば、当然疲労もするはずだ。あれは元々高品質のガソリンを使って推力を得る乗り物である。もしそのエネルギー供給が、想像以上に彼女に負担をかけるものだったとしたら……
「申し訳ありません、姫。何か私にできることがあれば……」
「精が欲しいの」
私の言葉を遮り、レミィナは言った。その意味が理解できないでいると、彼女は私にゆっくりと手を伸ばす。細い指先が小刻みに震えていた。
「少しでいい……ヴェルナーの精液、吸わせてくれれば……」
そう言われてようやく思い出した。彼女はリリム、男との交わりを通じて精を奪う悪魔。つまり男との交わりは彼女たちにとっては食事と同義であり、足りなくなった魔力を補充する手段と言えるだろう。
情けない話かも知れないが、彼女を助けるためなら何でもする気でいた私はここに来て躊躇った。彼女にとってはただの食事だろうが、私からすれば彼女と男女として関係を持つことに他ならない。確かに魅力的な女性ではあるものの、そのような関係にまで近づきたくはないのだ。
私が渋っているのを見てか、レミィナはずるずるとベッドから這い出してきた。柔らかそうな女体が床に落ち、潤んだ目で私を見上げてくる。渇望の光を宿した赤い瞳にじっと見つめられ、そんな弱々しい彼女から目を逸らすことができなかった。
「大丈夫……お口で一回吸うだけだから、ね……?」
「姫……駄目です、私などとは……」
下半身に手を伸ばしてくるレミィナから距離を取ろうとした、その瞬間。
突然、私の脚に痺れるような感触が走った。続いて腕も痺れ始め、言うことを聞かなくなってしまう。まるで見えないワイヤーで縛られているかのように、全く動かすことができないのだ。
「拘束魔法よ……大丈夫、気持ちよくなるだけだから」
レミィナは慣れた手つきで手際よくベルトを外し、私の下半身を脱がせていく。抵抗を試みようにも、目に見えない魔法による拘束は如何ともしがたい。私にも魔法が使えれば抗うこともできるのだろうが――
と、私はあることに思い至った。
「……姫、魔力は空っぽではなかったのですか?」
「あ」
はっと気がついたように声を出し、レミィナは横に視線を逸らす。そしてゆっくりと、再び私と目を合わせ……花のような笑みを浮かべ、告げた。
「まあ、気にしないで!」
「このペテン師め! 一度ならず二度ま……!」
私の叫びは止まった。レミィナの手が、男根に触れたからだ。
白くて綺麗な手が、下着の中からまだ硬さのないそれを引っ張り出す。ピアノでも弾かせたら似合いそうな指先が、先端部分をくすぐるような刺激を与えてきた。屈辱を感じながらも胸が高鳴る。
「へぇ。ヴェルナー、割礼受けてるんだ」
ギクリとすることを言われ体が強ばったが、次の瞬間には別の刺激でそれが吹き飛んだ。
彼女の息が、男根に吹きかけられたのである。先端から根本まで疼くような快楽が広がり、彼女の手に支えられたまま、女を求めてゆっくりと怒張していく。まるで「餌になれ」と命令されているかのように。
「んふふっ……大きくなっちゃったからには、抜かないとねぇ♥」
「姫! いい加減に……!」
私の制止を無視し、レミィナはキスをしてきた。口ではなく、竿の先端に。
柔らかく、切ない感触が神経を刺激したかと思うと、ぬめりを帯びた舌がそこを舐め上げてきた。
「う……!」
体が震えてしまう。私の反応を上目遣いで見つめながら、レミィナは猫がミルクを舐めるかのように舌による愛撫を続ける。
危険だと思いながらも、股間で行われている行為から、彼女の赤い瞳から目を逸らせない。それを面白がるかのように、彼女は男根全体を指でくすぐりまわしてきた。あの美しい手が、淫らに、それでいて無邪気に股間部を弄ってくるのだ。狂おしい快楽が走り、思考が鈍くなっていく。
