交戦と後始末について
※今回はバトルシーンがありますが、容赦をしない主人公なので流血描写が出てきます。それほどグロくはないと思いますが、念のためご注意を。
「セイッ!」
気合いと共に薙ぎ払った刀が、敵兵の頸動脈を捉えた。鮮血が赤い帯を引き、私より若い兵士は焦りの表情を浮かべたまま、生涯に幕を下ろす。
火の粉舞う漁港の中はすでに戦場。上陸して火をつけた敵は多いものの、すぐさま駆けつけてきたファミリー構成員や自警団員が制圧に当たっていた。舶刀(カットラス)や棒きれを手にした男達が怒号を放ちながら敵兵と切り結んでいる。装備では分が悪いものの、数人掛かりで一人をなぶり殺すことで優勢を保っていた。
ーーこれがツェリーニの集団戦法か。
一人で多数の敵を相手どる戦法は多くの流派で研究されているものの、集団で単一の敵を倒す戦法は意外と普及していない。武装や個々の実力で軍隊に劣るマフィアたちは戦術でそれを補っているのだ。
一人ずつ入れ替わりながら相手と切り結び、敵が疲労したところを一斉に斬りかかって倒す。
三人のうち一人が常に敵の死角に入り、包囲攻撃。
地の利を活かし、路地裏を通って奇襲。
まるで狼のように獲物に群がり、喉笛を食い千切っていく様は圧巻である。だがそんな中で、一人だけ舞の達人の如く優雅な動きで敵を蹴散らす者がいた。
フランチェスカである。
翼と角を晒した彼女には多くの敵兵が群がっていた。だが剣で斬りつけられても、槍を繰り出されても、彼女は全て素手で払いのけてしまうのだ。まるで武器に刃などついていないかのように。口元に微笑を浮かべながら次々と敵の攻撃を捌き、相手の額を指先で突く。その度に白い指から火花が爆ぜ、敵兵は体を痙攣させて倒れていくのだ。
他に類を見ない、面妖かつ優美な戦い方。しかし元人間とはいえ魔物である彼女は人を殺さない。攻撃した敵兵も気絶させているだけだ。もっともマフィアの拷問の凄まじさを思うと……殺す方が慈悲かもしれないが。
ふいに、新たな敵兵が斬りかかってくる。
武器は標準的な剣と盾。息づかいは安定……それなりの経験を積んだ兵士と見た。だが表情は……劣勢であることに対する焦りが見えている。その背後には槍を構えた別の兵士……連携して攻撃する気か。
腕の良い会計士が算盤を弾くように、私の脳は瞬時に判断した。
伊庭流【弧足】。
体の重心をずらし、弧を描くような足取りですっと相手の視界から外れる。剣を持った兵士には私が消えたように見えたことだろう。人の目は一つの物に集中すると極端に視野が狭くなる。だが背後に控えていた兵士は私の動きを捉えていた。突き出される槍……だが、私の技の方が早い!
