後編
ネリーの妊娠は地底街に騒ぎを巻き起こした。大勢いる姉や妹から祝福され、お腹を撫でられ、彼女は気恥ずかしげに笑っていた。中にはネリーを羨んで、情事の時間を長く取る娘もいたのだが、問題は起きなかった。何人かが仕事を休んだ程度で集団が麻痺するほど、ジャイアントアントたちの社会構造は脆弱ではない。
そしてネリー当人も仕事を休むことになった。魔物は人間と違い、胎児または卵へ魔力を供給する必要があるので、妊娠してからの性交も大事なのだ。そのため日に日に大きくなっていくネリーのお腹を見ながら、毎日交わり続けることになった。それだけではなく、空いた時間でロンベスらの手を借りつつ計画を進めていった。とある人たちと出会い、その協力も得ながら。
やがてその日は来た。
「どうだニコル。なかなかいい船じゃないか」
桟橋に係留されたジーベック船を眺め、ロンベスは得意げに笑う。僕も同じ意見だ。あの日ネリーたちが見つけた船……シガール号はすっかり生まれ変わった。ロンベスは元々船大工の家系だし、地底街には他にも造船の経験がある男が何人かいたのだ。彼らは損傷箇所を修復して、再び航海ができるように、そしてジャイアントアントたちが櫂を操りやすいように漕ぎ手座を改修してもくれた。
それだけでなく、船首像も新しいものを作ってくれた。シルクハットを被りバイオリンを抱えたキリギリスという一風変わった像だ。僕をイメージしたものらしい。
「本当にありがとう。これなら何処へでも行ける」
「まずはエスクーレ海峡の向こうへ行くんだったな。あの辺の航路は凪が多いがジーベックなら大丈夫だろう。魔法の帆でも使えりゃ一番いいんだが、まあジャイアントアントはかなり体力あるから問題ないさ」
空は晴れ、波も穏やかだ。新たな門出には丁度良い。
「……ところで、ニコル。お前の祖国のことなんだが」
少し躊躇しながら、彼はふいに話題を変えた。
「議長が、その……行方不明になったらしいぞ。暗殺されたって噂も出てる。確かじゃないが」
「……そうか」
「言おうか迷ったが、知りたいだろうと思って」
僕はありがとうと答えた。確かに、知っておくべきことだった。祖国ガリエタニアは国王が処刑された後、革命の中心人物だった8人の指導者による新政府が樹立した。革命のときと同じく自由と平等を掲げ、新しい国作りが始まったのだ。
しかし僕が彼らに抱いていた希望が絶望に変わるまで、それほど時間はかからなかった。まず議員8人の内2人が断頭台にかけられた。理由は残された王族に一定の権利を与えることを主張したため、『自由と平等を破壊する人物』と見做されたのである。
そして王侯貴族や知識人に対する大粛清が始まった。元より革命に協力的だった者でさえ首を撥ねられた。他国へ亡命した貴族の逆襲が予想されたため、防備のために新しい要塞が必要となり、建設予定地から立ち退かなかった住民たちも徹底的に弾圧された。
5ヶ月後、新政府により断頭台へ送られた人数は、最後の国王が在位していた3年間の犠牲者数を上回った。処刑された理由は常に『人民が多くの血と引き換えに勝ち得た自由と平等を破壊しようとした罪』。
「……あの革命は結局、暴君が別の暴君に代わっただけだった。しかも人数は増えた。その中心だった議長はさぞかし恨まれていただろうね」
「自由を欲しがった連中が、他人の自由を奪いまくったわけか」
「ああ。王の権威を理由に行われていた横暴が、今度は自由と平等を理由に行われるようになった」
そして僕は、そういう指導者たちに手を貸してしまった。議長が消え、他の者たちは気づくだろうか。自分たちが本当はただ無責任になっただけで、不自由なままだということに。