「姫……やめ……!」
「……ん」
それでも快楽に抗おうとする私を見て、レミィナは責めを強めた。
亀頭をすっぽりと、口に含んでしまったのである。
「ーーッ!」
温かい、むしろ熱い刺激が性感帯を痺れさせる。口内のぬめった粘膜に包まれた亀頭を、舌がより強く愛撫してきた。くびれの辺りを丹念に舐めたかと思うと、今度は尿道口を舌先でつつかれる。私を追い詰めることを、レミィナは明らかに楽しんでいた。赤い瞳には捕食者の喜びが宿り、その眼光がさらに情欲を誘う。
ふいに、じゅるじゅると大きな音をたて、舌がねっとりと竿を舐めてきた。唾液……多量に分泌された唾液が、彼女の口内で潤滑液となっている。それを絡めた舌が下品な音と同時に、蕩けるような快楽を与えてくるのだ。男根が彼女の口腔で溶融し始めるかと思うほどに、熱く、しつこく刺激してくる。
下半身に力を込め、込み上げる射精感を我慢する。レミィナが悪魔だから恐ろしいわけではないが……彼女とそこまで繋がってしまっては駄目なのだ。
しかしレミィナはこれならどうだと言わんばかりに、竿の根本までくわえ込んでしまった。全体を舌で丁寧に舐められ、その上激しく吸引される。
「よ……止せ……ううっ!」
喉に近い所で先端を圧迫され、それがトドメとなった。あっけなく、堤防が決壊する。後は溜まりに溜まっていたものが、快感と共に放出されるだけだった。
「んんっ」
くぐもった声を出しながらも、レミィナは男根を離さない。最後の一滴まで吸い出そうとする口腔の動きが更なる快感をもたらす。自分でもかなり多い精液を、彼女の口の中に放出しているのを感じた。心なしか、可愛らしい頬が少し膨らんでいる。
射精が終わり、呼吸が荒くなる。痺れるような快楽と、疲労感。レミィナは亀頭周りをもう一度舐め取ると、ようやく男根から口を離した。舌を出し、吸い出した白濁を見せつけてくる。ここに来て金縛りが解けたようだが、私にはもうどうする気も起きなかった。
「んふふっ……ごちそうさま♥」
喉を鳴らして精液を飲み込み、レミィナは屈託のない笑みを浮かべる。
「美味しかったよ、ヴェルナーの白いやつ♥」
「……私は本当に貴女を心配していたというのに」
そう悪態を吐くのが精一杯だった。未だに快楽の余韻で思考に靄がかかっており、ろくな言葉が思いつかない。レミィナはすっと立ち上がると、正面から私を見つめてきた。
「騙してごめん。でも抱き留めてくれたとき、凄く嬉しかったよ」
凛々しくも甘い声で告げながら、彼女は私の耳元に顔を寄せてきた。純白の髪の匂いが鼻腔に入り込む。
「お詫びに……次はもっとイイことしてあげる。いつでも言ってよ」
軽く、耳にキスをされた。その感触だけで脚がふらつきそうになる。
束ねた髪を揺らしながら、レミィナは軽い足取りで寝室から出て行った。背後でドアの閉まる音を聞きこえ、私は息を吐いた。
「……妖女め」
そう吐き捨てはしたものの、彼女の誘いを「ふざけるな」と一蹴するには、あの快楽は甘美すぎた。そして人間が自ら進んで餌になろうとする、魅了の力。魔物に敵対を続ける者達もこうして籠絡されていくのだろう。同時に、彼女はまだ自分の魅力の全てを披露していないのではという考えが浮かんだ。あの赤い瞳には底の知れない力を感じるし、最初に出会ったときでさえ、どの程度までその力を使っていたかは分からない。
私はレミィナが恐ろしい。だがあの狂いそうな快楽を、そして彼女と共にこの世界を放浪する日々を待ち望んでいるのも確かだった。だが近づきすぎてはいけない。今更神罰など恐れはしないが、近しくなりすぎてはいけないのだ。
