連載小説
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甘い夜と夜明けについて

「こうして、勇者フランチェスコの冒険は終わってしまいましたとさ……」

 手で搾り取った精を舐めながら、フランチェスカは昔語りを締めくくった。話を聞いている間も手淫で三回ほど射精させられ、彼女の手を白濁でべっとりと染め、私は快感に酔いしれていた。しかし耳に入ってくる異様な物語は聞き流すこともなく、脳裏に刻まれている。男根が未だに萎えず彼女を欲している辺り、私は葡萄酒に混ぜられた薬によってすでにインキュバスになってしまったのだろう。「なってみると案外普通」という話も聞くものの、やはりいくら交わっても尽きない無尽蔵の精は人間のものではない。魔物の魔力を人間の男が多量に取り込むとこうなるわけだが、彼女のように完全な『魔物』……つまりは女になることもあるとは。

「男さえも魔物に変える……リリムとは恐ろしい」
「ところが、ね」

 私の左腕……肘から先を切り落とされ、ジャガイモのような二の腕だけが残る左腕を撫でながら、フランチェスカは微笑を浮かべた。甘い匂い、葡萄酒の匂い、そして舐め取った精液の生臭さが混じった吐息が、私の顔にかかる。

「僕が魔物に……女になったのは、あのリリムにとっても想定外だった。それどころか、僕の望みだったらしいんだ」
「フランチェスカ殿の……?」
「フランチェスコの、さ。あと長いからフランチーでいいよ?」

 甘えるように腕を抱き締め、フランチェスカはくすくすと笑う。
 この辺りでは同じ名前でも男性形と女性形がある場合があり、つまりフランチェスは男性、フランチェスが女性ということだ。女になったのだから、確かに名前は女性形に変化してもおかしくはない。彼女は女になったことを受け入れているのだ。
 彼女が言うには、心の奥底に強い女性化願望を持った男、或いは同性への愛情を持った男がサキュバスの魔力を取り込むと、精の生成機能が破壊される。するとインキュバス化した直後、女のようにサキュバスになるという。このようにして生まれたサキュバスは『アルプ』と呼ばれ、魔物としては他に類を見ない、珍しい存在なのだという。

 そしてレミィナというリリムは、彼女にこう言ったらしい。
 レスカティエに放り込んでやるつもりだったが止めた。魔物になったあなたが自分の『時』をどう使うか、観させてもらう……と。

「つまり、フランチー殿は女になりたかったと?」

 私の問いに、彼女は「よく分からない」と返した。

「僕が何を望んでいたかは今でも分からない。でもね、僕は勇者より、悪魔の方が向いていたのさ……!」

 ふいに、彼女は私の上に覆い被さってきた。四つんばいになり呼吸を荒くしながら、少年とも少女とも似つかぬ媚態を上から見せつけてくる。紫色の瞳が妖しく、しかし何処か切なそうに輝いていた。そしてその股から溢れる愛液が、私の下腹部にしたたり落ちている。

「まだ話したいことはあるけど……我慢できなくなってきた。お願いだから逃げないでよ?」
「この状態で逃げても、笑いものでござるよ」

 男根は最大限に怒張し、彼女を待ち望んでいる。今逃げ出そうものなら収まりがつかなくなるし、そもそもフランチェスカから離れたくない。とうに私は彼女に魅入られてしまったのだ。
 右手で脇の辺りを撫でてやると、彼女はくすぐったそうに身をよじり、嬉しそうに笑った。

「ふふっ……シローは片腕だし、僕が上になるね」

 彼女の手が、男根をぐっと掴む。先端が女陰に向けられると、心臓の鼓動が一際高鳴った。

「シロー。僕が元フランチェスコじゃなく、フランチェスカだって実感させてよ……!」

 次の瞬間、男根が温かな肉に包まれた。

「あううぅ♪」

 フランチェスカが嬌声をあげた。じゅぷっという音と共に、彼女の体液が飛沫となって弾ける。四方からみっしりと締め付けられ、腰を動かしていないにも関わらず、グニグニと咀嚼するかのように蠢いて男根を弄んでくる肉の筒。魔物の性器が、男根を根本までくわえ込んでいた。