「伊庭流、【陣風】!」
槍の穂先から体の軸をそらし、上半身を前に伸ばしながら跳躍。刀の間合いが最大限に伸び、敵の表情が驚きで固まった。私の刀が本当に伸びたように見えただろう。
次の瞬間、刀の切っ先が敵の首筋を捉えた。着地と同時に笛のような音が聞こえる。頸動脈から血が噴き出していく音だ。葡萄酒と見紛う美しい赤が広がっていく。
前にいた兵士が仲間の名を叫んだ。憤怒の形相で剣を振り下ろしてくる。
斬ると言うより殴りつけるような動き……怒りに我を忘れたか。盾を使わぬ日の国の剣士にとって、このような攻撃を見切るのはたやすかった。ましてや隻腕の私は『防ぐ』より『避ける』に特化した戦法を身につけている。
再び【弧足】で横に回り、無造作に刀で薙ぎ払った。刃が腕を深く抉り、敵兵が苦痛の叫びを上げる。
返す太刀で首を一閃。再び聞こえる笛の音。
もっと死を、もっと血を……刀が訴える。否、訴えているのは私自身だ。右腕に宿した復讐の誓いが、行き場を失い叫んでいる。
また一人、二人と斬り倒す。心が躍る。
ツェリーニ・ファミリーの構成員たちも多くの敵兵を始末し、後方にいた敵の指揮官が「撤収! 撤収!」と喚き始めた。恐らく主神教団の訓練された兵士で、マフィア如きは簡単に殲滅できると高をくくっていたのだろう。だが港に放火され、怒りに燃える彼らは手強かった。怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったということだ。撤退というより潰走していく敵兵
「追うな、消火が先だ!」
フランチェスカが叫ぶ。途端に構成員達は辺りから器になりそうな物を探し、海水を汲みに奔った。狩りの時間は終わったようだ。そう、私のような殺人狂と違い、彼らマフィアは郷土のために戦っているのだから。
刀を納めて息を吐き、私も消火作業に加わった。
… … …
……戦闘と消火作業を終え、私はツェリーニ・ファミリーの所有する船に連れてこられた。ツェリーニはこの町の中にもいくつかアジトを持っているようだが、このような船の中で集会を行うことも多い。構成員の中には普段漁師や船頭として生活している者や、近海で海賊として暮らしている者も多いからだ。この船も恐らく、傘下の海賊が何処かから奪った商船だろう。
一緒に乗り込んだフランチェスカがいつの間にか姿を消したため、私は仕方なく甲板をうろついていた。傾きかけた太陽から、優しげな光が降り注いでいる。甲板の下から苦悶の叫びや断末魔の絶叫が聞こえてくるが、よくあることなので気にしない。左袖が潮風に靡き、私は頭上で騒ぐ海鳥たちを眺めていた。弧を描いて飛んだかと思うと帆柱に留まり、猫のような甲高い声で鳴きながら我々を見下ろしている。その佇まいが妙に堂々として見えるのは何故だろうか。少なくとも、私などよりはずっと凛々しく見える。
「おっ、そこにいるのはシロー・イバかい?」
場違いと思われる陽気な声に振り向くと、灰色のスーツを着た男が立っていた。美形というほどではないが顔立ちはそこそこ整っており、地味な灰色のスーツも夕方の日差しによく映えて、『伊達男』の印象を醸し出している。リンゴを囓りながら笑みを浮かべ、砕けた印象をしているものの、その青い目には裏社会の住人独特の眼光が宿っていた。何よりも、身のこなしに全く隙がない。
「いかにも、私が伊庭ですが」
「おお、やっぱりか。俺はファミリー幹部のフィベリオ・ルジャーノ……よろしくな、“隻腕の鼬”さん」
シャリッと音を立て、彼はリンゴを囓った。
フィベリオ・ルジャーノ……以前より、フランチェスカから噂は聞いていた。子供の頃から首領の側近を務めていたという、ツェリーニ・ファミリーの武闘派幹部。この町で首領の次に危険な男だというが、それが本当か疑いたくなる陽気な態度ではある。しかし彼が私との間合いを計っているのを肌で感じ、戦いが暮らしの一部として根付いた男だと分かった。
「いやあ、大変なことになっちまったな。まあ堅気の衆に死人が出なかったのは何よりだが……」
フィベリオは漁港の方を眺めた。焼けこげた建物が並び、船の残骸が海に散乱している。