ズボンを上げながら、ふとレミィナの言葉を思い出した。
……ヴェルナー、割礼受けてるんだ……
「……フン」
この世界では関係ないことだ。そう、どうでもいいことだ。
彼女の寝ていたベッドに腰掛け、私はその言葉を思考から追い出す。後に残ったのは未だに収まらない、快楽の余韻だけだった。
…………
……
…
陽光を受けながら、愛機のプロペラが回り始める。主翼には鉄十字の代わりに、ハートマークに似たシンプルながらも官能的な紋章が描かれた。魔王の紋章らしく、これがあれば少なくとも親魔物側の地域ではいきなり攻撃されることは無いとのことだった。元々レミィナと一緒なら『教団』とやらの勢力圏には行かないだろうし、行くことがあったらそれは喧嘩を売りに行く時だから、相手に媚びる気はない。いくら騎士道が廃れても、軍用機の国籍マークを敵国の物に書き換えてだまし討ちをしよう、などという奴はドイツ空軍にはいなかった。この世界でも航空兵としての矜持は守りたい。
鈎十字の消えた尾翼には、時計の絵が描かれている。レミィナの紋章であり、彼女に自分で描いてもらった物だ。
「王女様専用機か……出世したな、お前」
小気味良く回るプロペラを見つめながら、相棒にそっと話しかけた。ちなみにシュトルヒの後部には自衛用の機銃もついているが、この世界でこれを使うことは無いだろう。
私も返還された信号弾拳銃とワルサーPPを身につけ、ライフルは後部座席に積んである。最低限身を守らねばならないのだ。
「フィッケルさん」
金属細工師のドワーフが、小さな手で十字型の金属……私の勲章を差し出してきた。
「言われた通り、鈎十字ってのを削り取ったよ」
「ありがとう」
黒く無骨な鉄の十字。ドイツ騎士団の紋章を受け継いだものだが、その中央に描かれていた鈎十字は政党のマークであり、特に愛着はない。むしろあのマークこそ、私を最も縛っていた物だった。それが削り取られた騎士鉄十字勲章は滑らかな表面に仕上げられており、ドワーフという魔物の技術が伺える。
「本当はその勲章自体、つけない方がいいと思うけど」
ドワーフが心配そうに言った。この世界の『教団』も、胸に十字架を提げていたりするというから、確かに間違われる可能性もあるだろう。
「ええ。しかし、これは尊敬する人から頂いた物ですので」
襟に勲章を提げると、いつの間にか近くに寄っていたレミィナがそれを興味深げに見つめていた。
「尊敬する人、か。わたしの時計と同じね」
懐中時計を取り出し、レミィナは微笑む。彼女は逆回りの黒い懐中時計を常に身につけており、相当愛着があることが分かる。今から向かう、二人旅の最初の目的地は彼女が幼い頃暮らしていた町。目的はこの時計のメンテナンスだそうだ。
「格好いいですね、その時計」
「ありがと。子供の頃からの宝物なの」
左右逆の文字盤を見つめながら、レミィナは楽しそうに微笑んだ。今までも旅の合間に定期的にメンテナンスを行いながら、大切に使ってきたのだろう。黒いカウルも金の鎖も、彼女の白い肌や神秘的な雰囲気によく似合っている。
長年大事に使い込まれた道具というのは不思議と、持ち主に似合う物になっていくのだ。飛行機に関しても時間をかけて「飛び方を教えた」機体ほど、思い通りの飛び方をしてくれる。日本では物にも魂が宿るというが、そういうことなのかもしれない。
そうしている内に、領主とその執事が見送りにやってきた。バフォメットのミシュレ、料理屋のシェフと細君、その他滞在中交流を持った住民たちも集まっている。どうにも小恥ずかしい。
「フィッケル、姫を宜しく頼む」
