連載小説
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天野美緒の回想1
 私の親友二人の話をするね。正確には親友って言葉じゃ到底足りないくらい、深い関係なんだけど。

 先に言っちゃうと二人は人間じゃなくて、いわゆる化け物ってやつ。と言っても牙が生えてるとか血を滴らせながら歩くとか、そういうのじゃなくてね。すっごくキュートなの!
 毎日がつまらない高校生活に飽き飽きしてたときだった。そのとき二人は私の幼馴染を含めて、三人でお話してるところだったの。

 ちな、その幼馴染は賢斗っていう男の子。昔よく一緒に遊んだ。チビだけどかっこいい子。

 あ、ケンちゃんが女の子と話してる……って思った。昔はよく一緒に遊んだけど、特に男子って大きくなるにつれて女子と遊ばなくなるじゃん?
 私ともそれっきり付き合いなくなってさ。幼稚園から高校まで同じとこなのにね。まあ私も女子同士でしか遊ばなくなってだけど。とにかく、そのケンちゃんが女の子と話してて、「へぇ」と思って見てたら、相手の女の子たちがすっごい美人だったの。

 二人とも私たちと同じ制服を着てたけど、学校じゃ見たことなかった。見るからに日本人の顔じゃないから、学校にいれば目立つはずなのに。
 一人は長いブロンドに白い肌、もう一人は黒髪に褐色の肌。どっちも遠目でも分かる美少女で、どこがとは言わないけどかなり大きい。

「……でさ。その猫、臭い靴下にスリスリしてきてさ」
「あははは、ヘンタイ猫じゃん」
「ニオイフェチだったの?」

 楽しそうにお喋りしてた。そのときはケンちゃんが私に気づいて目が合ったから、足早に立ち去った。いや、ケンちゃんが嫌いなわけじゃなくて、むしろ久しぶりに話したいくらいだったけどさ。もう何年か口をきいてないのに、昔みたいに「ケンちゃん」って呼ぶのはハードル高かったのよ、あのときは。だからって名字で呼んだら、昔の関係もなくなっちゃいそうで。

 で、逃げた私は通り道の歩道橋から、なんとなく道路を見下ろしてた。なんか考えごとするとき、高いところから下を見る癖があってね。
 小さい頃、ケンちゃんと一緒に遊んでた頃を思い出してた。毎日が楽しかったな、発見、冒険の連続で。それが今じゃ、ただ惰性で高校に通ってる感じ。昔は語彙が豊富だったお母さんは「勉強しなさい」しか言わなくなって、カッコよかったお父さんもすっかり影が薄くなっちゃった。

 周りの目なんか気にしないで、ケンちゃんと一緒にいれば違ったのかな……

「ねぇ、下に何か見える?」

 ふいに話しかけられて、振り向いてビックリした。さっきまでケンちゃんと話していた二人が、いつの間にか背後にいたんだもの。

「あんまり覗き込むと危ないわよ」

 褐色の子の方が言った。「あ、うん……」とかいう返事しかできなかったな。だって近くで見ると、女の私でさえドキっとするくらい美人なんだもん。背が高くて、キリッとしてクールな感じの顔立ちで、肌はなんだかミルクチョコレートみたいに滑らかで。青いガラスの飾りを付けてて、制服姿なのになんかエキゾチックで。髪は肩くらいまでの長さでサラサラ、なんか良い匂いまでする。どんなトリートメント使ってるんだろ、なんて思った。
 金髪の子の方は見るからに明るそうな、くりくりとした目の可愛い子。やっぱり背が高いし、制服着てても分かるくらいスタイルがいい。ウェーブのかかった金髪は腰まであって、すごく綺麗。鏡の前でどれだけ時間かけてるんだろ、ってくらいの美人さん。

 ぱっと見た感じ姉妹じゃなさそうだし、人種も違うけど、同じところもあった。瞳が灰色だったの。なんか神秘的な感じ。あと、どこがとは言わないけどすごく大きい。

「ボクはマルガ。こっちはハリシャ」

 金髪の子が明るく名乗った。声もめっちゃ綺麗だし、日本語も上手い……というか、日本人とほぼ変わらないくらい。手の動きとかもなんとなく、優雅な感じ。

「キミは?」
「あ、天野美緒、です……」

 笑顔で訊かれて、思わず敬語で答えちゃった。いや、同学年ってことは制服の校章の色で分かってたんだけどさ、なんかもう、メチャクチャ緊張したんだよね。外人さんだからってわけじゃなくて、オーラ纏ってるっていうか、そんな気がしたの。ま、事実纏ってたんだけど。