火を放った者は魔法使いだろうとフランチェスカは言っていた。確かにそうでなければ、あそこまで早く火が燃え広がるはずがない。上陸してきた敵の大半を殺害・捕縛したようだが、火付け役を捕らえられたかは聞いていない。あくまでも賞金稼ぎである私に、重要な情報は知らされないだろうが。
「馬鹿なことをしてくれたもんだぜ、教団の連中」
「……教団が攻めてくることは予測していたのでござるか?」
フランチェスカの言葉を思い出し、訊いてみた。「もう来るとは予想外だった」……漁港が焼き討ちを受けたとき、彼女は確かにそう言ったのだ。
私の問いに、フィベリオはにやりと笑った。
「俺たちは教団とも大抵金の力で上手くやってきた。連中も俺たちより魔物への対策で忙しいからな。だが教団も一枚岩じゃない、このエスクーレ欲しさに俺たちを目の敵にする派閥もある」
再び、フィベリオはリンゴを囓った。さわやかな甘い香りが広がる。
「今回の問題はな、俺たちに取って代わるため教団を手引きした馬鹿共がいたってことさ」
「同じ裏組織、でござるか?」
フィベリオは頷いた。この町へ手を伸ばすにはツェリーニ・ファミリーを駆逐しなくてはならない。そのために教団と利害が一致し、襲撃の手助けをしたのだろう。
「そいつらときたら……どさくさ紛れに海の魔物共を捕まえて、売り飛ばそうとしたんだ。首領の女にまで手を出しやがった」
「それはまた……」
「首領自らそいつらの船に乗り込んで、無事救出した。船の上は血の風呂になったがな」
魔物を徹底的に調教して愛玩動物にしたり、鳥人の剥製だの人魚の骨格標本だのを欲しがる変態共は大勢いる。そういう輩に新鮮な魔物を売りつければさぞかし良い金になるだろうが、この海でよくもそこまでしたものだと逆に感心した。首領アレッシオを怒らせ、生きていられる者などいないだろうに。
「しかしアレッシオ殿に魔物の愛人がいたとは」
「お前さんこそ、フランチーと良い仲になったらしいじゃないか」
そう言われると、私は苦笑するしかない。彼女の誘惑に屈してしまったことは言い逃れできぬ事実だし、そもそも私はすでに彼女無しではいられないのだ。もう彼女から他の幹部達に話が伝わっているのだろう。私……伊庭志郎を籠絡する作戦は成功した、と。
「ま、何だかんだで魔物はいい女ばかりだからな。俺はちょっとくらいブスでも、人間の女がいいけど」
中立とはいえ親魔物寄りのこの町で、このようなことを言う男は珍しい。もっともマフィアは魔物からも恐れられているので、いくら彼が伊達男でもすり寄ってくる者はいないかもしれない。ましてや彼は殺し屋上がりの武闘派幹部だというから、恐れられて当然だろう。必要があればどんなに美しい魔物でも、容赦なく殺してしまうのがマフィアなのだ。とはいえ敵に回すと厄介な魔物達に自分から喧嘩を売るほど、この町のマフィアは好戦的ではないが。
「つくづく、魔物とは恐ろしいもので……」
「だな、いろいろな意味で。……あ、そこの樽にリンゴが入ってるから、食っていいぜ」
自分のリンゴを囓りながら、フィベリオは近くに置かれた樽を示した。果物は船乗りにとって重要な物で、壊血病を予防するために必ず積まれている。
「いえ、拙者は結構」
初対面の相手の前で、一本しか無い腕をリンゴで塞ぐほど馬鹿ではない。他人と接するとき、常に刀を抜けるようにしておくのだ。
フィベリオはそれを察したのか、感心したような表情を浮かべる。
「……なるほど、奴の色香に惚けてるわけじゃなさそうだ。安心したぜ」
「ところで、件のフランチー殿はどちらにお出でで?」
私の問いに、フィベリオは足下を指さした。いや、甲板の下……船内という意味だろう。
「拷問の済んだ奴の始末を任せた」
「始末……?」
船内から聞こえてくる苦悶の主が教団の兵士たちか、それとも別組織の連中かは分からないが、情報を絞り出し用済みとなれば当然始末される。しかし魔物であるフランチェスカが人を殺すことはないはずだ。
「捕らえた中に女の兵隊がいてな。……見てこいよ、面白い見せ物だぜ」
