連載小説
[TOP][目次]
天野美緒の回想2
 で、登校してから二人を探してみたんだけど、やっぱり見つからなかったの。生徒数は多い方だと思うけど、同学年って分かってるし、何より目立つし、すぐ見つかると思ったのに。友達に二人の特徴を話しても、「知らない」って返ってきた。短期留学で来てる外国人は何人かいたんだけど、どうも違うみたいで。

 もしかして幻だったの? なんてことも考えた。なんかそう考えてもしっくり来たんだよね、二人の不思議な雰囲気は。でもそうだったら、もうあのお菓子食べられないのかな……いや、そんなこと言ったらまるでお菓子目当てじゃん。
 そんあことをモヤモヤ考えたまま昼休みになって、もうちょっと探してみようかな、もしくは先生に訊いてみれば組も分かるかな、なんて考えながら、廊下をうろうろしてたんだけど。何故か、いつの間にか保健室に来てたの。何の用もないのに、ちょうど誰もいない保健室でぼーっと突っ立ってた。ヤバい、ボケたのかなと思ったとき。

「ミーオちゃんっ」
「ひゃわぁっ!?」

 突然後ろから抱きつかれて、めっちゃ恥ずかしい声が出た。

「アッハハ、かーわいいっ」

 抱きついて来た当人……マルガちゃんは楽しそうに頬ずりしてきた。ほっぺたスベスベだったわ。長い髪も、何となく良い匂いがして。それだけじゃなくて、どことは言わないけど大きいところが当たってた。私が男だったら昇天してたんじゃないかな。
 ともあれ、心臓止まりそうだったけどようやく会えたわけ。

「も、もう。びっくりするじゃん」
「ゴメンゴメン。……また会えたね」

 そう言うマルガちゃんの笑顔は、なんというか……妖艶? ドキッとしちゃう魅力があったの。私がそれに見とれてる間に、マルガちゃんは一旦離れて、肩から下げたクーラーボックスを開けた。

「新作作ったんだ。感想聞かせてよ」

 中から取り出したのは、紙で包まれた十センチくらいのお菓子。ご飯食べたばかりなのに、なんか無性に食欲が湧いちゃった。

「ありがとう。何かな〜、っと……」

 包みを開けてみて、思わず笑みがこぼれちゃった。シュークリームだったんだもん。きつね色の生地に粉砂糖かかっててさ、上下に分割された隙間から見えるカスタードがもう黄金色に見えた。子供心の残ってる若者なら、あれ見てテンション上がらないヤツいないでしょ。前の日にもらったメレンゲやクッキーと同じ、見てるとワクワクする力もあったし。

「すごい! これも自分で作ったの?」
「うん。ちょっと自信作だよ」

 得意げなマルガちゃん。なんか金髪がカスタードの色に見えたな。
 早速上下に割って、蓋の方でカスタードクリームをすくい取った。卵を思わせる黄色の中にバニラビーンズがポツポツ見える、美味しそうなカスタード。一口食べると生地はカリッとした歯ざわりで、カスタードはまろやかで濃厚。もう卵の風味がたまらなかったわ。

「どう?」
「すっっっごく美味しい! お店出せるくらい!」
「でしょ? ボク、カスタードにはこだわりがあるんだ」

 マルガちゃんは胸を張る。制服着てるのにちょっと揺れてた。
 とにかく、シュークリームはあっという間に食べちゃった。カスタードの卵の風味、微かに香るバニラ、こってりした甘さ、なめらかな舌触り。それを包む香ばしい生地。これを前にカロリーなんて気にしてられるかっての。包み紙に垂れたクリームも行儀悪く舐めちゃった。

