連載小説
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二人

 人生、結局どうなるか分からないものだ。風変わりだが心優しく気高い少女と知り合い、それを自分の手で殺め、地下の星空の下で再会する。そして体を重ね合い……今、一緒に船に乗っている。

「帰ったら、お父様のための家を探さないと」

 船縁に肘をついて、エルミーナは海を眺める。そっとその肩を抱き、引き寄せた。チョーカーで首を固定しているとはいえ、何かの拍子に海へ落としてしまわないか心配なのだ。

「ずっとずっと、わたしのため、民のために頑張ってきたのですもの。ゆっくり、幸せに暮らせるお家がないと」
「……ジャイアントアントたちに相談してみましょう」

 船は帆に風を受け、波を切り裂いて進む。今はルージュ・シティへの帰り道だ。エルミーナの父親が隠遁生活を送っている場所が分かったので、2人で会いに行ってきたのだ。
 最初は信じられなかった。あの威風堂々とした騎士が、あのような痩せこけた老人となり、あばら家で畑を耕し生活していたなどとは。そして彼は、冤罪で斬首された娘が魔物となって帰ってきたと知ったとき、涙を流したのだ。

ーー人でなくなっていてもいい。お前がエルミーナであるならばーー

ーー二度と死なないでくれ。生きていてくれーー

 そう言って、娘を頼むと頭を下げてきた。元処刑人の私に、だ。
 だが不思議と、その姿に情けなさや哀れみは感じなかった。これが父親なのだ、という納得した気持ちだ。

「ルージュ・シティへお連れするには、魔法使いたちに手伝ってもらうのが良いかと」
「そうですね、教団が兵を差し向けてきたら危険ですし。少なければ、今回のように追い払えますが」

 エルミーナはにっこりと笑い、背中に背負ったツヴァイハンダーを指差した。彼女の体格には不釣り合いにも見える両手剣だが、それを箒か何かのように軽々と振り回し、敵を打ち払うのを見た。その後で「お父様にも今のを見せたかったです」などと言ってもいた。

「でも帰ったら一先ず、ラウルさんは発掘現場に戻りませんと」
「そうですね。怪我人が増えていなければ良いのですが」

 発掘隊の面々を思いだす。ニカノルがまた張り切りすぎて無茶をやっていなければいいが。彼の2人の妻、ミーヌリアとスーヌリアも心配だろう。現場に戻る前に薬でも見ていくか。
 ああ、私もすっかり医者だな。

「……友よ、愛しき人よ。いつか因果断たれし時、もしくは断つべき時、星空の上でまた会おう」

 ふいに、エルミーナが呟いた。あの地底遺跡で見つかった言葉だ。意味は分からない、しかし心に残っている言葉である。

「あの言葉を彫ったのは、わたしかも」
「え……?」
「もしかしたらラウルさんかもしれないし、あの街にいる知らない誰かかも」

 クスッと笑うエルミーナ。揺れる甲板の上で、彼女はそっと身を寄せてくる。柔らかな胸が、私の腕に当たった。

「ラウルさん。私たちの人生って、悪くありませんよね?」
「……ええ。それは間違いありません」

 それだけは胸を張って言える。

 子供の頃から差別を受けてきた。
 手を汚し、穢れた仕事をやらされてきた。
 自由などなかった。

 そんな自分を慕ってくれた少女を、この手で処刑した。


 だが今では運命の神に向かって、良い人生だと言ってやれる。
 これからも良い人生を送れると、言い張ってみせる。



「また、会えましたから」





 ―fin―





22/12/12 22:47更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
うおおおおおお俺は機関車だー!
シュッシュッポッポーシュッシュッポッポー!

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