フィベリオの表情は苦笑に近い笑顔だったが、私は興味を覚えた。フランチェスカが用済みの捕虜を、どう『始末』するのかだ。相手が女と聞いて、多少想像はついたが……。
「では、行ってみるとしましょう。また後ほど」
「ああ。今度美味いパスタでも食いに行こうや」
あくまでも陽気に、武闘派幹部は言った。実力だけでなく面倒見も良いため、部下から慕われていると聞く。そう言えば、私の兄弟子にもそういう男がいたものだ。
胸に浮かんだ祖国の記憶を振り払い、船内へと続く階段を降りていく。より生々しく耳に聞こえてくる、苦痛の叫び。
その中に女の嬌声が混ざっているのに気づいたとき、私は自分の想像が正しいことを知った。
「セイッ!」
気合いと共に薙ぎ払った刀が、敵兵の頸動脈を捉えた。鮮血が赤い帯を引き、私より若い兵士は焦りの表情を浮かべたまま、生涯に幕を下ろす。
火の粉舞う漁港の中はすでに戦場。上陸して火をつけた敵は多いものの、すぐさま駆けつけてきたファミリー構成員や自警団員が制圧に当たっていた。舶刀(カットラス)や棒きれを手にした男達が怒号を放ちながら敵兵と切り結んでいる。装備では分が悪いものの、数人掛かりで一人をなぶり殺すことで優勢を保っていた。
ーーこれがツェリーニの集団戦法か。
一人で多数の敵を相手どる戦法は多くの流派で研究されているものの、集団で単一の敵を倒す戦法は意外と普及していない。武装や個々の実力で軍隊に劣るマフィアたちは戦術でそれを補っているのだ。
一人ずつ入れ替わりながら相手と切り結び、敵が疲労したところを一斉に斬りかかって倒す。
三人のうち一人が常に敵の死角に入り、包囲攻撃。
地の利を活かし、路地裏を通って奇襲。
まるで狼のように獲物に群がり、喉笛を食い千切っていく様は圧巻である。だがそんな中で、一人だけ舞の達人の如く優雅な動きで敵を蹴散らす者がいた。
フランチェスカである。
翼と角を晒した彼女には多くの敵兵が群がっていた。だが剣で斬りつけられても、槍を繰り出されても、彼女は全て素手で払いのけてしまうのだ。まるで武器に刃などついていないかのように。口元に微笑を浮かべながら次々と敵の攻撃を捌き、相手の額を指先で突く。その度に白い指から火花が爆ぜ、敵兵は体を痙攣させて倒れていくのだ。
他に類を見ない、面妖かつ優美な戦い方。しかし元人間とはいえ魔物である彼女は人を殺さない。攻撃した敵兵も気絶させているだけだ。もっともマフィアの拷問の凄まじさを思うと……殺す方が慈悲かもしれないが。
ふいに、新たな敵兵が斬りかかってくる。
武器は標準的な剣と盾。息づかいは安定……それなりの経験を積んだ兵士と見た。だが表情は……劣勢であることに対する焦りが見えている。その背後には槍を構えた別の兵士……連携して攻撃する気か。
腕の良い会計士が算盤を弾くように、私の脳は瞬時に判断した。
伊庭流【弧足】。
体の重心をずらし、弧を描くような足取りですっと相手の視界から外れる。剣を持った兵士には私が消えたように見えたことだろう。人の目は一つの物に集中すると極端に視野が狭くなる。だが背後に控えていた兵士は私の動きを捉えていた。突き出される槍……だが、私の技の方が早い!
「伊庭流、【陣風】!」
槍の穂先から体の軸をそらし、上半身を前に伸ばしながら跳躍。刀の間合いが最大限に伸び、敵の表情が驚きで固まった。私の刀が本当に伸びたように見えただろう。
次の瞬間、刀の切っ先が敵の首筋を捉えた。着地と同時に笛のような音が聞こえる。頸動脈から血が噴き出していく音だ。葡萄酒と見紛う美しい赤が広がっていく。
前にいた兵士が仲間の名を叫んだ。憤怒の形相で剣を振り下ろしてくる。
斬ると言うより殴りつけるような動き……怒りに我を忘れたか。盾を使わぬ日の国の剣士にとって、このような攻撃を見切るのはたやすかった。ましてや隻腕の私は『防ぐ』より『避ける』に特化した戦法を身につけている。
再び【弧足】で横に回り、無造作に刀で薙ぎ払った。刃が腕を深く抉り、敵兵が苦痛の叫びを上げる。
返す太刀で首を一閃。再び聞こえる笛の音。