「はい。何から何まで、お世話になりました」
領主に向かい、姿勢を正して敬礼をする。ナチス式ではなく国防軍式の、肘を折り曲げる敬礼だ。
領主も同じように敬礼を返し、微笑む。ヴァンパイアだという彼女は、実際に執事の血を吸うところを見せてくれたこともあった。だがその姿さえ凶暴性は感じられず、神秘的な美しさと慈愛を持っているようにさえ思えた。レミィナほどつかみ所が無いわけではないが、やはり何とも不思議な女性である。人魔問わず多くの者が彼女を慕っているのが、何となく分かるような気がした。
「もし飛行機に何か異常があったら、すぐ儂に連絡するのじゃぞ」
「ありがとうございます。大事に乗りますよ」
ミシュレと握手を交わす。毛皮の感触が気持ちいい。
「姫も彼に迷惑をかけないようにな」
「分かってるって。……多分」
ぺろりと舌を出すレミィナ。あの舌で弄ばれた記憶が蘇り、思わず目を逸らす。あの後領主は、リリムの魔力がその程度で尽きるものかと笑っていたが、自分も騙されていたためレミィナにこってり説教をしたらしい。かつて親衛隊長だったというが、今の彼女たちには上下関係というものは見受けられない。それでも、互いを掛け替えのない存在として見ていることは分かる。
「じゃあヴェルナー、行きましょ」
ショルダーバッグを提げ、姫は軽い足取りでシュトルヒに乗り込む。翼を使わなくても、まるで体重が無いかのような動きだ。これから私の愛機は、彼女の馬車となる。
「では皆さん、お世話になりました」
「体に気をつけてな」
「また来いよ!」
見送りの声を受けながら、私も操縦席に乗り込み、ドアを閉める。機首は風上を向いているため、離陸もやりやすいだろう。いつものように舵の動きを確認し、フラップを降ろす。
「ヴェルナー、この壺って何が入ってるの?」
ライフルや衣類と一緒に積んである壺を手に取り、レミィナが尋ねてきた。この町の住民から好意でもらった品で、壺の中の温度を一定に保つ魔法がかけられているらしい。オリエンタルな装飾も気に入ったので、旅をしながら『ある物』を作るのに使わせてもらうことにしたのだ。
「その中身は……民族の魂です」
勿体付けたことを言いながら、離陸の準備を進める。レミィナ姫は興味深げに唸った。
「ほほう……とりあえず、わたしの鞄に入れておこうか?」
「そうですね、お願いします」
姫のバッグもまた魔法によって作られたもので、バッグの口を通る物ならいくらでも詰め込むことができるそうだ。それを使い、旅の先々で手に入れた珍品を常に持ち歩いているという。本当にお伽噺の世界だ。
「他にも欲しい物があったら、わたしが買ってあげるのに。オナホールとか」
「ビアホールなら行きたいです」
ドイツ人の模範とも言える答えを返し、私は発進に取りかかった。
機体が動きだし、翼が風を掴み、ふわりと浮き上がる感触を受ける。
機首を上げ、上昇。レミィナが地上に向かって手を振っていた。
こうして私は、この世界でも鳥人でいられる。それも以前よりずっと自由な鳥人として、この世界の空に飛び立ったのだ。
後ろに座っている、魅力的ながらも油断ならない姫君と共に。
だがそれ以上に、レミィナの容態を気にする必要がある。ただの乗り物酔いなら良いのだが。彼女は普段から自分の翼で飛んでいるが、パイロットでも他人の操縦する飛行機に乗ると酔う奴はいる。
「姫、大丈夫ですか?」
「……わたしとしたことが、魔力切れだなんて……」
レミィナの声はいつもの健康的なものではなく、か細く弱々しかった。息は整ってきたように見えるが、未だにぐったりとベッドに横たわっている。赤い瞳が虚ろに、ぼんやりと私を見つめていた。