「ミオちゃんね。ボクたち、引っ越してきたばっかりでさ。同じ学校の子に挨拶してるの」

 そう言いながら、マルガちゃんはベージュのショルダーバッグを開けて、中から平たい缶を出したの。ファンシーな花模様が描かれた、水色の可愛い缶。

「昨日作ったんだけど、よかったら一個どうぞ」

 カパッと蓋を開けると、中に入っていたのはメレンゲ菓子。白くてふわっとした形の、ほのかに甘い匂いのするお菓子。
 なんか、怪しいとかそういう気はしなかったの。すっごく美味しそうで、見ただけで無性に食べたくなっちゃった。体験してみなきゃ分からない感覚だと思うけど、なんだか引き寄せられる力があったわけ。

 だからお礼を言って、一個食べてみた。したら口の中でシュワっと溶けて、濃厚な甘さで。そういえば小さいころ、生まれて初めてメレンゲを食べたとき、こんなに美味しいものがこの世にあったのかって思ったな。なんか勝手に顔がニヤけちゃうような、そんな美味しさだった。

「……わたしのも食べてよ」

 今度はハリシャちゃんが、お菓子の缶を差し出してきた。そっちはチョコのかかったクッキー。
 こっちもまたすごい美味しそう、というか、缶に入ってるのにまるで焼き立てみたいな香りがしたの。焼き立てって香りはめっちゃいいんだけどさ、冷めなきゃ美味しくないよね。そもそも上からチョコかけてあるんだから冷めてるのは間違いないけど、小麦の良い香りがぷんぷんした。
 当然、食べた。クッキーは硬すぎず柔らかすぎないサクサク感にたまらない香ばしさ。それと溶けて混ざり合うチョコの甘さがまた濃厚。さっきまでモヤモヤしてた頭の中が、幸せいっぱいになっちゃった。

「美味しい?」
「すっごく美味しい!」
「でしょでしょ? もっと食べていいよ?」

 私は勧められるがまま、メレンゲとチョコクッキーを口へ運んじゃった。
 で、その後は一緒に駅前へ行って、ベンチで二人のお菓子をつまみながら色々喋ったの。カロリーとかは頭から抜け落ちてたけど、もっとヤバいことに気づいてなかった。缶に入ったお菓子、いくら食べても減らなかったんだよね。そんなことも気にならなくしちゃうのが、二人の力だったわけだけど。

「ほんと美味しい! ほとんどプロじゃない?」
「でしょー、プロなの」
「……まあ、ある意味ではね」

 陽気なマルガちゃんと、見た目通りクールなハリシャちゃん。外国人と話したこと自体あんまり無かったし、お菓子の美味しさもあってなんか魅力を感じて、話し込んじゃった。帰りの電車まで時間あったしね。

 話したことは主にお菓子作りのこと。マリガちゃんもハリシャちゃんも、ほとんどプロ並みの知識と技術を持ってて、メレンゲやクッキーの作り方をあれこれ教えてくれた。私の方は学校の調理実習でカップケーキを作った話しとかしたっけ。オーブンに入れたら膨らむはずの生地が減っていく怪現象……湯煎しながら生地を混ぜてた子がボウルを傾けすぎて、生地にお湯が入ったせいね。
 互いのことをよく知らないはずなのに、妙に話が盛り上がってた。だから最後の方で、ぽつっと溢しちゃった。

「最近つまんないんだよね。毎日毎日、同じことばっかりって感じでさ。昔よく遊んだ友達とも、話さなくなっちゃったし」

 そう言った後で、二人がその『友達』とさっきまで話していたことを思い出した。いっそのこと、ケンちゃんのことを聞いてみようかな……なんてことも思ったけど、さすがにそれはちょっと恥ずかしかったからね。初対面の相手に「彼とどういう関係なの?」とか聞いたらヤバい女臭がするし。

「なら、今日は良い日だったんじゃない?」

 マルガちゃんはにこやかにそう言った。

「いつもと違うことがあったでしょ?」
「……そうだね」

 ほんと、久しぶりに楽しい日になったのは確かだったな。
 で。電車の時間が近くなった頃に、気になってたことを一つ訊いてみた。

「そういえば、二人は何処の国から来たの? それとも日本人?」

 すると、マルガちゃんが少し考えた後、微笑んで答えたの。

「明日また会えたら、教えてあげる」

 意味ありげな笑顔だったな。けどハリシャちゃんに「そろそろ電車来るわよ」って言われて、私は駅へ向かった。「じゃあまた明日!」とだけ言って。
 二人がどこから来たのかは抜きにしても、また会いたかった。お菓子目当てでもあったけど、これがきっかけで日常が変わりそうな、そんな根拠のない予感もしたの。二人が何者なのかは分からなくても、何か不思議な雰囲気があるのは感じていたから。

 その日は晩ご飯もいつもより美味しく感じたし、よく眠れたし、起きたらなんか便秘も治ってた。二人のお菓子が効いたのかな、なんてバカなことを考えてみたりもした。まあ、実際そうだったって後で分かったけどね。
23/06/12 07:01更新 / 空き缶号
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