もっと死を、もっと血を……刀が訴える。否、訴えているのは私自身だ。右腕に宿した復讐の誓いが、行き場を失い叫んでいる。
また一人、二人と斬り倒す。心が躍る。
ツェリーニ・ファミリーの構成員たちも多くの敵兵を始末し、後方にいた敵の指揮官が「撤収! 撤収!」と喚き始めた。恐らく主神教団の訓練された兵士で、マフィア如きは簡単に殲滅できると高をくくっていたのだろう。だが港に放火され、怒りに燃える彼らは手強かった。怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったということだ。撤退というより潰走していく敵兵
「追うな、消火が先だ!」
フランチェスカが叫ぶ。途端に構成員達は辺りから器になりそうな物を探し、海水を汲みに奔った。狩りの時間は終わったようだ。そう、私のような殺人狂と違い、彼らマフィアは郷土のために戦っているのだから。
刀を納めて息を吐き、私も消火作業に加わった。
… … …
……戦闘と消火作業を終え、私はツェリーニ・ファミリーの所有する船に連れてこられた。ツェリーニはこの町の中にもいくつかアジトを持っているようだが、このような船の中で集会を行うことも多い。構成員の中には普段漁師や船頭として生活している者や、近海で海賊として暮らしている者も多いからだ。この船も恐らく、傘下の海賊が何処かから奪った商船だろう。
一緒に乗り込んだフランチェスカがいつの間にか姿を消したため、私は仕方なく甲板をうろついていた。傾きかけた太陽から、優しげな光が降り注いでいる。甲板の下から苦悶の叫びや断末魔の絶叫が聞こえてくるが、よくあることなので気にしない。左袖が潮風に靡き、私は頭上で騒ぐ海鳥たちを眺めていた。弧を描いて飛んだかと思うと帆柱に留まり、猫のような甲高い声で鳴きながら我々を見下ろしている。その佇まいが妙に堂々として見えるのは何故だろうか。少なくとも、私などよりはずっと凛々しく見える。
「おっ、そこにいるのはシロー・イバかい?」
場違いと思われる陽気な声に振り向くと、灰色のスーツを着た男が立っていた。美形というほどではないが顔立ちはそこそこ整っており、地味な灰色のスーツも夕方の日差しによく映えて、『伊達男』の印象を醸し出している。リンゴを囓りながら笑みを浮かべ、砕けた印象をしているものの、その青い目には裏社会の住人独特の眼光が宿っていた。何よりも、身のこなしに全く隙がない。
「いかにも、私が伊庭ですが」
「おお、やっぱりか。俺はファミリー幹部のフィベリオ・ルジャーノ……よろしくな、“隻腕の鼬”さん」
シャリッと音を立て、彼はリンゴを囓った。
フィベリオ・ルジャーノ……以前より、フランチェスカから噂は聞いていた。子供の頃から首領の側近を務めていたという、ツェリーニ・ファミリーの武闘派幹部。この町で首領の次に危険な男だというが、それが本当か疑いたくなる陽気な態度ではある。しかし彼が私との間合いを計っているのを肌で感じ、戦いが暮らしの一部として根付いた男だと分かった。
「いやあ、大変なことになっちまったな。まあ堅気の衆に死人が出なかったのは何よりだが……」
フィベリオは漁港の方を眺めた。焼けこげた建物が並び、船の残骸が海に散乱している。
火を放った者は魔法使いだろうとフランチェスカは言っていた。確かにそうでなければ、あそこまで早く火が燃え広がるはずがない。上陸してきた敵の大半を殺害・捕縛したようだが、火付け役を捕らえられたかは聞いていない。あくまでも賞金稼ぎである私に、重要な情報は知らされないだろうが。
「馬鹿なことをしてくれたもんだぜ、教団の連中」
「……教団が攻めてくることは予測していたのでござるか?」
フランチェスカの言葉を思い出し、訊いてみた。「もう来るとは予想外だった」……漁港が焼き討ちを受けたとき、彼女は確かにそう言ったのだ。
私の問いに、フィベリオはにやりと笑った。
「俺たちは教団とも大抵金の力で上手くやってきた。連中も俺たちより魔物への対策で忙しいからな。だが教団も一枚岩じゃない、このエスクーレ欲しさに俺たちを目の敵にする派閥もある」