「あー、マルガちゃんが実在してて良かったー」
「え? 何の話?」

 得意げな笑顔が、少し怪訝そうな表情になった。

「だって探してもなかなか見つからないんだもん。何組なの? 学年同じだよね?」
「ああ……」

 彼女はいたずらっぽく笑って、唇に指を当てる。

「それは内緒」
「え?」
「謎の美少女ってことでお願い」

 ……さすがに思ったよ。確かに美少女だし謎だけどさ、謎というより怪しいだろって。どこかで制服だけ盗んで生徒のふりしてる不審者、って可能性も頭に浮かんだわ。悪い子じゃない、って信じたかったけど。
 マルガちゃんもさすがにこれじゃ誤魔化せないと思ったみたい。で、あの子が咳払いを一つして取った行動は……

「お・ね・が・いっ♥」

 思いっきり可愛くウインクすることだった。

 ……それを見た瞬間、私の頭の中がハートマークで埋め尽くされた。マルガちゃんがメチャクチャ愛おしい。何でも言うこと聞いてあげたい。そんなことを本気で考えてたの。

「うん! 謎の美少女ね! わかった!」
「ありがと。もう一つお願い、聞いてくれる?」
「聞く聞く! 何でも言って!」

 足を舐めろって言われたら喜んで舐めただろうし、街中で全裸になれって言われても躊躇わずやったと思う。恐ろしい力でしょ?
 ま、今じゃ私も同じことできるけどね!

 幸いにというか、マルガちゃんはそんなことは言わないで、携帯電話を出してくるだけだった。

「連絡先、交換しよ。ハリシャのも教えるから」
「わぁ、したいしたい!」
「ハリシャにもメールしてあげてね」
「するする!」

 ……と、まあこんな感じで。

 その後は変な高揚感とニヤニヤ笑いが止まらなくて、友達から「頭大丈夫?」とか「保健室で寝てた方が……」とか言われながら授業を受けてた。
 家に帰って、お母さんに「締まりの無い顔してないで勉強しなさい!」とか言われて、それをヘラヘラ笑って受け流して。自分の部屋に戻ったあたりて、やっと正気に戻ったわ。私、一体何をされたんだろ……って。

 けど何だか、あの子たちが悪い人だとは思えなかったの。というか、思いたくなかったのかな。今を変えてくれそうな友達だったから。
 だから少し悩んだ後、結局言われた通りハリシャちゃんにメッセージを送ることにしたの。「マルガちゃんに番号聞いたよ。改めてよろしくね」みたいなのを。

 三分くらいで返事が来た。「こちらこそよろしく。わたしも新作作ったんだけど、明日味見してくれる?」って。何となく危険な予感はしてたのに、即OKしちゃったの。刺激に飢えてたから。昔のアメリカじゃ禁酒法のせいで、逆にお酒に興味を持つ人が増えたって聞いたことあるけど、何となく気持ちが分かったわね。あの子たちの持つ『未知』をもっと見たい。

 お母さんは「勉強しなさい」の前に時々「将来のために」をつけてたけど、今が楽しくなきゃ将来にどう希望を持てって言うんだか。あの頃は学校の中でイジメとか、運動部では体罰とかもあったのに、周りの教師は見て見ぬふり。学校の偉い人に告発しても全然解決しないから、いつの間にかみんなして、ただただ関わらないで過ごすようになってた。

 そんな自分も嫌い。だからぶち壊してほしかった。

 ハリシャちゃんと明日の放課後、また駅前の公園で会う約束をして、最後にもう一言添えたの。二人のことをもっと知りたい、ってね。そしたらサムズアップの絵文字だけが返ってきた。嫌じゃないってことかな、と思いながら、晩ご飯食べて宿題やって、お風呂入ってとっとと寝ることにしたわ。

 ただ何だか体がやたらと元気というか、ムラムラしたというか。寝る前に調子こいて三回くらいオナニーしたけどね。
23/06/03 22:11更新 / 空き缶号
戻る 次へ

■作者メッセージ
お読みいただきありがとうございます。
前半は女性視点、後半は男性視点です。
週一更新とかでいけたらいいなぁ。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33