「凄っ……マンコの中っ、シローで一杯だよぉ……♪」

 黒い翼をばたつかせ、フランチェスカは抱きついてくる。脚や尻尾まで使って体を密着させてくる彼女の姿に、私の情欲は増す一方だった。右手で後頭部を掴んで引き寄せ、強引に唇を奪い、舌を押し込む。彼女が先ほどまで私の精液を舐めていたことなど気にしていられず、夢中で舌を絡ませた。
 フランチェスカは驚いたように腰をくねらせ、男根が膣壁を擦れる感触でさらに悶えた。その動きは私にも快感を与え、玉袋からじわじわと込み上げてくるものを感じる。激しく舌を絡め合うと、やがてフランチェスカは体を密着させたまま腰だけを動かし始めた。揺するように、搾りとるようにゆっくりと。

「んっ……んむぅ……ちゅ……♪」
「う……んくっ……」

 混ざり合った唾液が頬を伝っていく。時折唇を離して息継ぎしつつ、互いをひたすら貪った。フランチェスカの腰使いは徐々に激しくなり、多量の潤滑液を滴らせながら卑猥な水音を響かせる。男を悦ばせることに特化した魔性の肉体を、すでに使いこなしているのだ。今目の前にいるのはマフィアのフランチェスカではなく、一途に私を欲する女だった。少年のような体を抱き締め、男根に絡みつく肉の感触を楽しむ。
 音を立てて唇を離し、彼女が私を見下ろしてきた。紫色の瞳が潤み、更なる艶やかさを生み出している。

「んはっ……あははっ、気持ちいい……♪ あのリリムに犯された時より、あんっ、何倍もイイ……♪」

 蠢く膣内、弾ませるような腰の動き。全身に広がる熱が股間に収束していき、彼女の胎内へと放たれようとしていた。

「くっ……フランチー殿……!」
「あはっ、いいよ……♪ 先にイっても、きゃぅっ、またヤればいいんだからぁ♪」

 私の表情を読んだのか、フランチェスカは蕩けた笑顔でそう言ってくれた。
 先に絶頂するとは男として情けない。されどいきなりインキュバスとなった身に、この魔性の快楽は耐え難かった。煮え立つような熱い迸りが、男根から放たれる。

「ううっ!」
「んっ、キたぁ♪ うわっ、何これ、凄いッ……♪」

 フランチェスカが感嘆の声を上げる。吐き出された精液は先ほどまでの手淫とは比べものにならない量。それも徐々に勢いを増し、子宮に叩きつけるが如く噴出していく。

「ちょっ、シロー、っ、出し過ぎぃぃぃ♪」

 悲鳴に近い嬌声をあげながらも、フランチェスカの性器は二度と抜けないのではないかと思うほどに男根を締め付けてくる。それどころか精を奥へ、奥へと導くかのように脈動しているのだ。快感のあまり藻掻き始めた彼女を腕一本でしっかり抱き締め、私は歯を食いしばって絶頂を受け止めていた。

「ひああああああっ♪」

 甲高い声を出して絶頂した彼女の中に、私の男根はさらに吐き出す。いくら何でも長すぎだ。インキュバス化のせいか、薬に混ぜられたマンドラゴラの根のせいかは分からないが、とにかく尋常ではない量を射精していた。

「んひゃ、ひぎっ、はぅ……♪」

 ようやく射精の勢いが収まり、ゆっくりと止まったかと思うと、フランチェスカは私の上で脱力した。どちらからともなく自然に唇が重なり、先ほどとは異なり優しく舌を絡ませる。その間もぼんやりとした紫の瞳が、私を見つめていた。甘い水音と共に唇が離れると、私たちは荒い息を整えた。