「お前は祖国に責任を感じているみたいだが、その責任感の強さを自分の家族のために使え。そうすりゃ良い父親になれるさ」
「ありがとう、ロンベス」
彼と固い握手を交わし、船に乗り込む。
すでに水と食料は積み込み、乗員……ネリーの妹たちも乗り込んでいた。ネリーに着いていくことにした子たちだ。新たな女王が自分の群れを作る際はこうして姉妹たちが同行し、生まれてくる子供の世話などを手伝う。ジャイアントアントはそうやって生息域を広げていき、魔物たちのインフラ整備に重要な役割を果たしているのだ。
コロニーの女王、つまりネリーの母親もまた、甲板まで見送りに来ていた。母親と言っても、顔は童顔なネリーよりいくらか年上程度にしか見えず、肌も若々しい。しかし蟻の下半身は大きく肥大しており、いかにも女王蟻という風体だ。
「あんたならきっと上手くやれるだ。あんたと、あんたの姉ちゃん97人、妹132人、みーんなおらの自慢の娘だよ!」
「ありがと、母ちゃん!」
親子は強く抱き合い、出航の時間が来た。ちなみにネリーの父親は昨夜催された宴会で飲みすぎ、二日酔いで寝込んでいる。
「ニコル、おめさも体に気をつけろし。みんなのこと、お願いな」
「ありがとうございます」
第二の母とも言える女王と握手を交わし(ジャイアントアントの握力は凄まじいが、彼女は加減が分かっている)、下船する後ろ姿を見送った。
この船に乗っている人間は僕の他に、雇った船長と操舵手の2人。彼らは出航可能であると報告し、ネリーが船尾楼から皆に号令をかける。
「さあ行ぐべぇ! 新天地だぁ!」
「おおおおぉぉぉ!」
大勢のジャイアントアントたちが拳を振り上げて叫び、続々と漕ぎ手座へと降りて行く。櫂は左右に8本ずつあり、3人1組で漕ぐ。錨が上げられ、3つのマストに帆が張られる。
「よし、漕げし!」
一定のリズムで太鼓が叩かれた。それに合わせて漕ぎ手たちが一斉に櫂を操り、シガール号は飛沫を上げながら進み始める。
揺れ動く船の上。見送りの皆に手を振り返しながら、僕は青い海原の先に思いを馳せた。僕とネリー、義妹たち、そして娘たちの未来に。
外洋へ出ると、シガール号は櫂を船体へ引き込んで、帆走のみでの航行に移った。僕とネリーは船長たちに指揮を任せ、一度船室へ降りた。狭いが地底街での生活に慣れた僕には快適だし、バイオリンの音もよく響く。女王はサバトの魔女を呼んで、僕のバイオリンに潮風に対する防護魔法までかけてくれたのだ。おかげで海に出ても気にせず弾ける。
色々なことに思いを馳せながら、船乗りの歌を奏でる。シーシャンティには様々なものがあり、陸の人間が船乗りに抱く陽気なイメージそのままの歌、愚痴っぽい歌、恋の歌、去って行く仲間を見送る歌などがある。今弾いているのは軽快なリズムのものだ。
ネリーはそれに合わせて鼻歌を歌いながら、卵の入った籠を揺らしている。虫や鳥の魔物は大抵卵生のようだ。
彼女は一度に7個の卵を産んだ。いずれも乳白色の円筒型で、中にいる赤ん坊が透けて見える。どことなくネリーの面影のある娘たちは可愛らしい顔で眠っていた。最初に生まれてくるジャイアントアントは成長が早く、数年で母親とほぼ変わらぬ体格になるそうだ。新たなコロニーを作るため、即戦力となる必要があるからだろう。魔物でなくても虫というのは必要に応じて翅の生えた子供が生まれる種類や、性別が変わる種類なども存在するという。必死で生き残ろうとしているのは魔物もただの虫も、そして人間も同じなのだ。