「魔力切れ?」
「シュトルヒに魔力を入れちゃったから……わたし、空っぽなの」
掠れた声に、私は危機感を覚えた。魔物の魔力はイコール生命力ではないようだが、魔物達にとって極めて重要なものだというのは間違いないだろう。魔物の姫であるレミィナも例外ではないはずで、飛行機の燃料として魔力を使えば、当然疲労もするはずだ。あれは元々高品質のガソリンを使って推力を得る乗り物である。もしそのエネルギー供給が、想像以上に彼女に負担をかけるものだったとしたら……
「申し訳ありません、姫。何か私にできることがあれば……」
「精が欲しいの」
私の言葉を遮り、レミィナは言った。その意味が理解できないでいると、彼女は私にゆっくりと手を伸ばす。細い指先が小刻みに震えていた。
「少しでいい……ヴェルナーの精液、吸わせてくれれば……」
そう言われてようやく思い出した。彼女はリリム、男との交わりを通じて精を奪う悪魔。つまり男との交わりは彼女たちにとっては食事と同義であり、足りなくなった魔力を補充する手段と言えるだろう。
情けない話かも知れないが、彼女を助けるためなら何でもする気でいた私はここに来て躊躇った。彼女にとってはただの食事だろうが、私からすれば彼女と男女として関係を持つことに他ならない。確かに魅力的な女性ではあるものの、そのような関係にまで近づきたくはないのだ。
私が渋っているのを見てか、レミィナはずるずるとベッドから這い出してきた。柔らかそうな女体が床に落ち、潤んだ目で私を見上げてくる。渇望の光を宿した赤い瞳にじっと見つめられ、そんな弱々しい彼女から目を逸らすことができなかった。
「大丈夫……お口で一回吸うだけだから、ね……?」
「姫……駄目です、私などとは……」
下半身に手を伸ばしてくるレミィナから距離を取ろうとした、その瞬間。
突然、私の脚に痺れるような感触が走った。続いて腕も痺れ始め、言うことを聞かなくなってしまう。まるで見えないワイヤーで縛られているかのように、全く動かすことができないのだ。
「拘束魔法よ……大丈夫、気持ちよくなるだけだから」
レミィナは慣れた手つきで手際よくベルトを外し、私の下半身を脱がせていく。抵抗を試みようにも、目に見えない魔法による拘束は如何ともしがたい。私にも魔法が使えれば抗うこともできるのだろうが――
と、私はあることに思い至った。
「……姫、魔力は空っぽではなかったのですか?」
「あ」
はっと気がついたように声を出し、レミィナは横に視線を逸らす。そしてゆっくりと、再び私と目を合わせ……花のような笑みを浮かべ、告げた。
「まあ、気にしないで!」
「このペテン師め! 一度ならず二度ま……!」
私の叫びは止まった。レミィナの手が、男根に触れたからだ。
白くて綺麗な手が、下着の中からまだ硬さのないそれを引っ張り出す。ピアノでも弾かせたら似合いそうな指先が、先端部分をくすぐるような刺激を与えてきた。屈辱を感じながらも胸が高鳴る。
「へぇ。ヴェルナー、割礼受けてるんだ」
ギクリとすることを言われ体が強ばったが、次の瞬間には別の刺激でそれが吹き飛んだ。
彼女の息が、男根に吹きかけられたのである。先端から根本まで疼くような快楽が広がり、彼女の手に支えられたまま、女を求めてゆっくりと怒張していく。まるで「餌になれ」と命令されているかのように。
「んふふっ……大きくなっちゃったからには、抜かないとねぇ♥」
「姫! いい加減に……!」
私の制止を無視し、レミィナはキスをしてきた。口ではなく、竿の先端に。
柔らかく、切ない感触が神経を刺激したかと思うと、ぬめりを帯びた舌がそこを舐め上げてきた。
「う……!」