「はあ……はあ……」
「……ふふ。凄く美味しかったよ、シロー」

 頬をすり寄せながら、甘い囁きを耳に注ぎ込むフランチェスカ。それだけで、股間がまたもや反応してしまう。彼女無しではいられない体になってしまったのか……しかし、そうなる覚悟はできていたし、望みでもあった。
 祖国で左腕を失い、剣の師であった父親や門弟たちも殺され、全てを喪った。復讐のために武士の心も投げ捨て、ただひたすら人殺しの技術を磨いてきた。だがその復讐が叶わぬ物となり、虚無感を抱えたまま故郷を出た私は、その虚無を埋めてくれる存在を心の何処かで待ち望んでいたのだろう。この温かみを、この快楽を、私は今までずっと欲していたのだ。それが今、目の前にいるアルプ……フランチェスカだったのならば、手放す気はない。
 そんな私に、彼女はにやりと笑いかけた。

「ああ……気持ちよすぎて、食い根性を悪くしちゃうなぁ……」
「……お付き合いしますぞ」

 私の言葉に、彼女はむっと眉をひそめた。

「当たり前だろう? 今夜は寝かさないし、拒否権なんてあげないよ」

 啄むような口づけに続いて、彼女は再び腰を揺り動かす。ゆっくりと加えられる快感に、男根は肉の筒を押し広げるように勃起した。私の鼻をくすぐるように舐めながら、腰の動きは徐々に激しさを増していく。

 私にできるのは彼女の頭を抱き締め、愛しい魔物の肉体を満喫することだけだった。


















 … … … …




「ブリオーシャとグラニータだ。エスクーレ・シティじゃ、夏の朝食と言ったらこれだね」

 朝の寝室。小さな机の上には鏡餅に似た形のパンと、氷菓が並んでいる。下着と肌着のみという挑発的な姿で、フランチェスカは微笑んでいた。無尽蔵の性欲を持つインキュバスでも、夜に……正確には朝まであれだけ交わればひとまず満足できるようで、彼女の姿だけで性欲がぶり返すことはなかった。マンドラゴラの根の効果も切れたらしい。

 時間帯としてはすでに昼食に近いが、気さくな宿の女将(ちなみにサキュバスだった)が用意してくれた朝食に手をつけることにした。フランチェスカがパンを千切り、匙ですくった氷菓をそれに乗せて口に運ぶ。私も同じようにして食べてみると、柑橘味の氷菓が口の中に広がった。しゃりしゃりとした粒の粗い氷がパンの熱によって溶け、なめらかに喉を通っていく。

「これはなかなか」
「でしょ? エスクーレに住んでるのに、これを食べないなんて勿体ない」

 夜の妖艶さと変わって、爽やかな笑みを浮かべるフランチェスカ。祖国を出てから数年間、あちこちを放浪して刺客を請け負ってきた私は、こうやって長閑に朝食を楽しむことなどなかった。ましてや女と二人でなど、考えられない。例え元は男だとしても、むしろ少年と少女の間で揺らいでいるような不思議な佇まいは、他の何よりも貴重な女に見える。

「フランチー殿はこの町の生まれでござるか?」
「……ああ、そうさ。ツェリーニの力がまだ小さかった時代……混沌としていたこの町に僕は生まれた。そして……」

 少し哀しそうな微笑を浮かべ、フランチェスカは匙を置く。目は下を向き、歪な形になったパンをじっと眺めていた。

「親に売られた。はした金で、教団にね」
「……」

 今のこの町はツェリーニ・ファミリーの裏の努力によって独立を保っているが、昔は主神教団や他の裏組織などが干渉し、非常に混沌とした状態だったという。それ故に心の拠り所を求めて魔物の元に奔る住民もいたため、教団によるこの町への弾圧は熾烈を極めた。そのような中なら命惜しさと生活苦で、金と引き替えに我が子を教団に差し出す者がいてもおかしくはないだろう。そしてその中から素質のある者は、『勇者』とやらになるための訓練を受けさせられる。幼い子供では逆らうこともできず、ただただ人形のように従うしかない。清廉な主神教団の、闇の部分だ。