「やっぱニコルのバイオリンは好きだぁ」
演奏を終えた僕に、ネリーが微笑みかける。薄暗い船室でもその笑顔は輝いて見えた。
そんなネリーと我が子たちに次いで美しいのは、壁に貼られた図面……ネリーが自分で設計した屋敷の図だ。今まで仕事の合間にスケッチしてきた様々な建築物を参考に、住み心地の良さや戦のときの守りやすさを考えて描いたのである。貴族・要人が住むであろう大きな屋敷、アパート、音楽ホール……三番目が特に気合いを入れて細かく描かれているのは、概ね僕のためだろう。
「このホールで演奏できる日が楽しみだよ」
「んだ! 最初にニコルがここでバイオリンさ弾ぐだよ!」
明るい笑顔ではしゃぎながら、「おめたつも楽しみだんべ」と卵に語りかける。彼女は今や恋人の美しさだけでなく、母親としての美しさも兼ね備えつつあった。
ふと、我が子たちの側に置かれた手紙に目をやる。新しい友人から、ネリーに送られてきた物だ。
ーー貴女の設計図を見ました。いずれも機能的で、住んでみたくなる作りです。
過去の戦で廃墟となったかの地へ新たな都市を築こうとするのは、
それが多くの人に多くの恵みをもたらすと考えるからです。
かの地は精霊の力が強く土地が肥沃で、さらにエスクーレ・シティに近いことから、
海運の発達も望めます。
私は此度、王女の親衛隊長に任命されましたが、ほぼ遊び仲間の延長のようなもので、
人の上に立つ者としては未だ未熟さを痛感させられる身です。
ジャイアントアントの新女王となった貴女も、同じように悩むことはお有りでしょう。
故に、貴女と私を待つ試練は手を取り合い乗り越えられるかと存じます。
我が友、占星術士フィランテアもこの出会いは天佑であるとしていました。
良き関係を築けると確信しておりますーー
「ああ〜、ぼこさ見てるとおっぱい張ってくる〜」
手紙を読んでいる僕を、ちらりと見るネリー。ほのかに汗の匂いが漂い、それに別の香りが混じる。彼女が自分で胸を揉んだため、垂れた母乳がシャツに染みを作っていたのだ。
我が子の前にも関わらず、僕の股間がぴくんと反応した。いたずらっぽい笑みを浮かべる唇を奪い、キスを交わす。片手でネリーの頭を撫で、もう片方の手は彼女の胸へと潜り込ませる。母乳が溜まってパンパンに張った乳房はいつもの柔らかさを失っていた。
ぎゅっと揉む。途端に温かな母乳が溢れた。皮をむいたオレンジから果汁を絞り出すような感触だ。
「んむっ♥ んーっ♥ んんーっ♥」
唇を重ねたまま、ネリーの嬌声が僕の口の中に響く。母乳の香りが船室に充満した。
キスをやめると、彼女は母乳と汗の染み込んだシャツを脱ぎ捨て、美しい胸を曝け出した。あの雪の日、僕を抱きしめてくれた胸。これからは僕だけのものではなくなる胸だ。搾り出した母乳と汗でぬるついたその膨らみは、指が沈み込む柔らかさに戻っている。
いつものように谷間に顔を埋めると、ネリーが頭を撫でてくれた。良い香りを吸い込みながら、高まっていく彼女の心臓の鼓動に耳を傾ける。
そして、彼女の下半身へ手を伸ばす。
「あんっ」
外骨格のツルツルとした感触がすっと消えていき、滑りを帯びた女性器の感触に変わった。トロトロの愛液が流れ出し、指先を濡らしていく。
「ふあぁ、気持ちぃ♥」
僕の後頭部を押さえて乳房に押し付け、窒息しないようにちゃんと加減もしながら、もう片方の手で僕の下半身をまさぐってくる。ズボンの中から男根を出され、母乳をつけた手で優しく握られる。
「へへっ。にぎにぎ〜♥」
肉棒全体をマッサージするかのように、握りしめては緩めてを繰り返される。母乳のぬめりが心地よい。