体が震えてしまう。私の反応を上目遣いで見つめながら、レミィナは猫がミルクを舐めるかのように舌による愛撫を続ける。
危険だと思いながらも、股間で行われている行為から、彼女の赤い瞳から目を逸らせない。それを面白がるかのように、彼女は男根全体を指でくすぐりまわしてきた。あの美しい手が、淫らに、それでいて無邪気に股間部を弄ってくるのだ。狂おしい快楽が走り、思考が鈍くなっていく。
「姫……やめ……!」
「……ん」
それでも快楽に抗おうとする私を見て、レミィナは責めを強めた。
亀頭をすっぽりと、口に含んでしまったのである。
「ーーッ!」
温かい、むしろ熱い刺激が性感帯を痺れさせる。口内のぬめった粘膜に包まれた亀頭を、舌がより強く愛撫してきた。くびれの辺りを丹念に舐めたかと思うと、今度は尿道口を舌先でつつかれる。私を追い詰めることを、レミィナは明らかに楽しんでいた。赤い瞳には捕食者の喜びが宿り、その眼光がさらに情欲を誘う。
ふいに、じゅるじゅると大きな音をたて、舌がねっとりと竿を舐めてきた。唾液……多量に分泌された唾液が、彼女の口内で潤滑液となっている。それを絡めた舌が下品な音と同時に、蕩けるような快楽を与えてくるのだ。男根が彼女の口腔で溶融し始めるかと思うほどに、熱く、しつこく刺激してくる。
下半身に力を込め、込み上げる射精感を我慢する。レミィナが悪魔だから恐ろしいわけではないが……彼女とそこまで繋がってしまっては駄目なのだ。
しかしレミィナはこれならどうだと言わんばかりに、竿の根本までくわえ込んでしまった。全体を舌で丁寧に舐められ、その上激しく吸引される。
「よ……止せ……ううっ!」
喉に近い所で先端を圧迫され、それがトドメとなった。あっけなく、堤防が決壊する。後は溜まりに溜まっていたものが、快感と共に放出されるだけだった。
「んんっ」
くぐもった声を出しながらも、レミィナは男根を離さない。最後の一滴まで吸い出そうとする口腔の動きが更なる快感をもたらす。自分でもかなり多い精液を、彼女の口の中に放出しているのを感じた。心なしか、可愛らしい頬が少し膨らんでいる。
射精が終わり、呼吸が荒くなる。痺れるような快楽と、疲労感。レミィナは亀頭周りをもう一度舐め取ると、ようやく男根から口を離した。舌を出し、吸い出した白濁を見せつけてくる。ここに来て金縛りが解けたようだが、私にはもうどうする気も起きなかった。
「んふふっ……ごちそうさま♥」
喉を鳴らして精液を飲み込み、レミィナは屈託のない笑みを浮かべる。
「美味しかったよ、ヴェルナーの白いやつ♥」
「……私は本当に貴女を心配していたというのに」
そう悪態を吐くのが精一杯だった。未だに快楽の余韻で思考に靄がかかっており、ろくな言葉が思いつかない。レミィナはすっと立ち上がると、正面から私を見つめてきた。
「騙してごめん。でも抱き留めてくれたとき、凄く嬉しかったよ」
凛々しくも甘い声で告げながら、彼女は私の耳元に顔を寄せてきた。純白の髪の匂いが鼻腔に入り込む。
「お詫びに……次はもっとイイことしてあげる。いつでも言ってよ」
軽く、耳にキスをされた。その感触だけで脚がふらつきそうになる。
束ねた髪を揺らしながら、レミィナは軽い足取りで寝室から出て行った。背後でドアの閉まる音を聞きこえ、私は息を吐いた。
「……妖女め」
そう吐き捨てはしたものの、彼女の誘いを「ふざけるな」と一蹴するには、あの快楽は甘美すぎた。そして人間が自ら進んで餌になろうとする、魅了の力。魔物に敵対を続ける者達もこうして籠絡されていくのだろう。同時に、彼女はまだ自分の魅力の全てを披露していないのではという考えが浮かんだ。あの赤い瞳には底の知れない力を感じるし、最初に出会ったときでさえ、どの程度までその力を使っていたかは分からない。