 フランチェスカは自分の下半身に目をやった。内股に刻まれた、時計の紋章を見ているのだろう。

「あのリリムは言ったんだ。心に闇がある限り、人間は自分たちに勝てないって」
「闇……」
「心を覆っている硬い殻をすり抜け、その中にある最も柔らかい闇の部分。そいつを軽くつついて、優しく抱き締めてやれば、人間は簡単に堕ちる。レスカティエの勇者達でさえ、あっけなく……」

 それが、魔物のやり方なのか。正義を語りすぎて盲目になり、自分たちの作り出した闇が見えなくなれば、その闇に後ろから襲われるのだ。闇を抱えて生きてきた私にもよく分かる。
 溶けかけた氷菓に再び匙をつけ、フランチェスカは沈黙した。私もかける言葉が見つからず、雰囲気を紛らわせるために食事を続ける。このブリオーシャというパンは牛乳、バター、卵を多量に使って作られ、口当たりは良いが当然普通のパンより高価だ。それでもこの豊かなエスクーレ・シティなら、庶民でも買って食べることができる。そしてその豊かさを守っているのがマフィア……ツェリーニ・ファミリーという闇なのだ。

 ーー私にはお似合いの町か……

 顔に笑みが浮かんでしまい、フランチェスカが不思議そうな目で私を見た。私はもう、表の世界には戻れない。人を殺しすぎたし、一番殺したい奴を殺せない以上、行き場のない憎しみと虚無を抱えたまま生き続けるしかないのだ。この悪徳の港なら、私のような男にもうってつけだろう。それに、虚無を埋めてくれる女も……。

 と、その時。
 ふいに部屋の戸が叩かれた。

「リッピさん! 漁港の方で火が出ています! 凄い勢いです!」

 女将のサキュバスの声だ。フランチェスカが立ち上がり、窓を開ける。私も卓上に置いた眼鏡をかけ、彼女と共に外を見た。
 漁港の、漁師たちの家がある辺りに、確かに火の手が見えた。巨大な炎が広がり、次々と燃え移っていく様子は事故によるものではない。明らかに、誰かが火をつけたのだ。ツェリーニ・ファミリーの膝元で、白昼堂々と。

「ちっ……もう来るとは予想外だったな」

 フランチェスカは舌打ちして、ハンガーにかけた衣類に手を伸ばした。

「みんなを下に集めて! すぐに行く!」

 彼女が戸に向かって叫ぶと、女将の返事と足音が聞こえた。宿屋の中が、次第に騒がしくなってくる。

 ーー町が戦場になる……!

 私も詰め襟の上着を羽織り、刀を腰に提げた。私は元々二刀流使いだったため片手で振るうのにも支障は無かったが、扱いやすいようやや短めの物にしてある。今日は昼間から、この相棒に血を吸わせることになりそうだ。

「シロー。昨日の報酬を渡してないけど、新しいオーダーだ」

 ネクタイの無いダークスーツ姿で、フランチェスカは告げた。いつも通りの、幹部フランチェスカ・リッピの顔だ。

「僕の背中を守れ。いいね?」
「……御意!」


 私たちは部屋から飛び出した。
11/11/13 21:34更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ

お読みいただきありがとうございます。
リアルの季節は冬に片足突っ込んだ秋ですが、物語は時系列上夏です。

ところでフランチェスカの名前ですが、これはサラマンダーSSを書いてた頃から決まっていた物であり、レスカティエのフランツィスカ様とは関係ありません。
単に「男性形・女性形のあるイタリア風の名前」という条件で決めただけです。
次回はバトルシーンになりますが、ダーティな話でも「魔物娘は人間を殺さない」という公式設定は遵守するつもりです。

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