「こちょこちょ〜」
指先で玉袋をくすぐられる。ぞくぞくとした気持ち良さに息が荒くなり、彼女のフェロモンをますます吸い込んでしまう。僕の感じる部分はすでに知り尽くしているのだ。
「くにくに〜♥」
指先で亀頭を撫で摩るように刺激された。これがたまらなく気持ちいい。汗の香で高まっていた僕は、それだけで睾丸から精がこみ上げてしまう。
どくん。
男根が脈打ったのを感じ、ネリーは僕の頭を胸の谷間から解き放った。顔に新鮮な空気を感じた直後、彼女はすっと身を屈めて……
先ほどまでキスをしていた口で、男根をぱくっと咥えてしまった。温かい口腔のぬめり、先端をくすぐる舌の動き。
「ネリー、出るっ……!」
その言葉を声に出せたかは分からない。何度味わっても頭が真っ白になる。強い快感と共に迸ったそれを、ネリーが喉を鳴らして飲んでいく。
脈打ちと喉の音が一定のリズムを刻み、徐々に緩やかになる。するとネリーは男根を強く吸い立ててきた。
「ああっ……!」
いやらしい音が船室に響いた。魔物との交わりを重ねるに連れ、人間は彼女たちの情欲についていける体になり、一度に出る精液の量が増え、射精の時間も長くなる。
男根からさらに精が吹き出し、全部吸い出されていく。僕の下腹部を触覚でつつきながら、上目遣いに見上げてくるネリー。それがたまらなく可愛くて、彼女の頭を押さえて男根を押し込んでしまう。
「んんっ!」
少し苦しそうにしながらも、ネリーは吸引を止めなかった。脈打ちが止まるまで、一滴も溢さず吸い取り、ごくんと吞み下す。
ぷはっと音を立てて口を離したとき、彼女の顔は熟れた林檎のように赤く、火照っていた。その顔に淫らな笑みを浮かべる彼女に見とれているうちに、足元がふらついてくる。僕だけかもしれないが、交わりに慣れて疲れなくなっても、快感で力が抜けてしまうのだ。
そんな僕を、ネリーがすぐに抱きとめてくれる。豊かな胸を押し当てながら、僕の体をひょいと持ち上げ、女の子同然に抱いてしまう。結婚したばかりの頃は恥ずかしかったが、今はこのぬくもりがひたすら心地よい。
あの雪の日から、この関係は始まったのだろう。彼女が僕の手を引いてくれたときから。
「ネリーにはリードされっぱなしだね」
「んだんだ、おらたちと人間さの関係はそれで良いっつーこん」
朗らかに、頬へキスをされる。柔らかな唇がくすぐったい。
「だども……」
僕をそっとベッドへ寝かせ、上に覆いかぶさってくるネリー。6本の足で僕の体を跨ぎ、愛液滴る割れ目を男根の上に持ってくる。垂れ落ちた愛液の温かさが心地よかった。萎れた花が水を得たかのように、男根がゆっくりと上を向いていく。
ネリーは腰を下ろす前に、ちらりと卵を見た。半透明な膜の向こうで、僕らの娘がうっすらと目を開け、また閉じた。見えているのだろうか。
「おらがみんなを……娘や妹たつを引っ張っていけるのは、ニコルが背中押してくれたからだべ?」
彼女が潤んだ瞳を閉じた後、また唇が重なった。娘たちに見られているかもしれない中で、ゆっくりと互いの口内を味わう。
そして男根は、降りてきた蜜壺にゆっくりと飲み込まれていった。
波の音に未来と変化への希望を感じながら、僕はふと願った。
例えこの先にまだまだ多くの変化が待っていようと、僕とネリーの関係……それがもたらした『自由』だけは、ずっと変わらないでほしいと。
20/08/02 22:29更新 / 空き缶号
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