私はレミィナが恐ろしい。だがあの狂いそうな快楽を、そして彼女と共にこの世界を放浪する日々を待ち望んでいるのも確かだった。だが近づきすぎてはいけない。今更神罰など恐れはしないが、近しくなりすぎてはいけないのだ。
ズボンを上げながら、ふとレミィナの言葉を思い出した。
……ヴェルナー、割礼受けてるんだ……
「……フン」
この世界では関係ないことだ。そう、どうでもいいことだ。
彼女の寝ていたベッドに腰掛け、私はその言葉を思考から追い出す。後に残ったのは未だに収まらない、快楽の余韻だけだった。
…………
……
…
陽光を受けながら、愛機のプロペラが回り始める。主翼には鉄十字の代わりに、ハートマークに似たシンプルながらも官能的な紋章が描かれた。魔王の紋章らしく、これがあれば少なくとも親魔物側の地域ではいきなり攻撃されることは無いとのことだった。元々レミィナと一緒なら『教団』とやらの勢力圏には行かないだろうし、行くことがあったらそれは喧嘩を売りに行く時だから、相手に媚びる気はない。いくら騎士道が廃れても、軍用機の国籍マークを敵国の物に書き換えてだまし討ちをしよう、などという奴はドイツ空軍にはいなかった。この世界でも航空兵としての矜持は守りたい。
鈎十字の消えた尾翼には、時計の絵が描かれている。レミィナの紋章であり、彼女に自分で描いてもらった物だ。
「王女様専用機か……出世したな、お前」
小気味良く回るプロペラを見つめながら、相棒にそっと話しかけた。ちなみにシュトルヒの後部には自衛用の機銃もついているが、この世界でこれを使うことは無いだろう。
私も返還された信号弾拳銃とワルサーPPを身につけ、ライフルは後部座席に積んである。最低限身を守らねばならないのだ。
「フィッケルさん」
金属細工師のドワーフが、小さな手で十字型の金属……私の勲章を差し出してきた。
「言われた通り、鈎十字ってのを削り取ったよ」
「ありがとう」
黒く無骨な鉄の十字。ドイツ騎士団の紋章を受け継いだものだが、その中央に描かれていた鈎十字は政党のマークであり、特に愛着はない。むしろあのマークこそ、私を最も縛っていた物だった。それが削り取られた騎士鉄十字勲章は滑らかな表面に仕上げられており、ドワーフという魔物の技術が伺える。
「本当はその勲章自体、つけない方がいいと思うけど」
ドワーフが心配そうに言った。この世界の『教団』も、胸に十字架を提げていたりするというから、確かに間違われる可能性もあるだろう。
「ええ。しかし、これは尊敬する人から頂いた物ですので」
襟に勲章を提げると、いつの間にか近くに寄っていたレミィナがそれを興味深げに見つめていた。
「尊敬する人、か。わたしの時計と同じね」
懐中時計を取り出し、レミィナは微笑む。彼女は逆回りの黒い懐中時計を常に身につけており、相当愛着があることが分かる。今から向かう、二人旅の最初の目的地は彼女が幼い頃暮らしていた町。目的はこの時計のメンテナンスだそうだ。
「格好いいですね、その時計」
「ありがと。子供の頃からの宝物なの」
左右逆の文字盤を見つめながら、レミィナは楽しそうに微笑んだ。今までも旅の合間に定期的にメンテナンスを行いながら、大切に使ってきたのだろう。黒いカウルも金の鎖も、彼女の白い肌や神秘的な雰囲気によく似合っている。
長年大事に使い込まれた道具というのは不思議と、持ち主に似合う物になっていくのだ。飛行機に関しても時間をかけて「飛び方を教えた」機体ほど、思い通りの飛び方をしてくれる。日本では物にも魂が宿るというが、そういうことなのかもしれない。