再び、フィベリオはリンゴを囓った。さわやかな甘い香りが広がる。
「今回の問題はな、俺たちに取って代わるため教団を手引きした馬鹿共がいたってことさ」
「同じ裏組織、でござるか?」
フィベリオは頷いた。この町へ手を伸ばすにはツェリーニ・ファミリーを駆逐しなくてはならない。そのために教団と利害が一致し、襲撃の手助けをしたのだろう。
「そいつらときたら……どさくさ紛れに海の魔物共を捕まえて、売り飛ばそうとしたんだ。首領の女にまで手を出しやがった」
「それはまた……」
「首領自らそいつらの船に乗り込んで、無事救出した。船の上は血の風呂になったがな」
魔物を徹底的に調教して愛玩動物にしたり、鳥人の剥製だの人魚の骨格標本だのを欲しがる変態共は大勢いる。そういう輩に新鮮な魔物を売りつければさぞかし良い金になるだろうが、この海でよくもそこまでしたものだと逆に感心した。首領アレッシオを怒らせ、生きていられる者などいないだろうに。
「しかしアレッシオ殿に魔物の愛人がいたとは」
「お前さんこそ、フランチーと良い仲になったらしいじゃないか」
そう言われると、私は苦笑するしかない。彼女の誘惑に屈してしまったことは言い逃れできぬ事実だし、そもそも私はすでに彼女無しではいられないのだ。もう彼女から他の幹部達に話が伝わっているのだろう。私……伊庭志郎を籠絡する作戦は成功した、と。
「ま、何だかんだで魔物はいい女ばかりだからな。俺はちょっとくらいブスでも、人間の女がいいけど」
中立とはいえ親魔物寄りのこの町で、このようなことを言う男は珍しい。もっともマフィアは魔物からも恐れられているので、いくら彼が伊達男でもすり寄ってくる者はいないかもしれない。ましてや彼は殺し屋上がりの武闘派幹部だというから、恐れられて当然だろう。必要があればどんなに美しい魔物でも、容赦なく殺してしまうのがマフィアなのだ。とはいえ敵に回すと厄介な魔物達に自分から喧嘩を売るほど、この町のマフィアは好戦的ではないが。
「つくづく、魔物とは恐ろしいもので……」
「だな、いろいろな意味で。……あ、そこの樽にリンゴが入ってるから、食っていいぜ」
自分のリンゴを囓りながら、フィベリオは近くに置かれた樽を示した。果物は船乗りにとって重要な物で、壊血病を予防するために必ず積まれている。
「いえ、拙者は結構」
初対面の相手の前で、一本しか無い腕をリンゴで塞ぐほど馬鹿ではない。他人と接するとき、常に刀を抜けるようにしておくのだ。
フィベリオはそれを察したのか、感心したような表情を浮かべる。
「……なるほど、奴の色香に惚けてるわけじゃなさそうだ。安心したぜ」
「ところで、件のフランチー殿はどちらにお出でで?」
私の問いに、フィベリオは足下を指さした。いや、甲板の下……船内という意味だろう。
「拷問の済んだ奴の始末を任せた」
「始末……?」
船内から聞こえてくる苦悶の主が教団の兵士たちか、それとも別組織の連中かは分からないが、情報を絞り出し用済みとなれば当然始末される。しかし魔物であるフランチェスカが人を殺すことはないはずだ。
「捕らえた中に女の兵隊がいてな。……見てこいよ、面白い見せ物だぜ」
フィベリオの表情は苦笑に近い笑顔だったが、私は興味を覚えた。フランチェスカが用済みの捕虜を、どう『始末』するのかだ。相手が女と聞いて、多少想像はついたが……。
「では、行ってみるとしましょう。また後ほど」
「ああ。今度美味いパスタでも食いに行こうや」
あくまでも陽気に、武闘派幹部は言った。実力だけでなく面倒見も良いため、部下から慕われていると聞く。そう言えば、私の兄弟子にもそういう男がいたものだ。
胸に浮かんだ祖国の記憶を振り払い、船内へと続く階段を降りていく。より生々しく耳に聞こえてくる、苦痛の叫び。
その中に女の嬌声が混ざっているのに気づいたとき、私は自分の想像が正しいことを知った。
11/11/26 23:29更新 / 空き缶号
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