そうしている内に、領主とその執事が見送りにやってきた。バフォメットのミシュレ、料理屋のシェフと細君、その他滞在中交流を持った住民たちも集まっている。どうにも小恥ずかしい。
「フィッケル、姫を宜しく頼む」
「はい。何から何まで、お世話になりました」
領主に向かい、姿勢を正して敬礼をする。ナチス式ではなく国防軍式の、肘を折り曲げる敬礼だ。
領主も同じように敬礼を返し、微笑む。ヴァンパイアだという彼女は、実際に執事の血を吸うところを見せてくれたこともあった。だがその姿さえ凶暴性は感じられず、神秘的な美しさと慈愛を持っているようにさえ思えた。レミィナほどつかみ所が無いわけではないが、やはり何とも不思議な女性である。人魔問わず多くの者が彼女を慕っているのが、何となく分かるような気がした。
「もし飛行機に何か異常があったら、すぐ儂に連絡するのじゃぞ」
「ありがとうございます。大事に乗りますよ」
ミシュレと握手を交わす。毛皮の感触が気持ちいい。
「姫も彼に迷惑をかけないようにな」
「分かってるって。……多分」
ぺろりと舌を出すレミィナ。あの舌で弄ばれた記憶が蘇り、思わず目を逸らす。あの後領主は、リリムの魔力がその程度で尽きるものかと笑っていたが、自分も騙されていたためレミィナにこってり説教をしたらしい。かつて親衛隊長だったというが、今の彼女たちには上下関係というものは見受けられない。それでも、互いを掛け替えのない存在として見ていることは分かる。
「じゃあヴェルナー、行きましょ」
ショルダーバッグを提げ、姫は軽い足取りでシュトルヒに乗り込む。翼を使わなくても、まるで体重が無いかのような動きだ。これから私の愛機は、彼女の馬車となる。
「では皆さん、お世話になりました」
「体に気をつけてな」
「また来いよ!」
見送りの声を受けながら、私も操縦席に乗り込み、ドアを閉める。機首は風上を向いているため、離陸もやりやすいだろう。いつものように舵の動きを確認し、フラップを降ろす。
「ヴェルナー、この壺って何が入ってるの?」
ライフルや衣類と一緒に積んである壺を手に取り、レミィナが尋ねてきた。この町の住民から好意でもらった品で、壺の中の温度を一定に保つ魔法がかけられているらしい。オリエンタルな装飾も気に入ったので、旅をしながら『ある物』を作るのに使わせてもらうことにしたのだ。
「その中身は……民族の魂です」
勿体付けたことを言いながら、離陸の準備を進める。レミィナ姫は興味深げに唸った。
「ほほう……とりあえず、わたしの鞄に入れておこうか?」
「そうですね、お願いします」
姫のバッグもまた魔法によって作られたもので、バッグの口を通る物ならいくらでも詰め込むことができるそうだ。それを使い、旅の先々で手に入れた珍品を常に持ち歩いているという。本当にお伽噺の世界だ。
「他にも欲しい物があったら、わたしが買ってあげるのに。オナホールとか」
「ビアホールなら行きたいです」
ドイツ人の模範とも言える答えを返し、私は発進に取りかかった。
機体が動きだし、翼が風を掴み、ふわりと浮き上がる感触を受ける。
機首を上げ、上昇。レミィナが地上に向かって手を振っていた。
こうして私は、この世界でも鳥人でいられる。それも以前よりずっと自由な鳥人として、この世界の空に飛び立ったのだ。
後ろに座っている、魅力的ながらも油断ならない姫君と共に。
12/03/24 15:20更新 / 空き缶号
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